創造論とインテリジェントデザインをめぐる米国を中心とする論争・情勢など

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Jason Rosenhouseの「IDと創造論に何か重要な違いがあるか」


個人ブログEvolutionBlogでも多くのインテリジェントデザインや創造論を批判するエントリをポストしているJames Madison Universityの数学科のJason Rosenhouse準教授は、CSICOP: IntelligentWatchに連載コラム: Evolution and Creationを持っていた。その中から「Are there any important differences between Intelligent design and Creationism? (インテリジェントデザインと創造論に何か重要な違いがあるか?)」を紹介する:


Jason Rosenhouse: "Are there any important differences between Intelligent design and Creationism?"
インテリジェントデザインと創造論に何か重要な違いがあるか?

最近、終わった「Kitzmiller対Dover校区教育委員会裁判」の判決には次の暴露的な一節がある:

A “hypothetical reasonable observer,” adult or child, who is “aware of the history and context of the community and forum” is also presumed to know that ID is a form of creationism. The evidence at trial demonstrates that ID is nothing less than the progeny of creationism.

大人であれ子どもであれ、コミュニティとフォーラムの歴史と前後関係を知っている"仮定てきな合理的な観察者"なら、インテリジェントデザインが創造論の一形態であることも知っていると推定できる。裁判の証拠はインテリジェントデザインが創造論の後継でしかないことを示している。

これらの2つの素っ気ない文で、法廷はなんとか、インテリジェントデザインの主要な支持者たちの手になる幻想を突き崩すことが出来た。

その幻想とは、インテリジェントデザインと創造論は根本的に違うというものだ。彼らは科学的創造論が創世記の創造の物語と密接不可分な関係にあると主張した。これに対して、インテリジェントデザインは対照的に、生物学的事実の安定した基盤の上に築かれた、しっかりした科学理論であると。そして、神学的結論が確かにインテリジェントデザインから引き出させるが、そのような結論は理論自体とは無関係だと。

インテリジェントデザインの最高の知性の持ち主たちはこの議論を法廷に提示した。そして法廷はこれに反して、あいまいな証拠に直面して、一笑に付した。それ以来、インテリジェントデザインのコミュニティには歯ぎしりと心痛が終わることがない。これを考慮して、法廷とインテリジェントデザイン支持者のどちらが正しい今度こそ決定しよう。

William Dembskiは、"The Design Revolution"という傲慢た表題のQ&A本の4ページを「Is intelligent design a cleverly disguised form of scientific creationism? (インテリジェントデザインは巧妙に偽装した科学的創造論なのか?)」をあてている。私の分析を始めるにあたって、これから始めるのは理にかなっていると思う。Dembskiは:
Intelligent design needs to be distinguished from creation science or scientific creationism. The most obvious difference is that scientific creationism has prior religious commitments whereas intelligent design does not. Scientific creationism is committed to two religious presuppositions and interprets the data of science to fit those presuppositions. Intelligent design, by contrast, has no prior religious commitments and interprets the data of science on generally accepted scientific principles. In particular, intelligent design does not depend on the biblical account of creation. The two presuppositions of scientific creationism are as follows:

インテリジェントデザインは創造科学あるいは科学的創造論と区別される必要がある。最も明らかな違いは、科学的創造論がまずもって宗教と関わりを持つのに対して、インテリジェントデザインはそうではない。科学的創造論は2つの宗教的前提を持っていて、それらの前提に合うように科学的データを解釈する。対照的にインテリジェントデザインはまずもって宗教との関わりはなく、一般に認められた科学的な原則のもとで科学的データを解釈する。特に、インテリジェントデザインは聖書の創造の説明に依存しない。科学的創造論の2つの前提は次の通り:

-There exists a supernatural agent who creates and orders the world.
世界を創造し、指図する超自然的なエージェントが存在する
-The biblical account of creation recorded in Genesis is scientifically accurate.
創世記に記載された創造の聖書の報告は、科学的に正確である。
(p. 41)

科学的創造論が伴う主題について私が参照するのは"What is Creation Science?"という
Henry MorrisとGary Parkerの本だ。彼らはイントロダクションで非常に明快に、Dembskiによる特徴づけが間違っていることを示している:
Creation Science, therefore, is a perfectly valid area of scientific study. The Creation Model is as legitimate a scientific model as the Evolution Model. In fact, we believe we can show it to be a better scientific model, but readers can make their own judgments on that score, after they have read the book.

