「少し顔が青いようだが、やっぱり恐いか?」
「そのような事はない。ただの光の加減でそう見えるだけであろう」
 目の前で自分を覗き込む男に対し、努めて平静を装って答える。だが、装っているというのを
意識している時点で、それは嘘という事になる。
 無様だ。これではその言葉を肯定したようなものだ。そして、自分が今だそのような感情を
持ちえている事も。
 あの日を最後に心は捨てたはずだった。自分はモノであり、感情のない人形のようなもの。
道具に心なんか必要ない。
 だが今更ながら心を完全に捨て切れていないのだ。不安とか恐怖とか、そんな感情が僅かに
心を刺激しているのが自分でもわかる。
 何故ならこれから行われるのは――――


 私の名はレスター・エルフォート、王国第一王子…………いや、これは捨てた名と地位だ。
 この大陸で人間族の住む我が王国と、その隣国であり、今現在私がいる魔族が住まうこの国は、
大規模な争いは無いまでも地域的な小競り合いが耐えない、事実上の敵対種族であり敵対国家とも
言える関係を保っていた。そんな状況に変化が訪れたのは3年前、海の向うよりの甲虫族の侵略に
よってである。
 話し合う事すらできぬ種族からの突然の不意打ち、それに壊滅的な打撃を受けた両国には、
もはや手を取り合う以外に助かる道は残されてはいなかった。
 必然が生んだ和睦による併合、しかしその中身には多くの複雑な感情を内包する。国が妥協した
からと言って、それまで敵対していたとも言える相手を簡単に信用できるわけがないのは当然だろう。
だが、両者がいつまでも争っていては、国だけではなく種の存亡の危機となる。
 だから我が父である人間族の国の国王は、その解決を急務と考えていた。
我が父王は、国政に一切私情を挟まぬ現実主義者である。 幼き頃に母は亡くなり、その顔すら


知らぬ私にとって親は父のみ。しかしその父に私は親の感情を、見出した事はない。父は何時も
王であり、決して”父親”となる事はなかった。
 そしてそんな父王が行った今回の政策…………親の愛情など微塵も見せぬ父なればこそ、
可能であったと言うべきか。
 それは両王家を統一し、新たな王家を作るというものだった。
 内容だけなら決して悪い手段ではない。むしろ一つの国に二つの政治中枢たる王家が存在する事が、
国家を本当の意味で統一できていない理由だったのだから、理に適っていると言える。
 問題はその権力の行き先である。当然だが一方の種族に偏りがあれば、もう一方に禍根を残す。
そこで父王が考えたのは、両王の子を婚姻させて、その権力を託し新たな王家を作るという
事実上の政略結婚による方法だった。もはや種族の存亡をかけた状態なればこそ、
魔族の王も時間を置かず同意した。そして国家の事情は国民だって理解している。
一部生粋の純潔主義組織の抗議が僅かにこそあれ、国民も概ねそれを必然的なものだと受け止めた。
ほぼ国の総意として婚姻の儀が行われたのが本日。戦時ゆえに派手な催しこそ無かったが、
新たな国家を祝い国中が久し振りに祭り気分に酔いしれた。
 そしてその夜が今。つまり私が魔族の王子…………いや、今日をもって新たな国家の王となった
男の寝室にいるのはそういう事なのだ。


「まあ率直に言わせてもらえば、正直安心したってとこなんだがな」
 ぶっきらぼうに答えるこちらの態度を気にもしない素振りで、新たな王となった魔族の男、
そしてあまり考えたくはないが、私の”夫”となった男であるヴァルター・ウェルハイゼムは
勢いよく部屋の隅のソファーに腰掛けた。
「長年王子として育てられたお姫様なんて、今時じゃあ御伽噺にもならんような話だ。そんなヤツが
突然俺の嫁になるってんだから、どんなやつかと不安にもなるさ」
 大げさに肩をすくめ、彼は自分の心境を何か嬉しそうにアピールする。とはいえそれは彼の
偽らざる本心だろう。当然ながら国家の併合における政策という抗えぬ力に巻き込まれたのは
私だけではない。彼も解釈上当然”犠牲者”の立場にあるのだ。


しかし…………
「だが、あっさり一目惚れさせられちまった立場としちゃあ、経緯なんざクソくらえ。とりあえず
俺には反対する理由は現時点で存在しねぇ……ってな」
 白い歯を見せてヴァルターが笑う。少なくとも彼は自身の境遇に不満を抱いてはいない。
結果論だが、彼にとって私は一応伴侶として娶るに足る存在なのだろう。
 同じ経緯で同じ場に立たされた者でありながら、なんという境遇の差か。対して私は、この婚姻を
前に、人間としての終焉を考えたのだから。
「そうか。私のような政略の道具に愛情を抱くなど、貴方もつくづく見る目が無いものだな」
「そのひねくれっぷりが無ければ言う事ないんだが…………」
 私の皮肉にヴァルターは心底呆れたように溜息を付く。内容は確かに彼への皮肉、しかし実際には
自身の境遇にあてた自分自身への侮蔑の言葉だった。
「そう、私は道具だ。幼少から病弱であり父にも国にも顧みられる事なく、国政安定のために
あっさりと見切られた道具なのだ。それ以外の何者でもない」
 口調も変えず、ただ自分の立場を淡々と言葉にする。何故なら感情など、とうに捨てたから。
「あのなレスティアーナ王女、そりゃ悲観的すぎるってな……」
「その偽りの名を持つ道具を当てがわれて満足などとは滑稽だ。貴方もご存知なのだろう? 私は
一月ほど前まで、王位のため女の身でありながら男として育てられてきたのだ。だがそんなものは
この婚姻のためにあっさりと捨てさせられた。20年近い月日を男として過ごしておきながら、
今更女として生きろなどと過去の全てを否定された私が、道具でなくてなんだと言うのか!」
 自虐の言葉は止まらなかった。私の中にある鬱屈した何かがそうさせたのか、毒のある言葉を
吐くごとに自虐めいた笑みで顔が引きつる。椅子から立ち上がって何かを言おうとするヴァルターの言葉を
ひたすら遮って、私はただ自分と彼を侮蔑し続けた。
 夜の寝室に響くヒステリックな声に導かれる澱んだ空気、そんな状態が何時続いただろう。
突然私は頬に衝撃を受け、そのまま床に倒れた。
 ヴァルターだった。先ほどの陽気な雰囲気は影を潜め、今の彼はただ無表情にこちらを見下ろして
いる。彼が私に平手を放ったのだ。


 痛みはあった。だが随分前から感情を捨ててしまったが故か、苦痛で顔を歪めることも
涙を流す事もなく、私はその痛みを感じなかったかのように無言で立ち上がる。
――――何も感じない。まるでそう宣言するかのうように、同じような無表情で彼の前に立ち、
そのまま視線を返した。意図した訳ではないのだが、それは事実上の兆発行為だ。そんな私の態度に
触発されたヴァルターは、再び手を振り上げる。しかし彼の手が再び私の頬を打つ事はなかった。
ただその瞬間を覚悟していた私の前で、彼は静かに手を下げたかと思うと、再び先ほどまで座って
いた椅子に静かに腰を下ろす。
 私には突然の彼の行動の意図が掴めなかった。その不可思議な行為の意図を知ろうにも、
彼は深々と椅子に腰掛け、無言で私を見上げているだけ。
 そして彼は、顔色も変えずに唐突に口を開いた。
「脱げ」
「な、何を!?」
「服を脱げと言った。いや、今お前が身につけているもの全部だ。裸になれと言ったんだ」
 突然の要求に、言葉を理解できず思わず口が詰る。いや、意図以上に要求行為の内容が
こちらの理解を鈍らせている。
「いきなり何故そのような事を? だいたいそんな……」
「ほぅ、自分で人形だ道具だと言う割には、いっぱしに意思主張するんだな」
「…………!!」
 彼の言葉が私の胸に突き刺さる。私は思わず反論しようとして、そのまま言葉に詰り俯いてしまう。
だが、確かに彼の言う通りだ。”それ”はすでに捨てた私自身に相対するもの。
――――今更何を恥かしがる必要がある。
 そう自分に言い聞かせ、自身の中にわだかまる”それ”を押し殺し、私は着ているドレスに手を
かける。この日のために多大な金と職人の腕が注ぎ込まれた純白のドレス。しかしそんな事実は
今の私に何の意味も成さない。いささか乱暴に、そして躊躇なく私はそれを脱ぎ捨てた。
 だが、その手が下着にかかった途端、意識せず動きが止まってしまう。
「どうしたい姫様? やはり……」
「うるさい!」


