創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

関連ネタ, 誤謬・詭弁

殉教者の誤謬


ガリレオ詭弁と類似した(あるいは包含する)詭弁に殉教者の誤謬(Argumentum ad martyrdom)がある。これは典型的には、以下の形式をとる。
The disciples of Jesus either were either telling the truth or lying about Jesus.
Many of them were martyred for speaking about their belief.
People don't die for a lie.
Therefore, the disciples were telling the truth about Jesus.
Therefore, Jesus was resurrected.

イエスの弟子たちは、イエスについて真実を語っていたか、嘘をついていたか、いずれかだ。
弟子たちの多くは、自らの信仰を語って、殉教した。
人々は嘘のために死ぬことはない。
したがって、弟子たちはイエスについて真実を語っていた。
したがって、イエスは復活した。

["Would someone die for what they knew was a lie?" on ReligionsWiki
この論は、その他のビリーバーや信念体系にもあてはまる。

ReligionsWikiは多くの反例を挙げており、たとえば...
  • Peoples Temple(人民寺院)の939名がJim Jonesの言葉を信じて自殺したが(1978/11/18)、それはJim Jonesの言葉が正しいことの証拠とはならない。
  • キリスト教の殉教者たちの多くは「イエスの復活」を信じていても、目撃したわけではなく、殉教は「イエスの復活」の正しさを証明しない。

この「殉教者の誤謬」は、努力の誤謬の極端形式と言える。
"E" for Effort. (also Noble Effort; The Lost Cause): The common contemporary fallacy that something must be right, true, valuable, or worthy of respect and honor simply because someone has put so much sincere good-faith effort or even sacrifice and bloodshed into it. (See also Appeal to Pity; Argument from Inertia; Heroes All; or Sob Story.). An extreme example of this is the Blood of the Martyrs Fallacy (also, Waving the Bloody Shirt), the fallacy that a cause or argument, no matter how questionable or reprehensible, cannot be questioned without dishonoring the blood and sacrifice of those who died so nobly for the cause.

努力の「努」(あるいは高貴な努力、失われた大義):誰かが誠実な努力をしたり、犠牲を払ったり。血を流したりしたという理由で、何かが正しく、真実で、価値があり、尊敬と名誉に値するものだとする、現代の一般的な誤謬。(同情論証や、慣性からの論、全員英雄、すすり泣きなども参照)これの極端な例は、「原因や議論が、どんなに疑わしく、非難されているものであっても、大義のために高貴に死んだ者の血と犠牲を汚すことなく、疑問視できない」という殉教者の誤謬である。

[ "Fallacies"on lumen ]





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