【TS専用車両】

その朝、俺はいつも通り、通学用の電車に乗っていた。
鮨詰めの満員電車。右も左も前も後ろもおっさんの背中。息が苦しい。

(くそっ、せめて俺が“男のまま”だったら……こいつらの肩から上にアタマが出てんのにっ)

だが、そんなことは思うだけ無駄だ。
今の俺は、身長165cm程度の可愛らしい女子高生になってしまっているのだから。

俺にとってはまったくとばっちりもいいところなのだが、
この鉄道会社が運行している全ての電車は、通勤時に「TS専用車両」と化してしまうのだ。
これは、いわゆる「女性専用車両」がもっと進んだものだと思ってくれ。
どんなに啓蒙しても撲滅できない通勤電車の痴漢被害に女性団体がキレまくって社会問題化した挙げ句、
だったら電車に乗る間は性別が逆転しちゃえばいいじゃない……というとんでもない結論に至り、
最新科学を結集したこの電車が作り出されてしまったのだ。
つまり。
俺の周囲を取り囲んでるリーマン風のおっさんどもは、電車を一歩外に出ればOLおばちゃんになる。
俺だってこの電車を一歩出れば、ギリギリ180に身長が届く背の高い方の男子高校生になる。
容姿も変わるし、服装も自動的に変わってしまう。そういうしくみなのである。
細かい事は聞くな。最新科学の結晶である電車のしくみなんか、一高校生の俺に聞かれてもわからん。



(つーか、このおっさん……いや、おばさん連中の厚かましさはなんとかならんのかっ。
 お前ら絶対、TS車輌が出来るまではもっと早い電車に乗ってただろ……!)

毎朝のように繰り返す悪態を、俺はこの朝もやっぱり吐いてしまっていた。
TS電車は確かに痴漢被害をほぼ根絶したが、電車に乗っている間は「性的弱者」では
なくなるんだとわかったとたん、一番図に乗ったのは「普段でも別に性的弱者ではない」
おばさん連中だったのだ。
痴漢に遭うことがなくなったと思えば、平気で遅刻ギリギリまで電車を遅らせる。
乗車マナーも悪い。車内限定で手に入れた腕力と体格を職場の憂さ晴らしに振るいまくる。
そう、こうやって、若くて華奢な女の子になっちまった俺の足を踏んだり平気でドツいたり……!

「い、っ……いたっ、いてっ……! ち、ちくょ……うぐ」

別に俺、痴漢したこともなければやろうと思ったこともないのに!
何でこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!
ていうか、このおっさ……ババァ連中、体臭がくせぇ! 加齢臭か! 吐き気がするわ!

「……君、大丈夫?」

急に、アタマの上から声をかけられた。
見ると、男の俺でもびっくりするようなイケメンのリーマンがそこにいた。年齢は三十いったかどうか。
つまり、電車の外へ一歩出れば、小雪とかハセキョーみたいな背の高いスレンダーなアラサーの超美人、
ということになるのか。

「毎朝、大変そうだよね。ずっと見てたんだよ」
「へ……? 俺をですか?」
「あはは、その可愛い見た目で俺とか言われると、違和感あるなあ」

いや、そんなこと言われても。電車に強制TSさせられた自分の顔なんか、まじまじ見ませんし。


「通れるかい? こっちにおいで。少しは楽になるよ」

そのイケメ……お姉様は、中年どもを自分の身体で防ぎつつ、電車のすみっこへ俺を導いてくれた。
そのおかげで背中は電車の扉、サイドは電車の壁になる。
前面はそのイケメ……お姉様が俺を守ってくれる格好だ。

「これで大丈夫かな。壁の方に身体向けて、じっとしていればいいよ」
「あ、ありがとうございます。でも、代わりに……えっと、あなたの方が」
「私は大丈夫。気にしないでいいから」

やばい。何か俺、ちょっと胸がときめいた。
あれか。女が男に惚れる瞬間ってこういうヤツか。優しさ大事。今後のために憶えておこう。

「何なら、今度から毎朝、こうやって守ってあげてもいいよ。通勤時間、一緒みたいだし」
「え……ま、マジですか? ほんとなら嬉しいですけど……」
「ただ、条件がひとつ……あるんだよね」
「え?」
「目的地に着くまで……私が何をしても、絶対に抵抗しない、声を上げないこと……」


そのイケメ……お姉様の、手が。
撫でるように、俺の胸元を這う。

「え、ちょ……?! な、何して……」
「あれ、条件、呑めないの? それとも、私に触られるのは嫌?」
「え、あ、そ……えっ? えええっ……?!」

これが本当に男なら、たとえイケメンだろうと何だろうと力尽くで拒絶する! 俺はホモじゃねぇ!
い、いやしかし、このイケメ……お姉様は、本当なら小雪とかハセキョーみたいな……!
そんなお姉様にナデナデされてるとかどんなご褒美だよ! 抵抗する気なんか起きるか!
い、いやでも、今はでもイケメ……いやでも本当はお姉様……?!

「……ふふっ。くすくす……。戸惑ってる姿も可愛い……」

混乱してる俺をよそに、イケメ……お姉様の手が、俺のセーラー服のスカートを持ち上げる。
内股へそっと触れた掌が、つつ、つつっ……と、股間の方へ這い上がって――――――




頭の中はパニックだった。
どうすればいいのかわからず、俺は身体を硬直させることしかできない。
そのうちに、スカートをまくりあげて内股に触れているイケメ……お姉さんの手が。
俺の股間に、触れた。

――ズクンっ。

「……っ?! うあ……」

声が出そうになって慌てて手で口元を押さえる。
なんだコレ?! 男でいる時にはそりゃ人並みに自分のアレを触ることもあるが、
何か全然違う。触られた感触が秘部だけに留まらずに、腰全体……っていうか、
胸元までブワッと波が来たような、何か凄い変な感じが――。

「くす……。キミ、感じやすいんだね。今の姿では、って但し書きがつくかもしれないけど」

イケメ……お姉さんが俺の耳元で囁く。
お姉さんは女子高生になってる俺の身体を背中から抱きしめて、胸の辺りを
さわさわと撫でながら、何も無い股間を優しく指先で圧迫してきてる。
男の時だったら、きっと、こんなの何でもない。そのくらいフェザータッチ。
なのに、なのに――なんだこれ、どうなってんだ、このお姉さん一体何してるんだ?!
わけわかんない、わけわかんないよ……!


