医療ミス系のお話
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eroparolibrary 2012年11月24日(土) 22:45:12履歴
スレの需要とマッチしてるかどうか微妙ですが、まぁ、趣味が合うなら笑ってください。
医療ミス系のお話です。まず、前編。
つまらないと思ったらスルーでよろしくです。
パシュッ！
気圧差によるものだろうか。
透明なキャノピーが開く時に、そんな音が響いた。
ゆっくりと目を開いた少年がカプセルから出てくる。
一糸纏わぬ姿だった。
「気分はどうかね？」
「えぇ････ 普通です」
ナースの用意した病院着に袖を通して椅子に腰を下ろした少年。
白衣姿の男性が小さなカップに入った飲み物を手渡しながらカルテを見ている。
「発見が早くてよかったね。あと30分遅かったら絶命していたよ」
「そうですか」
「現代の最先端医療技術に感謝したまえ。佐藤君」
「はい」
約2ヶ月前。
佐藤と呼ばれた少年は大型トラックに弾き飛ばされ、車道に転がったところを後続のトラックに踏み潰されていた。
胸骨の圧壊による心肺を含めた重要臓器が一瞬で機能停止し、普通では死を待つだけだった。
ところが。
死人も生き返ると言われる労災病院に担ぎ込まれた彼は、この時代の最先端医療を受けることになった。
iPS細胞から作り出される再生臓器を使った、肉体そのものの再生処理。
従来の切り落とすか移植だけだった医療を根本から変えてしまった『作り直す』と言う技術。
「とりあえずあと1週間は入院してもらう。新しい身体が社会に適応するかどうか検査せねば」
「はい」
カプセルの中で直接脳波レベルの意思疎通を行ってきた関係で、事情説明などは一切無い。
少年は促されるままに用意された病室へ消えていった。
「････さて。これから忙しくなるな」
深い溜息を一つついて。
白衣の医者はその背中を見送っていた。
� �3日目
カプセルから出て三日目の朝。
少年は表現し難い全身倦怠感を覚えていた。
とにかくだるいのだ。
昨日までは廊下を走れるほど元気だったのに。
いや、実はそれも多少オーバーな表現で。
身体全体がなんとなく重く感じていた。
「う〜ん なんでだろうね？ ちょっと検査してみよう」
早速採血が行われまずは血液検査が行われた。
約2時間後。
「結論から言うと、どこも問題ない。すべての数値が正常な範囲に収まっている」
用意された朝食に手をつける事すらなく、少年はベットの上で虚ろな目をしていた。
「何らかの感染症とかウィルスを心配したんだけど、それも無い。で、これはひとつの可能性だけど」
いったん言葉を切ってもう一度カルテに目を落とした医者が少年の目を見て言った。
「カプセルから外界に出た時、何らかの日和見感染をして、それに対応するように白血球が暴走しているのかもしれない」
虚ろな眼差しの少年がわずかに頷いた。
それ以上動きたくない程の倦怠感。
「とりあえず点滴で様子を見よう」
テキパキと支度するナースによって少年はブドウ糖を打ち始めた。
それと同時に、胸部へ心電図用のセンサーが貼り付けられる。
程なくして少年は意識を手放すように眠りに落ちた。
何もかもがスローモーションに流れていくような錯覚を覚えていたのだけど、それを言葉にするのですら少年には難しかった。
�◆�7日目
一般病室に居たはずの少年は、意識が戻らない間に集中治療室へと移されていた。
5日目の夕方。検温に来たナースの呼びかけに反応したのを最後に、少年は昏睡状態に陥っていた。
「とにかく心臓を止めないように。ボスミンを用意しておいて。あ、あとそれから････」
集まったナースを前に医師が事細かに指示を出している。
わずか数日の間に少年は見る見るやせ細っていた。
カプセルから出たばかりの頃の、健康的な肌色はすっかり消え果て、白く透明な人形のような色に変わっていた。
そして、尿道カテーテルから零れ落ちる小水は連日20リットル近くに達し、大量の輸液を送り込んで水分補給し続けていた。
「おそらく数日中にいったん意識が戻るはずだから」
医者はそう言いつつも不安げに少年を見ていた。
心なしか顔立ちまでもが変わるほどの痩せ方を見せていた。
不安げな母親と息を呑んでいる父親。
僅か半月足らずの間におきた様々な事象を上手く整理できないで居る。
息子が死ぬかもしれない。
その恐怖と戦っているのだろうけど、その一方でどこか医者が余所余所しい態度である事に気が付きつつあった。
�� 11日目
約2週間ぶりに目を覚ました少年が見たものは、白くやせ衰えた自分の両手だった。
相変わらずの全身倦怠感。そして、それに上乗せするような筋肉痛。
全身のありとあらゆる筋肉が悲鳴を上げていた。
言葉を出すのも息をするのも辛かった。
文字通りの地獄のような苦しみに襲われていた。
「正体不明のウィルスに感染しているようだ。今、全力を挙げて正体を突き止めている。なんせ我々も初めてのケースなんで」
額に浮かべた汗を拭きながら医者が少年に説明していた。
ただ、実際原因なんかはどうでもよくて、このシンドイ状況を何とかして欲しいだけだった。
「苦しいです」
搾り出す言葉がすべてだった。内臓系までもが痛みを訴えていた。背骨までもが痛かった。
すべての思考に靄の様なヴェールが掛かり、上手く物事を考えられないほどだった。
眼球と舌が痛いと言うのは表現できない苦しみだった。
そして、何より困っていたのは、上手く息を吸えない事だった。
呼吸が苦しい事による酸欠状態なのだ。腕を上げるとか顔の向きを変えることすら苦しかった。
ナース数人がかりで身体を持ち上げ、ベッドシーツを交換したのだけど、そこにはべったりと脂が残っていた。
毛穴から流れ出る脂汗が人形に残っているのだった。鼻を付く異臭にナースですら顔をしかめた。
母親が頭に触れると、指で梳いた部分の髪が何の抵抗も無くごっそりと抜け落ちた。
驚いてナースが櫛を入れると、入れたところから残らず髪が抜け、気が付けば坊主になっていた。
そして、抜けたのは頭髪だけではなく、体毛や眉毛や睫や陰毛までもが綺麗サッパリ無くなった。
体毛を除去する最中、偶然に触れた指先からは全ての爪がまるでかさぶたの様に剥がれ落ちた。
漠然とした不安を感じながら、はぁはぁと苦しそうに少年は呼吸していた。
�ぁ�19日目
11日目に意識を取り戻したものの、少年は再び昏睡状態に陥った。
真っ白になっていた肌は灰色から赤黒く変色し、点滴用に挿していた針を止めていたサージカルテープがたるみ始めていた。
縮んでいる。
皆がそう思っていた。
全身変色している理由が尿毒症らしいと言うことで緊急透析が行われた。
だが、僅か20分で透析用の機械が緊急停止するほどだった。
血液中の様々な物ががありえない数値を示していた。
腎臓が限界に達している。理由は簡単だった。
「先生。もう一度再生カプセルを」
両親の必死な訴えにも医者の反応は鈍かった。
「いいですか？お母さん。再生カプセルは諸刃の剣なんです。失敗したら100%死にます。現状で改善を図るべきです」
医者は相変わらず対処療法だけを繰り返した。
だけど、透析をどれほど行っても血液の状況改善は進まなかった。
多少綺麗になっても、すぐに汚れてしまうのだった。
理由はわかっていた。小水が出ないのだ。膀胱が機能を失っていた。
尿道カテーテルを引き抜かれペロンと垂れ下がった少年のペニスが、やけにブヨブヨとし始めていた。
睾丸も夏みかんほどに腫上がっていた。
尋常ではない異変が少年の身体を蝕んでいた。
�ァ�26日目
最初の異変に気が付いたのは、早朝にやって来た病室の清掃員だった。
ベットの下に鼻を突くような血溜りが出来ていた。
急いで駆け抜けた医者が少年にかぶせられていた毛布を取ると、大量に下血している状態だった。
すぐに面会謝絶となり、ナースたちが着ている物を全部取り払った。
その時、ナースが短く『え？』と呟いた。
少年の身体の下にあったシーツを取り除いたとき、その上に血まみれになった塊りがあった。
感染症対策の装備を整えた処置班が調べたら、それは少年の生殖器の成れの果てである事がわかった。
大量下血の原因はそれだった。
そして、それが抜け落ちたところには大きな穴が開いていた。
程なくして下血は治まり、それと同時にポタポタと小水がこぼれ始めた。
どこからだ？とナースたちが探し当てた先は･････
まるで女性器のような形になり始めていた尿管部分だった。
「急いで女性用の尿道カテーテル入れて！はやく！」
医者が指示を出すと考える前にナースは動く。
よく訓練された軍隊のようにテキパキと処置が進んだ。
その日の夜には下血が完全に止まり、大きく開いていた穴が小さくなり始めていた。
誰が見てもその形は女性の生殖器だった。
「う〜ん････ やっぱり無理だったか」
頭をぼりぼりと掻きながら、担当医がブツブツ言っている。
「あの････」
「分かってる分かってる。皆まで言うなって。全部終わったら俺が話するから」
呆然と眺めているナースたち。
細かい文字でびっしりと書かれたカルテを見ながら。
医者は溜息をついていた。
「気が付くのが遅かったんだよ･････ ロードした遺伝子データが改ざんされてたってのをさ･････」
全身の皮膚がたるみ始めている少年だが、明らかに胸部は女性乳房化しつつあった。
�Α�33日目
アレほど苦しんでいた日々が嘘のようだった。
暴風雨荒れた台風一過の朝のようだった。
痛みも倦怠感も不快感も無い朝。
明瞭な意識を取り戻した朝。
世の中の全てがはっきりと見える朝。
ただ、その全てが昨日までのと違う朝。
自分が覚えている、はっきりと思い出せる日々は遠い昔のようだった。
「どういうことですか？」
事情を飲み込めないのは仕方が無い。
ただ、あまりの混乱ぶりに頭がおかしくなりそうだった。
「何から説明すればいいのか、実は私にもよくわからないんだけど」
担当医は言葉を選んで話し始めた。
身体再生カプセルの中で始まった肉体の再構築を行うオペレーション。
だが、その最中に悲劇は起きた。
外部からのハッキングで病院のマザーサーバーが影響を受けたらしい。
患者の細胞再生に使われるデータ領域に、何らかの全く異なるデータが書き込まれた。
異常を発見したカプセルの作業監視コンピューターはデーターの再構築を図ったのだが。
性別をつかさどる重要な部分のデータが間違った再構築を受けてしまったらしい。
パリティチェックなどの行われない一発勝負の再生処理。
少年の肉体を構成する大部分の再生された細胞には、オリジナルとは異なる遺伝子が書き込まれた。
「僕は････どうなってしまうんですか？」
声だけ聞けば少女のそれだった。
「オリジナルの遺伝子が残っている部分からオリジナルデータを取り出して、再度再生処理しかない。ただ」
「ただ？」
「再生処理は最低でも10年空けねばならない。癌細胞化してしまうケースがあるからね」
絶望的な言葉に少年は身を硬くしていた。
どう対処していいのか分からない現実に押しつぶされそうだった。
�А�37日目
目を覚まして4日目。
事情が事情だけに、病院側の配慮で一般病棟の個室へ移された少年。
尿道カテーテルや左腕に入っていた点滴針が取り除かれ、ベッドに縛り付けられるものは無くなった。
「立って良いですか？」
「筋量が今までとぜんぜん違いますから気をつけてください」
ナースに支えられて約1ヶ月ぶりに床へと足を下ろした。
意識するなんてした事も無いほど当たり前の行動だったベッドから立つと言うことが酷く難しい。
フラフラとしながらも立ち上がった少年は、まず鏡の前に立った。
カプセルから最初に出た時に着ていた緑の男性向け病院着ではなかった。
ほんのりピンク色の女性向け病院着を着た五分刈り程の毛髪の少女が立っていた。
華奢な肩がパジャマの中で角を立てていた。
立派な喉仏も逞しい二の腕もなくなっていた。
決して美人じゃないけど、可愛いと呼ばれそうな可憐な姿だった。
「これが････ 」
自分の姿に見とれるなんて。
どこか恥ずかしくなってプイッと支線をそむけて。
再びフラフラとしながらベッドへ戻った。
「今日の午後から社会復帰プログラムを始めましょう」
「はい」
「まずはリハビリからです」
「リハビリ？」
案内されたリハビリ室でまず始めたのはエアロバイク。
身体のあちこちが異常に硬くなっていて、ストレッチをしながらだった。
いつの間にか膨らんでいた乳房が案外重いと気が付いた。
股間に何も付いてないと、ストレッチするのも随分と違う感覚だった。
ただ、一番思ったのは、社会復帰も案外大変だと言うことだった。
�─�45日目
全部抜け落ちた毛髪が再生してきて、短く刈り込んだボーイッシュな女の子になっていた。
重力に引っ張られて垂れるおっぱいの重さにも慣れていた。
ただ、なんとなくブラジャーには抵抗があった。
女の子扱いされるのが非常に鬱陶しかった。
ただ、見た目が女である以上、自分を知らない人々は女性扱いする。
社会の常識としての「女性に対する配慮」を誰もがしている。
事情を知っているはずのナースやリハビリインストラクターも同じ様にする。
世の中がそうである以上、それに合わせて生きなければ色々と窮屈な日々。
無性にイライラする事が多く、つまらない事で声を荒げそうになった。
ただ、やんわりと窘められる事でギリギリの一線を踏みとどまっている。
「俺は男だ！」
何かにつけて口から出てくるそんな言葉も、周囲は段々と冗談にしか受け止めなくなっていた。
本人の内面的な部分で混乱が続いているのだけれども、外見的にはどんどん女性化して行っていた。
そしてこの日。
それは決定的に成った。
ここ数日。イライラと共に、どうにも収まらない下腹部の不快感を感じていた。
お腹の中で何かが動いている。そんな感じだった。
上手く表現できない『重さ』とでも言うようなもの。
そろそろ退院と言う話を聞いていただけに、不安感だけが湧き上がってくるのだが。
「あぁ、問題ないですよ。すぐに収まるはずです」
担当医は手短にそう言ってどこかへ行ってしまった。
ベットに腰掛けて携帯をいじっている時、その重さがフッと抜けた。
あれ？と思って立ち上がったときだった。
ギリッ！
言いようの知れない痛みが腹腔内を走った。
グッと息を呑んで痛みに耐えた。
パジャマの裾を無意識に両手で握り締めていた。
僅か10秒足らずの短い時間が、まるで一晩中続くような錯覚だった。
そして、痛みがゆっくりと引いていったあと、両足の内側に生暖かい感触があった。
あまりの痛みに漏らした。瞬間的にそう思った。
恥ずかしさに顔を赤くしながらゆっくりズボンを下ろしたとき。
視界に飛び込んできた真っ赤なものの存在で一瞬パニックになった。
あわててナースコールボタンを押したら、ナースが小さな包みを持って現れた。
「ごめんなさい！多分今日辺りって先生に言われてたんですけど、うっかりしてた」
紙袋の中から出てきたのは生理用のナプキン････
「佐藤”さん”おめでとう！初潮ですよ」
―― 俺は男だ！
心の中で何度もその言葉をリフレインしながら。
半分位は放心状態で生理用品の使い方についてレクチャーを受けた。
�� 51日目
何種類か渡された生理用品を組み合わせて使うことにも慣れたころだった。
朝起きてサニタリーショーツの中身を確認したら月経が終わったようだった。
念のためナースを呼んで確認したら、何も言わずに笑って頷いた。
あれだけ不快だった下腹部の感触も、慢性的感じていたイライラ感も。
それだけでなく、今更に気が付いた両方のおっぱいの張ったような感覚もなくなっていた。
「生理明けって気持ちいいですよ。さっぱりした感じがする」
この日から不思議と食欲が湧いて、なんでもモリモリと食べられるようになった。
リバウンドで食べ過ぎて太りますよ！などとナースに言われるようになった。
「今は凄くスタイル良いんですからね。自覚ないでしょうけど。羨ましいくらいですよ」
その言葉にちょっと憮然としたものの。
褒められたんだから『ありがとう』と言うのは礼儀として割り切った。
相変わらず徐々に膨らんでいるおっぱいの大きさに、自分でも驚き始めていた。
両手で抱えて持ち上げられるほどになりつつあった。
そろそろ、肩が凝ると言うのを実感し始めていた。
「佐藤”さん” そろそろ退院について相談しましょう」
担当医がそう告げてカウンセリングルームへと促された。
ナースに続き担当医からも”さん”付けで呼ばれたことに気が付いた。
「先生。”さん”はやめてもらえませんか」
「････そうですか。わかりました。でも、その方が自然だと思いますが････」
「僕は男です。自分はそう思ってます」
「････････そうですね」
カウンセリングルームの中で担当医や病院の弁護士からアレコレと提示を受けた。
正直、中身がよくわからなかったのだけど、両親や事故の際の保険屋も交えた相談で当面が決まった。
少なくとも10年は女性として生きる必要性があるのだと言うが、それがどうしても理解できなかった。
普通に男でいいじゃないかと思っていたのだけど、世の中的にはそれでは困るようだった。
