「ほ、本当に入れ替わった……」
「何を今更。では、早速調査を始めよう」
 薄暗い物置のような部室で、俺は感嘆の声を漏らした。そりゃあ先輩の知識や技術は認めているが、
よもやこんなことが本当にできるとはさすがに思っていなかったからだ。

 俺は鏑木瑞貴(かぶらぎ・みずたか)。この高校の2年生で、総合科学技術研究開発部の部員だ。
とはいえこの部は部長である宮小路美穂(みやのこうじ・みほ)先輩の他は俺しかいない。
だから規模からすると同好会なのだろうが、どういう経緯か生徒会からも部として認められてて、
わずかばかりではあるが年間予算だってきちんともらってる。とはいえ学内ではかなりの異端児
的扱いだ。いや、それは成り立ちのせいじゃない。この部を異端児と言わしめてるのは、
なにより部長である宮小路先輩の存在のせいだった。
 頭は超が蝶になって蝶サイコーと言わしめるぐらいの天才。背も高く、運動だってそつなく
こなす。スタイルも良くて顔だって相当レベルは高い。基本仕様だけ見たなら、誰しもが間違いなく
BTOによる追加オプションの必要がない、ハイエンドモデルだと評価するだろう。
 しかしこの人、そんなバリバリの高スペックを持ちながらも浮いた話をまったく聞かない。
少なくともこの高校においては俺の知る限り皆無だ。理由は単純、悲しいかな一般的な学生として
とか、なにより女としてとかいう部分で脅威的なほど世間と隔たりがある人なのだ。はっきり
言ってしまえば変人。それも超とか蝶のレベルで。せっかくの美人も分厚い眼鏡とボサボサに
伸び切った髪に隠れ、ナイスなスタイルも普段から制服の上に何故か白衣を羽織っているため、
その奇妙なスタイルの方が印象に残る有様。言動も少々……いや、少しレベルじゃないかも
しれないが、色々問題ありすぎ。ともあれそんな人なんで、必要が無い限り彼女と積極的に
接触しようなんて人間はこの学校にはいない。教師すら避けてるというか逃げてるぐらいだ。
 そんなこんなで、この学校においておそらく先輩と言葉を交わす回数ダントツNo1は、まず
間違いなく俺だろう。とはいえそれ、全然誇れることじゃないのだが。
 ちなみに俺はなんでそんな立場にいるのかというと、入学直後の新学期、うかつにも好奇心だけで


他の先輩達にも「絶対に近寄るな」と釘を刺されていた総合科学技術研究開発部の部室に、
サークル見学だという建前で覗きに行ってしまったのだ。今思えばこれが運命の分かれ道で、
「助手が一人欲しかった」という先輩の一言とともに拉致られ、そのまま強制入部させられた。
かくしてその日から俺は「変人の助手」として学内でも村八分状態。実質本当にその立場を
受け入れる以外に道が無くなって今日にいたっている。
 そんな先輩が今日部室に持ってきたのが、電球がついた二つのヘッドギア。なんかどっかの
カルト宗教の信者でもかぶっていそうなチープな作りって感じのやつ。
それが何かと聞くと、なんと驚くなかれ、人間の意識を入れ換える機械だという。
「男と女では感覚に差があるのだというが、それを実証した者はいない。なにしろ男は女の、
女は男を比較するための基準を、想像以外に持ち得ないのだからな」
とは、先輩の弁。だから入れ換えて色々調査するのだと言うんだが…………。
 正直に言おう、眉唾だと思った。そりゃ先輩は稀に今の科学技術を超越してません? ってな
発明するような人ではある。先日も経費30円で数キロのカリホルニウムを作れる生成装置とか
なんとかっての作ってたしな。けど、いくらなんでもこりゃムリだろって誰もが思うはず。
とはいえ万が一の事も考えられる。だから俺は当然ながら拒否したのだが、次の瞬間先輩は俺に
スプレーを浴びせてきた。それは先輩の十八番「睡眠くん3号」。かくして俺の視界は一気に
暗闇へ。そして先ほど目を覚ましたのだが…………

「ふぅむ、これが男の感覚か。とり立てて運動性能が上がっているようにも思えんが……」
 目の前で俺が……いや、俺の身体に入った先輩が腕をぶんぶんと降り回している。奇妙と言えば
あまりに奇妙な光景だ。ドッペルゲンガーに会うっていうのは、こういう感じなのだろうか。
「なるほど、物を持ち上げると良くわかるな。私の体ではこの顕微鏡、ここまで軽くは感じない
からな。なるほどなるほど……」
 先輩は身体を動かしながらも、逐一それを愛用の手帳にメモを取っていく。そんな「動く自分」
をしばし見ていたのだが、堅い学習イスの背もたれに寄りかかっているのが痛くなってきた。


