忘却からの帰還〜Intelligent Design - 神義論を語るSteve Fuller
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神義論を語るSTS学者Steve Fuller


STS学者Steve Fullerが、2009年1月20日から、Oxford Centre for Christianity and Cultureで自然神学についての連続講義をするらしい。そこでのネタをUncommon Descemtで少し語ってる。それによると、Steve Fullerは、神義論(神は慈悲深いのに、創造された世界に悪がある理由)を扱うらしい:

Here is a dialogue between a theodicist and a sceptic, 18th century style. We might today replace T with ‘ID theorist’ and S with ‘Darwinist’, at least if they’re speaking frankly.

以下は、神義論者と懐疑論者の18世紀スタイルの対話である。これは今日であれば、フランクに話しているとするなら、Tをインテリジェントデザイン理論家、Sをダーウィニストに置き換えられるだろう。

T: I see design in nature
私は自然界にデザインを見ている。

S: Oh yeah? How do you know that it’s not an illusion?
それが、幻想でないとどうやって知ったのかな?

T: Well, because I’ve been designed to detect design and, more importantly, to design things myself. And nature looks like the sort of thing I could have designed if I were super-smart. Indeed, if I thought nature had no design, or was designed by an intelligence radically different in kind from my own, I wouldn’t bother to do science at all.
私がデザインを検出できるように、そしてもっと重要なことは、私自身がものをデザインできるように、デザインされているからだ。そして自然界は、私がもし超賢ければ、デザイン可能なように見える。実際、自然界にデザインがないか、自分自身とは異質なインテリジェンスによってデザインされたとしたら、私は科学などやらなかっただろう。

S: But unfortunately, things aren’t so well-designed, if you look closely. (And presumably that’s one of the things you’re doing, when you do science.) They could have been better designed, so maybe you’re just imagining the design after all - making the best of a bad situation through some psychological tricks you’re playing on yourself. This in turn would suggest that you’re not so well-designed either.
しかし、残念ながら、ものは、よくみれば、それほど良くはデザインされていない。科学するときに、おそらく、やっていることの一つであろう。もっと、うまくデザインできたかもしれないが、キミはキミ自身に対して心理学的トリックを仕掛けて、最悪状態の最善をつくり、結局はデザインをイメージする。これは、キミがうまくデザインされていないことを示唆している。

T: Hey, but who says that a well-designed world has to be well-designed in all its parts? It may be that the best possible world would be full of suboptimal parts that nevertheless, when put together, function better than any other possible combination would.
しかし、うまくデザインされた世界が、世界の全パーツがうまくデザインされているはずだと、誰が言ったか? いっしょにすれば、どんな可能か組み合わせよりも、うまく機能する部分最適なパーツで満ちている実現可能な最善の世界かもしれない。

S: Oh, and I suppose you believe that this is such a world?
では、キミはここがそのような世界と信じていると考えてよい?

T: I do - though this is not to say that we have quite figured out how all of nature fits together to constitute an intelligible whole. But then who says science has completed its inquiries? And even if you’re right that the world’s design could be better realized, could we not be the beings exactly created to get the job done?
私はそう考えている。ただし、いかにして自然界全体が知性によってのみ理解されるように構成されているかを、我々が描ききっているとは言わない。しかし、科学の問がすべて解決したわけではない。たとえ、キミが正しくて、世界がもっとうまくデザインできたかもしれないとしても、我々は世界をもっとうまくデザインするために創造された存在かもしれない。


[ [Steve Fuller: "ID and the Science of God: Part II" (2009/01/10) >http://www.uncommondescent.com/philosophy/id-and-t...]] on Uncommon Descemt]

「いっしょにすれば、どんな可能か組み合わせよりも、うまく機能する部分最適なパーツで満ちている実現可能な最善の世界かもしれない」は、Leibnizの主張に近い。JH.ブルックによれば、Gottfried Wilhelm Leibniz (1646-1716)は、次のようなポジションをとっていた:

ライプニッツが喝破したように、神が自らの創造の欠陥を補修しなければならないとすれば、職人としての技量が問われるからである。(p.164)

ライプニッツの神学では、神の被造物があらゆる「可能な」世界のなかの最善であることが示されれば神を賛美する根拠になった。そのような世界はニュートン、ベントリー、クラークが頻りに説いた宇宙の建て直しを必要としないはずである。奇跡とはしかるべき恩寵を満たすことなのであり、二流の時計仕掛けを修繕することではないと、ライプニッツは主張した。(p.180)

ライプニッツは予定調和に訴えた。天体の運動が定まり、生物が創造された後に続いたのは「純粋に」自然で、「まったく」機械論的なことである。(p.181)

[J.H. ブルック:"科学と宗教"]
このポジションをとると、自然界への神による超自然的介入を排除してしまい、理神論と受け取られることがある。

Steve Fullerはこの後で、デザインの検出と、この世界が不完全である理由を次のように書いている:
In this dialogue, I am drawing attention to two crucial features of theodicy that are relevant to ID:

この対話は、私がインテリジェントデザインに関連する自然神学の重要な2つの特徴に注目するように書いたものある:

Evidence for the intelligence behind nature’s intelligent design can be inferred from the nature of our own creative intelligence, which means examining how our own minds work.

自然界のインテリジェントデザインの背後にインテリジェンスが存在する証拠は、我々自身の創造的インテリジェンスの性質から、すなわち我々の心がどう働くかを調べることによって、推論できる。

There is no reason to think that if nature is intelligently designed, the design has been already fully realized - it may still be for us to discover and/or complete nature’s intelligent design.

自然界がインテリジェントにデザインされているとするなら、デザインが完全に実現していると考える理由はない。我々にはまだ、自然界のインテリジェントデザインを発見し完成させる仕事が残っているかもしれない。

[ Steve Fuller: "ID and the Science of God: Part II" (2009/01/10) on Uncommon Descemt]
Steve Fullerの神義論は、「世界は未完成であり、人間は世界を完成させるために創造されており、これから完全にしていく」というもののようだ。ただし、これだと、神による自然界への超自然的介入を排除しないにしても、積極的に肯定することにはならない。

「自然界のインテリジェントデザインの背後にインテリジェンスが存在する」という表現も弱め。神による超自然的介入によるデザインの配備をしたかどうか特定していない。

まさに、「神による超自然的介入」の有無が、有神論的進化論とインテリジェントデザインを分かつものなのだが、そこがあいまいな話。意図的にあいまいにしたのかな?