(1)

「うー…」
瞼の裏に光を感じ、高遠 和泉(たかとお いずみ)は目を覚ました。覚醒しきっていない意識で見渡すのは、見慣れない部屋の天井。
(俺の部屋…じゃないよな)
ぼんやりとそんなことを思い、身体を起こそうとする。と、胸の上で何かが動いた。無意識のうちに手をやり、払いのけようとして…和泉は凍りついた。
「…え?」
一瞬で意識が完全に覚醒した。呆然と自分の胸に乗っている物体を見つめる。
それは、どこからどう見ても胸以外の何物でもなかった。
ムネ・チチ・乳房・おっぱい。言い方はいろいろあるが、俗に言う女性の胸部がそこにある。
(…本物、か…?)
恐る恐る触れてみると、指先にしっかりとやわらかい感触。そして同時に、胸部に触られた感触。
思い切って強く掴んでみると、かすかに痛みが走った。
「ひゃっ…!?」
思わず声を上げてしまい…そこで再び和泉は凍りついた。
「声が…俺の声じゃ…」
自分の声は20代男性としてはやや高い方ではあったが、それでももっと低かったはずだ。少なくとも、こんなあどけなさの残る少女の様な声ではなかった。
(…まさか)
その瞬間、色々な本などで読んだ、とある事柄が和泉の脳裏にひらめいた。あわてて下半身を覆ったままのシーツに手を突っ込み。股間をまさぐる。…無い。長年慣れ親しんだ自分の分身、男としての象徴が。
代わりにあったのは、何度か女性と身体を重ねた時に見た裂け目と、そこに触れたときの得体の知れない、しかし強烈な感覚。
「…ウソ…だろ…」
思考停止した頭に、一つの言葉が浮かび上がる。ご丁寧に、ネオンの装飾で縁取りされて。
和泉の口は、我知らずその言葉を呟いていた。
「俺…女になっちまった…」


茫然自失していたのはどれくらいだっただろうか。ふと気付くと、ベッド右方向のドアからノックの音が聞こえていた。
「高遠君、高遠和泉君。起きたかね?起きていたら返事をしてくれないか」
「え?あ…はい」
ノックと同時に聞こえた声に、和泉が反射的に答えてしまう。
「失礼するよ」
言って入ってきたのは、長身長髪の青年だった。伸ばした銀髪をゴムでまとめ、後ろに流している。痩せてはいるがしっかりと筋肉もついているらしく、ひょろっとした感じはしない。
「まぁ、色々と言いたい事、訊きたい事があるだろうが…まずは服を着てくれないかね?」
そう言うと、かれはベッドサイドのテーブルを指し示し、背を向けた。言われて初めて、和泉は自分が全裸であることに思い至った。
「あ、はい…」
未だに全く状況が飲み込めていないが全裸というのも恥ずかしいので、素直に従っておく。もぞもぞとベッドから這い出して服を広げ、白いワイシャツに袖を通す。次いでカーゴパンツに足を通そうとし、
「わっ…とっと…うおっ!」
上手くバランスが取れないのか、派手にコケた。
「痛ってぇ…」
「気をつけたほうがいい。まだ身体の感覚が馴染んでいないのだろう」
青年から言葉が飛んでくる。その内容に眉を寄せつつも、和泉はベッドに腰掛けてカーゴパンツを身につけた。
「さて、まずは順を追って説明していこう。長いが、全て説明する。私の名はレイ・アルカーディス。レイ、と呼んでくれて構わない」
そう自己紹介すると、青年…レイは持ってきたコーヒーに口をつけた。
「君の名は高遠和泉、11月5日生まれ、去年で二十歳になった。覚えているね?」
「ああ…」
「そして、君は半月前に…死んだ」





(2)
「なっ…」
がた、とテーブルを揺らして立ち上がる。レイが持ってきた、こちらは紅茶の表面が少し揺れる。
「落ち着いて聞いて欲しい。…君は吸血鬼の真祖同士の戦闘に巻き込まれた」
「…そんな…」
吸血鬼。表沙汰には出来ないが、昔から人間と共存してきた闇の眷属。血を吸い、吸われた相手は同じく吸血鬼になるという。
「とはいえ、真祖は滅多な事では血を吸わない。また、意図的に吸血鬼化させようとしない限り、相手がそうなることも無い」
レイが表情から読んだのか、和泉の思考の後を続ける。
「真祖とは、元より吸血鬼という種族である者達。現在はある程度まとまってはいるが、それほど数は多くない。多くは人間の世界とは関わらぬよう生きている」
和泉も以前に吸血鬼に関わったことはあったので、それは知っていた。本来人間には干渉しないのが原則だということも。
「戦闘の理由はさておき、君は真祖同士の戦闘に巻き込まれ、死亡した。だが…君という存在は彼らにとってもイレギュラーでね。これも後々説明するが、私のところに運ばれた」
「…レイ…は、医者か何かなのか…?」
「そう思ってもらってさほど問題はあるまい。ともかく、私は彼らに君の…聞こえは悪いが、文字通り修復を頼まれた。だが…」
一度言葉を切ると、コーヒーをすする。
「君の身体は、『修復』では済まないほど損傷していた。即死、と言い換えてもいいな。もちろん死者を生き返られる事は不可能だ。だから私は、君の細胞からクローン体を作った。幸いなことに、脳は無事だったのでね。
そしてクローンの肉体が現在の君の年齢に追いついたところで、脳を移植する…はずだった」
「はず…だった…?」
言われて、和泉は自分の身体を見回す。どう見ても生物学的に女の身体であり、男の身体ではない。
「何が原因なのかは解らないが…誕生したクローン体は女性だった。神の悪戯か生命の神秘かは解らない。遺伝子改変等も一切していない。だが、女性だった」




「そして同時に、君の元の身体が崩壊を始めたんだ。このままでは君は完全に死ぬ。だからそのまま移植を行った」
「そん…な…ウソだろ…」
「信じたくない気持ちも解るが、嘘ではない。男と女という違いはあるが、それ以外の遺伝子は元の君と全く同じだ。今、鏡を持って来よう」
それだけ言うと、レイはカップを残して部屋を出て行った。残された和泉は所在無さげ、に軽く腕や足を動かしてみる。
確かに、違和感は全く無い。もっとも他人の身体に脳移植された経験があるわけでも無いので、それが常態なのかどうかは知らないが。
「待たせた。鏡を持ってきた」
レイが大きな姿見を持って入ってきた。椅子に座ったままの和泉に、全身が写るように調整。鏡の中には、まだあどけなさの残る美少女が座していた。
セミロングに整えられた髪の毛は黒く輝いており、瞳も大きすぎず小さすぎず。他にも色々と『美少女』たる部分はあったが、何より和泉はその顔に自分の面影が色濃く残っていることに安堵と不気味さを感じた。
「…少なくともナンパな奴は絶対声をかける、そうでなくても声をかけたくなる美少女だな…」
自分でそう評価してみる。服装が間に合わせ(っぽい)にも関わらず、カップを持つ仕草は非常に絵になる。
「うむ。俗に言う萌え系美少女だな」
「…スマン今無茶苦茶アンタの事をブン殴りたくなったんだが」
「冗談だ」
(真顔で言われてもわかんねーって…)
溜息をつき、和泉は気を取り直した。
「男に戻る方法は…あるんだろうな」
「目下研究中だ。だが…」
「ん?」
「少なくとも行方不明が半月。公式に、君は死亡したことになった」
カシャン。
紅茶のカップが割れる音が、部屋に木霊した。
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