これは"無知からの論"(Argument from ignorance)である。説明を知らないことは、説明できないことを意味しない。意識が何たるかの理解は端緒についたばかりであり、その起源を解明していないとしても驚くことではない。 実際、意識の起源についての初期的説明は提案されている。ただし、それは複雑すぎるので、ここで簡潔には紹介できない(see Dennett 1991 and Minsky 1985。意識の起源についての完成された理論を手にする前に、多くの実験と改良が必要である。しかし、我々はそのような理論が可能だという以上のことを既に知っている。
意識を説明できないという主張に寄与する要因は、多くの人々が意識についての自然主義的説明を望まないという事実である。これは自然な意識が、神による魂と容易に整合しないことによる。このことが、魂が神を起源とすることと、その不死性への人々の渇望を脅かす。これについての説明だけで本1冊になってしまう(but see Dennett 1991, 430, for immortality of a naturalistic consciousness)。しかし、次のように指摘するだけで十分だろう: