まったく人間界では大変な目にあったものだ。
学生寮の窓から差し込む朝の光。少し寒くなってきた自室での目覚め。
もうそんな季節か…
今なお火照った身体に心地よい冷たさを感じつつマーヤは夕べのことを思った。
雄介が眠りについているその間に、戻ったばかりの不安定な意識を保ちながら早々に自分の世界へと舞い戻ってきた。
下品なほど大きないびきをかいていたし、気づかれるようなこともなかったであろう。
雄介自身の願いもきちんかなえたことであるし、実に後腐れのない去り方であったな、と感想を抱く。
魔法界に帰還した後、言葉どおり身も心も疲れきっていたマーヤは自室につくなりベッドに倒れこんでしまった。
そのまま朝まで貪るように眠り続けてしまう。
こんなに深い睡眠をしたのは何年ぶりだろう。昨日は本当にいろんなことがあった…本当に。
キュン…
「あ、くっ…!」
全身が切なげに震えてしまう。思わず身体をよじれば雄介との記憶が頭を支配しはじめた。
慌てて頭を振り乱し、淫らな想いを吹き飛ばす。くそっ!まったく……たいしたことをしてくれたものだ!
きつく拳を握り締める。奴の顔など二度と見たくも無い。ふん、まあ、もう会うこともないだろう。
「ふぅ…」
そう思うと少し落ち着いた。
気だるげに首を捻り時計を見やる。小さいころ母からもらった大切な思い出の品だ。午前7時。起きなさい、と母の声を代弁してくる。
もう起きなければならないのか。まさか私が遅刻をするわけにはいかないからな。

生徒に憧れを向けられるような優秀な人間でも、やはり自らの寝床が放つ誘惑から逃れるのは難儀である。
1、2の、3…
心で合図を叫んで一気に巣穴から飛び出した。先ほどまでは心地よかったが今はちょっと寒い。
足の裏の冷たさから逃れるようにすかさずクローゼットの前に移動する。
(……?)
学園では普段から正装を義務付けられている。そのため予備もかねて何着か制服をしまっているのだが…一着足りないようだ。
しかしこの疑問はすぐに解決する。
「しまったな…」
昨夜あまりに疲労していたせいで人間界にいった正装のまま眠ってしまったようだ。
「う〜〜ん…」
ちょっと服にしわがよってしまっているが……大丈夫だろう。それほど細かいところなど皆も気にするまい。
ぱっぱっと肩の辺りのほこりを手で落とし、そのまま準備を進めてしまう。
鏡の前に立ち、一流の美容師ならば我先にその手に触れようとするであろう、その美しい黒髪にクシを通す。
男であったときなら自分の髪などいちいち気にもしなかった。過酷な修行の毎日においてそのような体裁など意味を成さない。
だが学園に通うようになり、周りの視線をいっせいに浴びる自分が髪型のひとつも整えられないようではだめであろう。
鍛錬の毎日で切るようなこともなかったためすっかり伸びてしまったこの髪をみれば、必死だったあのころを思い出さずにはいられない。
そして今度は女性として、その魅力の象徴として心身をともにしている。
今に至るまでの自分と今を生きる自分を語っているのだ。手入れが面倒くさいといえ、おいそれと切るようなことはしない。
いつものとおりポニーテールを形作る。長髪の人間にはこれが一番邪魔にならないと考えたからだ。
あまりたいそうなことをする気はないが、他人に不快を抱かせない程度のコロンを吹き付ける。


こんな小細工までして…女になったらなったでいろいろと大変だな
さすがに慣れてきたがそんな気持ちはぬぐいきれない。まぁ、外見は女なんだしな。
あとは簡単に終えてしまう。
最後にもう一度鏡の前にたつ。よしっ。これで大丈夫だろう。
む?ちょっと胸の位置がずれているな。ったく、これだけ大きいとよく揺れる。
両の乳房を手に取り位置を補正した。
ぶらじゃあ、だったか。雄介のいった補正機を思い出した。
反射的に彼に胸を弄ばれたイメージがよみがえってしまう。
「ええい!くそっ!」
そんなものなど即座に忘れてしまいたい。最悪の記憶だ。
しかし……今度は頭を振り回しても忘れられなかった…。
なにしろすべての元凶を目の当たりにしているのだ…。その身体に触れるまでしている。ふっくらとした感触…。
昨日はこれを雄介に力いっぱい握り締められて…。めいっぱい舐められて…。乳首も吸われて…。
それで思いっきり感じてしまった自分…。
これはそんな気持ちいい部分なんだ。今手で掴んでるこれは…。
雄介の愛撫…。思い知らされた感覚。
むにゅむにゅ
自然と自分の胸をこねまわしてしまう。
「あ……」
声が出てしまった。よほど気分がノッたときでも自分で愛撫して声なんてでなかったのに


それが今はこんな簡単に刺激を受け入れてしまう。朝から私は何をしているんだ…。
でも、手の動きが止められない。止めたくないのだ。
「あ、ああ……」
なんて気持ちいいんだろう。こんなに柔らかくて、大きくて。どうして今までもっと触ってこなかったんだろう。
ムニュゥゥゥ
「んはぁ…」
夕べと同じような声。自分の声。絞るように揉みしだかれたあの時の…。
服の上からだけど手の動きが直に触られたように感じる…。
私の身体はどうしてしまったというのだろう。昨日までの自分とは明らかに違う。こんなに素直に受け入れてしまうなんて…。
「ああ、気持ちいい…」
言ってしまった。夕べに続いて今日も。しかも自分ひとりの行為で。
「気持ちいい……気持ちいい」
何度も口に出る。とても自然に。想いを声に出す度に自分の身体がたまらなくなる。
乳房が痛い。痛いほどに強く…。それも…たまらない刺激。
「はぅぅ…くふぅ」
胸をいじっていた片手がいつしか下半身へと至り…下着へと吸い込まれる。
なんの躊躇もなく秘部にたどり着いた指先…。しとどに溢れた愛液が絡みついてくる。
たくましい肉を飲み込み、男の味を知ってしまった蜜の巣。情熱的な快楽をもたらしてくる素敵な器官。
そっと人差し指をクレヴァスにあてがった。
(なにをしているんだ、私は…。自分で指なんて…そんなもの入れられるか!)
ズプゥ…
「ん、はっ!」
ゾク…
身体が全くいうことをきいてくれない。股間の内側で感じる一本の指から気持ちいい薬がいっぱいに溢れてくる。


「んん…はぁ……だ、だめ…」
(指一本なんかじゃ…)
女の自分がいかに淫らな要求をしているのか、そんなことにも気づかなかった。
ただ、欲しい。性転換により得たこの素晴らしい器官に指をおもいきり挿入したい。
「さ、三本くらい…」
雄介のはもっと太かっただろうけど、自分でするなら今はそれが限界だ。
ヴァギナに指をあてがい、挿入しやすいよう少し両脚を広げる。息をゆっくりと吐き出しながら…
ググッ…
股間を押し込まれる感触。そして先ほどとは違う圧倒的な侵入。
「ううっ……」
苦しい…。まだこの『股間に侵入される』感覚には慣れられない。
ズズ……
そのまま進めると少し狭いところがあった。もっと素晴らしい感覚を得られるのはこの奥なのだ。おかまいなしに力を入れる。
ズ、ズニュゥゥゥ……
「が、がぐっ!!!!!!」
(ま、まさか…こんなにはやく…!?)
あえぐ以前にその一突きで達してしまった。立っていられずガクンと膝をつき、そのまま背後に倒れこむ。
ジ〜〜〜〜〜〜〜ン……
3本指を深く膣に突き入れたままで、持続する女の快楽を楽しんだ。何も考えられない。
「う、うう…」
続けて今度は入り口付近、尿道の少し後ろを鉤爪状にした指で力いっぱい押し上げる。
ゾワ……


「!!!!!!!!」
二度目の絶頂。声も出ない。呼吸さえも不可能に至る。
股間を掴んで宙に吊り上げられるような感覚。背を弓なりに、秘部を天に突き上げる。
大量にあふれ出た女の汁がポタポタと床にしたたる。
なんといやらしい絵なのだろうか。こんなところを他人に見られたりすれば万事休すである。
グポ…
引き抜いた指で栓が取れたように膣内にたまっていた愛液が溢れ出した。
「あ、ああ……」
意味のない言葉しか出ない。この官能的な余韻を今は楽しんでいたい。
一度男を受け入れただけでこれほど女という自分はかわるものなのか…。
なんと流されやすいのか、このマーヤという人間は。
「き、気持ちよかった…」
だが、不思議と落胆は生じない。そんな気持ちは微塵もなかった…。笑みさえこぼしながら…。




コン、コン
突然自室のドアがノックされる。
「!?」
慌てて身体を起こし、乱れた衣服を正した。
「わ、わわわ…」
これまた慌てて雑巾を取りにいく。自ら作った床の水溜りを拭かなくてはならないからだ。
熱にうなされたようにとろけていた脳が急激に活性化する。
(くそっ!どこに置いたんだ!?先日掃除で窓を拭いたばかりだというのに!)
「どこだ…!?」
ようやく見つかった。そういえば掃除の後の一息でお茶をこぼしてしまったんだった。
こんなときにこんな記憶を忘れてしまう自分を呪う。
コン、コン
二度目のノック。
すかさず現場でひざをつき、力を込めて乱暴にゴシゴシとこする。よかった、これなら跡形も無い。
「ふぅ…これで安心」
冷や汗をぬぐう。
マーヤを知るものが見れば目を疑う一連の動作であった。あの天才が慌てふためき、オナニーによる自分の愛液を拭き取る!?
朝から自室でとんでもない痴態を繰り返してしまった。生徒のプライバシー尊重のため一部屋には一人という校則に救われたかんじだ。
「お姉さま・・・。なにかこぼしてしまったんですの・・・?」
「はぅわ!な、な、なんで!?」


反射的に雑巾を背後に隠し、背筋を正す。ある女生徒が自室の中に立っていた。
彼女は不思議そうにマーヤを覗き込む。単なる雑巾掃除を見られただけでこれほど驚きをしめすのはいささか不自然だ。
女の子のかわいさを絵に描いたようなその女生徒はやや熱っぽい表情を向けながら見つめてくる。
「別に雑巾くらい見られてもどうってことはないと思うんですけど…?」
「ユ、ユカリ!なんで部屋に入ってきて!」
声がひっくりかえってしまった。
「ああ!お姉さま…そ、そんなことをいわれるなんて…ひどい!」
少し…いや、かなりおおげさにその美少女は、よよよ、と崩れ落ちる。
マーヤの答えが少なからず彼女を傷つけてしまったようで、痛いほど悲しそうなまなざしを向けてくる。…なぜかこれまた視線が熱っぽい。
そうだ…。そうだった。ユカリは、ユカリだけは特別なんだ…。
こんなことを忘れてしまうなんて…。慌てていたとはいえ三度にいたる失態だ。
学園ではパートナーとチームを組み、互いの協調性を育成するシステムが導入されているのである。
プライベートでもそれはもちろん継続している。私生活からの接触がよりよいコミュニケーションを促すと考えられているからだ。
このチーム制度は男女を問わず、学園の同学年を対象として公平性を規するため完全にランダムに行われる。やはり男女の組み合わせは花形といわざるをえない。
中身が男であるマーヤには、幸いにも?女性とパートナーを組むことができた。それが彼女、ユカリ=D=ジェンダーだ。
パートナーが発表されたとき、男女を問わず周りの生徒たちがユカリに対して穏やかでない目つきをしていたのを思い出した


つらい修行の日々のせいで異性との交流など皆目なかったのである。こういった経緯でも女性との接点をもてたことは大切なことだと思う。
彼女との関係を円滑に向上させていこう、と力をいれたマーヤは「自分のパートナーに何かあってからでは…」とできるだけ常に彼女とともにいることにしたのである。
あのときの生徒たちの視線が穏やかでなかったことが、学園の憧れである自分と組んだものに対する嫉妬であるとは露ほども思わない。
マーヤとは自分自身のことに関しては驚くほど鈍感な人間なのである。
「これですよ、これ。あ・い・か・ぎ」
傍にいるのと同時、有事の際の避難場所として自室を提供していた。あいかぎを渡したのはそれが原因であり…今回の原因でもある。
結局のところユカリに対する加害行為はなかったようで、完全にマーヤの思い過ごしであったのだが…。
いまさらパートナーに鍵を返してくれともいいにくい。それこそ互いの信用を損ねてしまう。
そのままズルズルと彼女には自室を完全に開放し続けた状態になっている。中身が悪い人間でも無いので特に心配はしていないが、今回はさすがにあせってしまった。
「そ、そうだったな。はは、はぁ…。な、何かみたかい?」
思わず質問してしまう。見られたかもしれない、なんて不安を心に今日一日やっていけそうにもないからだ。
「いいえ、お姉さまが掃除をしていただけですけど・・・?何かあったんですか?」
「い、いやいやいや!掃除していただけだ!絶対!ほんと!信じてくれ!」
(よ、よかった…)
今日何度目かの動揺を傍らに内心かなり安心していた。ほんとによかった・・・。
「そう…ですか。信じてますよ、私は。いつもお姉さまのことを…」
鍵を片手に立ち上がりながらユカリがにじり寄ってくる。小柄な体躯で彼女の背はだいたいマーヤより頭ひとつぶんくらい低い。


「そうそう。こんなに朝早くにお姉さまの部屋にきたのは…」
なぜかマーヤの腕に身体を密着させる。
「あ、あの…」
ガシッ!
マーヤの細い右腕に小柄な美少女が予想以上の力で腕を絡みつかせてきた。
「学園長からの伝言があったからなんです…」
あいかぎを手の中でいじるようにしている。
(に、逃げられない…。)
「学園長室にきてほしい、ですって…」
それだけの伝言になぜそんな切なそうにまっすぐ目を覗き込んでくるのか…?
ほんのり上気した頬。もの欲しそうな唇…。
「そ、そう…。あの、ちょっと…いいかな…」
「もう!…なんです…?」
お茶を濁された、とでもいうようにスネた表情。
な、なんだかすごい危機を回避したような気がする…。
「伝言はありがたいんだが、その、もうちょっと普通に…伝えられないか…」
「??何かおかしなところが…?」
プニュプニュ
胸部に感じる硬さ。先ほどからユカリが手に持つ鍵の先で胸をツンツンとつつかれていたのだ。
下着を着けていないので話を聞いている間ものすごい勢いでバウンドしていた。
乳房をもてあそぶ金属の先端がいよいよその頂に達しようとする時…
「わ、私の胸をもてあそぶことと学園長の伝言といったいどんな関係が…?」


「あら!いやですわ!」
ムニュウウウゥ…
「んっ……」
驚きのあまりについうっかり、とでもいうようにひときわ鍵が柔肉をすくいあげてきた。
「まっ!ったく!関係ないですわ!」
にっこりとおそろしいくらい楽しそうな語感である。
「い、いや、そんな思い切っていわれても…んふっ!」
「あえて理由をいうならば…」
ついに…服の上からでもはっきりとわかるほど屹立していた乳首に到達する。
「こんな大きなおっぱいを目の前にじっとしていられるわけないからですわ…ふふ」
硬くなった乳房の勃起点をグッとまるで押しつぶすようにしてくる。
「んん…!!んはぁ…!!」
(しまっ…!?)
「んふふ、ついつい声が出てしまいましたですわね…」
我慢しようとおもったのに。あまりに刺激が強かったため心より先に身体が声をあげた。
「くっ!…」
何か文句のひとつでもいってやろうと思った瞬間、ユカリはささっと身体を離す。
慣れたものである。こんなときうまく彼女を捕まえることができたためしがない。
「さあ、いきましょう。学園長がお待ちですわ…。」
「くっ…」
彼女の笑顔を見るとどうも怒る気がうせてしまう。
「はぁあ。もういい。わかったよ…いこうか…」


同学年のはずなのに年下に見えてしまうその外見。これもまた気を許してしまう原因だ。同時にそれこそがユカリ=D=ジェンダーに魅力でもあるのだろう。
廊下へと通じる自室のドアを半分開き、自分が出てくるのを待っている。
(しょーがない娘だ…)
不思議と嫌な感じがしない。これもいつものことである。それこそがパートナーとしては「最適」ということなのかもしれない。
彼女の横を通り抜ける際、ぼそっと恐ろしいことをつぶやいてきた。
「朝から"2回も"気持ちいいことしましたね…」
「…!?ば、ばかっ!!」
マーヤの手をらくらくとすり抜けて小悪魔が走っていく。すばやいものだ、もう追いつけそうにも無い。
「やっぱり先にいって待ってますわ。お姉さまはゆっくりいらしてください!」
「……ったく…」
こちらを向いたまま一瞬で曲がり角へと姿を消してしまった…。
まったく頭が痛くなる。なんということだ、本当に、なんということなのだろう…。
朝の、その、自分の痴態を見られていたなんて…。
壁に背を預ける。ショックが足腰にきた…。
根は優しい娘だから他人に言いふらすようなマネは絶対にしない、という確信はある。
だが、それとはいえ、
「最悪の朝だ…。はぁ…」
ため息…。
「せめて今日一日は平穏に生きたい…はぁ」
またため息、
早朝のせいでまだ廊下にほかの生徒はいないのが幸いだった。
こんなに落胆してトボトボ歩く姿など他人に見られるわけにはいかないからな。




学園長室までの道のりが異常に遠い…。遠い、のではない。脚が重いのだ。とてつもなく…。
階段を上れば次第に視界の上部からゴールが見えてくる。
目的地、学園最高責任者の部屋、入り口のドアの前でこちらに手を振るユカリも同時に見える。
長い長い一本の廊下が続く本校舎の最上階は通常生徒がくることはめったにない。
職員の会議室や文書倉庫、そして学園長室。普段から頑丈な魔法施錠が施されておりセキュリティも厳重だ。
何が楽しいのか、自分がドアの前に到着するまでずっと彼女は手を振り続けていた。
よくそこまで筋肉がもつものだと思えるほどニコニコと笑みを絶やさない。
服の上からでもわかる意外なほど大きな胸がそのたびに震えていた。彼女の無邪気な顔からついついそちらに注意が向いてしまう。
「んもう、遅いですよ!」
「…すまない」
朝の早くからいったい誰のせいだと思っているのだ…。でもそんな言葉は胸にしまっておくことにする。
「今朝偶然学園長とすれ違ったら、お姉さまをすぐに呼んできて欲しい、っていわれたんです。」
お姉さまには私がつきものですものね、とテレながら付け加えてくる。
「憑き物」の間違いでは無いだろうか。これもまた心のうちにしまっておく。
「先日の異世界への研修報告についてらしいんですけど…別に急ぐこともないと思うんですけどねえ…」
ユカリもまた自分と同様、異世界への研修を言い渡されていた。恒例の行事なのだから当然である。
研修報告は文書によるレポートを提出することとなっている。今回のように呼び出し、しかも学園長からというのは耳にしたこともない。
自分が叶えた願いの内容について、であろうか。事前の説明では、願いの内容は各自学園の生徒としての自覚を忘れない範囲、ということであった。
身体を許す、というのがその「自覚」から逸脱したのだろうか。確かに気負いすぎていたかもしれないが…。

何度か深呼吸してからドアをノックする。過去に数度入室したことはあるものの、いつも緊張してしまう。
(呼ばれた以上は対面するしかあるまい…)
「マーヤ=トーレランスです…」
「…入りたまえ」
もう一度深呼吸。ドアノブに手をかける。
「それじゃあ、私は廊下でお待ちしてますね!」
さすがに気を使い、ユカリも声のボリュームを抑えている。
コクッとうなずいて、入室した。一瞬で吸い込む空気が変化する。
「こんなに朝早くに呼び出ししてすまないね」
正面奥。いかにも、といった学園長専用の大きな机。両肘をついて学園のボスが悠然とそこにいた。
ガラス窓から差し込む朝日の逆光のせいで学園長の表情はわからない。語調からは穏やかな雰囲気がつかみ取れた。
「いえ…。どんなご用件でしょうか…」
一辺倒の礼儀を交わし、さっそく本題にうつる。
ふぅ…と学園長が息をついた。なんだか…いやな予感が…。
「少々…」
いちいち溜めなくてもいいタイミングを作ることがあるのは誰もが認める学園長のクセだ。本人は気づいてはいまい。
「困ったことに…なってね」
予感的中。拍手をする気にもなれない。
一度両肘を遊ばせ、また同じスタイルに戻る。なんの意味があるというのか。
「君の異世界研修のことだよ。…『願いの成就』の処理については…君も、知っているとは思うがね」


もちろんだ。だてにエリートとはいわれていない。本来そういった処理については生徒が携わることは一切無いが、すでにマーヤには職員がするある程度の事務処理を任されていた。
将来的にはこの学園を運営する一員として成果をあげ、ゆくゆくはマーヤ=トーレランスという名を上げていきたいと考えている。
「はい。それはもちろん」
「うむ…。さすがだね…。それだから、もちろん、君が叶えた願いは…その、なんだ、まぁ…我々はすでに把握している」
内容が内容だけに…少々明言しづらいようだ。
やはりそういうことか、マーヤは今日何度目かの頭痛にみまわれる。『願いの成就』は基本的にすべて自動で行われるためしかたない。
「その…学園長、…申し訳ございません。ですがその…」
「いや、別にいいんだ。内容は…確かに私も…こういったことははじめてなのだが…それが悪いということではない…と思うよ」
「は、はぁ…」
なんだ、OKなのか。では、いったいなにがあったというのだろう。『成就』はうまくいったはずだ…。
「実はシステムに不具合が…あってね…。定められた「願い」の原則と…不具合が…あったのだよ。」
「システムの…不具合、ですか…」
『願いの成就』とは願いの「発生」から願いの「完了」までとされる。
願いの「発生」とは言葉どおり、…がしたい、というような単純な『想い』であり、それが叶うことで本人が『満足』すれば「完了」ということになる。
それら一切の情報は一定の段階でマーヤを媒体として次元を超え、学園にてすべて自動的に処理される。
送られてくる「満足」の度合いこそが「どれほど願いを叶えられたか」であり、研修の成果としてレポートとともに成績処理されるのだ。
当然のことであるが『想い』と『満足』には十分な関連性がなくてはならない。願いの最初と最後でつながりをもたなければ“叶えきった”こととはされないのである。
「もしそういった願いの前後に不具合があれば本人の記憶を消去してすべてなかったこととする、ということになっている」
「はい。それは承知しています。もしかして…。」
「そう。確かに願いの不具合はあった、といえる。」


エリートにあるまじき醜態だ。そういった不具合を生じさせないような願いを見出すことも研修の目的だというのに…!
目に余る落胆ぶりに心を痛めたのか、学園長が言葉を補足した。
「そういったことは往々にしてあるのだよ、毎年数十件は確認されているしね」
「そう…ですか」
みながやっているから、ということが過ちを正当化できるわけではない。
しかし次に学園長は意外なことを口にする。
「そういった不具合の是正はすべて自動処理というシステムになっている。その処理が今回はうまくいかなかったのだ。」
「な、なぜですか…!?」
「正直にいうとね、根本的な原因は我々もまったく理由がわからない。」
事の経緯はこうだ。
今回の願いの不具合とは、一番ありがちな「願いの重複」だ。ようするに願いが複数送られてきたのである。
ひとつめの『想い』と『満足』とに不具合が発生したとき、ただちにその是正処理が行われた。ここまではうまく処理がいっている。
だが実際にその影響力を次元を超えて及ぼそうとするとき、原因不明の理由により動作しなかった。
魔法システム全体が一時的に混乱中、それを突くようにふたつめの願いが受信されたのである。
システムはそれを緊急時の新たなる指令と判断し最優先、『願い』としてではなく『不具合是正の影響力を発生させる処理』として働いてしまったのだ。
「我々がかつて直面したことの無い事態だ。しかも運の悪いことに…」
結局“システムが”叶えることになった願いが、不運にも『願いの原則』に抵触していた。


毎年多くの学生たちがさまざまな異世界へと送り出されるのだ。その世界に多大な影響を及ぼすような結果を残してはならないことはいうまでも無い。
だから願いとは“一時的”なものである。今回マーヤが叶えたような一時の性欲の処理などがそれに当たる。
たとえば「背を1センチだけ伸ばして欲しい」というようなささい願いでも、それがその後一定の影響力を世界に与えることには違いない以上受け入れられない。
もっともそこまで厳密にしていてはなかなか研修が進まないので、ある程度は黙視されている部分もあるが。
「ささいなことであれば我々も黙認できるんだがね。さすがに今回はそうもいかない。強制的に元に戻せないこともないとは思うが、それでは根本的な解決にはならない」
「では…現状のまま、ということですか…?」
「本来そういうわけにもいかないのだが…今回はこの原因の解決こそが最優先とされたのだよ。最低解決のメドがたつまでこのままだ。今後のこともあるしね。」
「そう…ですか…」
いったい自分には何ができるのだろう。誰も予想だにしないことであったとはいえ、自分の汚した尻くらいは…。
そして学園長は新たなる任務をマーヤに告げた。
「君にはもう一度人間界へと戻ってもらい、彼の生活をサポートする役目を担って欲しい。」
「…はい!。」
当然だろう。それくらいの責任はとりたい。
そう…マーヤには夢がある。母のような偉大な魔法士になることだ。
これは新たなる試練なのだ。威厳に満ちた態度を崩すことはあってはならない。
「…そ、そういえば…。雄介は…いえ雄介さんはどういったことに…?」
学園長から発されたその答えはマーヤに人生最大の頭痛を負わせる十分な破壊力をもっていた。




(な…なんだ…?)
目が覚めたばかりのうつろな意識。ふと違和感を感じる。
結局熱烈な情事のあと、翌朝まで眠ってしまった。
ベッドの傍らを見ると…もぬけの殻だった。
(あ〜あ。もう帰っちまったのか…)
こんなことならがんばってもっとヤればよかった。いままで出会ったなかで最高の女だったのに。
(眠ぃ…)
とはいえ昨夜は昨夜でかなりがんばったほうだ。多少残念な気持ちがないではないが、今はそれを上回るほど眠い。
ふとんが放つ甘すぎる誘惑は眠気と混ざり合い、最高の魅力をもたらす。
「んん………うん?」
なんとなくうった寝返り。そして…フニュと覚えの無いクッションをかんじた。
実に心地よい感触である。そのまま包まれるように身を預けて眠ってしまいたいと思えるような……
(……??)
しかし、同時に思い当たるふしがないそのクッション…。
なんだなんだ?こんなのあったっけ?
沸き起こる疑問と圧倒的な眠気がせめぎあう。数秒の決闘の後…
(やっぱ気になる!)
結局好奇心が眠気を勝り、自分でふとんをはいで身を起こした。
(あれ?)
身体の下、ちょうど胸元のあたりにクッションを感じたはずだ。あれだけ大きなものであればすぐに気づくに違いない。
だが、そこに探し物は見つからなかった。単にさきほどまで身を預けていたベッドがあるだけである。

(気のせいか)
そうであったとは考えにくい。とはいえ、目の前にある光景を否定するわけにもいくまい。毎日世話になっているベッドをいまさら疑う気も起こらない。
一瞬で眠気が勢いを増し、そのまま二度寝へと直行する。まだ起きるには時間が早すぎる。
もともとギリギリの時間で起床している雄介だ。ただの勘違いがきっかけとはいえ、早起きしようなどとは夢にも思わない。
どうせ学校に遅刻しそうになれば母が起こしにくるだろう。
そんな甘えきった考えなものだから、当然目覚まし時計のスイッチは切ったままである。
バフッっと音を発するほど思いっきりベッドへと伏せこんだ。深々と首までふとんをかぶる。そのまま泥につかるように…
ムニュ
(…!?)
同時に感じるあの感触。今度は勘違いじゃない。いったいなんなんだ?
今回は身を起こさずに自分の胸元へと手を差し込むことで確認してみた。
プニュ
「のわっ!」
びっくりした。なんなんだこりゃあ。
思わず手を引いてしまった。まるで腫れ物にでも触るような感触がした。
衣服の上から接触したそれは予想以上のフカフカとした衝撃を与えてきた。
好奇心にかられ、恐る恐るもういちど手を差し込む。
フニュフニュ
クッションにしては異常なほどに柔らかい。確かに、柔らかい。指先の密集した神経が柔らかな感覚を如実に伝えてくる。
こんな柔らかいなんて、いったい何でできてるんだ?
あまりの気持ちよさに危険を察することもせずついつい手で包み込んでしまった。
幸いにも痛みや苦しみを伴うことはなかったが、今度は別の探究心がむくむくと膨れ上がってくる。
手から溢れるほど大きいが、どの部分もきちんと中身が均等に詰まっていて偏りがない。


誰がこんないいものをくれたんだろうか?
ムニュムニュ
そのまましばらくもみ続けてみる。まったく飽きのこない素晴らしさだ。
(あ…れ?)
なんだか身体が熱い…。もう11月になろうとしている時期だ。むしろ寒い季節といえる。
それなのに、身体が熱い。一度起こされた炎が次々と周りを巻き込んでいくように次第に雄介の心がとろけだす。
「ああ…」
なんだ、今の声は。いくら“これ”が気持ちいいからっておおげさな…。
これほど情緒に溢れた性格とは自分でも思わなかった。気づかないうちにそれは口から漏れ出していたのだ。
いったい…どうして。
「んはぁ…」
また声がでてしまう。自分でもわからない、不思議な感触を“これ”はもたらしてくれるようだ。まるで、これはまるで自分の身体が…。
「すげぇ、気持ちいい」
素直に気持ちを声に出す。いや、出てしまった。
自分の身体が胸部から温められていく。じわりじわりと熱を伝導させる胸部で何がおこなわれているのだろう。
疑問よりも先に身体が動く。思いっきり“これ”を握り締めた。
「はぅぅ!」
微弱電流にもにた刺激。この季節にふとんでこんなに汗をかくなんて。
「いったい…ふっ!こ、これ…んふぁ、なんなんだ…んん!」
何度も何度も、力いっぱい好きなだけ握りしめた。
こんなことはじめてだ。こんな感覚も。こんな素晴らしい感覚をもたらしてくれるものにお目にかかりたい。
ガバッと力いっぱいふとんをめくる。しかし…やはり寝床にはなにひとつ目に付くものが無い。
(なんなんだよ?)
手に届きそうで届かない、そんなじれったい気持ちが湧き溢れた瞬間…


そして胸元でぷるんとなにかが揺れる。
「ん?…ンのおおおおおおおおお!!!????」
眼下において身体に究極の異変が生じていた。理解しがたい、それこそとんでもない異変である。
「こ、こりゃあ…」
ふっくらとたわわに実る果実がふたつ。これだ。さきほどから心地よい感触を与えていたのはこれなのだ。
衣服を押し上げてなお窮屈そうにしまいこまれたクッション。いや、これはクッションなのではない。
「お、おっぱい…!?」
おっぱい、であった。紛れも無いおっぱいだ。それが自分の身体にひっついている。
服の上からわし掴む。みるみる自分の指が埋もれていった。
「わ、わわわわわわわ…」
流れ込む刺激を無視しつつひっぱってみる。痛い。「痛い」だって?
じかに目でみて確かめてやる。衣服の首まわりを力いっぱいひっぱって中をのぞきこんだ。
視界を占領する…我が物顔の柔肉。熟れた果実の妨害でいつも見える薄い胸板と緩んだ腹筋など見えるはずもなかった。
これでも信じませんか?と鞠のように弾む自分の胸。
開いた部分から服に手を差し込み、片方の乳房をかきだした。中心に位置する乳首がさきほどのマッサージでいやらしく勃起している。
真正面から覗き込む。間違いない、これはどう考えても女性の象徴、おっぱいである。
自分はさっきからずっとこれを揉みしだいていたのだ。
ということは…さっきかんじていたのが快楽なのか。
ムニュムニュとためしに揉んでみる。「ああ…」とまた切なげな声が出てしまった。
これだ。この感覚は…。これにちがいない。


そして、ベトリとした感触。身をよじった拍子、今度は両脚の付け根に違和感を感じた。
「うわっ!」
一瞬脚を開き…背筋も凍る推測があふれ出した。
「ってことは…!?」
ズボンの中に手をいれ、自分の股に手を触れた。
もっとも…そう、最大にして最高に重要な問題だ。男として、そのアイデンティティを形作る器官。
突然感じる予想外の刺激…。
「んんぁ!?」
変な声が出てしまった。
おい、男のここって触っただけでこんなに気持ちよかったか?
股間のあたりをどんなに手で捜索しても目当てのイチモツは発見できなかった。
一晩で妙に減少した陰毛。その茂みに隠されたこの入り口は…。
「おい!おいおいおいおいおいおい!こんなことって!?」
冷や汗が出る。一気にズボンを脱ぎおろす。上半身を起こして股間を凝視する。そして判決の瞬間。
「そ、そんな……!!!」
見事になかった。男性の象徴がなかった。どこにも、完全にない。
最初見た感じではうっすらとした恥毛しか見えない。しかしそこに手を伸ばせば秘部の潤いがからみついてきた。
指にべっとりと染み付いた粘着液を目の前にかざす。間違いない、これは女の愛液だ…。女!?
「な…なんでだよ…。どうなってんだよ、これは!!!」
もう否定できない。俺は朝起きると女になっていた。こんな大きなおっぱいで、朝から股間を濡らすような女に。
理解できない、当然だ、理解できてなるものか。いったい俺が何をしたというのか。仮に何かをしたとしてこんなおかしな罰を与えるなんて!
大声を出したところで怒りを放つ相手もいない。あえていうなら自分自身といったところか。


「くそおおっ!!」
両手で頭を抱えた。
自分が理解できていないのだ。ただやり場の無い憤りを自分の身体にぶつけるのみである。それとて意味があることでもない。
今後の人生、社会生活。何より男としての自分。プライドなどあったものではない。
(なんで…こんなことに…)
情けなさと絶望、そして理不尽さに対するどうしようもない憤り。
自分のすっかり変わってしまった身体を見る。
女としてはまさに成熟しきったといわざるをえない。こんな身体になってしまっていったいこれからどうしろというのか!?
雄介の心中どこふく風というように、両の胸と秘唇はある日突然備わってきたのだ。
こんな姿では表を出歩くことすらかなわない。
「くっ!」
自分の身体にやつあたりするように胸を掴む。激痛など気にするほどの余裕も無い。
片腕を股間へと滑り込ませていく。
「なんで!?なんでいきなりこんなっ!?」
今朝の股間は衣服を押し上げることもしない。本来あるべき男の象徴が今は見る影も無く、ただひっそりとアレがあるのみだ。
否定しようの無い現実に…つい自分が情けなくなる。
「こんなものがっ!」
女の勘所。男であったころさんざん苛め抜いてきた、大好きな部分だ。
だが今さらそんな情欲など起こるはずも無い。土足でズカズカと押し入り雄介の逆鱗を撫で回すだけである。
「こいつがっ!」
指先がぬめる秘部に到達する直前…


「お〜〜い!朝よお!早くおきなさい!」
階下から母親の呼ぶ声がした。
ビクッと固まるように動きを止める。
こんな朝でさえ一日は始まるというのだ。なんと残酷なことか。
自分以外の世の中はまるで今までどおり回り続けている事実に雄介は愕然とした。
自らの身体にこれだけの異常事態が起こっているにもかかわらず、今日も社会はいつもの朝をむかえるというのである。
まるで自分だけが取り残されてしまったような感情におそわれた。それは時を同じくして絶望へと瞬変する。
絶望は怒りをぶつけようとした下半身から浸透し、徐々に上半身の熱を冷まして…やがて涙となって目からあふれ出した。
とてもではないが学校などいけるものではない。今日は休もう、休む以外にどうしろっていうんだ!?
涙をぬぐう気すらなかった。だから突然の来訪にも対応できなかったのも当然だろう。
「もう!入るわよ!」
「わ!うわぁぁぁぁぁ!」
情緒に流され、階段を上ってきた母親に気づくのがおくれた。自室のドアをノックもなしに勝手に開けてくる。
「ちょっとまって!」
「なにがよ!あら?あららら?」
必死に乱れた服をただし、ふとんを目深にかぶる。見られた。明らかにこの女の身体をみられた。
「んもう!朝よ!起きなさいっていってるでしょ!」
「母さん…俺だよ…雄介…。その…わかる?」
涙声になってしまった。母にすがるように…必死で訴えかけた。


(母さん…!!)
自分をわかってほしい。たとえこんな身体になっても…せめて家族だけとは変わることのない朝をともにむかえたい。
そして…帰ってきた答えは間抜けなほどあっけらかんとしていた。
「なにいってんの?そんなの見ればわかるじゃない」
「かあさん、俺…、俺、女に…」
はぁ、とあきれたような母。
変わり果てた息子の姿などまるで気にも留めていないような様相である。
「ったく、朝からお盛んなのはいいけどね。起こす身にもなってちょうだいね」
「お盛んって、ちょっと母さん、俺、女になって」
「はいはい。確かに雄ちゃんは女の子だけど…、そう…すっかり“女”になっちゃってたのね…」
どうも相互の会話に若干の相違があるようだ。
いったいどういうことなのだ。すべてを悟ってくれたのか…?
いや、そもそも母の『うれしさ半分悲しさ半分』といった表情は…なんだか根本的に違う気がする。
「へ…?雄ちゃん?女の子?」
「まだ寝ぼけてるの?早く用意して降りてきてね」
それだけをいうとすぐに階下へと降りていってしまう。
階段へと姿を消す瞬間、母のつぶやいた「今夜は赤飯ね…」という言葉がわからなかった。
「お、おい。いったいどうなってんだ…?」
自分と同じく、世界がまるでいつもどおりでないことに少し安心してしまった。




「こりゃあ…世も末だな…」
西暦2000年代初期にありながら、雄介はそう漏らした。
本当に世の中が変わってしまったのか、もっと詳しく調べてみる必要があると感じた。自分自身にかかわる重大すぎる命題だ。めんどくさいなどといっているわけにもいかない。
とりあえず自分の身体のことはどこかにおいておくとして、いつもどおりの生活をしてみようと考えたのである。
そして学生服をしまっているクローゼットを開いた瞬間から、雄介は世界のあまりの変貌ぶりにあきれてしまった。
クローゼットにはいつもハンガーで吊るしてある学生服があった。それはいつもどおりで変わりない。
ただ…これが女子用であったことを除いて。
雄介の通う高校は男女ともにブレザーである。ただ少しだけデザインが異なるだけだが、全体的に女性用のほうがサイズが小さめなので見分けることはそう難しくは無い。
そして雄介の眼前で吊るされているものは紛れもなく女性用のブレザーであった。ご丁寧に隣にはスカートまである。
「こ…これを…俺が?」
自分の着用した姿を想像して…ゾッとした。まるで変態である。弁解のしようもない。
「うげぇ…」
…やはり表を出歩けるような事態ではない。
(やっぱり学校は休もう…)
ため息とともにガクリと頭を落とす。何気なく覗いたクローゼットに据えられた鏡。
「なっ!!!!」
驚愕にカッと目を見開く。不思議な動物でも見るかのようにペタペタと自分の顔を触りまくった。
「こここ、これは!」

鏡の中に写る美少女。「女王」といわれるような女が雄介の学校にもいる。鏡の少女はそれに勝らずとも劣らない、いや、明らかに勝っているといえる絶世の美少女であった。
ぐぐっと鏡に顔を寄せた。その間、実に5ミリメートルといったところだ。
なぜこんな美少女がこんなむさくるしい自分の部屋にいるのか…。
違う。断じて違う。手に感じる自分の顔。これまでとはまったく異なるこの容貌…。
「お…俺、俺かよ!?」
あのつまらない造りの顔など見る影も無い。そこには疑いようの無い美少女が存在していたのだ。
ペタペタと無作法に顔面を撫で回す。鏡の中の女性も動作を同じくした。
この女の子は、この美少女が…自分!?
信じられない。今朝になって何度目かわからないが、やはり信じられない現実だ。
だが、現実なのである。突然やってきた何かが自分の身体を豊満な女性にし、あまりにも好みな顔を勝手に与えていったという現実なのである。
これでは誰が見ても自分は女の子だ。疑う理由などかけらも無い。女子用の学生服を着用したとて誰が好奇の目で見よう。
仮にじろじろ見られるとしても、そんなことをするのはあまりのかわいさに目を奪われた男くらいのものだろう。
「こ、これなら大丈夫そうだな。」
気兼ねなく外に出ることができるということがわかって心から安心した。いや、根本的な問題は何も解決してはいないが。
「と…とはいえ…」
とはいえ、いきなり女子制服を着用しろといわれるのも納得しがたいものがある。


変化したのが外見だけなのだからそうせざるを得ないのだろうが、だからといってすべてを受けいれらるわけるほど融通の利く性格ではない。
そっとブレザーを手に取る。意外なほどに小さいことに気づく。見た目からわかるがこうして手にとって見るとその大きさがよくわかった。
女の子の衣服を手にすることなど男にそうそうあるものではない。
(女はこんなの着てんだなあ…)
両手で目の高さに持つ。真正面から見れば見るほど自分のものだとは信じられない。
(なんとかして…)
この制服を着ないで済む方法がないものか。雄介は熟考した。
季節柄外は寒い。暖房がある程度効いているとはいえ教室内もそれなりの気温の低さだ。
今くらいでは男女ともに上着を脱ぐようなことはしていない。だが自分だけ脱いでいるというのも別にそうたいした問題とはいえないはずだ。
(でも…)
ある程度は自分の周りの社会がどういうふうになっているのかわかりかけてはいるが、正直な話内心ビクビクしている。
当然だ。おいそれとこんな身体に順応してなるものか。だから些細なことでも不必要に注目は集めたくは無い…。
“女の自分”を見られることは耐え難い羞恥なのだ。今後の自分を決めるためとはいえ、できることならば学校にもあまり行きたくも無い。
「雄ちゃん!早くしないとほんと間に合わないわよ!」
階下から再度母の催促。
うじうじと悩み続けていた雄介の心を後押しした。今度また自分の部屋に来ればどんな文句を言われるかわからない。
「うぅ…。き、着るしかないか…」
ブレザーをハンガーに戻す。ゆっくりと上着に手をかけた。
深呼吸を一回だけ行う。すぅ…はぁ…。
「よしっ!着るぞ!」


一気に上着を引っ張りあげる。服を脱ぐと同時、大きな乳房がブルブルと揺れるのを感じた。
一挙動のたびにこの実った果実がプルプルと主張し、自分の目を釘付けにさせるのだ。
おかげでブラジャーを探すのに想像以上に手間取ってしまった。
「こ、これか…。これがブラジャー…」
いちいち口に出さずともそれくらいのことは承知している。心臓をドキドキさせるようなことでもないはずだ。
だが、さすがにこの状況で落ち着けというほうが難しい。なにしろブラジャーを着けるのが自分なのだ。まさかこんな日が来ようとは…。
そっとカップの部分に手を伸ばす。自分の手がすっぽりと収まってしまうような大きさだ。
「で、でけぇな…」
自分のサイズに合わせたものなのだからそれくらいのことはわかっていた。
「こんなサイズ、店で売ってるのしか見たことねえぞ。」
そんなサイズを自分が着用するのだ。何もかもが初体験である。
前にあるホックでとめるようになっており、それほど着方のわかりにくいものでもなさそうだ。
肩、背中とブラジャーの紐を絡ませて肝心のカップの部分を両手に掴む。
ブラジャーで補強する必要などないと思われるほど見事な造型の大鞠が、今か今かと雄介の目を刺激してきた。
余った柔肉のないように、と丁寧にカップですくいあげる。ふわりとしたカップの内側の感触が心地よかった。
乳房の下に隠れてしまって見えないがきちんとできただろう。あとはそのまま前のホックを…
ギュッ…
「おおっ…!」
中央にググッと寄せた分、押し上げられた女肉が眼下からこちらにせり上がってきた。


「す、すげぇ…」
まだ両側のホックに届いておらず、さらに中心に挟み込むと我慢できずにあふれ出す乳房が増量した。
結局のところきちんとホックはとめたのだが、溢れた胸を詰め込まなくはならないようだ。むちゃくちゃに寄せ上がってしまった乳房はそれなりに魅力的だがこのままでは大問題である。
少し力強くカップの部分をひっぱり、開いた隙間に乳房を押し込む。
こんな視点で、しかも自分の身体でこんな作業をするという貴重な経験に熱心に打ち込んでしまった。
「巨乳の女ってみんなこんなことしてんのかな?」
自分で自分のことを巨乳と定義するようでなんだか気恥ずかしかったものの、男としてみれば断じて巨乳に違いない。
詰め込みながら乳房を揉んだりもした。
「ん、はぁ…。すげぇ変な感じ…」
時間が迫っているので急がなくてはならない。わし掴むこの手の中が名残惜しいがそのままさっさと作業をすすめ、なんとか形を整えることに成功した。
それでもなおブラジャーから溢れる部分は無視できない。とはいえ仕方あるまい。このサイズではこれが限界だ。
「うぅ。けっこう苦しいな…」
予想以上の胸の圧迫に少し顔をしかめた。ほかのブラジャーも同じようなものなのだ。今からではどうにもできない。
それよりも早く着替えをすませることが最優先である。
「さあ、次だ」
下半身に目をやる。当然のことながらトランクスである。
確かに男としての名残なのかもしれないが、さきほど確認した美少女の自分の顔と組み合わせるとこっけいとしかいいようがない。
全身を映し出す鏡は雄介の部屋にはないものの、想像するだけで珍妙な格好だ。
いくら心が屈していないといってもトランクスを貫き通すことはやりすぎなのではないか。そもそも下着など普通は他人の目にさらされるものでもない。
ブラジャーなど女としての自分をこれ以上なく語りつくすアイテムだが、それらは衣服の下に隠されるものなのだ。


他人の目こそが頭を抱える第一要因であると考えているのだから、それにさらされない部分はあくまで自分だけの問題といえる。
雄介は悩んだ。自由な選択が与えられている数少ない機会なのである。
(「男」を貫くか…いや、貫くに決まってる。…でもなあ)
悩みに悩み、そしてまた悩み続けた。
そして雷が階下からせりあがってきた。
「雄ちゃん!!あなた、ほんっとに遅刻しちゃうわよ!!!今月何回遅刻してんの!!」
ドカドカドカ
大岩が転がり落ちるような憤怒。土石流のような足音が階段をたたきつけた。
(わ!わわわ、また上がってきた…)
着替え途中、しかも上半身はブラジャーのみ、下半身はトランクスのみ、というなさけない格好だ。こんな姿を親に見られるわけにはいかない。
「わ、わかってるって!!すぐに降りるよ!!母さんは朝飯用意しておいて!」
「もう、早くしなさいよ!朝ごはんなんてもうとっくに用意できてるんですからね!」
自室のドアの向こう側から声が返ってくる。危なかった、部屋に入られる直前だったじゃないか。
「ご、ごめん。ちょっと…朝からいろいろと…その、あってさ…」
確かにいろいろあった。ありすぎた、といったほうが正しい。
なぜかその言葉だけで母はずいぶんと理解を示すようになった。
「そう…そうよね。いろいろあったのね。“女”になったんだもんね…」
「そ、そうなんだ。そうなんだけど…」
なんだかまだ心が通じ合っているといえない状況…のような気がした。
すべてを悟ったかのような母の口調。「母」を続けてきた自分の中の「女」をふと思い出したかのような…


