このサイトは日本Nexonが提供、韓国imc GAMESが開発するTree of Saviorのストーリーや世界観を考察するwikiです

各地で発見できる書物や文献



カロリス物語

カロリス物語 第1巻

カロリスの泉には、あまり世に知られていない英雄の物語が眠っています。

カロリス…彼は最も名声のあるティルトルビー、テスラの一番弟子でした。
テスラはアウシュリネ女神に頼まれ、魂を導くためのフクロウの彫像を作りました。

完成したフクロウの彫像は深い森の各所に置かれました。
霊魂たちが道に迷わず女神アウシュリネのもとにたどり着けるように…。
そして、そのフクロウたちを守るために頼もしい仲間のセルシシアも作りました。

カロリス物語 第2巻

一方、カロリスは師匠であるテスラのフクロウの彫像 を立てる場所を探していて、魔気がどんどん溜まり続けている森を見つけました。
自分の力でこれを止められるだろうか…そう悩んでいると、彼のもとにある少女が近づいて来ました。

その少女はほとんど話せませんでしたが、カロリスはなぜか少女が何を言おうとしているのかが分かりました。
カロリスは少女が教えてくれた通りに森のあちこちに祭壇を作り、魔気を止めたのです。

ですが、それを魔将が見逃すはずがありません。
魔将は魔族たちを率いてカロリスの祭壇を壊しながら、カロリスを探し始めました。
カロリスはセルシシアを連れてきてできる限りの抵抗をしましたが、敵いませんでした。
それほどに魔将は強かったのです。

結局、カロリスを守っていたセルシシアまで魔気に汚染され、カロリスと少女に対する魔族の包囲網も狭まっていきました。

カロリス物語 第3巻

カロリスは少女を見てこう言いました。
自分の命と引き換えにあなたを守る力を与えてほしいと。
少女は悲しい顔で首を振りましたが、カロリスの意志は変わりませんでした。

少女が仕方なく承諾すると、カロリスの体が光に包まれ一本の木に変わりました。
そして、木から噴き出される力は森にいた全ての魔族を一瞬にして焼き尽くし、森に漂っていた魔気まで吹き飛ばしてしまいました。

少女は涙を流しながら森を去り、森に満ちていた魔気は聖なる気へと変わりました。
今でもカロリスの痕跡を確認することができます。
レータスの神聖な木たちは、カロリスが姿を変えた木の子孫なのです。

カロリスはその森を今も守り続けています。
偉大なティルトルビーになるという夢は叶いませんでしたが、彼の犠牲は未だ人々の記憶の中に生きているのです。

カニンガムの伝説

人々の記憶から消えるほどに遥か昔の物語だ。

カニンガムは鉱山で強制的に働かされていた頃、7歳ほどの奇妙な少女と出会った。
その少女は巨大な脅威について語るばかりで、自分のことについては何も知らないようだった。

カニンガムはその少女を哀れに思って世話をし、すぐに二人は唯一無二の親友同士になった。

だが、幸せな時は続かなかった。鉱山に魔族が攻めてきたのだ。
カニンガムは少女の力を借りて魔族を率いるミルティスを止めるため、懸命に戦った。

しかしミルティスの力は強大で、カニンガムは苦渋の決断を下すほかなかった。

結局、カニンガムは苦しみながらも鉱山を壊してミルティスの封印に成功した。
しかし、自分自身も脱出することは叶わなかった。

クラペダの賭博師 (約13,000字)

クラペダの賭博師
(A Wagerer of Kliapeda)

昔々、クラペダにモデスタス(Modestas)という男が住んでいました。
モデスタスさんは良い人でしたが、一つだけ大きな欠点があったので、彼の友達や親せきはみんな彼のことを心配していました。特に、彼の奥さんはいつも不安に思っていました。
モデスタスさんは怠け者でもなく、すごく賢いわけではありませんが決して愚かでもなく、酒を飲み過ぎたりケンカばかりする人でもありませんでした。
モデスタスさんの問題はたった一つ。賭けが大好きだったのです。

モデスタスさんは昼間一生懸命働いたので、食べるのに困ることはありませんでした。
でも生活に必要なお金以上を稼ぐとすぐに賭けをしてしまうので、奥さんがいくら節約して貯金をしても生活は少しも楽になりませんでした。

そこでモデスタスさんの奥さんは時間ができると女神像や神殿へ行って、夫のことについて祈りを捧げました。
それでもモデスタスさんの賭け好きは治らず、モデスタスさんの周りの人々の心配はどんどん大きくなるばかりでした。賭けを続ければ最初は少額でもいつの間にか大金を賭けることになり、大きな問題に発展する可能性が高いからです。
なにはともあれ、そんな日々が続いていたある日のことです。
モデスタスさんはその日もいつものように賭けをして、手持ちのお金を全部失ったまま家へ帰っていました。
シャウレイの森を過ぎてクラペダへ向かっていたモデスタスさんは静かな森の道で一人の老婆に出会いました。

老婆は単に年老いているだけでなく、人相も悪くてどこか怪しい雰囲気を醸し出していました。
モデスタスさんは彼女を無視して家へ向おうと思い、老婆も自分がしていたあることに夢中でモデスタスさんには見向きもしませんでした。
そのままモデスタスさんが老婆を無視して家へ帰ればそれで終わりだったのでしょうが、老婆がしていたことがモデスタスさんの目に止まってしまったのです。

正確に言うと、老婆が持っていた物がモデスタスさんの目と足を縫い止めました。
老婆は驚いたことに、大きな金塊二つを持って何かを悩んでいたのです。
ただ持っているのではない、その動きに心を惹かれたモデスタスさんは、結局老婆に近寄って行きました。
そして、金塊を持って何をしているのかと尋ねました。
すると老婆は答えました。
「この金塊二つを結婚させれば子供の金塊を生んで、そしたらあたしゃもっと金持ちになれるだろ?でもこいつら気が合わないのか、なかなかうまくいかなくてね。」
モデスタスさんはその話を聞いて呆れはて、こう言いました。
「いやいや、その金塊で金持ちになりたかったら、それを元手に商売をするなり、どこかに投資しなきゃダメですよ。金塊が結婚して子供が生まれるはずないでしょう?」

すると、老婆がぶっきらぼうに答えました。
「ないこたぁないだろうよ。うまくいけば、これが一番良い方法なんだ。一番安全で確実だからね。」
「そんなバカげたことを言ってるなら、いっそ僕みたいに賭けでもした方がましですよ。」
モデスタスさんがそういうと、老婆は怒ったようでした。
そして、言いました。
「つまり、あんたはあたしのやり方があんたの賭けごとよりも馬鹿げてるって言いたいのかい?」
「当然でしょう?賭けは勝つことも負けることもあるけど、お婆さんのやり方じゃあ、絶対に金塊は増えませんからね。」
モデスタスさんがそう言うと、老婆はしばらく考え込んでから言いました。
「じゃあ、あたしとあんたで賭けをしないかい?」

モデスタスさんは瞬間的に老婆の尋常でない雰囲気を感じ取って少し怖くなりましたが、それでも賭けという言葉の誘惑に負けて、こう尋ねました。
「どんな賭けですか?」
「あんたのやり方とあたしのやり方でどっちが金塊を増やせるかって賭けさ。」
「でも、賭けは負けることもありますよ?」

「そりゃ、心配いらないよ。元々賭けってのは勝ったり負けたりするもんだからね。あたしにもそれを変えることはできないよ。でも、その順序を固定することはできるのさ。」
「え?どういうことですか?」
「あたしと賭けをするんなら、これから誰とどんな賭けをしてもあんたは一度勝ったら一度負けることになる。」
「一度勝ったら一度負けるなんて、賭けをしてればよくあることですよ。」

モデスタスさんがそう言うと、老婆は首を振りながら説明を付け加えました。
「あたしが言ってるのは、これからここを離れて最初にする賭けで、あんたはいくら不利な条件でも勝つってことさ。そしてその次の賭け、つまり二番目の賭けではどんなに有利な賭けでも負けることになる。」

モデスタスさんはその言葉に少し戸惑いながらまた尋ねました。
「つまり、これから僕は奇数回の賭けでは必ず買って、偶数回の賭けでは必ず負けるってことですか?」
「その通り。そうなるはずだよ。あんたがすることは、奇数回の賭けに大金を賭けて、次の回では少額を賭けるだけ。そうして何回か繰り返せば金塊一つ分くらいは簡単に稼げるだろ?どうだい?その条件であたしと賭けをするかい?」
「勝ったり負けたりを繰り返すのは、いつまで続くんですか?」

老婆は指で顎を触りながらしばらく考え込んで、答えました。
「三回ずつもあれば充分だろ。だからあんたは六回賭けをしてここに戻ればいい。もちろん、最後の六回めの賭けで負けることが分かってても賭けをするんだ。そうしないと、あたしの不戦勝になるからね。」

モデスタスさんは少し震える声で尋ねました。
「じゃあ、どれだけ稼げばいいんです?」
「ひとまず金塊を一個渡そう。そしてあたしのところに戻る時には、これ以外にもう一つ金塊を持って来るんだ。あたしの金塊たちが子供を産もうが産むまいが、持って来られたらあんたの勝ちにしてあげるよ。時間は…そうだね。一週間もあれば足りそうだね。」
モデスタスさんは最後にもう一つだけ尋ねました。
「もしもこの賭けで僕が負けたら、僕はどうすればいいんです?」

老婆が答えました。
「それはねぇ…」

しばらく間をおいてから、老婆が続けました。
「とりあえずあんたが勝ったらあたしの金塊を全部あげるよ。それに、あんたにあげた勝ち負けを繰り返す能力を一生使えるようにする。その代り、負けたら…」
「負けたら?」
モデスタスさんが緊張して尋ねました。

「つまり、あたしが勝った場合は、あんたが今後どんな賭けであっても賭けで負ける度に、あんたの知り合いが消えて行くよ。」
モデスタスさんもその言葉を聞いて、少し怖くなりました。でも賭けをしなけりゃいいんだと考え、それに賭けをしたとしても勝てばいいんだと思いつくと、いつの間にかうなずいて承諾していました。何よりもモデスタスさんは賭けを断れない性格の持ち主でしたから。

とにかく、モデスタスさんは奇妙な老婆と別れ、いつ賭けに勝っていつ負けるかを分かるというもの凄い能力の持ち主として、どこへ行って最初の賭けをするか悩みながら歩きました。
そして、しばらく歩くとモデスタスさんの後ろから馬が走って来る音が聞こえました。
モデスタスさんが振り返ると、馬に乗っているのはモデスタスさんもよく知っているジグフリーさんでした。
ジグフリーさんはモデスタスさんといつも賭けをする賭博師だったので、二人は挨拶をしてどこへ行くのか、どこへ行って来たのかなどの話を交わしました。ジグフリーさんはモデスタスさんと一緒に歩くために馬から降り、二人はしばらく並んで歩きながらおしゃべりしました。

でも、少し時間が経つとモデスタスさんはジグフリーさんと一緒に歩きたくなくなりました。なぜなら、モデスタスさんは絶対に勝てるチャンスをジグフリーさんとの些細な賭けに使いたくなかったからです。

モデスタスさんは普段、ジグフリーさんと日常的な会話の中でもささやかな賭けをしていたので、いつ「賭けるか?」という言葉が出て来るかと不安になりました。
ジグフリーさんはモデスタスさんと同様に金持ちではなく、だから大きな賭けはできなかったので、モデスタスさんは出くわしたときとは反対に、今はジグフリーさんが自分を置いて先に行ってくれたらと思いました。
そのせいで、ついこんな言葉が口を突いて出ました。

「なあ、急いでたんじゃないのか?馬に乗るほど急いでいたんだろうから、僕のことには構わず行ってくれよ。」
モデスタスさんのこの言葉を聞いたジグフリーさんはこう答えました。
「急いでるけど、ちょっと歩いてから馬に乗っても間に合うんだ。こいつはなかなか足が速いからな。」

ジグフリーさんが思い通りに動かないと、モデスタスさんはこう言いました。
「そうだとしても、遅れないように急いだらどうだい?」

するとジグフリーさんは少しイライラしたように答えました。
「おい、俺の話を信じないのか?それとも俺の馬をバカにしてるのか?」
モデスタスさんは慌てて言いました。
「いや、そういう意味じゃなくて…。」

でもモデスタスさんが言い終える前に、ジグフリーさんがこう言いました。
「そんなに俺の話が信じられないなら、賭けをしよう。」
モデスタスさんは「よし、何を賭ける?」という言葉が思わずのど元まで出かかりましたが、なんとか抑えることができました。
普段のモデスタスさんの習慣を思えば、すぐに承諾しなかっただけでも超人的な意志の強さを発揮したと言えます。
「ど…どんな賭けだ?」
「俺が乗って来た馬が速いか速くないかを賭けるんだ。もし負けたら、この馬をあんたにやるよ。」
モデスタスさんは心の中で、本当に必死に戦いました。
でもいつも賭けをしているジグフリーさんに勝てるチャンスだという考えや、馬一頭ならそんなに少ない額ではないとい考えが頭を駆け巡り、何よりもお金を持ってる時に賭けを断ったことがなかったので、結局その賭けに乗ってしまいました。
もちろん、この賭けは当然モデスタスさんの勝ちで終わりました。

ジグフリーさんは賭けが始まると、一歩も動かなくなった馬をなだめたり、叩いたりできる限りのことをしましたが、まったく動きませんでした。
結局ジグフリーさんは何度も首をかしげて不思議がり、約束に遅れそうだと気付くと馬の手綱をモデスタスさんに投げ渡し、あっという間に走り去ってしまいました。
ジグフリーさんがいなくなると、モデスタスさんの気分は沈みました。
いつものモデスタスさんは賭けに勝つと機嫌よく、負けても悔しがらない人だったので、モデスタスさんが賭けに勝って気分が沈むのは、本当に生まれて初めてのことだったのです。

モデスタスさんとしては、なんだか親しい賭け仲間のジグフリーさんを騙したような、大金を稼ぐチャンスを無駄にして悔しいような、複雑な気分で馬を引きながら歩きました。
歩いている途中で、モデスタスさんは次の賭けは絶対に負ける番だということを思い出しました。そこで、「何があっても次の賭けでは銀貨一枚以上は賭けない」と心に決めたのです。

そんなことを考えながら馬を引いて歩いていたモデスタスさんが出くわしたのは、数人の兵士たちでした。
どうやら、兵士たちは何か言い争っているようです。
モデスタスさんは彼らのことなど気にせず通り過ぎようとしましたが、兵士たちがモデスタスさんを見つけて大声で呼びました。

「そこの馬を引く人。こっちにきて手伝ってくれないか?」
モデスタスさんは何を手伝えばいいのか分かりませんでしたが、そう言われると無視するわけにもいかず、馬を引いて彼らに近寄りました。
モデスタスさんが近寄ると、兵士の一人が言いました。
「ちょうど良いところへ来てくれたな。俺達はある賭けをしてるんだが、あんたが審判をしてくれ。」

モデスタスさんは賭けという言葉に驚きましたが、自分が参加するわけではなく審判をしてほしいということだったので、安心しました。審判をするだけなら、負けることは無いと思ったからです。
どうやら、兵士たちはどの女神が一番立派かということで争っていたようでした。

些細な口げんかから始まって大論争になり、結局は大金のかかった賭けになりました。兵士たちは賭け金を集めて勝者を決めればいい状況でしたが、残念ながらそれぞれの女神を支持する人の数が同じだったので、誰が勝ちかを決められずにいたのです。
そこで、話し合いの末に一番最初に通りがかった人に尋ねて、その人が言った女神を支持する兵士を勝ちとすることにしました。一番最初に偶然通る人が選んだのだから、それが女神の意志であるとみなそうということです。

兵士たちはモデスタスさんにどの兵士がどの女神を選んだのかは教えませんでした。兵士に目で合図でもされてインチキをされるのではと心配したからです。
兵士たちはモデスタスさんに彼らが集めた賭け金を見せたのですが、それは金塊一つ分を優に上回る大金でした。

そんな大金のかかった賭けですから、兵士たちは固唾を飲んでモデスタスさんの選択を待ちました。
こういう問題は正解というものがないので、モデスタスさんは自分が一番好きな女神の名を言いました。
ところが、兵士たちの反応は意外なものでした。
モデスタスさんが言った女神の名によって勝った兵士は喜び、他の兵士はがっかりするはずでしたが、喜ぶ人もがっかりする人も無く、みんなが困ったような表情をしたからです。

モデスタスさんが疑問に思って理由を訪ねると、兵士の一人が言いました。
「俺達の意見は四人の女神に分かれてたんだが、その中にあんたが言った女神がいなかったから、意見が五つに分かれたことになるんだ。」
そして兵士たちはどうやって勝負を決めるかについて、また言い争い始めました。
その雰囲気がだんだん険悪になって来たので、モデスタスさんは彼らを置いて立ち去ろうとしました。
ところがそんなモデスタスさんに、兵士たちが立ち塞がって言いました。
「あんたのせいで余計争いが大きくなったんだから、責任を取ってくれ。」
気の立った兵士たちの勢いに圧されたモデスタスさんはその場から動けなくなってしまいました。

もめ続ける兵士たちにモデスタスさんが加わってさらに言い争いは大きくなりましたが、結局モデスタスさんも審判ではなく、賭けに参加することになりました。でもモデスタスさんがしっかり断れば、賭けに参加する必要はなかったでしょう。

ですが、モデスタスさんは自分の目の前で賭けが行われる状況で黙っていられない人だったので、少し煽るだけで賭けに夢中になってしまいました。
雰囲気にのまれて女神に関する兵士たちの賭けに参加したモデスタスさんは、参加が決まってから今度の賭けでは絶対に負ける番だったことを思い出しました。
でも、思い出した時にはもう手遅れだったのです。
しかも、兵士たちが賭けたのと同じ額を賭けると言って豪快に自分の持っていた金塊を丸ごと賭けてしまっていたのです。

よく考えれば、絶対に負ける番ではなくても他の女神の支持者たちよりもモデスタスさんの票が少ないので、モデスタスさんと同じ女神をの名を言う人が連続で現れなければならない不利な状況で、勝てる見込みはほとんどありません。
ところが、勝負は思いがけない方向へ向かいました。将校が現れて騒ぐ兵士たちを叱り、引率して行こうとしたからです。
兵士たちは将校に命令された通り、出発の準備をしながら何気なく将校にどの女神が好きか尋ねました。
将校はある女神の名を挙げ、一部の兵士たちが大喜びしました。
将校は理由も分からず、ただ兵士たちを急がせましたが、なにはともあれ、モデスタスさんの負けは確実になりました。

おかしな老婆がくれた金塊を兵士たちに取られたモデスタスさんは、しばらくその場で呆然としていました。
最初は賭けに参加するつもりも無く、他の人の賭けの審判をしようとしたら巻き込まれて持っていた金塊を失くしたので仕方ありませんが、モデスタスさんは賭けに負けてもあまりショックを受けたことがないので、これも珍しいことでした。

モデスタスさんは無駄に他人の賭けに飛び込んでしまったと後悔しましたが、そんなことを考えるのもこれまでの賭け人生で初めてです。
あれこれ考えていたモデスタスさんは、ふと次は自分が絶対に勝つ番だということを思い出しました。

つまり、さっきの兵士たちを追って行ってまた賭けをすれば失くした金塊はもちろん、それ以上のお金も手に入ると思ったのです。
するとさっき賭けで馬を手に入れておいて良かったと思いながら、馬に乗って兵士たちが消えた方向へ走りだしました。

速度を上げて走っていたモデスタスさんの視野に、立ち止まっている荷車が飛び込んで来ました。荷車が道の片側を塞いでいたので、モデスタスさんは速度を少し緩めました。

荷車の横を通り過ぎようとすると、急に馬が暴れ出してモデスタスさんは落馬してしまいました。幸い、速度を落としていた状態で草の沢山生えた泥地に落ちたため大怪我はしませんでしたが、しばらくは痛みで動けませんでした。

倒れたモデスタスさんに誰かが手を差し出して引き起こしてくれました。どうやらその人は荷車の主のようです。
モデスタスさんを助けた荷車の主が言いました。
「大怪我をしなくて良かったですね。それから、馬もくぼみで怪我をしなかったようで何よりです。」
モデスタスさんが荷車の主が指した方を見ると、見えにくいところにかなり大きなくぼみがありました。
荷車の主が続けて言いました。

「私の馬はここで怪我をしてもう荷車を引けそうもありませんよ。何も載せていない空の荷車ですが、しばらく足止めされそうで…。そうだ、あなたの馬を売ってもらえませんか?私の怪我をした馬も、元気な馬と一緒なら荷車を引けるはずです。」

モデスタスさんにとっては思いがけない提案でしたが、急いで馬に乗って兵士を追わなければならなかったので、すぐに断りました。
荷車の主は、自分の馬が怪我をして動けないからと何度もお願いしているのにモデスタスさんが断り続けると、こんな提案をしました。
「じゃあ、こうしましょう。反対にあなたが私の荷車を買いませんか?安くしますよ。どうせ馬と荷車は動かせない状況なので、馬を持っているあなたが荷車を持てば良いと思いませんか?」

モデスタスさんの目にも荷車はとても丈夫で手入れもされ、形も悪くないように見えました。でも特に荷車が必要な状況でもなかったので、迷いました。
それにモデスタスさんは今お金を持っていなかったので、いくら安値で荷車を売ってくれると言われても、買うことができなかったのです。

ところが、人の心というのはとても不思議なものですね。
モデスタスさんが荷車は良いけど買う金がないと考えていると思い浮かんだのは、次の賭けでは絶対に勝つということでした。そして賭けに勝つチャンスはあと1回残っているのだから、負ける番だけ気を付ければいいとも思いました。
そこで自分の馬と、荷車の主の怪我をした馬と荷車で賭けをすることを提案しました。
もちろん、モデスタスさんが勝ちました。

賭けで荷車と怪我をした馬を手に入れたモデスタスさんは、その荷車に元気な馬をくくりつけて怪我をした馬に無理をさせないようにしました。
そしてよく見ると怪我をした馬も意外と大きな怪我ではなかったので、自分がすごく得をしたような気がして嬉しくなりました。

内心、馬二頭と荷車を手に入れたのでまだ悪い状況ではないと考え、次は負ける番だから本当に気を付けようと心に決めました。
そこで兵士たちを追う計画も変更して、とりあえず人の少ない場所へ行くことにしました。
馬の手綱を掴んで荷車と一緒にしばらく進むと誰かがいるのに気付きました。人の気配が少ない場所でも人に会わないわけではないようです。

モデスタスさんは人の気配の無い山道で、年老いたアルケミストと出くわしました。
年老いたアルケミストは手に大きな銀塊を持ち、道端の石に座り込んでいました。
モデスタスさんが通り過ぎながらよく見ると、年老いたアルケミストが手に持っているのは銀塊ではなく、鉛のようでした。

「このアルケミストは本当に鉛を金に変える研究をしてるのかな?」と思いながら通り過ぎようとしました。
でもアルケミストは久しぶりに自分の前を人が通ったのが嬉しかったのか、モデスタスさんに声をかけました。そしていきなり賭けを申し込んだのです。何だか今日は世界中がモデスタスさんと賭けをしようとしているようで、さすがのモデスタスさんも嫌気がさしてきました。
モデスタスさんは賭けが大好きですが、こんなに次から次へと賭けの相手が現れたのは初めてのことでした。

モデスタスさんにしては珍しくこの賭けを断ろうかと思いましたが、賭け金が安いことがモデスタスさんの心を動かしました。
年老いたアルケミストは手に持っていた鉛の塊を賭けたからです。

今度は絶対に負ける番なので、鉛の塊一つで済むなら他で大金を損するよりもマシなような気がしました。
モデスタスさんは負けても金が無いので、後で届けるのでも良いか確認してからその賭けに応じ、結果はもちろん負けでした。

すると、モデスタスさんの目の前で怪しい光が湧き起こり、なんと鉛の塊が金塊に変化したのです。アルケミストは図々しくこう言いました。
「お前は金塊一つ分負けたんだ。ちゃんと払うんだぞ。」
モデスタスさんは抗議して怒り出しましたが、よく考えてみたらアルケミストは自分が持っている物が鉛だなんて一言も言っていませんでした。

そして、今アルケミストが持っているのは確かに金塊なので、やっぱりモデスタスさんは金塊一つ分の借金を抱えたことになるのです。
アルケミストとの言い争いに疲れたモデスタスさんは、金塊一つ分の金を返すことにして立ち去るしかありませんでした。

とにかく、モデスタスさんは金塊を稼ぐどころか、老婆にもらった金塊を失い、さらに一個分の借金ができた状態になりました。
そして残りのチャンスは勝ちも負けも一回ずつになりましたが、最後に負けることを考えると次はとにかく大金を賭けて勝たなければならない状況です。
そんなことを考えながら馬と荷車を引いて山道を歩いていたモデスタスさんは思わずこんなことをつぶやきました。

「次は何が何でも、この世で…いや、この世ではなくてもこの辺りで一番の金持ちと賭けをしなくちゃ。」
すると突然地震が起きたように地面が揺れ、低く響く声が聞えてきました。
「この辺りで一番の金持ちなら、俺だ。」

モデスタスさんは周囲を見回しましたが、自分に声をかけた人は見当たらなかったので、こう尋ねました。
「誰です?」
低い声がその質問に答えました。
「俺は今いるここだ。お前たちの言葉なら、山と呼ばれている。」
モデスタスさんは戸惑いを感じつつ、また問いかけました。

「山ですって?」
「ああ、そうだ。俺は山。お前が言っていたこの辺りで一番の金持ちだ。」
「あなたが山だというのはともかく、どうして一番の金持ちなんです?」
「俺は広い土地を持っている。さらに俺の中には大きな鉱脈もあるんだ。」

山が大きな鉱脈を持っているという話を聞いて、モデスタスさんの賭け心がくすぐられました。さらに今回は絶対に勝つ番なので、気持ちは盛り上がります。
モデスタスさんは自称山を説得して、自分と賭けをさせる方向に話を進めました。山は気が進まない様子でしたが賭けに応じ、勝負に執着もしませんでした。

一人の人間とおかしな偶然と運命で関わってしまい、モデスタスさんと賭けをすることになりましたが、本心ではまた何の意識も無い本来の自然の姿に戻りたいようでした。
とにかくモデスタスさんは山が持っているという鉱脈を賭けて賭けを行い、もちろん勝利したのです。
賭けが終わると、山はモデスタスさんの目の前に大きな岩石を突き出しました。賭けに負けた対価として出したのですが、それはモデスタスさんが期待していた物ではありませんでした。
山が賭けの対価として出したのは、単なる大きな岩石だったのです。
モデスタスさんがが期待したのは金銀の鉱脈、少なくとも錫や石炭などの使えそうな物であって、単なる大きな岩ではありませんでした。

また、たとえ山が言った鉱脈が単なる岩石だったとしても、少なくとも石材を産出できる大きな採石場の主人くらいにはなれると思っていたのに、山が出したのは単なる岩。
モデスタスさんがその点を指摘すると、山は答えました。
「お前が持っている全財産は馬二頭と荷車一つだ。
当然、お前が持ってる物と同等の価値のある物を賭けた。この岩石にはその程度の価値はある。」
その言葉を最後に、山は再びモデスタスさんの呼びかけに応じない、普通の山に戻ってしまいました。
モデスタスさんとしては、重要なチャンスを大きな石の塊一つでふいにしてしまったことになります。
幸い、自分が手に入れた岩石を載せる荷車と馬は持っていたことが唯一の慰めでした。