 自然と身体をずらす。その時、俺は初めて自分の状況を意識した。
―――あっ……!
 胸が揺れた。途端に気が付く、男ではありえない胸の感覚。そうだった、先輩が俺に入ってる
んだから、俺は先輩…………つまり俺は今、女の体に入ってるんだ。
 ゆっくりと視線を下に向ける。そこには見慣れない景色があった。鎖骨のあたりから制服を前に
突き出すふくらみ。その切れ間から覗く胸の谷間。その下には、スカートからすらりと伸びた
足が見える。男ものとは明らかに異なる体のラインだ。
 その事を意識した途端、今度は全身を包むモノの違和感が身体を駆け抜ける。
―――む、胸から背中のこれって……ぶ、ブラジャーだよな? 股が変に寒いのは、スカート
だから仕方がないのか。あれっ? 足のこれってストッキングじゃなくてオーバーニーソックス?
 意識する気がなくても、自然にそんなことを認識させられてしまう。普通は自分が着ている
服なんてのは意図的に意識しようとしない限りは気にならないものだが、今自分の身体を
包んでいるこの感覚は、自分の知っているものとあまりに差がありすぎた。
 無意識にごくりと唾を飲み込む。そして震える指を制服胸元の切れ込みに挿し入れる。
おそるおそるそれを少しだけ引くと、その薄暗い隙間から予想通りのモノが見えた。
―――先輩の、女の人の胸……。
「なるほど、やはりそういうところに興味がいくか」
「おわあああああぁぁっ!!」
 突然目の前から声をかけられ、俺は驚きのあまり絶叫してしまった。いつのまにか先輩は俺の
目の前に立ち、こちらを興味深そうに見下ろしていたのだ。
「せ、先輩! 驚かさないで下さいよ!」
「何を言う。声をかけても返事をしないのはそっちじゃないか。で、どうなんだ?」
「どうって……何かですか?」
「女の体に入っても、やはり女の身体に興奮するものなのか? 客観的に述べてみろ」
「そ、そんな事言われましても……どうでしょう?」


 あまりにストレートな物言いに、少々困ってしまう。そりゃあ、いくら今は自分が女だと言っても
意識はあくまで男なわけで、興奮すると言われればそうなのだが。
 とはいえさすがにそんなことをべらべらと説明するのは恥かしい。そう思って言い澱んでいると、
先輩がじれったそうに頭をかいた。
「現状ではいささか判断がつかんという事か?」
「ま、まぁ、そうとでも言いますか」
 思わず曖昧にそう答える。すると先輩は仕方がないという感じで溜息をついた。顎に指を当てて
考え事を始めた先輩を見て、とりあえず恥かしい問い詰めから解放されたと思った俺は、
安堵で脱力する。どうもヘタに行動しない方が良いようだ。
 と、思ったら、目の前にぱさりと何かが落ちた。白い二組の……と思っているところに、今度は
どさりと上に何かが乗っかった。黒いモノだが、見慣れた感じのモノ。もう一度良くみてみると
すぐにわかった。それは俺の学生服、そして最初のは靴下だ。
―――あ、あれ? なんで?
 続いて次に学生ズボン、そしてYシャツ。というところで、俺はようやく何が起っているのかを
理解した。
「せ、先輩! なにやってるんですか!!」
 俺は絶叫した。俺の目の前で俺が……いや、俺の身体に入った先輩がストリップショーをやって
いたからだ。しかもすでに上半身は裸、下はトランクスのみという状態である。
「何もかにも、君が判断つかんというから私が自ら確かめようとしているだけだが?」
「や、やめて下さい! というか裸になって何しようってんですか!!」
「とりあえず見て興奮するかどうかを確かめるためだ。最も私は皆に羞恥心的な感覚が世間と
ズレてるなどと言われるから、本当は君の意見を参考にしたかったのだが」
「ちょちょ、ちょっと待って下さいよ! そりゃいくらなんでも……」
 いきなり裸を見るとか言われて俺は狼狽する。そりゃそうだ。いくら先輩が変人であっても、
女の人に俺の裸を見られるってのには変わり無いのだから。


「駄目なのか? その後には自慰行為における男女の快楽差も調査したいと思っているのだが」
 と、思えばこの人、さらになんて事を言いやがるんでありましょうか。
「だああぁっ! とにかく止めて下さい! 恥かしいでしょう!!」
 俺の説得に、先輩は何故だか心底不思議そうに首をひねる。
「恥かしいなどと……これは君の身体だろう? 自分で見慣れてるのではないか?」
「そうですが、このままじゃあ先輩が見ることになるじゃないですか!」
「私は別にかまわないのだが」
「俺がかまうんです!!!」
 こちらのあまりの剣幕に、さすがに先輩も手を止めた。ギリギリセーフだ。なにしろ先輩の
手は、いままさにトランクスを下ろそうという状態だったのだから。
 しかしこの先輩、何をやりだすか本当にわからない人だから、まだ油断できない。そういう
わけでダメ押しの意味で睨んでいると、腕を組んで考えごとを始めてしまった。
「……つまりだ。いくら視点が変わっても、本来の自分の身体を見られるのは嫌ということか?」
「そりゃそうですよ、俺の身体なんですから。状況はこうですが、その身体の権利は俺のもの
ですからね。勝手なことをされちゃあ困ります。」
「君の権利か……」
 俺の言葉にまた唸るように考え事を再開した先輩。さすがにここまで言えば諦めたか。
そう思ったの束の間、先輩は唐突に頷くと俺の手を取り引っ張る。
「ちょ、ちょっと先輩! なんなんですか突然!!」
「ならば変更だ」
先輩は俺を引きずり、そのまま部室の脇にある仮眠用ベットに俺を押し倒した。
「へ、変更って?」
「うむ、君の身体に関して君が権利を主張する以上、この調査実験を行うには自分の身体を
調べるしかないということだ。それならば良いのだろう?」
 俺はベットに仰向けに寝かされた。見上げれば“俺”が馬乗りで俺の身体を押さえつけている。


