どこか現実離れした光景だった。
 観久は楽しげに何かのメロディーを口ずさみながら、脱いだ服を丁寧にたた
んでソファーの上に置いてゆく。瑠璃は少しはにかみながらも、やはり制服を
脱ぎ始めた。
 部屋に華やいだ雰囲気がただよい始めている。いや、華やいだというには余
りにも濃密な、そして淫らなものだ。もし空気の色が見えるのならば、やはり
ピンク色なのだろうかと思わずにはいられない。
 普通、カラオケボックスのドアには覗き窓がついている。防犯上の理由もあ
るが、なによりも密室でよからぬ行為をするのを防ぐ目的でつけられているら
しい。
 だがこの部屋のドアには窓がない。奥まった場所をわざわざ選んだのには、
こういうことを考えてだったのだろうか。
 亜美はブラジャーとショーツ、そしてソックスに靴(もちろん、眼鏡もだが)
というスタイルで床にひざまずいている。
 だがその目は、焦点を結ばずあらぬ彼方を見ているようだった。
 彼女は迷っていた。
 はたして今、“これ”をしていいものかどうか。
 体は疼いている。男性が欲しいという欲望はある。その一方で、男としての
自分は男に抱かれる事を否定している。
 いや、それは逆で、亜美は男を拒み、悠司が求めているのかもしれない。
 全身で感じるセックスは、悠司の理性にヒビを入れるには充分だった。いざ
となれば、体全体が全て性感帯になってしまうようだ。
 それが――怖い。
 以前の亜美は、セックスをしていても冷めていた。心は体に宿らず、超然と
した高見から蠢く肉体を見つめている。そんな感じだった。

 しかし今は違う。快楽に容易く溺れてしまう。
 底が見えない。
 自分がつい数時間前にやってしまったこと以上の痴態を人目に晒してしまう
のが怖いのだ。
 ここにいたって亜美、いや悠司は気がついた。
 今ならば、自分のアパートに電話することができる。
 しかし体は動かない。
 要するに、怖いのだ。
 もしそこに、『自分』がいたとしたらどうなってしまうのだろう? ただで
さえ希薄になりつつある自我が崩壊してしまうような気がして、悠司はそれ以
上脚を踏み出せない。
 自分は臆病なのだ。
 悠司と亜美は、同時に気づいた。
 ややロリータめいた顔立ちとは裏腹に、亜美はクールビューティーとして名
高かった。テニス部副部長の長狭瞳と共に、一年ながらにして学園でも一、二
を争う「お姉様」であった。
 怖いものなどなかった。恐れるものは存在しない。そう思っていた。
 だが今は違う。今までの自分は無知だった。
 いや。知ろうとしなかっただけ。
 目の前を覆っていたヴェールが剥がれ、一気に広い視界が現れたようだ。だ
が、感動よりも恐怖が先にくる。いかに自分が気ままに生きていたのか、恥ず
かしくなるほどだ。
 瑠璃が薄いレモン色のハーフカップのブラジャーを脱ぎかけて、ふと亜美に
目をとめた。
「つぐみちゃん、何物思いに耽ってるの? 珍しいわね」
 柔らかなものが背中に張り付いた。瑠璃の胸だ。

 彼女は白人の父とのハーフで、髪は栗色、瞳は鳶色。色白の肌もあいまって、
まるで人形のような美少女だ。ゴシックロリータの服は彼女にこそ似合う。ま
るで名画を見るようなはまり具合なのだ。
「ううん……なんでもない」
 中学部からの親友だ、と記憶が浮かんでくる。彼女とは、いつも一緒に行動
している。だからだろうか、亜美の微妙な変化に気付いたのかもしれない。
「ねえ、キスして」
 処女のように固く強ばった亜美に新鮮な驚きを感じつつ、瑠璃は彼女の唇を
貪った。
「う……ふーん……」
 小犬のような鼻声をたてながら、亜美はなめらかな瑠璃の舌を受け入れる。
舌をからませたり離したり、時に突っつくようにしたりしながら様々なキスを
繰り広げる。
 そんな二人の交歓を、少年達が食い入るような視線で見つめていた。
「あなた達もキスしたい?」
 おいてけぼりをされていた布夕の言葉に、三人は一瞬ためらいはしたが、す
ぐに何回も頭を縦に振った。
「うふふ。お姉さんが君達のファーストキス貰っちゃうねっ♪」
「あ、僕はあそこのお姉さんとさっき……」
「じゃあ、君はお預け!」
 そう言い放つと、布夕は残った二人を抱き寄せ、顔をつかむとあっと言う間
に派手な音を立てて少年達の唇を奪ってしまった。
「ごちそうさま。へへっ。初々しい男の子のファーストキスっていいなあ」
 呆気にとられて、布夕を見つめている少年達。
 そんな彼らに胸を押しつけるようにして、布夕は再びキスを見舞った。今度
は彼らにも心の用意がある。さっきはお預けされていた彼も、一緒だ。

 キスだけで、彼らのペニスは痛いくらいに天井に向かってそそり立ってしまっ
た。3人とも、まだ半分以上包皮があるのが、どこかこっけいだ。
「まずセックスの前に、女の子の体のことを知っておいて欲しいですね」
 観久は美しい光沢の下着、恐らくシルクのブラジャーとショーツだけになっ
て微笑んでいた。
「そうそう。童貞君って、お尻の穴なのか素股なのかもわかんないからね。観
久ちゃんに教えてもらいなさい」
 悪戯っ子のようなきらきら光る瞳で、布夕が続く。そして観久は足を揃えた
まま、器用にショーツを脱いだ。
「さあ、御覧なさい」
 閉じた脚を左右に開くと、6つの瞳は一点に集中した。
「うわ、茶色い!」
 次の瞬間、思わず叫んでしまった少年を布夕が後から殴った。
 それも拳骨で。
「女の子にそんなこというもんじゃありません!」
「だ、だって……」
「なあ?」
「うん」
 男三人が情けない表情をして顔をつきあわせる。
「人それぞれ、みんな違うの。処女でもここの色が濃い人もいれば、たくさん
エッチしてもピンク色って人もいるのよ。男の子のおちんちんだってそうでしょ
う? 大きさだって形だって、みんな違うでしょ」
「そんなこと言われても……」
 また布夕が拳を振り上げたのを見て、三人は両手で顔を防御した。
「わ、ごめんなさい、わかりました!」
「すみません、すみません!」
 口々に謝罪する。

「わかればよろしい」
 腕を組んでうなずく布夕。
 当の本人、観久はその様子をにこにこと笑って見つめている。
「さあ、どなたが私のお相手になってくれますか?」
 誰も前に出ない。
 観久はにこやか……いや、妖艶な笑みを浮かべて、より一層大きく脚を開い
た。
「あなた達の固くなったおちんちんを、女の子の、この……」
 小陰唇にあてた人差し指を左右に開き、奥底へ通じる神秘の部分をさらけ出
す。
「中に、入れるの。それがセックスですわ」
 少年達は魅入られたように観久の股間に釘付けになっている。観久は指を更
に増やし、奥へと突き入れる。そして膣の奥まで見えるように大きく陰唇を割
り開いた。
「ほら、中はピンク色でしょう?」
 うっすらと白濁した愛液がこぼれ、スミレ色の蕾へと流れてゆく。
 恐らくこの先、彼らはこんな光景に出会うことは二度とないだろう。あまり
にも淫靡な雰囲気が彼らを飲み込んでいる。
「マンガで見たのと、ちょっと違うかも……」
 背丈のわりには少し声の高い少年が、恐る恐る言った。
 彼らは興奮ではなく、ショックを感じたようだった。
 たった1歳とはいえ年上の女性達に囲まれ、おまけに場所が場所だけに、彼
らの"それ"は、悲しいくらいに縮こまってしまっていた。しかも、生の女性器
を初めて見るのだから無理もない。
「グロテスクかしら? でも、この中からあなた達は産まれたの。あなたのお
母様のお腹から、ね」

「なんか、すごく……ちっちゃいっす」
「ふふっ。赤ちゃんを産む時は、ここを切ったりするのよ」
 観久は会陰部――性器と肛門の間を指でなぞって、舌で唇を舐めた。
「き、切るって!?」
「そう。切るの。赤ちゃんを産む時にここが裂けたりするので、あらかじめハ
サミなどで切ってしまうそうですわ。今は切らないところも多いそうですけれ
ど。それに比べたら、おちんちんなんて小さいものね」
 彼女は桜色の唇を自らの舌で舐め続ける。
 観久は欲情している。彼女の体から発散される、情欲のフェロモンが室内に
充満しているのがわかる。牝の匂いで頭がくらくらしてきそうなくらいだ。
「あら。あなた、固くなってきているのね」
 観久が顔を向けた先には、最も大柄な少年が、はちきれそうになっているペ
ニスを両手で隠すのに必死だった。
「では、あなたが私のお相手をして下さるのですね?」
「おっお願いしますっ!」
 がくがく頭を震わせながら、彼は観久におおいかぶさった。
「じゃあ、残りのどっちが私とエッチをしたい?」
「あの……」
「ええっと……」
 瑠璃の誘いにも関わらず二人の視線は、心ここにあらずといった風情の亜美
の胸に注がれている。
「やっぱり、男の子っておっぱいが大きい人がいい?」
「そんなこと無いです! お、お姉さん……外国の人みたいで、なんかお人形
さんみたいで、触ったら壊れちゃいそうで」
 瑠璃はそう言った小柄な少年を抱きしめ、舌を絡める濃厚なキスをした。彼
は目を白黒させ、恐る恐る彼女の背中に手を回した。
「あったかいです……」

「そうよ。セックスって、おちんちんを女の子の中に入れるだけじゃないの。
体と体を合わせるのが、本当のセックスなの」
 抱き合ったまま、ついばむようなキスを交わす。
 今まで想像もしたことも無い行為の連続に目を白黒させながら彼は言った。
「お、お姉さんの名前は?」
「那賀乃瑠璃(なかのるり)よ」
「なかの?」
 少年は「か」にアクセントを込めて言った。瑠璃は黙って、彼の固くなった
ペニスを握ると、軽く雑巾のように絞り上げた。
「ひゃあああぅっ!」
「なかの、るり。アクセントを間違えないでくれる?」
 瑠璃は「な」に力を込めて言った。
「はい、ごめんなさい!」
「わかればいいのよ。発音は大事だから、注意してね」
 そう言うと瑠璃は今の仕打ちを詫びるかのように、しゃがんで少年の股間に
顔を埋めると、包皮をつるりと剥いて初々しい亀頭をぱっくりと咥えた。
「う、うわああああっ!」
 初めて味わう強烈な刺激に、少年の膝は震える。
 そして最後に残った少年は、亜美の胸をずっと眺めている。
 ペニスは再び、臨戦状態をとっている。先細りで、包皮が被った亀頭はまだ
あまり発達していないが、女性を貫くにはこれでも十分だ。
 亜美は、彼を無視しているわけではない。その証拠に、彼が隣に座っておず
おずと肩に伸ばした手を払いのけもせず、身を寄せたことからもわかる。
 ここから先は、覚悟が必要だった。
 悠司としての意識は、今も男性を忌避している。自分は異性愛者だ。まだ女
性と肌を合わせることはがまんできる。しかし、男が触れると考えただけでぞっ
とする。

 それなのに、濡れる。
 体の芯に甘い疼きが走り、亜美を絶え間無く責めたてている。
「女の子のおっぱい、見たい?」
 亜美は立ったままの少年に向かって、尋ねた。
「は、はい!」
「女の子の裸を見るのは初めて?」
「は、はい……あ。えっと、お母さんのは、ちょっと」
「うふふ。でも、お母さんと比べないでね」
 自然に言葉が出てきた。
 布夕は、いつもとは違う亜美の様子に驚きながらも、静観を決め込んだ。
 亜美がフルカップのブラジャーを外すと、押さえ込まれていたバストがこぼ
れ出る。Fカップともなるとブラジャーをつけていた方が楽だが、テニスで鍛
えられた筋肉の力もあるのだろう。彼女のバストは重力に負けることなく、ツ
ン、と上向きに形良く震えていた。
「うわっ……」
 静脈がはっきりと見て取れるほどの、抜けるような白い肌。柔らかそうなの
に形が崩れていない、絶妙のバランスをもっているようだ。
「触ってみる?」
 亜美は少年に向かって言った。
 実の所、乳首はさっきから痛いくらいに尖りきってしまっている。美しい桜
色の突起は、息がかかるだけで甘い刺激が走ってしまいそうだ。
 少年は亜美の目の前にしゃがむと、ゆっくりと乳房に手を伸ばした。
「あ……。温かい、です」
 互いの体温が溶け合ってゆく。それだけで、亜美は満足感に包まれる。
「ゆっくり、ゆっくり触って。でないと、痛いから」
「触ると痛いんですか?」
 驚いたように亜美の顔を見て言う。

「うん。……感じ過ぎちゃうから。乳首も、柔らかく……ね? 強くつまんじゃ
ダメよ」
「はっ、はっは、はいっ!」
 がくがくと首を上下に震わせて豊かなバストに手をはわせてゆく。
「そう。上手よ」
 亜美は彼の手に自分の手を添えて、リードする。
 少年の手がショーツに触れた所で彼女は自分でお尻の方の布地を下に降ろし、
耳元で囁いた。
「あとは君が脱がして。私のパンツ、あ・げ・る!」
「ふぁふぁふぁふぁ、はははいっ!」
 震える手でショーツを下にずらしてゆく。だが、視線は胸と顔を行ったり来
たりで、まるで定まらない。太腿の途中で止まったショーツを、亜美は自分で
取り去って少年の手に押し込んだ。
 まるで熱湯でもかけられたように少年は手を引っ込めたが、亜美の不思議な
微笑みを見て、手の中の小さな布切れをぎゅっと握り締めた。
 彼はちらりと横を見て、既に童貞を先に捨てている“先輩”の格好を見て、
亜美にのしかかる。
 だが、狙いが定まらない。
「そこじゃなくて、もっと……下よ」
「こ、ここですか?」
 恥ずかしくて見ていられないのか、亜美から顔を逸らして彼は言った。まだ
下半身だけを動かしてなんとかしようとしている。
「ちゃんと見て。恥ずかしくなんかないんだから」
 自分の初めての時も、こんな風だったな、と心のどこかで誰かが囁く。
 これは誰だろう? 亜美は挿入を待ちわびながら、自分の心の内を探った。
自分で自分を調べているような奇妙な感じがしていた。そう、これは自分だ。
自分の心の中だ。最初から考える必要なんか、無い。

「あの……」
 困ったような表情で、少年が亜美を見つめている。
 まだ、入口がどこにあるのか探りかねているようだった。
 仕方ないわねとでも言うように亜美は唇を動かし、彼のペニスをやんわりと
指でつかみ、股間へと導いた。
「ここよ。あのね、女の子の場所は、みんな少しずつ違うの。慣れないうちは
恥ずかしがらず、ちゃんと見て、手も使ってね。かっこなんかつけるのは、ま
だ早いわ」
「は、はいっ!」
 先走りの粘液を指先に感じながら、亜美はペニスから指を離した。そして彼
は、ゆっくりと腰を突き入れてきた。小ぶりだが、確かな固さと生命に満ち溢
れたものが亜美を押し分けて、彼女の内へと突き進んでゆく。
 この瞬間、亜美は二度目の処女を失った。正確には、悠司が自覚しながら、
女として初めて、進んで男を受け入れたということになる。
「あ、ああ……」
「あ……はぁぁっ……」
 少年と亜美の二人から同時にため息が漏れた。
 信じられないくらい良かった。
 つい数時間前の繭美との交わりを1だとすれば、5、いや10以上の快感だ。
双頭ディルドゥの方よりも小さいのに、そんなものは問題としないくらいの充
足感がある。
 落ちる、いや、堕ちる……。
 亜美は震えた。
 悠司は脅えた。
 どこまでも堕ちていける。
 今の自分は、間違いなくそうだった。
 二人は拒もうとしたが、肉体はそれを拒んだ。

「ああああああああああああっ! いいひぃぃぃぃぃっ!!」
 かすれるような、悲鳴にも似た声を亜美は喉から絞り出した。
 稚拙な腰の動きですら容易く彼女から快感を引きずり出す。未成熟な男性器
が体の中をこする度に、どろどろとした性欲のマグマが溢れ出す。
 気持ちいい。
 とっても気持ちいい。
 セックスがきもちいい!
 無我夢中で腰を使う少年は、何度もペニスが抜けてはその度に亜美に手で誘
導してもらって挿入を果たす。
 やがてじれったくなった亜美は少年の腰に脚を絡め、ぐっと引き寄せた。
「お姉さん……お姉さんっ!」
「押し込むようにして……ん、そう……ぐりぐりってかき回してぇ!」
 なかなか亜美の意図をつかめなかったが、彼女の腰の動きを追うようにして
いるうちに、コツをつかんだのか、動きが良くなってゆく。
「あらあら。亜美ちゃんったら、いつになく乱れてますのね」
 大柄な少年を下敷にして、騎乗位で思うがままに腰を動かしていた観久が、
くすりと笑った。彼はと言えば、生まれて初めての快感に、情けない顔をしつ
つ必死に射精を堪えている。
「まだですよ。まだ出したらダメですよ? ほら。私のおっぱいを……いいえ、
そんなに強くつかんだらいけないわ。女の子の胸は、敏感なんですから」
 少年の手を誘導して、胸を愛撫させ始めた。
 もう一方の瑠璃は、胸をしゃぶられている。
「うふふ。まるで赤ちゃんみたいですね」
 小ぶりなバストは、少年の手の中で面白いように形を変える。乳首はどちら
も、涎でべっとりと濡れている。男の方が主導権を握っているように見えるが、
実は瑠璃が思うように彼を操っているに過ぎない。

「じゃあ、今度はここを舐めて、きれいにして……」
 さっきの観久のように、ゆっくりと脚を開いてゆく。
 今度は、驚かない。一度は自分のペニスを突っ込んだ所だ。少年は瑠璃の言
葉のままにひざまずくと、淡い栗色のヘアーの下へ顔を近づけていった。
 そして亜美はというと、早くも男の方に限界が来ていた。童貞卒業したての
ほやほやなのだから仕方がない。少年は感極まって叫ぶ。
「お、お姉さん、もうっダメっですぅっっ!」
「い……いわよ。私の中でたっぷり出して、ね」
 亜美が言い終わるかどうかわからないうちに、ついに限界がきた。
「で、出るぅっ!」
 彼の体が反り返ったと同時に、ペニスが飛び跳ねるように勢いよく精液が飛
び出てくる。香り高い若い飛沫を胎内で受け止めて亜美は微笑んだ。悠司の中
で魔性の笑みと名付けた、それだ。
 だが、心の中では嫌悪感がどろどろに渦巻いている。
 とうとう中に出されてしまった……。
 一方で、心の中は満足感で溢れているのが恐ろしい。それ以上に、これだけ
では足りないと思っているのが、もっと恐ろしかった。
 荒く息を吐いている「男」になった少年を見つめているうちに、亜美は再び
心の内からわき上がる欲望を抑えきれなくなっていた。
 良かった? と聞かないのがいい。
 こんな時は、肌と肌、視線で語り合うものだ。
 亜美は少年もまた、次を求めていることを感じ取った。
 括約筋を締め付けるようにして、お腹の方にも力をこめる。言葉にするのは
難しいが、その効果はすぐに現れた。
「お姉さん!」
 亜美の中で少年のペニスが力を取り戻してゆく。
「今度は、もっと時間をかけて。ね?」

「は……はい!」
 同時に、激しい突きを亜美に見舞う。
「あ、やん! そこっ! おちんちん、いいっ!」
 ぺたん、ぺたんと音がする。
 間抜けな音だと、頭のどこかで冷めた思考がつぶやく。だがそれも、どこか
照れ隠しのような響きをもっている。技巧など関係ない生命の営みの前には、
小賢しいテクニックや羞恥など無意味だった。
 部屋の3ヶ所で、同じような音が響いている。残された布夕は手持ち無沙汰
にその様子を眺めていたが、やがて何かを思い立ったのか、いそいそと下着も
脱いで全裸になり、亜美に近寄っていった。
「お・姉・さ・まっ♪」
 ソファーに腰を下ろし、足を持ち上げられて挿入されている亜美の前、つま
り少年の横にどっかりと座ると、彼を邪険に払いのけた。
「はい、じゃまじゃま。亜美ちゃんは、私のお姉様なんだからねっ!」
「ふぇ……へっ!?」
 必死に腰を動かしている最中に退かされ、何がなんだかわからないまま、布
夕の剣幕に押されて立ちすくむ。
 そんな彼の股間を見て、彼女はくすっと笑った。
「ま。かわいいおちんちん!」
「み……見ないで下さい」
 布夕の無遠慮な視線に、彼は後ろを向いて前を隠してしまった。
「まあ、いいじゃないの。お姉さんが気持ちよくしてあげますからねえ〜」
 背中に胸をぴったりと押しつけ、彼女は彼の股間に手を伸ばした。

「う、いや、あの、その! い、いいですから、もう!」
「いーのいーの。気にしない気にしない」
 今の彼女は正に小悪魔そのものだった。慌てふためく少年の手をすり抜け、
あっという間に股間のものを握ってしまう。
 その瞬間。
「うっ……」
 亜美の中でさんざん刺激を与えられていた敏感な局部の先端から、弱々しい
噴出がおきて布夕の手を汚した。
「……はやーい! ついでに少ないの。これでも本当に男の子?」
「ううっ……酷いです」
 実は亜美の中で、既に二度出していた彼であった。いくら若くても続けさま
に三度はつらい。しかしそんなことを知らない布夕の言葉に、彼の心に大きな
トラウマを残した。
 彼はこの後、長いこと女性恐怖症に悩まされることになる。

 まったく、運が良いのだか悪いのだか……。

***********************************

 4人の少女達が身仕度を整えると、さっきまでの乱っぷりなど微塵も感じさ
せなかった。対して少年達は、快楽の残滓を惜しむように、3人とも惚けた顔
をして空中を見つめている。ほっぺたには、ルージュを引いてつけられたキス
マークがべったりとこびりついていた。
「さて、そろそろ時間ですわ。迎えも来ますし」
 観久の言葉で、少女達は荷物を持って立ち上がった。
 3人は我に返り、慌てて言った。
「あの……お姉さん。その、これからも……」
「もちろん、今日だけのおつきあいよ」
「へっ?」
 にこやかに残酷な台詞を言ってのけた瑠璃の言葉に、少年達のアゴが、かっ
くんと落ちた。美人の年上の女性とセックスした事で、彼女にできたと思って
いた彼らの甘い思惑は、一瞬にして打ち砕かれた。
 布夕が舌を出して言った。
「一度抱いたくらいで彼氏気取りなんて、男としてなってないわね。童貞捨て
させてあげたんだから、感謝しなさい」
「そんなあ!」
「でも、素敵な時間でしたわ。男を磨いてきたら、もしかしたらお付き合いす
るかもしれませんよ?」
 今度は観久が言った。一部の隙も無いその姿からは、つい15分ほど前のし
どけない姿が嘘のようだった。豹変、と言ってもいいだろう。

 ――女ってば、怖い。

 少年達の心の中に、深いトラウマが刻み込まれたのは言うまでもなかった。




 呆然としている少年達を送り出し、彼女達は部屋を出た。
 カラオケボックスの会計を済ませようとすると、既に繭美が6時までの料金
を先払いしていた。まだ時間までには30分ほどあったが精算した。そして彼
女達は、それぞれビルを出た所で別れた。
 観久と瑠璃は車のお迎えつきである。ターミナルに止まっている超高級外車
は異様に周りの目を引いた。
「亜美ちゃんのお迎えは?」
「もうすぐ、東雲が来ると思います。大丈夫よ」
「それではまた明日」
「ごきげんよう」
 まるで、ドラマだ。これが少しも嫌味はなく自然なところが、育ちの良さを
物語っているのだろう。彼女達が通う学校は、俗に言う資産家や名家の令嬢は
多い。それが名門と呼ばれる所以だろうか。三年前に今の形に変わった制服も
人気があるようだ。
 それでも、やはりするべきことは、みんなしている。何も知らない悠司から
見れば信じられないくらい乱れていると思うが、観久には婚約者がいるし、瑠
璃にも結婚を視野に入れた恋人がいる。彼女達のほとんどには、相応の相手が
いる。
 つまり、遊び感覚なのだ。
 だがそれも、親の手の中で動いているだけ。こうして彼女達は人付き合いの
計算を身に着けてゆく。

 亜美は軽く手を振って三人を見送り、なるべく目立たないようにビルの影に
移動する。だが、やはり紫峯院の制服を着た美少女だけあって、自然に人目を
引いてしまう。無遠慮な視線が、主に彼女の顔と胸に注がれる。
 嫌な視線だな、と悠司の思考がつぶやく。
 それが快感なんですよ、と亜美が心の中で笑う。
 彼女の中で、着実に何かが変わり始めていた。今まで、どこか冷たい印象が
あった亜美に血が通い始めた……そんな感じだ。
 いつもこんな調子なんだろうか?
 悠司の疑問に、亜美が答える。だいたい、こんな所かしら。エッチをしたり、
他愛ないおしゃべりを楽しんだり。それは悠司にとって新鮮な驚きをともなっ
ていた。
 彼は昔から、人付き合いが悪かった。友達も数えるほど。大学に入ってから
は、一人もいない。メールを交わす人もいないわけではないが、友人とはいい
難い。
 それに対して亜美は、常に多くの人が周りに集まっていた。家にも多くの使
用人がいる。だがそれは彼女自身に惹かれてではなく、瀬野木という名家の娘
であるからに過ぎない。学校が楽しいのは、損得を抜きにしたつきあいがある
からだった。だが、ここでも時々相手の思惑が見て取れるのが、どこか悲しい。
 瀬野木の娘と知り合いになって損はない、と。
 案外二人は、似た者同士なのかもしれない。片や自分から人付き合いを拒み、
もう一方は望んでも得られぬ、親友という関係を渇望する孤独な者。
 戻れたらいいなとは思うけどな、と悠司。いや、絶対に戻りたい。
 それなのに、今ひとつ切迫感が無い。戻りたいと思っているはずなのに、ど
こか諦めのような感情がその上に乗り、どっしりと腰を下ろしているのだ。葛
藤している意識が亜美と悠司にふわりと分離して、会話を始めた。


(私は先生と、ずっと一緒に居たいです)
(俺は君のことを知らないのに?)
(いいえ。私のことは、お母様や姉様よりも知っているはずです)
(一心同体だもんな)
(私は……先生のことを、悠司さんのことをもっと知りたい)
(君だって、俺のことを知っているはずだぜ)
(ふふっ。一心同体ですものね)
(あまり知られたくないんだけどな)
(……悠司さんの心って、とても温かいです)
(自分では冷たいやつだと思っているけど。無責任だし、無愛想だし)
(いいえ。とても温かい。ほんと、溶けてしまいそう……)

 再び、意識が溶け合ってゆく。
 こうしていると、さも二つの人格が対話しているように見えるが、悠司と亜
美は自問自答をしているようなもので、明確な区切りがあるわけではない。そ
れさえもが、もう、だいぶ曖昧になってきている。一人二役を演じているよう
な、そんな感じだ。
 ぼんやりと心の中で会話を交わしている亜美に、一人の男が近づいてきた。
 上半身裸に黒のレザージャケット。下半身も体にぴったりと張りつくこれも
黒のレザーパンツ。そしてソフトモヒカン、いわゆるベッ○ムヘアーの金髪野
郎が、亜美の前に立ちふさがった。唇の端には2つのリングピアスが、そして
鼻にも大きなピアスがぶら下がっている。
「お姉ちゃん、オマンコしようぜ」
 通行人の何人かがぎょっとして二人の方を見るが、男の格好を見て、我関せ
ずとばかりに足早に歩み去ってゆく。
 亜美は彼を見上げ、困ったように首を傾げた。

「お嬢様にはオマンコもわからないってか。オマンコでわかんなきゃよぉ、セッ
クスだったらわかるだろ、おい。俺、たまってんだよ。姉ちゃんの股の間にブ
チ込ませろよ、な?」
 男の手が亜美の胸に届こうとした、その時。
「お嬢様、お待たせしました」
 亜美の影の中から現れたのではないか、と錯覚するほど、どこからともなく
東雲が現れた。
「ヒュウ! お嬢様かよ。たまんねえなあ」
 男はベルトにぶら下げていたバタフライナイフの柄を握り、音を立たせなが
ら老執事を威嚇し始めた。だが当の本人はといえば、まるで意に介していない。
ただ、亜美と男の間に割って入り、男を牽制している。
「へっ! お嬢様よぉ。一発じゃなくて、何発でもお前のマンコにぶち込んで
やるぜ? 俺のぶっといチンポでよぉ!」
 男は膨れた股間を誇示するように、腰を前後に振る。
 ぴたぴたのレザーパンツの股間は大きく膨らんでいる。確かに、かなりの持
ち物のように見える。
 東雲が一歩足を踏み出したのを、亜美は袖を軽く引いて制止した。枯れた老
紳士の外見に惑わされてはいけない。東雲は武術百般に通じている。亜美に害
を及ぼそうとする輩を、彼がただで帰すはずはない。一瞬で息の根を止めるく
らい、容易にやってのけるだろう。腕や足の骨を折るくらいで済めば御の字だ。
 亜美は薄く笑って男の前に立った。こんなバカ男なんか、いるだけで世のた
めにならない。今まで感じたことのない衝動が、亜美を突き動かしていた。
「そんなに自分のこれが自慢なんですか?」
 そして股間に手を当て、軽く動かした。

「うひっ!」
 男は一瞬のうちに射精していた。亜美はそのまま、小刻みに手を動かし続け
る。男は目を半眼に見開きながら、続け様に射精した。とんでもない快感が一
気に爆発する。
「ああひゃっ! ひゃははあああああっ!!」
 亜美が手を離すと、ズボンの前面に濡れたような染みができていた。ほんの
1分ほどで、精液が枯れ果てるまで射精させられたのだ。それも、枯れてもな
お射精させられ、最後の二十秒ほどは堪え難いほどの激痛が走っていた。男は
そのまま腰が砕け、床に崩れ落ちてしまった。
 亜美は気絶したままの男を見下ろして、くすりと笑った。
「このくらいで参ってしまうようでは、私の相手なんか務まりませんわ。出直
してらっしゃい」
 さっ、と東雲が差し出したハンカチで手を拭う。淡く香水が染み込ませてあ
るのだろう。いい香りだ。
「東雲、帰りますよ」
「はい。お嬢様」
 白髪の老紳士を後ろに従え、亜美はさっそうと立ち去った。
 後に残るは、瞬時にして腎虚に陥った、精液と血を股間から垂れ流したまま
気絶している哀れな男の姿だけだった。

 タクシーターミナルの端に黒塗りのリムジンが止まっていた。
 予定は伝えてあるが、どうして連絡もしないのに居場所がわかるのかは亜美
も知らなかった。護衛が影から彼女を見守っているのか、それとも時計や鞄な
どに発信機のような物が仕組まれているのではないだろうか。
 監視されているんじゃないか、と悠司は思ったが、亜美は物心がつく前から
他人に世話をさせることに慣れていて、守られることも監視されることにも抵
抗はまるでないようだった。
 扉を開けた東雲の視線に、亜美は小首をかしげて言った。
「どうかしましたか?」
 亜美と視線のあった東雲が、わずかに表情を変えた。
「いえ……何でも御座いません」
 すぐにいつも通りの彼に戻り、先程までのいぶかしげな表情は微塵も感じさ
せなかった。
(さすがは東雲ね)
 亜美の微妙な変化を感じ取ったのは間違いない。
 なにしろ、兄や姉が産まれる前どころか、先祖代々、瀬野木家に仕えている
一族である。先代当主である亜美の祖父が亡くなった現在、瀬野木家のことは
彼女の両親よりもよく知っているだろう。まさに瀬野木家の生き字引だ。
 執事頭の地位を息子に譲ってからは亜美の養育係として、それこそ乳飲み子
の頃から実の子のようによく知っている。
 何か引っ掛かるのだが、今の亜美はそれを思い出すことができない。喉に小
さな魚の骨が刺さったような感じだ。悠司としての記憶も、かなり混乱してい
る。引っ越し直後の部屋の状態とでも言えるだろうか。二人分の記憶が同居し
ているような者だ。混乱するのも無理はない。
 東雲が助手席に座ると、車は静かに走り出した。
 やがて信号待ちの車窓から、瑞洋軒と看板のかかっているレトロなレンガ造
りの建物が見えてきた。今日は天気がいいので、オープンカフェになっている
ようだ。


 瑞洋軒は和風喫茶店、いわゆる大正時代のカフェを模した店だ。袴にエプロ
ンをかけた姿のウェイトレスが給仕をしている。
 名物は、「あいすくりん」。卵と牛乳の風味が味わえる、氷まじりの氷菓だ。
アイスクリームとは違うザラリとした舌触りが好評で、控え目な甘みもあいまっ
て女生に大人気の逸品だ。風味付けに蜂蜜やハーブを加えているのが味の秘訣
らしい。
 他にもウェイトレスに美人が多いこともあって、マニア層にも受けが良いと
いうのは悠司の知識にもあった。チェーン店ではあるのだが、郊外を中心に展
開しており、その数もまだ十軒少々。都心ではお目にかかれない店なのである。
 流れ込んできた亜美の記憶によれば、友達ともよくこの店に行くようだ。
 そういえば、絢ちゃんと約束したわね、と亜美は思い出した。教室で居眠り
をしていた亜美を起こしにきた水泳部の彼女だ。
 車内にはカーナビなど付いていないのに、運転手は混雑を巧みに回避しなが
ら道路を進んでゆく。
 2、30分も走った頃だろうか。多摩川を越えていないから恐らく都内なの
だろう。それなのに、道路の右手に緑の広大な敷地が視界に飛び込んでくる。
長く続く柵の中に現れた門の自動ゲートを抜け、森林公園かと見間違うほどの
深い緑の中へと車は進んでいった。
 ゲートから5分ほど走るとようやく視界が開け、建物が見えてきた。
 見渡すといった方が相応しい敷地の中に、平屋建ての建物が幾つも立ち並ん
でいる。さすがに地平線までは見えないが、大規模分譲住宅地の敷地の中に、
家が一軒だけあるようなものだ。贅沢な事この上ない。
 だがその一方で、悠司は寒々しさも感じていた。
 一瞬、宗教施設を連想してしまったのも無理はない。あまりにも整い過ぎて
いるのだ。人が暮しているという感じはほとんどない。まるでよくできた箱庭
を見ているようだ。
 道路の終着は、まるでバスターミナルのようだった。


 東雲に扉を開けられ、亜美は車を降りる。
 何人かのメイドが玄関の前に立っていて、一斉に頭を下げた。
 まるで海外の映画を見ているような感じだった。
 濃いグリーンを基調にしたメイド服が大半を占めている。
 濃紺や、ピンク色のメイド服姿もある。
 何気なく眺めているうちに、頭の中に自然と彼女達のことが浮かんできた。
まだ記憶は混乱しているが、これなら大丈夫そうだ。
 東雲が開けてくれたドアから降り、亜美は玄関へ入る。カバンは東雲に預け
てある。先導するメイドに続いて、廊下を歩いてゆく。
 まるでホテルみたいだ。
 すれ違うメイドは一人もいない。皆、廊下の端に立って亜美に頭を下げてい
る。どこか居心地の悪さを感じる。
 10分ほども歩いただろうか。車がすれ違えるほど幅のある回廊を経て、彼
女は目的地に着いた。その間にあった扉の数を数えてみたが、五十を越えたあ
たりでばからしくなってやめた。
 亜美が暮しているのは、彼女のためだけに建てられた、一部が二階建になっ
ている別館だった。部屋が20もあり、小さいながらもホールを備えていて小
規模なパーティも開ける。調理施設も、浴室つきの客間もある。これだけで一
つの独立した世界なのだ。専門のハウスキーパーにコックまでいるという念の
入り用だ。
 この建物は、彼女が中学に入った時のお祝いに父親からプレゼントされた物
だ。ちなみに母親からは、ドレスとアクセサリー。ティアラとネックレスと指
輪のセットだった。もちろんこれも、イタリアの宝石商に作らせた特注品だ。
 ここまでくると、羨ましいというより呆れるしかない。
 夕食もここで摂る。生活の大半は、ここで過ごしている。
 父親も母親も、それぞれ仕事を持っていて、まず顔を合わせることはない。
亜美には兄と、結婚した姉、そして弟がいるが、嫁いでいる姉は別として、同
じ敷地内で暮しているはずの兄と弟でさえ、滅多に会わないくらいなのだ。


