創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

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Jason Rosenhouseの「どうやって悪い科学の論を見つけるか」


James Madison Universityの数学科のJason Rosenhouse準教授の連載コラム: CSICOP: Evolution and Creationから「How Do You Spot A Bad Scientific Argument? (どうやって悪い科学の論を見つけるか?)」を紹介する。

これまでのJason Rosenhouse助教授の連載は、創造論者の論をまっとうに切り返す形だった。それに対して、今回はちょっと違ったアプローチをしている。



Jason Rosenhouse: "How Do You Spot A Bad Scientific Argument? "
どうやって悪い科学の論を見つけるか?


反進化論者たちは科学的ジャーゴンを使いまくって、自らの論の弱さを埋めるのが得意だ。これは公平な立場の科学者ではない人が、どこに真実があるか決めようとするとき問題となる。ディベートのライバルたちが、熱力学と進化の関係について異なった主張をするなら、たとえば、どちらが正しくものごとを提示しているかわかるために、物理学について知らなくてもよいのだろうか?

悲しいことに、論じられている主題を知ることの代用品はない。創造論者の論が何故間違っているかを正確に理解したいなら、真剣に科学を勉強するために時間をかければよい。しかし、それは大半の人々にとって、そのような勉強は非現実的だ。時間の問題は横に置くとしても、大半の科学は難しすぎて一人では学べない。その結果、さまざまな主張とそれらの反対する主張を整理しようとして、欲求不満がたまる。

それは悪い知らせだ。そして、良い知らせは、創造論者の霧のほとんどは、科学界がどのように機能しているかについて、幾つかの基礎的な理解があれば、消し去れるということだ。多くの、本当に多くの反進化論の論は、科学の訓練を受けていない人々の間にも疑いを引き起こす。それが出てくれば、悪い科学的論を相手にしていることを強く示唆する、4つの指標を考えよう。

(1) プロの科学者が見落とした初歩的誤りが科学者たちの理論にあるという前提に基づいている論は、確実に間違っている。

1859 年にダーウィンが種の起源を発表したときから既に、進化論は生物研究の基礎となった。そのことは理論が必ずしも正しいとは意味しない。それは進化論が狂った考えではないことを意味している。高校生にも説明できるような単純な論ではひっくりかえることはない。標準的な例として、自然淘汰はトートロジーという論がある。以下は、若い地球の創造論者の本にあった、典型的な構成である。
Schutzenberger and others have shown the above Neodarwinan approach to biogenesis and the origin of species to be tautological, i.e. meaningless. The reasoning behind Schutzenberger's claim is quite elementary in reality, for he points out that the Neodarwinian hypothesis simply states nothing more than that the organism which survives has survived. Or put otherwise: the organism leaving the greatest number of offspring behind will survive. This type of depth of wisdom is not very difficult to plumb.

Schutzenberger と他の人々は、生物発生説と種の起源への上記のネオダーウィニズムのアプローチがトートロジー、すなわち無意味であることを示した。 Schutzenbergerの主張の背後にある論理は実際にはまったく初歩的なもので、ネオダーウィニズムの仮説は単に、生存したものが生存した生物だと言っているに過ぎない。言い換えるなら、最も多く子孫を残したものが生き残ると。知恵のこの種の深さは、測るのがあまり難しくない。

(A.E. Wilder Smith, The Natural Sciences Know Nothing of Evolution, 1981, pp. 127)

この連載の前回で、私は何故この論が正しくなくいことを示した。そして反進化論者が挙げた別の例を示した。しかし、ここには思い切り単純なものがある。もし Wilder Smithが正しいなら、幾世代もの科学者たちが、彼らの理論の中心的概念が無意味なことを見過ごしたことになる。そんなことがあるだろうか? これに応えるのに、生物学者が適応という用語をどう定義したかを知る必要はない。

進化が熱力学第2法則を逸脱しているという、度重なる主張は第2の例を提供する
The discovery that life on Earth developed through evolutionary "steps," coupled with the observation that mutations and natural selection -- like other natural forces -- can cause (minor) change, is widely accepted in the scientific world as proof that natural selection -- alone among all natural forces -- can create order out of disorder, and even design human brains with human consciousness. Only the layman seems to see the problem with this logic. In a recent Mathematical Intelligencer article ("A Mathematician's View of Evolution," 22, number 4, 5-7, 2000), after outlining the specific reasons why it is not reasonable to attribute the major steps in the development of life to natural selection, I asserted that the idea that the four fundamental forces of physics alone could rearrange the fundamental particles of nature into spaceships, nuclear power plants, and computers, connected to laser printers, CRTs, keyboards and the Internet, appears to violate the second law of thermodynamics in a spectacular way.

地球上の生命が進化の段階を経て発展したという発見は、他の自然の力のように、突然変異と自然選択が (小さな)変化を起こしうるという観察とともに、他のすべての自然の力と同じく自然選択が、無秩序から秩序を創り、人間の理性を持つ人間の脳さえもデザインしたことを証明するものとして、科学界で広く認められている。素人だけがこの論理の問題を見つけられる。最近の"Mathematical Intelligencer"の記事「進化論についての数学者の視点」において、何生命の発展における主要なステップを自然選択のせいにすることが合理的でない特定の理由の概要を見た後で、物理学の4つの基本的力だけで自然界の基本的粒子を、宇宙船や原子力プラントや、レーザープリンタとCRTとキーボードとインターネットにつながったコンピュータを再構成することができるという考えは、壮大な形で熱力学第2法則を逸脱していることが明らかだと私は断定する。

(Granville Sewell, "Evolution's Thermodynamic Failure," The American Spectator, 2005).

熱力学第2法則を適切に理解すれば、Sewellの論がまったく誤りであることをはっきりわかる。しかし、理解していなくても、プロの科学者が見逃した誤りを科学者でない者が指摘できるという主張は、思い切り疑わしい。実際、私の知る限り、ダーウィンが自らの著作を発表する前から、第2法則は定式化されていた。それを知っているなら、Sewellの論がまったく正しくないだろうとわかるに十分だ。科学者たちが一世紀にわたって生物学と物理学の単純な矛盾に気づかなかったというのは合理的ではない。

最後の例として、還元不可能な複雑さについてのMichael Beheの論を考えよう。Michael Beheは「どのような生物システムは、数多くの連続した小さな変化によって形成できないのか?」と問うて、次のように答える:
Well, for starters, a system that is irreducible complex. By irreducibly complex I mean a single system composed of several well-matched, interacting parts that contribute to the basic function, wherein the removal of any one of the parts causes the system to effectively cease functioning. An irreducibly complex system cannot be produced directly (that is, by continuously improving the initial function, which continues to work by the same mechanism) by slight, successive modifications of a precursor system, because any precursor to an irreducibly complex system that is missing a part is by definition nonfunctional. An irreducibly complex biological system, if there is such a thing, would be a powerful challenge to Darwinian evolution.

まずは、還元不可能に複雑なシステムだ。還元不可能な複雑さは、複数のよく適合した相互作用する、基本機能に寄与する部品たちによって構成され、ひとつでも部品を取り去れば、システムは効果的に機能を失うシステムを意味する。還元不可能に複雑なシステムは、先行システムの連続した小さな変化、すなわち同じメカニズムで働き続ける最初の機能を連続的に改良することによって直接には生成できない。還元不可能に複雑なシステムへの先行形態は、還元不可能に複雑なシステムの定義上、部品を失えば機能しないからだ。もし、還元不可能に複雑な姿勢物システムのようなものがれば、それはダーウィンの進化論への強力な挑戦となる。

(Michael Behe, Darwin's Black Box, pp. 39)

もし、Beheが正しいなら、与えられた生物システムが自然選択によって漸進的に進化できないことをほぼ確実に示すことができる単純な検証方法が存在する。さらに、Beheによれば、数多くのシステムがこの検証を満たす。再び、問う。そんなことがあるだろうか? 科学者たちが本当にそんな単純な基準に気がつかなかったのだろうか? それよりもっとありそうなことは、Beheの論理は間違っている方がもっともらしいだろうか?
*(2) 反進化論者の主張はまともにとりあってもらえないのは、科学界は共謀して反進化論者の見方を抑圧するからだという、いかなる断定もすぐに捨て去ることができる

ここでのポイントは科学者たちがほんとうに真理のためにすべてを捧げるので、科学者たちはそのようなことはしない(ときにはあるが、大半はそうではない)ということではない。むしろ、科学者たちは望まぬことであっても、強力な考えを抑圧できない。知ってのとおり、"科学界"というのは、本当は幾千の個々の科学者の集合体なのだ。これらの科学者たちはそえぞれ、自然界の理解に長く残る寄与をしようとして、研究をすすめている。そして、そのような寄与をするために最も確かな方法は、正当な理論のメインストリームの断片がほんとうに間違っていることを示すことだ。

科学者たちは学術誌を通して自らの成果を発表し、ここに嫌われる考えを陰謀から守る第2層がある。幾百の学術誌があり、それぞれ独立に運営されている。それらは科学者たちに注目されるように互いに競い合っている。従って、個々の学術誌は次の大きなブレイクスルーを出版する学術誌になろうとする。

ダーウィンの進化論は長きにわたって生物学の中心であり、あらゆる科学者がひきずり降ろしたいと願うようなものなのだ。あらゆる学術誌は影響力のある論文を掲載したがっている。これら2つの要素によって、その論が科学的にメリットがあるなら、反進化論者の論を押しつぶすことは不可能となっている。

この手の論の標準的な例はこれだ:
As we saw in Kevin Padian's "cracked kettle" approach to biology, dogmatic Darwinists begin by imposing a narrow interpretation on the evidence and declaring it to be the only way to do science. Critics are then labeled unscientific; their articles are rejected by mainstream journals, whose editorial boards are dominated by the dogmatists; the critics are denied funding by government agencies, who send grant proposals to the dogmatists for "peer" review; and eventually the critics are hounded out of the scientific community altogether.

Kevin Padianの生物学への"cracked kettle"アプローチで見たように、ドグマ的ダーウィニストたちは、証拠の偏狭な解釈を強要し、それが科学のする唯一の方法だと断言することから始める。批判者たちは非科学だと分類される。彼らの論文は、ドグマ的な編集者によって支配されるメインストリームの学術誌に拒絶(reject)される。ドグマティストたちの査読に補助金の提案を送らなければならない批判者たちは政府機関からの資金提供を受けられない。そして、結局、批判者たちは科学界から追い払われる。

In the process, evidence against the Darwinian view simply disappears, like witnesses against the Mob. Or the evidence is buried in specialized publications, where only a dedicated researcher can find it. Once critics have been silenced and counter-evidence has been buried, the dogmatists announce that there is no scientific debate about their theory, and no evidence against it. Using such tactics, defenders of Darwinian orthodoxy have managed to establish a near-monopoly over research grants, faculty appointments, and peer-reviewed journals in the United States.

この過程で、ダーウィンの見方に反する証拠は、Mobに不利な証人のように消えてしまう。あるいは専門誌出版社の中に埋もれてしまい、熱心な研究者にしか見つけられなくなる。ひとたび批判者が沈黙すれば、反証は埋もれ、ドグマティストは彼らの理論について科学的論争はなく、これに反する証拠はないと広報する。そのような戦術を使って、ダーウィンの正統の擁護者たちは米国における研究補助金と研究ポスト指名と査読つき学術誌の独占を確立した。

(Jonathan Wells, Icons of Evolution, pp. 235-236).

ひとつの学術誌とひとつの研究補助金しかないなら、この論は真摯に受けとれただろう。しかし、実際には、Wellsの主張する陰謀論の本質的問題が、すべてのまじめな考えを除外してしまっている。この問題についての明確な態度を打ち出したあらゆる主要な研究機関は、進化論を支持している。ひとつたりとも、創造論者やインテリジェントデザイン支持者たちと同調したがっていない。それらすべてが、ドグマ的進化論者の手に内にあるとでも。毎年、幾百の学術誌が幾万の進化論関連論文を掲載しているが、インテリジェントデザインはほぼ皆無だ。インテリジェントデザイン支持者たちが彼らの見方を支持していると主張するが、それはかなりあやしいという論文も含めてもだ。このすべての編集委員会とすべての査読者たちがイデオロギーで盲目になっているとでも。そんなことは信じられない。

それでも、創造論者とインテリジェントデザイン支持者は攻撃の繰り返しを続ける:
In the final analysis, it is not any specific scientific evidence that convinces me that Darwinism is a pseudoscience that will collapse once it becomes possible for critics to get a fair hearing. It is the way the Darwinists argue their case that makes it apparent that they are afraid to encounter the best arguments against their theory. A real science does not employ propaganda and legal barriers to prevent relevant questions from being asked, nor does it rely on enforcing rules of reasoning that allow no alternative to the official story. If the Darwinists had a good case to make, they would welcome the critics to an academic forum for open debate, and they would want to confront the best critical arguments rather than to caricature them as straw men. Instead they have chosen to rely on the dishonorable methods of power politics.

結局、ダーウィニズムが、ひとたび崩壊したら、批判者たちの主張も聞き入れられるという疑似科学だと私にを納得させるような特定の科学的証拠はなかった。ダーウィニストが彼らの例を論じる方法こそが、彼らの理論に反する最高の論と遭遇することを彼らは怖れていることを明らかにしている。本当の科学はプロパガンダや法的障壁を使って、関連する質問を問うことを妨害などしないし、公的ストーリーの代替理論を許さない論理のルールの強要に依存したりしない。もしダーウィニストが良い例を作れるなら、批判者たちをワラ人形として戯画化するのではなく、彼らは学術的なフォーラムに公開討論のために批判者を招き、最高の批判論と直面することを望むだろう。しかし、彼らは政治力学という不名誉な方法に依存することを選んだ。

(Phillip Johnson, The Wedge of Truth, pp. 141)

おそらく、あるいは科学者たちは、本当に反進化論にについて公正に考慮し、そして反進化論に能力が欠けていることを発見しただけだろう。どちらがもっともらしいかはわかるだろう。
*(3) 進化論にある主要な概念上の欠陥を前提にしたいかなる論も拒絶すべき

科学には2つの種類の未解決の問いがあると言われる。問題とミステリーだ。科学者が普通にしている研究を進めることで、おそらくは解決するだろうという状況にあるのが"問題"だ。これとは逆に"ミステリー"は、現在の理論の範囲内では答えられそうにない問いである。

進化生物学には数多くの"問題"がある。結局、それが、多くの人々がこの分野で研究を続けている理由だ。現代種との正確な進化関係を定めたり、複雑な適応の初期段階を明らかにすることは、むつかしい実際的問題だ。しかし、このような多くの問いは過去にも答えられてきた。これまで働き続けてきた方法が、今後も成果を生み出すだろうという楽観主義にはそれぞれの理由がある。

しかし、進化論にミステリーはない。これは、進化論の視点からまったく不可解に見える経験的証拠が、欠片もないということを意味している。これは驚くに足らない。進化論は一世紀以上にわたって生物学のメインストリームだった。重要で基本的な問いに答えることができなくては、その地位を得られないだろう。

それを心に留めておけば、このような主張を評価することは簡単だ:
The impotence of Darwinian theory in accounting for the molecular basis of life is evident not only from the analyses in this book, but also from the complete absence in the professional scientific literature of any detailed models by which complex biochemical systems could have been produced, as shown in Chapter 8. In the face of the enormous complexity of that modern biochemistry has uncovered in the cell, the scientific community is paralyzed. No one at Harvard University, no one at the National Institutes of Health, no member of the National Academy of Sciences, no Nobel prize winner - no one at all can give a detailed account of how the cilium, or vision, or blood clotting, or any complex biochemical process might have developed in a Darwinian fashion.

この本での分析だけでなく、第8章で示したように、複雑な生物システムを創り上げる、いかなる詳細なモデルのプロの科学文献がまったくないことからも、生物の分子的基礎について説明する能力がダーウィンの理論にないことは明白だ。現代性科学が細胞において明らかにした数限りない複雑さに直面して、科学界は麻痺している。Harvard Universityの誰も、National Institutes of Healthの誰も、National Academy of Sciencesのどの会員も、どのノーベル賞受賞者も、誰も、ダーウィンの方法で、繊毛や視力や血液凝固や複雑な生化学過程が出来上がったのか詳細に説明していない。

(Michael Behe, Darwin's Black Box, pp. 187)

もし分子進化の科学文献に精通しているなら、Beheの主張が誤りだとわかるだろう。しかし、精通していなくても、この主張を疑う適切な理由がある。複雑なシステムの形成を説明することは、進化についての如何なる理論も直面する第一の課題のひとつである。一世紀以上の研究の後にあっても、そのような複雑さに科学界が麻痺しているというのが本当に真実だとすれば、ダーウィニズムは、はるか昔に捨てられていただろう。

Others are even more audacious than Behe:(他の者はBeheよりさらに大胆だ)
Indeed, the following problems have proven utterly intractable not only for the Darwinian selection mechanism, but also for any other undirected natural process proposed to date: the origin of life, the origin of the genetic code, the origin of multicellular life, the origin of sexual reproduction, the scarcity of transitional forms in the fossil record, the biological Big Bang that occurred in the Cambrian era, the development of complex organ systems and the formation of irreducibly complex molecular machines. These are just a few of the more serious difficulties that confront every theory of biological evolution that posits only undirected natural processes.

実際、次の問題たちはダーウィンの選択メカニズムだけでなく、これまでに提唱された"方向性のない"自然の過程では全く説明できないことが証明された: 生命の起源、遺伝コードの起源、多細胞生物の起源、有性生殖の起源、化石記録の移行形態の欠如、カンブリア紀におきた生物のビッグバン、複雑な器官の発展、そして還元不可能に複雑な分子機械の形成。これらは、"方向性のない"自然の過程だけしかないと断定する生物進化のいかなり理論も直面する重大な難点の少数の例にすぎない。

(William Dembski, No Free Lunch, pp. 247)

Dembski が挙げた論点についての詳細な議論には多くのページが必要だ。そのような議論は、忍耐強くこつこつやれば、本やインターネットで簡単にできる。一方、しかし、進化論が重大な問題のほとんどを前にして無力であるとDembskiが示唆していることを、注目しよう。彼の主張を受け入れれば、科学者たちは一世紀以上にわたって、無力なのに、この理論に執着していたと信じることになる。そんなことがあるだろうか? それともDembskiのリストは、結論が好ましくない理論をだめだというための、ただのレトリックだというのがもっともらしいだろうか?
*(4)生物学者よりも生物学とは異なる分野の学者の方が進化論の誤りをみつけやすいという主張は無視すべき

生物学者たちは共通祖先が本当であり、自然選択が系統樹のパターンを導く第一のメカニズムだという見方でほぼ意見は一致している。これは創造論者とインテリジェントデザイン支持者にとって深刻な問題を提示する。彼らの仲間内に数え上げられたいと思うプロの生物学者はほとんどいないので、彼らは人々に、この主題の詳細について、生物学者ではない人々が最もうまく専門的解説ができると信じ込まさなければならない。そこで、次のような主張をすることになる:

Before undertaking this task I should say something about my qualifications and purpose. I am not a scientist but an academic lawyer by profession, with a specialty in analyzing the logic of arguments and identifying the assumptions that lie behind those arguments. This background is more appropriate than one might think, because what people believe about evolution and Darwinism depends very heavily on the kind of logic they employ and the kind of assumptions they make. Being a scientist is not necessarily an advantage when dealing with a broad topic like evolution, which cuts across many scientific disciplines and also involves issues of philosophy. Practicing scientists are of necessity highly specialized, and a scientist outside his field is just another layman.

この仕事を引き受けるにあたって、私の資格と目的について言っておくべきことがある。私は科学者ではなく、論の論理を分析することと、これらの論の背後にある仮定を特定することを専門とするアカデミックな法律家である。考えられるより私のバックグラウンドは適切である。というのは進化論について信じていることとダーウィニズムは彼らが使用する論理の種類と、彼らのつくる仮定の種類に大きく依存しているからだ。進化論のような幅広い分野に関わる場合、科学者は必ずしも優れているわけではない。というのは、科学は多くの分野に細分化されていて、哲学の問題も含んでいるからだ。実際に研究している科学者たちは必然的に高度に専門化しており、その分野の外側では素人にすぎないのだ。

(Phillip Johnson, Darwin on Trial, pp. 13)

科学者たちが研究にどうアプローチしているかについての基本的な考えから、これが不条理であることはあきらかになる。科学者たちが進化論を受け入れるのは、彼らの研究において具体的な効用があるからだ。進化論は、とりわけ、フィールドと実験室で集めたデータを理解するために、生物学者たちが道具として使うものなのだ。論争の的となる出発点からの論理的推論の抽象的なプロセスの結果ではない。

さらに、前述のように、科学者の間の進化論に対する圧倒的支持が、基本的な論理の誤りや隠れた仮定を見つけられないことの結果だという示唆は信用できない。

さらなる例を見ておこう:
The other point is very simple, but also seems to be appreciated only by more mathematically-oriented people. It is that to attribute the development of life on Earth to natural selection is to assign to it--and to it alone, of all known natural "forces"--the ability to violate the second law of thermodynamics and to cause order to arise from disorder.

その他の点はとても単純だが、より数学指向の人々によってのみ評価される。地球上の生物の発展が自然選択のせいであるというのは、自然選択が、既知のすべての自然の力で唯一つ、熱力学第2法則を逸脱し、無秩序から秩序を生じさせるものだということだ。

(Granville Sewell, "A Mathematician's View of Evolution," The Mathematical Intelligencer, 2000).


第 2法則の論が簡単に否定できることは、既に(1)でも論じた。しかし、ここで面白いことは「より数学指向の人々」が、プロの生物学者が気づかない進化論思考の誤りを見つけられるという示唆だ。言うまでもなく、生命科学に熟達しているので、数学者自身が気づかない数学の実践における誤りをみつけらると生物学者が主張しても、だれもまじめに受け取らないだろう。その論を逆転させても、論が正しくなるわけではない。

進化論と創造論の論争の様々な論を分類するのは、気が重くて、非実用的な作業だ。しかし、もし、科学界一般とそして特に生物学者たちについて、合理的な仮定を認める意志があるなら、困難な点の多くは消え去る。

プロの科学者たちは非常に張り合い、検閲が事実上不可能なシステムのもとで研究している。彼らは系統的に論理の粗雑な誤りを犯すおともない。そして、根本的な問いに答えられない理論を研究の基礎にすることもない。

与えられた科学的トピックの詳細について、もっともよく理解していて、評価できるのは、その分野で研究している人々であって、ナタを持った部外者ではない。これらの仮定を認めるなら、事実上あらゆる反進化論者の言うことはすべて、思い切り疑わしく思えるだろう。

そして、もしあなたが、これらの仮定を拒絶するなら、私はあなたが、進化論の利点とは無関係な科学の問題を扱っているといるのではないかと思う。


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