 心を見透かしたかのようなヴァルターの言葉を怒鳴って無理矢理押し留め、私は覚悟を決めて
胸着を脱ぐ。今だ自身のものと思えぬ胸の脹らみが露わになるが、それがどうしたと言うのだ。
そのままの勢いですぐさまショーツに手を掛ける。が、またしても心の中に残っている何かが
手を止めてしまう。見るとヴァルターはふくみ笑いでこちらを見ていた。
「くッ!!」
 その人を見下したような笑みに怒りを覚え、私は掛かった手を一気に足先まで下げてそれを
抜き取った。そしてどうだと言わんばかりにヴァルターの方を見返す。しかし彼は、その笑みを
止めはしなかった。そして笑ったまま私の顔を見て口を開く。
「顔、赤いな」
「そ、そのような事はない! そんな感情など……」
「じゃあ何で胸と股を手で隠してんだ?」
 彼に指摘され、私は自分で無意識のうちに手で体を隠していた事に気が付く。確かにこれでは
羞恥に脅えていると自身で主張しているようなものだ。私はその手を下げてそれを否定しようとした。
しかし、何故か手が震えて動かない。
「ま、強がっても所詮はその程度か」
 再び兆発の言葉が浴びせられる。単に私を侮蔑したいのか、それとも他に意図があるのか。
だがそんな事よりも、純粋にそのような態度が我慢ならなかった。怒りを糧に私は手を動かし、
彼の椅子の前で仁王立ちになる。
「だ、黙れ! こ、これで文句はなかろう!!」
 明かに顔が熱くなっている感覚があるのを黙殺し、私は彼を睨み付けた。しかしそんな私に
彼は何をするでもなく、ただこちらを無言で見つめるだけ。
――――脱がせたからといって何するわけでなく……愚弄する気か!
 そんなヴァルターの態度が気に食わぬものの、口に出すわけにはいかなかった。それはモノたる
自分のすべきことではない。
 部屋に差し込む月明かりが私の体を照らしている。そしてそれを椅子に座ったまま無言で見つめる
ヴァルター。そんな異様な光景の中で、しばし互いに無言のまま時が過ぎる。


 そしてその沈黙を、ヴァルターの一言が破った。
「……綺麗……だな」
「何と?」
「綺麗だと言ったんだよ。俺の目の前に立つ、お姫様をさ」
 間抜けな事だが、私は少しの間を置いてから、ようやく彼の言った言葉の意味を理解した。
何故か途端に動悸が高くなり、顔が熱くなる。予想もせぬ言葉と身体状態の急変を、私は慌てて
否定しようとする。
「な、なにを唐突に! 私のような者がそのような事を言われる理由は……」
「お前、すげぇ良いオンナだぜ。理由なんざいくらでもある」
 私の言葉を遮り、ヴァルターは語り続ける。
「その整った顔立ち、水が流れるように腰まで伸びたブロンドの髪、水晶のような青い瞳に
薄い桃色の唇」
「そ、そんなものは……」
「その白い肌に、熟れた果実のようにバランスの良い胸、細い腕にくびれた腰」
「やめっ……言うなっ!」
 何かえもいわれぬ感情に押され、私は彼の言葉を止めようとする。そして無意識のうちに
再び体を両手で隠そうとするが、彼の言葉は止まらない。
「腰から尻、太腿に続く流れるようなラインに、すらりと伸びた足、きゅっと締まった足首」
「やめろと言ってる! それ以上言うなぁっ!!」
 言葉で自身の体の事を言われるたびに、いくら拒否しても否応なく意識させられる。そして
その事が、私の中にあってはいけない感情を脹らませるのだ。思わず私はヴァルターを怒鳴り、
そのまま胸と股を手で隠し、屈み込んでしまう。
 体が熱かった。そして何よりも動悸が激しくなったまま収まらない。認めたくないが、
もはや否定が不可能な状況。そう、私は自身の女を意識させられ、そしてそれに羞恥を感じて
いるのだ。物である人形が絶対に持ちえてはならない”感情”だ。その情けなさと悔しさが、
余計に私の中の羞恥を掻き立てる。


 そんな私に対しヴァルターは、椅子から立ち上がって目の前に屈み、私の肩に手を置いた。
「とても、禁呪で女になった元・男には思えねぇ」
「なッ…………!!」
 彼の言葉を聞いた途端、私は絶句する。そのまま顔を上げ言葉を発しようとしたが、突然彼に
抱き抱え上げられ、そのまますぐ横のベットに投げ出された。
 いきなりの乱暴な扱いに思わず手が出そうになったが、すぐに思い止まる。ゆっくりと体を
彼の方に向け、ベットの脇に立つ彼を見上げた。
「知って…………いたのか?」
「逆に聞きたいね。魔術に対し人とは比較にならぬ深き知識を持つ我等種族、そして我が……いや、
元・我が王国の情報収集能力がその程度だと本気で思っていたのか? とね」
 ヴァルターは先ほどまでと違い、悪戯の種明かしをする子どものような屈託の無い笑みで
こちらを見ていた。状況的な優越感がそうさせているのだろう。
「王族が継承権なんかのために、娘を息子として育てるなんてのは確かにある事だよな。だけど、
お前さんがそれを演じるには、レスター王子ってのはあまりに知られすぎてた。そうじゃなくとも
我等が盟約で禁止されてる禁呪が発動されたなんて場合は、たとえその場にいなくとも王宮の
呪術監査官ならわかっちまうもんなんだよ」
 ヴァルターは嬉しそうに話しているが、こちらは完全に血の気が引いていた。それは、絶対に
知られてはいけないはずの秘密が完全に知られているから。そして何より、彼の言っている事が
紛れも無い事実だからだ。


 そう、彼の言っている事は正しい。私は男として育てられた女などではなく、少なくとも一月
ほど前まで、私は身体的にも確実に男だった。
 当然これは、国家併合に際しての父が目的としたものを導くための手段がもたらしたものだ。
双方の国民に不満なく両王家が一つになるとするならば、婚姻は最上の手段・理由となりうる。
しかし両王家の後継者が男子であった場合、当たり前だが婚姻による統合などできるわけがない。
本来ならその段階で次を考える事にし、不可能な手段に執着する理由などない。だが数年前まで
戦乱にあった両国を納得の上で併合させるには、これしかないと父は考えていた。


本来ならば取れるはずのない手段、それを父はイレギュラーな方法で実行する方法を思い付く。
それは禁呪に分類される魔術を使用し、私の性の反転させる事だった。
 平時ならば狂気の沙汰と言われ、決して実行できなかっただろう。しかし切迫した状況が
それを可能にした。私はその事を知らされもせずに、あくる日王宮の魔術儀式祭壇に束縛された。
淡々とすすむ儀式の最中、私は何度制止を求めただろうか。だが、それは聞き入れられなかった。
そして何よりも皮肉なのは、その禁呪を施した者が、幼馴染で4つ年上の宮廷魔道士エリシアで
あった事だ。母がなく、父があのような国政にしか耳を傾けぬ存在であった私にとって、彼女は
姉のような存在であり、なにより王宮で一番心を許していたのが彼女だった。その彼女ですら
信用にたらぬというのであるならば、私にとって世の中は、信用がおける他人というものが
一切存在していなかったに等しい。
 国に捨てられ、信じていた人に裏切られる。それは私という個が壊れるに十分な理由だった。
あの日から私は”姫”としての生き方を強要された。そして何もかもが信用できなくなった私には、
もはやそれに抗うだけの気力や心理的執着など既に無かったのである。
 あの時から私は、“人”を捨て、国の存亡のための道具である“人形”となった。


「知っていたのなら、何故貴方は私を受け入れたのだ? このような婚姻、貴公の立場であれ
納得行くものではないのではないか?」
 こちらを見下ろすヴァルターに、私は一番の疑問を率直にぶつけてみる。すると彼は、
困ったように頭を掻いて視線を反らした。
「まぁ、最初にお前と会った時には、そんな裏事情は知らなかったワケだ。その後で知った
時には確かにふざけんなって……思ったわな」
「ならば…………」
「だがな、俺は男のお前なんてのは知らなかったワケだ。俺にとっては会った時からお前は
女だったし、ましてや初見で惚れちまった身としては、後でいくらお前の過去の記録やら
何やらを見聞きしようと、俺には“レスティアーナ姫”の姿しか浮かばなかったんだよ」


「それは事実ではない。その事は貴方も理解しているのだろう?」
「会って惚れる前に知ってりゃあ、結果は違ったのかもしれんがね。だが、幸運なのか残念なのか
わからんが、順序は逆だった」
 何かバツが悪いように再び彼がこちらを見下ろす。極めて複雑な気分ではあるが、彼の言う
理由は確かに納得できなくもない。彼は“女”の私しか知らぬから、彼にとっては私は初めから
女以外の何者でもないという事。男であった私が事実として存在しないのだ。
「ま、そういう事だ。納得できたか?」
 軽い口調は多少の照れ隠しの部分があっての事なのだろう。しかし私はその言葉に、彼の主張とは
別の意味を見出した。
「そういう事ならば何も言わない。私という存在は中身のない人形、初見で惚れたというのは
この肉体の器に好意を抱いたという事なのだろう? ならば良い。中身にも期待していたのなら、
貴方を絶望させるだけだったろうからな。所詮は……」
 どこか攻撃的な口調で私は再び自棄の言葉を呪詛のように吐く。いや、自棄とは言うが半分は
彼をも皮肉ったものである事を頭のどこかで理解していた。だが、言葉は止まらない。
どこか甘くなりかけた空気を再び凍り付かせた私に、彼は目を細める。
 そして彼の言葉が私の語りを遮った。
「だがそいつは理由の一つでしかない。本命は別だ」
 先ほどの多少はぐらかすような口調と違い、今度は明かに真剣な口調でこちらを見る。
「それは、何だ?」
「そいつを今から……教えてやる!」
 私の問いに答えるが早いか、突然ヴァルターはベットに横たわる私の上に覆い被さった。



