このシナリオは新紀元社から発行されているテーブルトークRPG(TRPG)専門のゲーム雑誌『Role&Roll』(ロールアンドロール)にて開催された、
『クトゥルフ神話TRPG』シナリオ・コンテスト2018に投稿し、二次審査へと進んだ作品です。
PDF版は作者の所属するサークル「INTの犠牲者卓」のBoothページより入手いただけます。
https://victim-of-int.booth.pm/items/1123675
シナリオの使用、改変、動画化については作者に許可を取る必要はありませんが、作者である「ろむ」の名前を明記するようお願いいたします。
その他質問等などは以下のTwitterへ連絡いただければ幸いです。
ろむ Twitter:@Lom_trpg
シナリオ中のマップと立ち絵はあか様(@trpg_aka33 )に作成いただき、また身内コンテストでは多くの方々に助言頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。
はじめに
このシナリオは”クトゥルフ神話TRPG”の使用を想定している。プレイ人数は3人から4人、プレイ時間は探索者作成を除き2時間程度だろう。
舞台は現代の日本で、季節は夏。探索者の知り合いである芸術家の夫婦より、8歳になる娘の奇妙な行動について相談されるところからシナリオが開始する。
このシナリオはラヴクラフトの小説「潜み棲む恐怖」から着想を得ている。読まなくてもプレイに支障はないが、キーパーは読んでおくとシナリオの意図を理解しやすいかもしれない。
シナリオ背景
ネタバレ注意
かつてアメリカのキャッツキル山地にて、マーテンス一族という一族が、長年の近親相姦の末にゴリラのような姿をしたヘテロクロミアの怪物へと成り果てた。
それと同様の末路を辿った一族が、東京にも存在した。ヘテロクロミアの少女である麻生朋花(あそうともか)は、日本で独自にマーテンス一族のような変容が起こった一族(以下国産マーテンス一族)の特別種である。彼女は国産マーテンス一族の中でも見た目が人間に近く、かつ知的な個体である。物心つく前に東京都西多摩郡にある洋館から無意識に脱走した彼女は孤児院に保護され、その後彼女は不妊に悩んでいた芸術家の麻生夫妻に引き取られる。
麻生夫妻の愛を受けて育っていた彼女だったが、8歳になると幼いころ住んでいた洋館の夢を見るようになる。そして抗いがたい力により、彼女はどうしてもその家に行きたいと思うようになってしまった。年頃になった彼女の遺伝子は血に刻まれた仲間のいる場所の景色を示し、元いるべき場所に戻るように働きかけたのだ。
探索者は彼女の運命を見届け、かつ人食いの怪物たちが無数に住む屋敷、森から生還しなければならない。
主なNPC
麻生朋花(あそう ともか)
ネタバレ注意
山野辺(やまのべ)一族の末裔であり、彼らの中では珍しい知的個体である。
いずれサル怪物の姿に変貌する可能性が残っているが、その是非はこのシナリオで語られることではない。
彼女は育ての親である麻生夫妻に対して強い愛情を持っており、度々嬉しそうに両親の話をする。だが一方で、自らの血の導きにより国産マーテンス一族の場所へと引き寄せられる側面も持っている。いずれにせよ彼女の帰属意識は非常に不安定であり、探索者との関わりによって変わりうる。
山野辺俊夫(やまのべ としお)
ネタバレ注意
国産マーテンスの中でも知性を残した者。他の国産マーテンス一族と同じくヘテロクロミアである上に姿もゴリラのようであるが、日本語を話すことができる点と知性を残している点の2点で異なる。
彼もかつては朋花のように人間の姿をしていた。だが血には逆らえず現在の姿へと変貌した。人前に出ることができなくなった彼は、家族とともに暗い森の中へと身を隠すことにした。これが一族失踪事件の起こった真相である。
彼の目的は朋花を回収して自分の後継者として育て上げることであるが、朋花はいずれ自分と同じような変化を遂げていずれ戻ってくるとの確信を持っているために、論理的な交渉に対して案外素直に応じる。
麻生光明(あそう みつあき)
探索者の知り合いであり、それなりに売れている画家。娘を溺愛しており、絵を教えている。
麻生昌子(あそう まさこ)
現在は音楽教室を開いているヴァイオリニスト。娘を溺愛している。
導入
探索者は、芸術家一家である麻生夫妻の自宅に娘のことについて相談したいとのことで呼び出される。探索者は依頼人の娘との面識はないが、依頼人が自らの娘である朋花を溺愛していることについては知っていてもよい。また、のちに探索者に娘を預ける展開になるため、探索者と麻生夫妻との間に十分な信頼関係が構築されている必要がある。