身体は女になってるのだから、強姦されたりしたらどうするんですか？と言われて気が付いた。
事情を知らなければ･････
いや、事情を知っていれば･････
男として生きていくことの難しさを感じ始めていた。
だけど、そんな想像など現実の前では甚だ甘いのだと、嫌と言うほど気が付かされるまで、そう時間は掛からなかった。
�� 52日目
朝9時
約2ヶ月を過ごした病室へ病院の事務方がやって来た。
退院の手続きをしているのでサインをしろと言う。
言われるがままに書類へ名前を書いて渡したら、11時までに退室して欲しいと言われた。
事務方は入院している理由などわかってないのに気が付いた。
そして、そこで気が付いた。
何を着て帰れば良いのだろう？
カーディガンやスリッパはあれど、外出着は一切無かった。
10時までもう少しと言う段になって両親が迎えに来た。
両手一杯の荷物を持ってきた母親。
袋を開ければ女物の服が幾つも入っていた。
どれも驚くほど小さくて、自分の身体が入るのか不安だった。
ただ、それを着てみてぴったりと収まったとき、今までの自分と違うと言うことを、嫌と言うほど実感するのだった。
部屋の中で着替えて、少しその辺を歩きましょうと、廊下を一往復。
Ｔシャツの中で乳首がやたらに痛かった。
顔を真っ赤にして母親にそれを訴えたら、ブラジャーしなさい！と再び上半身裸に剥かれてしまった。
さらしでも巻いておくかと思っていたのだけど、そんな事が言える様な状況ではなかった。
薄いピンク色の可愛いデザインのブラジャー。
初めてそれを付けてみて、女って大変だと気が付かされた。
「お世話になりました」
母親がナースセンターに挨拶に行ってる間。
自分はベッドの周りを片付けていた。
なんだかんだで私物は増えてしまう。
一つ一つ片付けている時、後ろから父親が声をかけてきた。
「心はまだ男だろうけど周りに注意を払え。端から見たら女なんだ。だらしない事はするな。はしたない事もするな」
振り返って不思議そうに父親を見る。
「自分が泣きを見ることになるんだぞ。自分が女をどう見ていたか思い出せ。解るだろ」
父親の言葉でやっと気が付いたことがあった。
そうだ。その通りだ。無意識に胸や尻に目をやっていた自分を思い出した。
後ろから抱き付いて胸を触るなんて、怒られさえしなければやってみたいと思っていた。
････今はされる側なんだ！
初めて病室のあるフロアから降りて一般外来も居るフロアへと出た時。
フロア中の視線が一斉に自分へ襲い掛かってくる錯覚にとらわれた。
まだそれほど伸びきっていない髪が余計に目立つのだろう。
ある意味、好奇の目で見られているのだけど、そんな所まで気が回らなかった。
逃げ込むように父親の車へ乗り込んで、ガタガタと震えだした。
どうしようもなく、怖かった。
理由もなく、ただただ、怖かった。
�� 55日目
退院して3日目。
母親のおもちゃにされる日々にも少し慣れた。
死ぬ間際まで行った反動からだろうか。
それとも単なる性格的なものだろうか。
服選びから始まって女らしい立ち振る舞いだのメイクのやり方だの。
泣きじゃくってくれた母親への感謝を含めて付き合ってきたのだけど。
「俺の頭の中はまだ男なんだ。気持ちは男なんだよ」
そう呟いた言葉に相当ショックを受けたらしい。
でも一番ショックを受けてるのは俺なんだと。
そう理解してくれたようで、開放されて自分の部屋に戻ってきた。
「ふぅ･････」
一息ついてベッドに腰を下ろす。
ふと視線を下に向けると立派な膨らみが二つ。
この数日の間にも、また少し膨らんだような気がする。
常時締め付けられると言うかなんと言うか。
慣れてない違和感を常に覚えると言うストレスにかなりイライラしていた。
イライラしつつも慣れるしかないと言う状況ですらイライラの原因だ。
身体のラインが浮き出るほどにぴったりの服を脱いでブラジャーを露にする。
取ってしまいたい。
そんな衝動を感じてホックを解いて。
フッと締め付ける感覚がなくなると同時に、胸の周りに引っ張られる感触がおきる。
どんなに嫌がっても、これが自分の身体の一部なんだと痛感させられる。
ガチャ
唐突にドアが開いて父親が入ってきた。
何も考えずに目を合わせたら、父親の方が先に目をそらした。
窓の外を眺めるようにして、そして目をつぶる。
「カーテンぐらい閉めてからやれ。覗かれるぞ」
アッ！
短く驚いて手近なものを上から羽織って。
そしてあわてて背中で窓に近づいてカーテンを閉めた。
「すまなかった。今度は先にノックする」
たわわに実ったおっぱいをブランブランとさせているのは･････
男にすれば福眼だよな。ニヤニヤするよな。確かに。
その事実に気が付いて、あわてて胸を隠すようにしたのだが。
「母さんな。本当は女の子が欲しかったんだよ。だけど一人っ子のお前は男だった」
「今も男のつもりだけど」
「俺から見てもお前はもう女だ。誰が見たって女だ。好むと好まざるとに関わらず････な」
「････んな事言ったって」
頭の中で言葉に成らない複雑な感情が渦を巻いて。
物事を上手く整理できないまま無言の時が流れた。
「今のまま、中途半端にしていたら男に戻るときに困るかもしれない」
父親の目が真剣なのを感じ取って、何かを言いかけた言葉を飲み込んだ。
「いい加減に毎日を過ごせば周りもいい加減な対応になる。なし崩しに自分を捨てる事になるぞ」
ジッと見つめていた父親が何か言いにくそうな事を言おうとしてるのが分かった。
それが何であるかもすぐに分かった。自分でもなんとなく分かっていた。
ただ、それ以上の言葉が父親の口を突いて出た。
「お前を力尽くで押し倒して体中嘗め回して辱めて、そしてお前は望まぬ妊娠をするかもしれない」
妊娠････
その言葉に背骨が痺れるような衝撃を受けた。
強姦される恐怖や手篭めにされる屈辱ではなく。
「生理が来るようになった女だ。いつだってその危険がある」
言葉も無く頷くしか出来なかった。
その通りだ。
「お前を軽い女だ尻軽なふしだらな女だと見れば、手を出す男は現れるだろう。その時お前はどうする」
詰問の言葉から逃げるようにクルッと背を向けて。
そしてカタカタと小刻みに震えた。
「女がなぜ身なりをキチンとするのか考えろ。男に気を許さないのか考えろ。お前のためだ」
突き刺さるような言葉を背骨で聞いて。
そのまま震え続けている時に部屋のドアが閉まる音を聞いた。
緊張から解き放たれて部屋の中でペタリと座り込んでしまう。
逃げ場の無い衆人環視の恐怖を、ふと思い出した。
�� 60日目
事故にあったあの日から、早くも4ヶ月の月日が過ぎ去った日。
通っていた学校から学年主任と担任の教師が自宅へやってきた。
進路指導と教頭も付いてきた。総勢4名の陣容が少々怖かった。
家の居間に通され、両親が先に話し始めた。
その声を2階で聞きながら、下へ降りるタイミングを計っていたのだけど･････
「じゃぁ今日のところはこれで。後日色々と用意してきますので」
聞き覚えのある声が玄関から聞こえ、そしてドアの閉まる音。
降りるタイミングを逸して、どうしたものかとベッドの上で膝を抱えていた。
車のエンジンを掛ける音が響き、ピッと短いクラクションと共に車が出て行く。
コンコン
「入るわよ」
母親の声と同時にドアが開いた。
「あなたの物を先生わざわざもって来てくれたわよ」
一抱えもある大荷物の包みを解くと、中には女物の学校道具が揃っていた。
一番大きな箱を開けると、中にはブレザーになった女子の制服。
スカートとセットになった制服の下は男の着るＹシャツとは裁断の違うブラウスが入っている。
「ほら、早く着てみなさい」
「でっ でも」
「そろそろ諦めなさい。意地張ってても疲れるだけって奴よ」
「････････そんな事言っても」
母親が取り出した制服を部屋に並べて眺める。
クラスメートの女子達が着ていた物がここにある。
一瞬。情事の最中の部屋の片隅と言う言葉が脳裏に浮かんで、すぐにかき消した。
ベットの上でギシギシと事に及んでいる男女の脇で、出番を待っている衣服。
「なに赤くなってるの？」
「え？」
「どっち側を想像したのよ」
言葉に詰まって母親をじっと見る。
どこかで意図的に無視していたのではなく、全く今まで考慮してなかった事。
母親もまた女なんだと言う事に気付かされて、そして、一気に恥ずかしさが溢れた。
「想像するのは健全な証拠よ！ほら！早く早く」
下着姿になって制服の袖を通して。
胸元にリボンを巻けば、誰が見たって女子高生の出来上がりだ。
妙に胸元がきつい気もするのだけど、そんなものだと割り切った。