ヴァルターはすぐさま私の唇を塞ぐ。突然の行為に抗う事もできず、彼の舌が私の口内を蹂躙する。
「んんんっ!……んんっ―――ッ!!」
 咄嗟に顔を背けようとするも、ヴァルターは私の上に圧し掛かったまましっかりと私を押さえ
つけているので、まったく身動きができない。そしてそんな私の慌て振りを尻目に、彼の唇は
何度も私の唇を吸い上げ、その舌がこちらの舌に複雑に絡ませられる。
――――こんなっ……いや……だ……やめてくれっ!!
 口に出せず心で叫ぶ声など、当然聞いてもらえるはずもない。そしてそれを見越したかのように
彼は乱暴に舌を絡めてきた。そんな成すがままの一方的な接吻が続くにつれ、何故か少しづつ
抵抗の力が入らなくなってくる。そんな自分を必死に奮い立たせようとするが、今度は肝心の
思考が曖昧なものになっていく。
――――な、なぜ、こんな…………
 そんな意思が少しずつ削がれていく感覚に私の心が恐怖を覚えた頃に、それはようやく終わった。
「い、いきなり何をする!!」
 口が自由になり、薄れた思考が戻ってきた途端、私は思わずヴァルターに怒鳴り散らした。
しかし彼はそんな私を見て苦笑する。
「たかがこの程度で抗議か? それで中身が無い人形たぁ笑わせる」
「あっ!…………う、うるさい!」
 明かに予想の範疇で用意してあったであろう彼の言葉に、私は思わず再抗議しかけ、そこで言葉を
止める。反論すれば彼の思うツボだからだ。無言になった私を見て、彼が笑う。
「“期待できない中身”は黙っていてもらおうか。残念だがお前がそう言った以上、とりあえず
何を言おうと止めてやらん。当然それで良いんだろう?」
「あ、当たり前だ……」
 私の返答にヴァルターはにやっと笑うと、今度は首筋に顔を埋める。そしてその舌先を静かに
肩から胸元に向けて走らせ始めた。
 途端に体がぞくっっと疼く。ただ肌を舐められているだけなのに、信じられないくらいそれが
敏感に伝わってくるのだ。かすかに荒くなる息を吐きながら、私は全身が少し熱を帯びている事に
ようやく気が付いた


――――さっきの……キスで……?
 咄嗟に浮かんだ考えを、私は目をつぶって否定する。これではまるで、先ほどの彼の行為に
何かの感情を覚えたと認めているようなものだ。だが、目をつぶってしまった事が、さらに深みへの
落とし穴となった。
「んっ…………ふ……あぁっ!」
 突然脇から胸のあたりにぞわぞわっとした感覚を覚え、不覚にも恥かしい声を上げてしまう。
それは彼が私を撫でまわしている感覚。目を閉じてしまった事で、より敏感にその刺激を感じて
しまったのだ。
 舌が、首筋からふくよかな胸のラインをなぞるように描く。
 左の手が、脇から腰にかけてのくびれたラインを優しく刺激する。
 右の手が、腹からなで上げるように胸下までのラインをなぞり、胸の双球をせり上げるように押す。
 それは女しか持ち得ない、流れるような体の輪郭を強調するような動き。そして何より、
それを自分が持っている事を否応なく意識させられる動きだった。
 あの日から、もはや自分のものではないと思っていたこの体。心がこんな体になった事を
認めてはいなかった。だが、今むりやり与えられているこの感覚は、そんな彼をあざ笑うかのように
女を私の心に擦り付ける。“この体は、お前の体なのだ”と。
 女の体に心が犯されるような恐怖を覚え、目を開き私を弄ぶヴァルターを見る。
すると鎖骨のあたりに舌を這わせていた彼は、私の視線に気が付くと悪戯じみた笑みを返した。
――――くッ! わかっててこんな事を。
 まるでこちらの心を見透かしたかのような彼の態度に怒りを覚えつつも、こちらからは何も
言い返す事ができない。無論それも彼の計算の内なのだろう。そしてそんなこちらの狼狽をよそに、
彼はそれまで手をつけなかった胸の頂の頂点に舌を這わせた。
 「んあっ!……んんんんっ!!」
 ヴァルターの両手が胸の双球をせり上げるように撫で上げ、その舌が頂を舐め上げる。途端に
漏れた声を、私は両手で口を塞いで押えた。だが、執拗に動く彼の手や舌は止まらない。
次第に強くなる刺激を、私は口を押えたまま首を振って無理矢理押し止めた。


――――こ、こんなもの、ただ体を触られているだけだ!
 心で自身を叱咤し、何事もないように振る舞おうとする。だが「ただそれだけの事」が
体に火がついたかのように熱く火照らせ、なによりその刺激が私自身の体から発せられているという
事実は押え込みようがない。
 揉まれ舐められるたびに、それが“自分の胸”として心に焼き込まれていくような感覚を、
私は必死に否定する。だが、すでに記憶にしか根拠のない古き感覚は、容赦なく新たな感覚の前に
蹂躙されていくしかない。だから声を上げず、その感覚を受け入れないという事が、この体が
本当の自分ではないという意思の最後の砦だった。
――――いや……だ。声だけは…………上げるものか!
 容赦なく襲いかかるその“感覚”を、意思の強さで押え付ける。しかし余計な事を考えると、
そこからすぐに崩れそうになってしまう。だから私は声を押える事だけを考え、そのヴァルターの
行為が終わるのを、ただひたすら待ち続けた。
 それかどれほどの時が過ぎたか、根負けした彼はようやく私の胸から顔を上げた。
「お前さんも、随分と強情だな」
「うる……さい……そんなことは…………」
「もう息絶えだえじゃねぇか。体だって、ほらな?」
 そう言うと彼は、私の腹から足までを撫で上げる。
「きゃうっ、んんっ!!」
 途端に襲いかかる“ぬめり”とした感覚に私は思わず声を上げ、そしてあわてて口を押えた。
「こんなに体中汗まみれになるまでがんばらなくても、なぁ? 声出さなくても、どうなってた
んだがバレバレだぜ?」
 彼に言われ、私はようやく自分の状態に気が付く。いつのまにか私は体中を汗で濡らせていたのだ。
だが息が苦しくまともに反論する元気もない。私は天井を見上げ荒い呼吸を繰り返した。
 その時、不意に両手首を捕まれる。次いで内股に何かが当たるような感じ。さすがにこれには
私も顔を上げ、視線を向けざる得なかった。だが、その無意識に向けた視線の先で行われていた事に
パニックを起こしかける


 ヴァルターが私の両手を掴んで、さらには抱えるようにした両腿の間に頭を挟んでいたのだ。
「いつまで強情張ってられるか、まあがんばれ」
「ま、待てヴァルター!!」
 咄嗟に体を動かして逃れようとするが、両腕を押えられたこの姿勢ではどうにもならない。そして
次の瞬間、秘部にざらりとした感覚が襲いかかった。
「ひゃううぅっ!! やっ……ああああっ!!」
 彼の舌が肉芽を撫でたのだ。咄嗟に手で口を押えようとしたが、今度は両手首を捕まれているため
それができず、虚しく手をびくんと跳ねさせただけ。その刺激に無理矢理引き出された驚きの声と
嬌声の混じった喘ぎを止める事ができなかった。そして両足は肩で押え付けられるようにされた上、
股に顔を埋められているため、いくら暴れても彼を押しのける事はできない。
 もはや一切の反抗の手段がない状況。顎に力を入れて、なんとか口だけでも開けぬように努力する。
歯をガチガチと鳴らしながら必死に耐えるが、それも僅か3、4度目の舌の感覚の前に、至極
あっけなく陥落してしまう。
「あんっ、ふあっ……ああぅ、いやああああぁっ!」
 あとはもう、されるがままだった。そして体が熱くなるごとに理性が薄れていく。いや、理性の
言う事を体が聞かないのだ。いつのまにか手は拒否するどころか彼の頭を秘部に押し付けるような
形になり、腰はまるで彼を求めるかのように大きくグラインドする。そして私の両手を押え付ける
必要のなくなった彼の両手は、まるで私にそれを意識させるかのように腰、尻から太腿を撫で
まわす。
 そう、彼は明かにそれを意識している。私の体のあらゆるところを刺激し、この体の「女」を
目覚めさせようとしているのだ。彼に撫でられた部分がより熱く火照り、その感覚がより正確な
体のかたちを思い浮かばせる。そしてその感覚が増幅するたび、心に私が女である事が焼き付いて
しまうのだ。このままでは、心すら体に飲み込まれる。
 それに気付いた途端、私はすぐさま彼を払いのけようとした。だが、それはとうに手遅れだった
のである。その手段である自身の肉体はすでに“感覚”に溺れ、心の言う事を聞こうとはしない。


それどころか自身の肉体は、これまでその存在自体を否定してきた心に対しての反撃だとばかりに、
ヴァルターの手先になったかのごとくその“感覚”を心に流し込んでくる。

 “この体はあなたのものよ”

――――ちがう。こんなものは嘘だ!!

 “そしてこの体は紛れも無く女のからだ”

――――それは私のものじゃない! わたしは……!

 “受け入れなさい。あなたは女よ”

――――違う違う違うちが……!!

