創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

STSとしてのインテリジェントデザイン, 方法論的自然主義をめぐって

有神論は神の真理に至り、唯物論は人間の意見にしか至らないと主張するPhillip Johnson


インテリジェントデザインの父たるPhillip Johnsonは、科学が採用している理論採択ルールあるいは方法論的自然主義(超自然に言及しない)によって、インテリジェントデザイン(といより神)が排除されていると主張する。

しかし、一方で、Phillip Johnsonは「神の知識のよる真理(truth)」は「Truth」だが、人智によるものは対立する複数の意見でしかないと論じる。
Truth (with a capital T) is truth as God knows it. When God is no longer in the picture there can be no Truth, only conflicting human opinions. (There also can be no sin, and consciousness of sin is that built-in moral compass Rorty rejects as illusory.) We can know something about what is useful for getting whatever we happen to want, but false beliefs have often been extremely useful. In fact modernists frequently cite belief in God as a prime example of a falsehood that has been useful for achieving social unity or comforting people against the fear of death. ( pp.89-90)

真理は神が知るものとしての真理である。神が説明の範疇に存在しなくなれば、真理もまた存在しえない。あるのは対立する人間の意見だけだ。(罪もまた存在しえない。罪の意識たる、ビルトインの倫理基準をRortyが妄想だとして否定した。)我々が望むことを起こすために役立つことについて、我々は知ることができる。しかし、誤った信条は非常に有益であることが多い。実際、モダニストたちはしばしば、社会の統一や、人々の死の恐怖を慰めるために、誤りの例としての神への信仰を挙げる。

[Phillip E. Johnson, Defeating Darwinism by Opening Minds, 1997]

Phillip Johnsonによれば「罪」は神が定めたもの以外存在しない(人智によるものは意見でしかない)。
What is the Truth (with a capital T), and what does it set us free from? The rationalist philosophy of Henry Drummond in "Inherit the Wind" says that the source of Truth is science and its foundation is materialism. This kind of Truth set us free from oppressive religious leaders who want to manipulate us for their own purposes. It also discredits the notion that there is a God who cares about what we do. Materialism sets us free from sin-by proving that there is no such thing as sin. There's just antisocial behavior, which we can control with measures like laws and educational programs. Why shouldn't that be enough?

Jesus was just as harsh in condemning religious hypocrites as Henry Drummond was, but he also warned against the scoffers who build their house on a foundation of sand. The Truth he referred to was himself, and the burden it frees us from is the sin that takes us away from our right relationship with the Father. (pp.118-119)

何が真理であり、我々何からの自由を設定するのか?"Inherit the Wind"のHenry Drummondの合理主義哲学者は「真理の源泉は科学であり、その基礎は唯物論だ」と言う。この種の真理は、自らの目的のために我々を操作しようとする抑圧的宗教指導者からの自由を設定する。そして、我々の行動を気に掛ける神が存在するという主張を否定する。罪のようなものが存在しないと証明することで、唯物論は我々を罪から解放する。あるのは反社会的行動であり、それらは法や教育プログラムのような手段で制御できる。それで十分ではないのかと。

イエスは、Henry Drummondがそうであったように宗教偽善者を強く非難したが、砂上の楼閣を立てた嘲笑者たちにも警告した。彼の言う真理は彼自身であり、父なる神との正しき関係によって、我々は罪から解放されるための重荷である。

[Phillip E. Johnson, Defeating Darwinism by Opening Minds, 1997]

理論採択ルールについて述べているときのPhillip Johnsonは相対主義的な立場をとっているが、作り上げられる「真理」の側を論じるときは、神が定める絶対的に「真理」の存在を前提としている。

Phillip Johnsonにとって、「科学」という装置は、背後の哲学に依存して如何ようにも結論を出すが、正しき神の結論に至るには「神の存在を認め、かつ神に言及する」という原則を持つ「科学」でなければならないようだ。





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