「……あ、残念。駅に着いちゃった」

お姉さんは突然言って、俺から手を離す。
電車の扉が開く。

「さ、降りましょ。キミもここで降りるんでしょ?」

混乱して戸惑うばかりの俺の手を取って、一緒に電車を降りる。
その瞬間、俺はいつもの男子高校生に戻って、お姉さんも――――――

――――いや、訂正。
女神が、そこに居た。
こんな美人、俺、今までの人生で一度も見たことない。

「あら、男の子の姿でも結構可愛いんだね、キミ。
 ……でも、残念。私、男の子って興味ないんだ」

悪戯っぽく笑って、お姉様――女神様は、一歩、距離を取る。

「契約、おぼえてる? また明日の朝、逢いましょうね」

つややかな長い黒髪を翻し、女神様が踵を返して歩き始める。
俺は言葉もなく、周囲の迷惑も顧みず、その場に呆然と立ち尽くして。
……下品な話だけど、その、下腹の方のアレでソレも立ったままで。
悠然と歩み去っていく彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、見つめ続けていた。



- てなところで一端終わり。
明日またお会いできるかどうかは気分次第で。
>80
良かった、杞憂だったようで何より。
でもエロ書きとしちゃあ異を唱えたい部分もちょっとあるけどね。
セックスしてない夫婦はいないし、愛とエロスは真剣に書く価値のあるテーマだよ。
できれば挑戦して欲しいなー。エロパロ的な意味で。


 その日はもう授業にならなかった。あんな経験しといて勉強に身が入る訳がない。
 教師には怒られ、友達には病気じゃないかと心配され……。
 何をやってもそれだけ上の空だったんだろう。

「なあ、TS専用列車ってあるよな……?
 あれ、逆に男の方が痴漢されたり、そういうケース、ないのかな」

 昼休みにダチ連中とダベってた時に、それとなく話を振ってみた。

「ああ、あるらしいな。大人の女が若い女を痴漢して……まあ要するに、
 スケベなおっさんがうっかり可愛くなっちまった若い男に手出しちまうって。
 で、被害者は中身が男だから、女の子みたいに怯えて萎縮したりしねーから、
 ソッコーで声出してめでたく御用ってわけだ」
「そう思うと痴漢ってマジでバカだよな、見た目に騙されすぎだっつーの。
 中身が男だってわかってんのにさー」
「いや、それはしょうがないんじゃねーかな。こないだテレビでやってたけどさ。
 男ってアレだろ、脳味噌の構造的に視覚からの刺激で興奮するもんらしいから。
 痴漢みたいな我慢のできない変態は、目の前に美女とか美少女がいたらどうしても
 手を出しちまうってことらしいぜ。もう病気だな」
「そう思うと、あの電車作った連中の狙い通りってことなのかもね」

 そうか、そういうものなのか……。初めて聞いた。
 知らない事がいろいろとわかって興味深かった。


「じゃあ、男が女を痴漢するのも結構フツーにある……のか。
 つまり、その、美女が若い男に手を出す、というか」

 遠回しにそんな話をしてみたんだけど、友達には鼻で笑われた。

「要するに痴女ってことだろそれ。しかもレズ?」
「どんだけレアケースなんだよ。そんなん俺も遭遇してみてーわ」
「いやでも、その時って痴女は痴漢になってるんだろ? 嫌じゃね?」
「あ、そうか……でも、中身は女なんだから……いや、でも……うーん」

 お前らは俺か。
 でも、そういうものなんだろうな。きっと。
 実際遭遇したら、何もできなくて硬直しちまうわな……。

 そんなこんなで、その日の学校も終わって。
 家に帰る。メシ食って風呂入って、テレビ見て、普通に過ごす。

 だんだん、次の朝の通学時間が迫ってくる。

 俺、明日、どうしたらいいんだろう。同じ電車に乗るのかな……。
 早起きなんて苦手だけど、ちょっとだけ頑張れば「あのひと」をスルーするのは
簡単なんだと思う。そう、嫌なら簡単にスルーできるんだ。できるけど……。

『……はい、では次のニュース。先日から導入された強制TS電車ですが……』

 つけっぱなしのテレビから、気になる言葉が流れてきた。
 俺はふと、顔を上げる。

 ――――――――心臓が飛び出るかと思うほど、驚いた。

『こちらが、強制TS装置の開発者のおひとりでいらっしゃいます。
 外園凜博士です。本日は博士にインタビューを……』

 テレビの中でインタビューを受けているのは、紛れもなく。
 あの、イケメ……お姉様……女神様、だった。




今日はここまで。
次からはもうエロばっかなので、書きあげられる余裕のある時までお待ち下さい。
以下、予告らしきもの。

「……でも、俺……」
「だから、俺、って言うのは止めて。ほんとに今のキミに似合ってないから。
 できれば私とか、あたしとか。目一杯譲っても、ボク、が限界かな」
「い、いや……でも、俺……」
「あ、また俺って言った。
 今度言ったら、契約破棄だと見なして や め ち ゃ う よ ? 」

てな感じでやろうかと思ってます。
ではまた気が向いた時に。
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