「せ、先輩! それもダメです、止めて下さい!」
「何を言う。君はさっき身体を好きにする権利がどうと言っただろう? そっちの身体の権利は
君の理論だと私にある。拒絶されるいわれは無いと思うのだが」
「いや、そりゃ……ちょ、ちょっと、確かにそうは言いましたが……や、先輩! ちょっと!」
「おとなしくしたまえ。あ、現在の身体感覚も後でレポートが取れるように記憶しとくのも
忘れずにな」
 言うが早いか、先輩に勝手知ったる自分の服とばかりに、スカートを引きずり下ろされ、
上着を投げ捨てられた。逆にこっちは構造をよく理解してない服であったため、まともな抵抗が
できない。脱がされないように服を引っ張っても、反対側からひょいっとかっさらわれるように
剥ぎ取られる。そのまま俺はあっというまに下着だけの状態にされてしまった。
「むぅ、一見レイプ現場のようにも見えるが、実は自分の服を脱がせているだけなのだから、
これは単なる着替ということになるのだな」
「変なこと言ってないで、やめて下さい!」
 相変わらず状況に合わぬことを言ってる先輩を何とか止めようとするのだが、先輩はまったく
聞く耳を持たない。ついにはブラとショーツを取り払おうとする先輩に対し、俺はなんとか両手で
それを押えて抵抗する。
「こら瑞貴、邪魔するんじゃない」
「嫌です! というか恥かしいんですから、本当にやめて下さいよ! ちょ、引っ張らないで!」
 力か任せに引き剥がそうとする先輩に対し、俺は死ぬ気で抵抗をする。何故だかわからないが、
これを取られてしまうと本当に「終わってしまう」ような気がしたからだ。しばし引かれて抗って
のやり取りが続いたものの、どうしても俺が手を放さないので先輩はついに諦めたのか、ようやく
手を放した。先輩は俺に馬乗りのまま、ふうっと呆れたように溜息をつく。
「瑞貴、わがままが過ぎないか? 君がこっちの自分の身体を調べられるのが嫌だからと言うから
私の方で妥協しようとしてるのに、それすら邪魔するのはどうかと思うぞ?」
「そ、そんなこと言ったって……」


 困った。先輩の言う事はわからないでもないが、それでもその理屈は何か違うだろと思う。
というかこの場合、どっちに転んでも絶対になんらかの形で自分が関わるわけで、どういう選択
だろうと逃げ道はないのだ。つまりこの場は全拒否が正解……と思うのだが、先輩相手にそれが
ムリなのは学校中の誰よりも俺が一番理解している。
 そうこう悩んでいると、突然ぞわっとする感覚が全身を襲う。見ればなんと、先輩の手が
俺のブラジャーとショーツの下に入り込んでいた。
「仕方がない。下着が汚れるかもしれんが、脱がさずに調査してやる。それならば良いんだろう?」
「そ、そうじゃなく待って下さっ……んっ!! あっ!!」
 有無を言わさず下着の下に差し込んだ指を動かし始める先輩。制止の言葉を発しようとした
のだが、最後まで言い切ることができなかった。突然走った電気のような感覚が、俺の言葉を
無理矢理別な声に変換したからだ。なによりも自分が発した艶声に俺自身が驚く。
―――な、なんだよこれ! から……体が熱く……!
 ブラジャーの下で、先輩の指が胸全体を撫でるように揉み、その上で人差し指の親指が頂を
転がすようにつまみ、刺激する。それと連動するようなリズムでショーツの中の指が擦るような
動きで敏感な場所をなぞる。それは明らかに身体の「感じる場所」を知っている動きだった。
「くっ……、うっ……!」
 逆に俺は、予備知識のまったくない身体からの予測さえつかないタイミングでの愛撫を
受けるはめになっている。その身体の中を駆け抜ける電気のような衝撃を、毎回不意打ちを
受けるような気持ちで耐えなければならなかった。
「…………んっ! ……っつ、…………!!」
「なんだ、もしかして声を出すのを我慢していないか?」
 当然だ。男のくせに喘いで声を上げるなんて屈辱以外の何物でもない。
「無理に我慢する必要はないぞ。それに声を上げてくれた方が、こちらも君の状態がわかりやすく
て調査しやすいのだがな」
 いつもとまったく変わらぬ口調で先輩は言うが、こっちはそれどころじゃない。当初はまだ


我慢できたこの感覚も、耐えれば耐えるほど蓄積されてるんじゃないかというぐらい大きくなって
きており、ちょっとした油断で決壊しかねないのだ。
 最初は下着に差し込まれた先輩の手を引き剥がそうとしていた両手も、今は口をおさえて
なんとか喘ぎ声を出さないようにするための最終防衛線となっていた。
「っ…………んっ!! ――――っ!!」
「ひょっとして、まだ全然刺激が足りんということなのか? ならばもう少し激しく……」
―――そ、そうじゃないっっ!!
 先輩の言葉に驚き、思わず反論の言葉を言おうとした。が、それが失敗だった。言葉を発する
ことを許されたこの身体は、なによりも悦びを表に出すことを優先したのだ。
「ああぁっ!! や、だぁ…………あ、あ、あ、ああぁっ!!」
 声が出た。いや、声を出させられた。我慢につぐ我慢で快楽を蓄積してしまったこの身体は、
もう俺の意思に耳を貸そうとはしなかったのである。
「む、やはりそうか。いくら自分の身体とはいえ、外からだと加減がわからんものだな」
「ちがっ……っつ……ああああぁ―――っ! ダメっ、おねがっああっ!! あぁ!」
 一度決壊した堤防はもう戻らない。ついに発してしまった雌の嬌声は、もはや止めることが
できなくなっていた。くちゅっ、くちゅっっという股間を刺激する音が鳴るたびに、俺は顎を
仰け反らせてベットのシーツをぎゅっと握りながら大声で喘ぐ。
「ああっ!ああっ!ああっ!」
 刻むリズム合わせた嬌声が口から漏れる。俺は狂ったように首を左右に振りまわし、汗ばんだ体が
ベットの上を跳ねまわる。それはまるで雌の悦びを全身で表すダンスのようだった。
―――ダメだっ! もう……ダメだ!! イくっ! イくっ……
「……イくっ、イくうっ!! ああっ! ああぁ――っ!!」
 最後には心を偽ることすらできなくなった。快楽をそのまま言葉に直結させられ、男としての
羞恥を無視した言葉を口から無理矢理吐かされる。自分の身体であり女の身体を知り尽くしている
責め手の先輩に対し、女の身体や快楽というものをまったく知らない俺。これでは始めから勝負は


