創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

Who's Who

創造論者たちにとって喜ばしくない主張をしているMichael Behe


インテリジェントデザイン運動におけるインテリジェントデザイン理論家Dr. Michael Beheの扱いは微妙なところだ。彼は自分自身はインテリジェントデザイナーを神だと考えているが、悪魔でも異星人でもニューエイジパワーで構わないと言う。共通祖先も認めている。創造論者たちにとって喜ばしくない主張をしているのだが、切り捨てると主戦力を失うという問題がある。

そして、2010/11には、Dr. Michael Beheはインテリジェントデザイン運動的には微妙な主張をThe Guardianに寄稿している。たとえば、デザインが幻想か本物かは"left to draw"だと言う。
My contention is that 'the purposeful arrangement of parts' to achieve a specific purpose is the criterion that enables us to recognise design. I argued that the conclusion of design in the bacterial flagellum and in many other biological systems is no different from discerning it for a mousetrap or a Ford Mondeo.

So what makes Intelligent Design fundamentally different from Darwinism? The Darwinian view which dominates biology holds that the design we all see in life is merely illusory and that life is essentially a blind and purposeless phenomenon. Intelligent Design claims that the design is real and demonstrable; we are left to draw our own conclusions about the implications.

私の主張は「特定の目的を達成するための"部品の意図的配置"はデザインを認識可能とする規準だ」というものだ。「細菌の鞭毛や多くの生物器官がデザインであるという結論は、ネズミトリやフォードモンデオと何ら違いがない」と私は論じた。

それでは、インテリジェントデザインは基本的にダーウィニズムと何が違っているのか? 生物学を支配するダーウィンの見方は、我々が生物に見るデザインは幻想であって、生命は本質的には盲目で目的のない現象だというものである。インテリジェントデザインはデザインが本物であり、実証可能だというものである。意味するところについて、いかなる結論を出すかは我々に委ねられている。

[ Michael Behe: "Finding design in nature" (2010/11/29) on The Guardian ]
しかも、「インテリジェントデザインは自然法則の働きに帰着させることが可能なので、本質的にはダーウィニズムと区別できない」と言う。
How the design is delivered, however, is a separate matter. I was clear that we do not yet know the details of how these designed systems were assembled over the history of life. It was in this context that I made the comment that the operation of natural law might play a part. To imply, as Brown does, however, that intelligent design can be reduced only to the operation of natural law and therefore is essentially indistinguishable from Darwinism is to confuse fundamentally the end (design) with the means of delivering it.

デザイン配備方法は別の問題である。生命の歴史において、これらのデザインがどのように組み上げられたかの詳細を我々が未だ知らないのは明らかだ。私のコメントは、自然法則が何らかの役割を担ったかもしれないというコンテキストで行ったものだ。Brownが意味したように、インテリジェントデザインは自然法則の働きに帰着させることが可能なので、本質的にはダーウィニズムと区別できず、デザインとデザイン配備方法は本質的に混同される。

[ Michael Behe: "Finding design in nature" (2010/11/29) on The Guardian ]
そのあとに、取ってつけたようにインテリジェントデザインの建前を書いている:
Intelligent Design is an inductive argument from empirical observations like the irreducible complexity of molecular machinery. Intelligent causation as an explanation is consistent with all our experience of finely engineered machines which have intelligent designers. The Darwinian alternative is to propose a phenomenon never observed anywhere, namely that complex machinery can assemble itself without any planning or direction.

インテリジェントデザインは、分子機械の還元不可能な複雑さのような経験的な観察からの演繹的議論である。説明としてのインテリジェントな因果関係は、インテリジェントデザイナーにより詳細に設計された機械についての我々の経験と合致している。ダーウィン的代替説明は、どこにも観察されたことのない現象、すなわち複雑な機械が計画や指示なくして組み上がることを提示することである。

[ Michael Behe: "Finding design in nature" (2010/11/29) on The Guardian ]
「Dr.Michael Beheはインテリジェントデザイン運動から研究資金を得たいだけ」という疑念のわく記事だ。

Kitzmiller v. Dover裁判(2005)のときにも

Dr. Michael BeheはKitzmiller v. Dover裁判において、次のようにCommon Descentを認めている:
CROSS-EXAMINATION BY MR. IRIGONEGARAY:
Q. Do you accept the general principle of common descent, that all of life is biologically related to the beginning of life?

あなたは、あらゆる生命が生物学的に生命の始めで関係しているという、一般的なCommon Descentの原則を認めていますか?

A. My position is similar to Professor Nord's, one or two ago, that depending on what you mean by common descent, I do believe in biological continuity of organisms, yes.

私のポジションはNord教授のものに近い。あなたのCommon Decscentの意味するものに依存するが、私は生物の生物学的連続性を信じており、イエスです。

Q. Do you accept that human beings are related by common descent to prehominid ancestors?

あなたは人類が原人の祖先とCommon Descentで関係していることを認めていますか?

A. With that exception in mind, depends on what you mean by common descent, yes, I do.

心の中は例外として、あなたのCommon Descentについて意味するものに依存するが、イエスです。



インテリジェントデザイン運動にとって好ましくないのかも

Discovery Instituteが収集するフェローたちの記事リストを見ても、Michael Beheの執筆記事は大半が2004年までのもの。その後は2007年1回と2009年に2回で打ち止め。最近はBooklistEssential readingsにも挙げられているBeheの"Edge of Evolution"だが、当初は記載されていなかった。

Larry Arnhartは、Dr.Michael Beheの"Edge of Evolution"が「人間がチンパンジーと祖先を共有している」ことを認め、さらには「自然への奇跡の介入を必要としない」としていて、インテリジェントデザイン運動にとって破壊的だと指摘する:
In my first posts on the book, I noted at least four points on which Behe's position might be disturbing for the proponents of "intelligent design." (1) Behe accepts the Darwinian evolution of species by common descent, including the evolution of the human species from ancestral species shared with chimpanzees. (2) Behe rejects any attempt to treat the Bible as a "science textbook" as "silly," and he insists there should be "no relying on holy books or prophetic dreams." (3) Behe argues that "intelligent design" is not required to explain the emergence of the lower taxonomic levels of life--orders, families, genera, and species; and so the evolution of species could be fully Darwinian. (4) Behe endorses a version of theistic evolution, because he says that after the "initial set-up" by the intelligent designer, "the universe operates by unbroken natural law," with no need for miraculous intervention in nature.

この本[Edge of Evolution]についての私の最初のポストで、私は、インテリジェントデザイン支持者にとって邪魔になるBeheのポジションが少なくとも4個あることを指摘した。(1) Beheは、人間がチンパンジーと祖先を共有していることを含め、共通祖先からの種のダーウィン進化を受け入れている。(2) Beheは聖書を科学の教科書として扱うことを愚かなことだと拒否しており、聖書や預言者の夢を信頼すべきでないと主張している。(3) Beheは生物の下位の分類群である目・科・属・種の出現の説明にインテリジェントデザインが必要なく、種レベルは完全にダーウィン的たりうると論じている。(4) Beheはある種の有神論的進化論を推奨している。というのは、Beheはインテリジェントデザイナーにより初期設定がなされれば、あとは宇宙は破られることなき法則に基づいて働き、自然への奇跡による介入を必要としないと言っているからだ。

[ Larry Arnhart: "Has Michael Behe Fallen From Favor at the Discovery Institute?" (2008/05/01) on Darwinian Conservative via Stranger Fruit ]







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