「はい、深呼吸。大きく吸って〜吐いて〜〜〜」
すぅ〜……はぁぁ〜〜〜……

――ッキュ

「はぐふぅ!」
鋭い音と共に空気が絞り出されるような声が漏れる。
そして数秒の後、床の上には涙と涎に塗れた顔をだらしなく晒しながら口を半開きにさせている少女が一人。

目は開かれ体は必死に酸素を求めているが、願いかなわず。
「ちょ……お前ら自重……息、でき……」


マリアさんに促され深呼吸。
息を吐いて肺が収縮する。
コルセットの両わきに足が当てられたかと思ったその瞬間、二人がかりの力で思いっきり締められた。
いや、むしろ絞められた。
そして現状、床に手足を投げ出し口をパクパクさせている幼女の出来上がりだ。
女性とはいえ、二人がかりの背筋力……ぱねぇ……



「う〜ん、アルちゃんにコルセットは似合いませんねぇ。やめましょうか」
ぅをい!!!
「ぐふぉい……」
口から出た言葉は言葉としての意味を持たず、濁った響きだった。
こんだけ苦しめといてそれかよ!
さっき一発勝負って言ってたじゃねぇか。
確かにこの苦痛を耐え続けろとか言われると、それはそれで勘弁願いたいが……


「こんな服はどうですか?」
見せてきたのは白とピンクのフリル。
いくらなんでもお子様趣味が過ぎるだろう。
「却下だ、却下。趣味に合わない」
「わがままですねぇ。その体型だと原色系とか似合いそうですけど……」
この体では確かにそうなのかも知れないが、中身は健康な男。
そんなものは死んでも着たくない。
死にたくもないけど。
「大人し目の黒っぽいの無いか?この際、多少のフリルとかなら妥協するから」
多少の妥協をしないとどうなるか分からないので、こちらから妥協案を示してみる。
大人し目の服ならあるいは何とか、無理にでも納得できるものがあるかも知れない。
そんな微かな希望にすがる様に聞いてみた。

「何?お前ゴスロリ趣味なの?」
「違ぇ〜よ!」
そう言えば邪魔なのがもう一人いたな。
全然喋らないから忘れるところだった。
お前は黙って空気のような存在のままでいてくれ、頼むから。
そのまま数週間1コマも登場しない存在感のないヒロインみたいになればいいのに。
メインヒロインのくせに人気投票4位とか、不憫すぎる。



ガツンッ

いきなりスティの拳骨が左即頭部を斜め70度くらいの角度で襲った。
「独り言は聞こえないように言ったほうがいいぞ」
「……はい」

「そうです、違いますよ。背中に羽を付けてヤクルト飲むんですよね?」
「そっちも違う!」
こっちはこっちで何か別の方向に全力で勘違いしている。
もうやだ、こいつら……もしかしてわざとなのか?そうなのか?

「え〜。黒のゴスロリ・背中に羽・ヤクルトと言ったらアレでしょ?」
……他人を見下したような目で睨みつけて……
『乳酸菌取ってるぅ〜?』
マリアさんとハモった……党員かよ……


結局のところ、何度か着せ替え人形をさせられてうんざりさせられてから本日の衣装が決定した。
ローズレッドのヒラヒラ……というかモコモコというか……無駄に布が使われたドレス。
そう、ドレス。
ドレス……なんだよな、これ。
俺……男なのに……

「この服、動きにくい……」
「別にいいじゃありませんか。もう貴方は走る必要も無い生活を、これからず〜〜〜〜〜っと送るんですから」
はぅっ――
今のは胸に突き刺さったぁ……

「丁度いいじゃないか、不人気ヒロインだし」
……こいつ絶対根に持つタイプだな。



鏡の前にちょこんと座らされ、髪を梳かれた。
映る姿はちっちゃな女の子。
体格でもそうだし、力でも敵わないだろう。
それを再認識させられる。
マリアさんがヘアアイロンを取り出し聞いてくる。
「髪はどうします?まきますか?まきませんか?」
……どうやらこの二人、読む本のベクトルが違うらしい。
「せっかくこういう服を選んだんですから、巻いておきますね」
何も言わなかったら決められてしまった。
この間1秒足らず。
きっと最初から決められていたに違いない。


少し心配していたのだが、どうやらジャラジャラとしたものを飾る気は無いようだ。
その辺は少し救い……かな?
無駄に重いものを付けなくていいということでホッとしておこう。



カチャ――

静寂の中、僅かな音。
その瞬間、今の今まで頭があった辺りに旋風が巻き起こる。

「ちょ、おま……その勢いはねぇだろ!」
振り向いた先にはいわゆるハリセンを構えたスティの姿。
「気が緩んでるからだろ?」
「そうですよ、女の子はエレガントにぃ〜♪」
頭の上に本を乗せ、その上にティーカップを乗せ、真直ぐに歩く練習らしい。
こういうのって確か本だけじゃなかったっけ?
しかもお茶熱いし。