でも、ここ何日かですら確実に膨らんでいるおっぱいが早晩きつくなるだろうなぁ･････
自分の胸元を見ながらあれこれ思案していると、母親が唐突に手を伸ばしてきた。
「あなたの胸は大きいわよねぇ これ位あったら自慢になるわね」
「････でも。重い」
「重い位でちょうど良いのよ。女の子を楽しみなさい！」
笑いながらそんな事を言う母親が唐突にスカートの裾をブワッとめくった。
一瞬視界が無くなって、そして太腿までが風に晒される感触を感じる。
「なっ！なにすんだよ！」
あわてて一歩下がって手から逃れたのだけど、母親はゲラゲラと楽しそうに笑っている。
「あははは！ ははは！ あなあた！ あなたそれじゃ！ ワハハハハ！！」
指まで指して笑っている母親に少しだけ腹が立ってきた。
ムッとした表情を浮かべたのに気が付いたのか････
「そういう時ね。女の子はまずスカートの裾を押さえるものよ。仕草にも気をつけなさい」
笑いながら言葉を搾り出した母親は、そのまま笑いながら部屋を出て行った。
部屋の中にポツンと一人残されてふと我に返って鏡の前に立った。
ちょっとボサボサな髪の毛がみっともない感じに見える。
女子生徒の姿だけど、髪の毛も素顔のままの顔も、どこかちょっとおかしかった。
深い溜息をつきながらベッドに座って、視線が自分の膝へ行ったときに気が付く。
自然に膝をそろえて両足がくっつく様に座っている。
「そうか。こうしないとスカートの中が覗かれるもんな････」
ぼそっと独り言を呟いて、学校に通っていた日々を思い出す。
クラスメートの女たちは普段どんな感じだったっけか。
何気なく椅子から立ち上がるときは、スカートの裾を気にしてこう････
自分の身体を動かしながら、同じ様に動いてみる。
座る時は逆にこうやって空気が入らないように･････
裾を膝裏へ折りたたんで、でもストンとは座らずにふんわりと。
あぁ、なるほど･････
あれこれ考えながら一つ一つ再確認するように普段の生活を再現してみる。
男と女って随分違うんだと言うことを改めてかみ締めていた。
�� 62日目
一度全部抜けた髪の毛が、それなりに見られるように伸びてきた。
まだ年頃の女たちのように長く伸ばすほどの丈は無いのだけど。
でも、坊主頭だった少年が不精に伸ばしてるようなボサボサ頭よりは多少マシ。
女っぽい振る舞いも少しは意識するようにしてるのだけど、やはり中々難しい。
ただ、それをするかしないかはこっち側の問題であって････
「本当に佐藤なのか？いやぁビックリした！」
色々と書類を持ってきた学年主任とクラスの担任は驚いていた。
考えてみれば、男だった頃しか知らない人間に今の姿を見せるのは初めてだ。
「でも仕草は男だな」
担任の言葉に少し動揺した。
男っぽい女路線も考えたけど、でも、それもなんか変だ。
「まぁ、あれだ。男も女も同じ年頃の人間が集まる環境へ行けば自然と染まるだろう」
「そうだね。その通りだ。ついつい勢いで道を踏み外さんように気をつけろよ」
教師は遠慮なくそんな言葉を吐いていく。
不慮の事故に医療上のミスで望まぬまま女になってしまったのだが。
しかし、世の中はいちいち説明を聞いてくれはしないし、そんな事を考える間もない。
「世の中はお前のことを女だと見てる。それに合わせて生きないと世の中色々窮屈になるぞ」
「まぁ、なんと言うか。女優とでも言うか。女の自分を演じてるとでも思って10年過ごそう」
「さすがですね主任。いいと思うよ俺も。演じてるだけだ。10年たったら男に戻ればいい」
見事に演じきって10年後？
ちょっと長いなぁ･････
「まぁとりあえず通学の手続きだけはしておこう。人に見られるのが辛いならそれも仕方が無い」
「だけど、引きこもりになるのも癪だろ？なに。あーだーこーだ言われるのは1週間も無いさ」
と、まるで他人事だ。でもそれも仕方が無いし、むしろ言ってることは正論だ。
近所のコンビニだってまだ出かけられないんだから、いっそショック療法でいきなり学校も良いだろう。
いきなりこの姿で学校行ったら、最初はみんな引くだろうなぁ･････
「週明けからにするか月明けにするかは好きな方を選べば良い。遅れていた分の授業は各教師に補習を行ってもらう」
「うちのクラスは揃いも揃ってヤバい線が揃ってるからな。その連中と一緒に補習をうけて追いつこう」
「じゃぁあとは担任に任せるから。まぁなんだろうね。逆の発想で普通の人じゃ出来ない体験だから楽しめ」
「そうだそうだ。その通りだ。女子更衣室とか入っても全く文句言われないからな」
学年主任と担任が揃って大笑いする。
いや、あんまり笑い事じゃないんだけど、でも、このテンションの高さは逆に癒される。
「じゃぁ、週明けから･････」
「そうか。分かった。まずは職員室へ顔を出せ。いいな」
「はい」
教師の出した書類にあれこれ筆記して判子を入れて、そして改めて見返してから父親が書類を差し出した。
性別変更手続きなんて書類があるのを始めて知った。
近年あちこちで話題になっている性同一性障害による性別変更の手続きだそうだ。
理由欄に書き込まれた医療ミスの文字がやけに目に付く。
もうこれで10年付き合わなければいけないのだと、そう改めて気が付いて。
なんとも複雑な気持ちで書類を長めていた。
その夜。
意を決して近所のコンビニに行くことにした。
あまり人通りの無い住宅街の中の道を歩いて、往復で約500m
割と灯りは点いてる道だから襲われる心配は無いと思う。
母親が買い揃えてくれた女物の服を着て、玄関から一歩踏み出す。
女装じゃなくて、女が女物の服を着ているだけ。
だから誰が見てもおかしな部分は無いはず。
だけど、どこかやたらに興奮してる自分に気が付いた。
なんと言うか。変装している背徳感のような物を感じていた。
パーカーのフードをかぶって上着の前のボタンを全部留めて。
中身がなんだか見えないようにして歩く。
見知らぬ人とすれ違ったけど、まったくこっちを気にしてる風ではなかった。
信号に立っていると、車を運転してる人がチラッと見て、それ以上のアクションがなかった。
自転車のベルを鳴らして通り過ぎるおばさん。コンビニ前でタバコに火をつけているおじさん。
まったくこっちを気にしてない。
コンビニの扉を押し開けて中へ入る。
『いらっしゃいませ』
相変わらずやる気の無いバイトの声。
こっちをチラリとも見ないで、ただ声だけ出している。
適当に飲み物とかファッション誌などを買って、女っぽい部分をアピールしてるつもりなんだけど････
だれも自分に気を向けてくれない状況に改めて気が付いた。
男の時には全く気にしてなかった部分なんだけど。
お金を払って店を出るとき、バイトの男の子と一瞬目が合った。
ただ、すぐに視線を逸らして自分の仕事へ戻っていった。
だけど、こっちはそれどころじゃなかった。
初めて出会ってしまった。
クラスメートに。
割れんばかりに心臓が早鐘を打って、今にも張り裂けそうだった。
早足に家へと帰って、自分の部屋へ飛び込んだ。
体の震えがまた止まらなくなった。
どうしよう････
どうしよう････
どうしよう････
見られた！
なにか悪い事でもしているかのような、そんな感覚だった。
�� 66日目
週が明けた月曜日の朝。
女子制服に身を包んで学校へ向かった。
両親が一緒に学校へ行って、一緒に職員室へ入った。
全教職員に面通しをして今後の対応について説明があった。
女子生徒として通学すること。その為の便宜を図ること。
そして、年頃の子供達ゆえに起きる様々な軋轢について。
見て見ぬふりは絶対にするな！と、教頭から強く指示が出された。
職員室の対応は実にあっけなかった。
正直、もっと色々弄られるかと思っていたのだが。
だけど、本当の試練は教室に入ってからだった。
教師の制止を一切聞かず、クラスメートが輪になって取り囲んだ。
「お！おい！本当に佐藤か？」「嘘だろ？マジで？」「言われてみると顔は一緒だな。女顔だけど」
「この前俺のバイト先に来たの佐藤だったのか」「あぁ、アレか。スゲー美人が夜来たって奴」
男子生徒側の反応は予想通りだった。でも、問題は女子側のほうだった。
クラスの中でもキモキャラ路線だったから。と言うか、そういう扱いされてきたから････
････そうなんだ。要するに嫌われ者だった訳で。
「うそ！」「うわぁ〜 髪サラサラ！」「つか、おっぱいデカ！」
「寸法測った？かなり大きいでしょ」「ねぇ！手！手！手！凄い手がキレイ！」
「って言うか男のときより足長いでしょ」「しかも細いしラインキレイだし」
「この寒いのに生足で来るとか見せ付けないでよねぇ」
口々に遠慮の無い言葉が浴びせかけられる。
その言葉の裏側にある無言の侮蔑。
佐藤のくせに････
痛いほどそれが伝わってきている。
「ご････ ごめん････ なさぃ････」
いつも教室の片隅で小さくなっていて、図書室で本を読んでるのが好きだったのに。
人と話をするのが苦手で、相手の目を見て話を出来ない自分。
それが今、驚くほどの数のクラスメートに囲まれて、問い詰められるようにしている。
「な！なぁ！佐藤！おっぱい揉んで良い？」
「いいだろ？なぁ？減るもんじゃないし」
「つか、中身は男なんだろ？いいじゃんか」
「男子サイテー！どっか行け！」
「そうだ！あっち行け！」
「もう佐藤はこっち側！」
制服の袖を引っ張られて女子サイドへ連れ込まれて、そこから質問攻勢にあった。
教師がどんなに声を張り上げても聞く耳持たずだった。
そのまま碌に授業にならない一日を過ごして放課後。
この時点でクラスの女子サイドにも派閥があるのに気がついた。
男子サイドとは違う薄暗さと言うか冷たい壁の存在。
男子生徒の頃からそうだった様に、キモキャラの自分をまぁ許容してくれるグループと。
そして生理的に受け付けられない徹底的に嫌われるグループに分かれていた。
ただ、それ自体は男子生徒側にもあった事実であるからして、それほど問題にしなくても良い様に思えた。
それよりもさし当たって切実な問題になっているのは････
「転校生の歓迎会しよう！」
「そうだ！しようしよう！」
この勝手に盛り上がっている女子側をどうするかだ。
「帰って何か予定あるの？」
「検査があるとか安静にしなさいとか」
「無いでしょ？」「無いよね？」
「有っても無いって言うよね」
女子のテンションの高さに圧倒された。
「って言うか？」
「名前どうしたの？」
「まだ光男のまま？」
うっ うん･････
ちょっとオドオドしながら頷くと、ウワァ〜とでも言うようなどよめきが起きた。
「ちょっとそれダサくない？」
「よねぇ〜」「どうする？」
「ひかりでいいじゃん！ひかりで！」
「決まった！ひかり！遊び行くよ！」
制服姿のままワーッと拉致されるように連れて行かれた繁華街。
財布の中が一気に寂しくなるほどあれこれ買い物をした。
病院から支払われた当面の支度金が潤沢にあるから、まぁ心配は無いのだけど。
「ひーちゃん！あたしアイスクリーム食べたい！」
「あたしも！」
寒空でも平気でアイスを食ってる女子軍団。
いつかこいつらに全部食い尽くされるなと、そう思い始めていた。
�� 72日目
『彼』にとって嵐のような1週間が過ぎた。連日連夜、それこそ24時間ひっきりなしに携帯が鳴った。
女子の生活って面倒くさい。彼はそう痛感していた。
ただ、女性特有の悩みや困った現象と言うのが存在するのも事実であって。
「ひかり、どうしたの？顔色悪いよ？」
「････うん。朝から気持ち悪くて････辛い」
女子グループの一つにすっかり溶け込んだ様になっていたのだけど、でも、それは上辺だけ。
『中身』まで理解してくれるように。言い換えれば、中身『まで』信用してくれるように。
すっかり『コッチ側』なんだと、そう、周りの女子生徒が理解して信用してくれるには程遠い状況････
「もしかして、生理？」
「････たぶん」
「ホントに！？」
「･････まだ2回目だけど」
教室の片隅の、自分の席で小さくなって苦しんでいた所に居た数人の女子生徒が話の出所だった。
女の噂話は光よりも早く拡散する。そしてそれは深く静かに広がって拡散していく。
あっと言う間にクラス中の女たちの共通認識として定着して、同時に、やっと『仲間入り』と言う実感が湧く。
「つらい？」「つらいよね」「この飴なめてると少し楽だよ」
「ありがとう。でも、軽くするより慣れた方が良いって言われてて」
「だよねぇ」「年に何回かあるよね」「死にたい位の時」「あるある」
「ごめん。今更だけど酷く不機嫌な時の理由がよくわかった。確かにこれは辛いね」
「でしょ？」「男にゃわかんないのよ」「もう誰とも口も利きたくない時とか」「あるね」
「ほんとごめん。そう言うの全然理解してなかった。････って言うか、うﾞんんんんんんんｎ･･････」
「大丈夫？」「顔色真っ青だよ」「慣れてないからね」「なかなか慣れないけどね」
なんとか午前中の授業を乗り切ったものの、まったくと言って良いほどお昼ご飯が喉を通らなかった。
グレープフルーツのジュースをなんとか飲んで、サンドイッチの中身の野菜を多少つまんで。
もうそれ以上は無理でカバンにしまって、そしてフラリと席を立って風に当たれるところへ。
寒空の冷えた空気に当たると多少よくなるかと思ったのだけど、微妙に逆効果気味だった。
消去法的に選んだ選択肢は････保健室。
運動部の盛んな高校の保健室は昼休みや放課後になると野戦病院並になる事がある。
その関係で、常に人が居てけが人やら何やらの初期治療にあたる保健室は大きく広く、そして賑やかだ。
それとは別に病気等で具合の悪い生徒向けの小さな保健補助室も用意されていて、通称第二保健室と呼ばれている。
こっちはいつも静かで人の出入りも無く、やや薄暗い事もあって寝不足の生徒が昼寝に使う位なのだが････
「あれ？ひかりは？」
「もう無理って言って、たぶん保健室」
佐藤の存在が無いのに気が付いたクラスメート。
だけど、割と仲のいいグループじゃない方から予想外の反応が出る。
「えﾞ？どっち行った？」
「多分第２じゃない？あっちは静かだし」
どちらかと言えばクラスの女子生徒の中でも、割と斜に構えた方のグループが顔を見合わせている。
ヒソヒソと真剣に話をしてるのだけど････
「････あﾞ！今日はなべちゃん来てないんだ！」「そう！だから！」
「だめ！だめ！だめ！この時間行っちゃだめ！佐藤が危ない！」
何人かが教室を飛び出していった。
「嶋田と佐野と前田を誰か呼んで来て！第二へ！ 先生抜きで！」
意味が分からずも、誰かがクラスでも大柄な3人の男子生徒を呼びに行って第二へと走っていった。
尋常じゃない空気で駆けつけた男子生徒も一緒になって保健室へ飛び込んだ、その先。
「佐藤････君････大丈夫だった？」
「大丈夫だったみたいだけど。今は完全にダウンしてる」
「････でコッチは？」
床に転がって脂汗を浮かべて丸まっている隣のクラスの男子生徒。
自分の股間を押さえて真っ青になっているのだが････
「ひかり････やるじゃん」
「うん。どうも一番良い角度だったらしい」
「よくわかってる筈よねぇ」
「うん。間違いなく」
カーテン一枚で仕切られたベッドの上。
ついさっきまで生理で苦しんでいたはずの佐藤が寝込んでいた。
「ひかり 大丈夫？」
静かに腰を下ろしたベッドが極僅かに振動している。
いや、それは振動ではなく、震えなのだと同時に気が付く。
「････怖かった」
両目一杯に涙をためてベッドの上で震えている。
「クラスのなべちゃん。あそこの彼と出来てんだけど、放課後は会えないからここでね」
「････そうなんだ」
「彼も悪気は無かったと思うんだけど」
「････リア充なんか死ねば良いのに くそ！」
「女の子はそういう言葉使っちゃ駄目ですよぉ〜 男の子に嫌われますよぉ〜」
わざと明るく振舞って空気を換えようとしているクラスメートの優しさに気が付いたものの････
強姦一歩前だった恐怖は並大抵で払拭できるものではなく。
またそれは、大勢の男に囲まれて袋叩きにされるイジメとは違う意味での精神的な苦痛だった。
「こうやって見ると佐藤って可愛いよな」
「可愛いって言うか美人系だと思う」
「実は俺、どストライクだわ」
遠めに見ていたクラスメートの男子3人がボソボソと喋るのを、蹲ったままの男子生徒が聞いていた。
�亜�76日目
「今日は顔色少しよくなったね」
「うん。だいぶ楽になった。昨日はやばかったけど」
「でも2日目が一番辛いよねぇ」
油断しまくりの女子トークを普通にしながらの登校時間。
生足を見せ付けていたのは初日だけで、二日目からは黒のタイツを履いていた。
これはちょっと････と思っていたのだけど、周りの女子を見れば大体これを履いている。
むしろ生足の方が目立つのに気が付いて、なるべく周囲とあわせる努力をしている日々。
「あ〜 ひかり良いなぁ もう終わりだもん 私はこれから下り坂でブルー」
「そうか。周期があるんだから････ そうなるんだね」
「2週間経ったら立場入れ替わるからね」
女三人寄ればかしましいと言うそうだけど･････
女子トークってとどまる事を知らないのだと学んだ筈なのだが。