すると急に不安な考えが頭をよぎりました。もう負ける番しか残っておらず、これまで起きたおかしな出来事を振り返ると、次も大変な賭けになるだろうということが予想できたからです。
とにかく、その場にずっと留まるわけにはいかなかったので、モデスタスさんはその場を離れようとしました。

ところが、岩は地面に埋まっているわけではありませんでしたが、モデスタスさん一人の力で動かせる大きさではありませんでした。
こんな石ころはこのまま捨ててしまえ…とも思いましたが、この岩に馬二頭と荷車程度の価値があるという山の言葉を思い出して、惜しくなりました。
どこかの採石場や石工に売れば、ある程度の金になるかもしれないと思うと、モデスタスさんは運ぶことも捨てることもできなくなってその場で悩みこんでしまいました。

そんなモデスタスさんの前に、見覚えのある人が現れました。最初にモデスタスさんとの賭けを始めた怪しい老婆です。
老婆がモデスタスさんに尋ねました。
「どうだい?うまくいってるかい?」

モデスタスさんは正直に、儲かるどころか借金だらけで、もう勝つチャンスは無くなって負けるだけだとすべての状況を説明しました。
話を聞いた老婆が言いました。
「じゃあ、あとは負けるだけだから、最後に負ける賭けをして、あたしに賭け金を払えば終わりだね。」
モデスタスさんは賭け好きな人ですが、負けたからと言って駄々をこねたり負けを認めない人ではありませんでした。
ただ、この賭けに賭けられたのが単なるお金だけではないということが気がかりでした。
そのせいか、モデスタスさんは一人の賭博師としてうなずきはしましたが、心に重荷を背負った彼の表情は暗いものでした。
そんなモデスタスさんの心を読んだのか、老婆はこんな提案をしました。

「あんたが受け取ったこの岩をどうやって運ぶか悩んでるんだろう?だったら、こうしたらどうだい?いつもは決めた条件を変えたりしないんだけど、今回は面白そうだから特別だ。最後の負ける番の賭けは、あたしがこの岩をあんたの荷車に載せられるかどうかってことにするんだよ。たとえ負けても、あんたはこの重い岩を荷車に載せることができるってことさ。」

モデスタスさんはどうせ負ける賭けでその程度の条件ならば断る理由が無かったのでうなずいて承諾しました。でもそのうなずきを終える前に老婆が言いました。
「だけど、そんな有利な提案をタダでするわけにはいかないよ。一つ条件を追加するんだ。」

モデスタスさんがそれは何かと尋ねると、老婆が答えました。
「あんたがあたしの載せた岩を荷車でクラペダへ運ぶんだよ。そして、クラペダの誰もが認める価値のある物と交換するんだ。成功すれば、最初の賭けの前提条件だった、あんたの周りの人たちが消える件については無かったことにする。あんたはどうせ賭けに負けたんだからこれくらいのチャンスはありがたく受け取ったらどうだい?」
今回もモデスタスさんには選択の余地がありませんでした。
モデスタスさんが承諾すると、老婆は指でモデスタスさんの後ろを指さしました。
モデスタスさんが振り返ると、驚いたことにいつの間にか岩は荷車の上に載っているではありませんか!そしてモデスタスさんが前を向き直ると、老婆の姿も消えていたのです。

モデスタスさんは岩を固定させるロープなどの道具が無かったので、岩が荷車から落ちないように気を付けながら運びました。
そうしてクラペダへ向かったモデスタスさんは、途中で自分と賭けをした兵士たちと再会しました。彼らを引率していた将校は部下たちの賭けに巻き込まれてモデスタスさんが損をしたことを聞いており、申し訳ないと言いました。

将校はモデスタスさんの金塊を返し、兵士たちがモデスタスさんが岩をクラペダへ運ぶのを手伝ってくれることになりました。

将校と兵士たちは丈夫なロープで岩が落ちないようにくくり付け、クラペダに着いたら岩を下せるように街まで同行してくれることになったのです。
モデスタスさんはそんな協力に感謝しつつ、兵士たちの提案をありがたく受け入れることにしました。
そうして兵士たちとクラペダへ向かっていたモデスタスさんは賭け相手だったアルケミストとも再会しました。
モデスタスさんはどの道約束は約束だったので、路上でアルケミストと会うなり兵士たちから返してもらった金塊を渡しました。
アルケミストはモデスタスさんが特に文句も言わず素直に金塊を手渡すと、驚いたのか戸惑ったのか、モデスタスさんと話をしたいと言い出しました。
周りにいる兵士たちもモデスタスさんとアルケミストの間であった出来事について知りたがったので、これまでの話をしないわけにもいきませんでした。
そこで兵士たちとアルケミストはお互いにモデスタスさんとの出来事について話しました。アルケミストは鉛を金に変えてモデスタスさんを騙したことが申し訳なくなりました。そして、モデスタスさんがクラペダに到着したら力を貸したいと言って姿を消しました。

その後、モデスタスさんと兵士たちはクラペダに到着し、モデスタスさんは兵士たちの協力で大きな岩をクラペダ中央の空き地に下ろすことができました。

すると、姿を消していたアルケミストが一人の人物を連れて現れました。アルケミストが連れてきたのは有名な彫刻家兼ティルトルビーでした。
ティルトルビーを連れてきたアルケミストが言いました。
「この岩でクラペダの中央に女神像を造ってくれないか?この岩が女神像になれば、クラペダの誰もがその価値を認めざるを得ないはずだ。そうなればお前は老婆の出した条件を満たすことになるだろう?」

その場にいた全員がその考えに賛成しました。
アルケミストは自分がモデスタスさんから手に入れた金塊をティルトルビーに手数料として支払い、将校はクラペダの騎士団長や司教に会って許可を得て、
このことを知ったクラペダの市民たちも街の中央に女神像が建つことに大喜びしました。
ただ、みんなの賛成を得られない問題が一つだけ残りました。それは一体どの女神の像を建てるかという問題でした。
特にこの岩を運ぶのを手伝った兵士たちは、またこの問題で大喧嘩をしそうになったほどです。

この問題を解決できるのはモデスタスさんしかいませんでした。
モデスタスさんはそんなつもりではなかったのに結局自分がクラペダの女神像を建てる主導者となったのは、女神のお導きなのだろうと考えました。

老婆の姿で現れて賭けを始め、山を動かして石材を出したのも女神の思し召しであることに気付き、人々にもその事実を伝えました。
すると人々はモデスタスさんに同意し、モデスタスさんがティルトルビーに依頼して女神像を建てることになりました。
ちょうど女神像が完成した時、クラペダの人々は、自分たちの愛する街の中心に建てられたのはどの女神の像なのか知りたくて集まりました。

ところが驚いたことに、クラペダの人々は完成した女神像を見てもそれが誰の像なのかが分からなかったのです。

女神像を造ったティルトルビーはカーティンの森の奥地に消えて行方不明だったので、クラペダの住民たちはモデスタスさんに何度も尋ねました。
でも何度質問してもモデスタスさんから答えを聞けた人はいませんでした。
とにかくこれがクラペダの女神像が建てられた経緯です。今もその女神像はクラペダの中央から街を見守っています。

中にはモデスタスさんがこんな女神の干渉によって賭けをしない誠実な人間になったか気になる人がいるかもれませんね。
事実を言えば、モデスタスさんは死ぬまで賭けをやめませんでした。

ただ、モデスタスさんが賭けたものは一つだけ。それはクラペダの女神が誰の像なのかという質問に対する答えでした。
そして多くの人々がその質問の答えを知るためにモデスタスさんに賭けを挑みしました。
ところが、どんなに勝ち目のない条件でもモデスタスさんが賭けに負けることはありませんでした。そのため、誰もモデスタスさんから女神像の真実を聞くことができないまま月日は流れました。

モデスタスさんは死ぬまで賭けに負けなかった不敗の賭博師として生涯を終えましたが、先ほど話した通り、他の賭けはまったく行わず、女神の秘密をかけた賭けで得た利益もほとんどを周囲の人々に分け与えたそうです。

結局、未知の女神はクラペダのある賭博師の人生から賭けを奪う代わりに、興味深い謎と美しい女神像をクラペダの中央に残したのでした。

カデュメル時代の鎧 (約2,000字)

カデュメル時代の鎧
バドス・ウィンタースプーン著

内戦が終わってから30年となる年に私はふと一つの学究的な疑問を持った。そしてそれを10年間研究し、その研究がついに実を結ぶことになった。
狭い範囲では私という一個人の学問的好奇心を満足させた研究であり、少し範囲を広げると私が属すウィンタースプーン家の様々な研究の発展に役立つだろうと思う。

さて、長年大地の要塞や石化都市はもちろんのことルクリスやその追従者たちに関連した場所をくまなく探索して下した私の結論は次の通りである。
また、これはカデュメル国王崩御後に編纂された内戦期の記録ともつじつまが合い、全く矛盾がないと感じる。
結論から言うと、内戦期に起きた戦いにおいて反乱軍と国王側の軍隊の間に一般的な武装の差は存在しなかった。
双方の武器と鎧、軍需品はその質において如何なる違いもなかったと思われる。
カデュメル国王側の兵力のほうがはるかに大きかったとは言え、大地の要塞やその周辺都市(今は石化都市と呼ばれる)だけを守ればよかった反乱軍側の立場を考慮すれば、
国王軍の兵力はそれほど負担にならなかっただろう、というのが私の結論だ。
古来の全ての兵法書にもある通り、攻防の比率は小さくは3対1、大きくは10対1まで防者が有利なのである。
そのうえ大地の要塞のように英雄ルクリスが編み出した要塞を籠城拠点と考えるならば、20倍の兵力を持っていたとしても攻者の立場では十分と言えないのが軍事学者たちの通説だ。

前述したとおり、内戦期は双方の武装やその他装備、そして兵力の差が無意味だったとは言え、正規軍であるカデュメル国王の軍隊に属すウィザードや司祭の数は相当なものだったと推測される。

ルクリスの師匠であるメイバーンの影響力により多くの司祭たちが従軍を回避したとは言え、それでも相当数の従軍司祭が存在し、ウィザードたちはルクリスと何の縁もなかったため多数が自由に参戦した。
一般的な軍装備と兵士では差がつかない状況でウィザードの大挙参戦は戦況に多大な影響を及ぼすはずだったが、実際にはそうならかったということは周知の事実である。

このような現象については昔から様々な分析が行われてきた。ウィザードたちをうまく活用できなかった無能なカデュメル国王を愚かと批判する見方があるかと思えば、ルクリスの卓越した勇気が全てを克服したという叙述も存在する。

それらの見解にも一理あるが、この研究の結果、私はそれに対して一つ付け加えたいことがある。それは、ルクリスと彼の軍隊が使用した鎧、中でもルクリスの鎧に関する真実である。
これまでの研究結果から導いた結論は以下の通りだ。魔法がルクリスとその追従者たちに効かなかった最大の理由は、彼らの鎧が魔法に対して極度の耐性と抵抗を持っていたからである。

つまり、ルクリスと彼の軍隊の鎧は強力なマナメタルで作られており、ウィザードたちの攻撃魔法を無視できた、という主張だ。
このような見解は荒唐無稽に聞こえるかもしれない。
魔法に対してそれほど強力な抵抗力を持つマナメタルがあるなんて聞いたこともないうえ、たとえそのようなマナメタルが存在するとしても、それを指揮官であるルクリスだけでなく部下たちにまで配給していたなんてあり得ない話だ。
このような反論は十分聞こえてくるだろうし、極めて妥当な意見とも言える。
この本の筆者でも、他の人間がこのような主張をしたら合理的な反論だと思うだろう。
そのうえこの主張を裏付けするには、我々がよく知っている物理的現象に逆行するもう一つのとんでもない仮定を追加しなければならない。

筆者も自ら研究して得た結論でなければ、認めるのが難しい仮説である。
その信じがたい仮説とは、特定のマナメタルは非常に低い温度で凍らせても壊れない、というものだ。
鋼鉄のような金属は一般的にとても硬いと思われているが、実は温度に対して非常に弱い。
いくら硬い金属でも超低温で凍らせれば、ちょっとした衝撃でひびが入ったり粉々になるのだ。

しかしルクリスが採取して使用したマナメタルは、自然界で唯一このような現象に反する性質を持ったマナメタルだったと考えられる。

大地の要塞やそれ以外のルクリスにまつわる場所を訪問して導いた結論は以下の通りである。
ルクリスがこの正体不明の少量のマナメタルを自身の追従者たちの装備に使用し、そんな少量のマナメタルでも多くの対象を狙う国王側のウィザードの広域魔法に十分耐えられた、という仮説だ。

焦点をルクリスに戻そう。彼に浴びせられた強力な魔法の無用性。特に彼の最期の瞬間に国王のウィザードたちは何もせず、
多数の兵士たちが犠牲となり、結局リディア・シャッフェンの弓に頼らなければならなかったという記録を参照すれば、このような仮説はより説得力を増す。

それ以外にもいくつか発見された手がかりから推測すると、当時ルクリスが着ていた鎧の魔法抵抗力は上述したマナメタルを大量に使用して製造したものに違いない。

そのうえ当時クリオマンサーたちが最も積極的に彼を攻撃した点を考慮すると、この鎧とそれを構成するマナメタルの冷気に対する抵抗力は、想像を絶する水準だったと思われる。
よって筆者はこのマナメタルを暫定的に
 アイスメタル
と命名しようと思う。

