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シャーリグラム(shaligram)は、ネパールのガンダキ川の支流であるカリ・ガンダキ川の川底や川岸で採取される、化石化した石(アンモナイト)のことである。ヒンドゥー教においては、ヴィシュヌ神の姿の一つとしても崇められている。カリ・ガンダキ川はムクティナートやダモダル・クンダといった聖地を流れており、それによってシャリグラムの持つ霊的な重要性がさらに高められている。シャリグラムには数多くの種類が存在する。(ie. Walters, 2020)。
約6600万年前に恐竜と共に絶滅したアンモナトの化石の代表的な産地はそのネパールのムスタン地方にあるカリ・ガンダキ川である。その理由はこの地域がテティス海底であったこと。Ormiston (2023)によれば...
ヒンドゥー教徒の間では、このアンモナイトの化石の模様が、ヴィシュヌ神が持つ4本の腕のうちの一つに握られていチャクラの模様に似ているとされる。Taylor (2012)によれば:
ある意味、「地質学的プロセスを認識するための確固たる科学的根拠」がなかったために、それらプロセスを神々や悪魔のせいとしてきたのは古代インドも同様である。そのひとつがアンモナトの化石をシャーリグラムとしたと、Chandrasekharam (2007)は説明する。
シャーリグラム(shaligram)は、ネパールのガンダキ川の支流であるカリ・ガンダキ川の川底や川岸で採取される、化石化した石(アンモナイト)のことである。ヒンドゥー教においては、ヴィシュヌ神の姿の一つとしても崇められている。カリ・ガンダキ川はムクティナートやダモダル・クンダといった聖地を流れており、それによってシャリグラムの持つ霊的な重要性がさらに高められている。シャリグラムには数多くの種類が存在する。(ie. Walters, 2020)。
約6600万年前に恐竜と共に絶滅したアンモナトの化石の代表的な産地はそのネパールのムスタン地方にあるカリ・ガンダキ川である。その理由はこの地域がテティス海底であったこと。Ormiston (2023)によれば...
James Ormiston: "Sacred Ammonites – The Shaligram Stones of Nepal", The Bristol Dinosaur Project (2023/01/20)
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古生物学のブログということで、シャーリグラムの自然な起源について何がわかっているのかを見ていこう。前述の通り、化石を含むその石は黒色をしている。具体的には「黒色頁岩」である。黒色頁岩は、水中の酸素が極端に少ない「無酸素」状態で形成され、有機炭素が高濃度に含まれることで黒色を呈する。石油や天然ガスの埋蔵源の多くは、この黒色頁岩に由来している。
この黒色頁岩は、「スピティ頁岩」と呼ばれるより広範な岩石群の一部として存在している。スピティ頁岩はヒマラヤ各地で露出しており、ジュラ紀中期から白亜紀前期(約1億6600万年前〜1億4000万年前)にかけて堆積した。この時期、現在のインド亜大陸の大部分を形成する陸塊である「インドプレート」は、現在とは全く異なる場所に位置していた。インドプレートは赤道より南にあり、後に南極大陸やオーストラリア大陸となる陸塊と隣接し、ゴンドワナ大陸と呼ばれる巨大な大陸の一部を構成していた。白亜紀にゴンドワナ大陸が分裂した後、インドプレートは「ネオテチス海」と呼ばれる古代の海を越えて北上した。プレートは(地質学的な時間スケールで言えば)非常に速い速度で移動し、約5000万年前にアジアに衝突して、ヒマラヤ山脈の形成が始まった。
約1億5000万年前(ジュラ紀後期)の大陸配置図。赤い円は、スピティ頁岩が堆積したおおよその場所。(Ronald Blakey / Deep Time Maps、改変)