最近はこれが楽しいと感じている自分に気がつき始めている。
要するに、誰とも話が盛り上がらないタイプだった人間が、急に人の輪に入った時の高揚感なのだろうけど。
でも、決してそれだけじゃない部分を感じ取っていた。
「ひーちゃんおはよー！」
「あ、おはよう！」
「パッと見じゃもう普通の女子高生だね」
「そうかなぁ」
「そうだよ！」「時々人格が男子に戻るよね」
「え？あ、いや。今もそのつもりなんだけど････」
「普通の男の子は生理ないから」「そうそう。無いから」
「でも男は男で困った事があって」
「え？なになに？」「あれでしょ？夢精で勝手に出ちゃうっての」
「････うん」
気の置けない友達との会話。
それを遠くから見ている数人の男子生徒たち。
「あいつを原田のグループに入れられないかな」
「難しいな。原田も佐藤を相当嫌ってたからな」
「佐藤相手なら相当出しそうな奴がいそうだけどな」
「つか、俺がしたいわ。マジで。普通に姦りてぇもん」
「だよなぁ」
悪意の混じった男の視線が三つ。『彼』の足元から頭のてっぺんまで舐めるように見ている。
不意に背筋をゾクッと悪寒が駆け抜ける。一瞬ブルッと震えて辺りを見回すのだけど。
「ひーちゃんどしたの？」
「え？あ、いや････ 誰かに見られてる気がして」
「良いよねぇ〜 それ。 美人の特権！」
「え？」
「自覚無いだろうけど ひかりは美人系だよ？」
「そうかなぁ････」
「それよりそれより！」「そうそう」「やっぱり出る時って気持ち良いもの？」
「････大体 そっ そうだと思う････よ」
女って案外大胆だな････
胸のうちでそう呟いて、彼は友人の妄想に耽る様を眺めていた。
その日の午後。
やっぱり思うように身体が動かない辛さを抱えて、彼は第二保健室へとやって来た。
午後の授業は体育だったのだけど、生理が重いからパスと言う女子の特権で授業を抜け出した。
誰もいない静まり返った第二保健室。無人の室内をあちこち観察して、改めて気が付く事実。
左右に３床ずつ６床用意されているベッドのうち、右列は横幅の大きなものだ。
男女二人が乗っかって事に及んでも問題無さそうな丈夫さを感じさせる作り。
何気なく手を突っ込んだ枕の下には･････未開封のコンドームが一つ。
うわぁぁぁぁ･････
顔を真っ赤にしてあわてて元の場所に隠してカーテンで仕切られた所を出て。
反対側の細いベッドの方へ入って横になる支度を始めた時だった。
― 今日は貸切だぜ きっと
― どうかな？
― まだ授業中だし誰もいねーよ
― そうだね
― おもっきりやろうぜ
ガチャ････
油断していた所へ誰かが入って来るのが分かって。
彼はあわてて一番奥のカーテン仕切りのベッドコーナーへ逃げ込んだ。
グッと息を殺して気配も殺して。空気になるように意識を集中させていた。
― 早く脱げよ！
― 急がないの！
― ほれ 今日の分
― まいどあり♪ じゃぁ ほら
― おぉ〜 ご開帳〜♪
― あぁぁん！ もう！ いきなりそれっ！ あぁぁ！
え？と思うより早く。聞き覚えのある女の声と聞き覚えの無い男の声が部屋の中に漂い始めた。
ペチャリ・クチュクチュ・グチュッ！グチョッ！ 淫猥な水音が部屋に漏れる。
― はぁはぁ････
― やっぱお前の中は最高だわ
― ねぇ それかして 付けてあげる♪
― 口で？
― ばか････
― お！おぉ！おぉぉぉ！！！
カーテン越しに見える陰が動いて上に行ったり下に行ったりしながら重なっている。
― なぁ バックで良い？
― うん････ 入れて
グッとこらえて嬌声を漏らさぬようにして。
およそ15分足らずの男女の逢引セックス。
― あﾞぁ！ 行く！出る！
― はぁぁぁぁ･････ あぁぁぁぁあ！
一瞬の静寂。荒い息遣いだけが聞こえてくる。そして、チュッチュと聞こえる唇の音。
― あ〜 沢山出たね♪
― すっきりしたよ
― キレイにしてあげる
再びピチャクチャと音がして、それと同時に生臭いあの臭い。
― 片付けていくから先に帰ってて
― あぁ分かったありがとう
服を着る衣擦れの音。最後にもう一度、チュッと音がして。
そして部屋を誰かが出て行った。
部屋の隅の水道から水を出す音が聞こえ、一つ息をついて何かを洗う音。
あちこちきれいに片付けたようで、最後に部屋の隅の窓を開けに向かったとき。
彼の存在に女子生徒が気が付いたようだ。
ただ、双方とも相手が誰だか分かっていない･････
「うるさくしてごめんね♪」
窓を開ける音がしたあと、女子生徒の足音が第二を出て行く。
暗黙の了解で存在するここの使い方の一つを、彼は初めて垣間見たのだった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊
今日はここまで。
そろそろ前編終わります。
医療ミス系のお話です。まず、前編。
つまらないと思ったらスルーでよろしくです。
パシュッ！
気圧差によるものだろうか。
透明なキャノピーが開く時に、そんな音が響いた。
ゆっくりと目を開いた少年がカプセルから出てくる。
一糸纏わぬ姿だった。
「気分はどうかね？」
「えぇ････ 普通です」
ナースの用意した病院着に袖を通して椅子に腰を下ろした少年。
白衣姿の男性が小さなカップに入った飲み物を手渡しながらカルテを見ている。
「発見が早くてよかったね。あと30分遅かったら絶命していたよ」
「そうですか」
「現代の最先端医療技術に感謝したまえ。佐藤君」
「はい」
約2ヶ月前。
佐藤と呼ばれた少年は大型トラックに弾き飛ばされ、車道に転がったところを後続のトラックに踏み潰されていた。
胸骨の圧壊による心肺を含めた重要臓器が一瞬で機能停止し、普通では死を待つだけだった。
ところが。
死人も生き返ると言われる労災病院に担ぎ込まれた彼は、この時代の最先端医療を受けることになった。
iPS細胞から作り出される再生臓器を使った、肉体そのものの再生処理。
従来の切り落とすか移植だけだった医療を根本から変えてしまった『作り直す』と言う技術。
「とりあえずあと1週間は入院してもらう。新しい身体が社会に適応するかどうか検査せねば」
「はい」
カプセルの中で直接脳波レベルの意思疎通を行ってきた関係で、事情説明などは一切無い。
少年は促されるままに用意された病室へ消えていった。
「････さて。これから忙しくなるな」
深い溜息を一つついて。
白衣の医者はその背中を見送っていた。
� �3日目
カプセルから出て三日目の朝。
少年は表現し難い全身倦怠感を覚えていた。
とにかくだるいのだ。
昨日までは廊下を走れるほど元気だったのに。
いや、実はそれも多少オーバーな表現で。
身体全体がなんとなく重く感じていた。
「う〜ん なんでだろうね？ ちょっと検査してみよう」
早速採血が行われまずは血液検査が行われた。
約2時間後。
「結論から言うと、どこも問題ない。すべての数値が正常な範囲に収まっている」
用意された朝食に手をつける事すらなく、少年はベットの上で虚ろな目をしていた。
「何らかの感染症とかウィルスを心配したんだけど、それも無い。で、これはひとつの可能性だけど」
いったん言葉を切ってもう一度カルテに目を落とした医者が少年の目を見て言った。
「カプセルから外界に出た時、何らかの日和見感染をして、それに対応するように白血球が暴走しているのかもしれない」
虚ろな眼差しの少年がわずかに頷いた。
それ以上動きたくない程の倦怠感。
「とりあえず点滴で様子を見よう」
テキパキと支度するナースによって少年はブドウ糖を打ち始めた。
それと同時に、胸部へ心電図用のセンサーが貼り付けられる。
程なくして少年は意識を手放すように眠りに落ちた。
何もかもがスローモーションに流れていくような錯覚を覚えていたのだけど、それを言葉にするのですら少年には難しかった。
�◆�7日目
一般病室に居たはずの少年は、意識が戻らない間に集中治療室へと移されていた。
5日目の夕方。検温に来たナースの呼びかけに反応したのを最後に、少年は昏睡状態に陥っていた。
「とにかく心臓を止めないように。ボスミンを用意しておいて。あ、あとそれから････」
集まったナースを前に医師が事細かに指示を出している。
わずか数日の間に少年は見る見るやせ細っていた。
カプセルから出たばかりの頃の、健康的な肌色はすっかり消え果て、白く透明な人形のような色に変わっていた。
そして、尿道カテーテルから零れ落ちる小水は連日20リットル近くに達し、大量の輸液を送り込んで水分補給し続けていた。
「おそらく数日中にいったん意識が戻るはずだから」