余談

12 名前:ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン@無断転載は禁止 [sage] :2016/11/16(水) 14:38:03.05
アイスメタルの何がすごいって、ToSでもトップクラスのテキスト量を、
 「クエストアイテム開かない限り見られない」
 「クエストの極一定期間」
 「開く必要もない」
 「他で語られないネタ満載」
っていう鬼畜設定でぶっこんでくること

フェディミアンの女神像 (約6,000字)

遥か昔、フェディミアンに女神像が無かった頃のことです。

昔のフェディミアンの人々は世の中の他の人と同じ、普通の人々でした。
ですが、その頃フェディミアンの人々には一つだけ他の人々とは違う点がありました。
フェディミアンの人々は誰もがとても慎重な性格だったのです。
慎重というのは、言葉に気をつけたり火事に気をつけるということではありません。

フェディミアンの人々はあることで他の人とは違う慎重さを発揮していたのです。
そして、フェディミアンでは住民も旅人も、皆その慎重さを身に付ける必要がありました。

フェディミアンの人々は物心付く頃には誰もが当たり前に気を付けるようになり、そのおかげでその部分に関しては幼い頃から成熟していたとも言えるでしょう。

では、フェディミアンの人々に慎重さをもたらしていたものが何なのかをお話しましょう。


フェディミアンでは誰かがお金を地面に落とせば、永遠に消えてしまうのです。
その頃も今と同じく世の中のお金はほとんどが銀貨だったのですが、消えた銀化が総額いくらになるのかは、女神のみぞ知ることです。


フェディミアンで地面に落としたお金が消えてしまう理由は分かりません。
ある人たちは女神ジェミナが自分の領域に触れたお金を持って行くのだと考えました。
ですが、ほとんどの人々は女神が銀貨を欲しがるわけがないと考えていました。

本当に女神が銀貨を集めているなら、人間が地中から金銀財宝を掘り出せるはずがありませんから。
それに、女神ジェミナがあえてフェディミアンだけで銀貨を集める理由は見つかりません。

とにかく、理由は何であれフェディミアンではそんなことが起き、人々はお金を地面に落とさないようにいつも気を付けていました。

でも、いくら気を付けていても失敗は起こるもの。
幼い少女ならばなおさらでしょう。
ある日、アイステ(Aiste)という名の少女に起きたのも、そんな小さな失敗でした。


言うまでも無く銀貨を地面に落としたのです。しばらくは道を転がっていましたが、いつの間にかふっと消えてしまいました。
フェディミアンの人々はこういう時、自分の不注意を反省して諦めますが、アイステは違いました。
なぜなら、アイステはフェディミアンで銀貨が消える現象を知らない唯一の子供だったからです。


そしてアイステは銀貨が隠れていそうな場所をあちこち探しました。
しばらく探し続けたアイステの目の前に現れたのは、下水口付近の暗い物陰にいた物乞いでした。

アイステは年老いた物乞いに言いました。
「あの、私が落とした銀貨を拾いませんでしたか?拾ったなら返してほしいんです。それ、私が今日一日働いて稼いだお金だから…。どうしてもそのお金が必要なんです。」


年老いた物乞いはアイステの言葉に呆れてしまいました。
フェディミアンで落とした銀貨を探そうとするなんて、あり得ないことだったからです。
年老いた物乞いはアイステに説明しようとしましたが、面倒になってこう言いました。
「わしもこの辺りに銀貨を落として見つからん。わしのも探してくれんか?」


冗談のつもりでこう言った物乞いは、ふと幼いアイステに悪いことをしてしまったような気がして、こう続けました。

「お前が働いている場所へ行って事情を話してみたらどうだ?」
そして、迷いながら付け加えました。
「お前の銀貨はわしがここで探してみよう。」


その言葉を聞くと、アイステは物乞いに何度も礼を言って、言われた通りに歩いて行きました。
物乞いは我知らず湧いてきた親切心のせいで言った言葉に責任を持たなければと感じましたが、遠ざかって行くアイステの後ろ姿をみていると、大したことではないように思えてきました。


アイステはフェディミアン外郭の果樹園へ行きました。
その日、アイステが働いたのはその果樹園だったのです。
果樹園では木から実を収穫することもありましたが、地面に落ちた実を拾うのも大事な仕事でした。

実を拾うのは手の小さな人の方が有利だったので、幼い働き手も受け入れたようです。
中には人よりも手が小さくてよく働く猿を使うところもありましたが、猿は拾った実を食べてしまうので、果樹園では話を理解できる子供をよく雇いました。

とにかく、アイステは果樹園の主人を訪ねて事情を説明しました。
ところが果樹園の主人はちょうど妻とケンカをした後で機嫌が悪く、フェディミアンで落とした銀貨がどうなるのかを知っていたので、アイステが他のことでお金を使ってしまい、自分に嘘をついているのだと思いました。


そこで彼は言いました。
「果樹園で落ちた木の実が一つ残らず拾われるように、フェディミアンで落としたお前のお金も拾えるはずだ。だから賃金を二度もらえるなんて思うんじゃない。」
アイステは果樹園の主人の冷たい言葉に涙が出そうになりました。
果樹園の主人はその姿に同情しそうになりましたが、またお金をあげるつもりはありませんでした。

だから、彼はあえて冷たく言いました。
「そんなに銀貨が必要なら、銀職人のところにでも行って、おこぼれでももらうんだな。」


その言葉を聞いたアイステは、仕方なく銀職人の家へ向かいました。
幸い、銀職人の家もフェディミアンの外郭にありました。
フェディミアンの城内にあったら、細工中に誤って銀貨や銀細工を落とす度に困ることになるからです。
そのため、万が一に備えて銀職人たちはフェディミアンの外郭で暮らしていました。
アイステは銀職人の家のドアを叩き、出てきた銀職人に事情を説明しました。

銀職人はアイステの話を聞いて、こう言いました。
「いくら子供だとはいえ、なんて馬鹿なんだ。フェディミアンで落とした銀貨が消えることも知らないのか。」


アイステはその言葉に驚き、とても悲しくなりました。
そして、こう尋ねたのです。
「どうしてそんなことが起こるんですか?」


銀職人もその理由など知らなかったので、ただ思い浮かんだことを適当に言いました。
「女神ジェミナが持って行くんじゃないか。」


その話を聞いて、アイステが言いました。
「じゃあ、ジェミナ様にお願いしなきゃ。」
銀職人はそれを聞いて呆れ、こう言いました。
「だったら俺が昔落とした銀細工も返してくれってお願いしてくれよ。」


銀職人は本気で言ったわけではありませんが、アイステは本気でわかったと答えて出て行きました。銀職人はその時になってアイステに悪いことをしたような気がしましたが、気まずさに負けて遠ざかるアイステを呼び戻すことはしませんでした。


アイステはとても疲れていましたが、ジェミナ女神像のところへ行きました。
ジェミナ女神像の前に跪いたアイステは女神に一生懸命祈りました。
「どうか、私が失くした銀貨を返してください。」
そう祈りながら、アイステは我慢していた涙をぽたぽたと流しました。

どれだけ泣いて、どれだけ祈ったでしょうか。
アイステはふと、自分の呼びかけに応える声を聞きました。
「私の哀れな子よ。あなたのものを返してもらいたいのですか?」


アイステは自分に話しかけているのが女神ジェミナだと気付きました。そして泣くのをやめると、大きな声でそうだと答えました。

女神の声がまた聞えます。
「アイステよ、あなたが望んでいることは、私の好きなやり方ではありません。私が治める大地は、働かぬ農民に実りをもたらさないのです。」


「でも私は今日、一生懸命働いたんです。」

「知っています。だからあなたに、そしてあなたの隣人たちに機会を与えます。足元を見てみなさい。」


その言葉を最後に女神の声は聞こえなくなりましたが、アイステは足元にいくつかの銀貨を見つけました。
アイステはその銀貨を見て、それが自分の流した涙が変化したものだということに気付きました。
アイステはとても嬉しくなって、その銀貨を拾いました。
そして家へ向かって歩き始めました。

数歩歩いたところで、アイステは銀職人のおじさんのことを思い出しました。
そしてアイステは銀職人の家へ向かい、ドアを叩いたのです。
銀職人のおじさんは待っていたかのように出てきて言いました。
「悪かったな。お前にあんなことを言って後悔してたんだ。俺が銀貨をやるよ。今度は落とさないように気を付けて家に帰るんだぞ。」


そう言いながら銀職人のおじさんが銀貨を差し出すと、アイステは首を振って言いました。
「いいえ。女神が私の銀貨を返してくれたんです。落とした分以上にくれたんですよ。だから私はおじさんが銀を無くしたって言ってたのを思い出して、残りを分けに来たんです。だから、その銀貨はいりません。」


銀職人は女神が銀貨を返してくれたという話に半信半疑でしたが、アイステが差し出す銀貨は本物だったので驚きました。銀職人はしばらく考えてから言いました。
「だったらこうしよう。お前が俺にくれようとした銀貨をもらうから、お前も俺がやろうとした銀貨を受け取るんだ。どうだ?それなら公平だろう?それから、増えた銀貨を入れる袋もやるよ。」

アイステは銀職人と同じ量の銀貨を交換しました。
そしてアイステは銀職人のおじさんにもらった袋に、増えた銀貨を入れました。


銀職人のおじさんと別れて家に向かっていたアイステは、ふと物乞いのおじさんがまだお金を探してくれているかもしれないことを思い出して、行ってみることにしました。
その途中で、果樹園の主人に会いました。
果樹園の主人はアイステを見つけると、大喜びして言いました。
「お前を探していたんだ。実は、お前にあんな風に言ったのが申し訳なくてな…。お詫びに賃金をもう一度払おう。今度は失くさないように気を付けるんだぞ。」


そう言うと、元々の賃金より沢山の銀貨をくれようとしました。
でもアイステは首を振って言いました。
「女神ジェミナ様が私のお金を返してくれたんです。それに、銀職人のおじさんのおかげもあって、今は沢山持っています。だから、ありがたいんですけど大丈夫ですよ。ほら、見てください。」


アイステは銀職人のおじさんから持った銀貨袋を果樹園の主人に見せようとして、驚きました。
女神像の前で拾った銀貨と銀職人にもらった銀貨よりも遥かに多くの銀貨が入っていたからです。

アイステが増えた銀貨のせいで言葉を失っていると、果樹園の主人がこう言いました。
「とにかく、これをもらってくれないと私が恥ずかしいんだ。もらってくれ。」

そして、止める間もなく銀貨袋の中にお金を投げ入れて立ち去ってしまいました。
アイステが我に返った時には果樹園の主人は遠くまで行ってしまっていて、アイステは彼を呼び戻すことができませんでした。

しばらく考えたアイステは、そのまま物乞いのおじさんのところへ行くために歩き始めました。
アイステが物乞いのおじさんに会った場所の近くまで行くと、物乞いがアイステを見つけて彼女に駆け寄り、指にしっかり挟んだ銀貨を見せながら言いました。
「ほら、お前の銀貨を見つけたぞ」


物乞いのおじさんはボロボロの服を着て、銀貨を持つ指は垢で真っ黒でしたが、アイステはその姿を見て涙が出そうになりました。

物乞いのおじさんがその銀貨を手に入れるのに、どんなに苦労したんだろうかと思ったからです。
苦労して手に入れた銀貨を落とした銀貨だと言ってくれようとしたおじさんに胸が痛み、アイステはその銀貨を大事に受け取りました。


アイステは物乞いにもらった銀貨をしっかり握りしめると、自分の銀貨袋を物乞いに差し出して言いました。
「これは私の銀貨を見つけてくれたお礼です。ジェミナ様が下さったものなんですよ。」

そう言って物乞いのおじさんが返事をする前に急いで姿を消しました。


物乞いはしばらくアイステが立ち去った方向を見ていましたが、アイステがくれたものが何なのかが気になって、袋を開けてみました。
そして、何十枚もの銀貨を見つけて飛び上るほどに驚きました。
もしもその袋がアイステが最初にもらった時はもちろん、ほんの数十秒前までよりも遥かに重くなっていたということを知れば、もっと驚いたでしょう。


物乞いは銀貨一枚を必死に探していたアイステがその数十倍もの銀貨を簡単に自分にくれたということに感動しました。
そして、アイステももうフェディミアンの神秘を知って、自分の渡した銀貨がアイステの失くした銀貨ではないということを知りながら、ありがたく受け取ったということにも気付いたのです


物乞いは涙が溢れ出るのを止められませんでした。
そして、なんということでしょう。彼の輝く涙の一粒一粒が地面に触れると、すべてが銀貨に変化したではありませんか。


物乞いは自分の目を信じられませんでしたが、少し前にアイステが女神にもらったと言っていたことを思い出しました。
しばらくすると、物乞いは自分の涙が変化した銀貨をアイステにもらった袋に入れて、歩き出しました。

アイステが祈りを捧げた女神像に到着した物乞いは、袋から自分が物乞いでもらった銀貨一枚を取り出し、残りの銀貨と袋を女神像に捧げました。
そして心の中で女神に祈りを捧げてその場を立ち去りました。
物乞いが捧げた銀貨は彼が立ち去った後、また涙に戻りましたが、それは誰も知らない話です。
その数日後、フェディミアンにおかしな噂が広まりました。
もう銀貨を落としても消えないという噂です。
深く根付いた常識と相反する噂は、少ない金額で試した人々によって立証され、ついにはフェディミアンの神秘的な現象が消えたということを街中の人が認めるようになりました。


時は流れ、このことが国王の耳に入った時、国王はどうしてこんなことが起きたのか調べよと命令しました。
そして隠された事実が判明し、アイステの物語が知れ渡るようになったのです。


国王はお互いを思いやる気持ちで奇跡を起こした人々を賞賛し、一方で女神の恵みに感謝するためにフェディミアンに巨大な女神像を造ることにしました。


そして女神像が完成したその日、国王がアイステの手を握って祈りを捧げると、驚くべきことが起こりました。
女神像の周辺の地面に、これまでフェディミアンの人々が失くしてきた沢山の銀貨が現れたのです。


話し合いの末、フェディミアンの人々は自分たちが失くした銀貨に欲を出さないことを決めました。
彼らは現れたお金を集めて、王国のあちこちにいる貧しい人々のために使ってほしいと国王に頼みました。
国王は快く承諾し、この美しいエピソードを王国の歴史に記録して永く残すよう命令しました。
フェディミアンで銀貨が消える現象がいつ始まったのかは、今もその頃も誰にも分かりません。

でもフェディミアンの神秘がいつ、どうして消えたのかは誰もが知っています。

アイステと彼女を取り巻く善良な人々、そして限りない女神の恵みのおかげなのです。

リディア・シャッフェンとフレッチャー (約1000文字)


最も優れたアーチャーでも必ずぶつかる問題がある。それは、矢は消耗品という事実だ。
リディア・シャッフェンが使う弓は、彼女が心血を注いで作り出した稀代の名弓であり、矢も同様だった。
しかし一度作ると使い続けられる弓と違い、良質の矢は永久的なものではなかった。

永久に回収して使える矢を作ることは不可能であり、リディア・シャッフェンは自身の矢を作るのに多大な時間を費やした。
そしてこれには材料の調達というもう一つの問題も存在した。

リディア・シャッフェンがこのような問題に直面したのは彼女がまだ門下生を取る前だったため、彼女の悩みはとても深刻なものだった。
したがって偶然であれ女神の摂理であれ彼女がマスターフレッチャーと出会わなければ、その後星の塔の建設とそれに伴う一門の創建もなかったというのが多くの歴史学者の定説である。

世界中の矢職人の中で最も有名になった、後のマスターフレッチャーと言えばこの人を指す代名詞になった人物だが、リディア・シャッフェンと違いマスターフレッチャーの本名は知られていない。

彼のいた時代から彼はマスターフレッチャーという名で呼ばれており、当時の人々はもしかすると知っていたかもしれない本名は意外にも歳月の流れと共に消えてしまった。
いくつかの伝承によると、彼の本名はジョン・ブラックスミス(John Blacksmith)であったと言われている。しかしこの名前自体が固有名詞ではなく普通名詞の可能性があるうえ、信頼できない点が多いため、学者たちの支持を得られていない。

とにかく、リディア・シャッフェンはマスターフレッチャーという矢職人と出会ってから本格的に勢力を集めることができ、星の塔の完工という一大工事を始める基盤を得たと見ることができる。
残念なことに、マスターフレッチャーの矢作りの秘法はその当時も秘密とされていて、今は歳月の波に流されてさらに謎に包まれている。

ただし後代のアーチャーたちにとって一縷の望みと言えば、マスターフレッチャーの矢作りの多くは女神の祝福に起因しているという点だ。
つまり、女神の祝福を受けた人ならば誰でも、マスターフレッチャーが作りリディア・シャッフェンが使用した矢と同じ矢を作ることができるというわけだ。

もう一つの希望を付け足すとしたら、それはマスターフレッチャーが自分の秘法が実践されないよう製造の秘法書をどこかに確実に隠した、という点である。
そういった点で、マスターフレッチャーの矢作りの速さは彼の才能に他ならないが、強力な矢を作る秘法は今も世界のどこかで見つけられる日を待ちながら眠っていると考えられる。

リディア・シャッフェンのベクトル (約1000文字)


国王カデュメルがリディア・シャッフェンに「木や岩の後ろに隠れた標的はそなたでも手出しできぬだろう?」と尋ねた際、リディア・シャッフェンは答える代わりに弓弦の音をはっきりと周囲に響き渡らせながら標的に命中させた、という記録が王室に伝わる。
しかし王室の公式記録や世間に伝わる伝説で触れられていない内容がある。それはカデュメル国王がそのような発言をした理由だ。国王は単にリディア・シャッフェンの弓術を試したかったわけではなかった。

そしてそれより重要な事実は、その時リディア・シャッフェンが命中させた標的は何だったのか…正確に表現すると誰だったのか、ということだ。
王室の記録や民間の伝説でこの逸話を扱う時はいつも、これがいつ起きたことなのか、その時期については言及していない。

ただリディア・シャッフェンの素晴らしい弓さばきに焦点を当てた英雄談としてのみ紹介している。
それにはやむを得ない理由がある。
この逸話が内戦期の最後に起きた出来事だったからだ。一部に知られている伝説と異なり、ルクリスは大地の要塞の最終層でカデュメル国王の兵士たちに殺されたわけではなかった。ルクリスはある理由により大地の要塞最終層の核心部分によそ者を入れたがらなかった、と伝えられている。

そのためルクリスは大地の要塞が陥落する直前に要塞を脱出し、カデュメル国王は兵士たちに彼を追跡させた。
その追跡の末、ルクリスは崖の縁にまで追いやられた。
その崖にちょうど大きな岩があり、ルクリスはその岩を背に崖と正面から向かい合う姿勢で国王の兵士と戦った。
ルクリスがその岩を背にすると、追跡していた国王のアーチャーたちはルクリスを攻撃することができなかった。
他の場所であったら、ルクリスのほうへ回って向かい側と左右から包囲し矢を浴びせることもできたが、崖という地形はそのような攻撃を許さなかった。

崖を越えて虚空に浮いた状態で攻撃できるアーチャーがいなかったため、カデュメル国王は兵士たちを文字通り崖の縁に行かせた。

しかしルクリスと彼の残った部下たちは押し寄せる兵士たちを次から次へと倒し、その状態で一日中耐えた。そしてその人間の限界を超える能力を目の当たりにしたカデュメル国王の兵士たちも動揺し始めた。
そのうえ、ルクリスの勇姿に感銘を受けた兵士と将軍たちの心理的動揺により、命令に背く者もいるほどだった。
もともと国民に人気がなかったカデュメル国王は、このような状況で臣下であるはずの将たちを思い通りに動かすこともできず、だからと言ってルクリスの体力が尽きることや飢え死にすることを待つわけにもいかなかった。

そしてこのような状況でカデュメル国王が思いついたのが、リディア・シャッフェンに投げかけた質問なのである。
もちろんリディア・シャッフェンはカデュメル国王の挑発に乗って、自分の実力を見せるために岩の後ろのルクリスを神妙な曲射で殺したわけではない。
ここにはもう一つの事情が重なっていた。

しかしその事情はともかく、師匠の希望であり自身の兄弟子である者の命を奪ったリディア・シャッフェンの心情がどれほどのものだったのかは、後代の我々としては推測するしかない。
とにかくこの事件で人々は、リディア・シャッフェンが照準するベクトルは岩に隠れた標的さえも貫くという事実を知ったわけだが、彼女がその日に抱いた複雑な感情のベクトルまで理解した人はいないだろう。

リディア・シャッフェンの矢はず (約1000文字)


これは星の塔で起こった出来事だと伝えられている。
ある日、リディア・シャッフェンの弟子たちの間で論争が起こった。
何人かの弟子が訓練後に集まって雑談をする中でこんな話が出たという。
「いくら良い弓でも使う者の実力がなければ威力は出せない。結局重要なのは己の実力ということだ。」
ある弟子のこのような主張に他の弟子が反論した。

「君はアーチャーの基本を忘れている。アーチャーとは何か?アーチャーは弓という道具を使う者だ。弓のないアーチャーが存在すると思うか?いくら武芸に優れていても、剣や槍で武芸を披露する者をアーチャーと呼べるか?つまり、アーチャーとは道具に従属した概念なのだ。」

すると彼と見解の異なる弟子が再び反論した。
「君の言う通り道具が重要、と仮定しよう。
では一体弓の範囲とはどの程度を指しているのだ?ボウガンのように比較的人の実力差が出ない武器とポイズンシューターの武器のように実力に大きく左右される武器がある。アーチャーの武器の範囲にも多様性が存在するのだ。
ポイズンシューターの風矢はマスターするのが難しい弓で、いくら良い材質で作っても経験のない者はまともに扱えない。」

「だからと言ってボウガンやクロスボウが誰でも使える武器かというと、そういうわけでもない。
君の主張通り、道具があってこそアーチャーが存在するというのは、そういった点で誤った主張なのだよ。」
「これはまるで『人は食べなければ死ぬから、人の命は食べ物よりも下で、人生は食べ物に従属している』という主張と変わらない。
君は生きるために食べるのだろう?食べるために生きていると主張したいのか?」
すると別の弟子がこれに対して異なる見解を示した。
「君たちはアーチャーの道を論ずるに当たって一つの側面しか見ていない。
君たちが見落としていることは、どんな弓の名手でも優れた射手でも、彼らが利用するのは風だ、という事実だよ。」

「弓が放つ矢や弾丸を受けて目標まで運んでくれる風や空気がなければ、弓の名手も優れた射手も存在しない。つまりアーチャーにとって重要なことは、風の息吹を感じその風の息吹に自身の意志をのせることなのさ。」

この後も弟子たちの論争は果てしなく続き、次々に面白い主張や理論が展開されたという。
そして彼らは師匠であるリディア・シャッフェンの考えが知りたくなった。
彼らはリディア・シャッフェンのもとへ集まり、これまで話し合ったことを告げて師匠の言葉を待った。

弟子たちがリディア・シャッフェンのもとを訪れた時、ちょうど彼女は矢じりの刃で栗を剥いて食べながら、星の塔の欄干に危なっかしく腰掛けていたという。

リディア・シャッフェンは栗を食べながら弟子たちの主張に耳を傾け、しばらく黙った。そして指で栗の皮の山をいじった後、その中から何かを取り出して次のように言った。
「これ、何だと思う?」
勘が鋭く視力の良い弟子がすぐに答えた。
「渋皮です。」

それは間違いなく渋皮だったので、他の弟子たちもうなずきながら師匠の次の言葉を待った。
するとリディア・シャッフェンが答えた。
「違う。これは私の矢はずだ。」

そう言ったリディア・シャッフェンは、栗から取れた渋皮を指の間に挟んだ後、いつも持ち歩いている弓に矢の先を当てて覆い、矢はずのようにして天に向かって放ったという。
弟子たちの論争を奇抜な方法で終わらせたリディア・シャッフェンは、腰掛けていた欄干から下りてぽかんとした弟子たちを残してその場を去ったと伝えられている。

リディア・シャッフェンとルンペルシュティルツヒェン (約3000文字)


王国のあちこちでリディア・シャッフェンにまつわる逸話が伝えられています。
歴史上の記録からリディア・シャッフェンが一度も行ったことがないと断言できる地方でも、リディア・シャッフェンが訪れた時に起こったと、などという逸話が存在するほどです。
このような逸話は、ドラゴンが現れるといった根拠のない内容や、我々の認識とは異なるおかしな性格の魔族が現れてリディア・シャッフェンと賭けをする、といった荒唐無稽な話を指します。

しかしその地域の住民はその話を信じて疑わず、リディア・シャッフェンにまつわる話に自分たちの故郷が出てきたということに誇りを持つのです。

おそらく内戦で早くに死んだルクリスや自分が建てた塔から出ることが少なかったフラリーなどに比べリディア・シャッフェンは世界中を旅していたので、そのような話にぴったり合う人物だったのでしょう。
これから書く話も、そのような話の一つです。

話自体は事実ではないかもしれませんし、当時としても荒唐無稽な話だったかもしれません。しかしそれでも現在まで伝わっているのは、この話がリディア・シャッフェンの人間性をうまく表しているからなのでしょう。
ある日リディア・シャッフェンが一人でとある村を出て夜道を歩いていました。
リディア・シャッフェンは旅人が一人、林道に力なく座り込んでいる姿を見て足を止めました。
好奇心からリディア・シャッフェンは彼にこう尋ねました。
「真夜中にこんなところでどうしたのです?」
座り込んでいた旅人はリディア・シャッフェンが何度も話しかけたのでようやく口を開きました。
旅人の事情は次のようでした。

旅人は数日前この森を通った時に、ルンペルシュティルツヒェンという名の魔族に会ったと言いました。
旅人はその魔族にのせられて、結局ルンペルシュティルツヒェンと勝負をすることになりました。

勝った場合の報酬は多かったのですが、魔族との勝負にそう簡単に勝てるはずはありません。結局負けてしまい、ついにルンペルシュティルツヒェンと約束した対価を払う時になりため息をついていたのです。
リディア・シャッフェンは事情を聞き、ルンペルシュティルツヒェンという問題の魔族と会ってみたくなりました。
そして旅人を助けるために全力を尽くすと約束しました。
時間が流れ、待ちに待ったルンペルシュティルツヒェンが現れました。
リディア・シャッフェンは旅人を無条件で解放する代わりに自分と勝負しないかと提案しました。
ルンペルシュティルツヒェンは幸か不幸かリディア・シャッフェンの名声をよく知っており、その有名なリディア・シャッフェンと勝負することになったと興奮しながら彼女の要請に応じました。

今はルンペルシュティルツヒェンの名を知る人は少ないですが、当時この悪魔は勝負相手の得意分野で勝負し、その相手を負かすことで有名でした。
ただし、いつも普通の勝負ではなく何か条件を付けていました。
リディア・シャッフェンが言いました。
「弓で勝負するのは分かった。でもやり方はどうする?」

「どちらがうまく弓を射るかじゃつまらない。だからこうしよう。お前は的を決めて弓を引け。そしたら俺はその矢が的に到達する前に矢の上に乗ろう。」
ルンペルシュティルツヒェンがこう言うとリディア・シャッフェンが聞き返しました。
「矢に乗る?」
「そうだ。」

