新しい生活を始めたある日、僕は不意に浮かんだ疑問を口にした。
「あのさあティア姉? ティア姉はどうしてエッチな事のやりかたを知ってたの?」
 かちゃかちゃと器用に食器を片づけていたティア姉の触手が、ピンと張りつめて動きを止める。
『そ、そんなの、メフィラなら当たり前に知ってる事で……』
 思念は震えているし、触手はぎこちなく固まったまま。ティア姉はすごく嘘が下手だ。
「でも、ティア姉がした時とその前の時じゃ、された事がぜんぜん違ってたよ?」
 あくまで動物的だったメフィラとは違って、ティア姉の愛撫は人間の唇や指先をイメージさせるものだった。
 僕は髪が肩まで伸びた頭を傾けて、ティア姉の触手の下にある本体をのぞき込む。
 焦ったティア姉がぷしゅうと空気を漏らす。
 触手がへなへなとしおれて桃色が薄くなったのは、何かやましい事がある証拠だ。
「白状してよ、ティア姉」
 つんつんと突っついたら、不承不承の恥ずかしそうな思念が返ってきた。
『あのね、神学院は寄宿制で女の子ばかりでしょ……。女同士でそういう事になっちゃう子がたくさんいるの……』
「げっ、まさかティア姉も!?」
『そんなんじゃないけど、その、何度かは……』
 衝撃の告白を受けた僕はぴしっと固まってしまった。ティア姉の触手が一斉におろおろわさわさと振り回される。
『そ、そんな目で見ないでよぉ。お風呂で襲われちゃうんだから仕方なかったのっ!
 それに、普段はちゃんと逃げきれたから大丈夫なのっ!』
 少しも大丈夫ではない気がする。どうやら神学院の寄宿舎はとんでもない所らしい。
 僕の中で聖巫女の清純なイメージがガラガラと崩れていく。
「聞くんじゃなかった……」
『男の子は知らないだろうけど、女の子の集団って怖いのよ』
 触手がぶるっと震えた。どうやらそこにはメフィラですら恐れる世界があるみたいだ。
 でも、この姿でいる限り、僕にもそんな中に入っていかなければならない事があるかもしれない。
 いやいや、そんな事態だけは何があっても避けよう。思いっきり逃げ出そう。
 僕は震える心で、固くそう決心した。

 了。




 通りを歩きながら、僕は憤慨していた。
 理由は簡単。昨日の夜、眠っていたらティア姉にイタズラされたからだ。
『だって、クラクラーってなって、フラフラーっときて、すりすりーってしちゃったんだもん……』
 というのが、発情の余韻で支離滅裂なティア姉の弁。
 クラクラーで発情して、フラフラーで僕のベッドに寄ってきて、そんな擬態語はどうでもいいけれど、
すりすりーの相手が僕のお尻だったり胸だったり、しまいにはあそこだったりしたのが大問題なのだ。
 ティア姉はメフィラで、僕の身体は女の子なんだから、そうなっちゃうのも分からないわけじゃない。
 でも、僕は心は男なんだからそうなるときは心構えの時間が必要で、いきなりなんて嫌だ。
 いや、本当の女の子もそうなのかもしれないけど、身の回りのサンプルがティア姉しかいないからよく分からない。
『それにそれに、リュー君、下着だけでとっても可愛かったし』
「それは暑かったからで、ティア姉を誘ってたわけじゃあ・り・ま・せ・ん」
 こんなやりとりをした挙げ句、僕は怒って家を出てきたのだ。

「こんにちはリーベルトさん」
「おう、こんちわリューネちゃん」
 食堂のマスターのリーベルトさんに出会ったので、大きな麦わら帽子を脱いでぺこりと会釈した。
 騎士を目指すなら礼節に気を配らなければいけない。
 リーベルトさんは大きな鉢植えを3つも抱えて大汗をかいていた。
「あの、どうしたんです? そんなにたくさん」
「どうもこうもねえや。うちのかみさんが肥料のやりすぎで鉢植えをみんな枯らしちまってね。
 こうやって代わりを探して町中駆けずり廻ってんのさ」
「うわぁ……大変ですね」
「まったくだよなあ。ほとほと参ってらあ」
 リーベルトさんの食堂は草花をふんだんに飾った素朴なお店で、女の子でも気軽に入れるから僕も時々お世話になっている。
 夏の乾期にあれだけの緑を絶やさないのはとても大変だし、雨季までは代わりを探すのも苦労するはずだ。
 僕は少し考えて、素晴らしい名案を思いついた。
 エロイソギンチャクのティア姉を懲らしめて、リーベルトさんだって助かる方法だ。
「リーベルトさん。わたし、相談に乗れるかもしれません」



 家に帰った僕は、さっそくティア姉に切り出した。
「ティア姉にいいバイトがあるんだ」
『私に? この身体でもできる仕事があるの?』
 バイトと聞いたティア姉はぷしゅうと興奮して身を乗り出した。
 それはそうだろう。
 僕はティア姉が出納帳をつけながらしょっちゅうため息(ためガス?)をついているのも、
僕だけが稼ぎに出ているのを心苦しく思っているのも知っていた。
 僕は自分が大黒柱のつもりだけど、身体が女の子だからティア姉にしてみればひもになって養われてるみたいに感じるらしい。
「もちろんだよ。身体を緑色に塗って、リーベルトさんのお店でミルクの香りを出してくれればいいんだ」
『それって、バイトって言うより……、観葉植物の代わり?』
「その通り。サボテンの貸し出し二週間で、200ダラム。今のティア姉にしかできない仕事でしょ?」
『うーん……』
 結局、ティア姉は僕の提案通りに二週間、観葉植物の仕事を引き受けてくれた。
 新しく食堂にやってきた優しい香りのするサボテンの評判は上々だった。
 僕がこっそり覗きに行くと、ティア姉は一生懸命にサボテンの役目を果たしていた。
 葉っぱの振りをした触手を子供に引っ張られても、間違ってひっくり返されたランチを頭からかぶっても、
じっと動かずにみんなの心を明るくするミルクの香りを振りまいていた。
 ティア姉の香りに癒されて笑いさざめく人たちを眺めながら、僕は思った。やっぱりティア姉はすごい。
 二週間の最後の日、もっと長く貸して欲しいというリーベルトさんのお願いを、僕は丁重にお詫びして断った。
 二人で家に帰ってから、ティア姉に意地悪した事を謝った。
 でも、ティア姉は生まれて初めて自分で稼いだ200ダラムを心の底から嬉しがっていた。
 その夜は、久しぶりにティア姉と一緒のベッドで眠った。
 そして油断した僕は、夜のティア姉はもっとすごいという事を、身をもって思い知るハメになったのだった。

 了。
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