決まっているようなもの。まったく無駄のない手つきで次々と快楽を引き出して行く先輩の行為に
逆らうことは、もはや不可能だった。
 そして、この行為の果てが目前に来ているのを予感した俺を、未知の感覚が襲った。身体の中で
不意にきゅうっ!と、俺の知らない器官が収縮するのを感じたのである。
 俺はびくんっ!! と大きく身体を跳ねさせる。刹那、頭の中で真っ白な光が爆発した。
「やだっ! やっああっ……ああああああああぁぁ――――っ!!!」
 体を仰け反らせて俺は絶叫する。俺の上げた声は、紛れもなく雌としての悦びの声だった。
男としてのプライドもなにもない。そのあまりに激しく、あまりに甘美な女としての絶頂は、
そんな防波堤など微塵の役にも立ちはしないほど強烈なものだったのである。
 快楽の波が静かに引いていき、身体の主権が自分の意思に戻ってくる。ようやく雌であること
から解放された俺は、息を切らせながらベットに脱力した。



 全身がだるい。おそらくこれが快楽の代償なのだろうが、男として自家発電した時より遥かに
疲れた感じだ。いや、これは自家発電と違って自分なりの加減が無かったからかもしれないが。
 その時ふと、足に撫でられるような違和感を感じた。見れば先輩が、今まさに足からショーツを
抜き取ろうとしているところだった。さらにもう一つ、いつのまにか胸のブラジャーは取り払われ、
いる。俺はいつのまにか裸の状態にされていたのだった。
 いや、何故だかわからないが、オーバーニーソックスだけは履いた状態なのだが……。
とはいえもう、どうでも良い気がした。疲れだけじゃなく、この身体で痴態を晒しまくった
せいもあるのか、先ほどのような危機感を抱くことすら面倒になっている。
「んんっ……!」
 突然先輩が股の敏感なところを触ったので、思わず声が出た。先輩はそのべっとりと愛液の
ついた手を面白そうに観察する。
「すごいな。一人で行う時よりも遥かに多量の分泌を生じているようだ。やはり男であっても
女性の身体から快楽を感じれるものなのだな。で、どうだった?」
「ど、どうだったと言われましても……」
 聞いてる事の意味はわかるが、さすがにどう答えて良いのかわからない。そりゃ、気持ちよかった
のは間違いないだろうが、それをストレートに言うのはちょっと躊躇われる。
「じゃあ、単純な比較だ。 君が毎日やってるオナニーと今の行為、どっちが上だ?」
「毎日なんて、やってません!!」
「そんなことはどうでもいい。で、どうなんだ?」
 俺のつっこみを軽く受け流し、先輩は興味深々という目つきで問うてくる。先輩がこの状態に
なってしまうと、もう話を逸らそうとしても絶対無理だ。
「まあ……比較するまでもなく…………なんですが」
「解答になってないぞ。論旨を正確に、解答は質問に対し的確に!」
 それでも思わずあやふやな言葉を並べてしまうが、露骨に注意される。この言い文句は先輩の
口癖のようなものなのだが、この上でなお、お茶を濁すと先輩は確実に怒る。そして怒った先輩の
無茶は手がつけられない。それを知っているが故に、俺は誤魔化すことを諦めた。


