批判サイド>否定論・陰謀論を信じる理由
被害者叩きの傾向が、リベラルより保守の方が強いという研究は以前からある。
それが、被害者を叩くことで、世界が公正世界であるという信念を守ろうとする心理によるものだという研究も積もっている。その「公正世界を信じる」心理が、「宗教的で、権威主義的で、保守的」であることとリンクしている。そして、それが社会に影響を及ぼしていることも。
保守イデオロギーではなく、保守を選好する心理が、被害者叩きともリンクしているようである。
NIEMI and YOUNG ( 2016) によれば、individualizing value (個別価値) をより支持する人々と、binding values (結合価値)をより支持する人々の間には次のような差異がある。
そして、NIEMI and YOUNG ( 2016) によれば、
ただし、「主語」により、この傾向は影響を受ける。
被害者叩きの傾向が、リベラルより保守の方が強いという研究は以前からある。
Sarah Williams: "Left-Right Ideological Differences in Blaming Victims", Political Psychology, Vol. 5, No. 4 (Dec., 1984), pp. 573-581
These two studies demonstrate convincingly that reaction to victims are an integral part of ideological orientation. The extent of responsibility attribution, derogation and affective response to the victim were all predicted on the basis of the observers' political attitudes. Similarly, conservatives are less likely than liberals to express feelings of sympathy and more likely to express disgust. These left-right differences have generality insofar as they are found in reactions to a welfare client and a theft victim; but further research with a more realistic setting and more diverse sample is needed in order to understand fully the ideological nature of our reaction to victims.
2つの実験は、被害者への反応はイデオロギー傾向の不可欠な部分であることを、説得力ある形で示している。責任帰属と規律逸脱と情緒的反応の範囲は、観察者の政治的態度の基づいて予測できる。同様に、保守はリベラルよりも、同情を示さず、嫌悪感を示す可能性が高い。これらの保守・リベラルの違いは、福祉受益者及び盗難被害者に対する反応に見られる限り、一般性を持っている。しかし、より現実的な設定でさらなる研究と、より多様なサンプルは完全に被害者たちの反応のイデオロギー的性質を理解するために必要である。
それが、被害者を叩くことで、世界が公正世界であるという信念を守ろうとする心理によるものだという研究も積もっている。その「公正世界を信じる」心理が、「宗教的で、権威主義的で、保守的」であることとリンクしている。そして、それが社会に影響を及ぼしていることも。
Claire Andre and Manuel Velasquez: "The Just World Theory"保守とリベラルで生理的反応が違っていて、それが共和党支持者と民主党支持者の支持する政策の違いと整合している。感情がイデオロギーを選択しているように見える。実際、感情が下した判断の後から、論理がついてくる「動機づけられた推論」があり、さらに、その論理のもととなる事実認識も「動機づけられた認識」であることがある。
Zick Rubin of Harvard University and Letitia Anne Peplau of UCLA have conducted surveys to examine the characteristics of people with strong beliefs in a just world. They found that people who have a strong tendency to believe in a just world also tend to be more religious, more authoritarian, more conservative, more likely to admire political leaders and existing social institutions, and more likely to have negative attitudes toward underprivileged groups. To a lesser but still significant degree, the believers in a just world tend to "feel less of a need to engage in activities to change society or to alleviate plight of social victims."
Ironically, then, the belief in a just world may take the place of a genuine commitment to justice. For some people, it is simply easier to assume that forces beyond their control mete out justice. When that occurs, the result may be the abdication of personal responsibility, acquiescence in the face of suffering and misfortune, and indifference towards injustice. Taken to the extreme, indifference can result in the institutionalization of injustice. Still, the need to believe that the world is just can also be a positive force. The altruism of volunteers and of heroes who risk their lives to help strangers in need is a result of people trying to restore justice to insure that the world remains just. As Melvin Lerner writes, "We have persuasive evidence that people are strongly motivated by the desire to eliminate suffering of innocent victims."
Harvard UniversityのZick RubinとUCLAのLetitia Anne Peplauは公正世界への強い信念のある人々の特性を調べる調査を実施した。彼らは、「公正世界を信じる強い傾向がある人々は、より宗教的で、権威主義的で、より保守的で、政治的指導者や既存の社会制度を賞賛する可能性が高く、恵まれない人々に対して否定的な態度をとる可能性が高いこと」を見出した。それほど強くはないが、優位な違いとして、公正世界を信じる人々は、「社会を改革したり、社会的な被害者の窮状を緩和する活動に従事する必要性を感じない」傾向にある。
皮肉なことに、公正世界への信条は、正義に対する真のコミットメントに影響を与えることがある。ある人々にとって、「自分たちのコントロールを超えた力は、正義を提供するものであると仮定する」ことは非常に容易である。そうなると、個人の責任を放棄し、苦しみと不幸に直面したときに、これを黙認し、不正義に対して無関心になることがある。極端な場合、無関心は不正の制度化につながりうる。それでも、公正世界を信じることを、ポジティブな力にすることができる。見知らぬ人を助けるために自分の命を危険にさらすボランティアと英雄の利他主義は、世界が公正であり続けることを保証し、正義を回復しようとする人々の結果である。Melvin Lernerが書いているように、「人々が、罪なき被害者の苦痛を消し去りたいという欲求に動機づけられていることを示す、説得力ある証拠がある」
Melvin J. Lerner, The Belief in a Just World: A Fundamental Delusion, (New York: Plenum Press, 1980).
Melvin J. Lerner and Sally C. Lerner, editors, The Justice Motivce in Social Behavior: Adapting to Times of Scarcity and Change, (New York: Plenum Press, 1981).
Zick Rubin and Letita Anne Peplau, "Who Believes in a Just World," Journal of SOcial Issues, Vol. 31, No. 3, 1975, pp. 65-89.
保守イデオロギーではなく、保守を選好する心理が、被害者叩きともリンクしているようである。
NIEMI and YOUNG ( 2016) によれば、individualizing value (個別価値) をより支持する人々と、binding values (結合価値)をより支持する人々の間には次のような差異がある。
価値観 | individualizing value (個別価値) | binding values (結合価値) |
優先させること | 他人のケア, 不公正な行動の阻止 | 忠誠, 服従, 純度 |
政治傾向 | リベラル | 保守 |
被害者の概念 | 傷つけられた被害者と傷つけた加害者 | 行為が非倫理的 |
犯罪の被害者 | 傷つけられた | 汚された |
そして、NIEMI and YOUNG ( 2016) によれば、
- 個別価値・結合価値ともに、性犯罪の被害者の方が、それ以外の犯罪の被害者よりも「傷つけられた」ではなく「汚された」と考える傾向がある
- 結合価値の支持度合いが大きいほど、性犯罪・それ以外の犯罪ともに、「被害者が汚された」と考える傾向が強い。
- 被害者が「汚された」と考える人ほど、「犯罪の責任が被害者にある」と考える(被害者叩きをする)傾向が強い。
ただし、「主語」により、この傾向は影響を受ける。
- 「加害者が被害者を犯した」と「被害者が加害者に犯された」では、前者の表現を見た人の方が「加害者により責任がある」と傾向が強い。
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