従って、創造科学は、完全に科学的研究の有効な領域である。創造モデルは進化モデルと同様に科学的に正当なモデルである。事実、我々は、より有効な科学的モデルを提示できる。読者はこの本を読んだ後で、各自その点について判断できる。

イントロダクションの後の方では:
In this book, we have tried to present in summary form some of the main scientific evidences supporting the Creation Model. We have not used theological literature or arguments only science.

この本で、我々は創造論モデルを支持する主な科学的証拠のいくらかをサマリの形で提示しようとしている。我々は神学的記述や議論を使わず、科学だけを使う。

彼らはこの重要なステートメントを含めている:
Creationists believe that both scientific creationism and scientific evolutionism should be taught in public schools, but not religious creationism or the humanistic and pantheistic implications of evolutionism.

創造論者は、科学的創造論と科学的進化論をともに公立学校で教えられるべきだと信じているが。、宗教的創造論や進化論の人文主義的あるいは汎神論的な含意は教えられるべきではないと信じている。

これらの引用から、科学的創造論の2人の指導的な専門家たちが記述するように、科学的創造論の主張は完全に科学的な用語で擁護されていることがわかる。インテリジェントデザインの神学的含意と科学的基礎とは分離されるというインテリジェントデザインの支持者たちの主張と同様に、創造論の科学的と宗教的の明確な区別がある。従って、科学的創造論とインテリジェントデザインを区別しようというDembskiの第一の試みは成功しない。

次に Dembskiは特定の事実の主張においてインテリジェントデザインと科学的創造論の違いを見つけようとする。彼は創造論を定義する6つの特徴と、インテリジェントデザインの4つの特徴を挙げる。そして彼は「A comparison of these two lists shows that intelligent design and scientific creationism differ markedly in content. (これら2つのリストの比較は、インテリジェントデザインと科学的創造論が内容的にも全く異なることを示している)」と書いている。

もっと詳しく見てみよう。Dembskiが提示する、インテリジェントデザインを定義する4つの特徴は次の通り(p.41)
+Specified complexity and irreducible complexity are reliable indicators or hallmarks of design.
指定された複雑さと還元不可能な複雑さは、デザインの信頼できる指標あるいは特徴である +Biological systems exhibit specified complexity and employ irreducibly complex subsystems.
生物システムは指定された複雑さを示しており、還元不可能な複雑さを持つサブシステムを採用している +Naturalistic mechanisms or undirected causes do not suffice to explain the origin of specified complexity or irreducible complexity.
自然主義的メカニズムや指示されない原因は、指定された複雑さと還元不可能な複雑さの起源を説明するには十分ではない +Therefore, intelligent design constitutes the best explanation for the origin of specified complexity and irreducible complexity in biological systems.
従って、インテリジェントデザインは、生物システムにある指定された複雑さと還元不可能な複雑さの起源の最善の説明を構成する。


私が他でも論じたように、これら4点はすべて間違っている。この議論において、もっと重要なことは、しかしながら、それらすべてが科学的創造論の文献において際立って大きな位置を占めているという事実だ。

Michael Beheが還元不可能な複雑さの概念を導入した一節を振り返ってみよう:
By irreducibly complex I mean a single system composed of several well-matched, interacting parts that contribute to the basic function, wherein the removal of any one of the parts causes the system to effectively cease functioning. An irreducibly complex system cannot be produced directly (that is, by continuously improving the initial function, which continues to work by the same mechanism) by slight, successive modifications of a precursor system, because any precursor to an irreducibly complex system that is missing a part is by definition nonfunctional. (Darwin’s Black Box, pp. 39).