「今の、まあその……この先輩の身体の方が数倍上ですね。男の場合は快感感じるのは股間
ぐらいなのに、女の人の快感は全身といいますか……」
「つまり、範囲の問題か?」
「いえ、範囲もそうなんですが、根本の快楽基準が違い過ぎると言えばいいんでしょうかね。
少なくとも男は、声を我慢できないってのはありえないですし」
「ふぅむ……」
 先輩は俺の言葉を聞いて考え込む。変人とは言われているが、こういう研究姿勢のようなものは
掛値なしに立派で熱心な人なのだ。まあ、それを俺の顔でやられるというのは変な感じなのだが。
 とりあえず今の質問は終わったようなので、俺は身体の力を抜いてベットにもたれた。そこに
見えるのはいつもの薄汚い部室の天井。こうしていると、いつもと自分との見分けはつかない。
 なんかえらく疲れた気がする。そうじゃなくともベットの上で寝ていると、自然に目蓋が
重くなってくるものだ。考えてみれば自慰だって一種の運動、疲れるのは当然かもしれない。
そんなことを考えながら俺はぼけ〜っと呆けていた。
「やはりこれは調べねばならんな。一度しか取れん貴重なデータだ」
先輩が何か言っているけど、起き上がる気力が出ない。どうせなら少し寝かせて欲しいなどと
考えていると、今度は片足を持ち上げられた。
 さすがにこれでは寝ていられない。疲れはあったが、俺は睡眠を諦めた。
―――まだ何かやる気なのか…………俺は虚ろな目を擦って顔を起こす。そしてそれを見た途端、
一気に眠気が吹き飛んだ。
「せ、先輩!! まさかっ!!」
 先輩は俺の足をかかえ上げて、両腕でしっかりと押えていた。それだけならいい。問題なのは
先輩がすでにトランクスをぬいでいた事。そして何より、本来は俺のものであるその股間の
怒張したものが、今まさにこちらの股に接しようとしているのだ。
「あまり無い機会なのだ。ここまで来たら、ぜひ男女の性交渉的差分も知っておかねばなるまい」
 ぴたり、とそれが秘部の入り口にあてがわれる感触。じゅくりという愛液の水溜りに触れた音が
聞えた途端、俺は全身総毛立つような悪寒を感じながら叫んだ。


「先輩!! やめっ、それだけは止めて下さいぃっ!!」
 あまりの大声に先輩も驚いたのだろう。一瞬はっとした顔を見せた後、怪訝にこちらを見た。
「この後に及んで何を言う。それに挿入されるのはあくまで『私の』身体だ。君にとっては
なんら問題ないことだと思うが?」
「そ、そうなんですが……ともかくダメですっ! ダメなんです!!」
 なんとか先輩を必死に説得しようと制止の言葉を投げ付ける。だが先輩は聞こうとしない。
「論理的でない言葉には従えないな。こちらはあくまで、先ほど君が言ったお互いの身体の権利に
ついてのルールに従っているのだから」
 ついに秘部から押しのけられるような、引き裂かれるような感覚がじわり、とやってきた。
ペニスの頭が入り口を見つけたのだ。もう一刻の猶予も無くなったことを知った俺は、恥を捨てて
先輩を説得するしかなかった。
「先輩! お、俺は童貞なんです!!」
―――言ってしまった…………。だが、もう形振りかまっていられない。会話の流れが変わった
ためか、先輩の動きが止まった。
「……童貞?」
「だから俺、女の人とまだやったこと無いんです! だから……だからそっちの身体の童貞を勝手に
持っていかれるのは困るんですよ!! その権利を主張してるんです!!」
 恥かしい主張だが、今の俺に考え付く「自分の身体の権利」で防衛に使えるものといったら、
これぐらいしか思い浮かばないのだから仕方がない。ちなみにこれ、もっと恥かしいことだが
紛れもない事実だ。まあ、だからこそ思い付いたのかもしれないが……。
 だが一応理屈は通っているためか、さすがに先輩も動きを止めた。
―――説得できた?
 俯くような仕草をする先輩に、俺は一瞬そんな事を考える。だが次の瞬間、先輩はその口元に
かすかな笑みを浮かべた。それは俺が通称「死の笑み」と名付けている顔。というのも、先輩が
この顔を向けた相手が不幸な目に遭う確立はほぼ100%だからだ。もっとも、過去にあった
その笑みの大半は俺に向けられたものなのだが。


 そして今回も、それは例外ではなかった。
「さすがだ瑞貴、それでこそ私の助手だ! よもや今回『女から見た童貞喪失』のデータまで
取れるとは思いもしなかったぞ!」
 死刑宣告。俺はよりにもよって先輩を説得どころか死刑台から背中を押してもらう手伝いを
してしまったようだ。
「せせ、せ、先輩! それじゃ約束が違います!」
「かもしれん。だが代わりの対価としての経験をする権利を君にやるから勘弁したまえ」
「な、なんですかそれ……!?」
 童貞の対価などというわけのわからない理屈に俺は首をかしげる。一呼吸置いて先輩は頷いた。
「私も性交経験が無いんだ」
「…………!!!」
 ほんの一瞬だけ何の事だという思考が頭をよぎり、そして俺は絶句した。つまりそれは……!!
だが、先輩は俺が青ざめる間すら与えてくれなかった。すぐさま先輩は再び俺の中に侵入しようと
体重をかけてきたのだ。狭いそこを引き裂くかのごとく、“俺”のペニスがじわり、じわりと
秘部を圧迫する。先端がほんの僅かに入り口を開いたにすぎないのに、俺は痛みで声を上げて
しまった。
「こら、力を抜け瑞貴。キつすぎて入れられんぞ」
「い、痛いっ! 先輩っ、やだっ! いやだああぁ――っ!!」
 無理矢理侵入を試みる先輩が体重を落としてくる。だが、こちらが全身に力をこめてそれを
拒んでいるため、なかなか侵入を許さない。とはいえみしっ、みしっっという感じで少しづつ
侵入してくるその感覚に、俺は痛みで叫んだ。
「痛いぃ―っ!! もうやめっ……先輩、止めてえぇぇっ!!」
「……そんなに苦しいか?」
 何度目からの叫びで、ようやく先輩の動きが止まった。見上げれば先輩が困ったような顔で
俺を見下ろしている。
「こんな状態で、もうダメか。キツすぎてまるで入れられないのだが」