医者はそう言いつつも不安げに少年を見ていた。
心なしか顔立ちまでもが変わるほどの痩せ方を見せていた。
不安げな母親と息を呑んでいる父親。
僅か半月足らずの間におきた様々な事象を上手く整理できないで居る。
息子が死ぬかもしれない。
その恐怖と戦っているのだろうけど、その一方でどこか医者が余所余所しい態度である事に気が付きつつあった。
�� 11日目
約2週間ぶりに目を覚ました少年が見たものは、白くやせ衰えた自分の両手だった。
相変わらずの全身倦怠感。そして、それに上乗せするような筋肉痛。
全身のありとあらゆる筋肉が悲鳴を上げていた。
言葉を出すのも息をするのも辛かった。
文字通りの地獄のような苦しみに襲われていた。
「正体不明のウィルスに感染しているようだ。今、全力を挙げて正体を突き止めている。なんせ我々も初めてのケースなんで」
額に浮かべた汗を拭きながら医者が少年に説明していた。
ただ、実際原因なんかはどうでもよくて、このシンドイ状況を何とかして欲しいだけだった。
「苦しいです」
搾り出す言葉がすべてだった。内臓系までもが痛みを訴えていた。背骨までもが痛かった。
すべての思考に靄の様なヴェールが掛かり、上手く物事を考えられないほどだった。
眼球と舌が痛いと言うのは表現できない苦しみだった。
そして、何より困っていたのは、上手く息を吸えない事だった。
呼吸が苦しい事による酸欠状態なのだ。腕を上げるとか顔の向きを変えることすら苦しかった。
ナース数人がかりで身体を持ち上げ、ベッドシーツを交換したのだけど、そこにはべったりと脂が残っていた。
毛穴から流れ出る脂汗が人形に残っているのだった。鼻を付く異臭にナースですら顔をしかめた。
母親が頭に触れると、指で梳いた部分の髪が何の抵抗も無くごっそりと抜け落ちた。
驚いてナースが櫛を入れると、入れたところから残らず髪が抜け、気が付けば坊主になっていた。
そして、抜けたのは頭髪だけではなく、体毛や眉毛や睫や陰毛までもが綺麗サッパリ無くなった。
体毛を除去する最中、偶然に触れた指先からは全ての爪がまるでかさぶたの様に剥がれ落ちた。
漠然とした不安を感じながら、はぁはぁと苦しそうに少年は呼吸していた。
�ぁ�19日目
11日目に意識を取り戻したものの、少年は再び昏睡状態に陥った。
真っ白になっていた肌は灰色から赤黒く変色し、点滴用に挿していた針を止めていたサージカルテープがたるみ始めていた。
縮んでいる。
皆がそう思っていた。
全身変色している理由が尿毒症らしいと言うことで緊急透析が行われた。
だが、僅か20分で透析用の機械が緊急停止するほどだった。
血液中の様々な物ががありえない数値を示していた。
腎臓が限界に達している。理由は簡単だった。
「先生。もう一度再生カプセルを」
両親の必死な訴えにも医者の反応は鈍かった。
「いいですか？お母さん。再生カプセルは諸刃の剣なんです。失敗したら100%死にます。現状で改善を図るべきです」
医者は相変わらず対処療法だけを繰り返した。
だけど、透析をどれほど行っても血液の状況改善は進まなかった。
多少綺麗になっても、すぐに汚れてしまうのだった。
理由はわかっていた。小水が出ないのだ。膀胱が機能を失っていた。
尿道カテーテルを引き抜かれペロンと垂れ下がった少年のペニスが、やけにブヨブヨとし始めていた。
睾丸も夏みかんほどに腫上がっていた。
尋常ではない異変が少年の身体を蝕んでいた。
�ァ�26日目
最初の異変に気が付いたのは、早朝にやって来た病室の清掃員だった。
ベットの下に鼻を突くような血溜りが出来ていた。
急いで駆け抜けた医者が少年にかぶせられていた毛布を取ると、大量に下血している状態だった。
すぐに面会謝絶となり、ナースたちが着ている物を全部取り払った。
その時、ナースが短く『え？』と呟いた。
少年の身体の下にあったシーツを取り除いたとき、その上に血まみれになった塊りがあった。
感染症対策の装備を整えた処置班が調べたら、それは少年の生殖器の成れの果てである事がわかった。
大量下血の原因はそれだった。
そして、それが抜け落ちたところには大きな穴が開いていた。
程なくして下血は治まり、それと同時にポタポタと小水がこぼれ始めた。
どこからだ？とナースたちが探し当てた先は･････
まるで女性器のような形になり始めていた尿管部分だった。
「急いで女性用の尿道カテーテル入れて！はやく！」
医者が指示を出すと考える前にナースは動く。
よく訓練された軍隊のようにテキパキと処置が進んだ。
その日の夜には下血が完全に止まり、大きく開いていた穴が小さくなり始めていた。
誰が見てもその形は女性の生殖器だった。
「う〜ん････ やっぱり無理だったか」
頭をぼりぼりと掻きながら、担当医がブツブツ言っている。
「あの････」
「分かってる分かってる。皆まで言うなって。全部終わったら俺が話するから」
呆然と眺めているナースたち。
細かい文字でびっしりと書かれたカルテを見ながら。
医者は溜息をついていた。
「気が付くのが遅かったんだよ･････ ロードした遺伝子データが改ざんされてたってのをさ･････」
全身の皮膚がたるみ始めている少年だが、明らかに胸部は女性乳房化しつつあった。
�Α�33日目
アレほど苦しんでいた日々が嘘のようだった。
暴風雨荒れた台風一過の朝のようだった。
痛みも倦怠感も不快感も無い朝。
明瞭な意識を取り戻した朝。
世の中の全てがはっきりと見える朝。
ただ、その全てが昨日までのと違う朝。
自分が覚えている、はっきりと思い出せる日々は遠い昔のようだった。
「どういうことですか？」
事情を飲み込めないのは仕方が無い。
ただ、あまりの混乱ぶりに頭がおかしくなりそうだった。
「何から説明すればいいのか、実は私にもよくわからないんだけど」
担当医は言葉を選んで話し始めた。
身体再生カプセルの中で始まった肉体の再構築を行うオペレーション。
だが、その最中に悲劇は起きた。
外部からのハッキングで病院のマザーサーバーが影響を受けたらしい。
患者の細胞再生に使われるデータ領域に、何らかの全く異なるデータが書き込まれた。
異常を発見したカプセルの作業監視コンピューターはデーターの再構築を図ったのだが。
性別をつかさどる重要な部分のデータが間違った再構築を受けてしまったらしい。
パリティチェックなどの行われない一発勝負の再生処理。
少年の肉体を構成する大部分の再生された細胞には、オリジナルとは異なる遺伝子が書き込まれた。
「僕は････どうなってしまうんですか？」
声だけ聞けば少女のそれだった。
「オリジナルの遺伝子が残っている部分からオリジナルデータを取り出して、再度再生処理しかない。ただ」
「ただ？」
「再生処理は最低でも10年空けねばならない。癌細胞化してしまうケースがあるからね」
絶望的な言葉に少年は身を硬くしていた。
どう対処していいのか分からない現実に押しつぶされそうだった。
�А�37日目
目を覚まして4日目。
事情が事情だけに、病院側の配慮で一般病棟の個室へ移された少年。
尿道カテーテルや左腕に入っていた点滴針が取り除かれ、ベッドに縛り付けられるものは無くなった。
「立って良いですか？」
「筋量が今までとぜんぜん違いますから気をつけてください」
ナースに支えられて約1ヶ月ぶりに床へと足を下ろした。
意識するなんてした事も無いほど当たり前の行動だったベッドから立つと言うことが酷く難しい。
フラフラとしながらも立ち上がった少年は、まず鏡の前に立った。
カプセルから最初に出た時に着ていた緑の男性向け病院着ではなかった。
ほんのりピンク色の女性向け病院着を着た五分刈り程の毛髪の少女が立っていた。
華奢な肩がパジャマの中で角を立てていた。
立派な喉仏も逞しい二の腕もなくなっていた。
決して美人じゃないけど、可愛いと呼ばれそうな可憐な姿だった。
「これが････ 」
自分の姿に見とれるなんて。
どこか恥ずかしくなってプイッと支線をそむけて。
再びフラフラとしながらベッドへ戻った。
「今日の午後から社会復帰プログラムを始めましょう」
「はい」
「まずはリハビリからです」
「リハビリ？」
案内されたリハビリ室でまず始めたのはエアロバイク。
身体のあちこちが異常に硬くなっていて、ストレッチをしながらだった。
いつの間にか膨らんでいた乳房が案外重いと気が付いた。
股間に何も付いてないと、ストレッチするのも随分と違う感覚だった。
ただ、一番思ったのは、社会復帰も案外大変だと言うことだった。
�─�45日目
全部抜け落ちた毛髪が再生してきて、短く刈り込んだボーイッシュな女の子になっていた。