還元不可能な複雑さで私が意味するのは、基本的機能に寄与する複数のうまく調和した相互作用する部品から構成されたひとつのシステムであって、どの部品でも取り去れば、システムが機能を事実上失うということだ。還元不可能な複雑さを持つシステムは、先行するシステムからの小さな連続した変化によって(つまり、初期の機能を漸進的に発展させて、同じメカニズムが働き続ける状況では)直接には生成しえない。というのは、いかなる先行形態も、還元不可能な複雑さを持つシステムから部品を欠いていて、それは定義上、機能しない。

MorrisとParkerは彼らの本で同じ議論をした:
Perhaps the biggest problem for evolutionists is “the marvelous fit of organisms to their environment.” As I mentioned in the first chapter, an adaptation often involves a whole group of traits working together, and none of the individual pieces has any survival value (“Darwinian fitness”) until the whole set is functioning together. (pp. 84)

おそらく進化論者にとって最大の問題は、生物の環境に対するすばらしい適応である。最初の章で触れたように、適応はいっしょに働く一群の特徴を含んでいることが多く、その個々の部品は生存価値(ダーウィンの適応)を持たず、いっしょに機能して初めて生存価値を持つ。

そして、後の:
Creationists and evolutionists agree that adaptations such as the woodpecker’s skull, cleaning symbiosis, and the bombardier beetle’s cannon all have survival value. The question, then, is not one of survival value or fitness, but rather, how did these adaptations originate: by time and chance or by design and creation. When it comes to adaptations that require several traits all depending on one another, the more logical inference from the evidence seems to be creation. (pp. 86)

創造論者と進化論者は、キツツキの頭と掃除共生とホソクビゴミムシの噴射のような適応は、生存の価値があることに同意している。問題はひとつの生存価値や適応ではなく、このような適応がどのように生じたかである。時間と偶然なのか、デザインと創造なのか。適応は拭くうすの特徴がすべて互いに依存しあっているなら、証拠からの、より論理的な推論は創造となる。(pp. 86)

同様に、Dembskiの指定された複雑さと論と情報理論は、創造論者たちの文献では当たり前のものだ。たとえば、Werner Gittの本"In the Beginning was Information"などだ。科学的創造論はDembskiがインテリジェントデザインの特徴として提供する4つの命題を、科学的創造論は受け入れ、プロモートしている。

従って、Dembskiのインテリジェントデザインの記述は、インテリジェントデザインが科学的創造論の部分集合だということを意味するにすぎない。インテリジェントデザインと科学的創造論に違いがあるとするなら、創造論者による余分の主張にあるはずだ。

Dembskiが創造論の特徴としてリストした6つの点は:
+There was a sudden creation of the universe, energy and life from nothing.
宇宙とエネルギーと生命は無から突如創造された +Mutations and natural selection are insufficient to bring about the development of all living kinds from a single organism.
突然変異と自然淘汰は、ひとつの生物から、あらゆる生物の種類の発展させるには不十分だ +Changes of the originally created kinds of plants and animals occur only within fixed limits.
植物と動物の創造された種類からの変化は、定められた限界の範囲内でしか起こらない +There is a separate ancestry for humans and apes.
ヒトと類人猿の先祖は別である +The earth’s geology can be explained via catastrophism, primarily by the occurrence of a worldwide flood.
地球の地質学は天変地異を通して、主として正解的な洪水の発生により説明できる +The earth and living kinds had a relatively recent inception (on the order of thousands or tens of thousands of years).
地球と生物は比較的最近に始まった(千年か一万年のオーダー)

この6つのアイテムが科学的創造論の不可欠な信条ではないという事実とともに、このリストの分析から始めよう。MorrisとParkerは次のように書いた:
The question of the date of creation is separate and distinct from the question of the fact of creation. The basic evidences supporting the Creation Model -- for example, the laws of thermodynamics, the complex structures of living organisms, the universal gaps between types in both the living world and the fossil record -- are all quite independent of the time of creation. Whether the world is ten thousand years old or ten trillion years old, these and other evidences all point to creation, not to evolution, as the best explanation of origins. (p. 253)

創造の日付の問題と、創造の事実についての問題は別である。たとえば、熱力学の法則や生物の複雑な構造や生物界と化石記録の間の全般的なギャップのおうな創造モデルを支持する基本的な証拠、まったく創造の日時とは独立だ。世界が1万歳であろうが、 10兆年だろうが、これらや他の証拠はすべて、起源の最良の説明として、進化ではなく創造を示している。

そして、後の:
The fact is, however, that the question of the age of the earth and the universe, while an important question in its own right, is quite independent of the question of creation or evolution, at least as far as the facts of science are concerned. (p. 253)

しかしながら、事実は、地球と宇宙の年齢についての問題は我々にとって重要な問題だが、少なくとも科学が関係する事実に関する限り、創造か進化かという問題とはまったく独立である。

これらの文を、"The Design Revolution"のHenry Morrisによるレビューに対するエッセイから引用した次のDembskiの文と比べてみよう:
Biblical literalism is simply not an issue for intelligent design because the problem of explaining biological complexity holds independently of the age of the earth or one's interpretation of Genesis.

聖書の字義通り解釈はインテリジェントデザインの問題ではない。というのは生物の複雑さの説明の問題と地球の年齢や創世記の解釈とは独立だからである。

ここでも、インテリジェントデザインと科学的創造論の違いは見つからない。

第 2点と第3点では科学的創造論とインテリジェントデザインの区別は失敗する。インテリジェントデザイン支持者のように、自然淘汰には特定の複雑な生物構造をつくりだすには本質的に能力がないと信じるなら、単細胞の始まりから複雑な生物への発展をも説明できないと信じなければならない。そのような進化的変化は定められた限界の範囲内でしか起きないと信じなければならない。第4点についてはインテリジェントデザインはそのような見方を確約しないかもしれないが、ほとんどのインテリジェントデザイン支持者たちはヒトと類人猿が共通祖先を共有するとは信じていない。

残るは第1点と第5点だ。ここで、初めて本当の違いを見ることになる。科学的創造論の文献は、ふつう天変地異説の長所と宇宙の瞬間的な創造を絶賛する。注目点は、先験的な宗教的信念からではなく、証拠の解釈がそう告げているから、これらのことを信じるよう主張していることだ。

これらの主張に関する科学的創造論の論をインテリジェントデザインは拒否しない。それらに依拠しないだけだ。ここに違いがあるが、顕著な違いではない。

インテリジェントデザインと科学的創造論を区別しようというDembskiの提供した理由を使い果たした。彼の本の残りの章は、ほとんどまったく、ここまで論じられた点の言い換えである。しかし、Dembskiが見渡したかも知れない区別について、もうすこし見ておこう。

おそらく、政治戦略に違いがある。インテリジェントデザインと科学的創造論はともに学校の理科のカリキュラムを変更しようとしている。インテリジェントデザインのスローガンは「異論も教えろ」である。"The Cincinnati Enquirer"の署名記事で、デザイン支持者Stephen Meyerは次のように書いた:
-First, I suggested--speaking as an advocate of the theory of intelligent design--that Ohio not require students to know the scientific evidence and arguments for the theory of intelligent design, at least not yet.
まず、インテリジェントデザイン理論の支持者として私は、少なくとも現在、オハイオは生徒たちにインテリジェントデザイン理論についての科学的証拠と論を知ることを要求していないことを言っておこう。 -Instead, I proposed that Ohio teachers teach the scientific controversy about Darwinian evolution. Teachers should teach students about the main scientific arguments for and against Darwinian theory. And Ohio should test students for their understanding of those arguments, not for their assent to a point of view.
そうではなくて、私はオハイオの先生たちがダーウィンの進化論について科学的論争を教えることを提案する。先生たちは生徒たちに、ダーウィンの理論を支持する及び反する主たる科学的議論を教えるべきだ。そして、オハイオはこれらの論について、ひとつの見方についての同意ではなく、理解について生徒たちを試験すべきである。 -Finally, I argued that the state board should permit, but not require, teachers to tell students about the arguments of scientists, like Lehigh University biochemist Michael Behe, who advocate the competing theory of intelligent design.
最後に、私は教育委員会は先生たちが生徒たちに、競合するインテリジェントデザイン理論を支持するLehigh Universityの生物学者Michael Beheのような科学者の論について伝えることを、要求ではなく許可すべきだと提案する。

そして、ここにMorrisとParkerは彼らの教育について野心をこう言う:
Nevertheless, evolutionism has been taught almost exclusively in the public schools for decades. This obviously unfair situation has been defended by saying that evolution is science. The fact is, however, that the Creation Model fits the real facts of science at least as well as the Evolution Model, as we have tried to show in this book. At the very least, the two should be considered as equally valid scientific alternatives. The evidences and arguments on each side, pro and con, should all be presented in the schools, letting the students then make their own choice as to which model they believe best fits the available data. If evolution is really as scientific as evolutionists maintain, they would surely have nothing to fear from such a two-model approach. Creationists are perfectly willing to let the issue be decided on the basis of the scientific evidence alone, so why aren’t the evolutionists.

しかし、幾十年にわたり公立学校で排他的に進化論が教えられてきた。進化が科学であると言って擁護されている状況は明らかに不公平だ。しかし、我々がこの本で示そうとしているのは、創造論モデルが少なくとも進化論モデルと同様に科学の真の事実に適合しているということだ。少なくとも、この2つは等しく有効な科学的対案であると考えるべきだ。両者の証拠と論は、支持するものでも反するものでも、すべて学校で提示されるべきであり、生徒たちに、どちらのモデルが利用できるデータに最も合うと信じるかを選ばせるべきだ。もし、進化論が本当に進化論者たちが主張するように科学的なものなら、このような2モデルアプローチを怖れる必要はないだろう。創造論者は完全に、科学的証拠のみ基づいて問題を判断しようとしている。進化論者もそうすべきだ。

私は、これらの見解の区別できない。

インテリジェントデザインと科学的創造論者による反進化論の論に違いがあるだろうか?違いはない。インテリジェントデザインと創造科学の文献のどちらを読んでも、いかに化石記録が進化論に反しているとか、解剖学的異体同形が共通デザインの結果としてよく説明されるとか、進化論者がHaeckelの胎児の図やオオシモフリエダシャクの実験のような時代遅れか詐欺的な証拠に依存しているとか、進化論は本質的に無神論であるとか、単純な確率論は進化論に不利に作用するとか、自然淘汰は意味のないトートロジーだとかの、誤った主張を読めるだろう。事実、古くからある、進化は熱力学第2法則と衝突しているという科学的創造論によって発明された反進化な論は、保守的な出版であるThe American Spectatorによって大々的にフィーチャーされた。その著者であるGranville Sewellはインテリジェントデザイン支持者であり、彼の執筆物はインテリジェントデザインを支持するブログから友好的な形でリンクされている。

そして、それらすべての中でも最も重要な類似性を見落してはいけない。インテリジェントデザインと科学的創造論の文献は、現代の生物科学のばかな漫画を発表して、前後関係からふつうの科学者を引合いに出して、科学界の健全性を非難する。

さて、我々の調査で何が明らかになっただろうか? 我々は、彼らは結論にたどりつくのに、標準的な科学的方法論を使うと主張していることを見出す。いずれも、どんな先験的な宗教的関与を捨てる。彼らのデザイン支持の論と主張はほとんど同じである。彼らの反進化な論は同様で、ほとんど同じである。教育についてポリシーの目標は同じである。そして、彼ら執筆物において、同じ安っぽい修辞的なトリックを利用する。

インテリジェントデザインと科学的創造論の有意な差違についての我々の探索はすべて失敗に終わった。

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