夫婦の家は東京都内の住宅地に存在する。この住宅地は立地も良く、ある程度の富裕層が住む地区であることが分かるだろう。その一角にある2階建ての一軒家が麻生夫妻の家である。建物の外観は非常に綺麗であり、建ってから数年程度しか経過していないことが予想できる。
探索者が夫妻を訪問すると、昌子夫人が出迎えてくれる。彼女はグレーの服を着た、物静かな女性である。彼女はかつて有名なヴァイオリニストであり、数々の演奏会にて大いに活躍していた。引退した現在は音楽教室を開き、子供たちや若い演奏家にヴァイオリンを教えて暮らしている。彼女は優雅に挨拶をしたあと、探索者を中に招き入れる。
その後探索者は玄関から廊下を通り、10畳程度の広さのリビングへ通される。ここには夫の麻生光明がいる。彼は写実的な風景画を得意とする画家である。探索者は彼が様々な賞を受賞した経歴を持ち、最近の美術館で開かれた個展も大盛況であったことを知っているだろう。
リビングの中央には4人が囲むことのできるテーブルがあり、壁には光明本人が描いた絵が数枚飾られている。棚には娘と3人で写った、旅行先で撮ったと思われる家族写真があり、全員の笑顔が幸せな生活を物語っている。
暫くの談笑ののち、以下の内容を含む相談を受ける。
・ 娘の名前は麻生朋花(あそう ともか)である。
・ 彼女は両目の色が異なるヘテロクロミアの少女で、人懐っこく、まだ幼いながらも絵の才能を見せている(<製作(絵画)>が50%)。
・ 彼女は病気がちだった。異様に感染症に弱く、臓器を含む体の様々な場所に障害が出てしまうほどだ。
・ 彼女は最近、古びた洋館の絵を繰り返し描いている。
・ どうやらそれは彼女の夢に出てくる家のようであり、彼女はこの家が世界のどこかにあると確信しているようだ。
・ 彼女はその家に行きたいと言って聞かないので、非常に困っており心配である。彼女の望みを叶えてはくれないだろうか?
やがて両親は、2階にある彼女の部屋に案内してくれる。部屋は6畳程度の広さで、両親が買い与えたぬいぐるみやおもちゃ、ゲーム機、そしてクレヨンや絵筆、スケッチブックが並べられているのが分かる。
だが、それらのものより目を惹くのは、部屋の家具や床、壁のいたるところに古びた洋館が描かれた絵が貼り付けられていることである。また、その中心では一人の少女が一心不乱に絵を描き続けている。これを見た探索者はあまりにも異常な光景により0/1の正気度ポイントを失う。両親に呼びかけられるとはっとしたように探索者の方を向き、育ちの良さを伺わせるような丁寧な挨拶をする。
絵について
2階建ての外観と、内部と思われるいくつかの部屋について描かれたものがそれぞれある。ともに非常に詳細に描かれた絵であり、もしも想像でこれを描いたのならば驚嘆に値するものだと思うことだろう。
外観からは、鬱蒼とした樹木に囲まれて庭に雑草が生い茂る、尖った屋根を持つ2階建ての石造りの館であることが見て取れる。よく見ればガラス窓は割れており、いかにも廃墟のような様相が見て取れる。
内装は落ちたシャンデリア、和室や洋室、台所、風呂や和式トイレなどを見て取ることができる。それぞれの部屋は荒れ果てているが、シャンデリアは先端が百合のモチーフのついた豪華なものであり、この家の持ち主がかつて栄華を極めていたことが推測できるだろう。また、洞窟のような岩壁を持つ部屋も描かれている。
<歴史>または建築系の技能に成功すると、洋館は昭和初期ごろに建てられた建物ではないかと推測できる。
少女について
朋花は片目が黒、もう片目が褐色をしている。彼女を見て<アイデア>のロールに成功すると、両親とあまり似ていないこと、そして8歳という年齢にしては見た目が幼い印象を受ける。<医学>に成功すると、劣性遺伝の様相が多いように感じる。(キーパー情報:国産マーテンス一族は人間よりも小柄である。また、近親相姦が劣性遺伝の様相を強めている。)
両親にあまり似ていないことについて尋ねると、彼女は元々拾われた子であり、孤児院から引き取ったのだということを教えてくれる。もしくは古くから麻生夫婦と関わりのある探索者はあらかじめ知らされているかもしれない。
洋館を探す
洋館を探す方法はいくつか考えられ、探索者ごとにアプローチは異なるだろう。キーパーはプレイヤーの提案に対して柔軟に処理すること。
以下に想定されるものを幾つか示す。いずれの方法にせよ、目的地を見つけた場合は朋花が同行したがり、その上麻生夫妻も探索者を信頼して快く任せてくれる。