 先輩の言葉に視線を自分の股に向け、俺は青ざめる。見ればまだ、亀頭の3分の2程度が
入っているにすぎない状態なのだ。これでこの痛みならば、全部など入るわけがない。
「お、お願い……します……。もう……止め……」
 痛みに耐えながら、俺は涙目でもう一度先輩に懇願する。しばしの沈黙の後、先輩は
はあっと息を吐き、俺に体重をかけるのを止めた。
「そうか、仕方がないな……」
 先輩の残念そうな声とともに、ゆっくりと秘部からそれが抜け出て行く感じがあった。その
感覚にようやく助かったのだということを実感した俺は、安堵の溜息をつく。
 しかしそれこそが先輩の狙っていたものだったのだ。安堵で俺が脱力したのを確認した瞬間、
先輩は俺の中に容赦なく“俺”のペニスを“自分”の身体に突き入れた。
「いっ……きゃあああああぁぁぁぁ―――――っ!!!」
 引き裂かれるような痛みが瞬時に全身を襲い、俺は雌の悲鳴で絶叫する。覚悟もなにもない
不意をついて襲いかかった破瓜の衝撃は、もはや男だ女だということすら考える余裕も与えて
はくれなかった。だが、俺の上げた雌の悲鳴は、俺が童貞喪失の権利を奪われ処女喪失を受け
取らされてしまった紛れもない証だった。
「くっ……これが私の中、これが童貞喪失の感覚なのか。ついでに私も処女を失ったという
わけなのだな。しかし私の中はキついな……」
 先輩が自分の上で何かを言っているが、痛みでその半分も耳に入らない。まるで金魚のように
口をぱくぱくとさせた状態で、俺はシーツをぎゅっと握り締めて痛みに耐えていた。
「瑞貴、あんまりギュウギュウと締め上げないでくれ。それともこれは、もう動いて良いという
合図なのか?」
―――う、動かれる!? この状態で!!
 そんなことをされたら、本当に痛みで気が狂ってしまう。そう思った俺は咄嗟に制止の言葉
を言おうとするが、一瞬の差で間に合わなかった。こちらの返事を待たずに先輩がいきなり
抽挿を開始したのだ。
「やっ……うああああぁぁ―――っ!! やだっ、やだっ……あ、あ、あ ああああぁ――っ!」
 ずちゅっ、ぬちゅっっと卑猥な音が部屋に鳴り響く。愛液に紅い色が混じっているのは、
この身体が紛れもなく純潔だった証である。こちらのオーバーニーソックスを履いた足を両手で
抱えた状態で、先輩は打ち下ろすように腰を動かす。


「いやっ……いやああぁ――――――っ!!ダメっ、 抜いて、抜いてぇ――――っ!!」
 経験が無いがゆえに容赦のない先輩の動きに、俺は首を振り回して泣き叫んだ。だが先輩は
腰の動きを止めようとしない。震える手で無意識に先輩を押し返そうとするのだが、痛みのため
力をこめることすら適わず、それどころか痛みで思わず先輩を抱き寄せてしまう。
 俺にできたほんの些細な抵抗はその程度だった。先輩を抱きしめることで、ほんの少しだけ
その動きを押さえ、先輩にすがりつく事で、ほんのささやかな精神的安堵感を得る。そんな
毛ほどの支えだけを頼りに、俺は嗚咽とも喘ぎともつかない声を上げながら体を引き裂くような
痛みを必死に耐えた。
 とはいえいくら先輩でも俺のあまりの様子に、さすがに気がひけたのだろう。なんとか痛みが
耐えらなくもないというぐらいに慣れてきた頃、ようやく腰の動きを緩めてくれた。
 緩慢なリズムで腰を動かしながら、先輩が俺を見下ろす。
「しかしそれほど痛むのか? なるべくその体が動物的発情をしているタイミングを選んだ
つもりだったのだが……」
「あうっ……は、発情って、なにが……ですか? くうぅっ!」
「いまその体は低温期を終えたばかりで、一番体温が下がる時期に差しかかっている。
人間に理性を失うような動物的発情期は無いが、身体状況がそれに一番近い状態であれば、
性的感覚で痛みを押えられる確率が大きいのではと思ってな」
 先輩はこちらをリズミカル突きながらも、いつもの口調で説明する。多少息が乱れてはいるが、
こちらに比べればまだまだ余裕ありという感じだ。
 だが、その先輩の言った言葉の内容が俺の記憶の中の何かに引っ掛かった。そうだ、あれは
先日クラスの友人がくれたエロ本のコラム。安全日がどうとか危険日がどうとかいうやつだ。
オギノがどうとか詳しい内容は忘れたが、確か妊娠しないためには排卵期の後の体温が高い時期、
すなわち安全日にヤるのが望ましいとかって……
 俺は「それ」を思い出した途端、全身から血の気が引いていくのを感じた。いや、実際には
そう感じただけなのだろう。今もこの体は先輩……というか本来の自分の肉体にある種の運動を


強要されて、熱くて汗まみれな状態なのだから。しかし問題はそんな事じゃない。そう、安全日の
定義だ。書いてあった内容が事実なのなら、逆に今この体の状況は……!!
「せ、先輩! 止めっ……あああぁっ!! 止めてっ……下さ……あんっ! こ、このままじゃ……」
「どうした? 急に慌てて」
「だって……だって! ふあっ……ああああぁっ!」
 なんとか言葉を出そうとするが、先輩がまったく腰の動きを緩めないので途切れ途切れにしか
喋ることができない。それでもなんとか先輩を止めようと、俺は必死に叫ぶ。
「にん……しんっ! 妊娠しちゃいま……あぁっ! やめっ、やめて下さいっ!!」
「ふむ、そうだろうな。発情とは動物が孕める時期を知らせるためもあって起こるものなのだから」
 さもわかりきった事をというように、先輩はしれっとそれを言い放った。
「なっ……! せ、先輩っ!!」
「君が気にする必要は無いだろう? 私の身体なのだから、どう扱おうと私の勝手だ」
「そ、そんな事言ったって! あふっ! だってもし……」
「それよりも少々まずい状況だ」
「ま、ずい……?」
 先輩の、というか俺の顔が少し曇る。この状況でコレ以上まずい事があるのか?
そう思った俺に対し、先輩は大きく息を吐いた後、腰を止めた。
「これが男の言う『我慢できない』という状況なのだろうな。感情的な流れや身体興奮などを
もう少し冷静に分析したいのだが…………すまん、もう加減ができそうにない」
「ちょ、ちょっと、先輩!?」
 嫌な予感がした。そしてそれは見事に的中する。
「なるべく分析記憶するよう努力するが、君も出来る限り頼む!」
「なっ……ちょっ、うあ、うああああぁぁ――っ!!」
 先輩が叫んだ瞬間、これまででも十分に激しかったと思っていた腰の動きが、実は先輩なりに
気を使っていたのだと思い知らされる。何故なら次から来た衝撃は、これまでとは比べ物に


ならないほど暴力的なものだったからだ。男と女という肉体の力の差、抱く側と抱かれる側
という存在の差。自分の肉体だったものから与えられる激しい律動は、その立場を心に
深く刻み付けるに十分なものだった。
「やっ、ああっ!あ、ああっ! やだっ、やめっ、 やめてええぇ―――っ!!」
 言葉で拒絶の意思を表したにもかかわらず、俺の体は逆に先輩をより強く抱きしめ、まるで
全てを受け入れるかのように動いた。なによりその拒絶の言葉が雌の叫びだった。
 肉体が、心を溶かしていく。理性が快楽に侵食される。体の中にある本来の自分にはなかった
器官を、本来は自分のものだった肉の棒に貫かれるたびに、雌の嬌声を上げる事を強要される。
そしてなにより、貫かれることに慣れてくるたびにそれを肉体が受け入れようとしていることが
手に取るようにわかった。
「あ、あ、あ……あああぁっ! そんっ、な、はげしっ……あうっ! あああぁ!!」
「すまんっ! と、止まらんっ!!」
 ぱんっ、ぱんっ、という肌と肌がぶつかる音、荒い息と嬌声だけが聞える部屋の中に、
先輩を止められるものは何も無かった。そして最後の防壁たる自身の理性、男としてのプライド
すらも、その突き上げの前に瓦解していく。
 自分の肉体に自分の心を犯されているという奇妙な状況に、俺はもはや自分が何者であるか
ということもわからなくなっていた。
 そしてついに、この「男女のセックス」という行為における終点が訪れる。荒い息を吐いていた
先輩が、感極まった声を上げたのだ。
「くうっ、で、出るぞ! これがっ……射精の感覚っ!」
 先輩の叫びに、奥底でほとんど意味をなくしていた理性が悲鳴を上げる。しかし俺の意識が入った
この先輩の肉体は、そんな叫びを無視して自身を貫いているペニスを締め上げた。
 雌の肉体が雄の精を欲し、心の命令を退けたのだ。それは俺の心が雌の肉体に支配された証だった。
「イくっ! 出るっ!!」
「だめぇっ! 出さなあぁっ、あ、ああああああああぁぁぁ―――ッ!!」


 次の瞬間、先輩が叫び腰を突き入れて震える。刹那、俺は自分のお腹の中に勢い良く注ぎ込まれる
熱いものに、意識の全てを奪われた。
―――は、入ってくるっ! 自分のっ……精子がっ!「私」の体にいぃっ!!
 初めてのセックスで「私」は自分自身に精子を注がれ、獣のような声を上げて体を仰け反らせた。
挿し込まれているペニスがびくん、びくんと震えるたび、びゅるるっ!びゅるるっ!っと勢い良く
精子が子宮に注ぎ込まれているのを感じ、そのたびに肉体は歓喜の声を上げた。
―――そんなっ! し、子宮の中が……自分のでっ、いっぱいになるっ!
 だが予想に反し射精がすぐに収まらない。全てを蹂躙しつくすかのごとく、自分の身体は過去の
自慰でも覚えがないぐらいの、圧倒的な量の精液を送り込んできたのだ。自身の童貞喪失の精液を
受けながらも、身体はそれを悦び、さらに絞り取らんとペニスを締め付けていた。
―――やだっ!こんなのやだぁっ! あっ……熱い、熱いいいぃぃ―――ッ!!
 男の「私」が悲鳴を上げた。しかしそれすらも肉体が受けた「精子を体に注ぎ込まれる」ことに
対して感じた、例え様の無い充足感が打ち消してしまう。
 自分の射精、自分の精液によって自分が悦ばされてしまったという倒錯した状況。
熱い濁流が子宮に満ちていくのを感じて身体を震わせながら、「私」は全身が光に包まれるような
感覚とともに、ゆっくりと意識を失った。


