創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

批判サイド>創造論者の主張

Claim CA651:
If evolution is true, then God is directly responsible for death. God pronounced his original creation "very good" (Gen. 2:1), which implies that God is sadistic, taking pleasure in watching the suffering and dying. A God of grace and mercy would not use the principle of survival of the fittest.
進化論が正しいなら、神は死の責任を直接負っている。神は自身の元々の創造に対して「よし」とされた[創世記2章1節]。これは神がサディスティックで、苦しみと死をみて楽しむことを意味する。慈悲と恩寵の神が適者生存の原則を使うわけがない。
Source:
Morris, Henry M. 2000. The vital importance of believing in recent creation. Back to Genesis 138 (June): a-c.
Morris, John D. 2001. What could the God of scripture call "very good"? Back to Genesis 145 (Jan.): d.
Response:
  1. 人間に、神が何をすべき、何をしてはいけないか決められない。そのような決定をすることは、自らを神の上に置くに等しい。
  2. 慈悲と恩寵の神が自然選択を容認しないなら、慈悲と恩寵の神は存在しない。絶滅と選択的な個体の死は今も続いている。創造主たる神が存在するなら、少なくとも、絶滅と死をもたらす環境を創造し、それが今日まで続いていることに責任がある。死が堕落の結果だと信じているとしても、罪に対応して神が死を実装したことは真実である。
    もし創造論が正しいなら、神は死について直接の責任がある。すべての苦しみについて、神ではなくアダムを責めるのは責任転嫁である。アダムは人間であり、それほどの力を持っていない。もし神が苦しみを作りだすことを、アダムが意図していたとしても、それを看過したの責任の一端は神にある。
  3. 死のない世界に良いことはほとんどない。繁殖がないなら我々は今生きてはいない。あるいは動物たちは積み重なり、動く隙間もなくなっている。死は生の一部として必要である。
  4. この主張の背後にある態度は、神を我々から切り離し、さらには我々は世界を「とてもよい」ものとして見れないと言って、世界に対する忘恩を奨励するものである。
    苦しみは精神状態であって、主として外部環境よりも個人の態度の機能である。Abraham Lincolnが言ったように「人は自分で選んだ分だけ幸せである」
  5. 創造論者は死と腐敗を熱力学第2法則に関係づけ、堕落前に腐敗がないのは熱力学第2法則は堕落前は有効化されていなかったことを意味すると言っている。しかし、熱力学第2法則は時間の流れと密接に関連している。聖書は時間が堕落前に確立されたと述べている音で、熱力学そして腐敗はその時点が存在しているはずだ。
  6. 生命の起源は我々がどの宗教に従うかの判断によって決まるものではない。
Further Reasing:
Larson, Gary. 1998. There's a Hair in My Dirt!: A Worm's Story. New York: Harpercollins.


オリジナルページ

これはIndex to Creationist Claims, edited by Mark Isaakの和訳です。



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