少女が拾われる前の住居周辺だと見当をつける
多くのプレイヤーは少女の幼少期に見た場所であると思い当たるだろう。両親は彼女が拾われた場所を詳しくは知らず、少女を引き取った孤児院が知っているだろうと教えてくれる。
孤児院に連絡を取ると、1歳のころ西多摩郡にある麻須村(あさすむら)の路上で発見され、保護されたと教えてくれる。
検索エンジンの画像検索を利用する
<コンピュータ>または<写真術>に成功すると、朋花が描いた絵を画像検索に引っかかりやすいように加工することができる。
SNSで呼びかける
麻須村はSNS利用者があまり多く住んでいる地域ではないため、投稿者が幸運に成功する必要がある。また、もしも廃墟マニアなどに連絡を取っても、心当たりのある者はいない。(キーパー情報:これは万が一廃墟マニアが迷い込んでしまった場合も、国産マーテンス一族に襲われてしまうためである。)
麻須村について調べる
インターネットにて麻須村について調べることで、後述の麻須村に関する情報を事前に得ることができる。
加えて<図書館>または<オカルト>に成功すると、この地域の山中が自殺の名所であるという噂があることも分かる。ただし、新聞記事などを調べても遺体が発見されたなどの報道は一切見つからない。(キーパー情報:自殺者の遺体はすべて国産マーテンス一族が回収して食べているか、もしくは直接自殺志望者自体が直接襲われ、連れ去られている。)
麻須村(あさすむら)へ
麻須村は東京都西多摩郡に存在する人口2000人程度の架空の村である。東京駅より車で片道2時間ほどの距離にあり、電車とバスを用いた乗り継ぎだと3時間ほどかかる。
道中は必ず山道を通ることになるが、すれ違う車も少なく辛うじて整備がされている程度の薄暗い道路である。走る車内において<目星>ロールに成功すると、道路脇の林に数匹の猿のような影を目撃することができる。だが、その影はすぐに林の奥へと逃げ去ってしまい、その姿をはっきりと確認することはできない(正気度ロールも不要である)。さらに、窓を開けている場合には<アイデア>または<博物学>ロールを行うことができ、成功すると野生動物の声が少ないように思える。
そこを越えると一帯に農村が広がり、東京では珍しい自然豊かな田舎町が姿を現す。周囲は広葉樹が茂る山に囲まれており、住宅はまばらに建っている。その合間には小さな商店があるのを見ることができるだろう。村の施設についてインターネットで事前に調べていたり聞き込みで情報を得たりする場合、ホテルは無いが民宿、小規模の図書館などの施設は揃っていることが分かる。
洋館についての調査
聞き込みや文献調査によって、洋館とこの村に関する情報を入手することができる。十分な調査をしないままにプレイヤーが探索者をすぐに洋館へ行かせたいと言い張った場合には、一応注意はすべきだが、したいようにさせればよい。
館の場所を聞き込みなどによって探すと、その館は北の山奥にある山野辺一族という地主がかつて所有していた館なのではないかと教えてくれる。そこは昭和初期ごろに建てられ、昭和の終わりごろに廃墟となった、山奥の洋館である。
所有者であった山野辺一族は代々金持ちではあるが、一族全員極端に顔が似ており、気味悪がっていた人々もいたという。また一方で、彼らはヘテロクロミアの特徴を持っており、その神秘性から崇めていた地元住民もいたと教えてくれる。
廃墟になった経緯については詳しくは知られていないが、ある日突然一家が消える事件が起きたとのことであった。
館は長い間所有者がおらず、空き家になっている。道中も暗い森の細道を進む必要があり、今は誰も近づかないために現在の様子を詳しく知る者はいない。
彼らは地主であり、最後に住んでいたのは山野辺俊夫(やまのべ としお)という人物である。彼は頭脳明晰な人物で、山野辺家の中でも主に村民との交流を担当していた。逆に言えば他の家族についてはあまり見たことがなかったが、雨の日の夜に着物を着た子供たちと散歩をしているのを目撃したとの証言を聞くことができる。
また山野辺俊夫の生い立ちについて、彼は幼い頃に両親を亡くしたが、その後親戚に引き取られて育てられたこと、そして家族というものに人一倍強い憧れがあったとの話を聞くことができる。この情報はのちに洋館の地下で行われる交渉の糸口となる可能性が高いため、キーパーは可能な限りこの情報を与えること。
地域伝承