 寂しいもんだな。
 でも、これが当たり前だと思っていましたから。
 着替えながら、心の中で会話をする。
 東雲もついてくれていますし、学校に行けばお友達もいますから。

 友達……か。

 いったい今のは、どちらのつぶやきだったのだろう。心を許して全てを打ち
明けられる人は、二人にはいない。あの布夕や瑠璃でさえ、どこか一線を引い
ているようなのだ。
「亜美様」
 扉の外から彼女を呼ぶ声がする。
「はい」
「雄一郎様がおいでになられていますが、いかがなさいますか」
 心の中に、熱い物が込み上げてくる。
「応接間にお通しして」
「かしこまりました」
 亜美は急いで部屋着に着替え、高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当て、応
接間へと向かった。
 誕生日には室内楽団を呼んで小さなコンサートも開いたことのある部屋に、
アンティークの椅子に浅く腰掛けて、落ち着かなそうにしている男がいた。
「お久し振りです、お義兄様……」
 駆け寄って、彼の手を取る。
「亜美ちゃん、おひさしぶり」
 胸が、きゅっと苦しくなった。
 そうとは気づかないまま別れ、気づいた時には既に自分の手の届かない人に
なってしまった、彼女の初恋の人。そして、亜美が処女を捧げた人。かつて彼
女の家庭教師であり、今は姉の夫である義兄、生島雄一郎(はじまゆういちろ
う)だった。




 雄一郎は、決してハンサムとは言えない平凡な顔つきの男だ。有名人の誰に
似ているとなると、大抵がお笑いタレントの誰某とか言われるのが関の山だ。
だが、愛敬のある印象的な顔だといえるだろう。
 国立大学を卒業後、現在は瀬野木一族が運営する系列会社に入社して働いて
いる。本家の娘を嫁に迎えたからには、ゆくゆくは社長も間違いないと周囲か
らは見られている。非常に優れた能力を持っているわけではないが、親しみや
すく、人当たりのよい人柄は多くの人に好かれている。
「姉様(ねえさま)は元気ですか」
「ああ、元気に動きまわっているよ。僕の心配なんかそっちのけでね」
「ふふっ、姉様らしいですわ」
 お茶の用意をしている亜美の笑みに、雄一郎が驚きの表情を見せる。
「しばらく合わないうちに、ずいぶんと明るくなったね。……恋でもしたのか
な?」
「男子三日会わずんば刮目して見よ、と言うでしょう? 女の子も、三日会わ
なければ変わるんですよ」
 恋という言葉に、亜美の胸に鋭い痛みが走る。今まで感じたことのない苦し
い感情。
 これは――嫉妬だ。
 私は姉に、そして雄一郎さんに嫉妬している。悠司と一緒になった亜美は、
今まで意識していなかった感情にも強く反応するようになっていた。
 それでも亜美は心の中に渦巻く負の感情をおくびにも出さず、メイドが用意
してくれていたカップに紅茶を注いで差し出した。
「お義兄様は、今日はどうしてこちらにいらしたの?」
「今日は、瀬野木取締役に呼ばれてね」
「洵彌(じゅんや)兄様の御用なのね」

 この取締役とは、グループ企業をまとめるセノキインダストリーの役員のこ
とで、亜美達きょうだいの一番上の兄だ。今年で28になるが未だ独身で、会
社では玉の輿を狙う女子社員が、会社の外では瀬野木家と誼(よしみ)をつけ
ようという取引相手が、水面下で激しい争いを続けているらしい。
「緊張するよ。なにしろ雲の上の人だからね」
「うふふ。でも、他人ではないでしょう? 家族なんですから、もっとおくつ
ろぎになればいいのに」
「いや。瀬野木の家は凄すぎて、平凡な僕には気が休まらなくて。つい、汚し
たテーブルクロスの値段だとか、うっかり何か壊したら幾らくらいかかるんだ
ろうとか考えちゃうんだ」
 何気なく手にしているカップが清朝の磁器で、目の玉が飛び出るような値段
がするなんて雄一郎は知らない方がいい。もっとも、他のティーセットも英国
製を中心にしたアンティークの陶器や磁器など、高価なものばかりなのだが。
「観夜にも頼まれていたんだよ。亜美ちゃんがどうしているかってね」
「あら。姉様に頼まれなければ、お出でになられなかったのですか?」
「そんなことないよ。かわいい……義妹(いもうと)だからね」
 雄一郎が少し言いよどんだ。
 無理もない。いくら彼女が求めたとはいえ、まだ中学生だった彼女の処女を
破ったのは彼なのだ。しかも亜美が寄せる好意を知りながら、姉の観夜に惹か
れ、彼女とも関係を持ってしまった。そして結婚……。
 怨んでいるだろうという思いが、彼を亜美から遠ざけさせた。ふたりきりで
会うのは、何年振りだろうか。もしかすると、家庭教師を辞めてからはこれが
初めてかもしれない。
「お義兄様ったら、お世辞がお上手」
 くすくすと笑う亜美を見ながら、雄一郎は救われる思いだった。常に心の片
隅に残っていたしこりが解きほぐされてゆく。その一方で、亜美の中には暗い
想いが膨れ上がり始めていた。


「今日のご予定は?」
 姉の近況などを尋ねた後、亜美はこう切り出した。
「ああ。取締役と――」
「おにいさん、でしょう?」
「いやあ、義兄(にい)さんだなんて気軽に言えないよ。まだ観夜と結婚した
ことを認めてくれていないんだから。お義母さんが助けてくれなかったら、絶
対に結婚できなかったな」
「お父様なんか、一番に反対しましたものね」
「確かに」
 雄一郎は苦笑した。将来はほぼ約束されているようなものとはいえ、会社で
はまだ係長に過ぎないし(それにしても相当なスピード出世ではあるのだが)、
会社組織を通して親会社の社長と会うことなど、まずありえない。非公式の場
でも彼を避けているようで、結婚式にすら出席しなかったという徹底ぶりだ。
「うん、その……お義兄さんとの会食に呼ばれているんだ。一応、スーツも着
てきたし」
「お似合いですわよ」
「イギリスの何とかってメーカーの背広だっていうんだけどね。観夜に押し付
けられたんだ。ちゃんとした服を着なさいってね。ちゃんとしているつもりな
んだけれど……」
「兄様は服にうるさい方だから。唯一の趣味と言っていいかもしれませんわ」
 洵彌は仕事が趣味と陰口を叩かれるほどだが、瀬野木の後継者ともなれば無
理もないだろう。彼の息抜きは、スーツを仕立てる時くらいのものだ。そのた
め彼は、百着以上のスーツを持っている。二百以上は確実だが、数えたことが
ないのでわからないのだ。
「お義兄様も瀬野木家のやり方に慣れていただかないと」
 だが、簡単に慣れるわけないと今の亜美にはわかる。悠司としての部分が、
呆れるほど豪奢な内装に感覚が麻痺してしまうほどなのだから。


 最初に雄一郎が家庭教師に来た時は、言葉も出ないほど緊張していたくらい
だった。その時と比べたら、相当落ち着いた方だろう。
「亜美ちゃんも一緒なんだろう?」
「いえ。私はここでとります。兄様に呼ばれていませんから」
 雄一郎が困ったような、不思議そうな複雑な表情をした。
「みんなで集まって食事をしないんだね」
「みんな、それぞれの生活がありますから」
「寂しいよね」
 雄一郎が苦笑した。
「僕が瀬野木の家に世話になりたくないのは、そういう理由もあるんだ。僕と
観夜の子供には、そんな思いをさせたくない」
 ズキンと胸が痛む。
 望んでも、彼とは結ばれることはもう無い。姉が死ねば別だが、そんなこと
は考えたくもない。それに、二人の間には子供がいる。亜美が入る隙間など、
どこにも無いのだ。
 亜美はつとめて明るく言った。
「食事が終わったら、お部屋にうかがってよろしいかしら?」
「ああ、歓迎するよ。観夜も亜美ちゃんがどうしているか、知りたがっている
から。ゆっくり話を聞かせてもらうよ」
「では、久し振りに勉強も見ていただこうかしら」
 紅茶を飲み干した雄一郎は、そおっとカップをソーサーに戻し、笑いながら
言った。
「でも、亜美ちゃんには先生がいるんだろう? それに、高校の教科なんてす
ぐには教えられないよ。僕も卒業してブランクがあるからね」
「早耳ですわね」
 何か、引っ掛かる。彼は誰からそのことを聞いたのだろう。姉だろうか。で
もそうなると、なぜ姉は「存在しないはずの家庭教師」のことを「知っている」
のだろうか?


 徐々に、混乱していた記憶の一部が解きほぐされてゆく。
 間違いない。亜美には家庭教師なんていなかった。自分が教えてもらってい
た人は、目の前の彼だけ。それも中学一年の間のみだった。
 それともこの記憶は、亜美と悠司が一緒になってしまったショックで産み出
された妄想なのだろうか。いや、そもそも都築悠司なんていう人間は本当に存
在するのだろうか?
 わからない。
 一度ほどけたと思った記憶の糸は、再びこんがらがってしまった。
「亜美ちゃん、大丈夫?」
 雄一郎が心配そうに声をかけた。亜美は我に返って、曖昧に微笑んだ。
「はい、ご心配をお掛けしました。今日はクラブ活動があったものですから、
少し疲れているんです」
「そうか。悪いことをしちゃったな」
「いえ、お義兄様に会えて嬉しかったです」
 胸が苦しくなる。切ない。
 雄一郎は時計を見て立ち上がった。
「そろそろ時間だ」
「それではまた、後程おじゃましますね」
「うん。楽しみにしてるよ」
 雄一郎の言葉には他意はないはずだが、亜美の心臓が跳ねた。続いて立ち上
がろうとして、彼女は眉をひそめた。
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
 雄一郎が部屋を出ていってから、亜美はそっとスカートをまくってショーツ
を見てみた。彼女の目に飛び込んできた光景は、さっきの感覚を裏付けるもの
だった。
 股間は、恥かしくなるほどぐっしょりと濡れきっていた。

*************************************


 時刻は夜十時を指していた。
 食事は既に済ませてある。食欲がなかったので軽食だけにしてもらい、風呂
に入ることにした。
 丹念に体を洗いながら、亜美は自問する。
 何を期待しているのだろう。
 これは、義兄に抱かれるためにしていることではないと自分に言い聞かせな
がら、それが言い訳にすぎないのがわかっていた。夜中に男の部屋を訪れると
いうことがどんな意味を持っているのか、わからない彼女ではない。
 でも、姉様の旦那様ですもの。妻の妹に手をかけるなんてことはしないはず
だわ。
 それなのに乳首が固くなっている。胸をこするスポンジの動きは、愛撫といっ
ていいほど丹念で執拗な動きで、まるで自慰をしているようだ。胸や首筋、そ
して下腹は特にていねいに洗っている。
 自分は男かもしれない。少なくとも男の心はある。それでも、彼の部屋に行
くことをやめようとしない。むしろ、心臓が高鳴って待ち焦がれているという
のが自分でもはっきりとわかる。

(悠司さん……私、本当にお義兄様の部屋に行ってもいいのでしょうか)

 亜美は悠司の心に問いかけるが、返事は返ってこない。
 不安と期待が彼女の心に渦巻いている。
 両手両足を広げてなお余りある浴槽に沈みこむようにして亜美は考えにふけ
る。だが、考えはまとまらない。
 1時間ほどもかけて、ようやく亜美は風呂から上がった。
 体を拭き、下着を身に着けてから、迷ったあげく、一度は着けた下着を別の
下着に変えた。いつものパジャマを着てから髪の毛をアップぎみにまとめて、
結わえる。普段はしない化粧も薄くナチュラルに仕上げて、ローズレッドのルー
ジュを引く。紙を唇の間に挟んで、軽く咥えた。


 少し派手かしら? とでも言うかのように、戸惑いながら鏡の向こうからこ
ちらを見ているのは、紛れも無い美少女。自分自身だ。そんな自分に、なぜか
ときめいてしまう。
 自身を抱きしめるように、両手を胸の前でクロスさせて肩をつかむ。大きな
胸が押されて、潰れる。化粧品の良い香りが鼻をくすぐる。
 心臓がどきどきしている。
 顔がほんのりと赤くなっているのは、風呂上がりのせいだけではないだろう。
 いつまでもこんなことをしていても仕方がない。亜美は気合いを入れるよう
にほっぺたを手の平で何回か軽く叩いてから、パジャマの上に白のガウンを羽
織り、雄一郎が泊まっている建物の方へ歩いて行った。
 それぞれの建物は完全に外気と遮断された回廊で結ばれている。それも通路
とは信じ難い幅で、悠司の部屋がすっぽりおさまってしまうほどだ。空調費だ
けでどれぐらいかかるんだろうかと、つい考えてしまう。今までこんな事なん
か考えたことも無かったのに。
 時刻は夜十一時をまわっている。
 少し遅くなってしまったが、雄一郎は起きているだろうか。
 いろいろと考えているうちに、亜美は雄一郎が泊まっている部屋の前に到着
してしまった。
 ためらいながら、ノックをする。
 返事はない。
「お義兄様……?」
「どうぞー」
 ノブを捻って扉を開ける。客用の部屋なので、トイレやバス施設も備えられ
ている短い廊下を抜け、ソファーに沈みこむように横になっている雄一郎を見
つけた。
 どうやらかなり酒が入っているようだ。
「大丈夫ですか?」


「これくらい、飲んだうちには、入らない、よっ……と」
 このわずかなやりとりだけでも、かなり酩酊しているのがわかる。
「洵彌兄様が、何かおっしゃったの?」
「……」
 無言が全てを物語っている。
 雄一郎は瓶を乱暴に傾けてグラスに注ぎ、一気に飲み干した。テーブルはお
ろか、床まで酒の染みが飛んでいる。まったくいつもの雄一郎らしくない。
「へっ……お上品にブランデーかよ。日本酒は無いのか」
「お望みでしたら持ってこさせますけど……もう、およしになったら? だい
ぶお酔いのようですし」
「そんな口のきき方はやめろ! ……あいつや、観夜と同じだ。俺を……俺を
どこかで見下していやがるんだ」
 吐き捨てるように言ってから、また酒を注ぐ。震える手は、酔いだけが原因
ではないのだろう。
「そんなことはありません。見下すだなんて、そんな!」
「お前は昔からそうだ。どんなに犯しても、お前の瞳が俺を射すくめる。どん
なに恥ずかしいことをやらせても、お前は平気だ。俺は……俺は、お前を汚し
たかった」
 突然の告白だった。
 何もかもが、遠くにあるように感じる。雄一郎の声さえもが、小さく、どこ
か別の場所で話しているようだ。
 先生は、私を、嫌いだった……?
 今までの笑顔は、言葉は、嘘だったの?
 呆然と突っ立っている亜美の手を雄一郎がつかみ、手元に引き倒し、乱暴に
唇を奪う。酒臭い匂いが鼻を突く。


 かあっと頭に血が昇った。恥ずかしさと、怒り。亜美と悠司の感情が一気に
爆発し、悠司を押しのけた。
「やっぱりお前も、俺を、影で馬鹿にしているんだろう。軽蔑しているんだろ
う?」
「そんなことはないです。……お義兄様、なんでそんなことを」
「この期に及んで、”お義兄様”かよ」
 雄一郎は裏声で「おにいさま」と言って、息を吐いた。
「だったら証明してみろ」
「証明?」
「そうだ……俺と、セックスしろ」
「え……」
 亜美は手を胸の前で組み合わせて、一歩後に後退った。
「やっぱり、お家大事か。……そうだよな。なんで俺みたいなのと観夜が一緒
になったんだ。ペット代わりか? 珍獣か? へへへっ。そりゃあ面白いな」
 自分の言ったことが面白いのか、雄一郎は壊れたレコードのように低い声で
笑い続けた。
 雄一郎が何を兄に言われたのかはわからないが、恐らく、育ちのことなどを
もってまわった言い回しで、ねちねちと痛ぶられたのだろう。席を立とうにも
立てず、拷問のような時間だったに違いない。
 今の亜美にならわかる。彼にだってプライドはある。他人に踏み入られたく
ない領域があるのだ。それを亜美の兄は、平気で汚した。雄一郎が飲みつけな
い酒をあおるなんて、よっぽどのことがあったのだ。
 亜美はそっと酒瓶を彼の手の届かない所に置き、ひざまずいた。
「姉様にしかられますから」
「あいつのことは言うな!」


 跳ね起きて雄一郎が叫ぶ。叫んだ拍子に酔いが一気に回ったのか、上半身が
ぐらりと崩れる。亜美は慌てて彼を抱きとめた。
 酒と、男の匂いが亜美の牝(メス)の部分を刺激する。
 ジン……と体が熱くなった。
 亜美は雄一郎をソファーに座らせ直すと、立ち上がって、小声で言った。
「これで、信じてくれるんですね?」
 声が震えているのが自分でもわかる。
 亜美は黒いパジャマのボタンを、ゆっくりと外してゆく。
 雄一郎の手がさらけ出された亜美のお腹に触れた。
 手が止まった。
 触れられるのが怖い。
 亜美は軽く身をよじって抵抗した。
「いや……やめて、お義兄様」
「こんな夜中に来るだなんて、お前も期待していたんだろう?」
 亜美の体が電気ショックを与えられたかのように、跳ねた。
 そうだ。自分は義兄に犯されるのを望んでいたのだ。頼んでも抱いてはくれ
ない。ならば、今だけでも肌を合わせたい。
 いや――犯されたい。
 今まで感じたことのない感情が亜美を揺り動かす。
「抵抗しろよ……抵抗してみろ!」
 雄一郎は亜美を引き寄せ、パジャマの残りのボタンを一気に引き千切った。