そう答えたルンペルシュティルツヒェンの体は見る見るうちに小さくなりました。
彼は子供の拳ほどの大きさになると、再び言いました。
「どうだ?このくらいの大きさならお前の矢に乗れるだろう?」
リディア・シャッフェンはしばらく考え事をしてから答えました。
「この勝負は問題がある。もしお前が矢をいじって地面に落とし的を射ることができなかったら、お前が矢に乗っても乗れなくても私が負けるじゃないか。」
リディア・シャッフェンの言葉にルンペルシュティルツヒェンが答えました。

「じゃあこうしよう。俺が勝つ条件はお前の矢に乗って的まで飛んでいくことだ。」

「その前にお前が矢から落ちたら?」
「それも俺の負けとしよう。そして勝負は3回やる。つまり3回やって2回勝ったほうの勝ちだ。」

ルンペルシュティルツヒェンがあっさりこのように言うと、リディア・シャッフェンが再び答えました。
「いいだろう。ではあと一つ付け加える。私は今この位置からあらゆる方向の的に向かって弓を射る。2回目、3回目にお前が慣れないように。ただし弓を放つ前に当てる的はあらかじめ教えてやる。どうだ?この条件に同意するか?」
「よし、そうしよう。」
ルンペルシュティルツヒェンが同意し、敗北した場合の報酬についても合意した後、二人もとい一人の人間と1匹の悪魔の勝負が始まりました。

リディア・シャッフェンが矢をセットしてから的を宣言しました。
「あそこの一番大きな褐色の木!」
そしてその言葉と同時に矢は恐ろしい速度で風を切りました。

しかしルンペルシュティルツヒェンは身軽な動作で飛んでいく矢を追撃してその上に乗り、矢が木に刺さるとぶるんぶるん揺れる震動に合わせて矢の上で踊りながら謎の歌を歌いました。
リディア・シャッフェンが再び矢をセットして叫びました。
「私の左正面にある松の全ての松ぼっくり!」
その言葉と同時にリディア・シャッフェンの神技に近い弓術が繰り広げられたのです。
夏の日に降り注ぐ夕立より早い速度で発射された数十、いえ、数百発の矢がほとんど同時に一方向に飛んでいきました。

今度はルンペルシュティルツヒェンも余裕がありませんでした。人間の目では到底判別できませんでしたが、とにかくルンペルシュティルツヒェンは矢が虚空を切る間、全ての矢に1回ずつ座ってから別の矢に飛び乗り、結局最後の矢が松ぼっくりに届く前にその矢の上に乗ったまま的にぶつかることができました。
ルンペルシュティルツヒェンは息を切らしながらリディア・シャッフェンに言いました。

「最後の矢が的に届く前に全ての矢に1回ずつ乗ったから俺の勝ちだ。」
リディア・シャッフェンは言いました。
「確かに最後の矢が的に届く前に全ての矢に1回ずつ乗ったからお前の言っていることは正しい。」

ルンペルシュティルツヒェンはリディア・シャッフェンの言葉に邪悪な笑みを浮かべながら言いました。
「じゃあこの勝負は俺の勝ちだ。さっき言った報酬だが…」
ルンペルシュティルツヒェンの言葉を遮ってリディア・シャッフェンが首を横に振りながら言いました。
「まさかお前が2回勝ったからって最後の勝負をやらないつもりか?それは納得いかないな。しかも私たちの約束は3回勝負をすることだったはずだ。」
「3回勝負をするまでは勝負は終わっていない。勝負が終わっていない状態で報酬について言及するのは無意味だと思うが?」

ルンペルシュティルツヒェンはたとえこの回で負けてもどうせ自分が2勝した状況だから特に断る必要もなく、リディア・シャッフェンの言った通り確かに勝負はまだ終わっていなかったため、リディア・シャッフェンの要求を飲むことにしました。
そして最後の勝負が始まり、リディア・シャッフェンは最後の矢をセットしてそれを引きながら叫びました。
「目標は空のあの月!」
ルンペルシュティルツヒェンは矢が弓弦を離れるやいなや飛び乗り、座り込んでからすぐに自分が何を言われたのか悟りました。
そして自分が矢に乗って月に行くまでは勝負が終わらないという事実も悟りました。
時が流れ矢の力が尽き地に落ち始めましたが、リディア・シャッフェンが射てルンペルシュティルツヒェンの乗った矢は空中に停止したまま浮かんでいました。
ルンペルシュティルツヒェンはリディア・シャッフェンに歯ぎしりしながら何かを言おうとしましたが、その前にリディア・シャッフェンがこう言いました。
「勝負を終わらせたいなら必ずお前が矢に乗って的に到着しなければならない。それまで試合は終わらないよ。お前が月に着いてから戻ってきたら約束通り報酬をやろう。」
そう言い放ったリディア・シャッフェンはルンペルシュティルツヒェンを残したままその場を離れました。ルンペルシュティルツヒェンはそんなリディア・シャッフェンの後ろ姿を見て歯ぎしりしましたが、どうにもできませんでした。
伝説によると、ルンペルシュティルツヒェンはまだ月に到着しておらず、自分の魔力を使い切って月に向かっているそうです。
もしかすると彼の魔族寿命が尽きるまでに戻ってくるかもしれません。

しかし知っての通りリディア・シャッフェンは大昔に永眠し、悪魔は負けはしませんでしたが永遠に勝つことができなくなりました。
ただ、後世の私たちには分からないことが一つ残っています。それはリディア・シャッフェンとルンペルシュティルツヒェンが互いに賭けた報酬は何か、ということです。
もちろんそれを聞ける人、いえ、悪魔は存在します。しかし彼がいつ帰ってくるのか我々には分からないので、この謎は解けないままでしょう。

アートマンの拡張 (約1000文字)


おめでとう。君は凡人の目には見えない本を手にした。
魔力の運用方法は数多く存在するが、リンカーのそれは非常に独特と言える。

他の系のウィザードたちは魔力に対して影響力を行使する。
つまり、火の玉や落雷で敵を攻撃することは、敵を魔力で連結させる行為ではない。

上記のような攻撃において実際の行為は、魔力で火や電気を扱うことである。
そしてウィザードがコントロールできるようになったエネルギーの方向や終着点を自身が設定した場所に送る行為と言える。

つまりリンカー以外の系のウィザードは、敵を直接操るのではなく魔力を通じて自然界のエネルギーをコントロールし、それを再び敵に割り当てる過程を瞬間的に行っているに過ぎないのだ。
しかしあなたがリンカーの道を歩むならば、魔力の運用方法は全く異なってくる。
リンカーの魔力運用方法は、相手と自分の間にある魔力の直接的な連結点を瞬間的に見つけられるか否かにかかっている。

また、2つ以上のターゲットを設定した場合、そしてそれらのターゲットが互いに異なる性質を持っていた場合、リンカーの魔力運用方法はさらに複雑になる。この状況でリンカーは互いに異なる性質の2つのターゲットを一つの性質の魔力で繋げなければならないからだ。

そのためリンカーは、ある程度魔力をマスターしたウィザードたちが互いにチャレンジする領域になりやすい。
たとえ生まれつきリンカーの素質があっても、新米ウィザードたちは魔力自体を扱う能力を育ててからリンカーの道を歩んだほうがいいだろう。
リンカーにとって何よりも重要なことは、確固たる自我、すなわちアートマンを確立することだ。この過程を経ることなく自身の魔力を敵にリンクさせた場合、敵に反撃されたり魔力を跳ね返されたりする可能性がある。

したがって他の系のウィザードと違い、リンカーは確立された自我を拡張させる道具として魔力を使う、という事実を覚えておく必要がある。
特に君が今後他のリンカーと勝負することがあれば、この点はさらに重要な問題となる。

最後に、君がこの本を入手したことをもう一度祝いたい。この本を入手したこと自体が、見える世界と見えざる世界の狭間にある連結点を見つけたということを意味するからだ。
そのため、今後自身の次元に属したターゲットの間に魔力の連結点を見つけられないことがあれば、それは君の努力不足ということになるだろう。

大海賊とハイレバーン

大海賊とハイレバーン 上巻

大海賊ブラッディスローバス。
彼が一歩前進するたび、その足跡には
犠牲になった敵の血があふれ、
魔族さえも後退りするほど
残酷で邪悪な存在だった。

そんな無慈悲なブラッディスローバスの前に
まだ垢抜けない新兵のようなハイレバーンが立っていた。
騒ぐ白波…ゆらぐ小舟。

頭上を飛びまわるカモメさえも息を飲んでその対決を見守っていた。
戦いの報酬など無かった。
大海賊としての名を守るか、奪われるか。それだけだった。

ハイレバーンは自分のカトラスを取り出し、
目の前にいるブラッディスローバスへ疾風のごとく飛びかかった。
胸元を狙って一度、両脇を狙って二度。

しかし全てはブラッディスローバスの想定内だった。
ブラッディスローバスはハイレバーンのカトラスを打ち返したあと、
素早くハイレバーンの鳩尾を蹴り倒した。

まるで新米の海賊を訓練するかのように…
柄の先で何度もハイレバーンを突き下ろした。
かろうじて抜け出し、再び姿勢を正すハイレバーン。
しかし彼はすでに疲れ果てていて
勝利の女神はブラッディスローバスに微笑んでいるように見えた。

大海賊とハイレバーン 下巻

ハイレバーンは深く息を飲んだ。
そして、彼に飛びかかりしつこく同じ攻撃を繰り返した。
彼には通用しないことを知りながら…。
ブラッディスローバスもそろそろハイレバーンとの遊びに飽きていた。
今度は柄ではなく鋭い刃の先でハイレバーンの首筋を貫いてやろう。

ところがハイレバーンは突然体をひねり、
腰から拳銃を出して引き金を引いた。
弾丸はブラッディスローバスの眉間に的中し、
彼の巨大な体はゆっくりとハイレバーンのほうへ倒れていった。

ざざーっ!

小さな子船はブラッディスローバスとハイレバーンの重さに耐えきれず
ひっくり返ってしまった。
荒波が何度も小舟を襲い、
静かに見守っていたカモメたちも声をあげて鳴き始めた。

もう海の上に彼らの姿はなかった。
そうして大海賊の名は荒波の中へ消え去っていった。


ルクソナ内戦

ルクソナの内戦 第1章

リディア・シャッフェンは弓の名手だった。
風を抱いて飛ぶ彼女の矢は、小さな虫の触角をも貫くほどだった。
そんな彼女が最強の剣士ルクリスの前に立った。
彼女は息を止め、ゆっくりと弦を引いた。
リディア・シャッフェンが恋人であったルクリスと敵として対峙するようになってから、まだそう時は経っていない。

骨にしみるほど冷える、ある年の冬…。
カデュメル国王の暴政は度を越え始めた。
終わらない労役、飢える人々、腐敗した領主たち、無能で乱暴な国王…。
ルクリスは王の残酷なふるまいを見過ごすことができなかった。
反乱。
ルクソナの者たちはルクリスが燦爛たる勝利を収めて戻ることを誰ひとり疑っていなかった。

季節は巡って春が来たが、ルクリスの勢いは留まることがなかった。
ルクリスは王国軍と結託した盗賊が集まって暮らす村があるという情報を入手した。
王国軍は一体どこまで腐っているのか…。
ルクリスは部下を率いて村を討つことに決めた。

たかが盗賊が相手だったが、何故だか知れぬ緊張感で手が痺れるほどに剣を強く握った。
突然風を切る音と共に、数名の仲間が胸から熱い血を噴き出して倒れた。
それと同時にルクリスと彼の部下たちは声を上げて村へ駆け込んだ。
戦闘開始を告げる角笛は必要無かった。

彼らは、単なる村人とは思えぬ弓術と武芸を身に付けていた。
ルクリスが抱いていた一抹の疑惑も消えた。
やはり、普通の盗賊でない事は確かだ…。
ルクリスは剣を握る手に力を込めた。
時間が経ち、何かがおかしいことに気付いたのは、すでに多くの戦死者が発生した後だった。
闇の中で血が噴き上がり、骨を砕く熾烈な戦いが続いていた。
戦闘はルクリスの勝利に終わったが、何とも言えぬ後味の悪さが血の味のように広がった。
そこがリディア・シャッフェンの故郷であることを知ったのはもっと後のことだった。

ルクソナ内戦 第2章

時間は流れて新緑が芽吹く夏…
リディア・シャッフェンは両親と隣人を殺した仇敵を探してさまよっていた。
女神は結局彼女の味方だったのか。
待ちわびたその時がついに来てしまった。

闇の中で予想もできない彼女の矢に、一人…また一人と倒れていった。
一対多数の勝負にも関わらず、彼らはリディア・シャッフェンがどこにいるのかすら、知ることができなかった。
彼女の弓に弾かれた鋭い響きは、空気と肉を引き裂いた。
そして、静寂。そこにはリディア・シャッフェンだけが立っていた。

リディア・シャッフェンはたいまつを掲げた。
不吉に揺れるたいまつ、ゆらめく影。
両親と隣人たちを殺し、村を燃やした凶悪な悪党たちの顔を確認したかった。
見知らぬ者たちも多かったが、その中に見覚えのある顔があった。
彼らはルクリスの忠実な部下で、彼女もよく知る者たちだった。
もう少し明るい時間、他の場所…もしくは状況が違えばこうなる前に気付いたかもしれない。
だが、もう事件は取り返しのつかない展開を迎えていた。
理由が何であれ、リディア・シャッフェンが彼女の仇敵を倒さねばならなかったのと同じく、ルクリスもまた部下たちを殺した者を放っておくことはできまい。

暗欝な後悔と慣れない戸惑いの中で、彼女は静かに弓を持ってその場を離れた。
間もなくこの報せはルクリスの耳に入るだろう。
面倒な陰謀に巻き込まれただけだ。
そう自分を慰めてみても無駄だった。
彼と彼女は二人とも、陰謀の後に隠れる闇を感じていたのだ。

だが、もう手遅れだった。
愛憎にまみれた矢でルクリスの命を奪う他にできることはなかった。
もしくは、彼の剣が彼女を女神の元へ導くしか…道はなかったのだ。

ルクリス兵営日誌の写し

ルクリス兵営日誌の写し 第1巻


王国歴45X年X月X日
要塞の工事が仕上げ段階に入った。
ルクリス隊長の話だと、俺たちは皆工事現場を離れることになるらしい。
残る作業はウィザードたちが描いた設計図に沿って魔法陣を作ること。
ルクリス隊長が自ら点検するらしいから、手抜きするわけにはいかない。

王国歴45X年X月X日
ルクソナ市民たちが工事を手伝ってくれたおかげで、予想よりも早く終わりそうだ。
俺の上司は要塞の構造に関する情報が漏れないか心配しているが、
ルクリス隊長はそれよりも工事を早く終わらせる方が先だと考えているらしい。

王国歴45X年X月X日
良くない噂が広がっている。
カデュメル国王が俺たちのしている工事を快く思っていないらしい。
あの愚かな国王にどう思われても、宰相であるエミネント公がいれば特に問題になることも無いだろう。

王国歴45X年X月X日
要塞の魔法陣と防御施設は本当に立派だ!
これがどうやって敵と味方を区別するのかはきっとルクリス隊長と女神たちだけが知ってるんだろう。

王国歴45X年X月X日
まさかと思ったが、不吉な予感が当たってしまった。
王国軍がこの要塞に向かっているらしい。
カデュメル国王が自ら出陣したという話もある。
あの賢明だという宰相は何をしてるんだ?
彼の評判はデマだったのか?