「待て。今、避けなかったら火傷してたぞ絶対」
「でも避けたから大丈夫だっただろ?緊張感を持ってやればいいんだよ、緊張感」
やばい。
こいつの目やばい。
別に火傷くらい大したことはないが……嫌だ。
これを何とか回避する方法は……
考えろ、考えるんだ俺。





「せ……せっかく着た可愛い服を汚したくないなぁ〜」
顔色を窺うようにして呟く。
自分でも嫌なくらい無理やりな言い訳。単なる時間稼ぎ。
そんなことは分かっているが、いい方法が思いつかない。

スッと、音も無く頭の上から重さが消える。
マリアさんが本とカップを取り上げたようだ。
「まったくです!スティったら何考えてるんでしょうね?アルちゃん可哀相――」
何か柔らかいものに包まれたというか、これ抱き寄せられたのか?
スティの方を睨みつけながら訳の分からないことをほざいている。
……確かこれ、提案したの貴方じゃなかったでしたっけ?

ま、いっか。
「マリアさん……その、何というか……ありがと」
複雑な心境のまま、一応お礼を言う。

「そんなことより、アルちゃんアルちゃん」
「?」
「さっきの上目使い、も一回やってくれませんか?」
……神様助けてください、ここにも駄目人間がいます。



再び謁見の間を歩く。
将軍と見てしまうと目が腐りそうな気がして、きょろきょろと辺りを見回してしまう。
思いの外集っている人数は多く、醜態を晒している自分が恥かしくなってしまう。

ふわふわした服の他にも、ストッキングとか下着とか、色々なものが肌を擦って気持ち悪い。
マリアさん曰く、慣れれば気持ちよくなるらしいのだが……こんな感覚には慣れたくない。
両手を取られながら赤絨毯の上を歩く。
まるで子供扱いだ。
「最初に引き出された時は、まさに虜囚だったけど……今度はお姫様か」
「違いますよ、アルちゃん」
「?」
「"お姫様"じゃなくて"お姫さま"」
「だからお姫様って……」
「発音が違うでしょ?読み方は同じでもそこには超えられない壁があるんですよ。"お兄ちゃん">"おにいちゃん">>(超えられない壁)>>"ニーサン"みたいな感じです」
「そういうものなのか?」
「語尾にハートマークがあれば尚可です」
悟ったよママン、こいつはまともに相手をしちゃいけない種類の人間だ。
きっと将軍に毒されたんだろう……変態って空気感染するのかも知れない。

「アレは……いわゆる青田買い?」
「将来に期待……みたいな?」
「貴卿ら、分かっていませんな。あれは希少価値の部類です」
「確かにあれはある意味ステータス、いやいや眼福眼福」
耳が腐りそうになる陰口が囁かれる中、将軍の前まで引き出される。
いや、こいつらはある意味もう既に腐りきってるんだけどな。



将軍の所に引き出される途中お尻叩かれる。
「お嬢ちゃん。頑張って大きくなりなよ!」

パン!

「うひゃっ」
変な声をあげて転んでしまった。
床に敷かれた絨毯の上、四つん這いになってちょっとみっともない。
講堂のステージ上とかじゃなくてもこれは少し恥かしい。

と、そこで場内が妙にざわついているのを感じる。
表現すると"さわ……ざわ……"な感じ。
周囲の視線が集中する先には……捲れたスカート……

「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

女の声って凄い。
本当に絹を裂いたようなって表現がぴったりだ。
自分の声なのに、叫びながら妙に冷静になっている自分がいた。
すぐ近くで何やら会話が聞こえる。
「失敗しましたね。こんな突発イベントがあるなら縞々にした方がポイント高かったのに」
「でも好きな輩は縞々の色とか太さに拘るからかえって無難な白で良かったのかも知れないぞ」
「なるほど、そういう考え方もできますね。スティも分かってきたじゃないですか」
こいつら……
力いっぱい睨みつけるが、それも涙を浮かべながらだと迫力が足りないらしい。



再び将軍と対峙する。
最初に顔を合わせた時には同じくらいの体格だったのだが、今やこちらが見上げなければいけないような身長差となってしまっている。
何が何でも自分が頂点に立たなくては納得できないとかいうつもりは無いが、人間誰でもこいつにだけは……という存在がある。
最初から嫌な奴だとは思っていたが、これはもうあれだ……きっと前世で何かあったとかそういう類のものだ。
通りすがり、何となくムカつくからすれ違いざまにワンパンくれて逃げるときに落とした財布をネコババしてしまうとかそういう感じ。
「アルたん……君は敗戦国の王族だ。分かっているとは思うが、傅いてもらおうか」
くっ……こんな奴に、こんな奴にこんな奴にこんな奴にこんな奴にこんな奴に――
と、思いつつも裾を捌き頭を下げる、この間4秒。
ほら、プライドだけじゃ生きていけないし。

