☆超常姫 レイ・ファルケン!


―某空手団体の全国大会、無差別級決勝戦。その会場において、1人の男の運命が、決定的に変わろうとしていた。
 


「せぇぇぇぇいっ!!」 
 雷鳴のような気合とともに、風見光二(カザミ・コウジ)の右の回し蹴りが一閃した。
 2m近い長身の男が巻き起こす旋風は、対戦相手の側頭に吸い込まれるように決まり、一瞬、首が吹き飛ぶ。
 がくん。
 完全に意識を失った重量級の猛者が、膝から崩れ落ち、床に倒れ伏した。
「ぃ、一本!」
 宣言とともに、審判の腕が高々と挙がる。
 歓声がはじけた。
 優勝、である。
「押忍っ」
 風見は、それが当然であるかのように平然と、一礼した。
 ざんばらに伸ばした髪を無造作に後ろで束ねた、荒武者のような雰囲気の男である。
 その顔立ちは意外に若く、いまだ20代前半に見えた。
 そして、名匠の手によって鍛錬された鋼のような肉体は、その長身と相まって、剛刀の威風を湛えていた。



「ふぅん、アレがいいんじゃないの?」
 観客席に腰をかけながら、1人の赤毛の女が風見を指差し、隣の眼鏡の女に問い掛ける。
「そうね……肉体的な能力は申し分なし、ね。あとは、相性の問題だけど…」
「そんなの、捕まえてから試せばいいでしょ」
「そうね。失敗しても、いいデータが取れるわね」
 周囲の歓声をよそに、異様な相談をする2人の女は、にぃ、と同じような笑みを浮かべた。





「ふぅ」
 選手控え室。
 いまの所、この部屋にいるのは表彰式に控えて体を休めている風見だけである。
 彼は、自らのタオルで汗をぬぐい落とし、スポーツドリンクに口をつける。
 がちゃ。
「はいはい、風見くーん、ちゃっちゃと捕まっちゃってねー」
 突然、扉が開かれ、赤毛の女が入り込んできた。
「……?」
 その唐突な登場と、理解できない言葉に、風見は対応が遅れた。
「ぷしゅー♪」
 彼女はどこからともなく取り出したガスマスクを被ると、手のひら大のカプセルを転がす。
 そして、その言葉通りの音とともに、中から真っ白い煙が噴出する。
「……っ! 何だ!?」
 危険を感じ慌てて息を止めるが、疲れ切った体には耐え切れず、すぐに大量の煙を吸い込んでしまう。
 しかし風見は、特に何も感じない。
 否。何も感じなくなっていく。
 風見は、自らの体の感覚が次第に消失していくのを感じ、そして、力を失って倒れた。
「げぇーっと」
 意外に子供っぽい表情で、赤毛の女は親指を立てた。




「う……ん」
 風見は、体に感覚が戻っている事に気付いた。
 鈍った思考も、次第に鮮明になっていく。
「……っ!」
 何が起こったかを思い出した風見は、咄嗟に身を起こそうとした。
 しかし、両手、両足が動かない。慌ててそれぞれに目を遣ると、金属製の枷が嵌められていることが分かった。
 さらに、体にはなにも身につけていない。つまり、裸だ。
「くっ、何だ、これはっ!」
 意地で動こうとするが、風見の力をもってしても枷はびくともしない。
 実に1時間に及ぶ格闘の末疲れきった風見は、脱力し周囲を見回す。
 薄暗い室内は、異様で、ある種厳粛な雰囲気が漂っている。
 風見が寝かされているのは、シンプルながら大きく、頑丈なベッドである。
「……これって、手術室か?」
 しばし考え、似たような形式の部屋を思い出して、呟く。
「当たりよ」
 いつの間に入ってきたのか、白衣に眼鏡の女が、部屋の隅に立っていた。
 彼女は壁のスイッチを操作する。
「うっ…」
 強烈な照明に突然照らされ、風見はうめき声を上げた。
「貴方は今から生まれ変るの。私達の組織の戦士として」
「は? な、何の話だよっ!! 何を馬鹿なことを言ってるんだ!!」
 叫び、暴れる風見に構わず、彼女は噴射機を取り出し、白い煙を吹き付けた。
「っ!! やめろ、止めろーっ!!」
 叫びながら全力で暴れるも、頑丈な枷に阻まれる。煙を吸い込んでしまった風見の体から、再び力が、感覚が失われていく。
「ふふ、まさに組織の戦士たるにふさわしい闘争心ね。大丈夫よ。脳の方も改造してあげるから、何の疑問も抱かずにすむわ」
 意識が失われる瞬間、あまりにも不吉な言葉が、風見の耳に響いた。





 ただひたすらに、「作業」する音が続く。
 そして、作業の進展にしたがって、眼鏡の女の淡々とした機械的な声が放たれる。
「FDSシステム……作動」
 実験体Aの位相強制変異……完了。
 実験体Bの位相強制変異……完了。
 実験体Aの精神体の一部抽出……完了。
 精神体の実験体Bへの移植……完了。
 実験体A・Bへの小型FDSシステム移植……完了。
 実験体A・Bのシンクロ率……67%。概ね良好。
 実験体A・Bへの脳改―っ!?」
 どぉん。
 部屋に大きな衝撃音が響き、それまでは完全に感情を消して機械的に声を放っていた女の声が、乱れる。
「またアノ連中かっ!? ……仕方がない。手術は一旦中止。すぐに戻ってくるから、おとなしく待っていなさいよ?」
 眼鏡の女は、返事が返ってこないことを承知の上でそう言葉を残すと、慌てて部屋を飛び出していく。
 彼女は気付かない。実験体Bと呼ばれた小さな影が、既に意識を取り戻し、一瞬の隙をついて何かを掠め取ったことに。




 強烈な振動が、全身を揺るがす。
「あぅ…ん」
 か細い、透き通るようなアルトが、薄暗い空間に生じる。
 声の主は、部屋の中央に備え付けられたベッドに拘束されて横たわっている、10代半ばほどの、裸の少女である。
 雪のように白い肌、折れそうなほどに細い手足、かすかに膨らんだ胸、通った鼻筋、柳のような眉、桜色の唇に、赤らんだ頬。
 ざんばら、としか言いようのないほどにほつれた長い黒髪を除けば、繊細極まる芸術品の如き少女が、長いまつげを震わせてうめいている。
 再び、振動が起こる。
 ベッドが、部屋全体が揺れる。
「ん……っ!?」
 唐突に、少女が目を覚ました。
 自由になる首だけを起こして、きょろきょろと周囲を見回す。
「誰もいない……何があった? あれ?」
 少女は、戸惑ったように呟く。
 ふと、喉もとに手を当て……ようとして、そこで手枷をつけられていることに気付く。そして、自分の体を見回して……。
「わぁーっ!?」
 あがった悲鳴も、か細いものであった。
「な、な、な、なんだこれっ! なんで俺が女なんだっ!?」
「そりゃまあ、改造されたからだわな」
 不意に、傍らから発せられたしゃがれ声に、少女は不自由な体を何とか動かして、声のする方へ目を向けた。



声の主は、九官鳥だった。少女とおなじベッドの上に立ち、その足も少女と同様に枷で拘束されている。
「カラスか?」
「九官鳥だってーノ。馬鹿たレ」
 口の悪い九官鳥も居たものである。
「自分の意思で喋れるのか?」
 少女は、驚いて問う。
「オマエが女になっちまったことに比べれば、たいしたことじゃねーんじゃねーノ?」
「……そうだった………」少女は一瞬落ち込むが、すぐに気を取り直して、尋ねる。「そういえば、さっき俺が“改造”されたとか何とかって言ってたな?」
「そうだヨ。オマエは、この組織の連中に改造されて、そーいう姿になっちまったってェ訳だナ」
「何でだよ! 普通、秘密組織の改造っていったら、超人とかなんとか、強くなるもんじゃないのか!?」
「そういう問題かヨ。ってまあ、それにはいくつか理由があってだナ……」
 そこまで九官鳥が言った時、三度目の、振動が起こった。
 振動は、段々と大きくなっていく。
 爆発音のようなものも、漏れ聞こえる。近づいてくるようだ。
「ま、それは後で話したほうがいいみてーだわナ。逃げるゾ」
「え? で、でも、どうやって!?」
「と、そうか。枷が付いたままだったナ」
 九官鳥は言うと、くちばしを大きく開けて何かを吐き出す。小さな金属製のそれは、鍵のようだ。
「? 枷の鍵か?」
 驚いた少女は、ともかくも鍵を使って枷を外す。
「ま、鍵を掏られたのにも気付かねー方が悪いんだわナ。あ、ついでにこっちも頼むワ」
「凄い器用だな。それに引き換え、俺はこんな体か……」
 九官鳥の枷を外してやりながら、少女はぼやく。
「そういうがよ、オレだって好きでこんな体になったわけじゃねーシ。オマエのその体だって、特別制のスゲェ力があるんだゼ?」
「そうか?」少女は、改めて自分の体を見下ろし、そして、図らずも今の自分姿を再確認することになってしまい、落ち込みながら、言った。「こんな華奢で寸足らずな体にか?」
「だーら、そんなことはとにかく逃げ出してからにしようゼ。脳改造なんて、されたくはねぇだロ?」
 九官鳥のその言葉に、少女は気を取り直して、シーツをベッドから引き剥がし、身にまとって立ち上がった。


「そうだな。と、これだけは聞いておこう。名前は? 俺は、コウジ。風見光二だ」
「オレは、そうだな……九郎とでもしておくカ」
「クロウ? そりゃまた、ベタベタだな」
「わかりやすくていいだロ。さ、さっさと行くゾ」
 そうして、九郎と名乗った九官鳥は、少女・風見光二を急かした。
 どどどぉん。
 その途端、これまでで最も激しい衝撃が部屋を、そしておそらくは建物全体を襲う。
「と、と、とっ」
 光二はその揺れに足をとられ、よろめく。
「おいおい。なにやってんだヨ」
「仕方ないだろう。この体に慣れてないんだ。思ったより随分と反応が鈍い」
 光二の肩からずり落ちそうになった九郎が抗議の声を上げ、光二は言い訳がましくぼやいた。と、その拍子に肩のシーツがずり落ちそうになり、慌てて抑える。
「まったく、面倒だな。男だったら、腰蓑ひとつでいいんだが」
「そういうもんかネ。ま、可愛いんだからいいじゃねぇカ」
「可愛いいとか言うなっ!」
 九郎の茶化しを、光二は頬を赤く染めて咎めた。
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