年配の人間に話を聞いたり、図書館で村の言い伝えを調べたりすることで、「狼の牙を持つ鬼が、深夜の稲妻とともに現れて悪い子供を攫ってゆく」という地域伝承を知ることができる。(キーパー情報:昔から存在する獣化した国産マーテンス一族が、子供を攫って食べていたことが伝承の出自となっている。あくまでこれは伝承であり、実際に攫うのは子供とは限らない。)
図書館での調査
<図書館>ロールに成功すると、山野辺一族の失踪時の新聞記事を発見することができる(プレイヤー資料1)。加えて、その後山中の大規模な捜索も行われたが、この捜索の際に数名の捜査員が行方不明になったことなどもあり、捜査打ち切りの形で事件は終わっていることがわかる。
また、他にもこの地域周辺において、いくつかの失踪事件が起こっていることも分かるだろう。このことから、この山中では「神隠し」が起こると書き立てる記事を見つけても良い。(キーパー情報:これは数を徐々に増やしていた国産マーテンスが村人を襲っていたために起こった失踪である。)
プレイヤー資料1:山野辺一家失踪に関する記事
4月30日の午後、麻須村の山中にある山野辺邸にて、一家が忽然と姿を消していることが判明した。
山野辺家は麻州村の地主であり、主に敏夫氏(35)が住民との交流等対外的な仕事を行っていた。だが、地元住民は彼と2週間の間連絡が取れず、安否を確かめるためにここを訪れたところ、失踪が判明したとのことである。
家の中のものは殆ど残されたままであり、警察は何らかの事件性があるものとして調査を進めている。
また、山野辺家は家主の敏夫氏以外の住民の目撃情報は殆どなく、警察は彼の似顔絵のみをもとに捜索を進めている。それ以外の家族の特徴についてご存知の方は連絡されたし。
昭和60年の新聞記事より抜粋
警察での聞き込み
失踪事件について尋ねた場合、村で一人暮らしをしていた若い男性が最近行方不明になったという話を聞くことができる。また、男性はとある雨の日の夜に村で歩いていたのが最後の目撃情報であったと教えてくれるかもしれない。
あまり話したがらないが、<言いくるめ>に成功すると、昭和初期ごろから定期的に失踪事件が起こっており、そのまま今に至るということを教えてくれる。この失踪については半ば解決を諦めた様子であり、探索者が非難すると「よそ者が口を出すんじゃない!」などと激高する。
民宿
宿泊することができる民宿は少ない。基本的に探索者は民宿「まてや」に泊まることになるだろう。ここは老夫婦が経営する2階建ての民宿である。地元の山菜を使った料理と地ビールが提供され、くつろぐことができるだろう。
探索者は2階の部屋を提供される。エアコンは存在せず、窓を解放すれば十分な涼しさを得ることができる。(夜の襲撃時に、これは重要となる。詳しくは「国産マーテンス一族の戦略」の囲み記事を参照のこと。)
深夜の誘拐
このイベントは任意の日程に、キーパーが自由に起こすことができる。
麻須村に宿泊していると、村まで降りてきた国産マーテンス一族が朋花を攫うために侵入してくる。<登攀>、<跳躍>などを用いて2階から侵入してくる者もいるし、1階の窓から侵入して階段で上ってくる者もいる。国産マーテンス一族はこの好機を狙って15体以上の集団で襲撃を起こすため、襲撃を予期していない探索者は多くの場合対応することが難しいだろう。寝ている探索者は<聞き耳>ロールに成功することで目を覚ますことができるが、その時には既に国産マーテンス一族に囲まれ、そのうち一体は朋花を脇に抱えている。彼らの顔を見た探索者はヘテロクロミアの目を持つ猿のような顔をしていることが分かり、1/1D4+1の正気度ポイントを失う。
探索者が起きている場合であっても、集団で乗り込んできた国産マーテンス一族の対応に追われているうちに、<忍び歩き>による接近、または集団によるSTRの抵抗表に従ったロールによって朋花を攫ってしまう個体が出るようにするとよい。
いずれにせよ朋花を攫った国産マーテンス一族は洋館の方面の森の中へと逃げ込み、館まで逃げ帰る。探索者が追おうとした場合、5体程度の国産マーテンス一族がその場を食い止める。彼らは1戦闘ラウンドの間探索者を足止めし、その後森へと逃亡する。山を巧みに移動する彼らを追うことは非常に困難であるが、彼らは逃走の際に百合のモチーフの金属片を落とす。これは朋花の絵に描かれていたシャンデリアと同様のものであり、プレイヤーが気づかないようであれば<アイデア>ロールで思い出させてもよい。
朋花は少なくとも2日間洋館の地下へと拘束されることになり、それ以上の日数が経過するとさらなる地下道を移動させられて森の中へと消えてしまう。