王国歴45X年X月X日
あの愚かな王国軍は正規軍を名乗っているが、中身はまともじゃない。
いくら国王の命令でも、誰と戦っているのか分かっているのだろうか?
我らがルクリス隊長がどんな人なのか知らないのか?
どうやら彼らの頭の中には砂が詰まっているらしい。
そうでなければ、カデュメル国王がもはや正気ではないんだろう。

ルクリス兵営日誌の写し 第2巻


戦争264日目
ルクリス隊長の参謀をしている友人の話だと、カデュメル王国軍は戦況を覆すために盗賊と結託したそうだ。
ルクリス隊長はそれを止めるために自ら精鋭を率いて密かに要塞を出るつもりらしい。
絶対に秘密を守るよう強調する友人の表情は真剣そのものだった。

戦争275日目
あの時の秘密作戦以降、ルクリス隊長の表情が暗い。
噂だと作戦は成功したはずだが、他にも何か心配事があるのだろうか。
王国軍の兵力と補給力は俺たちより上だけど、それを活用する指揮官がいない状況だ。
長期的に見れば俺たちが勝つに決まってるのに、仲間たちの間にも不安な空気が広がり始めている。

戦争311日目
信じられない報せが届いた。
伝説のアーチャー、リディア・シャッフェンが王国軍側に付いたらしい。
彼女がルクリス隊長より上なのかと部下たちを叱ったが、すでに広がり始めた不安と動揺を抑えることはできない。

戦争324日目
今回の内戦で確実になった。
世間が賞賛する、人望の厚いプリミア・エミネントは、この上なく邪悪な男だった。
国王は乱暴な性格だが、愚かゆえに国王の頭では考え付かないような悪事を企て実行しているのは…あの男しかいないだろう。

戦争325日目
勝てない…。
俺たちがもしもこの内戦で負けてしまえば、エミネントが女神にも救済できない程腐った人間であると言うことを世間に知らしめることもできず、奴は今後もこの王国を守る名宰相と称賛され続けるだろう。
あの男は愚かな国王を盾に悪行を繰り返しながら、その罪すら国王にかぶせる奸臣中の奸臣だ。

戦争331日目
もしも機会があれば…この戦争がどんな結末を迎えたとしても、エミネントだけはこの俺が殺してやりたい。
勝てたならルクリス隊長に奴の処刑執行を俺にやらせてほしいと言うし、負けるなら奴の幕舎へ突撃してあの胸にナイフを突きさしてから戦死したい。
エミネントは魔族たちを率いて大地の塔への攻撃を始めた。
人間が魔族と手を組もうとは…。

反乱軍の日誌

俺たちはただ幸せに暮らせる世界を作りたかった。
国王の暴政を止めたかったんだ…。

だから、ルクリス隊長の旗のもとに集まった。
そして、宰相プリミア・エミネント…
彼が裏で俺たちの反乱を支持したからこそ、俺たちは立ちあがることができた。
でもプリミア・エミネントは、俺たちの反乱になど、爪の先ほども興味はなかった。
最初から、何もかもが始まる前から綿密に計画されていたらしい。
ただ大地の要塞を手に入れるためだけに…。

俺たちは馬鹿みたいに踊らされた。
国王があそこまで愚かになったのも、ルクリス隊長がリディア・シャッフェンの故郷を襲撃したのも、そのせいでリディア・シャッフェンが俺たちの軍を襲撃したのも、全部奴の計略だったんだ。
王国軍がルクソナの町で投降すれば命だけは助けると言った時…
本当に助ける気があったなら、とっくにルクリス隊長が投降していただろう。
エミネントがこの世に知られた通りの人物ならば。
でも、俺たちを内部から揺さぶるための嘘だってことは分かっている。

もうすぐエミネントを筆頭とした魔族による総攻撃が始まる。
俺たちは生き残れないだろう。誰かに真実を伝えることもできないまま…。

一体何のために?
何のためにルクリス隊長やプリミア・エミネントは大地の要塞を奪い合うんだろうか?
俺には分からない…。

ルクリス隊長は最後にリディア・シャッフェンに会いに行くと言った。
自分さえ犠牲になれば、すべてを止められると…。

反乱の歴史

史上最強の剣士ルクリスが大地の要塞を完成させると、彼を慕う多くの者たちがそこに集まって来た。

その勢力は次第に強大化し、ついには小さな都市国家の様相を呈するまでになった。このことによりルクリスの野望もまた、強大化したものと推測される。

膨れ上がったルクリスの勢力は、ついに国王カデュメルに対し、反乱を起こした。

一般的な反乱とは異なり、強大な勢力と街一つが加担する大規模な事件だったため、内戦として記録する歴史家もいた。

反乱は当初、ルクリスの勝利に傾きかけたが、偉大なる宰相と称賛されるプリミア・エミネントと名射手リディア・シャッフェンが参戦したことで、その戦況は変わっていった。

最終的にルクリスはリディア・シャッフェンの放った矢で命を落とし、丸2年に渡った反乱は鎮圧されることになる。

極悪人ルクリスを慕っていた者たちの街は名も奪われ、永遠の呪いをかけられた。
現在も続くその呪いは街の全てを石にしてしまった。

ルクリス追慕碑の拓本

誰がルクリスの首を斬ったのか。
誰がルクリスを反逆者と呼ぶのか。

彼の魂が消えると国王は暴政の限りを尽くし、民の暮らしは疲弊した。
彼と共に死ねなかったこの罪深い私は、彼の精神をこの追慕碑に残す。

そなたが剣士でなくとも構わぬ。
そなたが選ばれし者でなくとも構わぬ。

しかしルクリスがそなたに残した光は、混乱の世に使われねばならぬ。
もしもそなたが軽率な殺生に没頭すれば、諸刃の剣となってそなたの首を狙うだろう。

リディア・シャッフェンの碑石

私の名はリディア・シャッフェン。
今から深く重い悲しみに耐えるため、この地でルクリスに対する私の本心を伝えようと思う。

ルクリスは私と同じ師匠のもとで学んだ。
だからこそ私は彼が成し遂げんとした目的と使命をよく理解していた。

ルクリスが到達した境地はあまりにも高く、立派だった。
しかし、彼の崇高な使命はこの地で実現するにはあまりにも難しいものだった。

結局ルクリスは失敗した。
彼を妬み、憎む者たちによって踏みにじられ、壊された。
そして彼は私の手によって女神の元へ旅立っていった。

私は後悔の涙に濡れながらルクリスをこの地に残す。
もしも彼の精神を継承しようとする者がいるならば、私の見出した秘訣もこの碑文に残そうと思う。
ここで長い文を整理する。

アガイラ・フラリーの碑石

私の名はアガイラ・フラリー。
この地に残されたいくつかの碑文を読んで気づいたことを告白しようと思う。
いつからか私は、強い魔力により長い寿命を持つようになった。
そして、死にとらわれなくなった私は傍観者としての人生を歩み始めた。

私が傍観者としてこの地へ来た時、私の先輩たちに関する碑文を目にした。
その昔、ルクリスは革命を起こそうとし、
リディア・シャッフェンもまたそれなりの勢力を作って今日までこの世に残って来た。

だが、私は愚かだった。
私もまた自分に与えられた使命を成し遂げることに集中すべきだったのかもしれない。

百年余りの歳月が経ち、私は何も成し遂げたことのない自分の人生に嫌気がさした。
長い間自分の愚かさを嘆き、彼らの使命を継ぐことを決心した。

自分の使命について具体的に述べることはできない。
これからどう継いでいくかもまだわかっていない。

女神ガビヤに向かってそびえる我が塔が、その答えを導いてくれるだろう。
私は先代の失敗を教訓とし、私情に溺れず大事を成し遂げるつもりだ。
自分自身の能力を過信し、些細なことに振り回されるとはいかに愚かなことか。
その時代を生きるあなたも、きっと私のように何かに気づいているだろう。

最後に、この碑文を巡礼してくれたことに感謝する。
お礼として私の小さな力をこの碑文に残す。


ガルエット平原の柱

クレロス伝記


クレロスはある領主の家の長子として生まれた。
しかし、継母の息子に継承権を奪われ、領地の外に追い出されてしまった。

失敗だらけの彼の人生はこうして始まる。
行き場を失った彼は、知人の勧めで仕事を求めて旅立つことになった。

しかし、それもクレロスを売り払おうとする計略に過ぎなかった。
彼は監禁されて死ぬまで働かされる奴隷の身に堕ちてしまったのだった。

そんなある日、ルクリスに救われて奴隷暮らしから脱却することになる。
しかし、平和な日々は一時に過ぎなかった。

ルクリスが倒されたことで、彼の安らかな日々は再び苦難の日々へと転がり落ちて行ったのだ。

長い逃走生活が続いた。
人生で成功したことなど、一つも無かった。

ついに彼は捕らわれてカレイマスに収監される。
あの悪名高き監獄に何の希望があるというのか…。

彼はその地で最期まで苦しみ、ついに命を落としてしまう。

クレロスの死、その後


ここで話が終わるならば、ありがちな人生に失敗した男の物語だっただろう。

しかし、一説によると彼は今も魔族に拷問されているらしい。
霊魂になってさえも…。

そのため、彼の人生に隠された秘密があるのだろうと語る人々もいる。
しかし、どんな秘密なのか知る者は誰もいない。

ルンペルシュティルツヒェンと月


夜空の月を追う小さな点を探してみてください。
それは月に向かって飛ぶルンペルシュティルツヒェンなのですよ。

私たちが知っている通り、ルンペルシュティルツヒェンはリディア・シャッフェンとの賭けで月に向かって飛んで行きました。
もう遥か昔のことです。

月に向かって中間地点ほどまで飛んできた時、ルンペルシュティルツヒェンはとても驚いてしまいました。
自分が乗って飛んできたリディア・シャッフェンの矢が壊れかけていたからです。

ルンペルシュティルツヒェンとリディア・シャッフェンの矢


ルンペルシュティルツヒェンは自分が騙されたことに気付きました。
もちろん、長い時間が経ったので、矢が壊れるのも当然だったのですが。

でも、それくらいのことならルンペルシュティルツヒェンの魔法でどうにかすることができました。
リディア・シャッフェンの矢が壊れかけたのは、リディア・シャッフェンの矢に魔族に抵抗する力が込められていたからなのです。

そう。ルンペルシュティルツヒェンは魔族でした。
魔族の力と矢の力がぶつかることで、ゆっくりと壊れ始めていたのです。

それに気付いたルンペルシュティルツヒェンはとても腹が立ちましたが、どうすることもできませんでした。

ルンペルシュティルツヒェンはどこに


ルンペルシュティルツヒェンは地上に戻れないまま、今も月に向かって飛び続けています。
もしかしたら、もう戻ってリディア・シャッフェンが残した他の矢を探しているかもしれませんね。

この物語は人間にも、女神にも、魔族にも確認する方法はありません。
もちろん月に行くことができれば確かになるでしょうね。

記念碑

偉大なる女神のご加護のもと民を治める私カデュメルは、建国464年を迎えこの碑文を立てる。
昨年に終結した反乱について記録し、その輝かしき勝利を歴史に残すためである。
また、この地はその残党の配所であるため特別な意味があると言える。
司祭リンタスと彼に従う司祭たちがこの記念碑の内容を書き直す。

女神ライマの啓示を魔族の手から守るべく、ルクリスが立てた大地の要塞。
しかしそれはカデュメル国王から誤解を受け、大戦争を招いてしまった。

戦争は甚大な被害を残し、結局ルクリスを死に追い込むこととなった。
しかし我々は、ルクリスの心は女神への深い信仰が全てだったということを主張する。

カデュメル国王の治政の片隅には、エミネントの奸悪な誘いがあったということを世に知らせておきたい。

この記念碑が建てられた地には、反逆者の濡れ衣を着せられ命を奪われた人々が眠っている。
彼らは全て誤解や工作による被害者である。

誠実な英雄ルクリスに従っただけの彼らを歴史上の悪人として扱うような過ちを二度と起こしてはならない。

国王がカデュメルであるがために、ルクリス対する誤解は膨らむ一方であった。

後にオルケ国王はそんな中でも女神の志を求める善良さを持ち、
彼の退位後は名君イネル1世へ受け継がれた。

この碑文を目にする者はこの一連の悲劇を真摯に受け止めよう。
二度と王国にこのような内戦、またそれを自慢するような愚かな行動が起こらないよう警戒し続けなければならない。