「おかしい。何故戻れないのだ……」
「『おかしい』じゃないでしょう先輩! 落ち付いて分析してないで、なんとかして下さいよ!」
 ヘッドギアに接続されたノートパソコンの前で唸る俺…………ではなく、俺の身体に入った
先輩に、相変わらず先輩に乗り移ったままの俺が叫んだ。
「別にシステム自体に異常は無いのだがな。となると前提条件がおかしいのか……」
 先輩は落ち付いているが、こっちは気が気でない。というのも見ての通り、再び装置を使用
しても、何故か身体が入れ替わらないのである。先輩が先ほどから原因を調べてはいるのだが、


どうも雲行きはあまりよろしくない。
「先ほどの変換時のログは…………これか。なんら問題は無さそうだが」
 キーボードを叩く先輩のノートパソコンを後ろから覗き込んでも、正直何が何やらわからない。
使用している言語自体が先輩のオリジナルだそうで、当然といえば当然なのだが。
「互いの身体状況はコレか。おや……?」
「な、何かわかったんですか!?」
「うむ。私の体、つまり今は君が入っているその身体だが、面白いデータが残っている」
「お、面白い? 何が面白いんですか?」
 なにかとてつもなく嫌な予感がした。いや、確信とも言える。この先輩が面白いと言った場合は
大抵周囲になんらかの迷惑を及ぼすのだ。しかし聞かぬわけにもいかない。
「この右の情報の、赤い色が全てその身体のデータ、左の青いのが今現在、私の入っている君の
身体の情報だ。して、この文字が見えるかね?」
「見えますが……なんで右側の数字なのに青いんですか?」
何気ない疑問、しかし先輩はその言葉に嬉しそうに頷いた。
「良い着眼点だ。つまりこれは私の体……いや、今の君の身体だが、その身体が何故か
今の私が入っている君の身体が本来持っているべき情報を保持しているという事だね。だから
そっちの身体の情報でありながら文字が青いんだ。ちなみにこの情報、移動ベクトルを見ると
24時間以内に確実に、この部分の情報と結合するようだ」
 先輩はデータを指でさすが、話が見えない。なにせ俺には数字の羅列にしか見えないのだから。
「つ、つまりどういうことなんですか?」
「わかりやすく言えば、この青いのは先ほど私がその体に注いだ精子だ。で、こっちが卵子」
―――ちょっと待て! 今、なんて言った!? 俺はおそらく頭が瞬時に理解したことを、
あえて疑問として心の中で発した。いや、心がおそらくそれを認めたくなかったのだ。
だが、全身から出る脂汗の感覚は、それを俺がすでに理解していることを認めていた。なんとか


力を振り絞って、震える声で俺は先輩に質問する。
「つ、つまり……けつ……結合って……?」
「まだわからんのか? ようするに先ほど注いだ精子がその身体の卵子に受精するということだ。
つまり、その肉体はこのままだと確実に孕む。ようするに妊娠する」
 あまりにあっけらかんと言い切る先輩。俺の意識は真っ白になって膝から崩れ落ちた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
―――に、に、にん……しん? せんぱいがおれの……いやでもも、おれががいまはせん輩な
わけで、このままだとお、俺がががgが?
 脳内の思考回路にエラーが出ている。そんな俺に先輩は困ったような顔をした。
「どうした? せっかく原因もわかったのに……ようするに本来は身体的な性別を分割キーに
していたから、女の身体のくせに男しか持っていないはずの情報、つまり中出しした精子の情報を
保持していたため、エラーが出て元に戻れなく…………どうした?」
 先輩が言葉を止める。俺が肩を震わせて経ち上がったからだ。俺を不思議そうに見る先輩の肩を、
俺は両手でがっちりと掴んだ。
「せ、せ……」
「な、なんだ。恐い顔して……」
「せ、先輩いぃ!! 早く元に戻す方法考えて下さい!!! 今すぐ! マッハで! 全身全霊で!
高速で! 史上最強無敵の速度で! 何よりも、誰よりも早く考えてくださあああぁぃ!!!」
 泣き叫んだ。もうプライドなんぞドブの中、涙を流しての懇願。おそらく生涯でここまで真剣に
なった事は一度もない。あらん限りの懇願の言葉を、俺は並べ立てた。
「なんだ、そんなに慌てて。せっかくだから、もう少し研究に協力してくれても……とりあえず
先ほどまでの行為に関して記憶に新しいうちにレポートを書いて欲しいのだが……」
「そんなの後にして、今すぐお願いしますぅ! おながいしますからあぁぁ!! うあああぁぁん!!」
「だからそんなに慌て…………えぇい! 私の顔で鼻水流して無様に泣くな!」
「いやだ、いやだあああぁぁぁ―――!!」


 部室に“先輩”の絶叫が響き渡った翌日、瑞貴はまるで何十日も行方不明になったあげくに
救助された遭難者のように憔悴しきっていたという。そのあまりの衰弱っぷりに級友が心配するも
「精神的な疲れだから大丈夫」と心底安堵したように答えたそうである。その後、下級生が
上級生を孕ませたなんて話も一応は出なかったようだ。しかしその日以来、科学研究部の二人に
対し、奇妙な噂が囁かれるようになったという。曰く「宮小路がえらくまともな言動を吐く
ことがある」「鏑木が時たまおかしくなる」「やつらの主従関係がコロコロと入れ替わっている」
など。
 しばらくして「変人と奴隷」から「奇妙な凸凹カップル」と認知されるようになった彼等。
瑞貴があの日恐れた悪夢から本当に逃げられたのかは不明である。


×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。

管理人/副管理人のみ編集できます