 パジャマの下から現れたのは、ピンクのレースのブラジャーだ。斜めに切れ
目が入ったカップに包まれた重たげな乳房が、きれいに真ん中に寄せられ美し
い曲線を描いている。レースの向こう側に固くなった乳首が見える。下も同じ
ピンク色のショーツ。サイドが紐になっているタイプだ。
 雄一郎の指が布地の端から亜美の秘処へと潜り込む。
「い、痛いっ!」
 ろくに愛撫もされずに膣口に突っ込まれた指に、亜美は身をひねって抵抗す
る。こんなことを望んだわけじゃない。
 だが、女は望まなくても濡れる。粘膜を守るための防衛反応だ。しかし亜美
の体は、単なる自己防衛にしては過剰なほど、じっとりと愛液を分泌させてい
た。
 どうしてこんな下着を着けてきてしまったのだろう。
 雄一郎は亜美の後頭部をつかむと、乱暴に顔を引き寄せてキスをした。唇を
閉じようと思ったのに、入り込んできた舌に自分の舌を絡ませてしまう。
「ん……ふっ」
 まるで喉奥を突こうとでもするように、雄一郎は顔を動かしながら、亜美の
口腔を舐め回す。
 気持ち悪い。
 胸がむかむかする。
 亜美は初めて、男を嫌悪した。それは悠司の精神が与えた影響なのだろう。
それとも今は亜美は悠司なのだろうか。だが、混乱していてよくわからない。
 手を胸にあてて雄一郎を押し退けようとするが、力の差は歴然だ。
 雄一郎はこんな人ではないという思いと、男なんて所詮そんなものだという
相反する思いが亜美の中でぶつかる。
 弱々しく抵抗する亜美を床に馬乗りになって押さえつけ、唇についた紅を手
の甲で拭うと、雄一郎はズボンを脱ぎトランクスを下げた。

 ブルン! と音がしたような気がする。酒が入っていると勃起しにくいとい
うが、少なくとも目の前のそれは、そんなことなど関係なしに隆々とそびえ立っ
ていた。今日の中学生の物とは比べ物にならない。
 腰が痺れたように、熱い。
 挿れてほしい。この、長くて固くて太い物を、私の中に……!
「抵抗……しないのかよ」
 雄一郎が、ぼそっと呟く。するとペニスは彼の気持ちを反映してか、力無く
垂れ下がってしまう。亜美は彼のそんな様子が痛々しく、顔を背けてしまった。
「くそっ! どいつもこいつも、俺を」
 触りたくない。
 それなのに亜美の手は、ゆっくりと雄一郎のペニスへと伸びてゆく。
 雄一郎の体が、電撃でも食らったかのように跳ねた。驚きを込めた目で、亜
美を見つめる。
 完全に固さが抜けきれていない茎に手を添える。
 とても、温かい。生命のあたたかさだ。
「ふう……」
 亜美の唇から吐息が漏れた。
 男が感じる場所はわかっている。男がどうして欲しいのか、どうすれば満足
できるか。
 わかっている。わかってはいるが、その先は……。
 恥かしい。こんなこと、したくない。
 心に秘めた思いとは裏腹に、体は熱く火照り、股間からはじくじくと愛液が
染み出ている。
 手の中で再び固さを取り戻すペニスを見ていられなくて、再び亜美が目を逸
らす。それでも手は離さない。
 まるで自分が同性愛者になったような気がする。


 今の彼女は亜美でありながら、悠司だった。自分から握ったのに、ペニスを
強制的に握らされたみたいで、腹の底が煮えくり返るようだ。でも体は心を裏
切る。牡(オス)の匂いが彼女の官能を刺激する。
 呆然としている悠司の下から抜け出て、亜美は四つ這いになって膝立ちをし
ている雄一郎の股間に顔を近づけた。恥ずかしくて、くやしくて、胸が熱くな
る。心臓が破裂しそうだ。
 三十度ほどの角度にまで回復したペニスの切っ先に、キスをする。
 まだ唇に残っていた口紅の跡がついた。
「汚れて……しまいました」
 そのままの姿勢で、雄一郎を見上げる。まるで媚びるような、お預けをされ
た小犬のような瞳が彼を射貫く。潤んでいるような彼女の目を見て、急激に股
間に血が集まってきた。
「それじゃあ、綺麗にしてくれ」
 雄一郎はかすれた声で言う。
 亜美は首を少し斜めに傾け、口紅で印を付けた場所に向かって舌を突き出し
た。男が喜ぶだろうという計算を込めた所作だ。ペニスが地面と並行する角度
まで勢いを回復したのを確認して、ルージュ無しでも美しい桜色の唇で、亀頭
に挨拶のキスをする。
 たちまち、ペニスは天を衝く勢いで反り返った。
 太い幹に左手を添え、口を開けて先端を口に含む。大胆なのに、どこか恥ず
かしげでおぼつかない手付きが、かえって男を刺激する。小さな音を立ててキ
スを繰り返し、尿道口の方まで唇を這わせる。
 透明な粘液が溢れてきたのを見て、亜美は親指の腹で根元の方から先端に向
かって、つい……と指を走らせた。
「うっ!」
 ペニスがびくびくと震えた。指についた粘液を、亜美は顔を上げて彼の目を
見ながら、ぺろりと舐めた。


 酔いがさめたのか、雄一郎が困ったような顔をしている。こんなことをして
しまった自分に戸惑っているのだろう。何かを口に出そうとした雄一郎に向かっ
て、亜美は一本だけ突き出した人差し指を彼の唇に押しあて、顔を左右に振っ
た。
 亜美は立ち上がって、雄一郎から一歩下がった。
「今のことは、お忘れになって……」
 寂しそうに微笑む。
 今ならまだ、取り返しがつく。最後の一線を越えないですむ。
 男として。
 そうだ。半ばまで染め抜かれてしまっているとは言え、まだ男としての意識
がある。今日は体に流されるまま何度かセックスをしてきたけれども、これは
違う。こんどこそ、壊れてしまう。そんな気がしていた。
 雄一郎が踏み込んで、亜美の肩を抱きしめた。
「ごめん……亜美ちゃん」
 拒まなくっちゃ……。
 この手を退けてください。私は部屋に戻ります。そう言えばいいだけだ。
 だが出てきた言葉は、
「お義兄様、お酒臭いですわ」
 だった。
 目をつぶって、雄一郎に体を預ける。酒臭い男の匂いが亜美の唇を奪った。
 亜美は雄一郎の首に手を回し、目を閉じた。

 体が――蕩けてゆく。

 軽々と抱かれ運ばれてゆく。行先は恐らく、ベッドだ。時折ふらふらとなり
ながら、雄一郎はそっと亜美をベッドに横たえさせる。
 再び唇を奪われる。唇を愛撫するような、濃いキスだ。


 どうして自分は抵抗しないんだろう。
 亜美は目を閉じたまま身をすくめて、じっとしている。体を横向きにされて、
ブラジャーのホックを外された。亜美は閉じたまぶたに、ぎゅっと力を込めた。
 まるで、何も知らない処女の子みたいだ。
 恥ずかしくて、心臓がどきどきする。
 蹴飛ばして逃げてやれ、という気持ちがないわけではない。だがそれ以上に、
雄一郎を待ち焦がれている自分がいるのだった。
 不思議だ。
 亜美は小さい頃から姉に、そうとは知らないまま性の知識を教えこまれてい
たので、恥じらいというものを知らなかった。他人に自分の体を世話させるの
も当たり前だったし、男性相手でも女性でも、彼女は常にセックスの主導権を
握っていた。
 受身のセックスは、これが初めてだ。
 亜美の体が表向きにひっくり返され、雄一郎がおおいかぶさってくる。ただ
息を吐く音と、ベッドがきしむ音だけが部屋を満たしている。脚を割って、剛
直が彼女の股間に押しあてられる。
 そのまま、インサートされた。
 圧倒的だった。
「い、いやああぁぁっ!」
 思わず悲鳴がこぼれる。
 挿入されただけで、深い所まで落ちてゆくようだ。
 昼間の中学生とはまるで違う。あんなものは子供騙しだ。ひと突きだけで軽
く達してしまう。浅い所を軽く抜き差しされているだけで、どんどん快感が深
くなってゆく。
 セックスで初めて、恐怖心が込み上げてきた。だが雄一郎は冷静な表情で、
亜美の反応を引きずり出してゆく。
「いや、だめ! だめ! やめてください、お義兄……様っ!」


 哀願する亜美の口をふさぐように、雄一郎は再び唇を重ねる。
 今度はさっきのような乱暴なキスではなく、ねっとりとした淫らな交わりを
感じさせるものになっている。
 亜美の体の力が一気に抜けた。
 その瞬間を待っていたように、雄一郎は深くペニスを突きいれた。
「んふぐっ!」
 ズン! と頭に衝撃が走る。思わずねじ込まれた雄一郎の舌を噛みそうになっ
てしまった。
 まるで蛙のように足を広げたまま、押さえこまれるようにして貫かれている。
なんとも屈辱的な感じだ。これが男と女の差なのだろうか。こんなに脚がらく
らくと左右に開くなんて驚きだ。
 奥まで入る。何ともいえない異物感以上に、満たされる悦びがある。身体中
に痺れが広がるようだった。
 雄一郎が唾液を送り込んでくる。
 亜美は顔を背けて拒絶する。雄一郎はほっぺたにキスをした。
「ほら、亜美ちゃん……見てごらん」
 見やすい位置へ、お尻を持ち上げる。亜美はゆっくりとまぶたを開いた。
 ぬるぬるとした白い粘液にまみれた赤黒いものが引きずり出されてゆく。そ
れを惜しむように、紅の粘膜がまとわりついているのが何とも艶めかしい。ペ
ニスのくびれの感触が、亜美を酔わせてゆく。
 楠樹先輩との交わりは、初めて自覚した女としての快感だった。
 次のカラオケボックスでは、男との交わりに溺れた。
 そして今。
 だがそれは、許されることのない義兄とのセックス。彼には帰るべき所があ
るのだ。
 それに――男としての恥辱の意識が、彼女に恥じらいを与える。だが悠司で
さえも、今の快楽に溺れている。


 体も、心も蕩ける、本当の交わり……。
 口から出るのはただ、小犬の鳴き声のような吐息だけだ。
 雄一郎は亜美の顔にキスを浴びせながら、腰の動きを加速してゆく。その動
きに同調するように、亜美の小さな喘ぎ声も小刻みのリズムとなってゆく。
「あっ、あっ、あん! あん! あんっ!」」
 可愛らしい喘ぎ声で、急速に雄一郎も高まってゆく。
「亜美ちゃん、出すよっ!」
 言い終わるが早いか、亜美の中に勢いよく精液が注ぎ込まれる。
 子宮の奥まで精液が芯まで染み渡ってゆくようだった。
 一方の雄一郎も、久し振りの膣内射精に酔いしれていた。輸精管を通る精液
が塊になっているのが自分でもわかるほどだ。身重の観夜の体を思いやってセッ
クスをしなくなって、何か月がまんしていたのだろう。
 雄一郎は亜美の体にのしかからないように気遣いながら、まだ完全に達しきっ
ていない彼女の中に挿入したまま、愛撫をしている。
 一向に萎える気配のないペニスに、亜美は雄一郎の顔を見た。
 雄一郎の瞳に、罪悪感を感じ取った。それを言葉に出さないのは男の矜持と
いうものだろうか。
 よかった……いつものお義兄様に戻っている。
「今日の亜美ちゃんは、なんだかとっても可愛いよ。いつもみたいに澄まして
いないで……こういう風だといいのに」
 途端に、恥ずかしさで亜美の顔は真っ赤に染まる。
「お義兄様……ううん、先生のいじわるっ!」
 身体中に媚薬が溶けこんだような、静かな快感が広がってゆく。いつの間に
か亜美は、いつもの笑みを浮かべていた。
「もう先生じゃないんだけどな」
「うふふ。今でもお義兄様は、私の先生ですわ。この……」
 亜美は雄一郎の体に脚を絡ませた。


「エッチなことを最初にしてくれたのも、先生でしたから。お義兄様は、私の
エッチの先生です」
「亜美ちゃん、エッチって何の意味だか知っている?」
 雄一郎が少し困ったような顔をして言った。
「? ……あの、セックスのことではないのですか?」
 亜美がセックスと言うだけで、雄一郎のペニスは反応してしまう。
「あのね、Hって、変態の頭文字から取ったものなんだ。だから、あまりいい
意味じゃないんだよ」
「そうなんですか」
 きょとんとした表情の亜美に、体を曲げて少し窮屈そうにしながら雄一郎は
唇をかぶせた。
「今晩は亜美ちゃんをもっとエッチにしてあげる」
「はい……私を、エッチにしてください」
 雄一郎は体を起こして、亜美の脚を持つ。彼女の中で擦れる位置が変って、
新たな快感が産み出される。
「ん……っ!!」
 亜美の膣がびくびくっと震えて、雄一郎のペニスを締めつけた。
「どうしたんだい?」
「あの……」
 イッちゃいました、なんて恥ずかしくて言えなかった。
 そんな彼女の表情を見て雄一郎は何かを悟ったようだ。キスをして、体位を
変える。達した直後の敏感な体は、まだ余裕を残している。
 股間からあふれた精液が、とろりと流れ落ちる感覚に亜美は酔いしれた。
 もっと気持ち良くなれる。
 仰向けになったまま両脚を揃えて、膝を折り曲げられるような姿勢でのしか
かられる。挿入がいっそう深くなった。
 亜美が感極まって、鳴いた。


 そんな彼女が愛しい。愛しくてたまらない。雄一郎のペニスが再びゆっくり
と抜き差しされる。
 亜美にも雄一郎の感覚が伝わってくるような気がした。
 ぶつぶつ、ぬるぬる、きゅっきゅっとペニスにまとわりつく媚肉の感触で、
普通なら射精してしまうような快感がある。
「凄いよ。亜美ちゃんのおまんこ、きゅっきゅって僕を締めつけてくるね。気
持ちよすぎてすぐに出しちゃいそうだ」
「いやんっ! お義兄様の、いじわる!」
 亜美は女と男の二重の感覚で感じている。
 雄一郎が気持ち良くなっているのがわかって嬉しかった。
「観夜としてなかったら、すぐに出しちゃうところだよ」
 彼の言葉が、針のように胸に突き刺さる。
 そうだ。姉はいつでも、彼とこんなことをしているのだ。まだ無垢だった自
分に性技を教えこみ、夜な夜な亜美の体をもてあそび、処女にして淫乱な娼婦
に仕立てあげた姉、観夜。
 まだ何も知らなかったあの頃とは違う。
 悠司という存在と出会い、混じりあって亜美はようやく、本当の“悦び”を
知った。
 一方的ではない、互いを思いやる交わりというものの素晴らしさを……。
 ただ抱きしめてくれるだけで心が満たされ、安らぐ。
 今だけ。そう、この瞬間だけは、彼は私のもの。
「お義兄様……今日は、亜美を……私を、眠らせないでください」
 思わず口をついて出る言葉。
 雄一郎は微笑んで、亜美の奥に向けてゆっくりと腰を突きいれた。
 部屋の中に、亜美の感極まった声が響き始めた。




 雄一郎が二度目の精を長々と亜美の奥へ打ち込むと同時に、亜美も大きな波
に流されるようにか細い声を上げて達してしまった。
 四つ這いの姿勢だった亜美は、力尽きたように顔を枕に埋めた。少し息が苦
しいが、体が重いような、軽いような不思議な気分だ。
 まだ雄一郎とはバックの体勢で繋がりあっている。
「あっ……」
 ぬるりとペニスが抜けるさびしさに、亜美は思わず声を上げた。雄一郎は亜
美をやさしく横向きに転がし、タオルで彼女の股間をやさしく拭いながら唇に
キスをした。最初はぼんやりとしていた亜美だが、何度か唇をつつかれている
うちに、彼女の方から雄一郎の首に手を回してキスをし始めた。
 ちゅっちゅっと、小鳥のさえずるような音がする。
 しばらくキスを楽しんで、亜美は目を細めるようにして雄一郎をみつめた。
眼鏡はベッド横の床に転がり落ちていたので、ほんの30センチほど離れた彼
の顔さえよく見えないのだ。
「どうかしたの?」
 雄一郎が言った。
「あの……眼鏡が……」
 これだけの台詞を言って、彼女は雄一郎から顔を背けてしまった。
 自分はどうしてしまったんだろう。
 こんなにも、胸が熱い。
 まるで、そう。恋をしてしまった少女のようだ。
 恋?
 亜美は驚いた。自分が、恋をしている? 初恋の人に、また恋を?
 でもこんな気持ちは初めてだ。
 苦しい。切ない。胸が張り裂けそうなのに、心が満たされている。矛盾して
いるのに、矛盾していない。奇妙な感情が亜美を迷わせる。

「はい、亜美ちゃん」
 雄一郎が落ちていた眼鏡を拾ってかけてくれた。
 眼鏡をかけてみると、あれほど激しく交わった後だというのに、雄一郎のペ
ニスは地面と平行以上の角度で固くなっているのが目に映った。
「も、もう、お義兄様ったら!」
 亜美は横を向いて、枕を投げる。
「ごめんごめん、亜美ちゃん」
 雄一郎は枕を受け取ってベッドに下ろして言う。
「でも、君が可愛すぎるのがいけないんだよ」
「可愛い……って」
 亜美の顔が熱くなるのがわかった。頬に手を当ててうつむく。彼女は気づい
ていないが、初心(うぶ)な仕草は悠司の好みそのものであった。
「可愛い亜美ちゃん。今夜は寝かせてあげないからね」
 手を退けてまたキスをする。
 雄一郎は亜美を持ち上げ、まるで花嫁を抱える新郎のように横抱きにして、
外へ向かう扉へと歩いていった。
「えっ! あの?」
 亜美は驚いて声を上げるが、すぐに彼の意図を察して小さく抗議する。
「まだ外は少し寒いから……」
「大丈夫だよ。すぐに暖かくなるからね」
 彼が言った意味に気づき、亜美は頬を赤らめて身をよじった。
 何もかもが初めてのようで、刺激的だった。
 薄いブルーのタイルが敷き詰められたテラスの先は、芝生と草木が植えられ
ている庭園だ。まだ少し肌寒い夜気も、火照った体には今はむしろ心地好い。
 亜美は雄一郎の首に手を回して、今度は自分からキスを求める。自分が好み
の女性の行動を、彼女は自然に振る舞っていた。それは男にしてみれば、ツボ
をつく仕草であるのは当然といえるだろう。


 くちゅくちゅと唾液を交換するようなねちこいキスをしながら、雄一郎は亜
美を地面に下ろす。まだキスをし足りない亜美は、鼻を鳴らして抗議する。
 裸足の足の裏に、ひんやりとした陶器の感触がして、亜美は思わず体をすく
めた。
「冷たいっ!」
 外でセックスをしたことがないわけではない。公園のベンチでしたり、男が
勤めている会社の屋上で、全裸になってバックから突かれたこともある。けれ
ど、これはそんなものとはまったく別だった。
 倒錯的、とでもいうべきか。
 裸ではさすがに肌寒いはずなのに、亜美の体はたちまちポッポッと熱くなり
始め、寒さを感じなくなっていた。
 こういうのも……いいかも。
「立って、脚を少し広げて」
 雄一郎が耳元で囁く。
 何をしようとしているのかは、薄々想像がつく。
 亜美は恥かしいです、と小さな声で言いながら、踵とつま先を交互に動かし
ながらじりじりと脚を左右に広げてゆく。
 ちょうど肩幅あたりまで広がった時、ぴちっという音がした。あんなに激し
くペニスを受け入れていたにもかかわらず閉じていた秘唇が左右に開いたのだ。
雄一郎はしゃがんで、彼女の股間に顔を近づけた。
「ここは君が処女だった時と、ほとんど変わらないね」
「いやっ。お義兄様……そんな恥ずかしいこと、言わないでください」
「恥ずかしくなんか無いよ。亜美ちゃんのおまんこ、こんなにきれいだ」
 タオルで軽く拭っただけの秘唇に、雄一郎は口付けた。おもわず、亜美が腿
で彼の頭を締め付ける。それにも構わず、彼は唇と舌を使って執拗に秘唇とそ
の奥をまさぐり続ける。
「いやっ……お義兄様、ダメです……き、汚いか、ふぁぁっ!」


 快楽のパルスが走って、下腹部がぴくぴくと痙攣する。
 女だって、舐められるのは気持ちがいい。まだ身体の芯にあった快感の残り
火が、またたくまに燃え上がり始める。
「もう、だめです。汚いから……」
 うわずりそうになってしまう声を懸命に押し殺し、亜美は自分の人差し指を
咥えて噛んだ。短く刈られた雄一郎の髪の毛が腿をこすり、彼女に一層の快感
を与える。
「どうして?」
 雄一郎が顔を上げて亜美を見つめる。
「……だ、だって。その……」
「僕が亜美ちゃんの中に出しちゃったから?」
 亜美の顔が、瞬時にしてかあっと紅潮する。
「いじわる」
 不意に亜美の眉がひそめられた。
 内股気味に脚を閉じて、雄一郎に背中を向けた。
 膣にたまった精液が外に流れ出してきたのだ。
「ん……っ!」
 指でラヴィアを開いて、中を覗きこむ。睾丸がないのがなんとなく不思議な
気がするが、ペニスがあるわけではないからそんなものあるわけがない。
 まるで剃ったように恥毛の気配も無いふっくらとした丘に切れ込んだ秘唇の
中から、とろり……と黄色味がかった精液の塊がこぼれ出る。液体というより
むしろ、柔らかめのゼリーといったところだろうか。ところどころ、粒のよう
な塊まで見受けられる。
 お義兄様、よっぽど溜めていたんですね……。
 長い間精液を溜めているとこうなることを、亜美は悠司の知識で知った。そ
れでもこの濃さも量も、ただごとではない。
 ぽってりとした粘塊を指ですくい出して口に運び、嬉しそうに言った。


「先生のこれ、すごく濃いです……」
 こんなものがおいしいわけがない。
 それなのに、亜美にはそれがとても美味に感じた。二度目に出したらしい精
液は亜美の腿を伝って、足首まで長くなめくじが這った跡のような軌跡を描い
ている。
 こんなに濃い精液を射ち込まれたら、絶対に妊娠しちゃう。
 妊娠。
 亜美の芯に、ずしんとくるフレーズだ。
 怖いのに、濡れる。恥ずかしいのに濡れる。いや、恥ずかしいから感じてし
まう。だから濡れるのだ。
 亜美はしゃがんで、まるで小用を足すような姿勢で精液を押し出し始めた。
 嬉しそうに膣から精液をこじり出してる亜美を見ながら、雄一郎は金属製の
ベンチに腰を下ろした。一瞬ひやっとするが、すぐに体温で暖まって体に馴染
む。続けさまの2連発には、さすがに雄一郎も少し堪えたようだ。
「あはっ! 美味しいです。お義兄様の精液と、亜美のおつゆが一緒になって、
とっても美味しい……」
 だが、股間から精液をこじり出しては嬉しそうに舐めたり、股間にこすりつ
けて気持ち良さそうにしている亜美を見ているうちに、彼のペニスはまたもや
むくむくと大きくなり始めていた。
 無節操だなとは思うが、無理もない。亜美のような美少女を相手にして勃た
ない男の方が変なのだ。例えそれが妻の妹であろうとも、彼女の中に男の心が
潜んでいようとも……。
 一人遊びを続けていた亜美は、雄一郎のペニスが復活してきたのを見て、膝
でにじりよってきた。
「ねえ、お義兄様。私のおっぱい、大きくなったでしょう?」
「あ、ああ……大きくて、形がよくて……おいしそうだね」


「うふふ。ありがとうございます。さあ、おっぱいちゃん。お義兄様にご挨拶
しましょうね?」
 亜美はそう言うと、両手で胸を下から持ち上げ、ぷるんと震わせた。
 雄一郎は唾を飲み込んだ。
 彼女の意図を汲んで、雄一郎はベンチに浅く腰掛けなおして脚を開き、そこ
に亜美が体をいれる。亜美が大きな双球を両側から真ん中へ寄せるようにする
と、赤銅色のシャフトは雪白の塊の中に埋没してしまった。思わず雄一郎は目
を見張る。
 亜美は悪戯っぽい表情で顔を上げて、舌を突き出した。舌先から唾液がとろ
とろと谷間に向かってこぼれ落ちてゆく。柔肉に埋まったペニスが亜美の唾液
に塗れてゆく。
 びくん、とペニスが跳ねて彼女の胸から飛び出ようとするのを、
「だぁ、めっ!」
 右手を乳房から離して、亜美がペニスを乳房の中に埋め直す。唾液と先走り
の液でぬるぬるになったシャフトを、亜美は体を前後に揺らすようにしながら
こすり始めた。
 雄一郎のアヌスが、きゅっと締まった。一撃で出してしまいそうな衝撃で息
が止まりそうになる。危うい所で出さなかったようだが、亜美の胸の感触は想
像していたよりもずっと気持ちのいいものだった。
 しかも飛び出た亀頭の部分を、舐めたりしゃぶったりされるのだ。亜美が時
折、雄一郎が気持ちいいのかどうか確かめるように彼の顔を見上げるが、彼の
方はそんな様子を気にしていられないほど夢中になっていた。
 ううっとうめく雄一郎を見ながら、亜美は豊かな胸を自在にこねくりまわし、
彼のペニスに愛撫を加えていた。
 亜美はいつの間にかできるようになっていた、男の射精をコントロールでき
る技で雄一郎の射精を抑制していた。今日の昼間、ナンパしてきた男を一瞬に
して腎虚に陥れた技だ。


 雄一郎と姉が交際していると知る前に姉に教えてもらったものの、今まで知っ
てはいても使うことができなかったのだが、今日になって突然できるようになっ
たのだ。これだと長く楽しむことができるが、やりすぎると男の精神に変調を
きたしてしまうので気をつけるようにと、姉に釘を差されていたのを思い出す。
 でも、せっかく初めてのパイズリですもの。簡単に出してしまったら、お義
兄様も気の毒ですわ。
「どうですか。姉様のおっぱいではこんなことできないでしょう?」
「あ……ああ……き、気持ち……いいよ……ああっ!」
 まるで女の子のように喘ぐことしかできない雄一郎を見て、亜美は魔性の笑
みを浮かべた。
 姉様にはできないことが、自分にはできる。いつもかなわなかった姉に意趣
返しができたのが嬉しかった。姉に取られてしまった人は、今自分の目の前に
いるのだ。
 たとえそれが、一夜の夢に過ぎないとしても。
 亜美は左右から寄せた乳首で亀頭をなでまわしたり、時には胸でなでまわす
のを休めて睾丸を口に含んだり、太腿の内側に舌を這わせたりと、常に雄一郎
に新しい刺激を与え続ける。
 耐えられないとでもいうような雄一郎の低い押し殺した声が亜美の耳を楽し
ませる。以前は、雄一郎にしてもらうばかりだった。でも今は、男がどうして
欲しいのか、どうすれば喜んでくれるのか、感じるのか、全てが手に取るよう
にわかる。
 亜美はもっと雄一郎を喜ばすべく、自分の股間がぬるぬるになって挿入を待
ち焦がれているのもがまんして、テクニックの限りを尽くす。心の中にある、
どこか醒めた部分が、彼女を一層倒錯的な快感へとかきたてる。
「だ……だめだよ……亜美ちゃん」
 ついに雄一郎が彼女を制止した。
 かちかちに張り詰めた剛直を、ソフトクリームを削ぎ取るような舌使いで愛
撫していた亜美は顔を上げて不思議そうな顔をした。


「なんで、どうしてですか?」
 すぐにも射精しそうなペニスの先端を指でいじくりながら亜美が言った。こ
の場で出させてしまうのは簡単だ。顔と胸に精液を浴びせてもらって、それを
手のひらでぬるぬると広げたらどんなに気持ちがいいだろう。
 それでも彼女は、雄一郎の返事を待った。
「だって、今日は亜美ちゃんの中だけに出すって決めてるからね」
「そうなんですか」
 そのまま亜美は裏筋にあてた親指を小刻みに震わせ始めた。
「だ、だめだって!」
「大丈夫ですから……お義兄様、私に任せてください」
 目を閉じ、アヌスに力を込めて必死で射精をがまんしている雄一郎の表情が
なんともかわいかった。ペニスが今にも精を出そうと震えるが、ほとんど精液
は漏れてこない。
 おそらく雄一郎は苦痛を感じているはずだ。彼がどんな苦痛を感じているか、
亜美にはわかっていた。しかし、少しの間だけがまんすれば、大きな快感が与
えられるはずだ。亜美は親指と人差し指で作った輪で亀頭のくびれを包むと、
揉むような指使いをした。
「うっ!」
 雄一郎がうめくと同時に、精液が勢いよく飛び出し、すぐに止まった。
「うあああっ!」
 一瞬の解放感の後に訪れた苦痛に、雄一郎の腰が揺れた。亜美はペニスを握っ
たまま離さない。空いた左手で、飛び出た精液を乳首に塗りつけて、くりくり
と指で揉む。
 変態的で興奮した。やっぱり、一度はやってみるものね。亜美は心の中でそ
う呟いた。


「お義兄様。ごめんなさい」
 亜美は手を離し、ベンチに上がって、荒い息を吐いている雄一郎にまたがっ
た。
「私の中に、またたくさん出してくださいね」
 そして亜美は雄一郎の首に手を回し、バランスをとりながらそろそろと腰を
落していった。




 雄一郎の肩で体を支え、少し前のめりになりながら亜美は腰をゆっくりと落
してゆく。ぐい、と肉の杭が突き刺さる。
 亜美は長い髪を舞い上がらせて、のけぞった。
「おに、いっ……さまぁ……いいっ! いいのぉっ!」
 自分の体重が一点に集中してしまったようだ。まるで内臓を突き抜けて口元
までペニスが突き刺されたような気がする。恐くなって腰を上げるが、すぐに
また奥まで欲しくなって腰を落すことを繰り返す。
 雄一郎は亜美が倒れないように腰に手をやり、彼女が思うように動けるよう
手助けをする。
「あ、んっ! あはんっ! お、おかし、く……な、なっ……ちゃうっ!」
 途中で膝が崩れ、最も奥深くまで突き刺さる。
 空気が口から一気に抜けた。魂まで抜けたんじゃないかと思うほどの衝撃だ。
 しばらく惚けたままの亜美に、雄一郎も一息をつく。やがて回復した亜美は、
今度は前後に揺らすような動きで快感を貪る。
「んー。あむふぅ……んっ!」
 目の前にある耳に熱烈なキスをして、穴の中まで舌をこじ入れる。彼女の中
で、雄一郎のペニスが跳ね上がる。
 シーソーをこぐような前後の動きを楽しむ。奥底が圧迫されているのに、ま
だ余っている。しばらくそうしてから、亜美は彼の唇を求める。雄一郎もそれ
に応えた。
 軽いキスの応酬をしてから、亜美が肩にまわしていた手を離して、まるでブ
リッジをするような感じで、後にのけぞった。
 また、力の入る場所が変わる。
 雄一郎が亜美の脚を持ちながら、ゆっくりとベンチから立ち上がった。繋がっ
たまま逆立ちに近い姿勢になると、亜美の額にまでずれていた眼鏡が、音を立
ててタイルに転がった。
「あ……眼鏡が」

「あとで拾ってあげるからね」
 交差位の変形というか、立ち松葉崩しとでもいうのか。雄一郎にとって視覚
的には非常にエロチックな体位だった。
 月明かりの下で、薄青のタイルに浮かぶような白い体の義妹が自分に貫かれ
ている。
 そのまま体を沈め、亜美を折り曲げるようにして上から貫く。なんどか抜き
差しをして新たな快感が生まれてきたと思うと、雄一郎は突然動きを止めた。
「亜美ちゃん、部屋に戻ろうか」
「……そ、そうですね。それが、いいです」
 ゆっくりと変わる体位と新しい刺激に身を委ねていた亜美は、雄一郎の言葉
で我に返った。
「それじゃ」
 繋がったまま、亜美の体を抱き起こす。
「僕の首に手を回して。しっかり握っているんだよ」
「え?」
 雄一郎は腰を軸にてこの要領で亜美の体を自分の膝の上にのせ、お尻を両手
でしっかりと握った。
 亜美は思わず、きゃっと小さな悲鳴を上げた。少し、漏らしてしまったかも
しれない。感じからすると小水ではなさそうだが、おそるおそる股間を見てみ
ると、灯りに反射して細い筋が雄一郎の腿から脛にかけて走っているのがわかっ
た。
「立つよ。しっかりつかまってないと頭から落ちちゃうからね」
「あ、いやっ!」
 抗議する間もなく、雄一郎は軽々と立ち上がった。俗に言う駅弁というあれ
だ。そのまま雄一郎は芝生の方へ歩いてゆく。
「だめ、いや、お義兄様、そっち、違い……あふっ! 部屋が、違いま、いや
んっ!」
「亜美ちゃんの部屋に送っていてあげるよ」


 きっと雄一郎は悪戯っ子のような表情をしているに違いないと思ったが、歩
く度に走る刺激の前に、亜美はすぐに息も絶え絶えになってしまった。
 外で姉と、裸でいけない遊びをしていたこともある。亜美から羞恥心を無く
してしまったのは、かなりの部分で姉の影響が強い。女子校でもなければ、絶
対に男に襲われているほどの無防備ぶりだ。
 しかし今は、悠司の精神と溶け合って羞恥心が蘇っている。いや、むしろ男
の部分が屈辱的だと感じれば感じるほど、亜美はより羞恥心を感じ、背徳の快
感はいや増すのだ。
 そんな彼女のことを知ってか知らずか、雄一郎は時々立ち止まっては、亜美
を四つ這いにさせてバックから突いたり、雄一郎が寝転がって亜美が上になっ
て動いたり、木に体を預けて立ちバックやその他の立位プレイを楽しんだ。
 最初こそ気になっていた土などの汚れも、夜空の下でするセックスの快感で
吹き飛んでしまった。
 普通なら5分もかからない距離を30分以上もかけて移動し、ようやく2人
は亜美の別館の前にたどり着いた。まだ繋がったままの亜美は雄一郎にキーコー
ドを打ち込んでもらうことにした。簡単なセキュリティーではあるが、敷地内
ではこれで十分なのだ。
「ははっ。亜美ちゃんも大きくなったから、片手だとちょっとつらいな」
「もう! ……それって、太ったということですか?」
「そんなことは言ってないよ。お尻もこんなに大きくなって、手触りもすごく
いいし」
 膝と手で巧みにバランスをとりながら、ドアについたテンキーからコードを
打ち込む。ぴっ、と軽い電子音がしてドアのロックが解除された。
「ちょっと泥で汚れちゃったね」
 土が汗と精液と愛液で溶けて、まるでチョコレートでデコレートされたよう
に亜美の下半身に張りついている。
「一緒にお風呂に入ろうか」


「……はい」
 雄一郎と亜美はおでこを突き合わせて笑った。
 風呂は24時間風呂になっていて、いつでも入れる。雄一郎は洗い場にやっ
てきて、ようやく亜美との結合を解いた。
 長い間体の中にあったペニスが抜かれることにさびしさを感じているのに気
づき、亜美は驚いた。確かにまだ嫌悪感は残ってはいるが、男のパーツに対し
ての、震えがくるような絶対的な生理的嫌悪感は、もうすっかり消え去ってい
た。
 完全に抜き去られる直前、カリの部分が最も感じる場所を通過する時に亜美
は、抜かれないように力を込めたが、無情にもペニスは亜美の中から去ってし
まう。しびれるような快感は収まるが、温もりがまだ胎内に残っている。
 亜美は起き上がってすぐに、雄一郎の股間に手を伸ばした。
「まず、先にシャワーだよ」
「はぁい!」
 くすくす笑いながら、シャワーを浴びる。その後、ボディーソープを互いの
体に垂らして体を擦りつけあう。
 亜美は雄一郎のたくましい体を楽しみ、雄一郎は亜美のやわらかい体を思う
存分堪能した。やがてどちらからともなくキスが始まり、顔を舐めあい、そし
て泡だらけになりながら互いの体を愛撫し始めた。
 ふと、雄一郎は風呂場にあったある物に目を止めた。亜美のものではないよ
うだが、彼はそれを手に取って、目を閉じてすっかり桃源郷気分に浸っている
亜美の股間にぴたりとあてて軽く引いた。
 しゃりしゃりしゃり……。
 手とは違う感触に亜美が股間の方を見ると、泡まみれの下腹部に一直線に走
る地肌のラインがそこにあった。
「お義兄様、何を……?」
「見て分かるだろう? 亜美ちゃんのヘアーを剃っているんだ。君には余計な
ものが無いほうが似合ってるよ」


「嫌ぁ! お義兄様。剃ると、あとでチクチクして痒いんですぅ」
 亜美は体をくねらせて抵抗するが、雄一郎が手にしている安全剃刀に脅えた
ように、逃げ出さなかった。
「じゃあ、毎日剃ればいいよ。僕のヒゲみたいにね」
 雄一郎はわざとゆっくり亜美のヘアーを処理してゆく。
 もともと薄かったヘアーはあっという間に剃りつくされたが、雄一郎はラヴィ
アを広げるようにしてまで、わずかな恥毛まで剃ってしまう。恥ずかしながら
も、亜美は自分が剃毛されていることで濡れているのが自覚できた。
 ひっくり返されて、お尻まで広げられ、アヌスまでしっかりと見られてしまっ
てから、ようやく亜美は解放された。子供のようにほっぺたを膨らませ、口を
尖らせて、よく見えない雄一郎を睨みつける。
「お義兄様の、いじわる! エッチ! 変態!」
「ごめん。本当にごめん。謝るよ。亜美ちゃんがそんなに嫌がるだなんて思っ
ていなかったから。ほら、女の子って水着の時に処理したりするって……」
「それとこれとは違いますっ!」
 雄一郎に最後まで言い訳を言わさずに、亜美が腕組みをして宣言する。
「本当に悪いと思っているのでしたら……お義兄様のも剃らせて下さい」
「ぼ、僕のを? いや、それはちょっと」
 今度は雄一郎が亜美に襲いかかられる番だった。彼女の手にはいつの間にか
安全剃刀ではなく、黒い柄のついた鋭利な剃刀が握られていた。
「お義兄様。今の私、眼鏡が無いですから、手が滑っちゃって切れてしまうか
もしれませんよ?」
 舌で剃刀の金属部分を、ちろりと舐めて見せる。
 そのあまりの妖艶さに、雄一郎が魅入られたように亜美の前で女性のように
足を開く。
 亜美は手際良く剃刀を操って、まずは彼女の手の中で固くなった竿から処理
してゆく。それが終ると、今度は下腹部の処理。周りから剃るようにして、最
後は陰嚢の毛を剃ってゆく。袋を伸ばすようにして、剃り残しがないようにて
いねいに手を動かす。


 つい数日前までは自分にもあった器官を前に、それを玩具のようにして辱め
を与えることに興奮した。時々泡を塗りつけ、わざと手が滑った振りをしたり
して雄一郎の反応を楽しむ。
 やがて完全に剃り終わると、亜美はお詫びのしるしとでも言うように、袋と
竿に情熱的なキスをした。
「ごめんなさい、お義兄様。さあ……綺麗になった者同士で、楽しみましょう」
 マットに仰向けになって寝転がったままの雄一郎は、無言で亜美を上に乗せ、
彼女のタイミングで挿入できるようにした。亜美はすぐに腰を落して、深い挿
入を貪る。
 こつん、と子宮口に亀頭が突き当たる感触がする。
 亜美が短い悲鳴を上げて、顔をのけぞらせた。雄一郎が彼女の顔を覗きこん
で言う。
「ふぅん……さっき気づいたんだけどさ、亜美ちゃんってこんなところでも感
じるんだね」
 本来は感覚がほとんど無い鈍感な場所だ。なにしろ赤ん坊がそこを押しのけ
て通るのである。敏感だったならば、出産など不可能だろう。でも、確かに感
じるのだ。
「観夜とそっくりだ。さすがは姉妹だね」
 亜美が恥ずかしがるのを知って、わざと雄一郎は言う。そのままじっとして
いると、亜美が絞り出すような声で言った。
「お願いですから……もっと強く突いて下さい」
「チンポ大好きって言ってごらん。エッチな亜美ちゃん」
「やぁあ……そ、そんなこと、言えない」
 両脚を投げ出している姿勢の雄一郎が手を床について、腰を跳ねあげた。
「ひゃあぁぁぁんっ!」


「ほら、言わないと、もっとこうしちゃうよ?」
「も、もっと、してください!」
 亜美が叫んだ瞬間、雄一郎は腰の動きを止めた。
「ああ……やぁん! どうして、お義兄様?」
「ほら、言わなきゃだめだろう?」
 そして亜美は、いつもの笑みを浮かべた。
 いや。溶け崩れそうな表情は淫靡さよりもむしろ、幼さと、どこか爽やかさ
さえ感じさせる不思議なものだった。
 頭が真っ白になって、無数の映像が亜美の頭蓋の中を駆け巡る。
「せ、せんせぇ、すごいのぉ……つぐみのおまんこに、いっぱい、いっぱいせ
いえきをどぷどぷしてくれるの……」
 自分に犯されている自分の姿が、万華鏡を覗いたように乱れ舞う。悠司が悠
司にアナルを貫かれて悶え、亜美が悠司を襲い、亜美同士が絡み合い、悠司が
亜美を犯している。
 まるで、彼から注がれた精液で心がドロドロに溶けてしまったようだ。
「私、おちんちん、大好き。ペニス、大好き。チンポ、だ〜い好き! お義兄
様、私の中に、いっぱいいっぱい精子出して……亜美が妊娠するくらいにっ!」
 雄一郎が腰を突き上げると、亜美はそれだけで達してしまった。がくんと体
が崩れそうになるのを、支えてもらう。
 体位を替え、マットに横たわった亜美に雄一郎は正常位で亜美を突く。
 まだいける。
 まだ、翔べる。
 亜美の体はまだ、快感が絞り出せそうだ。
 体がばらばらになり、弾け飛んでしまいそうだった。何度となく体位を変え
られ、その度に彼女は違う快感で感じまくった。
 何度目かおぼえていない激しく吹き出す精液を体の内で感じつつ、亜美の意
識は快楽の濃霧の中へ落ちていった……。


************************************

 亜美はわずかな揺れで意識を戻した。
 すぐ側にあった暖かさが、すっと遠退くのがわかる。音を立てないように、
そろそろと動いている。衣擦れの音がして、ドアが開き、そして閉まった。
 風呂場から上がり、体を拭いてもらってからも、二人はまるで明日が無いか
のように激しく互いを貪りあった。
 いや、確かに明日は無いのだ。所詮は許されぬ関係……。
 一夜の夢と割り切ったはずなのに、亜美の目からは涙がこぼれ落ちる。
 何度達したか、はっきりとおぼえていない。
 十人以上の男達と乱交をした時でも、こんなに気持ち良くなることはなかっ
た。
 今は一抹のさびしさは感じるが、空しさはない。
 肌に残った義兄の温もりを抱きしめるように、亜美は胎児のように身を縮こ
まらせて、泥のような眠りに就いた。




 悠司は怒り狂っていた。
 目の前に全裸で淫らなポーズをして美少女が何十人といて彼を誘っているの
に、体が思うように動かないのだ。彼は自由にならない体にいらだち、頭をか
きむしりながら、そこだ、もっと足を広げろ! 胸を揉め! などと声を上げ
るが、彼女らにその声は届いていないようだ。
 自由にならない肉欲がこれほどたちの悪いものだとは思わなかった。
 体があれば、一発抜けば落ち着く。だが今は、それをする体がないにも関わ
らず、性欲だけがどんどん増進してゆく。
 もし体が自由になれば、手当たり次第犯してまわるだろう。いや、もしかす
ると誰から手を付けていいかどうかで迷ってしまい、機を逃してしまうかもし
れない。だが、何もできない現状よりはよっぽどいい。
 仕方なく悠司は目をつぶろうとするが、耳をふさげないので淫らな声を聞か
ないようにすることができず、しばらくするとどうしてもがまんができなくなっ
て、また女たちを見てしまう。
 そんな彼をあざ笑うように、少女達は淫らなポーズで誘惑する。
 来て。私を犯して。
 突っ込んで。出して。ぐちゃぐちゃにして。
 欲求不満で架空の脳とペニスの血管が破裂しそうになった、悠司の声になら
ない叫びだけが、誰も聞く者のいない空間で響き渡る。

 誰か――助けてくれ。
 俺をこの牢獄から救い出してくれ!

 そして声に応えるかのように、自由にならない悠司を後から抱きかかえる気
配がした。体が暖かくなるような、やさしい温もりが彼を包む。
 悠司は目を閉じ、胎児のように体を丸めて膝を抱えた。母親の胎内にいるよ
うな安心感で、ささくれだった心がどんどん癒されてゆくようだった。

 その誰かが悠司の手足を伸ばし、背中から手を回して抱きしめた。髪の毛が
体にまとわりつき、ふわふわの毛布のように柔らかな感触が彼をなごませる。
(安心して。私が一緒だから……)
 誰が自分を抱いているのだろう? 全身が湯に浸かったような暖かさに包ま
れ、快感は止めども尽きずあふれ続けるようだ。まるで堪えに堪えたあげくの
果てに射精をしたような、とてつもない快感が腰から吹き上げてきた。
 悠司はまるで少女のように喘いだ。
 気持ちがいい。まるで女性になってペニスで貫かれているような、いや、そ
れ以上の……。
 女性になって?
 彼の脳裏に疑問符がよぎるが、圧倒的な快感の渦によってたちまちのうちに
押し流されてしまう。
(悠司さん。私、悠司さんが好き。あなたと、一緒になりたい)
 もう声も出ない。爆発的な歓喜が悠司を覆い尽くす。
 壊れてしまう。
 焼ききれてしまう!
 そんな恐怖も、光の粒になってしまうような、肉の交わりでは考えられない
純粋な愉悦の前には、ちっぽけなものでしかない。感情と記憶と思考が、まる
で渦のように二人の体の周りを飛び交い、混じりあってゆく。
 普通では有り得ない360度、全方位の視界が広がる。
 無限の光の宇宙に浮かんでいるようだった。
 悠司は自分を貫き、自分が貫いている相手の顔を見たような気がした。

 その顔は――亜美だった。

 思考さえも吹き飛ばす光のビッグバンがおきて、二人は原子にまで分解され
るような凄まじい快感の嵐の中に引きずりこまれた……。


***********************************

 彼女はベッドの中で目が覚めた。

(私は……誰だったっけ?)

 しばらく悩んで、奇妙な事に気がついた。
 昨日まであった心の中に二人が共生しているという感覚が、きれいさっぱり
消え去っていたのだ。
 少女は戸惑った。
 これは一体どういうことなのか。昨日まであった悠司の人格はどこへ行って
しまったのだろうか。
 そこまで考えて彼女は、自分が悠司という存在を自然に捉らえていることに
気づいた。
 上半身を起こすと、羽毛布団から乳房が顔を覗かせた。
 昨晩、義兄と愛を交わした広い大きなベッド。
 シャワーを浴びて汗と体液を拭い落としたものの、まだベッドには彼の匂い
の残滓が色濃く残っている。
 整髪料と、汗の匂い。
 亜美の中の女の部分が、キュンと悲鳴を上げる。男の部分が、微かな嫌悪感
を亜美に与える。だが、それさえもが今の彼女は甘美な悦楽へとすり替えてし
まう。顔がたちまち熱くなってゆくのを感じる。

(そうだ。悠司さんは私と一緒になったんだ……)

 男として自覚している明確な人格が消えたのは、雄一郎に会ってからだ。
 いや、消えたというのは正しくない。
 自分は確かに瀬野木亜美なのだが、男から変ってしまったという記憶がある。
その一方で、亜美としての記憶もきちんと残している。つまり、二人分の記憶
が混在しているというわけだ。


 今は亜美でも悠司でもない、第三の人格とでも言えばいいのだろうか、その
新しい人格が彼女を支配している。一昨日は二色がはっきりと分かれていたの
が、昨日にはマーブル状に。そして今では、完全に溶け合って新しい色になっ
たようだ。1足す1で2ではなく、5にも10にも思える。狭い部屋から青空
の下へと飛び出たような、空恐ろしいほどの解放感がある。
 亜美はベットサイドにきちんとたたんで置いてあった淡いピンクのパジャマ
をはおり、ショーツもはかずそのままパジャマのズボンをはいて、足長のベッ
ドから降りた。サイドボードには、予備の眼鏡の横に並んで、いつもの眼鏡が
置いてある。きっと雄一郎が探しておいてくれたのだろう。
 眼鏡をかけて改めて部屋を見渡してみると、実に殺風景な部屋の様子が目に
入る。書棚や勉強机など、女の子らしさはほとんど感じられない。女の子の部
屋には定番の人形や小物が見当たらないのだ。まるでどこかのショールームの
ような整った部屋だ。
 さすがにウォークインクローゼットに行けば無数の服が女性らしさを表わし
ている。だが、それさえもどこかよそよそしさ……まるでテレビドラマのセッ
トのような冷たい雰囲気が漂う。
「寒い……」
 空調が十分に効いていて裸でも寒くなどないのに、亜美はまるで寒さから逃
れるかのように身をすくめて自分の体を抱きしめた。
 呟いた言葉が、彼女の内心を表わしていた。
 とてつもない空虚感が彼女をつつんでいる。どうして今までそれに気付かな
かったのか不思議なほど、絶望的な大きさだった。
 心地好い空調が室内を満たしているのに、亜美は両腕を交差させて自分を抱
きしめながら、歯をがちがちと鳴らして、自分の内から込み上げてくる身を凍
らせる寒さに震えていた。
 鼻の奥がつん、ときな臭くなったかと思うと、次から次へと、顔を伝って涙
がこぼれ落ちた。


「寒いよぉ……先生、寒いよぉ……」
 思わず口をついて出た言葉に、亜美は自分で驚いた。
 今、自分は誰を求めたのだろう。
 義兄の雄一郎だろうか。それとも『自分』のこと、つまり悠司のことなのだ
ろうか?
 自分が呟いた言葉に亜美自身が戸惑っていると、ノックの音が部屋に響いた。
部屋の外から若い女性の声がする。
「亜美様。クリーニングした制服をお持ちしました」
「どうぞ」
 震える声を押さえて、どうにか亜美は答えることができた。
「失礼します」
 挨拶と共に、濃紺色のメイド服を着た浦鋪(うらしき)かおりが入ってきた。
この別館を専門に担当している人で、高校を卒業してすぐにこの家で勤め始め
て4年目になる。姉の観夜に年が近く、亜美もそれなりに気を許せる人だ。
 彼女はちらりと亜美の方を見たが、泣いている様子に気づきもしないという
ように、クローゼットへと向かった。

(やっぱり雇われ人だものね……)

 さみしいが、彼女もプロだ。雇われている家の事情には深入りしないのが鉄
則である。
 確かに誰かに自分の今の気持ちを知って欲しかったが、彼女にそれを話すの
は適当ではない。
 では一体、誰に話せばいいのだろう?
 他人の存在を痛いほど感じ、亜美は早く出ていってくれないかと願いつつ、
心の中でかおりに向かって救難信号を送り続けていた。

******


 かおりは亜美の視線を、痛いほど背中に感じていた。
 いつもは空気のように自分をいないものとしているお嬢様が、今日に限って
は自分の姿を追っているようだ。
 そういえば、泣いているようにも見えた。声もいつになく小さかったし、震
えているような声だった。様子がおかしい。だが、自分はあくまでも使用人に
過ぎず、そこまで踏み込むわけにはいかなかった。
 だが、初めてお嬢様を血肉の通った存在として認識できるようになった。
 なにしろこの家の人達は、どこか人間離れしているのだ。
 先祖代々の大金持ちだからなのかもしれないが、同じ人間だとは思えないほ
ど無機質で、血が通っているとは信じられないほどだ。
 特にこのお嬢様……亜美は、作り物じみた雰囲気の少女だった。
 美人だし、スタイルも抜群だ。お茶、生け花、お琴、日本舞踊など芸事をな
んでもこなすし、頭も相当にいいらしい。百人近くいる自分達使用人の名前は
おろか、簡単なプロフィールや出身地、家族構成までもが頭に入っているよう
だった。支配者に生まれるべくして産まれた家の娘らしいといえばそうなのだ
が、あまりにもでき過ぎたという印象は拭いきれない。
 それに、使用人の間で密かに囁かれている噂がある。
「亜美様は色狂いだ」
 と。
 姉の観夜も彼女くらいの時は、そうだったという。
 夜な夜な、どこかにふらりと出かけては、翌朝帰ってくる。あまりにも何事
もないような様子なので見過ごしそうになるが、着替えをしている彼女の背中
に赤い発疹のような跡が幾つもあるのを見たことがある。
 あれは間違いなく、キスマークだ。
 夜遅くまで男とセックスをしていながら、平然と学校に通える体力と精神力
には、ただ驚くしかない。自分とは違う世界の超人としか思えなかった。
 その彼女が、今は自分の動きを目で追っている。どんな心変わりがあったの
だろうか……?

******


 今日は日曜日。
 毎週の茶道の個人指導と、人と会う約束が数件ある。だが何もする元気がな
かった。
 亜美は生まれて初めて、さぼりを決め込むことを決意した。
「浦鋪さん……」
 てきぱきと用事を片付け終わり、退出しようとしたかおりを引き止めた。
「はい、なんでしょう?」
 彼女はくるりと体を亜美の方に向けて答えた。
「気分がすぐれないんです。今日の予定は全てキャンセルして下さい」
「キャンセルですね? 具合がよろしくないのでしたら、嵩村先生をお呼びし
ましょうか?」
 嵩村医師はこの家専従の医師だ。
「いいえ、結構です。朝食も、隣のサンルームに運んで下さい」
「かしこまりました」
 亜美の指示が一通り終わるのを確認し、かおりは一礼して部屋を出ていった。
 ベッドに倒れこみ羽布団に顔を埋めるようにして、亜美は大きなため息をつ
いた。
 これで一日、一人きりになれる。
 義兄も朝早くには姉の下へ帰って行っただろう。頼りたいという気持ちが胸
の奥からこみ上げるが、ぐっとそれを押さえつける。もう、義兄には抱かれな
いだろう。
 自分が強くなったのか、弱くなったのか亜美にはよくわからない。
 今では、セックスに溺れた原因がはっきりとわかる。
 さびしいからだ。
 体を触れ合わせているうちは、それを感じないですむ。快楽に溺れていれば、
嫌なこともしばし忘れることができる。
 そんなことを考えているうちに、体にむず痒さがわき上がってきた。昨晩、
全身を愛撫された快感の残り火が今になって再び燃え上がり始めたようだった。


 いけない。まだ朝食も摂っていないし、人が来るのに……。
 パジャマの前をはだけると、弾力のある豊かな乳房が見えた。
 やっぱり自分は女なんだという、さみしさがあった。男に戻りたいという欲
求があるにも関らず、どこか現状を肯定してしまっている自分に腹が立った。
 これが自分のミスで怪我をしたとかであれば、一時は自分のうかつさに腹を
立てても、傷は時間がたてば治る。
 だが、これは常軌を逸している。
 自分は男ですと主張して、誰がまともに取り合ってくれるだろうか。
 悠司は地方から出てきた上に、元から人づきあいも良くなく、最近は大学も
ろくに行っていないので、友人がほとんどいない。
 アパートの住人とは顔は合せたことはあっても、名前もあまり知らない。唯
一知り合いと言えそうなネット仲間も、ハンドル名は知っているがほとんど面
識はない。それに、そんな相手を信頼できるはずもない。それどころか反対に
強請や脅迫をされかねない。
 誰に相談できるというのだろう?
 亜美は考え込みながら、肩からパジャマを滑り落とした。
 白い乳房に、幾つもの赤い痕(あと)が見える。
 昨日、繭美先輩や年下の男の子、そして義兄につけられた印だ。もうだいぶ
薄くなっているが、まだ確認できるくらいには目立つ。
「いやだ……」
 いつの間にか胸をさすっていた手を止めて、亜美はベッドから降りた。
 裸足の足の裏を、毛足の長いやわらかなカーペットがやんわりと支え、くす
ぐったい感覚が彼女を責めたてる。股間がジンと痺れた。
 体中が敏感になってしまっているようだ。今の自分は、ちょっとした刺激で
も性的快感になってしまうのを、亜美は自覚していた。

 ――見慣れた、見知らぬ体。

 矛盾した想いは、今の亜美の状態そのものだ。




 亜美は女でありながら男の心を持ち、それでいながら男ではない。二人分の、
まだそれぞれ十数年程度の人生の記憶を併せ持ち、だが体は一人分という人間
だ。だが少なくとも、今の自分が肉体的には間違いなく女だということは事実
だ。そういう自覚もある。だが、都築悠司としての記憶もちゃんと残している。
 しかし、既にどこからどこまでが亜美で、どこからが悠司なのか、わからな
くなってしまった。
 蕩けるようなセックスという言葉があるが、まさに二人は心と心が蕩けて混
じりあってしまったようだ。
 悠司は即物的で、無気力といっていい性格だった。ろくに大学にも行かず、
ひがな一日中アパートに閉じこもってインターネットの世界に逃避していた。
掲示板荒らしはするし、目的も無く違法なファイルを落としまくり、交換に明
け暮れた。
 大学3年目を迎えてからは、ほとんど大学にも行っていない。大学からの通
知は、全て封も切らずに放り出してある。先日、ついに両親のもとに大学から
連絡が行ったようだが、悠司は電話越しに泣き言をくどくど言い続ける母親の
言葉を、馬耳東風と聞き流していた。
 格好よく言えば、彼は人生の目的を見失っていたのだ。
 一浪して今の大学の理工学部に入学したのも、元からコンピュータが好きだっ
たからだ。まず一流といってもいい大学だが、実際の授業は退屈を極めた。今
さらフォートランやコボル、CASLの授業をとらされると知って唖然となっ
た。実践的な授業など皆無に等しかった。
 次第に授業に興味を無くしていった悠司は、上級生から悪い事をいろいろと
教えられ、そして退廃の中へと埋もれていったのだ。今や外に出るのは食料や
ディスクを買いに行ったり、ネットで知り合った連中とファイルを交換したり
する時くらいだった。
 必修科目を1年と2年の時に取れるだけ取っておいた「貯金」が効いて、な
んとか3年に進級できたものの、このままでは放校処分にもなりかねない。地
方の商事会社でなんとか職にすがりついている父親からは、4年で卒業しても
らわないと困ると言い含められている。

 このままでいいはずがなかった。
 だがこうしたはっきりとした記憶が残っているのだが、肉体がある亜美とは
違い、精神だけの存在である以上、これも亜美が作り出した妄想である可能性
は否定しきれない。驚異的に作り込まれた多重人格だと言われても仕方がない
のだ。
 悠司のことを調べるのは簡単だ。東雲に頼めばいい。どうしてかとも聞かず
に、調査してくれるはずだ。
 しかし、亜美は迷った。もし都築悠司という人物が存在しないとしたら、ど
うなってしまうのだろう? それが怖かった。恐ろしかった。
 顔を上げてみると、鏡の中の自分が涙を流していた。
「なんでこんなに弱くなってしまったのかしら……」
 女言葉が自然に唇から紡がれる。強く意識しなければ、言葉遣いは女性のも
のになってしまう。それが恥ずかしかった。
 そして、目尻から溢れてこぼれ落ちた涙。
 亜美も悠司も、こんなことで泣いたりはしない。
 熱い雫に濡れたほっぺたを鏡に押しあてる。かちん、と眼鏡のフレームがガ
ラスに当たる音がした。固く冷たいガラスの感触が心地いい。なおも流れ続け
る涙を、亜美はそのまま放っておく。
 こんなに弱い自分は嫌いだった。
 瀬野木亜美は、年齢にそぐわないほど超然たる態度の少女だった。
 都築悠司は、泣いた記憶が無い。親は離婚しており、父親に引き取られた彼
は、父親が海外勤務ということもあって、高校に入る前から一人暮らしだ。喧
嘩もしたが、負けたことはない。
 どうして、涙が出てしまうのだろう。
 抑えようとすればするほど、涙は溢れかえって止まらない。
 昨晩のセックスまでは、確かに悠司としての独立した人格があった。だが今
では、彼に問いかけても返事は返ってこない。しかし、確かに悠司という存在
を内に感じる。表に出ている人格は亜美のものだが、今までの彼女とは明らか
に違う。


 つまり、今の彼女は悠司でも亜美でもない、新しい亜美なのだ。
 まるで生まれ変わったようだ。
 全てが新鮮に見える。そう、自分の体でさえも。
 冷静に鏡を見て気づくのは、異常なまでにスタイルがいいという点だ。
 この年頃の女性は、全体的にどこかぽってりとした体つきなのが普通だ。そ
れは将来、子供を産むための準備期間であり、やがて自然と大人の体形になっ
てゆく。ダイエットなどする方が後で後悔することになりかねないのだ。
 あの観久も、下半身がやや太い。俗に処女太りなどと言われることがあるが、
彼女の場合それにはあてはまらない。なにしろ亜美ほどではないが、男性経験
は豊富だ。同じく布夕も、平均的なスタイルよりは良い体系だが、どこかぼてっ
とした印象は免れない。しかし将来はかなりのスタイルになるだろうと、ファッ
ションメーカーのオーナーの子として、物心つく前から大勢の人の骨格を見て
きた瑠璃の保証付きだったりする。
 その瑠璃は、半分は外国人の血を引いているからかスタイルは群を抜いてい
る。その反面、まだ肉付きに乏しく、成熟には遠い。新体操選手の針金のよう
な体にちょっと肉をつけたようなものをイメージしてくれれば間違いない。
 そんな彼女達に対して亜美の体は、成熟に近い抜群のスタイルだ。お尻や腰
の位置も同級生とは全然違う。それでいて肌つやは十代でしかありえないよう
な、水を弾く、滑らかでしっとりとしているものだ。学校でも、1・2を争う
スタイルだというのも納得できる。上位争いの中には、テニス部部長の楠樹と、
副部長の長狭がいるというのは余談だが……。
 スタイル抜群の上、美人で、その上お嬢様で、頭も良くてとなれば、完璧と
呼ぶしかない(近眼という点はマイナスではあるが)。それなのに、誰もが物
足りなさを感じるのも事実だった。どこがどうとはっきり言えないが、確かに
何かが欠けているのだ。
「美人なんだけど、なんか印象薄いのよね」
 彼女に会った者は、多かれ少なかれ、このような印象を持つ。亜美を嫌う者
は、陰口で彼女のことを「お人形さん」と呼んでいる。これを聞いた人は眉を
ひそめるが、心の中で誰もが納得するのだった。


 亜美は改めて鏡の中の自分と向き合った。
 なぜか自分の裸に胸がときめく。
 これほど大きい乳房は垂れがちなものだが、テニスをしているからなのか、
上向きに張りのある実に形のいいバストだ。男達が口々に誉めそやすのも当然
だろう。
 胸を持ち上げて乳首を吸った。
 くすぐったいが、体にじん、と軽い痺れが走る。
 股間が熱い。
 嫌だと思うと、それだけで濡れてきた。
 まるで自分が変態になってしまったようで、そう思うとますます体が熱くなっ
てくる。
「俺って……変態なの、かな」
 わざと男っぽくしゃべってみると、胸が苦しくなる。もちろん唇から出てく
るのは、少女の細い声だ。
 持ち上げた乳房を、舌で舐めてみる。けっこう重い。てのひらのひんやりと
した感触で、乳首に刺激が走る。つんと上向きの乳房は、張りがあって少し固
めの感じがする。これ以上柔らかいと垂れてしまうだろう。
 義兄がつけたキスマークをみつけて、その上からキスをする。
「ん……」
 すべすべの肌を舌で舐めると、胸がびりびりと痺れてしまう。
 昨日の事を思い出すだけで、疼く。子宮が鳴くというのは、こんな感じなの
だろうか。触ってもいないのに熱を持ったひだが痙攣するように動く。そのた
びに、きゅんきゅんとお腹の中に気持ちよさが膨らんでゆく。
 ヘアーを剃られてしまった無毛の股間に息づく秘唇は、とろとろに蕩けてい
た。
 亜美は熱い息を吐く。
 唇から空気中に媚薬を振りまいているような、甘い吐息……。


 ソファーにとすん、と腰を下ろすと、それだけで腰に響くような気持ちよさ
がわきあがってしまう。
 ペニスを握ってこすり、思う存分射精してみたいという欲望がこみあげてく
る。でも女の体ではそうもいかない。
 私は、エッチ……変態なんだ。
 昨日は義兄のペニスまでしゃぶってしまった。精神的にはホモセクシュアル
な行為を、男の心は自虐的な快感に変えてしまっていた。
「いいもん……変態で。変態だから、エッチなことするんだもん」
 子供っぽい口調で、これからの自分の行為を正当化しようとする。
 亜美にとって自慰は食事と同じような行為で、特に意識してやっていたわけ
ではなかった。それが今では、不自然なことだということがわかる。姉に教え
られるまま、当然のようにしていたことを思い出すだけで恥ずかしさがこみあ
げてきた。
 数え切れないくらいの人とセックスをしてしまった。
 小○生の男の子や、傘寿を過ぎた老人とセックスをしたこともある。そんな
年齢でも、ちゃんと勃起するのだから不思議だ。まだ皮も剥けない少年のペニ
スも、枯れきった樹木の趣のあるペニスも、亜美には等しく愛しいものだった。
 自分は淫乱な女の子だったんだ。
「恥かしい……」
 思い出すだけで体が熱くなってくる。
 熱くなればなるほど、次から次へと今までしてきた色々な行為を思い出し、
ますます体が熱くなってゆく。
 どうしようもなく恥かしい。恥ずかしくて仕方がない。
「恥かしい! ああ……トイレでエッチもしちゃった。電車の中で、痴漢さん
に犯されちゃった……なんて恥かしいのかしら」
 淫らな過去が次々と思い出される。
 しゃがんで顔を覆い隠すが、もちろんこんなことで恥ずかしさが薄らぐわけ
もない。すべすべのお尻を丸出しにしてしゃがんでいる姿はまさに、頭隠して
尻隠さずといったところだ。


 すごい。
 私ってこんなにヘンタイだったんだ……。
 今まで食事と変わらない意識でしていた数々の行為が、実は他人にしてみれ
ばとんでもなく恥ずかしく、淫らで、他人から隠そうとすることだということ
を、亜美は初めて自覚した。
 顔を上げて鏡を見ると、そこに映った自分の姿に思わず見とれてしまった。
 かわいい。そして、とんでもなくエッチだ。
 閉じた股間を押し上げるように、何かが膨れ上がるような感じがする。
「おちんちん……ちんちんが欲しいのぉ……おちんちんを女の子の中に突っ込
んで、どびゅどびゅって射精したぁい……」
 鏡に向かって脚を広げ、和式便器で小用をたすような姿勢で足を開いたまま、
そっと股間に手をやる。もちろん、手をやっても男性器があるわけがない。し
かし亜美は確かに、そこに何かがあるのを感じていた。
 空想上のペニスを、そっと握りしめた。
 亀頭のくびれをつかまれたような衝撃が走る。
「……っ、やぁっ!!」
 亜美は想像だけで、達してしまった。のけぞった拍子にうしろに倒れこみそ
うになる。尻餅をついて、そのままあぐらをかくような姿勢で、だらしなく脚
を投げ出したまま虚空をつかんだ手を動かし続ける。
「あ……やだっ。感じちゃうっ! と、止まらないよぉ!」
 目を半眼に見開いて、手を前後に激しく動かす美少女の姿は何とも異様なも
のだった。股間から飛沫が床に飛び散る愛液が、まるで精液のように見える。
 脳がぐずぐずに突き崩されるような、どうしようもない快感が亜美の体を駆
け抜ける。
「あいゃ、やぁっ! んやぁぁぁんっ!!」
 精液が出る! と錯覚した瞬間、亜美はタイル張りの床に置かれたマットの
上に、長々と黄金色の液体を放出してしまった。


 亜美は自ら漏らした小水の上でしばらく放心していた。
 想像のペニスの刺激だけでイッてしまった彼女だが、体の火照りは収まるど
ころか、膨らむ一方だった。
 ふらふらと立ち上がり、濡れてしまったマットを浴室に持っていってシャワー
で洗い流す。わずかな水滴だけでも、亜美の敏感になりきった肌には愛撫と変
わらない効果を発揮する。
「あ……やだぁ。また、イッちゃう……」
 お湯に浸りきったマットの上に倒れこみ、寝転がってシャワーを浴びた。
 レンズに水滴が降り注いで視界が歪む。
 体がじんじんと痺れる。
 性欲が止まらない。
 キモチイイことが止められない。
 水の分子に凌辱されるような錯覚に囚われながらも、なおも亜美は行き場の
ない性欲に悶え続ける。
「もう、だめ。せめて、何か、挿れない……と……」
 震える手で立ち上がり、シャワーの水流調整レバーを傾けてお湯を止める。
高ささえなんとかなれば、これでも挿入したいくらいだ。据え置式のシャワー
なので、シャワーヘッドを股間に直接あてたり、挿入することもできない。腰
より低い位置には挿入できそうなものは何もない。
 だが、そんなものよりもペニスを握って思う存分こすりたかった。
 一気に駆け上がり、一気に落下する男の快楽曲線がたまらなく懐かしい。ほ
んの数日前のことだというのに、数十年も前のことのように感じる。男のシン
ボルというだけあって、ペニスがないだけで何もかも失ったように思えてしま
うのだ。
 自分は女なのに男で、男なのに女だ。
「くそぅっ! チンポがない……辛いよお……」
 体から水滴を滴らせながら、ウオークインクローゼットの一角に向かう。数
々の装飾品をしまってある片隅に、お目当ての物があった。
 姉や子猫ちゃんやお姉様方から贈られた大小さまざまなディルドゥは、ざっ
と見ただけで三十本以上はありそうだ。


 まるで大きな万年筆のような物もあれば、表面がビロードのような布地で覆
われている物もあった。なんでも姉がヨーロッパを旅行した時に買い求めたも
のだという。
 自分で買った物は一つもない。
 亜美はまず、根元に近い部分に丸い突起がぐるりと周囲に散りばめられたレ
モンイエローのディルドゥ……というより電動こけしを選んだ。箱には「ちっ
ぷる君」というラベルが張ってある。別に彼女が書いた訳ではなく、本当にそ
ういう名前のバイブらしい。他にも横綱太郎だの、妙な名前のバイブがいくつ
もある。
 スイッチを入れるとうねうねと動き始め、リングがぐりぐりと回転を始めた。
どういう仕組みなのかよくわからないが、胴体の部分もなかなか複雑な動きを
している。
 ごくりと唾を呑み込む。
 でも、こんなのでは満足できない。自分が欲しいのは、本物のペニス。それ
も、思う存分射精できるものだ。あの放出する快感が欲しかった。
 それでも亜美は、立ったまま脚を広げ、バイブを挿入する。
「ふ……ぬふぅんっ!」
 熱い吐息を漏らして、震える。気持ちいい。満足はできないが、少なくとも
身を焦がすような焦燥感からは一時は逃れられる。亜美はバイブを挿入したま
ま、お尻を突き出すような姿勢で次の獲物を探し続けた。
「あ。こ、これなんか、いい……かも」
 見つけたのは紫色の双頭のディルドゥだ。片方は細く、もう一方は太い。わ
ずかに反り返ってはいるが、おおむねバトンのような一直線の形状だ。
 亜美は股間で震えているバイブを、一気に引き抜く。じゅずぼぼっという変
な音がしてバイブが床に落ちた。何かを失った隙間を埋めるように、続けてディ
ルドゥを挿入する。もちろん挿入するのは太い方だ。
 横にある姿見を見てみると、下を向いたまま勃起しているような変な感じに
なっている。


 それでも亜美は不思議な満足を感じていた。
「ああ。おちんちんが生えてる……」
 背中を駆け上がる妖しい感覚に、亜美は酔いしれる。
 ほぼ真下に突き出ている紫色の無機物を握り締めると、先程までの何かに追
い立てられるような焦燥感が薄らいでゆく。
「お、おちんちん……おチンポ……きもちいい」
 端から見ればディルドゥを使ってオナニーをしているようにしか見えないの
だが、亜美の中ではペニスを握って気持ちよくなっていると置き換えられてい
た。
 オカズは、目の前の自分の姿だ。大きな胸の美少女がオナニーをしている姿
を見てペニスをこすっているような、倒錯した自慰行為を続ける。快感を感じ
ているのは膣だが、亜美にとってそれは、男性器で感じている快感そのものだっ
た。
 股間から流れ落ちる白濁した液体も、まるで精液のようにおもえて興奮した。
まだ自分もザーメンを出せるんだと、ピンク色に染まりきった脳味噌で考える。
 しばらく立ったままディルドゥでのオナニーを楽しんでいた亜美だが、突然
手を止めた。
 空しくなったのだ。
 しょせん作り物。自分が女である以上、男としての快感など得られるはずが
ない。亜美が宙を仰いで惚けていると、ドアの向こうからよく通る声が聞こえ
てきた。
「亜美様、食事をお持ちしました」
「は……はい。ごくろうさま……です」
 ドア越しに怪訝そうな気配を感じるが、かおりはそのまま隣の部屋で食器を
並べ始めたようだ。




 心臓が恐ろしく早く脈打っている。
 もし、今オナニーをしているのがわかったら、彼女はどんな反応をするだろ
う? 悲鳴を上げて逃げ出すだろうか。
 でも……。
 かおりさんって、美味しいかも。
 濃紺のメイド服は体の線を隠しているが、亜美の豊富な「女性経験」から察
するに、彼女はかなりいいスタイルの持ち主だと思われる。
 また亜美の空想上のペニスがびくびくと跳ねた。
 決めた。朝ごはんは、かおりさんにしよう。
 亜美は再び、引き出しの中を漁り始めた。そしてすぐに目的の物を見つけ、
股間のディルドゥを引き抜いて、それを装着した。鏡の前に立って具合を確か
めてみる。
 亜美が着けているのは、ペニスバンドだった。
 彼女の中に消えている部分にもペニス状のパーツがついていて、しっかりと
ホールドできるようになっている。
 完璧とまではいかないが、少しでも男の姿に近くなったというだけで満足で
きる。胸のふくらみはちょっと邪魔におもえるが……。
「かおりさん、こちらに来てください」
 心臓が飛び出しそうになりながら、平静を装って声をかける。
「はい。何の御用でしょうか」
 扉を開けたかおりを抱きしめ、背伸びをして唇を奪う。
 乳首がまるで2本のペニスのように固く勃起している。厚いが柔らかく肌触
りのいいメイド服の布地にこすられて、胸から射精してしまいそうだ。このま
ま胸でオナニーをしたいくらいだった。
 舌を絡めて口腔を責めながら、背中や腰、首筋などに手を這わせて刺激して
ゆく。最初は抵抗していた彼女も、亜美の巧緻を極めた淫技によって、たちま
ちのうちに蕩かされてしまう。

 長々とキスをしてから拘束を解くと、かおりは水から上がったくらげのよう
に、ぐんにゃりと崩れ落ちてしまった。頬は紅潮し、半開きになった唇からは
舌がわずかに顔をのぞかせ、凌辱者の残り香を惜しんでいるようだった。
 亜美は力無く横たわっているかおりを横向きにして、服を脱がし始める。ま
だ水滴が残っていた眼鏡のレンズを彼女の服で拭いとり、あっという間に下着
だけにしてしまった。
 清潔な、石鹸とメイド服の洗剤の匂いに混じって、わずかな彼女の体臭が亜
美の鼻を突く。
 ぞくぞくする。
 薄水色のブラジャーとショーツの上下は、しっかりと体を包む、色気などほ
とんど度外視した実用一点張りの下着だった。だがそれはかえって彼女の清潔
な色気を増幅させる要素になっていた。
 なるほど。男の人がメイドさんに欲情するのも無理ないわね……。
 妙に冷静になって、亜美はかおりを観察する。
 制服というものが男にとって興奮の対象であるとは知っていても、実際に自
分で感じてみると理解が深くなるというものだ。こんな制服の美女達の中で生
活していて、理性が保てるだろうかと一瞬不安になるほど、亜美はメイド服に
対して異常なまでに興奮していた。
 気がつくと、メイド服を手にとって股間の疑似ペニスにこすりつけていた。
自分の中に埋もれている部分も動いて少し気持ちがいい。
 まるで男がオナニーをするように腰と手を動かしているが、当然のことだが
実物ではないので射精できるはずがない。ゆっくりと昇りつめる快楽曲線にも
どかしさを感じながら、亜美はなおも手を動かし続ける。
「ふあ……だめ。こんなのじゃ、全然イけないわ……」
 こんなことを言いながら、服で股間をしごく手は激しさを増す一方だ。胸を
ぶるぶる震わせながら怪しげな自慰行為にふけっていると、ようやくかおりが
正気に戻り始めたようだ。

「あ……お嬢様?」
 まだ半分夢心地といった感じで、亜美を見る。
 ふと、眉がひそめられた。
 目の当たりにしている光景が、彼女の理性では到底理解できるようなもので
はなかったからだ。目には映っていても、それがいったい何なのか、しばらく
の間かおりにはわからなかった。
 まるで高熱を出して寝込んでいるような体の重さに違和感を感じていたが、
やがて自分が下着だけの姿になって床に寝転んでいることに気づいた。
「お嬢様、申し訳ございません!」
 慌てて起き上がろうとするが、体は思うように動かない。焦れば焦るほど、
心と体のギャップは広がってゆくようだった。
 そして彼女は、亜美の股間にある物体を見て、一瞬硬直した。
「見たのね?」
「み、み、見てません!」
 慌てて目を閉じ、また起き上がろうとする。ようやく体が動いてくれた。いっ
たんうつ伏せ状態になってから立ち上がろうとするかおりを、背後から抱きし
めるものがいる。もちろん、亜美だ。
「お嬢様……あの、その……」
「かおりさんってとっても美味しそう」
 耳に息を吹き掛けながら亜美が言う。
「私が男の人になって、かおりさんを犯しちゃうんだから」
「おか、犯すっ!?」
 思わず叫んでしまってから、自分の失態に心の中で舌打ちをする。ハウスキー
パー失格だ。どんなことがあっても冷静に、笑顔を忘れず、スムーズに。メイ
ド長の夏野(なつの)さんから叩きこまれたフレーズが頭の中をよぎる。
(こういう時は……こういう時は……ええっと……)
 パニックになった頭を落ち着かせるために、息を大きく吸おうとして上体を
起こしたかおりは、背後から顔をねじまげられて強引に再び唇を奪われた。落
ち着くどころか、頭の中は真っ白だ。

 たっぷりと亜美に唾液を送り込まれ、その間にブラジャーのホックを外され
てしまう。亜美に比べると小さいが、十分標準よりは大きい。少し褐色がかっ
た小さめの乳輪と陥没ぎみの乳首を、亜美は左手で掘り起こし始めた。
 かおりは抵抗する気が完全に失せてしまっていた。
 もう頭の中は、ピンク一色だ。
 一方の亜美もかおりを責めたてながら興奮していた。
 忘れていた感覚が蘇ってきたような気がする。だんだんと下半身に血が集まっ
てくるようだ。
 きた……きた! これだ。この感覚!
 ふとももをきゅっと閉じた拍子に、股間から白い粘液が伝い落ちる。
 血が通わない無機物の作り物に、神経が通ったように感じる。
 私、本当はこれが欲しかったんだ。
 本物のペニスで、女の人を思う存分突きまくりたい。そして膣内にたっぷり
と精液を注ぎたい。まだ靴の上から足を掻いているようなもどかしさはあるけ
れど、少しは男を取り戻せたような気がする。
 亜美は男がするようにかおりの脚を持ち上げて腰を近づけ、作り物の性器を
彼女のそれに当て、ゆっくりと挿入した。
 ぬめる媚肉の感触が確かにした。
「え、すごっ……お、お嬢、さまっ!? なんか、これっ……いやあっ!」
「だいじょうぶよ、かおりさん。すぅーぐ良くなるから」
 言葉づかいは亜美のまま、男の気分に浸りきっている亜美は腰をぐいと突き
いれる。
「ひいっ!」
「かおりさんのおまんこ、とっても窮屈。あまり使ってないでしょ? 蜘蛛の
巣が張っちゃうよ」
「だ、だめです、お嬢様。これいじょ……んふぅんっ!」

 前後の運動が苦痛になるのか、彼女は顔をしかめる。
 だが亜美は、感じるはずのない彼女の膣の感触に驚いていた。全体的にぷり
ぷりとした締めつけがあり、なんとも気持ちいい。奥に送り込んでゆくと、く
びれを締めつけるような個所があった。おもわず射精しそうになって、亜美は
一瞬動きを止める。
「ん……お嬢さまぁ〜」
 かおりが鼻にかかった声で亜美を呼び、我に返った。もちろん、作り物のペ
ニスで射精できるわけがない。
「かおりさんって、彼氏いるの?」
 亜美は自分の中の感情の乱れを隠すように、かおりに尋ねた。
「あ、はぁい。……ここしばらく、お互いに忙しくて、予定が、合わなくて、
なかなか会えませんけどぉ……」
 日頃のきびきびとした所作が嘘のような緩慢な動きと言葉遣いで、かおりが
半ば夢心地なのがわかる。
「セックスはしてるの?」
「はい……ここ半年くらい、してませんけれど……」
「うふふ。だからこんなに濡らしちゃってるのね」
 亜美がかおりの、とさかのような花弁の縁を濡らしている白濁した粘液を指
ですくい、クリトリスがあると思われるあたりを指でまさぐった。
「ひゃうっ! お、お嬢様、そこはっ!」
「お嬢様じゃなくて、亜美って呼んでくださいね、かおりさん」
 ひだに阻まれて見えないが、確かに指先に感じる物がある。かなり小さいよ
うだ。しかしここは多くの女性が感じる性感帯なのは間違いない。
 亜美は胸が邪魔だなと思いながら、かおりのクリトリスを指でいじり続ける。
しばらくしてかおりが軽く達したのを確認してから、再び抜き挿しを開始する。
「いやぁん……どうして? どうしてこんなに……いいのぉ〜?」
 かおりが漏らした言葉は、亜美と同じ思いだった。

 作り物のペニスなのに、まるで本物のペニスで女性とセックスをしているよ
うな感覚がある。もちろんそっくり同じというわけではないが、女性同士のゆ
るゆると昇りつめて長く続く快感とは違う、直球一直線の鋭いパルスが亜美の
頭の中で弾ける。
 どうしてかはわからないが、深く考える余裕は今の亜美にはなかった。
「彼氏と私、どっちがいい?」
「お嬢様ですぅ……すごいのぉ。溶けちゃう……」
 脚を広げて持ち、腰を勢いよく突きいれる。
 美人を犯しているという征服欲に、亜美は酔いしれる。
「お嬢様じゃなくて、亜美。でしょう?」
「あ、はい! 亜美さぁん! いいの……いいのぉ!」
 目をつぶっていれば男に抱かれているような錯覚を感じてしまう。
 バイブレーターを使ったことがないわけではないが、そんなものとは違う質
感に彼女は溺れた。
 まるで心中をする前の男女のように、ただひたすら腰を打ちつけあっている
うちに、亜美に限界が訪れた。
「いやっ、出ちゃう!」
「いやあ〜っ! い、イッちゃうぅっ!!」
 二人が同時に叫び、クライマックスがやってくる。
 お尻の穴がきゅーっと締まる。続いて、溜めに溜めこんでいた尿を出すよう
な解放感が亜美を襲い、彼女は脱力してかおりの上に倒れこんだ。
 二人は息も荒く、しばらくそのままの姿勢でじっとしていた。
 やがて落ち着いた亜美は、ゆっくりと腰を引いた。抜く時も、かおりの内部
が名残を惜しむように疑似ペニスを締めつけるのがわかる。亜美はつい、腰を
また突きいれて、彼女の反応を楽しむ。
「らめぇ……おじょおさま……わらひ、こひがぬけて……」
「かおりさん、かわいいわ」
 亜美は彼女の中から完全にペニスを引き抜き、クリトリスに口付けた。どこ
となくハーブのような不思議な匂いがする。かおりの体臭なのだろうか?

 亜美はかおりの体中にキスをしてまわった。
 やがて彼女にいつもの冷静さが戻ってくると、慌てて立ち上がろうとしてよ
ろけ、やっとの思いで正座をして亜美に言った。
「あの……お嬢様。お茶も冷めてしまったでしょうし、もう一度お食事の用意を
し直して参りますので、離していただけませんか?」
 夏野女史に叩きこまれたメイドとしての躾が、恥ずかしさを上回って、亜美
と正対して顔を見て会話をさせる。でも本当は服もすぐ着たいし、この場から
一刻も早く去りたかった。
 何よりも、これ以上お嬢様と一緒にいると、本当に亜美に恋をしてしまいそ
うになりそうな自分が怖かったのだ。
「ダメです」
 亜美はにっこりと笑って答えた。
「だってかおりさんのここ、まだ欲しがっているみたいですよ。彼とうまくいっ
てないんでしょう? お仕事が忙しいなんて、嘘。本当に」
「そう……かもしれません」
 かおりはうつむいて言った。
「彼、電話しても留守電になっていることが多いし、なんとなく遠ざけられて
るなって感じてます。……やだ、こんなことお嬢様に言っても仕方がないのに」
「いいわよ。私でよかったら、いくらでも聞いてあげますから」
「そんな……」
 年下の少女に翻弄された上に、自分の身辺事情まで話してしまった自分に、
かおりは少し驚いていた。汗が浮かんでいる亜美に、なぜか自分の恋人の姿を
一瞬重ねてしまった。
「お嬢……」
「つぐみ、でしょう?」
「はい。亜美さんのこれ……キスマーク、ですよね?」
 かおりは亜美の胸にある赤い斑点を指差して言った。

「誰の、って聞いてもいいですか?」
「秘密です」
 右手を口元にあてて、くすっと笑う。
「そう……そうですよね」
 軽く返されて視線を下げると、半透明の男性器を模した作り物が股間から飛
び出ているのが目に入ってしまう。かおりは唾を飲み込んで、ゆっくりとそれ
に手を伸ばした。
 冷たくはないが、さっきのような熱さは無かった。ただ感じるのは、無機質
な固さのみだ。
 まるで男のものを愛撫しているような手付きになっているかおりに、亜美は
言った。
「本当は本物のペニスがいいんですけれど、無理ですから」
 寂しそうに言う亜美の表情に、かおりの胸はときめいてしまう。
「私でよかったら、お慰めしてさしあげますから」
「かおりさん……」
 二人はまるで恋人のように寄り添い、頬をこすりつけあってからキスをした。
 こんな美女とセックスができるなんて、まんざら悪くないと亜美は思った。
いや、もしかしたら悠司の心なのかもしれない。
 この体は長く快感を楽しめるし、なにしろ避妊を心配しなくてもいい。射精
の快感はないが、がまんするべきだろう。これ以上を求めるのは、とんでもな
く贅沢なことだ。
 しばらく舌を絡ませあってから、亜美はかおりから体を離した。
「亜美ちゃん?」
「夏野さんに、私の具合が悪いのでかおりさんに今日一日お世話してもらいま
すって、伝えないといけないでしょう?」
 還暦などとっくに越えているはずなのに背筋がぴしりと伸び、年を感じさせ
ない機敏な動作と声で使用人達を指示する彼女の姿を思い出し、かおりは苦笑
いを浮かべた。本当ならばとっくに別の場所に行っていなければならない時間
だ。

 その時、まるで亜美の言葉を待っていたように室内電話の呼び出し音が鳴っ
た。亜美は受話ボタンを軽く叩き、ハンズフリーフォンのマイクに向かって言っ
た。
「亜美ですけれど、何か?」
「お嬢様ですか。もうしわけございませんが、浦鋪がそちらにおりませんか」
 やはり夏野だった。
「はい、いますけれど」
「お側におりますか?」
 わずかに硬さを増した口調に、亜美は笑みを浮かべる。
「私、少し調子を崩してしまいましたの。それで、浦鋪さんにお世話してもらっ
ているんです。今日一日、彼女に看病してもらいますから」
「では嵩村先生を……」
「疲れただけですから、今日横になっていれば治ります。それと、今日の予定
は全てキャンセルだと東雲にも伝えておいてください」
「かしこまりました」
 ぷつり、と小さな音がして通話が切れた。
「やっぱり怒ってましたね」
「大丈夫。私があとでちゃんと説明するから。かおりさんには迷惑をかけませ
んわ」
 固い表情のかおりに向かって亜美が言った。そしてまた、彼女の唇を奪う。

(あ。ディルドゥはちゃんと拭いて、消毒しておかなきゃ……でも、いいか)

 ベッドに倒れこみながら、亜美はそんなことを考えていた。
 そして亜美とかおりは寄り添うようにして、その日一日、溶けるようにお互
いを求め、眠り続けたのだった。

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