魔族と女神の誓約

遠い昔、創造主が私達に託した任務をめぐって大きな意見の衝突が発生し、
その後長い月日が流れた。

意見対立の中で、特に問題だったのは人間に対する両側の見解の違いだった。
その違いを放置してしまうと、最終的には戦争に発展することになるだろう。

したがって、両側の代表であるアウシュリネとギルティネは平和のための協定を結ぶ事に同意した。
そして今日、両側が同意し署名した条約をここで締結する。

我々は、元々一つの根元から出た存在でありながら
常に衝突を繰り返してきた。互いの意見が合致したものがこの条約のみという事実は極めて悲痛である。

しかし、今後懸念される大きな災いを防ぐためにも以下の協定を定めて厳守する必要がある。
我々はアウシュリネとギルティネの二人を代表とし、彼らに従うことを誓う次第である。

我々は、人間を地下から送り出した最初の通路の一つを持つこの場所を盟約の場所とする。
両側の対立の原点が人間であることを踏まえると、最も適切な場所と言えるだろう。

今日この条約が結ばれることによって、過去数千年間の対立が終息することを願う。
そしてこの先数千年、願わくば永遠の平和の基礎になることを祈る。

まず、ギルティネと彼女のすべての同僚及び部下はギルティネ側と通称する。
アウシュリネと彼女に付く姉妹女神及びクポルはアウシュリネ側と通称する。

その1.ギルティネ側は、いかなる場合でも人間の命に害を与えてはならない。

その2.ギルティネ側は、いかなる場合でもアウシュリネ側を攻撃してはならない。

その3.アウシュリネ側は、自分や人間の命が危険にさらされない限り、ギルティネ側を攻撃してはならない。

その4.双方はこの協定及び協定以前の創世の歴史を人間に知らせてはならない。

その5.この規定に違反した者は地位を問わず神獣に還元させ、その存在を消滅する。
神獣への還元こそが互いを永遠に滅ぼすことができる唯一の方法であるためだ。

その6.双方は5の規定を除いては、いかなる場合でも相手を神獣への還元しようとしてはならない。

ある錬金術師の記録(上)

錬金術という深い学問に励んでいる多くの後輩たちがこの本と出合い、より簡単にマグナムオーパススキルを身に付けられることを望む。
まず最初に、特定の茎を別の茎へ変換させる方法を紹介する。
000
00
0
この方法に従って特定の茎を配置して別の茎へ変換できる。
但し、一部の茎においてはこの公式が適用されない場合がある。

次に、特定の種類の皮を他の種類に変換する方法を紹介する。
これは先ほどの茎の変換より多少難易度が高く、上手く変換できる場合とそうでない場合がある。
000
0x0
000
この方法に従って配置すると、特定の種類の皮を他の種類に変換できる。

最後に紹介したいのは、特定の種類の翼を別の種類に変換させる方法である。
先ほど紹介した二つよりも幅広く使用できるか、未だ筆者も全ての種類を把握するまでには至っていない。
詳細については以下を参考せよ。
0xx0
x00
0xx0

最後に、この説明が理解できない後学のために補足を加えておこう。
まず、Oと書かれた場所に特定の種類のアイテムを配置し、Xと書かれた場所には配置しないのがマグナムオーパスの基本である。

王室系図の縮約本

ジャカリエル:
  Z首都の位置を選定、着工し、在位中にオルシャ、フェディミアンが形成され王陵を建設

ジェロメル:
  クラペダ建設、水晶鉱山形成、ハマンメデール川渡河事件が在位中に発生

ジェロメル2世:
  王国官僚制と貴族制、そして法律制度の基礎を整備、在位中に「モンテロル山の女神の居所」が消える事件発生

タニエル1世:
  三重の城壁の着工、法律体制がほぼ完成する。在位中にケドラ商団が設立される。「バロコンシと黄金鉱脈の鬼」の背景となった時代

タニエル2世:
  三重の城壁完工、王国内部の現在の地域区分がほぼ定着した。バーバリアン社会の存在を知る

メルキエル:
  ジャカリエル国王の直系が途絶え、非直系者として王位を継承する。王国外部の国境をほぼ確定し外部の部族社会を多数抱き込むことに成功。在位中に最初の剣闘士競技が開催された記録がある。

ヨナエル:
  在位期間は建国暦177年〜185年。貴族の爵位継承についての法案を公表する。

セイエル:
  先王であるヨナエル国王の貴族関連法を確立させる。在位中に最初の博物館が設立される。民話「フェディミアン銀貨」の背景となった時代

ロメル:
  メルキエル国王時代に拡張された王国の領域を安定させる。王国外部の部族社会との交流を推進

ロメル2世:
  様々な女神に従うクレリックたちを教団と職業別に体系化する作業に着手

テモメル:
  在位中に最初の従軍ウィザードと従軍司祭制度を導入

テモメル2世:
  領主の直轄ではない地域に地方官の派遣を開始。クラペダとフェディミアンを貴族領ではなく市長管轄とする。

カスパエル:
  在位期間は建国暦329〜348年。この時期から女神ライマの行方が分からなくなる。

ヴァルティネ:
  在位期間は建国暦348年〜363年。内政はいまいちだったが様々な軍制を改革して王国軍の基盤を固めたとして評価される。

ユスエル:
  先王ヴァルティネの時期の無能な臣下たちを整理した業績が大きい。ウィンタースプーン家の開祖がこの時期に生まれる。

ヒスゲル:
  382年〜423年まで41年の在位期間、女神に頼み込んで寿命を延長し長年王位に留まった。大賢者メイバーンがこの国王の在位期間に生まれた。

アウセル:
  跡を継いだ王子がカデュメル国王という点を除いて無難な統治期間であったというのが歴史学者たちの総評。
  この国王の在位中にメイバーンが大聖堂を完工し、ルクリスは大地の要塞に着工した。

カデュメル:
  在位期間は建国暦450年〜478年。在位中にルクリス内戦が発生。カレイマスを始めとする多くの監獄を建設した。
  リディア・シャッフェンが王国各地をさすらいながら建国暦470年に星の塔に着工したのもカデュメル国王の在位期間中に起きたことである。

バリンウェル:
  リディア・シャッフェンが建てた星の塔とその周辺の湖に自治権を付与。
  グリーン家の開祖と歴史上最高のウィザードであるアガイラ・フラリーがこの時期に生まれる。

ラエル:
  アガイラ・フラリーが建設した魔術師の塔に特権を許可。在位中にリディア・シャッフェンが自然死し、テンプラーとクレリックの関係を明確にする調書を発表する。

ラエル2世:
  王立教育機関を設立。聖堂などクレリック関連施設に対する特権を制限する措置を発表したが、クレリックたちによりほとんど受け入れられる。ハートン家の始祖誕生。

ラエル3世:
  在位期間595年〜601年と短命な国王で、神聖力に基づく治癒を拒否した。短い治世だったので、テンスタンの船員暴動事件が在位期間に起きた最も大きな事件である。

コソメル:
  初めて王室の後継者争いの末に即位した国王。即位に貢献したシノビを初代マスターに任命した。

グリヘル:
  コソメル国王に続き後継者争いを経て王位についた。在位中にバルニュス死亡、アガイラ・フラリー死亡。在位末期にルシード・ウィンタースプーン誕生。

カンミュレル:
  グリヘル国王崩御後、2年が過ぎてから王位についた。在位中に初代パラディンマスターとなるリムガウダス誕生。

ソセル:
  メルキエル国王時代に作られた王室の継承制度を補強して3代に渡った王位継承紛争をなくす。
  ラエル2世時代の国力をほぼ回復する。在位中に初代パラディンマスターが俗に言う「ゲリー条約」を締結し、ターネット聖堂に着工し完成させる。

ソセル2世:
  在位中に火薬が発明される。

ダミエル:
  ソセル2世の息子ではないが、ソセル1世が定めた継承制度によってジャカリエル大王から伝わる断絶された血統に最も近いダミエルが国王として選ばれる。晩年は平凡な実子ではなく親戚のプリネルを指名して後継者とした。

プリネル:
  学術と文芸の全盛期と呼ばれる時期。やはりダミエル国王を見本に実子ではなく非凡な親戚の中から後継者を養成した。
  しかし後にこのように国王が後継者を指名することを禁止する法を頒布した。

ネケル1世:
  王国の再生期と歴史家たちが評価する。在位中にこの世界の存在がいくつか明らかとなり、部分的探検が成功した。

ネケル2世:
  王国建国暦816年である現在の国王。女神の祝福のもと我らが国王が善政を敷くことを祈りたい。

ルシード・ウィンタースプーンの備忘録


王国建国暦679年のある日
最近テスラ様に会ってお話をする機会があった。テスラ様は、これまでに彫った様々な彫像たちが自身の歴史を証言し、思い出を呼び覚ます…そしてそのことによりこれから訪れる未来を受け入れる力が得られるとおっしゃった。
すると私にもそういうものがあるか尋ねてきた。
私がないと答えると、テスラ様は一つ作ったほうがいいと助言してくださった。
私はテスラ様と別れてじっくりと考えた後、世界で唯一私より年長者である人の忠告を聞くことにした。
それがこの備忘録という記録を残すに至った理由である。


王国建国暦700年のある日
リムガウダスがゲリー高原に聖堂を建てながら私に意見を求めてきた。しかし私とて昔何度か見ただけの今はない聖殿の建築様式を覚えているわけがない。
リムガウダスはどうも私に過去へ遡れと言っているようだが、人に言えないような秘密を持つ建築物ならば過去の何かにすがるより完全に新しくしたほうが秘密を守るのに適していると助言するつもりだ。
まあそうは言ってもメイバーンの大聖堂が好きなようだから大幅に変わることはないだろう。とにかく7年後には完工予定ということだから、その時にでも祝ってやろうと思う。


王国建国暦749年のある日
40年間この王国を統治していたソセル国王のお体が優れないようだ。私見だが、そのような状態でも2,3年はもつだろうがそれ以上は難しいと思われる。
750年の王国の歴史の中で最も優れた名君と評価されるであろう君主のもとで過ごせたことは、きっと私の生涯で良い思い出として残るだろう。


王国建国暦872年のある日
50年間続いたネケル3世の治世もそろそろ終わりが見えてきた。記録を隈なく漁ったわけではないので確かではないが、これほど長く在位につき長生きした国王はおらず、おそらくこれからもいないだろう。
ソセル1世国王時代ほどの善政ではないが、その時代を覚えている人がほとんどいない今、周りの平凡な人々が王国史上最高の太平の御代と呼ぶのも無理はないと思う。


王国建国暦876年のある日
ふふ…オーウィン・ディルベンの奴、あんなに遠慮していたくせに結局先王の遺志を断り切れず王室ウィザードの地位を引き受けるとは…これから実に面白い時代になりそうだ。


王国建国暦879年のある日
オーウィンが私のところに来て、いつまでそうやって世間から一歩下がって隠遁者のような生活を続けるのかと聞いてきた。
おいおい、自分が王室に自由を奪われたからと言って私まで巻き込もうとするとは…少々困惑してしまった。
どれだけ頭を下げられたか…結局これまで私が成し遂げた成果物についての記録を一部王室に寄贈することにした。
まあ、その最初の寄贈物はこの備忘録になるだろう。いつになるかは分からないが…。


王国建国暦884年のある日
魔法の中級者風を吹かす奴らが私の後ろでこそこそ話している内容により、現存する最強のウィザードが私なのかそうでないかを議論していることを知る。
彼らが私のライバルと考える代表的な人物はオーウィン・ディルベンだ。彼は世間がよく言う魔法の第一人者であり、王室の首席ウィザードでもある。
彼は私に比べほぼ百年も修業期間が短いにもかかわらず、私に匹敵する実力を持っていた。
しかし本当に生死をかけて二人きりの決闘をしたら、まだ彼が私の相手ではないと確信する。
殺されたり自ら死なない限り永遠に生き続ける、つまり魔法で時間を遅らせる我々の人生を考慮すると、彼がいつか全ての面において私を抜かすことは明らかだ。
ただ私の推測によるとそれはおそらくもう百年の時間を必要とするだろう。
もう一人のライバルと言われるネクロマンサーマスターで言えば、彼女は私が百年間修行をさぼったとしても私を超えることはできないだろう。


王国建国暦890年のある日
いつだったかこの記録に書いた内容について補足しておこうと思う。ウィザード間の決闘について言及したが、オーウィン・ディルベンであれ私であれ他の誰かであれ、現時点ではアガイラ・フラリーを超える者はいない。
これは単純に魔力の強さだけを意味しているのではない。
彼女は溢れるような気迫を持っており、その視野はとてつもなく広い。我々のような後学の徒はただ彼女を敬うばかりだ。
世の中のことはよく知らないが、フラリーの器の大きさが窺い知れる代表的な事件が存在する。
彼女は女神の切なる願いを守り抜くために他の女神に自分の跡を継がせるという前代未聞の事件を起こした。
そしてある魔将の遠大かつ人間の脅威となる野望と計画を打ち砕くために契約を結んで彼を服従させた。
最後は結局魔将軍団を解体させ、女神のような超越的存在ではないただの人間としては歴史上初めて幻想図書館に入り、その進入事件を通じてギルティネの計画を打ち砕くという成果を収めた。
善なる目的のために女神を魔術師の塔に降臨させ、魔将を利用してついには魔神の計画すら揺るがすという成果を収めたウィザードということだけでも、彼女の偉大さが十分分かると思う。
いつかは全世界がそのことを知るだろう。
しかしこの出来事を抜きにしても、アガイラ・フラリーの名声の高さはとどまるところを知らないと言える。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます