『ひとりぼっちになっちまったな、堀田?』
顔にシニカルな笑みを貼り付けたままバーの奥のカウンターに座り込んでいる堀田を見据
える健さん。顔は笑っているものの目は怒りの炎に満ちている。ちなみにカウンターには
さっき健さんがブッ飛ばした男が2人ほど尻を高くあげた間抜けな格好で倒れ込んでい
る。
『なにもんだてめえ…?』
堀田は凶悪極まりない、まるで狂犬病にかかった犬のような表情で健さんに吼える。
こちらもどうやらかなりご立腹のようだ。違うところは顔がまるで笑っていないところだ
ろう。
『人間にお前は人間か?って問いかける馬鹿はいねえだろ?犬にお前は犬か?って問いか
ける馬鹿もいねえだろう?犬は喋らねえしな。
強いてお前の問いに答えてやるとすれば、俺は俺、須々木健だ。文句あるか?』
『そんなこと訊いてんじゃねえ!』
サングラスを捨て怒鳴る堀田。目が怒りに血走っている。
『俺はお前みたいな悪党を倒すために異次元世界からはるばるやって来た光の戦士ってと
こだ。
宇宙刑事ウルトラミラーヤッターセーラー勇者王仮面V3とでも呼んでくれ』
ちょ、健さん…それいろいろ混じってる。セーラーは駄目でしょうセーラーは…
『てめえ…人のこと舐めるのもいいかげんにしやがれ…っ!』
『舐める?舐めたら汚いだろ。お前みたいなのは舐めたくないね、食中毒になりそうだ』
小学生かよ。こんな男を目の前にしてここまでボケるとは流石健さんだな。
つうか健さんやけに性格変わってないか…もっと物静かというか寡黙な人だったのに…
母さんの影響かな…?
『…ま、つまりはお前んとこの組長から依頼受けたんだよ。
「うちの組の下っ端に女クスリ漬けにして体売らして小遣い稼ぎしているクズがいるらし
い。すまないがワシのところに連れてきてもらってはくれないだろうか」ってな。
向こうさん今いろいろと忙しいらしくて、お前にかまっている暇はないが、かと言って放
って置くわけにもいかないってので俺に依頼がきたわけだ。
最初はもう少し穏便に、出来るだけ荒立てずに事を済ますつもりだったが、
俺の友達に手を出したとなると話は別だ。腕の1本や2本で済ますつもりはさらさらねえ』
穏便に事を荒立てずに、ってのは嘘だろう。健さんがそんな悪人を無傷で捕まえたりする
わけがない。



『…と、言っても別に殺しはしないから安心しな。
悪党ってのは生かしておいて、傷が治ったらもう1度ブチのめす。
そしたら1人で最高3回は楽しめるからな。学習能力のない野郎は4回目になっても更正
する気がねえから、その時は正当防衛に見せかけて速やかにブチ殺してやるのが基本だ』
心底嬉しそうな口調で語る健さん。健さん…恐い人ッ!
すごい理論だ。世界の平和と自分の趣味をミックスした理論だな。
仏の顔も三度までってこと…いや、すでに一度目から仏じゃないけど。
『あのクソオヤジが…ッ!くだらないことしやがってぇ…!
今時ヤクザがカタギの仕事だけでやっていくなんざ、馬鹿馬鹿しいにも程があんだよ!
何のためにヤクザになったのか分かんねえだろうが!小遣い稼ぎして何が悪い!』
『悪いね。とことん悪い。あそこのオヤジさんはカタギの仕事だけでちゃんと暮らしてい
ってるじゃねえか?ま、だからこそ俺の依頼を受けたんだが。
だいたい自分の楽しみの為だけに罪のない女の子を無理矢理犯すゲス野郎が言ってもまっ
たく全然一片も説得力がない。てめえみたいなのがいるから昔気質のヤクザまで暴力団呼
ばわりされるんだよ』
まったく同意です。翔をこんな恐い目にあわせたゲス野郎が悪くないはずがない。
『黙りやがれクソ女がぁ!!てめえはこれで腹ん中抉りまわした後、死体をバラバラにき
ざんでやらぁ!!』
完全にプッツンしたのか堀田は上着のホルスターからナイフを引き抜いた。
さっきのチンピラが持っていたチャチなバタフライナイフとは違いかなり立派な代物だ。
アーミーナイフ…いや、コンバットナイフってやつだろう。なんの飾りもない無骨なハン
ドルから刃渡り9僂呂△蹐Δという長い刃が突き出ている。
まったく褒める気にはならないが、さすがヤクザというところか素人目に見てもチンピラ
とは明らかに構えからして違う。
『…ったく最近の若いもんはどいつもこいつもすぐに光り物を持ち出すよな。
そんなもんに頼る前にまずは自分の体を少しは信じてやったらどうだ。
人間の体ってのはな、鍛えたら武器に頼らなくても充分強くなるんだよ。武器使った方が
弱くなるくらいにな』
確かにそうかもしれないが、それは人間の限界を明らかに超えた健さんのような超人だか
らこそ初めて言えるセリフだろう。そもそもこいつらには(俺もだが)自分の体をそこま
で強くしようて気もないし、忍耐力もないし、度胸もない。
『くたばれぇぇぇ!!』
そんな言葉をまるで無視して健さんに刃を突き立てようとする堀田。かなりすばやいし正
確に胸を狙っている。ただ今までの経緯からいっても…
『人の話はよく聞いておくもんだぜ』
…そんな程度で健さんをどうにかできるはずもなく…
“ボキボキィ!!”
『ぎゃひぃあああああああああっ!!!』
獣の咆吼の様な悲鳴をあげる堀田。
健さんは流れるように堀田の突きを避け、そのナイフを持った右腕を捻った。
まるでドアノブを回すような気軽さでただ単純に、なんの技巧もなく、なんの工夫もなく
ただ捻っただけだ。
それだけで堀田の腕の骨は音を立てて折れた。ものの見事に堀田の右腕は軽く360度以
上は回転し、それと同時に小気味いい音が響いた。



まるでボロ雑巾のようになった堀田の右腕。それでもナイフを離さないところだけは尊敬
に値するかもしれない。いや、もしかしたら離さないのではなくて離せないのか。
『ひぎぃぃ!てめへぇええ!』
痛みのせいか呂律がうまく回ってない。口からは舌をだらしなく出し、その表情はとても
人間のものとは思えない。
それに対して健さんは涼しげな笑みを浮かべている。
『喋らねえ方がいいぞ。舌噛むからな』
今度は堀田の左手を握る健さん。
『きゃ、男の子と手をつないじゃった♪』
“ベキィ!”
手を握ったまま左足を蹴る。これまた小気味いい音を立てて骨が折れる。
『ぎひぃぃぃッ!!』
体を支える足が折られたんだから普通ならここで倒れるのだが、健さんが左手を強く握っ
たままなので倒れるに倒れられない状態だ。これは逆に辛い。
『おいおい、せっかく手をつないでやったんだからもう少し嬉しそうにしろよ。
まあ、俺がお前の好みじゃねえんだったらしかたねえが、それでも少しは気を利かせるべ
きだろ』
パッっと握った左手を離す健さん。堀田は床に崩れ去る。

『もうこれで勘弁してやるから大人しく俺についてこい。片足でも何とか歩けるだろ』
そう言って背中を向ける健さん。ちょっと…それは無防備なんじゃ…?
『ひ…ひひ、油断してんじゃねーぞクソアマァ!』
案の定、堀田はナイフを左手に持ち替えて健さんの背中に襲いかか…
“ベキ”
『ああ??』
…ろうとしたが何故かナイフを持った瞬間、ナイフの刃がボロボロと崩れさった。
まあ、何故かって言っても理由は1つしかないが。
『ああ、言い忘れてたけど、そのナイフ使えないようにしておいたから…』
いつの間にか健さんは振り返って、呆然としている堀田の前に仁王立ちしていた。
拳をポキポキとならしている。
『ひッ!!』
健さんは右腕をゆっくりゆっくり振り上げる。ギロチンの刃がゆっくりゆっくりと上がっ
ていく。そのギロチンの柱の間に寝かされた堀田にとっては悪夢の様な光景だ。
『…ま、ま、待て!もう勘弁するってさっき…』
『自分を知れ。そんなオイシイ話が……あると思うのか?
お前のような人間に…』
堀田の弁解とは関係なしにギロチンは最上段までつり上がった。あとは落ちるだけだ。
健さんは堀田に向かって極上の笑みを浮かべて…
“グシャアァァ!!”
…ギロチンを振り落とした。



『てへ…やりすぎちった♪』
舌をペロっと出してお茶目に笑う健さん。やりもやったり14人。周りには男たちの無惨
な亡骸(生きてるけど)が転がっている。バーの微妙に薄暗い雰囲気と相まってまるで墓
場のようだ。ちなみに堀田は…その、表現するのも難しい顔になっている。鼻の形は変わ
り、頬を真っ赤に晴れ上がり、目の下には無数のアザが出来ていた。お金のかからない整
形手術は後遺症が激しいな。あまりオススメできない。
…重ね重ね言うが、みんな生きてますよ…たぶん。
『「てへ」とか言わないでください…』
『たまに俺もお茶目したい時があるんだが…やはり似合ってないか…?』
申し訳なさそうに顔を伏せる健さん。似合ってる似合ってないというか…
『いえ、すごく可愛かったです!』
ものすごく、最高に、すばらしく、美しく、綺麗で、これ以上ないくらいに可愛かった。
案外こういう少女みたいな仕草も似合うんだな。さすが絶世の美女。
そこに痺れる!憧れるぅ!
『そうか…いやなに、先生や雪彦の奴にもう少し女性らしい仕草をしたほうがいい、と言
われてな。それで、女性らしい仕草ってのはどんなものなのか今は勉強中なんだ』
なるほどね、たまにはいいこと言うじゃないか母さん。でも俺は今の男らしい健さんも好
きだけどな。それと…
『言うのが遅くなりましたけどありがとうございました。また助けて頂いて…本当に助か
りました。お礼を言っても言い尽くせないくらいです』
『いいってことよ。俺の方も仕事がいっぺんに2つも片づいて助かったからな。
逆にこっちがお礼言いたいくらいだよ』
『そんな、とんでもない。
……それより2つって?』
堀田のことは分かるが、あともう一つはなんのことだろう?それに関しては俺はなにもし
てないと思うけど…
『堀田のこととは別件に、ある女子高生を娘に持つ親御さんから
「娘がレイプされたみたいなんだが、どうしても詳しいことを話してくれない。やった犯
人を見つけてはもらえないだろうか」って依頼を受けてたんだ。
まあ、話たがらないのは当然だろう。おそらく写真を撮られて、「警察に喋ったらバラま
く」とでも言われたんだろうな。最近はインターネットってもんもあるから、ヘタをする
と世界中に自分のあられもない写真を公開されることにもなりかねない。
恐い世の中になったものだ…』
つまり…
『それがこの連中の仕業だった…と?』
『そういうことだな。まさかこっちの一件にも堀田が絡んでるとは思ってもなかったけど
な。やれやれ、ホントにゲスな野郎だよこいつは…』
そう言いながら健さんは気絶している堀田の顔を靴の先でコンとつく。



『ま、そんなことより…』
健さんはシニカルな笑みを浮かべてくいっと俺の横を指さす。何だ?
“がばっ”
『うわっぷ!?』
いきなり翔に抱きつかれた。これはいったいどういう…??
『バカ野郎!あぶねえマネしやがって!』
“ぎゅ”
『いた、いたたたた!』
まだ体の方は全身軋んでるのにそんなに強く抱きつかれたら…あ、でもちょっと胸があた
って気持ちいいかも…って何考えてんですか俺!
『あっ!わ、悪りい…』
俺が痛がってるのに気付いたらしく離れる翔。ふと、見ると顔に涙の筋がいくつも出来て
いた。
『…い、いや大丈夫だ。でもあんま強く抱きつかないでくれ』
『じゃ、じゃあこれくらいでいいか…?』
『あ、ああ…』
そう言うと今度はさっきより優しく俺を抱きしめる翔。
暖かいな。それになんかいい匂いがする。これが女の子の匂いってやつか…
『なんであんな無茶なことしたんだよ…俺がどうなろうがお前には知ったこっちゃないだ
ろうが…』
『そんなわけにはいかないだろ。お前は俺の大事な家族だからな』
『だからって無茶しすぎだ。もっと自分を大事にしやがれバカ!』
『そりゃ自分のことも大事だけど…翔の方がもっと大事だ』
…って何言ってるんだ俺。ちょっと今のセリフはくさすぎるぞ。
こいつはくせぇ!キザ野郎の匂いがプンプンするぜぇ!
こんなこと言ったらまた翔に…
『………バカ』
さっきよりも少し力を入れて俺を抱きしめる翔。
……あれ?
そんな俺たちの様子を見ていた健さんが意地悪な笑みを浮かべている。
『しかし今日のお前はなかなか格好良かったぞ。“愛しの彼女”を助けるためとはいえ、
勇敢にもあんな危ない連中の中に突っ込んでいくとはな。
助けが来ると分かっていてもなかなか出来ることじゃない』
“愛しの彼女”の部分を強調して言う健さん。な、なにか勘違いなさっているようで…
『な!なな…!?』
それを聞いて俺をがばっと離す翔。何故か顔が真っ赤だ。
『ち、ちち…違いますよ。俺はこいつの彼女なんかじゃなくて!』
『そ、そうですよ!彼女じゃなくて妹です!さっき電話で話したじゃないですか』
俺も妙に顔が熱い。ボコボコに殴られたせいだろうか…



『しかし彼女を妹って呼ぶだなんてお前もずいぶん変わった趣味してるな…』
『なんで彼女を妹なんて呼ばなくちゃならないんです!』
『…なんだ?違うのか?』
『『違います!!』』
思わず翔とハモってしまった。しかし健さん…彼女のことを自分の妹だ、なんて言う人な
んて普通いないでしょう。なんでそんなことを…
『ふむ。おかしいな?以前電話したとき、
「貴志がこの年になって彼女が出来ないのはきっと近親相姦が好きだからだわ。
でも私に興味はなさそうだし。おそらく実の妹か姉ってシュチエーションが好きなんでし
ょうね。良かったわ、娘生まなくて…あ、でもそれはそれで…」と先生が話していたから、
てっきり彼女のことを「妹」と呼んで自分の性欲を満足させているのだと思ったんだが』
母さん……アンタって人は…相変わらず…
「それはそれで」って…なんだ?何を言おうとしたんだ!?
『あの人の言うことを真に受けないでください。口から出る言葉の80%は嘘ですから…』
つうかそんなに実の息子に恥じをかかせたいのか!もしかして最近近所のおばさんが俺の
ことを変な目で見るようになったのは、また母さんがくだらないことを吹き込んだせいな
のか!?やってくれる、やってくれるぜ、あのおばさん!
旅行から帰ってきたら俺がたっぷり説教してy……出来ない。出来ないよそんなこと…俺
死ぬじゃん…畜生!なんて理不尽な世の中だ!
『80%嘘ってことはないだろう。俺はあの人からたくさん大切なことを学んだしな。
すごい人だよ、あの人は…』
遠くを見るような目で語る健さん。
そうなのだ。始末が悪いことに健さんは母さんのことを尊敬している。昔いろいろあったみたいなんだが、詳しい理由は俺には分からない。
でもそのおかげで健さんと雪彦さんいう素晴らしい人たちと知り合えたわけであって…感
謝すべきなのかどうなのか…



『それじゃ、そろそろ次の作業に移るか…』
次の作業?
『次の作業って何ですか…?』
『さっきもう1つの依頼のことについて話しただろ。確かにここにいる連中が犯人だろう
が、これで全員とは思えない。今日ここに来てねえ奴も何人かいるはずだ』
なるほど。言われてみれば確かにそうですね。全員がきっちりここに揃っているとはかぎ
らないもんな。
『なあ?お前、そうだろ?』
健さんは倒れている男の1人に話かける。あれは確か…最初に健さんに投げ飛ばされた奴
か…
『三倉…』
翔が呟く。
『へえ、三倉って言うのか…なあ、三倉くん、話聞いてただろ。
もし知ってたら教えてくれねえかな?』
男はピクリとも動かないが、健さんはかまわず話を続ける。
『後で話を訊こうと思ってお前とあともう1人は気絶させずにしておいたんだ。お前が答
えてくれないならもう1人の方でもいいんだが…
そうなるとお前を起こしておく意味がねえから、もう一発いれてきっちり気絶させるが、
それでもかまわねえのなら?』
『ひっ!?話ます話します!』
そう健さんが言うとさっきまでの沈黙とは一転して顔をあげて声を出す。なんとも情けな
い声だ…
『じゃあまずはそいつらの名前をお姉さんに教えてくれるか?』
三倉と言われた男はペラペラと必死な声喋りだす。ここに来てないものの名前、電話番号、
住所を知ってるものは住所も。健さんは懐から取り出したメモ帳にそれを記入していく。
『俺が知っているのはこれで全員です…』
『そうか。助かったよ』
“ゴン!”
健さんは笑ってそう言うと、当然と言うべきか不要になった道具をすぐに始末した。
こう表現するとまるで健さんが悪党みたいだが、これ以外の表現が思いつかなかったもの
で、あしからず。
そして今度はバーの中央らへんに倒れている男に同じように拳骨をくらわした。
どうやらそいつが「もう1人」だったようだ。
『さて…じゃあ俺は行くわ』
よっこらしょ、と堀田を肩に担ぎ、バーの出口に目をやる健さん。
『もう、ですか…』
『ああ、聞いてのとおり後始末をしなくちゃならないんでな。
俺の素敵な友達が住む町だ。綺麗にしとかなきゃ、駄目だろ?』
健さんは素敵にウインクして微笑む。俺もその素敵な友達に含まれているのだろうか?そ
うだと嬉しいな。



『…そういや貴志、歩けるのか?けっこう非道いことされてたみたいだが…?』
『まあ、歩くくらいなら…まだ少し痛いですが、思ったほど酷くはないみたいです』
『骨は折れてないみたいだが…でもそれで家まで帰るのはキツイだろ。送ってやるよ』
確かにここから家までけっこう距離あるもんな。うん、健さんがそう言ってくれるのなら
素直に好意に甘えようかな。
『だったら…』
『ちょっと待ってくれ!』
お願いします、と言おうとしたら横から翔に遮られた。
『その、貴志は俺が背負って帰ります』
『え?でも、健さんが折角送ってくれるって言ってるんだし、それにそんなことしたら翔
がしんどいだけだろ』
健さんは車だろうし、別にそんなことしてくれなくても…
『お、俺は借り作ったまんまってのは嫌なんだよ。
それに俺のせいでそんなになったんだから、お礼ぐらいさせろ』
『だってよ。折角言ってくれてるんだから素直に従ったらどうだ。俺のことは気にするな』
『あ、ええ…だったらお願いしようかな。悪いな翔』
『お、おう。まかせろよ』
だったら翔にお任せしよう。…う〜ん、でも普通これ男女逆だよな。
『ひひ…』
俺たちの様子を見て、愉快そうに笑みを漏らす健さん。
『何かおかしいですか…?』
『いや、なんでもねえよ』
何かおかしかっただろうか…?
『では行こうか?そろそろ雪彦が警察呼んでる頃だろうし、ここのことは警察にお任せし
よう。少年課にも何人か知り合いがいるからこいつらをこってり絞ってくれるように頼ん
どくわ』
さすが健さん。交流関係が深いな。
『にしても貴志、今日はよく頑張ったな。
他の人間からしたら一見して無謀といえるような行為だったかもしれないが、大切な人を
守るために、自らが傷つくことも恐れずに連中に立ち向かった行為は紛れもないお前が持
つの本物の勇気、立派な強さだ。
本当によくやったよお前は。ほっぺにチューしてやりたいくらいだ』
『ほ、ほっぺにチューですか……是非!』
『………』
“ぎゅううっ”
横から翔に思いっきり頬をつねられる。
『いたた!?…じょ、冗談、冗談だって!』
『ふふ、そうだな。ほっぺにチューは妹さんにして貰った方がいいよな』
それを聞いて翔の顔がボッと一瞬で真っ赤になった。嫌そうな顔だな。
しかし健さんも冗談きつい。翔がそんなことするわけないじゃないか。



『そう言えば名前を聞いてなかったな。俺は須々木健。君は?』
『あ、えっと上村翔です』
『では翔ちゃんこれからもよろしく。貴志のこともよろしく頼むぞ』
健さんは優しく微笑んで翔に手を差し出す。
『はい』
翔も笑顔でその手を握る。
『しかし「翔」ちゃん、ね。素敵な名前だけど女の子には珍しい名前だな』
そりゃ元々男なんだからしかたない。それに…
『だったら「健」も女性では珍しい名前だと思いますけど…』
綺麗で格好良い健さんにはピッタリな名前だとは思うけど。
『そうなんだが。ま、それには理由があるからな』
理由?
『なんですか?』
『訊きたいか?』
今まで見たこともないような凄みのある笑みを浮かべる。
『いえ、止めときます…』
どうやら訊いちゃいけないことだったみたいだ。人には絶対に訊いちゃいけないことが1
つや2つはあるからな…にしてもちょっと恐かった。
『ま、いつかは話してやるよ。
じゃあな、俺の素敵な友達に新しく出来たこれまた素敵な友達。
次会えるのを楽しみにしてるぜ。お互い今夜は良い夢を』
健さんは歌うように言い残して、来たときと同じく颯爽と俺たちの視界から消えた。
しばらくして車のエンジン音が聞こえ、徐々に遠ざかっていった。
名残惜しいがまた次会えるんだから我慢しよう。
それにしても、相変わらず疾風のような人だったな。
『じゃあ、俺らも帰るか』
俺に手をさしのべる翔。
『ああ、帰ろうか』
俺たちの家へ。




こうして2人一緒に帰宅するのなんて随分久しぶり…つうか初めてだ。一緒に登校するこ
とはあっても一緒に帰る機会なんて今までなかったからな。
と、翔の背中でしみじみ思う。つうかそれ以前の問題だ、この奇妙な光景は…
(外見的には)か弱い女の子が大の男、しかも自分の身長よりも10儖幣紊惑悗高い男
をおんぶしている。
『やっぱり歩くよ。俺、重いだろ』
翔の背中に話しかける。細い背中だ。俺よりもずっと小さくて細い体だ。こんな女の子が
男を背負って息を切らしているなんて理不尽にも程がある。何やってんだ俺…
『へーきだっての!馬鹿にすんな。お前は大人しくおんぶされてりゃいいんだよ』
そうは言っているものの翔の体は小刻みに震えている。声も少しつっかえ気味だ。無理も
ない俺を背負って500メートル近くは歩いているからな。男でもこの距離はつらい。
しかもその間道行く人に好奇の目で見られていたんだから、本人は二つの意味で辛かった
だろう。それに俺も正直恥ずかしいし…
『もう充分だ。痛みもほとんど引いてきたし、なによりこれ以上お前に迷惑をかけたくな
い。お前が降ろすつもりがなくても俺は勝手に降りるぞ』
ユサユサと翔の背中を揺する。まるでだだっ子の様だが俺の体は翔の腕でがっちりと固定
されていて、力ずくで降りようとすれば翔がバランスを崩して倒れてしまう可能性がある。
格好悪いが、こうでもして翔にギブアップさせなくてはならない。
『ちょ、揺するなっつーの!大人しくしてろ!あ、危ないって…わわっ!?』
翔はたまらなくなって俺を固定している腕を放す。よし、作戦通り。
『よいしょっと』
そのまま地面に着地する。約15分ぶりの地は懐かしいぜ。
『ほら、もう大丈夫だろ。折角人間には足があるんだから歩かないとな。
あんま翔に無理させても悪いし…でもありがとうな。正直助かったよ』
『俺は大丈夫だっての!それにこれは俺が借り返してるだけなんだからよ、お前こそ変な
気使うんじゃねーよ!』
荒い呼吸でそう言われてもまるで説得力がない。息が上がってるじゃないか…
やっぱり無理をさせすぎたな。もっと早く降りておくべきだった。反省。



『もう借りなら充分に返して貰ったよ。むしろ俺の方がまた借りを作っちまった…
だから今度は俺に返させてくれ』
『え?』
“ガバッ”
『………!!』
翔を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこってやつだな。しかし思った通りけっこう軽い。
本人は突然のことで声が出ないようだ。
『こ、こら!なにやってんだよ馬鹿!とっとと降ろせ、降ろせって!』
ジタバタと暴れる翔。う〜ん、俺が怪我人だってこと忘れてないか…まあ、本当にもうあ
まり痛くはないけど。
『だから今度は俺が翔をおぶって帰る。これで平等だろ』
『こりゃおんぶじゃなくて抱っこだ馬鹿!いいからとっとと降ろしやがれ!なんで俺が男
に抱っこされなきゃなんねえんだよ、キモイっての!』
もっともらしい意見だが…キモイってのは少しショックだな。
『別にかまわないだろ。今の翔は女の子なんだし、普通は男の俺がこれぐらいするもんな
んだよ』
翔には悪いが実を言うと俺もけっこう恥ずかしかったんだよ、おんぶされて。
大の男が女の子におんぶされてるなんて言葉にするだけでも恥ずかしいのに、実際にけっ
こうな人数に見られたからな。ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけどお返しの意味もあ
ったり。
『女扱いすんじゃんねー。それにこんなとこ誰かに見られたら…』
『大丈夫だって。この辺り誰も人いないだろ』
もう町中ではないので幸い辺りには人影はない。けっこう暗くなってるし遠くからじゃ何
やってるかは分からないはずだし。
『そういうこっちゃねえ!ごちゃごちゃ言ってねえで降ろせ、頼むから!』
『じゃあ、大人しくおんぶされてくれるか?』
『う…だ、だからそれじゃあ俺のメンツってもんが』
今の翔にこれ以上俺を背負って歩くなんてことは体力的に無理があるだろ。それに俺の方
はもう大丈夫なんだからそんなことしてもらう意味もないしな。
『だったらこのまま抱っこして帰ってもいいんだけどな。翔は軽いから家までぐらいなら
充分俺も大丈夫だし…』
『…ちっ、分かったよ。分かったから降ろしてくれ。マジで恥ずかしんだよ』
『はいはい、了解』
翔を地面に降ろす。なんかものすごく不満そうな顔してるな。ちょっとやりすぎたか…
でも鉄拳が飛んでこないだけそんなに嫌だったんじゃないのかもしれない。ってそれはな
いか…俺も男にいきなり抱っこなんかされたらすごく嫌だからな、翔が嫌じゃないはずは
ない。
『ほら、どうぞ』
乗りやすいようにしゃがんで背中を差し出す。
『…お、おう』
翔もおずおずと乗る。よし、これは本来の正しい姿だ。やっぱり男が女の子をおんぶする
もんだからな。これは男女差別とかではなく一般論だと俺は信じている。男が女の子にお
んぶされて大人しくしているなんてホント格好がつかない。自分が格好いいとか思って
いるわけじゃなく、単純に人として格好がつかない。
『では参りますか』
我が家まで後約1劼曚鼻0鼎なってきたし早く帰ろう。お腹も空いたしな。
くうくうお腹が鳴りました。



『…ったくよ。変なトコで意地っ張りだよなお前は…
俺が珍しく気を遣ってやってんだから、大人しく甘えてたらいいのによ』
背中で翔がグチを言うように呟く。珍しく、って自分でも自覚あったのか…
『まあ、翔の好意は素直に嬉しかったけど、やっぱり男が女の子に頼りっぱなしってわけ
にはいかないだろ』
『…っ、だから…女扱いすんなって!こう見えても俺は正真正銘男なんだからな。
お前背負って帰るぐらいへっちゃだったっての』
『そのわりには膝が震えてたし、息もあがってたみたいだけど?』
“ゴン”
『つつ…こら、この体勢で殴るのはよしてくれ』
後ろから後頭部を殴られる。一応翔は軽く殴ったつもりだろうけど、ちょっとこの体勢で
はきついものがある。
『う、うっせー。今日は調子が悪かったんだよ。いつもなら楽勝だ!』
翔が少し怒ったようにユサユサと俺の背中を揺らす。
『危ないっ、翔、大人しく…』
このままでは今度は俺が翔を降ろしてしまう。
『…あ、すまん』
翔は素直に大人しくなる。てっきり「やっぱり俺がおぶる」とか言うのかと思ったが杞憂
だったみたいだ。翔も本当は楽だから降りたくなかったりして。
『…………』
『…………』
これといって話す話題もなくなりお互い無口になる。いや、話す話題なんていくらでもあ
るんだが、なんか翔の方が黙りこんでしまったので、俺もなに話していいか分からなくな
ってしまったのだが。
う〜む、なに話したらいいのか…
さすがにこの翔が密着したこの体勢でずっと沈黙ってのはいささか居心地が悪い。
『今日は…ありがとな』
『え?』
先に口を開いたのは翔だった。しかも「ありがとう」って…
そんなセリフ、翔の口から初めて聞いた。
『なんだかんだ言っても、お前が助けに来てくれなかったら俺はあいつらにヤられてた。
俺がこうして無事なのもはっきり言ってお前のおかげだ』
『…俺は何もしてない。お前を助けたのは全部健さんだよ』
俺がしたのは誰にでも出来るただの時間稼ぎ。健さんも俺のこと褒めてくれたが、俺自身
そんなすごいことをしたなんて思えない。
『でも、あの人を呼んだのはお前だ。お前がいなきゃあの人は助けに来なかったし、もし
来たとしても俺がヤられた後だったかもしれない。
やっぱり俺を助けてくれたのはお前だよ』
『そんなことないって!俺、何もしてねえもん』
翔がそう言ってくれるのは嬉しいが、結局のところ俺がしたのは連中にボコられたことだ
けだ。
『いや、した!』
『してない!』
『したっていってんだろボケ!』
“ガン”
いてっ!また後頭部を殴られた…
『人が素直に褒めてやってんだから、もっと喜べってんだ。
まったく分かんねえ奴だよな…』
『そりゃ悪かった…』
褒められるのは嬉しい。でも自分で実感が持てないのはしかたないと思う。
俺ってけっこう捻くれた人間なのかな…



『だから俺がその礼をしてやろうって思ったのによ…
お前がああだこうだ言うせいで、結局また俺が面倒かける状態になってるしよ…』
『お礼なんて別にいいって。何度も言うけどそんな大したことしたわけじゃないし…』
正直なところもうおんぶとかされるのは嫌だからな。あれはあまりお礼になっていないし、
見方を変えるとイジメと言えないこともないかもしれない。
『それじゃあ、俺の気が収まらないんだよ!なんか礼させろ!なんでもいいからよ、なん
かあんだろ?』
そんな命令形で言われましても…
「是非、お礼させてください」とかはあるが「なんか礼させろ」とは…言葉と態度が矛盾
してるというかなんというか…
これといって翔にして貰いたいこととかないし…
いや、まてよ…
『これなら…』
ふと、意地悪な考えが浮かぶ。
『本当になんでもいいのか?』
『おう、ドンとこい!』
お言葉通り、ドンと行かせてもらおうか。
『じゃあ、キスしてくれ。ほっぺでいいから』
少し翔をからかってみた。
翔の表情が一瞬にして凍結する。いや、ここからは見えないのだがなんとなく雰囲気とし
て伝わってくる。
『お、おお、お前…っ!?』
停止してから約5秒後、後ろから切羽詰まった声が聞こえてくる。
そうとう混乱しているみたいだな。
『健さんもお前がしてくれた方が俺が嬉しがるとか言っていたしな。
だからほら。…なんでもいいんだろ』
『い、いや…それは』
困ってる、困ってる。ちょっと意地悪しすぎたか…
いくらなんでも男に、しかも俺なんかにキス出来るはずなんてないからな。
無理がある、無理が。
それを分かって言ってる俺もそうとう性格が歪んでいると思うが。
『つ、つうかなんでキスなんかしなきゃなんねーんだよ、この俺が!
変態かお前は!』
まあ、そりゃ変態だと思うわな。マジで言っているのなら。
『冗談だって、冗談。翔がそんなこと出来るハズないと思って、ちょっとからかってみた
んだ。ごめんな』
実はちょっとしてもらいたかったり…
…っとっと、やばいやばい本当に変態か俺は。
翔は男だ、男。外見は可愛い女の子でも中身は男なの。
『…このクズ野郎!人が真剣に言ってやってるのに』
“ゴス”
3発目。相変わらず痛い。
『ごめん、って言ってるのに』
『うっせ馬鹿!』
そんなにポカポカ殴ることないと思うのだが…



『お、いつの間にか…』
気がつくとすでに自宅の前まで帰ってきていた。いろいろやってたから気がつかなかった
が…
自分で歩いといてなんだが、案外早く着くものだな。
『もう家の前かよ…早えもんだな』
翔も同じ感想みたいだな。時間が経つのは早い。
『んじゃ降ろせ。まさか家の中までこのままで行くつもりじゃねえだろ』
『ああ、よいっしょと』
しゃがんで翔を背中から降ろす。お、体が少し軽くなった。
『お疲れさん』
『それはこっちのセリフだっての!
…そういや、俺、結局お前になんもしてねーじゃん』
『最初、背負ってくれたじゃないか。あれでいいよ』
そういうのは気持ちだけで充分だ。何事もまず大事なのは気持ち。どうやら翔は本気で俺
に何かしてくれようと思ってくれてるみたいだから、本当にそれで充分、お腹一杯。
『…あんなもんじゃ何も返せてねーよ』
俺に意地っ張りとか言っていたわりには、翔もけっこう強情だな。
『だから別にいいって。何も返さなくても』
俺は植木鉢の下に隠してある家の鍵を取り出し、がちゃがちゃと鍵穴を回しながら答える。
『俺はよくねーんだよ』
『じゃあキスで』
『……う』
翔があんまりしつこいから冗談を言ってはぐらかす。本当に何も返してもらわなくてもか
まわないのに。
『開いたな』
ガチャ、という音がして鍵が開く。俺は翔の方を振り向いて
『まあ、その話はまた今度ってことd…』
『…ちゅ』
qあwせdrftgyふじこlp!!!!???
『こ、これで…いいのかよ…』



「世界(ザ・ワールド)!!」時は止まった。
これが…「世界(ザ・ワールド)」だ。もっとも「時間の止まっている」おまえには見え
もせず感じもしないだろうがな…

『おい、貴志…?』

い…いったい…何が起こったのだ…やられてしまったのか…?う…動けない…
だめだ…致命傷のようだ。声も出ない。指一本さえ動かせない…

『貴志…?どうしたんだよ、おい?』

今、カイロは…何時か分かんねーや。母さんと良夫さんは今なにをしているのだろう…も
う眠っているのだろうか?ヨーロッパの方と日本って何時間ぐらい違うんだ?

『おい!貴志ってば!』

小山貴志が最後に思うこと…それはヨーロッパのどこかにいるであろう母親と義理の父親
のことではなかった。
両親のことはそれなりに深く思っていたが、最後に浮かんだ「疑問」の前に、両親たちへ
の思いは頭から吹っ飛んだ。

『貴志ー!』

俺の体は多少傷ついているにしろ、誰かに触れられれば感覚で分かる。そもそも傷の痛み
はもうほとんどない。だが、今、翔が俺に何をしたのか、俺の体に触れたのかどうかさえ
分からなかった。
いや、確かに触れたのだ。だが何故俺には…
触れた…誰が…翔が…誰に…俺に……?どこが…唇が……どこに唇に…「唇」

“ドドドドドドドドド”

わ…わかった……ぞ。な、なんて…ことだ…
それしか考えられない……
「キス」だ…翔に…「キスされたのだ」…しかも「唇」に…

『貴志!しっかりしろ、貴志!』

俺は呆然としてしばらく玄関のドアの前に立ち竦んでいた。




「キス」「口吻」「接吻」
等々、言い方は様々だが基本的には「相手に自分の愛情や尊敬の気持ちを表す」行為だと
俺は思っている。おそらくは世間でもそう思われているはずだ。
しかも「キス」した場所が「唇」ならば、そのキスの意味はほぼ「愛情」に限定される。
愛しい人に自分の気持ちを「キス」という形で伝えるわけだ。
ちなみに俺は今までに異性に「キス」をされたことはなかった。もしかしたら幼い頃に母
さんに「キス」されたことがあったかもしれないが、おそらくそれは「頬」や「おでこ」
にであって「唇」ではないと思う。
俺が言っている「キス」と言うのは「異性として愛している」場合の「キス」であるため、
そもそも仮に母さんが俺の「唇」にキスをしていてもそれはカウントされないわけだが…

ここで本題に戻ろう。問題はつまり「翔」が「俺」に「キス」をした、ということだ、し
かも「唇」に。
翔は俺に助けられたお返しだと言っていたが、それだけで済む問題ではないことぐらい俺
にも分かる。
もし「キス」された場所が「頬」や「おでこ」ならただのお礼、ないし冗談で片づいたか
もしれない。そこなら男が男に対しても冗談でしたりすることもある。実際、俺は以前に
酔った稔に頬にキスされたことがある。あの時は自分でも信じられないほどの速度の連続
攻撃で稔を半日再起不能にしたが…
翔は「男」だ。いや、今は「女」なのだが(しかもとびっきり可愛い)。
いくらなんでも「男」が冗談で、俺つまり「男」の唇にキスしたりするだろうか…?
俺だったら天地がひっくり返ってもしない。仮に相手が外見は美少女でもしない。だって
男だから…
ホモやゲイでもないかぎりそんなことはしない…そして翔はホモやゲイではない。
いや、でも今の翔は女の子だ。頭の中は男だが、身体的には混じりっけなしの女の子だ。
手術をして切り落としたわけでも永久脱毛したわけでもなく、初めから女の子。
…いや、初めからではないのだが…
だったら逆に「女の子」がお礼や冗談で唇にキスしたりするだろうか…?
アメリカとかだったら「キスは挨拶代わりだ」とか聞いたことがあるが、生憎ここは日本
だ。日本の女の子にそんな風習はない。しかも翔だ。翔の性格からしてそんなことが有り
得るはずがない。絶対にない。100%ない。
じゃあ、なんで翔が俺にキスしたかと言うとそれはつまり…



『う〜ん…』
俺は玄関前で何分ぐらいフリーズしていたか分からない。頭の中はこれ以上ないくらいヒ
ートだったがフリーズしていた。
本当に俺の中で時が止まっていたのだと思う。間違いなく世界は停止していた。
スタープラチナ・ザ・ワールド。
しばらくしてやっと頭がヒートからホットに戻った(まだクールではなかった)俺はまず
唇に手を触れてみた。翔の柔らかい唇の感覚がまだ残っていて、なんとも言えない気分に
なったわけだが…それも束の間、一気に現実に戻る。
何者かのスタンド攻撃かと思ったが、どうやらそうでもないらしく、しばらく翔のことを
見つめること十数秒、翔はトマトのごとく真っ赤になって先に家の中に駆けだしてしまっ
た。そして部屋に飛び込んだ翔を、合い鍵で部屋を開けてを捕まえて今に至る。
ちなみに翔は抵抗らしい抵抗をすることもなく大人しく俺に捕まった。顔は真っ赤なまま
だ。俺の顔もそうとう赤いと思うけど…
で、現在台所のテーブルに向かい合って座ってるわけです。無言で…
『『あ、あの』』
いかん、声をかけようとしたらハモってしまった…
『どうぞ…』『いや、お前から言えよ』
『『……………』』
双方再び無言になる。さっきからこれの繰り返しだ。お互い何かしら言いたいことはある
のだが、うまく言葉に出来ないというか切り出すタイミングが見つからないというか…
翔は膝の上で手を組んでモジモジして、たまに俺の顔を伺っている。なかなか可愛い仕草
だ。
どうやらこれは本当に…



寝子神の言葉が思い出される。
「親愛の感情を愛に変えるために上村翔を女に変えた」
俺は今まで女になった翔が誰が好きなのかとかイマイチよく考えたことがなかった。
おそらくは翔の友達の誰かだと思っていたのだが…もしかして、もしかしてだが…
『あ、あのさ…!』
そんなことを考えていると翔が意を決したように声をかけてきた。まっすぐな視線で俺を
見つめている。
『な、なんですか!?』
思わず敬語になる。
『そ、その…い、今から俺が言うことは全部冗談とかじゃなくてホントのことだからな!
お前も変なチャチャとか入れねえで聞いてくれると嬉しい。つうか俺が喋ってる間は一言
も喋らねえでくれ!すげえビビると思うけど…なんとか何も言わず我慢してくれ!!』
『は、はい!』
翔はものすごく真面目な表情だ。相変わらず顔は真っ赤だけど…
俺もゴクリと唾を飲みこむ。妙に大きい音が耳に響く。うわ、やべ…すげえドキドキする。
『え、あ…あの、だな。その…なんだ…えっと…うん』
翔も俺と同じ、いやそれ以上の状態らしく、うまく言葉が出てきていない。
『う…その、…ああっと…え……あぅ!』
俺と目があった瞬間、ボシュウ(本当に聞こえた)というような音を立てて、翔の顔だけ
でなく耳から首筋から、とにかく全てが真っ赤に染まった。
仮に今までの経緯を見ていない人なら病気だと思うくらいに…
『…翔!?』
『あ、ああ…や、やっぱなし!!今のなし!じゃ、じゃあな!』
椅子からすごい勢いで立ち上がり、ダッと逃げようする翔の腕を思わず掴む。
『ちょ、ちょっと待った!いくら何でもそこで止めないでくれ!』
こればっかりはここで止められるわけにはいかない。
『あ、明日!明日言うからさ!今日はお互い疲れてるみてえだし、も、もう寝ようぜ!』
『今、ここで、お願いします!』
グッと翔の体を抑えて再び椅子に座らせる。肩が小刻みに震えていて、息も荒い。
『ど、どうしても明日じゃ駄目か…?』
『駄目です!』
うう、と唸る翔。いや、俺だってすげえ緊張しているけど、いくら何でも今日こんな気持
ちを抱えたままで眠ることなんて出来ない。
『前田香澄が…』
へ?前田さん…?なんでここで前田さんの名前が出てくるんだ…?
『…お前のことが好きだって』



「ACT3 FREEZE!!射程距離5メートルに到達しました。S・H・I・T!」
「……………な!?
このクソカスどもがァ――――――ッ!!」
「“スタープラチナ・ザ・ワールド”!!」
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァッ!!

「そして“時”は動き出す」


『は、はい――――!!!???』
今、なんと仰いましたか!?前田さんが…俺のことを…好き?スキ?suki?
『本人から直接聞いたから間違いねえ。良かったな。月曜にでも告白してやれ。
じゃあな…』
それだけ言うと再び椅子から立ち上がり、台所から去っていこうとする翔。
『ま、待ってくれ!お前が言いたかったのは本当にそのことなのか!?』
そうじゃないだろう!いや、俺にもはっきりとは分からないけど、言ってみれば他人のこ
とであそこまで言い淀む必要はないからな。
『そ、それだけだっての!』
『本当に…?』
『ったりめえだ!』
そのわりにはものすごく満足してなさそうな顔だ。
『じゃあ、なんで俺にキスしたりなんかしたんだ…?』
『う!…そ、それは…その…』
『…翔は俺のことどう思っているんだ!』
言ってしまった。あまりに気になったもので…つい、言ってしまった。たぶん俺も今、顔
が真っ赤だと思う。
『…ど、どう思うもクソも……男のことなんてどうも思わねえよ!俺男なんだからよ…
お前は兄貴、俺は弟。それだけだっての!』
『…今は妹だろ』
『と、とにかく!月曜にはきちんと前田に告白すんだぞ!!絶対だからな!
あと、俺、明日は一日寝とくから起こすなよ!じゃあな』
そう言って今度こそ台所から去っていく翔。心なしか目が潤んでいたような気がする。
…気のせいかもしれないが…
『………嘘つくなよ』
呟いてみた。翔はもうここにはいない。




昨日は結局一睡も出来なかった。いろんな事が頭の中をぐるぐると廻ってパンクしそうだ。
時刻はすでに夕方の5時。翔はまだ起きてこない。いや、起きているのかもしれないが部
屋からはでてこない。かく言う俺も今日は朝食も昼食もとらずに部屋に引き籠もっている。
折角の日曜なのだが、今日はもう何もやる気がしない。外に出るつもりも、勉強をするつ
もりもない。明日の朝は小テストがあったと思うが、そんなことは今はどうでもいい。

前田さんは俺のことが好き……あの場面で翔が冗談や嘘ついたりするわけがないから本当
なんだろうな。
あの前田さんが……俺のことを、好き。信じられないと言えば信じられない。
当たり前だ。学年1の美少女で性格も良い前田さんが俺のことを好きだなんて…
俺なんて正直、なんの取り柄もない平々凡々な男。運動もそんなに出来る方じゃないし、
頭もそれほど良くない。ましてや顔の造りも極々普通だ。
いったい俺の何処に魅力なんてものがあったんだろうな…?
『俺って以外とモテるのか?実は超色男?』
自分で言っておいてアレだがそんなわけがない。なんせ今まで女の子に異性として好かれ
たことなんかなかったからな。
まあ、でも嬉しい。嬉しいのは確かだ。すごく嬉しい。
なんと言っても、あんな美少女と付き合うことなんて一生に二度とないチャンスだろう。
奇跡としか表現のしようがない。あまりに奇跡。
『それで…』
翔もおそらくは俺のことが好き。はっきりとしたことは何も聞いてはいないが、いくらニ
ブい俺でも態度を見ていれば分かる。
そういえば今までも翔はそれらしい素振りを見せていたような気がする。今の今まで気が
つかなかった俺も俺だな。
寝子神が言っていた「信用を寄せている男」ってのは俺のことだったのか…はは、今頃気
がついたよ。



『…でも、あの翔がな』
これも信じられない。
翔は元々男、けど今は女の子。しかも前田さんに負けず劣らずの美少女。そして俺の弟、
今は妹。
今まで俺は翔に散々邪険にされて(と、思っていた)事あるたびに殴られた。罵声も浴び
せられたし、一度も兄と呼ばれたこともない。
俺のことなんか道端に落ちているゴミ程度に見ていないと思っていたが、俺の一方的な勘
違いみたいだった。まあ、あれだけ世話を焼いた努力が報われたと思えばものすごく嬉し
い。
『今はそれでころじゃないけど』
そう、それどころじゃない。何度も言うが、女の子に好かれるのは非常に嬉しい、これ以
上ないくら、最高に嬉しい。
けど、嬉しいことばかりでもない。俺は選ばなくてはならないから…
『翔か、前田さんか…』
どちらかを選ばなくてはならない。どっちもは不可。2人ともは無理。二股は男として最
低の行為、だと俺は思っている。
でも、どちらか片方を選べばもう一方は選ばれないことになる。当たり前だが…
では選ばれなかった方はどうなるのか?
『ショックだよな〜』
当然ある程度のショックは受けるだろう。それがどの程度のものか分からない。一瞬だけ
かもしれないし、一日だけかもしれないし、一週間かもしれないし、一年かもしれないし、
まず無いと思うけど一生かもしれない。
男としてはそりゃ、深く想って貰っていたほうが嬉しいのは当然だが、そのせいで選ばれ
なかった相手が傷つくのは可哀想だ。自分のせいで傷つくのは…
『つうか、俺は結局どっちが好きなんだ…?』
自問してみた。答えは返ってこなかった。



気がつくと、どこかで見たことがある場所に立っていた。
花畑。日差しの強さは真夏なのに、秋の花と春の花が一緒に咲いている。
ここは、確か…
『神様ですにゃ』
…そうだ。夢の中だ。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
俺は寝子神の声のした方を振り向く。
『寝子神…』
そこには相変わらず不細工な猫のヌイグルミの様な姿をした寝子神が座禅を組んで宙に浮
いていた。昨日出会った時のネコミミ少女の姿ではない、本来(?)の姿だった。
『答えは出たかにゃ?』
その言葉を聞いてハッとなる。
『アンタ…翔が俺のこと好きなの知っていたんだよな!
何で教えてくれなかったんだ!』
寝子神は全て知っていたはずだ。いや、当然知っていたのだ。何せ翔を女に変えたのは寝
子神なんだから。
『やっと気付きおったか。教えるの何も、私はお前に何度もそれらしい事を言ってきた。
ニブいお前が悪いにゃ』
俺がニブいのは認める。認めるが、寝子神の言葉に些かの苛立ちを覚えた。
『でも俺が気付いてないと知ってのなら、教えてくれてもいいじゃないか!』
もっと早く翔が俺のことを好きだということを知っていたら……
知っていたら、何がどうなっていたんだ…?
『そうだにゃ。仮に知っていたところで、お前は何が出来た。女になった弟が自分のこと
が好きだ、などと言われてお前はどう思う?』
それは……
『おそらくは今の状態と変わるまい。「俺はお前のことなんてどうも思っていない」と拒
絶するのか?それとも「俺もお前のことが好き」だと受け入れるのか?
なんの後悔もせずに、なんの疑問も持たずに…』
『………』
言葉を失った。確かに寝子神の言うとおりだ。俺には結局、決めることは出来なかったと
思う。今のように思い悩み、翔にはっきりとした答えは出せなかっただろう。
『上村翔本人が自分の気持ちを伝える覚悟が決まるまで待っておく必要があったのにゃ。
その間、お前は女になった上村翔と普段と変わらぬ生活することが重要だったのにゃ。そ
うした生活の中で、お前が上村翔のことをどう思うのか、それを見極める為に…
まあ、あの堀田とかいう男が起こした事件のせいで、私が予想していたよりもずっと早く、
上村翔がお前に間接的ながらも気持ちを伝えてしまったのだがにゃ』
なるほどな。日常生活の中で俺が異性として翔に興味を持つかどうかを試していた訳か…
『しかしまさか、こんなタイミングで恋敵が現れるとは思っていなかったにゃ。
だからまあ、ある意味、私にとっては堀田がやったことは都合が良かったとも言えなくも
ないにゃ。あれが一種の区切りになっておったからな、お前に気持ちを伝える…』
それは絶対に違うと思う。翔にあんな怖い想いをさせた堀田達の事件は初めからなかった
方が良かったのは当たり前だ。それに前田さんが俺を好きだと翔から聞かなかったら、お
そらく俺は前田さんの気持ちにも気付かなかっただろう。まさか向こうから俺に告白する
なんてことは有り得ないだろうし…



『都合のいい話かもしれないが、当然私としてはお前に上村翔を選んで欲しい。
上村翔が女になったのもお前のことを異性として好きになったのも全て私の責任だからに
ゃ。
それに上村翔に恩を返せなかったら、私にもペナルティはあるのにゃ。
とは言ってもお前に強制することは出来ない。神もそこまで傲慢にはなれないにゃ。
だからお主が前田香澄を選ぶのであっても私は何も言うことはない』
『強制は出来ない、って…翔を強制的に女に変えといてよく言うよ!』
『…本当にそれはすまなかったと思っているにゃ』
『謝るのは俺じゃなくて翔にだろう!』
『それは無理なのにゃ。私は直接本人に出会うことは出来ない。これも掟でにゃ…』
掟、掟と、神様のくせに…
まあ、でも俺に寝子神をあまり責めることは出来ない…何故なら…
『実を言うと、もう答えは決まってるんだ』
『にゃに?』
そう、もう答えは決まっている。眠りに落ちる前に決めたんだ。
『そうか…にゃらば最早私が語ることは何もないにゃ。もうそろそろ朝だし…ここらでお
別れだにゃ。
お主がどちらを選んでも、もう会うことはあるまい』
もう会うことはない、か…
それはそれで少し寂しい様な気もするな…
『じゃあ、さよならだな』
『うむ、さよならにゃ』
周りの景色が眩い光に包まれていく。徐々に視界が狭まっていく。
夢の終わり、枯れることがない花の楽園に別れを告げる。
―――もう、ここに来ることはない。



目覚ましは鳴らないが起きることは出来た。時刻は6時。本来の起床時間より1時間早い。
でも、ちょうど良かった。昨日は風呂にも入らずに寝てしまったから、今から朝風呂にし
よう。
少し寒いのが嫌だが、汚い体のままで学校に行くよりはマシだな。それに今日は俺にとっ
ては大事な日だ。身も心も綺麗にしておかないと。
タンスからパンツとカッターシャツを取り出し、ハンガーから制服とズボンを取る。
衣服類を手に持ってタオルを頭の上に乗せ、準備完了。
『ランラララ〜ラ、ヘイヘイヘイ〜♪』
鼻歌交じりで階段を降りる。朝風呂なんてするのは久しぶりだな。
重大なことを決心したおかげか、なんとなく今日は心が晴れやかだ。
洗面所に到着する。ふと見ると翔の衣服類が籠の中に入れてあった。やっぱり翔は昨日風
呂に入ったみたいだな。まあ、翔もけっこう汚れてたみたいだし、あのまま学校に行くの
はマズいと思ったんだろう。
『さて、とっととシャワー浴びるか』
タオルで前を隠してバスルームのドアを開ける。誰もいないと分かっていても、ついつい
くせで前を隠してしまうのだが、今回はそれが幸いしたようだ。
『…へ?』
ドアを開けたその先でシャワーがお湯を出していた。独りでにシャワーが動くはずがない
ので、正しくはシャワーを使ってお湯を出していた、となる。
では当然シャワーを使っている人間がいるわけであって…
『てめえは…っ!何度同じことすりゃあ…』
いたのは翔でした。うちには2人しかいないから、他の誰かだったらそれはそれで大変だ
けど…
白く透き通った肌に雫が垂れてものすごく綺麗だ。大事な部分はうまいこと見えていない
が、それでも俺の息子が一瞬にして反応してしまった。
『あれ?まだ俺夢の中…?』
なんとなく現実逃避してみる。目の前の少女の顔がみるみるうちに怒りと恥辱で真っ赤に
染まっていくのを見ないように目をつぶっていたいところだが、残念ながら目の前の美し
い体を凝視したまま動かない。
『勘弁して?』
出来るだけ可愛く言ってみる。端から見たらキモいだけ。火に油を注いでしまったかもし
れない。
『死ね!』
引きつった笑顔で答えるくれるお嬢さん。嗚呼、さよなら人類。
“メキィィッ!”



『…ったく、てめえはどうしてこう抜けてやがるんだ』
『面目ない…』
さっきから文句の絶えない翔を前にしてパンを囓る。口を開けば俺に対する不満が滝のよ
うに流れ出てきている。まあ、俺が悪い訳なんですけどね。
『ホントに目が腐ってやがるのかお前は?台の上に俺の着替えが置いてあったろうが…
それすら見えなかったのかクズ』
『すいません…』
確かに言われてみれば制服とかが置いてあったような、なかったような…
何で気がつかなかったんだ俺は…やっぱり起きたばっかりだったから、まだ寝ぼけていた
のか?いやいや、そんなことないと思うが…じゃあ、何で?
『だいたい普通シャワーの音がしてるんだから誰か入ってるってことぐらい分かるだろう
が。なんだ?耳まで聞こえなくなったのか?耳クソたまりすぎなんじゃねえの?』
『ごめんなさい…』
そういえば音もしてたな。つうか人の気配あったもんな。
でも、女の子が耳クソなんて言うのはいかがなものか…
『1回だけなら間違いで済むかもしれねえが、まさか2回もやるとは思ってなかったぜ。
男の裸見て何が嬉しいんだ?この変態』
『ごめんn…』
ん?男の裸見て嬉しい、だって?
それは違う。それは多大なる間違いだ。安○高知と安○なつみくらい違う。ヤ○ジュンと
一緒にしたらあまりに失礼。アレ初めに見たときは笑い以前に吐き気を催したからな…今
はそんなことどうでもいいが。
『ちょっと待った。変態とは失礼な。いくら俺でも男の裸見て喜ぶ趣味はない!
それにそっちこそ「男」なんだったら、裸見られても怒る必要なんてないんじゃないか?』
ちょっと反撃してみた。反撃の狼煙を上げてみた。しかし自分で言っておいてなんだが「い
くら俺でも」って発言は自分で自分が変態だと言っているようで少しマズかったと今更思
う。
『う…うぐ、そ、それは、いきなりだったからよ…』
『いきなりでも何でも、男だったら別に裸見られても平気なんじゃないのか?』
『うう〜〜〜』
頬をフグみたいに膨らまして可愛らしく唸る翔。ほら、その仕草からして女の子だし。
男がそんな仕草したら気持ち悪くてしょうがない。



『そ、そんなことは今はどうでもいいんだよ!』
翔は旗色が悪いと思ったのか、話を切り替えようとする。「どうでもいい」と仰いまして
も、始めたのはそっちからなんだけどな。
『どうでもよくない』
『いいの!』
光の速さで却下された。俺に発言権はないのかもしれない。
『じゃあ、他になにか話があるんですかね?』
あ…
発言してから自分の愚かさに気がついた。その話題を出さないようにしていたというのに

正直な話、翔の朝風呂を偶然にも覗いてしまったことは吉だと思っていた。
誤解ないように言っておくが別に単純に裸が見れて嬉しいとかではなく(いや、嬉しかっ
たけど)そのことによってしばらくはその話題で持ちきりになると思ったからだ。実際さ
っきまではそうだった。
『ああ…』
翔がやや暗い表情で言葉を紡ぐ。やっぱりあの話題か…
『一昨日も言ったよな。前田香澄がお前のことが好きだって…』
『ああ、聞いた』
『だから善は急げだ。今日きっちり告白しとけよ。絶対OK貰えるからよ』
『…翔はそれでいいのか?』
翔が俺のことを好きなのは間違いない。俺の思い上がりや勘違いなどではない。当事者で
ある寝子神から事実を聞いたときにその可能性はなくなった。
自分から身を引き、前田さんに俺を譲ろうとしている。翔……
『なんで俺にんなこと聞くんだよ。なんか俺に都合の悪いことでもあるってのか?』
そんな震えた声で言われても、まるで言葉に説得力がない。
『変なこと気にしてねえで、お前は前田に自分の気持ちを伝えりゃそれでいいんだよ!』
『…うん、確かに今日、前田さんに自分の気持ちははっきりと伝えるつもりだ』
自分の気持ちは伝える。そう心に決めた。決心した。迷いは、ない。
たとえそれが誰かを傷つけることになろうとも、自分にだけは嘘をついてはいけないと思
うから。
『だ、だったらいいんだ。
…俺、もう学校行くからよ。お前はちゃんとやれよ…』
そう言い残して駆け足で家を出て行く翔。自分で訊いといて自分で傷つくなんて…本当に
不器用だな。
『…俺も行かなくちゃな』



矢のような速さで授業が終わった。今までこれほど学校での時間を短く感じたことはなか
った。残すところはホームルームだけだ。担任が教室に入ってくるのをじっと待つ。
もっとも今日はこれからが勝負なのだ。すでに昼休みに前田さんに「放課後、校舎裏まで
来て欲しい」と伝えてある。校舎裏とはまたベタな場所だが、気の利いた場所を思いつか
なかったのでしょうがない。
『それで明日はあっちの女子呼んでくれるってことになってよ〜。ラッキーだよな』
稔が浮かれた声で話している。明日の予定のことらしい。
明日は火曜日なのだが学校は創立記念日で休みだ。だからか、なんとなくクラスの雰囲気
が明るい。
『それでさ〜。お前らも行かない?』
『悪い。俺パス。部活あるからな』
『じゃあ…しゃあねえな。んで貴志は?』
『………』
『貴志?』
『…へ?…ああ、悪い。何だっけ?』
いかんいかん。ついつい自己に埋没しすぎていた。まあ、要するにぼうっとしていただけ
だけど…
『明日のカラオケだよ。なんか女子も呼んでくれるってことになってよ。軽い合コンみた
いなもんだ。で、お前はどうする?』
『明日か……分からん』
今日のことでいっぱいいっぱいで明日がどうなるかなんて今の俺にはさっぱり分からな
い。
『分からんって何だよ?』
『分からんもんは分からん。はっきりと予定分かったらメールするわ』
『ああ、出来るだけ早くしてくれよ』
今は合コンとかそれどころではない。だいたい俺には合コンなんてする必要もない、と思
う。まあ、まだ何とも言えないけど。
『つうかさ、今日お前変だぜ。なんかあったのか?』
稔が怪訝な顔して訊いてくる。
それほど変だっただろうか?今日はイマイチ記憶がないので分からない。いや、すでにそ
の時点で変か…
『確かに俺もそう思う。変というかぼうっとしているというか…その割には顔はしゃっき
りしてるけど』
順次も珍しく稔と同意見だ。微妙な表現だが、やっぱり俺、変だったのかな?



『なんか悩みでもあるのか?』
悩み…悩みはもう解消されたんだけどな。あとは実行に移すのみ、というか…
『もしかして女の悩みですかな旦那?』
ニシシシと笑いながら俺に話しかける稔。お前は冗談のつもりだろうが、ずばりビンゴ、
その通りだ。
『まあ、そんなところだ…』
『『なにィィィィィ!!??』』
ジョジョばりのリアクションをとってくれる2人。あれ?なんか俺変なこと言ったか?
『お前が…女のことで悩んでる、なんて…』
『嘘だろ…』
『え?なんで?そんなに変か?』
『変に決まってるだろうが!《レディースディ導入、ただし女子禁制》みたいなっ!』
『『は?』』
今度は俺と順次が2人で稔を見つめる。
『何訳の分からんこと言ってるんだお前…』
『なんだ、お前ら。巫女子ちゃんも知らねーのか?』
知らねーよ。誰だよ、その無駄にファンシーな名前の人物は?巫女子なんて名前が現実に
あってたまるか。病院坂黒猫なみに有り得ない名前だ。
『ってそんなことはどうでもいい。それよりお前が女の悩みだと…』
『悪いか?』
『いや、別に悪くはねーけど。てっきりお前、あんま女に興味ねーのかと思ってたから…』
失礼な。人をまるでホモかなにか見たいにいいやがって。女に興味ないわけないだろ。
『だよな。お前が彼女欲しいとか言ったの聞いたことねーもんな…』
『俺も人並みには女に興味はある!つうか無いわけ無いだろ!』
『いや、そりゃ悪かった』
『面目ない』
まったく人を何だと思ってるんだこいつらは…



校舎裏で待つ。誰を待つかと聞かれたら当然前田さんだ。
周りに人がいないことは確認済み。この時間はほぼみんな部活しているし、俺みたいな帰
宅部はすでに帰り始めているか、まだ教室にいるかで、ここに人が来ること自体がないの
だが…
もし誰かに見られたら(特に男)恥ずかしい以前に俺は殺されるかもしれない。前田さん
と2人で校舎裏にいるなんてシチュエーションは誤解を招く。いや、案外それほど誤解で
もないのだけれど。兎にも角にも誰かに見られるのは美味しくはないという話。
『もう少しかな』
前田さんのクラスの2組は毎回ホームルームが終わるのが遅い。よって来るのに時間がか
かるのはしかたがないことだ。
前田さんが来るまでの間、少し哲学的な思考でもしてみるか。
「人を好きになること」それ自体は正直言ってはっきりとは分からない。
一目惚れした、などという話を聞くが、そんなものは嘘だと、俺は思う。1回出会った程
度、見かけた程度、目があった程度、話した程度でその人を好きになることなんかまず有
り得ない、と俺は思う。
無論、その人が可愛いだとか、美人だとか、気さくだとか、それぐらいは分かると思う。
ただそれで=好きになる、感情は俺には分からない。あくまでもある程度付き合ってから
こそその人の良さが分かるものだ、好きになるのはそれからだろう、と思う。
だから一目惚れなんてのは認めない。いや、俺が認める認めないの問題ではないのだが…
それに実際、本当に誰かに一目惚れした人には失礼な話だ。
『ん?』
気がつくと真下の草を見るくらいに視線を落としていた。いかんいかん、端から見たら怪
しい男だ。
そう思って視線を正面に戻す。すると誰かがこっちに向かってきてるのが見えた。
『ごめんなさい。遅くなってちゃって…』
誰かは前田さんだった。当然だ。
長い黒髪が風に揺れていて相変わらず綺麗だ。走ってきてくれたのか頬がほんのりと上気
していて息も少し荒い。俺のために急いできてくれたのかと思うと申し訳ない。
『ごめん、前田さん。突然呼び出したりして』
『うんうん、全然かまわないよ。今日は何も用事なかったし…
それで、話ってなにかな?』



ついに来た、この時が。覚悟を決めていたはずなのだが、胸が非常に痛くなってくる。心
臓の鼓動に合わせて体全体が大きく脈打つ。
『あの、ですね…』
何故か敬語になる。
『驚かないで聞いて欲しいんですが、いや驚くとは思いますけど…』
前田さんもなんとなく雰囲気で俺が何を言おうとしているのかを察したのか、真剣な表情
になる。
『その翔から…弟、いや妹から聞いたんですけど、前田さんは俺のことを、その…』
さすがに「好きなんですか?」なんて本人の前で口に出すのは抵抗がある。
『う、うん…言いたいことは分かるよ。そ、その…そのことで呼び出してくれたんだね…』
言葉に詰まって視線を宙に泳がしている俺を前田さんがフォローしてくれた。
前田さんも頬が朱色に染まっている。前を見るのも辛いのか、目線は下に向きっぱなしだ。
『…そ、そうなんです。いや、翔のことを悪く思わないでくださいね。
あいつは俺のことを考えて話してくれたわけでして…』
『あ、別にいいですよ。私も何時かは話さなくちゃいけないことだと、思ってたし…』
お互いに言葉もつっかえ気味だ。何してるんだ俺、ちゃんとはっきり言う覚悟をしただろ
う。
『それで…その返事になるんでしょうか…これは…』
ちゃんと、ちゃんと言わなくては…
『は、はい。こ、小山くんは…私のこと、ど、どう思っているんでしょうか…?』
前田さんも顔を上げ、真っ直ぐに俺を見てくれている。向こうも覚悟を決めてくれている。
俺もちゃんと、やるべきこと、言うべきことを言わないといけない。
『その…俺は、ですね…』
息が詰まる。言葉を紡ぎ出すのが辛い。

それは重い。

それは思い。

それは想い。

『俺は――――――



『ただいま』
帰宅。家の鍵は開いていた。つまり翔はもう帰ってきている。
とりあえず靴を脱いで上がる。普段は洗面所で手洗いうがいをしたら自分の部屋に直送す
るのだが、今日は翔の所に行くのが第一だ。他のことは全部後回し。
『翔ー。いるかー?』
台所に入る。ここにはいない。と、なると…
『翔、いるのか?』
翔の部屋の前で声をかけてみる。台所以外だとするとまずここしかないだろう。トイレに
行っている場合は除く。
『翔ー?』
返事がないのでトントンとドアをノックしてみる。たぶん部屋にいると思うのだが、違う
のかな?
『だー。うっせー!何の用だよ!』
やっぱりいるじゃないか。いるんだったら返事ぐらいしてくれてもいいと思うのだが。
『話したいことがあるんだ。入ってもいいかな?』
とは言いつつも、返事を待たずにドアノブを捻る。おそらく「入っていい」とは言ってく
れないと思うからな。よし、幸いにも鍵はかかっていないようだ。
『ちょ、なに勝手に入ってきてんだよ!誰も入ってきていいとは言ってねえだろうが!』
やっぱりね。でも今の俺はそれであっさりと引き下がるようなことはしない。
『悪い。でも、どうしても今話したいことなんだ』
翔の部屋の中は以前よりも遙かに整然としていた。床にはゴミも落ちておらず、ベッドも
きちんと整っている。机を上や棚も少々散らかっているものの以前よりはマシだ。
やっぱり女の子になってからちょっと感覚が変わったのかな。前は夢の島状態だったもん
な…今はそんなことどうでもいいが…
『だからって勝手に入ってくんじゃねえよタコ!プライバシーの侵害だぞ』
翔は制服を着たままベッドに寝転がっていた。さっき帰ってきたばかりなのかもしれない、
ベッドの下の床には鞄から飛び出した教科書類が散乱している。
『今日、前田さんと会ってきた』
翔の言い分を無視して勝手に話を進める。あんまり無益な言い争いをしてもしかたないか
らな。
『そ、そうかよ…』
起き上がってベッドに腰掛けている翔が少し辛そうな表情になる。とりあえずは順を追っ
て説明しないといけない。
『…それでちゃんとコクったのかよ?会っただけじゃ意味ねえからよ…』
『俺の気持ちはちゃんと伝えてきた』
そう、俺の気持ちはちゃんと伝えた。正真正銘、俺の気持ちは。
『お、おう…やったじゃねえか。ヘタレのお前にしては良くやったよ…
良かったな。これで、あの前田の彼氏になれたんだからよ。すげえじゃんかよ…』
翔の声が震えている。俯いていて表情は見えない。けど…
ああ、もう…いいや。翔にも悪いし、まどろっこしいのは嫌いだ。
“ぎゅ”
『…え??』
翔の表情は見えない。けどきっと目を丸くしているに違いない。
『翔…好きだ』
なんの躊躇いもなく、この小さな体を抱きしめることが出来た。体が自然に動いた。
なんの躊躇いもなく、この言葉を口にすることが出来た。もう心は決まっていた。
『え?え?ええ??』
翔が疑問の声を連発する。うまく状況が理解できてないらしい。まあ、今までの流れから
していきなり抱きしめられるとは思っていなかっただろうからな。
『お、おおお、お前は何を、何をしやがる!』
我に返ったのか手で俺を突き放す。
『何って?抱きしめてたんだけど』
以前の俺からは考えられないほど冷静に言葉を口にする。前田さんとの一件でもう覚悟が
完全に決まったせいか、何故かあまり恥ずかしいとかいう感情はない。



『そ、それに…さっき、さっきなんていいやがった!?』
『好きだ』
やっぱりこの言葉も抵抗なく口に出来る。俺って人間的に成長したのかもしれない。
『す、好きって…お前…』
『翔は俺のこと嫌いか?』
『え?…き、嫌いなわけないけど…』
打って変わって、消え入りそうな声で呟く翔。嫌いじゃないか、それは良かった。
『で、でもさっきお前、前田にコクったって言ったじゃねえか!な、なんでこんないきな
り…』
『気持ちは伝えたけど、コクってはないよ。ちゃんと俺は翔が好きだってことを伝えて、
断った。悪いことをしたと思うけど、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない』

【『俺は他に好きな人がいるんです。だから、ごめんなさい』】

あの時、俺は嘘偽りのない気持ちを前田さんに言った。そうじゃないと失礼だと思った。
真剣な気持ちには真剣な気持ちで返さないといけない。

【『…そ、そうなん、ですか…』】

【『はい。ゴチャゴチャ言い訳をしても失礼なだけだと思うから…俺がハッキリ言えるの
はこれだけです。
そいつのこと最初は好きだ、なんて考えたこともなかったんです。でもちょっとした事が
あって自分の気持ちに気付きました。いや、気付かされました。だから…』】

【『…ありがとう。真剣に答えてくれて…やっぱり優しいね。
…私は大丈夫。こう見えてもけっこう神経図太いですから、また新しい恋を見つけます』】

【『前田さん…
…ありがとう。ごめんなさい』】

彼女には悪いことをした。それなのに何も言わずに俺の気持ちを受け入れてくれた前田さ
んはやっぱりすごくいい人だ。俺にはもったいないくらい。でも…

『お前…なんてもったいないことしやがるんだ。相手はあの前田だぞ』
そう言われても、自分の気持ちに嘘はつけない。俺は翔のことが好きだ。翔が女の子にな
って一緒に暮らしていくうちに好きになってしまたようだ。
『でも、俺は翔のことが好きなんだ』
いや、正直言って好きなのかどうかははっきりとは分からない。
ただはっきりしていることは翔のことが何より、誰より大事だってことだ。
失いたくはないってことだ。手放したくはない。
これは俺のワガママだ。人の気持ちを考えない自己中心的な答え。
それによって前田さんを少なからず傷つけたと思う。前田さんには心から謝りたい。
けど、それでも、自分の気持ちにだけは、自分の気持ちにだけは嘘はつけない。
『そんな好き好き言うんじゃねえよ…は、恥ずかしいだろうが…』
『でも、好きなもんはしょうがない。翔が俺のことどう思っていようと俺は翔のことが好
きだ。翔も俺のこと好きだとすごく嬉しいんだが…どうかな?』
分かっていて訊いてみる。しかしさっきから自分でも恥ずかしいセリフ連発してると思う。
恥ずかしいセリフ禁止です、とか言われてしまいそうだ。誰にかは分からないが…
『「どうかな?」って…んなこと訊くなよボケ…』
翔は顔を真っ赤に染めて、蚊の鳴くような声で呟く。
可愛い。改めて見ると翔はものすごく可愛い。これ以上ないくらいに可愛い。
俺は何で今までこんな可愛い子を放って置いたままだったんだ…どこまで奥手なんだ俺。




『なあ、翔…その、キスしてもいいかな…?』
思わず訊いてみた。キスしたい、ものすごく。これはどうしようもない衝動だ。
『え?キスって…?』
『俺からもキスしたいんだが…翔がしたみたいに』
『あぅ…』
自分が以前俺にキスしたことを思い出したのか思い出したのか、翔の今でも充分真っ赤な
顔が更に赤くなる。
『あー。もう待てない。キスするぞ!』
さすがに我慢の限界が来た。もう、駄目だ。これ以上待てない。
『あ!ちょ、ちょっと待て!』
無理矢理近づけようとする俺の顔を翔が手で止める。何だ。
『わ、分かったよ。いいぞ…』
翔も覚悟を決めたのか目を閉じる。では…
『ん……』
『んっ……』
口を合わせた瞬間、胸がドクンと大きく鼓動する。柔らかい唇の感覚が全身に染み渡るよ
うな感じがする。翔もピクっと震えた。
唇が離れる。ドキドキはまだまったく収まらない。
『な、なあ翔?』
『な、何だよ…』
名残惜しい。1回じゃ全然足らない。
『もう一回してもいいか』
『お、おう…』
今度はすんなりOKを貰えた。翔の肩を優しく掴み、再び唇を近づける。
『ん……』
『ちゅ……』
さっきよりも長い時間唇を重ねる。翔の体温が唇から伝わってくる。心が温まる。
『んん〜』
いかん。これでは全然満足できない。もっとしたい。
『もう一回いいか?』
『うん…』
それは翔も同じのようで。ではもう1回…
『…んんっ!?…ん…ちゅ…んむ…』
さすがに何度も唇を合わせるだけではあれなので、舌を入れてみた。翔は少し驚いたよう
だったがすぐに自分の舌を俺の舌に絡ませてくれた。翔の腕も俺の首にまわる。
正直今までディープキスなどしたことがない。いや、キスでさえ翔にされたあの時が初め
てだったのだが、どうやら俺はそれほど下手ではなかったようだ。安心した。
舌を通じて翔の唾液が俺の口の中に流れ込んでくる。不快ではない。むしろすごく嬉しい。
ちゅぷちゅぷという卑猥な音が耳に突き刺さる。
『ふぅ…はぁぁ〜』
長い長いキスが終わり、至近距離で翔が俺を見つめてくる。潤んだ目がまるで宝石のよう
に綺麗だ。ものすごく可愛い。



ここまで来れば、最早最後まで行くしかないだろ俺!据え膳食わぬは男の恥。いや、意味
が違うけど…
『…あ!』
軽い放心に陥っている翔を肩を掴んだままゆっくりとベッドに押し倒す。
『ま、待った!』
翔は我に返ったのか声を上げて俺を制止する。
『やっぱ、ここまでいったら駄目か?』
ちょっと不安になる。俺もう抑えが効かないんですけど…やっぱりいきなり最後までいっ
たらマズイか。
『駄目じゃ、ないけどさ。本当にお前はいいのかよ。俺、元々男だし…
…そんな俺にこんなことして気持ち悪くないか…?』
何だ。そんなことか…
『今の翔は正真正銘立派な可愛い女の子だ。俺はなんの不都合もない!
翔が嫌なら止めるけど、俺はものすごくしたい!すごくしたい!』
『そ、それならいいけどよ…その、俺もしたいし…』
横を向いて恥ずかしそうに言葉を紡ぐ翔。ああ、もう可愛いな。反則的に可愛いよ。
『じゃ、じゃあ行きます』
『お、おう…ただ、その、優しくしてくれ、よな…
女の体でするのは初めて、だからよ…』
そんなこと言ったら俺も初めてだって。まあ、でも翔を不安にさせちゃいけないし、やっ
ぱここは俺がリードしないとな。
『…分かった。できるだけ努力してみる』
今すぐ服をはぎ取って襲いかかりたいのを我慢して、ゆっくり、ゆっくりと翔の制服に手
をかける。
綺麗で、可愛らしくて、小さな少女に手をかける。



ブレザーのボタンを一個一個外す。微妙に手が震える。武者震だろう。
少し時間がかかってしまったが、なんとか全部外し終えた。最初からこの調子では先が思
いやられるな、と自分で思ってみる。
『…お、俺、脱ごうか?』
その俺の様子に見かねたのか、翔が心配そうに声をかけてくれる。いかんいかん、何事も
初めが肝心だと言うのに…
『いや、大丈夫だ。不安にさせたのならごめんな。
でも、俺に脱がさせてくれ』
こう、女の子の服を脱がすという行為は男的(いや、俺的には)ものすごく嬉しいという
か大事というか…
何にしろ俺がしたい。
『お、おう…そう言うのなら頼む…』
弱々しい声。やっぱり不安にさせてしまったか?それはマズい。俺がリードしてやろうと
誓ったばかりなのに…
『うっしゃ!』
パン、と頬を叩き気合いをいれる。男は度胸、腹をくくれ俺。神様仏様、我に力を。
そのまま翔に少し手を挙げて貰い、ブレザーを脱がす。真っ白なブラウスと真っ赤なリボ
ン、そして豊かな膨らみがはっきりと目に映る。
リボンをしゅるしゅると解き、いよいよブラウスのボタンに手をかける。
『あっ…』
ボタンを外し、翔の柔肌を外気に晒した。相変わらずの白い肌だ。俺の肌とは比べものに
ならない、いや比べるのさえおこがましいほど綺麗だ。
小さなリボンのついたブラジャーに包まれている膨よかな…胸、おっぱい。なんて素晴ら
しい。嗚呼、世界はこんなにも美しい。
『スカートも脱がしていいか?』
はやる気持ちを、ぎりぎり残っている理性で抑え込み、翔に訊ねる。
『…う、ん』
恥ずかしそうに小さく頷く翔。可愛い、可愛いじゃないか。普段の勇ましい翔はいったい
どこへ行ってしまったのか?
とりあえず許可が出たので、ホックを外し、スカートを捲る。細い足をするするとスカー
トが徐々におりていく。
『おお!』
下着姿を見て思わず感嘆の声が漏れた。上半身と同じくシミや不純物のない純白の肌。
何より脚線がものすごく綺麗だ。
『恥ずかしいから……あんま見んなよ…』
見るなと言う方が無理だ。あまり無理を言わないで頂きたい。仮に此処に100人の男が
いたら100人が100人とも翔を凝視するに決まっている。
無論、仮に100人いても絶対に翔を見させはしないが。



『触らせてもらいます』
遠慮無く手を伸ばす。触りたい。すごく触りたい。
『あぅ……』
翔のお腹やへそのあたりをなでなでとさする。ゆっくりと、出来るだけ優しく撫でる。
『どんな感じかな…?』
『ん……なんか…くすぐってえ』
だろうな。まだ全然、肝心なところは触っていないのだから。まずは緊張している翔の体
をほぐしてあげないと。俺、初めてのわりにはがっつかないところが自分でも中々立派だ
と思う。褒めてくれ世のみんな。
『翔、あんま堅くなるなよ』
『んなこと……言ったってよ…』
焦らずにお腹や太股を撫でる。徐々に翔の体も汗ばんできて、女体の香りが漂ってくる。
そろそろ俺もこんな焦れったいこと止めたい。
『そろそろ…他のところも触ろうと思うんだが、大丈夫か?』
言いつつも翔の返事を聞く前に手は自動的に動いている。まずは胸へと向かって。
『……んっ』
軽く胸を揉む。それだけで翔は桃色の声を上げた。今まで聞いたことのない可愛らしい声
が俺の辛うじて残っている理性をマヒさせる。
『ん…ちょ、ちょっと待って…』
たまらずおっぱいを揉みしだく。布の上からでも充分に弾力があり、柔らかいのだが…そ
れでも直に触りたい。直に揉んでみたい。
『ブラジャー、取るぞ』
もはや翔に訊ねるようなマネはしない。そんな余裕はない。
ブラジャーのホックに手をかけ、肩ヒモもずらす。なんで外し方知ってるかってのは秘密
だ。
『…やっ!』
たぷんと、擬音が出そうなくらい大きな乳房が揺れながら零れる。やっぱり大きい。
巨大とまではいかないと思っていたが、直に見てみると充分巨乳。自他共に認めるおっぱ
い星人の俺には嬉しい限りだ。
『では…』
下から持ち上げ、包み込むように揉む。手のひらにおっぱいの柔らかな感触が直に伝わる。
ふにゅりとしたマシュマロのような大きな胸。その感触に胸が高まる。
『んんっ…ん……』
色っぽい息を漏らす翔。翔も感じてくれてるのかな?
『感じてる?』
言葉に出して訊いてみた。
『へ。こんなの…まだまだ……』
まだまだ、か。ならば致し方あるまい。



『……ひぅっ!?』
胸の先端にあるピンク色の突起を指でそっとつまみ上げる。そのまますりすりと指の腹で
擦っているうちに乳首は固くなってきた。
どうやら感じてくれてるみたいだな。嬉しい限りだ。
『そ、そんなとこばっか触んなよ…』
『でも、気持ちいいんじゃないのか?』
少しイジワルを言ってみる。乳首が立ってるってことは少しは感じてるってことだからな。
『違げーよ!全然気持ちよくなんか……んあっ』
“ちゅ…”
言葉が終わる前に、ピンクのぽっちを口に含む。唾液でぬるぬるした舌先で、まるでアメ
を嘗めるように何度も口の中で転がす。なんか甘い味がする。こいつは美味なり。
まるでトニーの料理のようだ。億泰が泣いて喜ぶぞ。でも翔は俺の。
『ふぁっ……あっ……あううっ』
切なそうに喘ぎ声を上げて、体を少し震わす翔。
乳首嘗めはわりと効果があるようだな。
俺は翔のサクランボを充分に味わうと、こんどは下に手を伸ばす。そろそろこっちにもい
かないとマイサンが保たない。もう十二分に大きくなっており、ズボンを突き破らんとす
る勢いだ。
『あっ、そっちは……』
翔もそれに気がついたようで声を出す。
『駄目かな?そろそろこっちも触ってみたいんだけど…』
『いいけど……まだ脱がしちゃ駄目だからな。パンツの上から触るだけだぞ!』
ショーツの上からだけですか…
『ん〜、しょうがないな』
ブラジャーと同じく白くて小さなリボンのついた可愛らしいショーツに目をやる。ほんの
少し下着を観察してから、ちょっとだけ膨らんでいる部分に指を置いてみる。
柔らかい肉の感触が下着越しに伝わってきた。
『……ん』
『痛くないか?』
『…ああ、こんぐらいなら、ん、へーきだ』
平気だそうなのでほんの少し指に力を入れてみる。強く押すと下着越しにでも縦のスジが
分かる。それにそって指を動かしてみる。ここも中々柔らかいな。



『ふ……う…んん…』
ゆっくりと擦っていると徐々に白の下着が透けてきている。これは…
『濡れてる…』
『…ば、馬鹿なこと言うんじゃねえ!濡れてるわけなんかねーだろ。
だいたいそんなこと口に出すなよ、は、恥ずかしいだろ…』
だって濡れてるもんはしょうがないだろ。
しかし、そうか、そうか俺の愛撫で感じてくれてるわけか。男としての自信がついてきた
ぞ。さしあたっては…
『…ひんっ!て、てめえ!まだ駄目だって言ったろう…んんっ』
ショーツの中に手を突っ込み、直に局部に触れる。
ショーツの中はほかほかになっていて、秘部からは熱い体液が染み出ている。愛液が付着
した指でアソコをくにくにと触ってみる。するとさらに液体が流れ出てくるのが分かる。
『ちょ、ちょっと…止めろバカ!止め…ろって…あうう』
“クチュ…チュ…クチュ”
『ひ…んあ…あぅんっ……だ、だめだっての、や、めろよ…』
そんな声出されたら止めるに止められない。止められない止まらない。
つうか、ああ、もう駄目だ。もう限界!
『きゃっ!』
翔のショーツをずり下ろす。もう我慢の限界だった。翔のアソコが見たいの俺は!
『や……やあぁ…』
『うぉぉ!素晴らしい』
翔のヘアも、そして秘裂も全てが剥き出しになった。
なんて、綺麗なんだ…ディ・モールト、ディ・モールト(非常に、非常に)綺麗だ。
『だ、だめ!見ちゃだめぇ!』
俺がもっとよく見ようと顔を近づけると、翔はふとももをぱっちりと閉じてしまった。
これではよく見えん。翔には悪いがじっくりと見させてもらうぞ。
『ごめん、翔』
謝りつつも、翔の足を掴みぱっくりと開く。そして足に引っ掛かっていた下着もはぎ取る。
『あっ…やぁ……』
初めて見る無修正のアソコ。それはエグいとか全くそんなことはなく、本当に綺麗なもの
だった。薄いヘアに覆われており、中からはとろとろと蜜が流れ出ている。
よっぽど恥ずかしいのか、両手を広げて自分の顔を覆う翔。頭隠して尻隠さず状態。すご
く可愛い。あまりに可愛いから少しばかりイジワルをしたくなった。
『綺麗だなぁ…それにいい匂いがするぞ』
鼻を近づけてクンクンとまるで犬のように鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。それだけで翔のアソ
コはヒクヒクと動く。
『ううぅ……やだぁ…』
俺が鼻を鳴らす音が聞こえたのか、翔が可愛らしくイヤイヤをする。顔を覆う手にも力が
入ってるみたいだ。
『味も見ておこうかな〜』
わざとらしく声に出してさらに顔を近づける。俺かなり余裕だなホント。童貞のくせに…
そのまま舌を出してさらに近づ…
『ばかぁ!!』
“ドゴォン!!”
…こうとしたら顔に鈍い衝撃が……ナイス、パンチ…



『ほんっっとごめんなさい!』
ベッドの上で土下座する。端から見れば非常に情けない格好だ。あまりにみっともない。
どこの世界にえっちの途中で相手の女の子に土下座をする男が……けっこういるか…わり
といそうだな、そんな男。少なくとも俺だけってことはないだろう。
『む〜〜〜』
翔は布団から頭だけ覗かせて、じと目で俺を見つめている。そんな姿でさえ可愛いのだが、
今はそれどころではない。
『正直、調子に乗ってました。でも、ほら、なんかあるだろ?あんまり可愛いからちょっ
と苛めたくなる時とか』
『ねーよ』
間髪入れずに否定された。しかも一言で…厳しい。手厳しいですねお嬢さん。
『初めてで緊張してるってのにあんなことするか普通?匂い嗅いだりとか嘗めようとした
りとか有りねーだろ。そんぐらい考えろボケ』
さっきとか打って変わって、普段の調子で俺を罵倒する。えっちの時のしおらしい翔はい
ったいどこへ消えてしまったのか?帰ってきてくれ…
それにどうやら相当ご立腹の様子。確かに初めての女の子にするにはちょっと度が過ぎて
いたのかもしれない。でも俺、童貞ですから…よく分かりません。
『うう、すみません…あの、でも再開させて頂きたいのですが…
よろしいでしょうか…お嬢様?』
これで終わりだなんてあまりに酷すぎる。自業自得なのかもしれないが、それでも酷すぎ
る。生殺しもいいとこだ。この虫ケラどもがぁ!じわじわと痛めつけてくれるわ!、状態。
『…しゃあねえな。もう、あんなことしないって誓うんなら続けさせてやってもいいぜ』
あんなこととは…?
『アソコ嘗めたりとか、匂い嗅いだりとか?』
『そうだ』
むう、嘗めるもNGか。それは中々厳しい条件だな。まあ、しかし背に腹はかえられない。
逆に考えて、それで済むなら安いものだ。
『分かった。絶対に約束する!』
しかたがない。今回は我慢しよう。俺はじっと我慢の子であった。
『…絶対だぞ』
『ああ、絶対だ』
『……じゃあ、指切り』
そう言って翔は布団から右腕だけ出して小指を俺に預ける。
指切りだなんて…可愛い奴だな、ホント。あんまりその様子が微笑ましかったので、思わ
ず笑みをこぼしてしまった。
『『指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ます♪指切った』』
『…約束だからな』
『了解しました。我慢する(今回は)』
指切り完了。約束完了。では、いよいよ…
『では、やらせて頂ます』
まずは翔の体を隠している布団を取る。改めて見る翔の肢体。何度見ても綺麗だな、何度
見ても飽きない綺麗さだ。
『やっぱり綺麗だな』
考えが声に出た。それを聞いた翔の顔が再び朱に染まる。
『…からかうなよ。そんなことねーよ』
『そんなことあるって。からかってなんかないよ、素直に感想を述べただけだ』
何度でも言う、綺麗だ。うっすら汗ばんだ白い体、見てるだけでクラクラする。
『そ、そんなに綺麗か?』
『ああ、とっても』
『…へへ、嬉しいな』
にっこりと微笑む翔。
『翔……』
お互いにゆっくりと唇が近づく。まるで誰かに操られているかのように自動的に体が動く。翔の顔が眼前まで迫る。翔が目を閉じるのが見える。
『ん…うんっ……はん…ン…ちゅむ…ちゅ…』
互いに舌を絡め合う。絡め取った舌をそのまま吸い始める。ディープキスなんてまだ2回
目なのだが、思ったよりも普通に出来るな。なかなかやるじゃないか俺。
『ん!?…んぁっ…ふぅん…』
翔の上の口を自分の口で閉じたまま、手を下の口に向かわせる。触れるとそこはすでに充
分に濡れており、指に愛液が絡みつく。

『ふうぅ…んんっ……ううん…ぷはぁ…』
上の口は解放する。舌から唾液の糸が引いて、顔を離していくと切れた。
翔の顔を見ると、目が涙で潤んでいる。ううむ、綺麗だ。
『すごいな…どんどん溢れてくる』
湿り気のある粘膜が指に吸い付き、離すと弾力でクチャと音を立てる。
『あぅん…音、立てちゃ…んん…恥ずかしいよぉ…』
そう言われても音は立つ。濡れてるんだから音が立つのはしかたないことだ。
『んんっ…ふぁ…ああ…』
少し力を入れて秘裂を弄る。この柔らかな感覚が中々に素敵だ。弄ってて飽きない。
『んっ…ふぅん…あ、うぅん…ふぁぁ…』
ぴちゃぴちゃと水音が耳に響く。まだ入り口付近を弄っているだけなのに、とろとろと愛
液が零れてくる。この小さな器官にいったいどれほどの蜜液を溜め込んでいるのだろう?
女体って本当に不思議だな。まさに神秘の結晶だ。もっと調べてみたい。
『翔の中…すごい』
『あ…ぅ…だ、だめ!そ、そんな…ひろげないでぇ…うぅ…』
翔は肩を震わせて俺の手を押しのけようとする。俺もさせまいと腕に力を入れる。
割れ目をぱっくりと指で開くと、膣内に溜まっていた大量の液体が溢れだしてきた。
『すごいな、アソコの中ってこんな風になってるんだ。中も綺麗なピンク色だよ』
『そ、そんなこと…言わなくて…いい、っての…』
恥ずかしそうに顔を横に向ける翔。こんなに綺麗なんだから恥ずかしがることなんかない
と思うのだが…
『そう言えば、こっちはまだ触ってなかったよな…』
そう言いつつ指をアソコの上部に……可愛く露出している小さな突起に指を持っていく。
『…ひゃうぅ!?』
そこ…クリトリスに軽く指が触れた瞬間、翔の体がまるでブリッジするように跳ね上がっ
た。すごいな…ここまで感じるものなのか、これは…
『そ、そこ…さわっちゃ…や、やだぁ……』
『気持ちよさそうだけど…?』
割れ目をさすりながらも、親指で軽く突起を引っ掻く。それだけで翔はビクンビクンと反
応する。翔が感じてくれていると俺もなんだか嬉しい。
『だってぇ…そこ、さわられたら……んん…なんか…へんにぃ…』
変に、か…俺的にはもっと変になって欲しいところだな。どんどん変になって欲しい。
そう思い、今度は指を秘裂の入り口にあてがい、力を入れて押し込む。
“ジュ…クチュ…”
『はひっ…ん、あぅんんっっ…』
秘裂を裂いて膣内に指を一本侵入させる。すごい、な…
ぬるぬるに濡れた膣内はこんな細い指一本でも充分にぎゅうぎゅう締め付けてくる。まる
でその箇所が独立した生物かの様に蠢いている。
ここに俺の息子が入るわけか…すごく気持ちよさそうだな。
『や……んぁあ…ううんっ…やぁあ…』
中指をやや速めに出し入れする。俺は何のテクニックも持ち合わせていないので、ただ前
後運動させるしかないのだが、それでも翔はけっこう感じてくれてるみたいだ。
『…あぅん……あ…ひ…んんっ…やっ…だめぇ…』
指を出し入れするたびに愛駅も飛び散る。すでに俺たちの周りのシーツはぐっしゃりと濡
れている。
『ひっ……んああああああっ』
翔がひときわ大きな声を上げ、同時に体が1回大きくバウンドする。瞬間的に膣内がきゅ
ううと指を締め付けて、中からは更にトロトロが溢れてきた。
……もしかしてイっちゃたのか?

『はぁはぁはぁ……』
荒い呼吸、そして潤んだ目で俺を見つめる翔。
『そろそろ…いいかな?』
翔に確認する。
…こっちもそろそろ辛抱ならん。挿れたい。翔の中に挿れたい。
『あっ……お、おう。
もう…挿れても、いいぜ…』
翔は頭がうまく働いていなかったのか、しばらく呆然として俺を見つめた後はっとしたよ
うに言葉を出す。…なんにしろOKは貰えたな。
俺は上着を脱ぎ捨て、かちゃかちゃとベルトを外し、ズボンも脱ぐ。
トランクスはパンパンに膨れ上がっており、俺の息子さんが精一杯存在の証明をしている。
そしてトランクスも脱ぎ、翔と同じく全裸になる。
『うわっ…すげえ、おっきい…』
翔はけっこう驚いているみたいだ。ふ、ついに我が股間の「約束されし勝利の剣」を使う
時が来たようだな。いかなる名刀も使わなければ錆びるだけ…使ってなんぼのもんだ。
『こんなでかいのが…挿いるのか…』
『怖いか…?』
『…こ、怖くなんかねーって。心配すんな』
俺を安心させるためにそうは言ってくれてるようだが、どう見ても不安そうだ。
そりゃそうだと思う。仮に俺が女ならすごく怖い。こんな異物が自分の中に挿いってくる
なんて…
しかもこの土壇場に来て、俺には言っておかなければならないこともある。どうしようか
直前まで迷っていたが、やっぱり黙っていたままなのは悪い。
『なあ、翔。こんな時に今更って感じなんだが…』
『ん?…なんだ?』
やっぱり言わなきゃなあ…これは。恥ずかしい話だが…
『実は俺、まだ童貞なんだ…つまりこれが初めてってことになる。
こんな直前まで黙っていてホントごめん。笑うなり怒るなり好きにしてくれ』
こんな土壇場に来て、実は童貞くんでしたなんて、あまりに馬鹿らしい。最初に言ってお
くべきだったと今になって思う。
翔はどんな反応するかな?やっぱ呆れるかな…?
『…なんで笑ったり怒ったりしなくちゃなんねーんだよ?』
だが翔は意外にも心底不思議そうにそんなことを言ってきた。
そして優しげに微笑んで…
『だってお互い初めて同士ってことだろ?貴志の初めてを俺が貰うわけだろ。
…えへへ、なんか嬉しいな』
破壊力抜群な発言をしてきた。
『それになんか安心したぜ。お前も初めてなんだから、不安なのは一緒だもんな。
そう思うとちょっと楽になったぜ…』
ホント…この娘さんは…なんていい子なんでしょう。
『翔っ…』
思わずきゅっと強く抱きしめてしまった。ああ、もう本当に可愛い子だな、この子は。
『翔、じゃあ、そろそろ…』
『…うん』
翔を離し、いよいよ体を重ね合う……と、ここで1つ忘れ物が…
『あ、ゴムない…』
そうだ、ゴムがない。避妊はきちんとしましょう。貴方の一生を左右します。さすがに高
校生を孕ませるのはマズい。そういうのはちゃんと大人になってから。
『いや、ちょっと待てよ。確か…』
脱ぎ捨てたズボンのポケットをゴソゴソと漁る。確か…この中に
『あった。ありましたよ』
今日、稔から、
「女のことで悩んでるんだったら、コレやるよ。いいか、男に必要なのは度胸とコレだ」
と言われて渡されたものだ。その時は、こいつ常に携帯してるのかよ、使いもしないくせ
に…やっぱ馬鹿だな、と思っていたが今は感謝してる。ありがとう心の友。
では…装着変身ッ!

『あ、ちょっと待て…』
…しようとしたら翔に止められた。何だろう?
『…べ、別につけなくていーぜ…そのままでも…』
なんですと?
『つけなくてもいいって…大丈夫なのか?』
『あ、ああ。俺…その……まだ、きてねーから…大丈夫だと思う…』
きてないとはつまり…まだ初潮を迎えてないと?
まあ、確かに女の子になってから2週間も経っていないわけだから、当然か。
『では、お言葉に甘えてこのままいかせてもらいます』
翔の足を掴み、股を軽く開かせる。その間に体を擦り込ませ、翔の充分に湿ってびちょび
ちょに濡れている秘部に自分のペニスを重ねる。
『痛いと思うけど…我慢してくれよ』
『ん…だいじょうぶ……我慢できる』
にちゃにちゃとアソコにペニスを擦りつける。少しでも翔の緊張を解そうと髪を撫でてや
る。
『どこに挿れたらいいか、分かるか…?』
翔が訊いてくる。ご心配なく、さすがに童貞の俺でもそれぐらいは分かる。
そこそこ事前に勉強はしておいたからな。
『ああ、大丈夫だ。…いくぞ』
翔がコクンと頷くのを確認してから、秘口にゆっくりゆっくりと亀頭を埋めていく。
『っ……!あ、く……』
翔がほんの少し声を漏らす。
徐々に腰に力を入れて前進させる。入り口よりほんのちょっと奥に弾力ある壁があるのを
感じる。おそらくはこれが処女膜なのだろう。翔の処女の証。
『翔。力を抜いて』
『ん…う、ん…』
これはあんまりゆっくりとしていたら余計痛いだろう。そう思い、一気に押し入れる。
“ズププ…プツッ…プチッ…”
『くっ…ん、あああ゛あ゛…っ』
ブチブチと膜が裂ける音。痛みからか、翔の体がよりいっそう震える。
初めての証である純血が、結合部から滲んでいる。その血を浴びながら、なおもペニスを
前に進める。
痛そうだな。すごく痛そうだ。出来ることなら代わってやりたい…だがそれは無理だ。
『翔の中…すごく熱い』
熱い。それに指の時も感じたことだが、やっぱり締め付けがすごい。
『うぅん…貴志のも…すごく熱い、よぉ…』
そのまま一番奥まで挿入する。ぐっ…きつい…
『ひっ…あんっ……やっぱり、おっきい…』
やばい。気持ちよすぎる。粘膜がぎゅうぎゅうに締め付けてきて…
…これじゃあ、すぐに出ちまう。早漏は駄目だ。男として早漏だけは…
『んんっ…ビクビク…してる…』
翔の呟きがさらに息子を反応させる。
落ち着け…「素数」を数えて落ち着くんだ。素数は誰にも砕けない。
俺にも翔にも神にも誰にも…そう、誰にも変えることの出来ない唯一の理、真実だ。
2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47…よし、落ち着いた。
『う、うごいて…いいよ』
…って落ち着けるかド畜生がァ―――ッ!
そんなウルウルした目で見つめられて落ち着ける男なんかいりわきゃねえー。
『ぐぅ!…翔、ごめん…ッ』
もう、限界ッ!
『あっ!?…んんんっ…あつぅ…っ』
一度も動くことがないまま翔の一番奥で暴発してしまった。ドクドクと精液が翔の中に注
ぎ込まれていくのが分かる。うう…情けない。

『翔、ホントごめん…』
情けなや、早漏の俺。これは謝っても謝り尽くせるものではない。翔も呆れていることだ
ろう。
『しょ、しょうが…ないよ。だって初めてなんだから…
それに、そんなに気持ち良かったんだったら、それだけで嬉しいよ』
涙の筋を出来た顔に笑みを浮かべて俺の頬を撫でてくれる翔。その様子を見て再び硬度を
取り戻す俺の息子。このまま終わったら男の恥。第2ラウンドだ
『あっ…また中で……おっきくなって…?』
『翔。悪いけど、このまま動かすぞ…』
“ズズ…チュジュ……ズッ…”
『んんっ…んっ…んくぅ…』
回復したペニスを動かす。一度出したせいか膣内は俺の精液と翔の愛液でかなり滑りがよ
くなっている。しかしそれでも中はものすごく狭い、と言うかキツイ。締め付けはまった
く衰えることがない。
『ふぅんっ…ああ…んっ…うぅ…』
翔が辛そうな声をあげる。目をきつくきゅっと閉じており、目尻からは涙が滲んでいる。
必死に痛みに耐えているのだろう。
『つぅ…!』
こっちはこっちで快楽に耐えている。一度出したばっかりなのにまたすぐに射精感が込み
上げてくる。それをなんとか押さえ込んでゆっくりとペニスを動かす。
『んんっ…んっ…もっと、速くしても…だいじょうぶ、だよ…』
『大丈夫って、今でもすごく痛そうじゃないか…』
そんな辛そうな顔で言われても説得力がない。
『そんなの…あぅ……我慢できる、から…』
なんて健気な子なんだ。でも、そこまで気を遣ってくれる必要はないぞ。
……とは言ったものの俺はそろそろ限界が近い。
『…ひぐっ…あんっ…んん…速く、しても…いいのに…』
翔の気遣いを受け取らず、あくまでゆっくりマイペースに肉壁の中を動く。速くしたら今
以上に翔は痛いはずだから、まだまだ慣れてない状態でそんなことは出来ない。
ゆっくりとだがさっきよりは力を入れて翔の中を突く。
『く…で、出るぞ。翔っ……』
翔の奥をズンと突く。そのはずみで暴発するのが分かる。
『…ひぅぅ…っ。ま、また…熱いのがぁ…』
子宮にザーメンが吐き出される。さきほどと同じぐらい大量に翔の中に俺の精液が流れて
いく。
それでも俺はまだペニスを抜かない。
『俺はまだまだやりたいんだけど、翔はまだいけるか?』
『ん……俺は大丈夫。もっとしていいぜ…』
俺はまだまだ抱きたらない。そしてなにより…
『うぁっ!…はぅぅ…う、んっ…やぁん…』
翔がまだイってないのに、俺だけ気持ちよくなって終わらすことなんか出来はしない。
体勢を変えて、今度は翔を抱きかかえる。下から翔の中をさっきよりも速いスピードでズ
ンズンと突く。突き上げるたびに豊満な乳房が揺れる。なんとも官能的な光景だ。
『…はぁっ…あぅぅ…うう…んっ…あ、なんか…ちょっと気持ちよく、なって…』
すでに二度出しているのでだいぶ我慢がきく。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる肉壁にも少
しばかり慣れてきた。今度はけっこう長く出来そうだ。
『…んあぅっ!…んっ…そこぉ…いいよ…』
浅めのザラザラしたところを擦ると翔が甲高い声を上げた。同時に中が更に締まる。
…ここが気持ちいいのかな?
『んっく…気持ちいいか?』
『…ふあぁ…う、うん…気持ちいいよぉ…うんっ…いい…』
愛液やらカウパー腺液やら精液の滑りで、腰を動かすたびにズブズブとペニスが抜けてい
く、それを離さぬように翔の膣がぎゅっと締め上げる。

『ひっ…んぁう…あんっ…やぁあ…は、はげし…ひぃんっ…』
翔の腰とお尻を掴み、抜ける寸前まで腰を引き、一息に子宮口を叩く。腰を打ち付け合う
音と液体が飛び散る音が耳に響く。ぱちゅぱちゅという卑猥な音が響く。
『あああっ…なんか、へんなの…へんなのが…く、くるよぉ…』
翔の目がだんだん虚ろになっていく。口は開きっぱなしでそこから流れ出た涎がシーツに
落ちる。
『ひゃ……んっ…らめらって…んぁああっ……ん、へんなのぉ…へんにゃのがぁ…』
声が裏返って呂律がまわっていない。そろそろ絶頂が近いのだろう。
つうか、俺の方も…やばい…
『んぁっ!…はやひ…はやひって…ああう……そんなに、かきまぜたら…んんんんっ…』
パンパンと腰を思いっきり打ち付ける。
もうテクニックもクソもなくただ速く、強く、力一杯腰を打ち付けるだけだ。
ラストスパート。最後の力を振り絞る。
『やぁんっ!…ひくぅっ……あついの…へんなのがぁ…んんっ…あがって…んぁぁぁっぁ
も、もう……ひんっ……い、イク……あぅうんんっ!』
『っつ!うぅ…っく…翔、一緒に…』
一緒にイきたい。こっちももう限界が…っ。
『う、うん…一緒に…いっしょにぃ……ひゃうんっ!』
また急激に中が締まる。もう…で、出るっ!
『あ……ッ!やあ、ああああああぁぁぁーー!!!」』
ドクンと中で弾けた。ビクンビクンと跳ね上がり、残っていた精液を全部余すことなく翔
の内に注ぎ込む。止まらない。長く長く射精が続く。
『あ……おなかの中に…せーえき、いっぱぁい…』
虚ろな目で翔が呟く。焦点が合っていない。口からは涎がだらしなく流れ、今もなお肉棒
を呑み込んだままの膣からは俺の精液、白濁の液体が僅かに音を立てて溢れ出ている。
『しょ、翔、大丈夫か…?』
心配になって声をかけてみる。俺ももう限界だったのだが、もしかすると翔はとうに限界
を超えていたのかもしれない。だとするとマズい。
『ふぇ…?』
と、呟いたかと思うと、そのままゆっくり俺の体に倒れ込んでくる翔。
うお!?本当に大丈夫か?
『しょ、翔!?』
『…へへ、腰が抜けちゃった…』
どうやら大丈夫そうだな。
俺にのし掛かっている翔の体をぎゅっと抱きしめる。熱い。
『こんなにいっぱい中に出して…もう、お腹の中たぷんたぷんだよ…
まったく、もうちょっと人のこと考えろよな…』
そう言いながら俺に微笑みかけてくる翔。
『ごめん。ちょっとやりすぎた…』
『ふふ、冗談だってば。すごく気持ちよかったよ』
翔はころんと体を動かして、俺の腕の上に頭を乗せる。これはもしや、男のロマン、腕枕
というやつでは……
『な、なあ……』
『ん?何だ…?』
『これからは、その…おにいちゃんって呼んでも…いいかな?』
へ?おにいちゃん?
『そりゃ、もちろん!是非とも呼んでくださいまし』
なんか感激で語尾がおかしくなった。「おにいちゃん」ですと…なんと、翔からそんな言
葉が聞ける日が来ようとは……感動した!!
『えへへ…おにいちゃん大好き』
『俺も、翔が大好きだ…』
俺の腕の中ですうすうと寝息をたてる翔の頭を撫でながら、思う。
俺ってすごく幸せ者だ。




目が覚めると巨大な虫になっていた。グレゴールは虫になっちゃった。俺も虫になっちゃ
った。
…なんてことはなく、普段通りの姿だった。
仮にここで俺が虫やら女やらに変身していたら物語としては意外性があって面白いのだろ
うが、生憎そんなことはなかったようだ。それに第一俺が困る。すごく困る。
折角宝物を手に入れたというのに、また振り出しに戻るなんてすごろくは意地悪が過ぎる
だろう。今までの努力が水の泡だ。
『それにしても清々しい朝だな』
慣れない運動をしたせいか体はだるいし腰も痛いがそれでも十二分にいい朝だ。気分がい
い。ものすごくハッピーだ。ラブアンドピースだな人生は。
何せ朝起きたら自分の隣には裸の美少女が寝ているのだ。これほど素敵なことはそうそう
あるまい。その幸せを確かめるために隣で寝ているであろう翔に目をやる。
『あれ?』
が、俺の隣には誰もいなかった。誰もいない。
『あ、そっか。左隣じゃなくて右隣だったっけ』
左を向く。床があった。当然だ、俺はベッドの左端で寝ていたのだから…
結論、翔はベッドにはいない。
『先に起きたのかな?』
まあ、別にベッドにいなくても不思議なことではない。大抵俺の方が翔より早起きだが、
翔の方が先に目を覚ますこともあるだろう。別に珍しいってことだけで、不審に思うこと
でもない。
『あれ?なんで…??』
だが布団から出るともう1つ疑問が発生。これは些細な、ではなくわりと大きな疑問。
『なんで俺、服着てるんだ??』
昨日は翔が眠ったのを確認した後、俺もすぐ眠りに落ちたはず。服を着ずにそのまま寝た
はずだ。ではなんで今服を着ているんだ。
辻褄が合わない。理屈が合わない。意味は同じだが…


『おかしい。おかしいぞ、これは…』
不安になってきた。
昨日の夜の出来事は果たして本当に現実にあったのことなのだろうか?「もしかして俺の
夢オチ?」とか、そんなベタベタで尚かつ最悪な展開だけは正直勘弁して欲しい。いや、
でもはっきりとその最悪を否定出来ない。以前にも翔の淫夢を見たことがあるわけだし…
あの時は口でしてもらうだけで本番まではいかなかったのだけど。
だいたい翔が俺のことを「おにいちゃん」だとか「大好き」だとか言うなんて非現実的と
言えば非現実的。今まではまともに名前で呼ばれたことすらなかったのにいきなり飛躍し
過ぎな気もしないでもない。
夢、夢か…有り得ない話じゃない。むしろかなり有り得る話。
夢…都合のいいもの。美しいもの。残酷なもの。
嗚呼、そう考えるとますます不安になってきた。不安スパイラル。
『いかん、いかん。起きたときの幸せな気分がフっ飛んでしまった』
ネガティブなことを考えだすとキリがないからな。もっと明るくいこう。明るく明るく蛍の光……あれ、あんまり明るくないや。むしろ暗い。
『とりあえず起きよう』
いつまでもベッドの上でウジウジと考えていてもしょうがない。起きよう。起きて行動し
よう。
ベッドから起き上がり、部屋のドアノブを回す。顔を洗って頭をしゃっきりさせるか。
―――と、
『あ、…おはよう。おにいちゃん』
ドアを開けると、目の前には良く見知った美少女が立っていた。
『おお……』
夢じゃなかった。現実だった。紛う事なき現実。
良かった。ホント良かった。ありがとう神様。ありがとう世界。愛している。
『ん?どうしたんだ?』
感動でしばらくぼうっとしていたせいか、翔が少し心配そうな顔で見つめてきた。俺の方
が背が高いから、翔は必然的に見上げる格好になる。なんだか可愛らしい。
『あ、いや、なんでもないんだ。おはよう』
朝の挨拶を交わす。思えば俺から挨拶をすることはあっても翔からされたことは今の今ま
でなかった。新鮮な感じがする。



シャワーを浴び終わり、髪をタオルで拭きながら台所まで歩く。裸で寝たはずの俺が服を
着ていた理由は簡単、要するに翔が着せてくれたのだ。「朝寒かったし、風邪引いたら大
変だからな」とのことだった。お心遣い大変嬉しい。しかし服を、しかもパンツまで穿か
せて貰ったってのはなんだか恥ずかしいな。赤ん坊みたいだ。
今から朝飯を食べようと思っているのだが、時刻はすでに12時をまわっている。昼飯に
なってしまった。よく寝たもんだ。こんなに寝たのは初めてかもしれない。
そんなことを思いながら台所のドアを開ける。
『さーて、パンでも焼くか』
と、思ったがどっこい。テーブルの上にはすでにサンドイッチが用意されていた。何故?
何故こんなところにサンドイッチが?しかもタマゴサンド。美味しそうだ。
『サンドイッチでよかったか?駄目なら他に何か作るけど…』
声のした方に視線を移すとエプロン姿の可愛らしい女の子がやや不安そうな面持ちで俺を
見ていた。誰?
この娘はもしかして、いやそれ以外に有り得ないのだが…
『え〜と…翔?』
『やっぱりサンドイッチ嫌いだったか…?』
つまりはこのサンドイッチを作ったのは…翔だということでファイナルアンサー。
『いや、大好きです!』
サンドイッチもエプロン姿も大好きです。美味しそうです。食べ頃です。とっとと、いか
んいかん。朝からなに邪なことを考えているんだ俺。そういうのは夜になってから。
『そ、そっか。良かった』
ほうっと胸を撫で下ろす翔。しかしまさかお昼が用意されていようとは、しかも翔が作っ
た。
とりあえずサンドイッチを一口食べる。これは…
『…美味しい』
潰したゆで卵をマヨネーズであえ、タマネギと一緒に食パンに挟んであるだけのものなの
だが、美味しい。
マヨネーズが卵を!塩こしょうがタマネギを引き立てるッ!「ハーモニー」っつーんです
かあ〜〜〜〜。「味の調和」っつーんですかあ〜っ。
たとえるなら、
サイモンとガーファンクルのデュエット!くり〜むしちゅ〜上田に対する有田!高森朝雄
の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」!
………つう―――っ感じっスよお〜〜〜〜っ。



『いや、本当に美味い。今までこんな美味しいもの食べたことない』
『大げさだって。たかだがサンドイッチで…』
翔は照れくさそうに少し頬を赤く染める。お世辞に聞こえたかもしれないが本音だ。
ゆっくりと噛みしめ味わう。残り一個。名残惜しいが残り一個を頬張る。
『ごちそうさまでした』
完食。
食べ終わって空になった皿を洗おうとしようとしたら翔に止められた。
『俺が洗っとくから、おにいちゃんはてきとうに休んでていいよ。起きたばっかりだし、
しんどいだろ?』
『え?…でも、いいのか?』
自分の分は自分で始末するのが当然だと思うのだが。人にやって貰うのは悪い気がする。
『いいっていいって。だって今まで炊事も洗濯も買い物も全部おにいちゃんにやってもら
ってたし。だから今日からは俺が全部やる。こう見えてもけっこう料理とかも得意なんだ
ぜ。まかせろ』
まあ、そう言って貰えると有難いが。確かに親が旅行に出てから翔の分も全部俺がやって
たからな。見事なまでもパシリだったと自分でも思う。
しかしさっきから妙な違和感というか何というか…
『あの、翔…』
皿を洗っている背中に話しかける。
『うん?なに?おにいちゃん』
それだ!
『もう1回言って』
『おにいちゃん?』
おお、ゴッド。「おにいちゃん」なんて甘美な響きなんだ。血湧き肉躍る高揚感…これが
恋いか。これが恋をしているってことなのか!
どこかで誰かが「それ違う」と言ったような気がした…
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