シャーリグラムに含まれるアンモナイトが生きて海を漂っていた当時、それらはネオテチス海の南端に位置していた。Dr Watersによると、シャーリグラムのアンモナイトは通常、Blandifordiceras(ブランディフォルディセラス)、Haplophylloceras(ハプロフィロセラス)、Aulacosphinctus(アウラコスフィンクタス)、Aulacosphinctoides(アウラコスフィンクトイデス)という4つの属のいずれかに分類される。層序学的調査からは、これらが「外側陸棚(アウター・シェルフ)」と呼ばれる領域に生息していたことが示唆されている。つまり、比較的浅い海域にいながらも、大陸プレートが深海へと落ち込む場所からそれほど遠くない環境にいた。インドプレートがアジア大陸と衝突して座屈(空き缶を押しつぶすような現象)を起こし、ヒマラヤ山脈が形成された際、それらの化石は海抜数千メートルの高さまで押し上げられ、現在では侵食によって地表に露出している。12世紀の文献にさえ、シャーリグラムには2つの異なるタイプがあることが記されている。一つは川で見つかる表面の滑らかなもの、もう一つは丘の斜面で見つかる表面が粗いもので、これらは侵食されたばかりで、水の作用による摩耗(丸みを帯びる変化)を受けていないもの。
ヒンドゥー教徒の間では、このアンモナイトの化石の模様が、ヴィシュヌ神が持つ4本の腕のうちの一つに握られていチャクラの模様に似ているとされる。Taylor (2012)によれば:
P.D. Taylor: "Saligrams and vishnu: Ammonites in hinduism", January 2012Batalleri
ヒンドゥー教の主要な神の一柱にヴィシュヌ神がいる。ヴィシュヌ神の崇拝においては、「シャーリグラム」と呼ばれる石が用いられることがある。これは、ネパールのムクティナート近郊を流れるガンダキ川でのみ採取される、アンモナイトの化石を含んだ硬い小石である。これらの石は、現地に分布するジュラ紀後期から白亜紀前期のシャーリグラム層に見られる団塊(コンクリーション)に由来する。摩耗したアンモナイトに見られる放射状の肋(ろく)や露出した隔壁の模様が、ヴィシュヌ神が持つ4本の腕のうちの一つに握られている円盤(チャクラ)の模様に似ているとされる。シャーリグラムの起源についてはヒンドゥー教徒の間で様々な伝承が語られているが、その一つに、チャクラの模様(すなわちアンモナイト)は「ヴァジュラ・キータ(金剛虫)」と呼ばれる川の虫がヴィシュヌ神の命を受けて作り出したものだとする説がある。シャーリグラムには、色や石の表面におけるアンモナイトの位置などの違いに基づき、数多くの種類が区別されている。ヒンドゥー教徒はシャーリグラムを崇敬し、これを礼拝することで人生のあらゆる面で成功を収め、罪を浄化できると信じている。アンモナイトを「スネークストーン(蛇石)」とする伝説など、他の多くの化石にまつわる伝承が歴史的なものであるのに対し、シャーリグラムは現代においても息づいている化石伝承の好例と言える。
ある意味、「地質学的プロセスを認識するための確固たる科学的根拠」がなかったために、それらプロセスを神々や悪魔のせいとしてきたのは古代インドも同様である。そのひとつがアンモナトの化石をシャーリグラムとしたと、Chandrasekharam (2007)は説明する。
Dornadula Chandrasekharam (Indian Institute of Technology Bombay): "Geomythology of India", February 2007Geological Society London Special Publications 273(1):29-37
『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』をはじめとするインドのあらゆる伝説には、地質学的プロセスの要素が織り込まれている。古代インド文明において地質学的プロセスを認識するための確固たる科学的根拠がなかったためか、それらの現象は「神々(スーラ)」や「悪魔(アスラ)」の仕業であると信じられ、伝説の不可欠な一部を成している。科学によって多くの地質学的プロセスが解明されている現代においても、ヒンドゥー教の信仰心は厚く、こうした神話や伝説は次世代へと語り継がれている。叙事詩に地質学的プロセスが取り入れられているという事実は、真理(ダルマ)を支え、調和を保つ一助となっている。古代インド文明はこの教えを受け入れてきたが、その継承は、インドの未来の世代にとっても、依然として新鮮で活力ある要素であり続けるだろう。
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Fig. ヒンドゥー教徒によって「シャーリグラム」として崇拝されているアンモナイトや棘皮動物



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