探索者はこの事態への対処のために地元の警察を頼るかもしれない。事情を話すことで同行者を得ることができるかもしれないが、 (探索者の活躍の機会を奪いすぎることがないように) 少なくとも襲撃直後の時点においては1〜2人程度に留めておくのがよいだろう。
国産マーテンス一族の戦略
国産マーテンス一族は通常人気が少なく、かつ襲撃の音をかき消しやすい雨の日の夜に村まで降りてきて人さらいをする。ただし同族である朋花が村まで来た場合は、この機会を逃すまいと雨の夜以外でも村に降りてくるかもしれない。
彼らは主に10体以上の群れで行動する。国産マーテンス知性体の入れ知恵によって洋館にある着物を着て降りてくるため、遠目から見ると流行遅れの服装に身を包む子供の集団に見える。ただし、彼ら自体の知能はそこまで高くないため、想定外の事態に対しては混乱し統率が取れなくなる可能性がある。
キーパーはプレイヤーや探索者に危機感を与えるために彼らを自由に動かしてよいが、村での殺人は彼らの存在を村人に知られる危険性を孕むため、極力行わないことに注意すること。
戦略の具体例
以下は国産マーテンス一族を用いて起こすことのできる出来事の具体例である。キーパーはこれをそのまま用いても良いが、自由な発想で様々な戦略を立ててほしい。
投石と拉致
探索者が一人か二人でいるところを狙って、死角から気絶を狙った投石攻撃を行う。基本命中率は25%であり、"クトゥルフ神話TRPG"の67に記載されているノックアウト攻撃として扱う。対象が気絶しなかった場合にはそのまま逃亡するが、気絶した場合には森の奥へと犠牲者を引きずっていってしまう。
森の奥には一族の住処があり、そこで犠牲者は木に吊るされる。周囲の木には食べかけの犠牲者たちが数名吊るされており、もはや生きている者はいない。探索者はさらに脇腹や太ももなどの体の一部を喰われて1D4の耐久力と1/1D6の正気度ポイントを失う。その後国産マーテンス一族たちは他の獲物を狩るべく立ち去り、次の犠牲者が見つからない限り次の晩まで帰ってくることはない。
再度の誘拐
深夜の誘拐に失敗した場合や探索者が朋花を連れて館へ続く道を訪れた場合、人気の少ない道にて車がはまり込むような溝を作り、周囲に待機する。これに嵌ってしまった場合、探索者は車から降りて後ろから押す必要が出るだろう。その隙に多数で襲いかかり、朋花を攫う。
罠の利用
洋館の庭や室内に罠を仕掛け、探索者の動きを拘束する。くくり罠は犠牲者のDEXが10以上であるか、ナイフを持っているのであれば逃れることができる。小型のトラバサミは持ち運び可能であり、踏み抜くと1D4ポイントのダメージを与えた上にSTR15での拘束を行う。
洋館への道
村から山道に入り、洋館までは車で30分ほどの道のりである。車1台分が通ることのできる道の両側には樹木が非常に密集して生えており、地面には殆ど日の光を通さないほどである。
洋館
鬱蒼とした樹木に囲まれた、静かで陰気な2階建ての石造りの館である。館は荒れ果てており、窓は殆どが割れている。周囲には雑草に覆われている庭と使用可能な井戸があるが、手入れされているようには見えない。これはまさに朋花が描いていた家そのものであると分かるだろう。洋館の裏に回った場合には、台所へと続く裏口を発見することができる。正面の扉にも裏口の扉にも鍵はかかっていない。
外観から分かることではないが、この館全体に水道は通っていないし、電気も通っていない。
ここで<目星>ロールに成功すると、脇の森に古い車種のセダンが捨てられているのが分かる。その窓は割れており、引っ掻かれたあとがある。中には20年前の免許証の入った財布と古い血の跡があることが見て取れる。既に国産マーテンス一族を見たことのある者は、その犠牲となった者の車ではないかと推測できるだろう。免許証を警察に届けると、確かに20年前に失踪した人間のものであることが分かる。
この車にはキーがついており、少しの距離であればまだ動かすことができる状態である。ただし、この車のヘッドライトと窓は既に壊れていることに注意すること。また、特に徒歩でここまで来た探索者にとってこの車は命綱となるため、その場合行きの道で<目星>に失敗しても、帰り道でもう一度この車に気づくチャンスを与えるべきである。
1階
玄関
荒れ果てており、全体的に床が軋んでいる。中央にはシャンデリアが落下しており、かつての栄光と現在の退廃を思わせる。また、国産マーテンス一族の落としていった百合の形の金属片を持っている場合、このシャンデリアの欠けている部分と一致することが分かる。また<アイデア>に成功すると長い年月放置されていたにしては、埃がそれほど積もっていないように感じる。
台所
錆びた包丁や、もはや骨董品とも呼べるような食器類がある。水道は通っていない。
錆びた包丁:錆びているため"クトゥルフ神話TRPG"70ページの小型ナイフと同等のダメージとして扱う。加えて、ダメージを受けた者が[CON×7]のロールに失敗すると、破傷風に感染(医学に成功しない限り5日間の潜伏期間ののち痙攣を起こし死に至る)する。
食器類:投擲に使用した場合、1D4ポイントのダメージを与える。
和室1
床の間と仏壇がある、8畳ほどの広さの和室である。
一見したところ特に気になるところはないが、書斎で見取り図を見つけた探索者が調べると、床の間の床は取り外せるようになっており、その下に金属製の扉があるのを発見できる。さらに国産マーテンス一族と遭遇したことのある者が<聞き耳>ロールに成功すると、この周辺では彼らの放っていたものと同様の匂いが濃いことが分かる。扉を開けるためには、<鍵開け>、<機械修理>によってこじ開けるか、またはSTR10との抵抗表に従ったロールによって破壊(2人まで協力してSTRの合算が可能)することが必要である。
洋室1
8畳ほどの洋室であり、暖炉、棚、昭和後期に発売された4脚のカラーテレビが見える。ここは居間として使われていたことが分かるだろう。テレビの上には写真立てが置いてある。入っているのは昔の色あせた白黒写真である。そこには朋花に似ているが、顔の細かい作りから別人と判断できる人物が、背の低いオッドアイの大人たちと共に写っている。大人たちの顔はどこか歪んでおり、猿に近い印象を受ける。また、国産マーテンス一族を既に目撃していた場合には、彼らとの関係を類推することができるだろう。
洋室2
衣装箪笥と三面鏡が置かれている。それ以外は特に気になるものはない。洋服箪笥には洋室1に置かれている写真の人物と同じような洋服が仕舞われている。
洋室3
荒れ果てた洋室であり、足踏みミシンと壊れたオルガンが置かれている。床のカーペットの下からは新鮮な血液が流れ出ている。この下をめくると、そこには腹を爪のようなもので割かれた小鹿の死骸が転がっている。また、天井からはネズミが盛んに走り回る音が聞こえる。
トイレ
和式のトイレであり、汚水が入っている。流すことはできない。
風呂
割れた窓から雨風が入っていたせいか濁った雨水が溜まっており、鳥やネズミなどの野生動物の死骸や排泄物が浮かんでいて悪臭を放っている。
2階の床が抜けて転落した場合、ここに落ちてしまう。その場合の処理は2階洋室5の項を参照のこと。
2階
和室2
8畳の和室である。荒れ果てた畳と衣装箪笥があるが、ここには探索に役立つ情報はない。
和室3
6畳の和室である。窓は割れ、外からは雨風が入ってきた形跡があるため畳はカビで覆われており、大変臭い。
押入れの中は沢山の収納スペースがあるにも関わらず、布団が入っていない。開けると大量のネズミが出てくる。このネズミのステータスは"クトゥルフ神話TRPG"239ページのネズミの群れとして扱う。これに噛まれた場合、病気になる可能性が30%ある。病気になった朦朧とした状態が(20-CON)日続き、寝込むことになる。
洋室4
ここは書斎として使われていた形跡があり、書き物机と本棚がある。
本棚には家系図と、この屋敷の見取り図がある。家系図を見ると、身内同士で子どもを産んでいることが分かる。また、屋敷の見取り図を見ると、1階和室1の床の間から地下へと降りることができることを知ることができる。
洋室5
広めの洋室であり、様々なガラクタが置かれている。ここに置かれているものは特に指定はしないが、ここにあるのが不自然でない範囲であるならば、探索者が必要とするものがここに置かれていたことにしてもよい。
部屋の北東の隅には黒い布が掛けられた箱状の物体が置かれている。この布を取ると、猿に似た怪物のメイクを施された日本人形であることが分かり、0/1の正気度ポイントを失う。
また、箱の周辺の床は古びており抜けやすい。この近くまで来た人間は探索者の個人のSIZと床のSTR13とを抵抗表に従って競わせる。このロールで床のSTRが敗北すれば床は抜け落ちてしまい、上に立っていた探索者は一階下の風呂の浴槽の中へと落ちてしまう。<跳躍>に成功すると足が汚水の中へ入ってしまう程度で済むが、失敗すると1D6のダメージを受けた上に風呂の汚水が口や鼻に入ってしまい、1日以内に病院で治療を受けなければ病気によりCONを1D3失う可能性が30%ある。
地下