 「んあああっ! やめっ……これ、以上は……ふあぁぅ!」
 最後の抵抗も、自身の嬌声によって打ち消された。最後に残ったのは、最初に私が抵抗した
その“感覚”、それは女の体から発せられる“快楽”だった。そしてその頂が近い事を
本能的に意識する。
 「いやだ……やああぁっ! 来るな、やめっ……あああああッ! 来るなあぁっ!!」
 もはや理解を超えたその快楽に、心が悲鳴を上げた。全身が燃えるように熱くなり、その
感覚が体中で最後の爆発に向けて荒れ狂う。そんな心の主導権すら奪われる未知の快楽に、
私の中の男が恐怖を覚えたのだ。だが、ヴァルターと、そしてなによりこの体が、容赦なく私の
心を責めたてる。体にすら敵対された心に、もはや勝ち目はない。
 刹那、私はその頂に到達した。
「いやっ……ああああああぁぁ――――ッ!!!」
 びくんっ!っと体を振るわせ、私はからだをのけぞらせて大声で叫ぶ。体の感覚に全てを奪われ、
真っ白な光りで塗り潰された心の中で、私は例え様のない肉の悦びに打ちのめされる。
 この瞬間、私はこの肉体を受けれてしまった。いや、受け入れさせられてしまったのだ。


今までその存在を否定していた女の体での記憶は、この鮮烈な快楽によって抹消不可能な記憶
として心に書き込まれてしまった。だから、もうこの肉体を無視して心を形成する事はできない。
 私はあの禁呪を受けた日より、今初めて自分が女であるという事実を認めたのである。
 荒い息を吐きながら、とてつもない女の快楽の余韻に浸っていると、ヴァルターが私を覗き
込んできた。それもしてやったりという顔で。途端に私は、先ほどまでの状況を思い出した。
「どうだい、今の心境は?」
その言葉には、色々な意味があるのだと思う。だが私はそのこちらの心を見透かしたかのような
笑みが気に食わなかった。何より強がっていた手前、わずかでも状況を受け入れかけた自分を
知られるのはとてつもなく恥かしかったのだ。
「こ、これがどうしたというのだ! そちらが一方的に私を弄っただけであろう!」
「それにしちゃあお前は、途中で俺の愛撫から逃げようとしなかったか? あれは立派な意思表示
だと思うんだがね」
「そ、そんなことは……あ、あれはただ、驚いただけだ! そう、驚いただけで……」
「ふ〜ん、じゃあ、次だな。当然逆らわないんだよな?」
「つ、次…………?」
 突然の彼の要求に、私は疑問を挟む。見ると彼はいつのまにか裸になっていた。私が達し放心
していた最中に脱いだのだろうか。が、次の瞬間私は凍り付く。私が男の頃に持っていたモノ
よりも二周りは大きいであろう股のそれを、私の秘部にぴたりと押し当てたからだ。
 じゅくり、と音がする。皮肉な事に私の体は、心とは裏腹に完全にそれを受け入れる準備を
終えていた。しかしヴァルターは、そこであえて動きを止める。
「さて、どうする? お前が“ごめんなさい、私は人形なんかじゃありません”って詫びるなら、
その後で拒絶の意思表示をするのもアリだぜ?」
 それはあきらかな兆発を含んだ言葉だった。その態度が、一瞬恐怖に震えた私の心を再び
激高させる。ようするに、私の決意をあざ笑い愚弄しようという魂胆か。そう結論付けた私の
言葉は、一つしかなかった。
「勝手に……しろ! このような道具の肉体に欲情を向けたいのだろう?何を反対する必要がある!
モノはモノのように扱ったらどうなのだ?」


 怒りにまかせ乱暴に言葉を吐く。言ってしまってから、心の中で何かが悲鳴を上げたが、
それを強引に黙殺した。だが、それを聞いたヴァルターは怒る事もなく、ただ私の両足を手で
抱え込んだ。
「じゃあ、好きにやらせてもらおう。だが、その前に一つだけ話しておくとしようか」
「……何だ?」
 どうせなら早くしろとばかりに私は彼のもったいつけた言葉に乱暴に答える。そんな私を彼は
いささか表情の読めない複雑な目で見下ろしていた。
「禁呪である性転の法は、本来我が魔族の内で生み出された法だ。こいつは元々他人を欺くため
に生み出されたもので、それ故に禁呪になったワケなんだが……」
「それが……何だと言うんだ?」
 突然の、今までの行為と何の脈絡も感じられない話に私は口を挟む。だが彼はだまって聞けと
ばかりに話を続ける。
「つまり、一方通行じゃダメって事だな。悪巧みに使うんなら元に戻れなきゃ意味がない。
逆に戻せない魔法なら、それはそれで悪巧みに使えるから、やっぱり禁呪になるんだろうがな」
 何か話が微妙な方向に進んできた。それも妙に引っ掛かる方向で。私は咄嗟に彼の言葉から
すぐに思った疑問を口にした。
「まさか……戻れるのか? エリシアは二度と戻れないと言っていたが、嘘なのか!?」
「結論から言ってしまえば戻れる。ま、条件があるんだがな」
「そ、その条件とは?」
 思わず高い声を出して彼に問うてしまう。そう、明かに私の心は期待していた。なにしろすでに
諦めていた事に、ひょんな事から可能性が出てきたからだ。
「条件は、性の交差。つまりヤって中に出したり出されたりすると、二度と戻れない」
「えっ……!?」
 その言葉を聞き、内容を理解しかけた途端、今現在の状況を見て恐怖する。そしてそんな私を
見下ろしていたヴァルターは、途端に意味ありげな笑みを浮かべた。


「これでさようならだ。“レスター王子”」
「ま、待って! やめてくれっ! お願いだか…………あうっ、きゃああああああぁッ!!!」
 懇願は最後まで語られる事はなかった。私が思わず腰を引こうとした刹那、彼のモノが勢いよく
私を貫いたからだ。破瓜の激しい痛みに、私は我を忘れて悲鳴を上げた。
「い、痛い! やめっ……ヴァルターお願いだからやめ……うああぁっ!」
 痛みのため声が声にならない。肩と腰をしっかりと押えられ、決して逃れられぬ姿勢で
彼は自身のモノを容赦なく打ち付けてくる。破瓜の痛みと、望みを立たれる恐怖から私は
プライドもなにもなく泣き叫ぶ。だが、彼の動きは決して止まらない。
「中は……お願いだから中は……きゃあっ! や、やめ……て……くぅっ!!」
「残念だが、モノのように扱えって言ったのはお前だからな。望み通りにしてやるよ!」
 私の言葉を逆手に取り、ヴァルターは行為を止めない。いや、はなから止める気など無かった
のだろう。私は悲鳴を上げながら、彼になすがままにされるしかなかった。
「痛い! 痛いっ! あ、あ、ああっ、ああああ――っ!!やああぁ――っ!!」
 わずかばかりに許された行為は、泣き叫ぶ事と、わずかに自由になる範囲で腰をくねらせ
痛みから少しでも逃れようとする事だけ。しかしそれは逆にヴァルターの被虐欲に火をつける
だけだった。まるで自ら蟻地獄に落ちていくかのごとく、彼の行為を助長してしまう。
「痛がってる割には、ずいぶん締めつけてくるじゃねぇか。 体は俺を受け入れたくてたまらない
ようだぜ?」
「そ……そんなことなっ……あうっ!! そんなっ、さらに激しっ……痛っ、いやだあぁっ!!」
 少しづつ抽挿速度を上げられ、そのたびに体の自由を奪われてゆく。だがそれは痛みだけのせい
ではない。腹の奥底で僅かにくすぶっている痺れるような感覚を生み出す「何か」があり、それが
私の自由を奪っているのだ。
 そしてしばらくの後、一定のリズムを刻んでいた彼の腰の動きが荒く激しくものに変化する。
途端に私は絶望を覚えた。元は男だったからこそ、その意味がわかる。
そう、この絶望の宴の終わりが近いという意味だ。
「さあイくぞ、たっぷり受けとってもらうぜ!」


 彼の太い腕にがっちりと腰を抱きとめられ、今の私の細腕では彼を押しのける事もできない。
それどころか手足は言う事を聞かず、まるでそれをを受け入れるかのように彼の首や腰に
しっかりと絡まってしまう。もはやいかに暴れようとしても逃れる術はないのだ。
 そしてなにより、処女を捨て「女」にされたばかりの私の体は、この破瓜の痛みの中にかかわらず
雄の全てを受けれようと、強く彼のモノを締め上げている有様。
 私にできることはもはや、首を振って髪を振り乱しながら、ただひたすら泣き叫ぶ事だけ。
 そして、自分の中で彼自身がびくんと震えた途端、私は最後の瞬間を意識した。
「やだ……いやだいやだぁ!…………ああぁっ! いやああああああぁぁっ!!!」
 思いきり突き上げられた途端、私の膣(なか)に熱いそれ注ぎ込まれる。「それ」が腹の中を
満たす感覚に、私は雌の悲鳴を上げてベットに崩折れた。