「いやいや、そうじゃない」
「はぁ……?」
何か間違えたか?ついさっきマリアさんに教わった通りにやれたはずだけど……
「も少し近くへ――」
訝しがりながらも近くへと寄る。

どかりと、悪趣味な椅子に座り足を組むと告げた。
「つま先を嘗めてもらおうか」
え?何こいつ?……電波?
そんなことを思いつつ思考停止したまま見ていると、徐々に頬が赤らんできた。

「ハァ……ハァ……いいよ。アルたんのその蔑んだ視線いい。もっと見て……」
……
…………
………………
そういえばこいつこういう奴だったよな。
あまりにおぞましくて脳内の情報から隔絶されていた。



一心地がつくと、将軍はマリアさんの方へ向き直り、
「グッジョブだマリア、さすが私の期待を裏切らない」
「まぁ、ありがとうございます」
そういえば萌えがどうとか言ってたけど、それってこのことだったのかな?


スッと手が振られると、将軍の左右に参列横隊ができた。
「アルたん!一万年と二千年前から――」
『   あいしてるうううううううううううううううううううううううう
 愛してるぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜
                 愛してるうううううううううううううううう
     あいしてるううううううううううううううううう
愛してるうううううううううぅぅぅぅぅぅぅ
  ああ意思テルぅうううう
 あいしてるぅ                    あいしてるうううう〜
        あいしてるううううううううううう』
 ちょwww弾幕自重www
ちょ……
ちょ
……

ん〜……
「一万円と二千円くれたらあっいっしってっる〜♪あと八千円くれたらもぉっと愛してあげぇる〜♪」
「分かった、ちょっとたんす預金崩してくるから待っててくれ!」
やっぱこいつ馬鹿だわ……
汗だくで戻ってきた将軍に冷たく言い放ってやった。
「お前にとっての愛は、金で買うものなのか?」

何やらショックを受けたらしく、涙目で逃げ出してしそうになった将軍をマリアさんがなだめていた。
少しして、仕切り直しになった。



「さて、この機会にアルちゃんからプレゼントがあるそうですよ」
「何、ほんとかアルたん!」
何それ、聞いてない。
アドリブとかマジ勘弁。
「はいこれ目録。読まなくていいから将軍に渡してください」
……こういうのって、そうだったっけ?
まぁいいか。
「ほらよ。何か分からんがこれやるから元気出せ、な?」
「アルたんのプレゼント、プレゼント♪」

ガサガサ――

中身に目を通した瞬間、
「――これ、ほんと?」
何が?
聞き返すよりも早くマリアさんが答えていた。
「えぇ、勿論ですよ!」

「見たまえ皆の衆!アルたんは……アルたんはツンデレだ!!!」
バッと広げられた紙には書かれていた。
『プレゼントは私よ♪』
だぁぁあ!!!
何てことしやがる、このくそアマ!
マリアさんを睨みつけた瞬間、タックルを食らった。
――いや、将軍に抱きつかれた。
体格差もあったせいか、そのままの勢いで壁際まで移動してしまった。



「アルたん!アルたん、愛してるぅ〜」
きめぇ!超きめぇ!
「胸に顔を押し付けるな、この変態!」
「もっと言ってくれ!そしてさぁ、二人で朝まで燃え上がろう!」
これはピンチだ。
何かないか?何か――
誰かではない。
どうせここに集まった奴らは助けてはくれない。
「……朝まで?そんなに長い間、燃え尽きちゃう――」
「うっひょう!そんなこと無いさ、余裕だよ」
お姫様抱っこでお持ち帰りしようとする将軍と、必死で抵抗する幼女。
傍から見たらそんな構図。
「そう、じゃあ俺は自信ないから一人で燃えてろ」
「ぅおあぁぁぁぁあ!!!あっつい!あっつい!」
突如、床の上をゴロゴロと転げまわる将軍。
当然だ、壁に架かっていた松明を背中に押し付けてやったのだから。
さすが上等な服は燃え方が違う。高いだけのことはあるな。
これで体内脂肪も燃焼してくれたら、ちょっとはダイエットになるんじゃないかな?
あ、火も消えたけど動かなくなった。
「ごめんなさい、熱かった?燃えたいとか言うものだから私ったら……」
「いやいやいいんだよ、むしろ温いくらいさ。アルたんったらおちゃめさんなんだから♪」
うん、失敗だと思うよ。
でもまさかピクピクしている状態から一瞬で復活するとか思わないだろ?常識的に考えて。

――やべぇ、こいつマジ怖ぇ……



「さて、お披露目も終わったことだし」



ビクッと肩が震えた。
そう、いつかは来ると思っていたこの後に起きること。

「とりあえずシャワー浴びてきてくれ。着るのはバスローブだけでいいから」
……いや、分かる。
分かるよ、どうやって脱がせたらいいのか分からないんだろ?


でも、最低だこいつ。
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