暗い地下であり、見通すためには明かりが必要である。中へと進むと、探索者は硬いものを踏む。明かりを向けると、それは床に散らばった人骨であることが分かり、それは周囲に無数に散乱していることが分かる。さらに探索者は周囲に何かが蠢く音を聞き、次の瞬間周囲に赤く光る多数の目が見える。彼らは暗がりから探索者の方に近づき、その不潔なゴリラのような姿を露わにする。この光景を見た探索者は1/1D6+1の正気度ポイントを失う。
ここには国産マーテンス一族が階段の横に2体、奥に8体いる。そのうち奥の1体は山野辺 敏夫である。少女が既に攫われていた場合は山野辺 敏夫の隣に猿轡とともに拘束されており、怯えたような顔をしている。
よく見ると周囲にはぼろぼろになった数十組の布団が置かれている。その傍には何箇所かを齧られた男性の新鮮な死体が置かれている。これは最近行方不明になった男のものである。
壁には子供一人が通ることのできる程度の大きさの穴が複数空いている。これらはいくつかの空洞を経由して、それぞれが森へと続くものになっている。
少女を探索者が連れてきた場合は、同胞を連れてきてくれたことへの感謝の言葉を述べる。さらにどのような経緯であれ、話ができる状況では敏夫は以下のことを含んだ話をしてくる。
・朋花は山野辺一族の末裔であること。
・通常山野辺一族は知性を失うが、この子は敏夫と同じ知性体であり、将来的に自分の後を継いでこの一族を統べる器があるということ。
・彼女は血には抗えず、いつかきっと我々のような姿になり、迫害を受けるだろうということ。
・よって、我々の方にこの子を任せてくれた方が、この子にとって良いのではないか?
他の国産マーテンス一族とは異なり、彼は非常に理知的に見える。論理的に適切な理由づけをして、敏夫に対して<説得>や<言いくるめ>を行うことにより、朋花を解放させることは可能である。例えば、「君も昔両親と離れて寂しい思いをしただろう。彼女にそんな思いをさせないよう、大きくなるまでは両親との生活を楽しむ時間を与えてはくれないだろうか?」などの内容が例として挙げられるが、探索者の主張が敏夫を納得させるものであったかどうかはキーパーが自由に判断して決めればよい。交渉が決裂した場合、国産マーテンス一族との戦闘となる。
一方、彼らに朋花を任せる場合は素直に探索者をこの場から帰してくれる。(だが、この場合においても普通帰路にて後述の襲撃を受けることになる。知能の極端に低い個体が敏夫の指示を守らなかったり、もしくは指示自体が行き渡っていなかったりするためである。)
戦闘時に朋花を救出する場合、1戦闘ラウンドかけて敏夫のDEXまたはSTRとの抵抗表に従ったロールに勝利することによって、彼女を奪い取ることができる。また、逃走する場合は階段横の2体の国産マーテンス一族の横を通り抜ける必要がある。この場合、塞いでいる者たちのDEXまたはSTRの合計値との抵抗表に従ったロールに成功することで逃走が可能である。また、この場にいる国産マーテンス一族たちは耐久力が4以下になると側面に小さく空いている穴から森へと逃亡する。
帰路の襲撃
館から出てすぐに、周囲の森の中に無数の赤い目が見える。その数はゆうに百、二百を超えている。それらの持ち主である国産マーテンス一族はすぐに探索者に向かってくる。探索者は無数の襲撃者に囲まれたことによって1/1D8の正気度ポイントを失う。発狂していない探索者は直ちに車に乗ることができるが、発狂した探索者は生存のために精神を奮い立たせるための[POW×5]または素早く行動を起こすための[DEX×5]のロールに成功しなければ、車に乗り込むまでに1D3体の国産マーテンス一族からの攻撃を受けてしまう。
車に乗ってから3戦闘ラウンドの間1D10体の国産マーテンス族が車へと攻撃をしてくるが、<運転(自動車)>のロールに成功するとそれを躱すことができる。失敗すると乗り移られ、国産マーテンス一族は毎ラウンド探索者への窓越しの攻撃、またはヘッドライトへの攻撃を行う。
通常窓の耐久力は3、片方のヘッドライトの耐久力は5とする。ヘッドライトが片方破壊されるごとに、夜間では<運転(自動車)>が-10%(最低1%)、昼間でも-5%の修正を受ける。
また、他の探索者は技能により運転者を支援することができる。<ナビゲート>に成功すると次の運転成功時に山道を抜けるまでの必要戦闘ラウンドが1減少し、<運転(自動車)>に+20%の補正を得る。<アイデア>に成功すると<運転(自動車)>に+10%の補正を得る。他にもプレイヤーの提案に応じて、適切な補正を与えると良いだろう。