「うっ……あっ……あ……」
 泣いていた。ベットの横に全裸のまま倒れうずくまり、私は嗚咽を漏らして泣いていた。
 行為の後に残されたものは、ただ絶望のみ。男に戻る事だけではなく、全ての心理的な支えを
失った私は、ただ泣く以外の事ができなかったのだ。
 そしてその横には、ヴァルターが困った顔をして座っていた。
「あのよぉ……」
 しばらくして、ヴァルターが言い辛そうに口を開く。
「そりゃあ、ちょっと悪ノリが過ぎたとは思ってる。ちょいと意地悪が過ぎたとも思っちゃいる」
 彼の言葉に私は一切の反応もできない。声を出して泣く以外に何もできない。
 手で顔を覆ってなんとか涙を止めようとしても、どうにもならない。それどころか、かえって
見た目の悲壮感が増しただけだった。
「けどな、俺は一応、自分の嫁を抱いただけのはずなんだがな…………」
「くうぅっ……あ、うあぁ……」
「その、なんというか……何故に俺は今、“出来心で知り合いのお姉さんを思わずレイプするに
及んでしまった善良な青年の心境”のような良心の呵責に苛まれなきゃならんのだ? 
この状況は誰が見ても俺が悪いように見え…………聞いてるか?」
 聞いてはいた。だが、今の私がそれに対してのリアクションを取るのは不可能だった。
そんな私にさすがの彼も痺れを切らしたのか、肩を掴まれ強引に体を起こされてしまった。
「レスティアーナ姫、この際俺をいくら罵ってもかまわんから、とりあえず泣き止め。な?
乱暴な姿勢が気に入らなかったんなら、いくらでも謝るから。だから……な?」
 彼は困ったような顔で私を見ていた。だが、それは決してふざけたものではない。その目は、
確かに私を真剣に心配している目だった。
 だからこそ、私はより悲しくなった。
「違う……そのようなことで泣いているのでは……ない……」
 止まらぬ涙の中、私はなんとか声を出す。
「情けない……のだ。私は国にも父にも、信じていた人にも捨てられ、自分の体や心すら捨て
させられたようなものだ。だからこそ国のための“人形”となったはずだったのに……」


 言ってるそばから涙が溢れる。言葉にするごとに、その事実が刃のように自分に突き立て
られていくような痛みが加わるのだ。
「喘ぎ、罵り、あげくに泣き叫んで拒絶し懇願だ! 何もかもを捨てたと言っておきながら、
私はまだ男に戻る事を期待して、さらなる痴態をさらすなど……私はモノにすらなれてなかった
のだ! これを無様と言わずに何と言うのだと……う、うああぁぁ!」
 そこまで言うのが精一杯だった。溢れる涙を押さえる事ができず、私は再び顔を押さえて泣き
始める。今すぐこの場で命を絶ちたい衝動すら覚えながら、私は嗚咽を漏らし続けた。
 が、ヴァルターはそんな私を見て呆れたように溜息を付くと、唐突に私の頭を小突く。
「でもなぁ、こうしねぇとお前が死んじまうんだから、しょうがねぇだろ?」
 唐突な痛みと、彼のいささか理解に苦しむ言葉が私を少し冷静にさせた。まだ止まらない涙を
押えつつ、顔を上げて彼を見る。
「だからよ、死ぬよりマシだろって言ってんだよ。どんな姿だろうと、生きてりゃいい事もある
ってもんだろ。男に戻っても死ぬだけじゃあ、意味ねぇしなぁ」
「……国が無くなれば、我々も存在しえぬ事は理解している。だが私の悲しみはそのような……」
「だーかーら、そうじゃねぇって。お前の命の事を言ってんだよ」
 話が噛み合わない。その奇妙な状況にさすがに私も涙を浮かべたまま、思わず首を傾げる。
そんな私を見たヴァルターは、何か驚いたような顔を浮かべた。
「お前、まさかそんな事すら聞いてなかったのか?」
「そんな事とは……何だ?」
 私の返答に彼は手を顔にあてて天を仰いだ。明かに信じられないという感じで首を振った後、
再び私の方に向き直る。
「ほんっとに何も聞かされてなかったんだな。お前さんのその悲壮感しかないような態度も、
ようやく納得がいったっつーか……」
「どういう事なのだ、はっきり申せ!」
 彼の煮え切らない態度に、私は思わず怒鳴り返す。先ほどまでの悲壮感はどこへやらという
感じだが、何か私の知らぬ事情を彼が知っているというのなら、聞かぬわけにはいかない。


 睨みをきかせる私にヴァルターはしばし困ったように天井を見上げ、痺れを切らした私が
再び問い詰め様かと思った頃に、ようやく口を開いた。
「お前さ、自分の母親がどんなんだったかは知ってるか?」
「それが何の関係が……」
「いいからとりあえずいくつか答えろ。母親の事はどれだけ知ってる?」
 いささか意図がわからぬ質問だが、どうやら先ほどのこちらの問いと関連があるらしい。
とりあえず私は素直に答えることにした。
「私が幼き頃に死別した事しか知らぬ。肖像画すら無いから、姿すら知らぬが……」
「じゃあ、お前が受けた性転の呪文については?」
「禁呪であるとしか知らぬが」
「では、魔族と人との間に生まれた子に、極めて稀に起こりうる病は……」
「それが何だと?」
「いいから知ってるのか? 知らないのか?」
「……エリシアから学んだ事がある。確か身体にある魔の遺伝子と人の遺伝子が拒絶反応を
起こしてという……」
 そこまで答えて、私は何かとてつもない不安に捕らわれた。今までの話が一本の線で繋がろうと
している。いや、その不安を覚えたという事は、それを予測したという事だ。
 だが、そんなバカなという考えがそれを打ち消けそうとする。しかしヴァルターが次に発した
質問は、その不安をより確定的なものにした。
「その拒絶反応を、女のみが回避する方法があるのを知ってるか?」
「嘘だ!!」
 唐突に叫んだ私にヴァルターは何事かと驚く。そんな彼を尻目に、私は自分の中に浮かんだ
“ありえない話”を、頭を振って必死に打ち消そうとした。
「うそだ……そんなの嘘だ! 母上が……? 私が?」
 無意識のうちに、思っている事がそのまま口に出る。そんな私のが漏らす言葉を聞いて、
ヴァルターもようやく事の次第を納得したらしい。溜息をついて私の肩に手を置いた。


「理解したようだな。たぶんお前さんが思ってる通りだよ」
「そんなバカな! そんな事が信じられるわけ……」
「じゃあ言葉ではっきり言ってやるよ。お前の母親は魔族で、お前は確実にその血を引いている。
そしてお前は不幸にも人魔遺伝子拒絶の病を患い……」
「やめろ! 言うな!!」
 怒鳴り、彼の言葉を止めようとする。何故なら彼が確実に「私の望まない答え」を話すと
確信しているからだ。だが、彼はその言葉を止めはしなかった。
「……そいつを治すには、女にしか受けれない治療法を受けるしかなかった。そう、魔族の男の
精を体に受けるという方法をな」
「嘘だ……嘘だあああぁぁ―――っ!!!」
 私は叫び、ベットの上に突っ伏す。だが、もはや聞いてしまったそれを否定する術はない。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。だが、彼が嘘を言っているとは思えない。
だが、予想だにしなかった現実を、心が理解できないのだ。それが本当だと言うのなら、
これまでの行為はまったく別の意味を持つ。それは彼の存在自体を根底から揺るがすものだ。
「じゃあ証明してやろうか。証人がいればいいんだろう?」
 その時ヴァルターが唐突に言葉を挟んだ。彼はベット横にある本来は使用人を呼び出すための
魔鈴を弾く。音はしない、だがすぐにこの部屋のドアをノックする音が聞えた。
「いいぜ、入ってくれ」
 ヴァルターの指示で静かにドアが開き、一人部屋に入って来る者がいた。月明かりとベット脇の
魔術光だけの暗い部屋を、ゆっくりベットに近づいてくる。
 そしてその顔が確認できる距離まできた途端、私はその見覚えのある顔に驚いた。
「エリシア……?」
 間違いない。その艶のある栗色の髪と、翡翠のような瞳。そして王に認められた宮廷魔道士
しか着る事の許されぬローブを羽織ったその女性は、間違いなくエリシアだ。私が最も
信頼していた人間の一人であり、そして私に禁呪を施した張本人。


「さすがにお前の親父……義父さんは引っ張ってこれねぇからな。ま、事実関係確認するには
彼女で十分だろ?」
 ちゃかすような口調でヴァルターは説明するが、その態度に怒っているような状況ではない。
あの性転の儀の後、私は裏切られたという怒りから彼女に手を上げ、あらゆる言葉で罵倒した。
それに対し一切の弁明もせず、私の問いかけに一言も言葉を発しなかった彼女。それ以来、
私は彼女の一切を存在なきものとし、話す事も、姿を見せる事すら拒否した。
 だが、あの儀がヴァルターの言う通りの事実を内包していたとするならば、それは完全に誤解に
基いた行為だった事になる。とりあえず私は一番の疑問を素直に問う事にした。
「ヴァルターから聞いた。本当なのかエリシア? 君はその事を知っていたのか?」
 私の言葉に、エリシアは目を伏せたままだった。
「エリシア!」
 もう一度強く名で問う。暫しの沈黙の後に、彼女はようやく口を開く。
「……ヴァルター様の言われた事は本当です。こうするしかレスター様が助かる方法は
無かったのです」
「だったら何故私に真実を伝えなかった! 何故理由を話さなかったのだ!」
「言えばレスター様は、素直に従ったというのですか!!!」
 私の怒りを含んだ言葉を、エリシアがさらなる怒号で打ち消す。見れば彼女の頬には、一筋の
涙がつたっていた。
「幼き頃から魔族を仮想敵とし、次なる王となるべくして育てられてきたレスター様に、自分が
魔の血を引き、親が魔族であった事を受け入れられたのですか!! そして何より、自分の命の
ために王を捨て男を捨て、敵の元に嫁げと言われれば、従えたのですか!! 誇り高きレスター様は、
それならば命を捨てる方を取ると申されたのではないのですか!?」
 そこには私が見た事がないエリシアがいた。聡明で冷静、そして笑顔を絶やさなかった彼女の、
初めて見る感情を爆発させた姿。かつての彼女を知る身として、その姿はあまりに痛々しい。
「…………。」


「私はレスター様には生きていて欲しかった。それは国王様……レスター様のお父上とて同じ
なのです。民のため国のためなど、半ばこの手段を取るための言い訳にすぎません。此度の事、
なによりレスター様に生き続けて欲しいから……こそ……」
 そこまでが彼女の心の限界だった。エリシアはそのままその場で崩折れると顔を手で押え、
伝う涙と嗚咽を必死に堪える。私はかける言葉すら見つけられず、呆然とすることしかできな
かった。
「禁呪を使った魔道士は、本来なら死の谷にいる魔獣に生きたまま食われる極刑だ。しかもその
前にあらゆる苦痛を与えるといわれる拷問を受けた上でな。そういうリスクがあった上での
彼女の行為を、レスティアーナ姫はどう思う?」
 ヴァルターが何か嬉しそうに質問してくる。嫌味なやつだ。あの涙を見てなお、私が彼女が
裏切ったなどと言うと思ったのか? 私もそこまで強情でも鈍感でもない。
 私はベットから足を下ろすと、その脇で膝を付いて泣くエリシアをそっと抱きしめた。
「すまなかった。私の至らなさが、あの日からずっと君を苦しめていたんだな」
 彼女の耳元で静かに囁く。その一言にエリシアは私を見上げた後、今度は涙を隠そうともせず
私の胸の中、大声で泣き始めた。
 彼女は私を裏切るどころか、何より私のために自身の命すら賭して苦渋の決断をしたに過ぎない。
彼女の涙は、間違いなく自分が苦しめた結果なのだ。そう思うと自分の愚かしさに怒りすら覚える。
「ありがとう、エリシア……」
 胸の中で童女のように泣く年上の魔道士の頭を、私はいつくしむように優しく撫でた。


 ようやくエリシアが泣き止み落ち付いた頃、私は自身が何も身に着けていない状態だった事を
今更ながら気が付いた。
 急に恥かしくなった私は何か羽織る物でもないかと視線をめぐらす。その時ふと、ベットの上に
座るヴァルターと目が合った。
「よし、じゃあエリシアにも脱いでもらうか」


 何を思ったか、唐突にヴァルターはとんでもない事を口走る。すぐに言葉の内容を認識できずに
硬直しかけたが、それを頭が理解した途端、私は彼の顔面にベットの枕を投げ付けた。
「と、突然何を言う! ふふふざけているのか!!」
 思わず怒鳴り散らすが、彼の顔はいたって真面目だった。無論真面目な顔してふざける輩と
いうのも世の中にはいるが、生憎そんな雰囲気ではない。
「ふざけてなんかいねぇよ。なんなら王の命令として言ってもいいんだぜ」
 その一言に、私も冷静さを取り戻す。公的な命令を持ち出しても良いという以上、理由があって
の指示なのだ。エリシアに視線を向けると、彼女は静かに頷いた。
「わかり……ました」
 エリシアもそれを理解したのだろう。羽織っていたマントの留め金に手をかける。
いささか恥かしそうに服を脱いで行く彼女を余所に、私は呑気にベットの上であぐらをかく
ヴァルターに怪訝な視線を向けた。
「いかな理由か、説明してもらえるのだろうな?」
「そりゃまあ当然だが……ま、とりあえずレスティアーナ姫、ここに座れ」
「だから理由を説明しろ」
「してやるからここに座れって」
 彼は妥協しようとしないので、私は不承ながらベットに上がり彼の前に座る。すると彼は
私の後ろに回り込むと、そのまま私を抱え上げてあぐらをかいた膝の上に座らせたのだ。
「なな、何をする! こんなっ……!」
 突然のことに思わず慌て彼から離れようとするが、背中からしっかりと抱きかかえられ
逃れる事はできない。体の密着感、そしてなにより尻のあたりにある彼自身の固い怒張が当たる
感覚に、体が一気に熱を帯びる。
 そして彼の手が、背中から胸と股に延びた。
「ば、ばかっ! 説明をするのでは……あんっ!! や、やめっ……あうっ!」
 ヴァルターの手を掴んでそれを止めさせようとするが、彼の手は止まらない。リズムよく
胸を揉み上げ、慣れた手つきで秘部を撫でる。


「説明はしてやる。だけど準備も一緒にした方がてっとり早いだろ?」
「じゅ、準備って何の……」
「だからそいつを説明してやるって。とりあえずレスティアーナ、お前の体についてだが……」
 ヴァルターの手が蛇のように体を撫で回す。触られ、肌を刺激されるたびに息が荒くなる。
「性転の禁呪ってのは案外と不安定でな。変身するこたぁできるんだが、しばらくの間は
変身した側の霊的な性のエネルギーが足りなくなっちまう。ま、魂のレベルで肉体について行け
ないんだろうな」
「あぅん……それが……何の……ふあっ!! かんけ……いが……きゃあぁん!」
 後ろから耳たぶを噛まれ、思わず叫びびくんと仰け反ってしまう。
「だからしばらくは転換した性と同姓の者とも体を合わせた方が、霊的な安定において無難
なんだそうだ。まあそんな役目なら、家臣に適任者はいくらでもいるんだが」
「そ、それって……んんっ!」
「レスティアーナも、どうせなら知らない人間に弄ばれるよりは、知った人間に抱かれる方が
いいだろう? そういう事だ」
「そんな……こと……」
「じゃあ赤の他人の方がいいか? それに彼女も、嫌ではないみたいだぜ?」
「え…………?」
 ヴァルターが手を止め、私の視線を促す。その視線の先、すぐ目の前にはすでに服を脱ぎ捨て
頬を赤く染めてこちらを見るエリシアの姿があった。
「わたしにレスター様と肌を重ねろと、ヴァルター様はそうおっしゃるのですか?」
「”レスティアーナ”とな。お前にとっても悪い話じゃないんじゃないのか?」
 エリシアの問いにヴァルターは意味ありげな笑みを浮かべて答えると、そのまま私の後ろから離れ
ベット脇にある椅子に足を組んで座った。
「嫌なら無理強いはしねぇぜ。代わりの者にやらせるだけだ」
 何か嬉しそうに話すヴァルターとは対照的に、エリシアは無言でその言葉を聞いていた。
そしてしばらくの沈黙の後、彼女はベットに静かに膝を乗せる。


「え、エリシア? まさか……」
「レスター……いえ、レスティアーナ様、失礼いたします」
 明かに決意を決めた顔で、彼女は私を覗き込んでくる。そしてその手が私の頭に回され、
その顔が静かに近づいてきた時、私は彼女の意思を悟った。



「ま、待てエリシ……んんっ! んん――――っ!!」
 制止の言葉は重ねられた彼女の唇に封じ込められる。顔を引いて接吻を解こうとするも、
エリシアがしっかりと私を抱き込んでいたためバランスを崩し、そのまま後ろに倒れてしまう。
うつ伏せに組み敷かれた状態では、私は彼女に成すがまま唇を許すしかなかった。
「おーおー! 随分と情熱的だねぇ」
 外野でヴァルターが茶化すが、こっちはそれどころじゃない。あのお堅いエリシアが、
私を組み伏して人前で唇を重ねているのだ。正直いって信じられなかった。いつくしむように、
そして全てを味わうかのように続く濃厚な接吻。ヴァルターのような慣れた感じが無い分、
それが余計に淫靡なものに感じる。
 先ほどヴァルターに多少弄られたせいもあるだろうが、エリシアがようやくその唇を解放して
くれた頃には、私の体はすっかり熱く火照ってしまっていた。
「レスティアーナ様……わたしを……感じて下さいますか……」
「……エリ……シア?」
「決して表に出す事が適わぬ想いであると、心の奥底に封じ込めておりました。それなのに
思わぬ形でとはいえ、貴方様と肌を重ね合える日が来ようとは……。ですから今宵は……」
 私を見下ろすエリシアの目は、うっすらと潤みを帯び、それでなお真剣であった。故に私は
何も言葉を返す事ができない。
「……私の想い、お受け取りいただけますか」
 拒絶を許さぬ強い口調で宣言した後、彼女の口が再び私の口を塞いだ。その刹那、私の体は
びくりと跳ね上がる。いつのまにか彼女の右手が私の秘部の一番敏感なところに延びていたのだ。
思わず足を閉じようとするも、片足を彼女の両腿で挟まれておりそれも適わない。左手は私の
背中に伸びてこの身体をしっかりと抱きとめ、互いの腹を擦り付けるように動く。
 二人の胸の豊かな双球は、互いを押し潰すように擦り付け合い、痺れるような感覚を生む。
 そして互いを繋ぐ唇は、動きに合わせて吸い付き、離れながらぴちゃぴちゃと淫靡な音を立てて
唾が互いの唇を繋いでは切れる。そのたびに再び舌が絡み、唇が私を貪り尽くす。


 それは獣が本能に従ったかのような、乱暴で情熱的な愛撫だった。適うはずなき想いの発露が、
彼女から理性を奪い欲望に狩りたてているのだろうか? ともかくそのエネルギーが、全て私への
奉仕のために向けられているのだ。ようやく女の身体を意識し、処女を失ったばかりの雌に
その刺激はあまりに強過ぎた。
「んあぁッ! そん……な、乱暴にっ……んんぅ、あ、あ、ああああぁっ!!」
 体の中で快楽が荒れ狂っている。ヴァルターにされた時にも味わった、頭の上から指の先まで
快楽が染み込んでゆくような、男とは明かに異なる快楽が身体を蹂躙し始める。
 そして何よりエリシアの指は、恐ろしいまで的確に私の悦びの急所を探り当て、確実にそこを
刺激してくる。同姓ならではこそ可能な技巧か、その動きにまったく無駄がない。
 対して私はといえば、僅かな抵抗を試みることすらできなかった。熱く火照った体はまったく
言う事をきかず、エリシアの指を求めるかのように腰をうねらせる。もはや私の体の主導権は
完全に彼女のものだった。
――――つまり、私は彼女に……抱かれている?
 それを意識した途端、身体がびくんっ!と跳ね、お腹の中の「何か」がきゅっと震えるような
感覚を覚える。まるで「される側の快楽」を心が受け入れたのを、身体が歓喜しているかのように。
「エ、エリシアぁ! だめっ……んっ……そ、それ以上は……」
 エリシアの指が私の中に入り込もうとした時、私は制止の声を上げた。もはや処女ではない
とはいえ、まだそこは純潔を失って幾許も経ってはいないのだ。
 エリシアは刷り上げるようにそこを撫で、指を顔の前に持ってくる。その指は白い快楽の雫と
ともに、私が純潔であった証である紅い血が混じっていた。その指を彼女は私に見せ付けるように
愛しげに舐める。その光景に私は、彼女にまで処女を奪われたかのような錯覚を覚えた。
 そして彼女の涎で満たされた指は、再び私の体をなぞるように降りてゆく。だが今度は私が
制止する間も与えないかのように、彼女の指はいきなり私の中に差し込まれた。
「んああっ!!」
 奥深くまで差し込まれた指から、じんじんとした感覚が身体中に響く。なんとか声を押える
私を余所に、エリシアはその指を膣の内側をなぞるようにゆっくりと抜き出そうとしていた。


「んっ……あっ…………ん…………」
 じわり、じわりと何かを確かめるかのように彼女はゆっくりと指を引きにかかる。その時、
唐突に身体に電気が走るような衝撃があり、びくんっ!と身体が跳ねた。
「あああぁァっ!!」
「ここ、ですね……」
 見つけました、というようにエリシアは呟くと、指を引きぬくのを止めた。そしてその刺激を
もたらした秘部の内側を2、3回ほど確かめるように軽く触れると、突然容赦なくその場所を
責め始めたのである。
「あ、あ、あっ……ふああぁっ! え、エリシアそこっ……なにそこっ! あぁっ! あ、
あ……やああああぁぁ! ダメっ! そこ弄るのダメっ……んああぁう!」
「女にも、特別に感じる部分というのがあるのですよ。城の教育官より夜伽の教育があった時に、
お聞きになった事もあるでしょう? もっともレスティアーナ様としては聞いた事がないのかも
しれませんが……」
 確かに私も将来は一国の主となるよう育てられた以上、そのような講義を受けた事はある。
王たるもの、抱くのは自身の伴侶だけとは限らないし、その場合には相手を満足させる必要だって
あるからだ。だがそれはあくまで「抱く側の視点」での話である。いかな運命の悪戯か、
今私はその実戦を、受ける側の立場で与えられているのだ。
「だ、ダメだ……エリシアっ!! 来るっ……あっ……またっ! やめてくれっ、い、イかせ
ないで……あああぁん! あ、あ、あ、ああああぁっ!!」
 そして私は受ける側として、それを防ぐ技術を持ち合わせてはいない。皮肉な事に責める側の
知識だけを持ち合わせているがため、逆に彼女からの責めが回避不可能であるという錯覚に捕らわれ
てしまいそうになる。いや、現実に今の私にはこの状況から逃れる術はないのだ。
 そしてエリシアは、確実に私を「満足」させようとしている。
「ご遠慮なさらず……おイき……下さい。んっ……さあっ……」
「やめっ……イく……見るな! 見ないで……いやあっ! あああぁっ!」


「だめですよ。レスターさ……レスティアーナ様のイくお顔を……んっ……しっかりと
見てて差し上げますから……」
 恥かしさで赤く染まった私の顔を、エリシアは互いの息を感じるぐらいの距離で見下ろす。
そして彼女が力強く私の「特別に感じる場所」を刺激した刹那、私は人として一番無防備な顔を
彼女に晒す事になった。
「やっ、ダメっ……だめっ……あ、あああああぁぁァ――ッ!!!」
 きゅきゅきゅっと秘部が収縮する感覚とともに、私は悦びの声を上げる。しばし身体を反らせて
びくん、びくんっ! っと震えた後、身体の主導権が戻ってくるような感覚とともに、静かに
ベットに崩れ落ちた。
 より抱かれる事を意識させられた二回目の絶頂は、意識がなくなりそうなほどの悦びを身体に
与え、その快楽はなかなか冷めようとはしない。波が引くように落ち付く男の絶頂とは違い、
女の体は求める姿勢をなかなか解こうとはしないのだ。
 そんな慣れぬ女の絶頂の余韻に荒い息を吐いていると、エリシアが軽く唇を合わせた後、
こちらを見下ろして微笑んだ。
「レスティアーナ様のイくお姿、可愛ゆうございましたよ」
「え……エリシアっ!!」
 エリシアの言葉に、私は顔を真っ赤にして怒鳴った。
 そうだった。私はエリシアに全てを見られ、彼女によって悦びの頂に導かれたのだ。幼馴染で
あり、姉のような人であり、部下でもあった彼女との思いもしなかった形での奇妙な情事。
顔から火が出そうになるほどの恥かしさに捕らわれ、私はぷいと顔を背ける。すると彼女の唇が
そっと、私の頬に触れた。
「ずっとお慕いしておりました。そしてこれからも……」
 そっと耳元に囁きかけるような、優しい言葉だった。それはあの日、性転の儀が行われた日に
失ったと思っていたもの。そう、彼女の気持ちはあの日から何も変わってはいなかったのだ。
 何か言葉を返そうと、静かに身体を起こす。が、唐突に地面が大きく揺れ、何かがベットの上に
何かが飛び込んできた。


「よし、3人! 今度は3人でな!!」
 甘い空気をぶち壊す唐突な大声。無論それはヴァルターだ。見ればいささか興奮ぎみで、
なにより「彼自身」がおそろしいまでに自己主張していた。
「……ヴァルター、元・男として気持ちはわかるが、もう少し待てなかったのか? ヤボは夜伽で
最大の禁忌だぞ」
「馬鹿野郎、据え膳食わねぇ方が男としては失格だろうが! つーか、これでも途中で手を出す
のを必死で押えてたんだから、感謝しやがれ」
 それはそれは嬉しそうに話すヴァルターを見て、私は深い溜息をついた。どうやらこの男に、
ムードとか雰囲気とか、そういうものを求める事は不可能らしい。
「しかしヴァルター様、それではレスティアーナ様の性霊の安定が取れないのではないのですか?
霊的な力の交換というものは……」
「ああ、あんなもん嘘に決まってんだろうが」
 ヴァルターのそっけない一言に、私とエリシアは凍り付いた。
「単に自分の嫁さんが喘ぐのを客観的に見たいと思っただけだって。レズってのは見モノとしては
楽しいしな。だがダメだ、やっぱ自分で犯った方が俺の性分に合ってるみてぇだ」
 一人納得したように頷くヴァルター。こちらは呆れてモノも言えない。王の命令を出すというのは
普通は冗談で言うような事ではないのだ。まして先ほどの真剣な顔……つまりヴァルターは、私の
言った「ああいう顔して平気で冗談を言える稀有な人間」だったわけだ。
 なにか恐ろしいまでの脱力感が体を襲う。すると彼は、その顔をエリシアに向けた。
「あとな、エリシア、お前だ」
「わ、私ですか?」
「お前どうせ“レスター”の事が好きだったんだろう? どうせもう女同士なら浮気にもならんし
という俺様の暖かい好意だったわけだ。いやー、しかし激しかったな。普通女同士にレズれって
命令しても、そういう性癖や経験無い場合は全然ダメなんだが。こりゃもうよっぽど溜め込んで
たのか? 性別なんか関係あるかって感じで、もう真性レズビアンもかくやというか……」


 ヴァルターの言葉にエリシアは顔を真っ赤にしてうつむく。確かにアレは、まるで容赦が
なかったが……。
 が、そんな事を考えていた私の目の前で、にやにやと笑ったヴァルターがエリシアを小突き、
そしてその視線を二人同時に私の方に向けた。
――――まさか……
「”レスティ”には今宵のうちに、せめて痛がらないぐらいまでにはなってもらわんと、俺の
楽しみがない。やっぱ愛ある夫婦生活の基本は、互いに楽しめてでこそだろ」
「お手伝い……させていただきます」
 二人の言葉は、私の嫌な予感を肯定していた。思わず後ずさろうとするも、左右から二人に
両手を掴まれる。
「ま、待て二人とも! いくらなんでも初夜から二人がかりなんて……」
「おや、”お人形さん”はまだ反抗するかい?」
「……ヴァルター、さすがに怒るぞ」
 この後におよんでまだそんな事を言う彼を睨みつける。だが彼は笑ったまま動じない。
「なら、お前は誰だ? お前は何故ここにいるんだい?」
 ニヤニヤした顔で、そしてどこか嬉しそうに問うてくる。思わず彼の望まぬ答えを口にして
やろうかとも考えたが、さすがにそれも野暮だ。
――――覚悟を、決めるべきか
 それはあの日から頑なに否定しきてたもの。なにより言葉にすることで全てが消えそうで
恐かったもの。
 だが今宵、ようやく「この私」を受け入れることができそうだ。だからこそ、言葉にしよう。
 私は軽く目を閉じたあと、静かに顔を上げた。
「私はレスティアーナ。貴方の妻であり、この国の王妃だ…………これで満足か?」
「……上等」
 ヴァルターが満足げに、そして心底嬉しそうに笑う。そしてエリシアも、静かに微笑み
頷いた。


 なにか奇妙なまでにすがすがしい開放感があった。あの日より私を縛り付けていたもの。
おそらくそれが先ほどの言葉で解き放たれたのだろう。
 私は二人に自然に微笑み返した。あの日以来、ようやく笑顔というものを思い出した気がする。
そう、私はようやく人形ではなくなったのだ。
 ようやく戦いを終えたような余韻に浸りながら、私の意識は静かに薄れ……

……なかった。ふと思い出す両腕を掴まれている感覚。目を上げればヴァルターとエリシアが、
心底嬉しそうにこちらを見ていた。
「さてレスティ、覚悟もできたこったし、日が昇るまでは寝かせねぇぜ」
「レスティアーナ様、ヴァルター様の命令ですのでご容赦下さい」
言うが早いか、エリシアが私を後ろから抱きとめ私の自由を奪い、そしてヴァルターは私の
上に覆い被さってくる。
「ふ、二人とも! こういう時は素直に寝かせてくれるものだろう!? 冗談が過ぎる……」
「夫の冗談に付き合うのもまた一興だろ。それに俺は、全然冗談のつもりは無いぜ?」
「ご命令ですので」
「え、エリシア! それにしては随分と嬉しそうじゃないか!」
「そんな事はありませよ。さ、レスティアーナ様……」
「や、やめっ……ふあっ! ま、まてエリシア! う、後ろは……はああぁん!!」
「さあ、夜はまだまだ長いからな。レスティ、たっぷり悦ばせてやるぜ」
「だめっ……やああぁっ!! いきなり入れなっ……い、痛っ! まだ二回目なんだから
優しくしっ……あああああぁ―――ッ!!」
 二人の容赦ない責めが始まると、私はもうなすがままにされるしかなかった。そしてこの
宴は、本当に冗談ではなく日が昇るまで止まる事はなかったのである。


 あれから一月、併合された両国はなんとかその混乱期を脱し、甲虫族との戦線もなんとか
海岸近くまで押し戻す事に成功した頃、私の病もようやく完治した。もっとも私自身には
多少病弱であるという程度の自覚しかなかったので、鬱陶しい風邪を引く事が少なくなった
ぐらいの感覚しかないのではあるが。


 だが、私の病気の完治を泣いて喜ぶ父に対し、家臣のいる前で股間を蹴り上げてのたうち
まわらせた時は、さすがにエリシアに怒られた。ヴァルターは腹をかかえて笑っていたが。
親の心・子知らずとはいうが、今回のことはさすがに隠し事が多すぎだ。だからそれぐらい
で「娘」の怒りが収まるのは安いものだと納得してもらおう。
 国はまだ戦乱にあるとはいえ、かつてより遙に平穏な日々……しかし私は、最近になって
再び悩みを抱えてしまった。それは……

「やっぱり最初は男が良いな、レスティアーナよ」
「親父! 俺の嫁なんだから親父が注文付けんじゃねぇよ! 俺は絶対最初は女の子がいいと
決めてんだからな!」
「あらあらヴァルター、そんな事、貴方が決める事ではなくってよ。ま、義母としてはどっち
でもいいから、早く孫の顔が見たいものね」
「実の父としては、双子で両方というのが一番嬉しいのだが……」

 ……これである。みんな好き勝手な事を言っているが、考えてみれば王家の嫁として
「それ」を期待されるのは当然の事だった。
 正直な気持ちとして、今だ実感どころか想像すらできぬ事だ。これは今だに私が女になり
切れていないという事なのだろうか? だが、あの夜から私は毎晩ほぼ欠かさずヴァルター
の寵愛を体に注がれてしまっている。それも一晩に3、4回は当たり前のように。
 おそらく愛の女神の慈愛が景品となったルーレットが当たるも時間の問題だろう。
それを思うと少々憂鬱ではあるが……
「レスティは俺のモノだ! 親父達の好き勝手にはさせん!」
 と、いきなりヴァルターが私を座っていた椅子から抱き上げたかと思うと、脱兎のごとく
部屋から飛び出した。開け放たれた部屋のドアの向うから、義父達の叫びが聞こえる。
「おっしゃあああぁぁっ!! よしレスティ、ウダウダ言う親父達から先手を取るために、
とっとと作っちまおうぜ! 今日もこのまま…………ぐはあぁっ!!!」


「何が『今日もこのまま』か! この万年性欲満点男!」
 私の怒号とともに、ヴァルターは口から泡を吹いて気絶した。私の放った鳩尾に肘、顎に拳、
股間に膝の三段コンボが決まったからだ。
「そういうことはまず雰囲気を大切にしろと何度……おい、聞いておるのか!!」
 私は彼の肩を揺すって怒鳴るが、当然ながら聞いてるわけがない。追撃加えて叩き起こそうかと
も思ったが、このまま寝かせておく方が面倒がないのでやめた。
 なにか数日に一度はこういうやり取りがあるような気がする。私は情けない姿で廊下につっぷし
ているヴァルターを見ながら、そんな彼の「暴走」を思い出し頭を抱える。
「愛しては……くれてるのだろうがなぁ。もうちょっと節度を持てんのかコイツは……」
 何か複雑な気分。私は疲れたように溜息をついた。
「ふふっ、またですか?」
 唐突に横から笑いが漏れる。いつのまにかエリシアが私の横に立っていた。
「『また』って……まあ確かにそうか。それを一番見てるのはエリシアだもんなぁ」
 反論しようとしたが、一瞬だけ考え素直に諦めた。なにせ事実なのだし……。
ましてそれを横から見てて、あげくに彼との行為を毎日のように「手伝う」彼女に隠したり、
隠せたりするような事ではない。再び呆れたように溜息をついた私に、エリシアは優しく
微笑みかけた。
「レスティアーナ様はどうなのですか?」
「わ、私……?」
 唐突な問いに思わず声が裏返る。
「はい。レスティアーナ様は、いかがお考えなのですか? 愛の女神の慈愛を受けたいのか、
受けたくないのか。受けたいとするならば、どちらなのですか?」
 姉のような、そして母のような暖かさを持った笑顔で彼女は私に聞いてくる。
それは堅い宮廷魔道士である彼女が、私にだけ見せる顔。
――――ずるい。この悪意なき笑顔に、私が逆らえないのを彼女は知っているのだ。


「そ、そのようなこと……言える……わけ……」
「他言しませんよ。お気持ちを知りたいだけです」
「…………。」
 無言で睨んで彼女を牽制するが、まったく怯む様子もない。しばらく黙っていたが、結局
根負したのは私だった。まったく諦める様子がない彼女に対し軽く溜息をついた後、彼女を
引き寄せそっと耳打ちした。後で聞いたところによると、この時の私の顔はこれ以上ないという
ぐらい赤かったそうだ。
「…………と思ってる。ほ、本当に誰にもいうなよ? 約束だぞ?」
「はい、約束です」
 私の言葉を聞いて、彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。それはおそらく、私の言葉が彼女を
満足させたからなのだろう。話したという事実がではなく、話した「内容」がである。
「早く、見てみたいものですね」
「だ、だからそういう事も言うな! 誰かに聞かれたら……その……まずいだろう?」
「ふふっ、了解いたしました」
 慌てる私に、エリシアは軽く笑い答えた。そして二人静かに廊下を後にする。

 ところがこの話、この場で気絶していたと思われていた、地面に寝そべる男がしっかりと聞き耳を
立てていた。その日のうちに二人の父と義母の耳にも入り、あげくに噂は城の家臣達から、数日で
城下町の民の隅々まで届いたという。
 その時のレスティアーナ王妃の怒りたるや、今でも城内で伝説となっている。新王ヴァルターが
生き延びたのは、当時を知る者であれば奇跡と呼ぶに相応しいとか。
 
 そして1年後、噂ではレスティアーナは自身の望む通りのカタチで、愛の女神の慈愛を受け取った
という。

(完)
×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。

管理人/副管理人のみ編集できます