前書き
仙道は、インドのヨーガと並ぶ東洋の謎と英知の根源である。その世界の奥行きの深さは、計り知れない。その難解さから日本では今まで、ほとんど哲学や宗教の立場でしか取り扱われてこなかった。ただわずかに、初歩的なことだけを扱った実践書が何冊か出ていただけである。
ところが、ここ数年来の中国医学や太極拳のブームに乗って、その源流に位置するこの仙道の修養法にも、一般の目が向けられるようになった。
こうした時期、著者も大陸書房から二冊ほど仙道の入門書を出版した。内容が、これまでの類書に比べてより具体的なのと、解説・説明が現代人向きだったので、思ったより多くの読者の共感を得た。
ただこれら二冊に書いた分野は、仙道では命功(肉体と気の鍛錬)という仙道全体から見ると片一方に当たる分野に過ぎないので早晩、内容的に不足することは目に見えていた。
そこで第三冊目の『仙人不老不死学』では、書き足りなかったもう一方の分野である性功(超意識と心の鍛錬)について、現代科学の助けを借りて説いてみた。
しかし、かつてこうした試みがなされた試しがなかったのと、心とか精神とかいう哲学や宗教でしか取り扱われることのなかった分野を、なんとか科学的に理解してもらおうとしたので理論面に傾き過ぎ、実践面については充分細かい点まで書き切れなかった。
従って本書は、今までの三冊のそうした不足分を踏まえて、それを完成させるために書かれたものである。だから、三冊を書くうちに得られた成果を十二分に活用し、さらに深い部分の修養法を、他書では真似のできないくらいにやさしく、しかも詳しく説明してある。
この本では性功を、つまり心や意識を鍛錬の対象とするところから、瞑想法と述べてみた。しかし厳密にいうと、仙道の性功は普通の瞑想法とはかなり違っている。というのは、仙道の性功は、瞑想法ではあっても、心や意識という常人には全くつかみどころのないものだけを修養の対象にするのではなく、あくまで命功や中国医学、太極拳などで使っている”気”という一種の物理作用をも充分に利用するからだ。
そのほかにも丹光などの身体の内側に現れる光も、心や意識の働きを具体的に知る目安に使う。
もっとも、こうしたものさえもごく一般の人にとっては、ちっとも具体性のあるものとは思えないだろう。それを何とか掴んでもらおうと、著者はずいぶん苦労をした。古来より伝わる方法では、神秘的な面ばかり強調しているので、よほどうまくやらないとこうしたものは掴めないし、よしんば掴めても、本物かどうかを確かめる手立てはない。それこそ”気”のせいでは、他の瞑想法と称するものと何ら変わりはない。
そこで、実際に”気”を利用して病気を治療する中国医学や、相手を倒す太極拳などの物理的な”気”の作用のプロセスを参考にし、さらに現代科学をもって充分これらを分析してみた。その結果は、これまでに書いた三冊に詳しい。本著では、より高い段階に”行”を導けるよう心掛けて編んだつもりである。
この仙道の世界の玄妙さは、いくら哲学や宗教の本を読んでも理解できるものではない。実践することのみが、それをみずからの手に掴む唯一の方法である。入ることによって得られる肉体や精神の素晴らしい状態、またその世界の美しさは、現実の快楽の比ではない。本当の心の平安とは何かということを、仙道は身をもって示してくれる。
数千年来秘伝とされてきた仙道の真髄を、ようやく万人向けにやさしく、しかも具体的に示せたと著者はひそかに思っている。
最後に、この本を出版するにあたりいろいろお世話になった大陸書房の清水、浜田、松澤の各氏に紙面を借りてお礼を申し上げておきたい。