結末
探索者が少女を両親のもとに返した場合、少女は両親に抱きつき、泣く。両親は怪訝な顔をするだろうが、その後朋花は表立っては洋館への執着を無くし、絵を描くことも無くなる。ただし、彼女の血が今後どのような道へと導いてゆくのかは定かではない。
その後一族を滅ぼすことを決めた場合は血で血を洗う争いに発展するだろう。キーパーは探索者の立てた作戦や警察などの協力者の力、国産マーテンスの戦略などを考慮した上で結末をデザインすること。
正気度報酬
少女に館の地下を見せてそこから脱出した探索者は1D3、攫われた少女を館から救い出すなど探索者が納得のいく結末を迎えた場合には、さらに1D3ポイントの正気度ポイントを獲得する。
また、国産マーテンスを打ち倒した場合は1体につき1ポイント(最大で6ポイント)、その後警察などの力を借りて国産マーテンス一族を掃討した場合はさらに2ポイントの正気度ポイントを獲得する。
能力値
麻生朋花(8歳) サル怪物の末裔であり、知性体
STR 4 CON 6 SIZ 5 INT 16
POW 17 DEX 18 APP 16 EDU 0
正気度 45 耐久力 6
ダメージ・ボーナス:-1D6
武器:こぶし 50%、ダメージ1D3-1D6
技能:製作(絵画) 50%、回避 70%
山野辺 俊夫(?歳) サル怪物の知性体
STR 15 CON 14 SIZ 12 INT 15
POW 14 DEX 12 APP - EDU -
正気度 0 耐久力 13 移動 8
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:かぎ爪 30%、ダメージ1D3+1D4
噛みつき 30%、ダメージ1D2+1D4
技能:日本語 65%、隠れる 40%、聞き耳 60%、忍び歩き 60%、目星 50%、登攀 80%、跳躍 40%、投擲 30%
国産マーテンス一族
山野辺一族の成れの果て。繁殖能力が高く、家の地下と森に無数に存在している。ステータスと主な見た目は大まかにマレウス・モンストロルムp106、p107のマーテンス一族を参照とする。下のステータスは平均的な個体についてのものである。
彼らは普段野生動物や自殺しに村を訪れた人間を食料としているが、時折雨の夜には村の人間を連れ去ることもある。
国産マーテンス一族 退廃したサル怪物
STR 10 CON 7 SIZ 7 INT 7
POW 10 DEX 6 APP - EDU -
正気度 0 耐久力 7 移動 8
ダメージ・ボーナス:+0
武器:かぎ爪 25%、ダメージ1D3
噛みつき 25%、ダメージ1D2
技能:隠れる 30%、聞き耳 30%、忍び歩き 60%、目星 25%、登攀 60%、跳躍 30%、投擲 25%
麻生光明(54歳) 娘を愛する画家
STR 9 CON 11 SIZ 16 INT 14
POW 12 DEX 17 APP 14 EDU 18
正気度 60 耐久力 14
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:こぶし 50%、ダメージ1D3+1D4
組みつき 25%、ダメージ特殊
技能:製作(絵画) 80%、聞き耳 30%、目星 40%、娘の自慢話をする 70%
麻生昌子(52歳) 娘を愛する音楽家
STR 11 CON 14 SIZ 11 INT 15
POW 10 DEX 16 APP 13 EDU 18
正気度 50 耐久力 13 移動 8
ダメージ・ボーナス:+0
武器:こぶし 50%、ダメージ1D3
技能:芸術(ヴァイオリンの演奏) 90%、製作(楽曲) 70%、聞き耳 70%、図書館 40%、娘の自慢話をする 50%
このシナリオに登場する平均的な警官
STR 14 CON 12 SIZ 14 INT 14
POW 8 DEX 9 APP 10 EDU 13
正気度 40 耐久力 13 移動 8
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:こぶし 60%、ダメージ1D3+1D4
組みつき 45%、ダメージ特殊
38口径リボルバー 30%、ダメージ 1D10
技能:登攀 50%、応急手当 45%、運転(自動車) 40%、目星 30%
謝辞
テストプレイ協力:myme様、アノマロ様、かめ様、カラーテレビ様、なると様、八ツ崎様、山本様
シナリオ評価・レビュー協力:DU@様、あか様、あさなぎもも様、一ノ瀬ぴっぴ様、えちごや様、シズマ様、築港様