「まぁ、いろいろ大変だとおもうけど。早くしなさいね」
ドア越しで表情は見えないが、なぜかずいぶんと艶のある口ぶりであった。
話すべき肝心な事柄が絶対にあるように思えて仕方ないが、ひとまずは母の怒りはおさまり再び階下へと戻っていったことに安心した。
「やばいな。ほんとにいそがないと…」
もう衣服うんぬんで頭を抱えている場合ではないようだ。そうだ、下着なんかどうでもいいじゃないか。どうせ誰も見ないんだし。
さっさとトランクスの上からスカートを履いてしまう。ブレザーもきちんと着用し、ろくに勉強道具をいれたこともない通学かばんを手にとって自室を飛び出した。
ドカドカドカ!
先ほどの母に負けないほどの勢いで、今度は階段を駆け下りた。




なにしろ時間が迫っている。いつもならばすでに出かけている頃だ。なのにまだ朝食も食っていない。
「もう!女の子がなんてはしたない!」
途中、台所の母がそんな抗議を叫んできたが気にしない。
女の子がはしたない、だって!?
はっ!そんなもん知るかよ!こっちだって好きで女の子やってんじゃないっての!
「ったく!こりゃほんとに世の中は…のわあああっ!!」
見事に階段途中ですっ転んでしまう。芸術的なまでに足を滑らせ、残り数段を一気に駆け下り…いや、ずっこけた。
ドドドドドドッッ!!!
ドカ!とこれまた絵になるほどの尻もちをついてしまう。
「ぐはっ!いってええええええ!!」
床に見事に着地(?)したまま身動きもできない。
ずいぶんと大きく、そしてふっくらとなってしまった自分の尻を手でさする。フニュっとした尻肉が手にフィットしてきた。
(・・・お、おおっ!?)
痛いものは痛い。だからこそつい患部に手を当ててしまったわけだが……そのおかげで今まで気づかなかった胸や股間以外の“女”の部分を意識するにいたった。
(し、尻ってこんなに柔らかいのか?)
女の身体になってしまったのだから当然だ。女性は腰まわりがふっくらとしてくるのが成長期というものである。そのことくらいは知っている。
男には絶対に無い乳房などは見た目からもあからさまだし、女の特徴をこれ以上なく物語る部分だ。

しかし両性に共通する、つまり臀部に触れることでいかに男女の性差が大きいかを感じてしまったのである。
男のようなゴツゴツした固さとは程遠い、さすがに乳房ほどではないが、実に甘美な感触をクッションのようなそこは伝えてくる。
つい無心に自分の尻をさすっているうちに…また身体の芯がジーンと熱を帯び始めてきた。
(ん…あ。やばっ…)
女の身体をこんなに好き勝手触っているのだ。男として興奮しないほうが難しい。
「ん、はぁ。やっぱ違うな、男と女ってのは…」
カシャ!
突然聞こえてきたシャッター音。
「いいよぉ、姉さん!朝からいい絵…」
慌てて手を身体から離し、声のしたほうを見上げる。
そこには…携帯のカメラ機能で激写したばかりの弟がいた。
「わっ!涼貴(りょうき)!!てめっ!なに俺のこと撮ってんだ!!」
思わず赤面する。朝からこんな尻もちシーンを記録に残されて素直に容認できるほど雄介は大人ではない。
「だって姉さん、朝から写真に撮ってくれといわんばかりだよ、その格好。」
確かにそうかもしれない。
今、雄介はまるで女の子のように――実際に女の子なのだが―ー両のふとももを閉じ合わせ、膝から下を両サイドに軽く広げた“女の子座り”をしていたのである。
そして挙句の果てには、赤面した顔をカメラ目線で見上げている。


「お、お前…!な、なにいって…!!」
カアアァァァ…
自分がまるで気がつかないうちに、そんな恥ずかしい格好をしていたことにますます赤面してしまった。
とっさに携帯へのカメラ目線をはずしうつむく。
(…ハッ!)
しかし、その格好もまた女の子らしさ全開である。というよりただ単に男である弟を刺激させてしまっただけであると雄介は気づいた。
「や、やめ…!!」
カシャ!
やめろ、と言う前に再び弟の携帯に記録が残ってしまった。
ブチッ!
いい加減堪忍袋の尾も切れようというものである。
「て、てめっ!いい加減にしろっ!!」
ゴスッ!
さっと立ち上がり涼貴の脳天に鉄槌を下す。鈍い音がキッチンまで届いたかもしれない。
「ってぇええええ!何すんだよ姉さん!」
「何すんだ、じゃねえ。それは俺のセリフだ。この変態!!」
「だってあんな格好、男としては最高の絵になるんだよ…!」
「ううぅ!」
た、確かにそうだろな。それは・・・こういっちゃあなんだが、その気持ちってのはわかる。
正直いって俺がこいつの視点で俺を見たとしたら、間違いなく同じことを思うだろう。


「だろ!?」
「ううぅ。そ、それは…!?」
ひ、否定できん…。間違いなく、こいつは俺の弟であると確信できるかのような発言だ・・・。
「姉さんは男がわかってないねえ…」
「うっせぇ!んなもんくらいわかるっての!」
ドゴスッ!
「のぐわぁぁぁぁぁ!!な、なんで!?」
もう一度、今度は肘で涼貴の脳天に天罰を下す。
許せ、認めるわけにはいかんのだ。気持ちは痛いほどわかるが。
「母さ〜〜ん!!姉さんがっ!姉さんがぁぁぁ!」
さっと雄介の手から逃れた涼貴はそのままキッチンへとダッシュしていってしまう。
「母さ〜〜ん、だぁ?てめえはいったい何歳だってんだ。」
呆れて先ほどの怒りも恥ずかしさもすっかり消えてしまった。気を取り直してキッチンまでの廊下を歩く。
(しっかし…)
階段を見事に踏み外したときも、そして今廊下を歩いているときも感じたことだが…。
(女の身体ってのは…なにからなにまで違うな)
ただ歩いているだけでもなんとなくわかる。両の脚を普通にすり合わせるだけでふとももの肉感がまるで異なっているのだ。
下着で補強しているとはいえ、これだけ乳房が大きければ歩くだけでもその豊かな揺れを無視することもできない。


ましてや…両脚の間にあった、昨夜までは確かにあった象徴がすっかりなくなってしまっているのだ。すでにこれだけでも驚くべき発見をもたらしている。
肩幅が小さくなってしまったせいで前後に動かす両腕の感覚も違う。
「ほんと…違うよな…」
ふと自分の身体を見下ろして、まず目に入った豊かなふくらみ。
そして思い出す先ほど触りまくってしまった尻の感触。
知れず…それらに手が動いてしまった…。
片手に含みきれない乳肉がふたつある。女の自分を主張してやまない…大好きな部分だ。
ムニュゥ
「んっ!」
これほどの身体を男である雄介に無視し続けろというのは無理難題である。
(ほんと…この身体…)
もっといっぱい触りたい、そう考えるのは実に自然なことだろう。
「まさか自分の身体に興奮するなんて……はふっ!」
もう一回握り締める。何度まさぐっても決して形を変えることなく、絶え間ないレスポンスを返してくるのだ。
「ったく…俺、どうなるんだろ…はぅ!」
最悪で最高のスタートを今日という日はすでに出発していたのだった。

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