重力に引っ張られて垂れるおっぱいの重さにも慣れていた。
ただ、なんとなくブラジャーには抵抗があった。
女の子扱いされるのが非常に鬱陶しかった。
ただ、見た目が女である以上、自分を知らない人々は女性扱いする。
社会の常識としての「女性に対する配慮」を誰もがしている。
事情を知っているはずのナースやリハビリインストラクターも同じ様にする。
世の中がそうである以上、それに合わせて生きなければ色々と窮屈な日々。
無性にイライラする事が多く、つまらない事で声を荒げそうになった。
ただ、やんわりと窘められる事でギリギリの一線を踏みとどまっている。
「俺は男だ！」
何かにつけて口から出てくるそんな言葉も、周囲は段々と冗談にしか受け止めなくなっていた。
本人の内面的な部分で混乱が続いているのだけれども、外見的にはどんどん女性化して行っていた。
そしてこの日。
それは決定的に成った。
ここ数日。イライラと共に、どうにも収まらない下腹部の不快感を感じていた。
お腹の中で何かが動いている。そんな感じだった。
上手く表現できない『重さ』とでも言うようなもの。
そろそろ退院と言う話を聞いていただけに、不安感だけが湧き上がってくるのだが。
「あぁ、問題ないですよ。すぐに収まるはずです」
担当医は手短にそう言ってどこかへ行ってしまった。
ベットに腰掛けて携帯をいじっている時、その重さがフッと抜けた。
あれ？と思って立ち上がったときだった。
ギリッ！
言いようの知れない痛みが腹腔内を走った。
グッと息を呑んで痛みに耐えた。
パジャマの裾を無意識に両手で握り締めていた。
僅か10秒足らずの短い時間が、まるで一晩中続くような錯覚だった。
そして、痛みがゆっくりと引いていったあと、両足の内側に生暖かい感触があった。
あまりの痛みに漏らした。瞬間的にそう思った。
恥ずかしさに顔を赤くしながらゆっくりズボンを下ろしたとき。
視界に飛び込んできた真っ赤なものの存在で一瞬パニックになった。
あわててナースコールボタンを押したら、ナースが小さな包みを持って現れた。
「ごめんなさい！多分今日辺りって先生に言われてたんですけど、うっかりしてた」
紙袋の中から出てきたのは生理用のナプキン････
「佐藤”さん”おめでとう！初潮ですよ」
―― 俺は男だ！
心の中で何度もその言葉をリフレインしながら。
半分位は放心状態で生理用品の使い方についてレクチャーを受けた。
�� 51日目
何種類か渡された生理用品を組み合わせて使うことにも慣れたころだった。
朝起きてサニタリーショーツの中身を確認したら月経が終わったようだった。
念のためナースを呼んで確認したら、何も言わずに笑って頷いた。
あれだけ不快だった下腹部の感触も、慢性的感じていたイライラ感も。
それだけでなく、今更に気が付いた両方のおっぱいの張ったような感覚もなくなっていた。
「生理明けって気持ちいいですよ。さっぱりした感じがする」
この日から不思議と食欲が湧いて、なんでもモリモリと食べられるようになった。
リバウンドで食べ過ぎて太りますよ！などとナースに言われるようになった。
「今は凄くスタイル良いんですからね。自覚ないでしょうけど。羨ましいくらいですよ」
その言葉にちょっと憮然としたものの。
褒められたんだから『ありがとう』と言うのは礼儀として割り切った。
相変わらず徐々に膨らんでいるおっぱいの大きさに、自分でも驚き始めていた。
両手で抱えて持ち上げられるほどになりつつあった。
そろそろ、肩が凝ると言うのを実感し始めていた。
「佐藤”さん” そろそろ退院について相談しましょう」
担当医がそう告げてカウンセリングルームへと促された。
ナースに続き担当医からも”さん”付けで呼ばれたことに気が付いた。
「先生。”さん”はやめてもらえませんか」
「････そうですか。わかりました。でも、その方が自然だと思いますが････」
「僕は男です。自分はそう思ってます」
「････････そうですね」
カウンセリングルームの中で担当医や病院の弁護士からアレコレと提示を受けた。
正直、中身がよくわからなかったのだけど、両親や事故の際の保険屋も交えた相談で当面が決まった。
少なくとも10年は女性として生きる必要性があるのだと言うが、それがどうしても理解できなかった。
普通に男でいいじゃないかと思っていたのだけど、世の中的にはそれでは困るようだった。
身体は女になってるのだから、強姦されたりしたらどうするんですか？と言われて気が付いた。
事情を知らなければ･････
いや、事情を知っていれば･････
男として生きていくことの難しさを感じ始めていた。
だけど、そんな想像など現実の前では甚だ甘いのだと、嫌と言うほど気が付かされるまで、そう時間は掛からなかった。
�� 52日目
朝9時
約2ヶ月を過ごした病室へ病院の事務方がやって来た。
退院の手続きをしているのでサインをしろと言う。
言われるがままに書類へ名前を書いて渡したら、11時までに退室して欲しいと言われた。
事務方は入院している理由などわかってないのに気が付いた。
そして、そこで気が付いた。
何を着て帰れば良いのだろう？
カーディガンやスリッパはあれど、外出着は一切無かった。
10時までもう少しと言う段になって両親が迎えに来た。
両手一杯の荷物を持ってきた母親。
袋を開ければ女物の服が幾つも入っていた。
どれも驚くほど小さくて、自分の身体が入るのか不安だった。
ただ、それを着てみてぴったりと収まったとき、今までの自分と違うと言うことを、嫌と言うほど実感するのだった。
部屋の中で着替えて、少しその辺を歩きましょうと、廊下を一往復。
Ｔシャツの中で乳首がやたらに痛かった。
顔を真っ赤にして母親にそれを訴えたら、ブラジャーしなさい！と再び上半身裸に剥かれてしまった。
さらしでも巻いておくかと思っていたのだけど、そんな事が言える様な状況ではなかった。
薄いピンク色の可愛いデザインのブラジャー。
初めてそれを付けてみて、女って大変だと気が付かされた。
「お世話になりました」
母親がナースセンターに挨拶に行ってる間。
自分はベッドの周りを片付けていた。
なんだかんだで私物は増えてしまう。
一つ一つ片付けている時、後ろから父親が声をかけてきた。
「心はまだ男だろうけど周りに注意を払え。端から見たら女なんだ。だらしない事はするな。はしたない事もするな」
振り返って不思議そうに父親を見る。
「自分が泣きを見ることになるんだぞ。自分が女をどう見ていたか思い出せ。解るだろ」
父親の言葉でやっと気が付いたことがあった。
そうだ。その通りだ。無意識に胸や尻に目をやっていた自分を思い出した。
後ろから抱き付いて胸を触るなんて、怒られさえしなければやってみたいと思っていた。
････今はされる側なんだ！
初めて病室のあるフロアから降りて一般外来も居るフロアへと出た時。
フロア中の視線が一斉に自分へ襲い掛かってくる錯覚にとらわれた。
まだそれほど伸びきっていない髪が余計に目立つのだろう。
ある意味、好奇の目で見られているのだけど、そんな所まで気が回らなかった。
逃げ込むように父親の車へ乗り込んで、ガタガタと震えだした。
どうしようもなく、怖かった。
理由もなく、ただただ、怖かった。
�� 55日目
退院して3日目。
母親のおもちゃにされる日々にも少し慣れた。
死ぬ間際まで行った反動からだろうか。
それとも単なる性格的なものだろうか。
服選びから始まって女らしい立ち振る舞いだのメイクのやり方だの。
泣きじゃくってくれた母親への感謝を含めて付き合ってきたのだけど。
「俺の頭の中はまだ男なんだ。気持ちは男なんだよ」
そう呟いた言葉に相当ショックを受けたらしい。
でも一番ショックを受けてるのは俺なんだと。
そう理解してくれたようで、開放されて自分の部屋に戻ってきた。
「ふぅ･････」
一息ついてベッドに腰を下ろす。
ふと視線を下に向けると立派な膨らみが二つ。
この数日の間にも、また少し膨らんだような気がする。
常時締め付けられると言うかなんと言うか。
慣れてない違和感を常に覚えると言うストレスにかなりイライラしていた。
イライラしつつも慣れるしかないと言う状況ですらイライラの原因だ。
身体のラインが浮き出るほどにぴったりの服を脱いでブラジャーを露にする。
取ってしまいたい。
そんな衝動を感じてホックを解いて。
フッと締め付ける感覚がなくなると同時に、胸の周りに引っ張られる感触がおきる。
どんなに嫌がっても、これが自分の身体の一部なんだと痛感させられる。
ガチャ
唐突にドアが開いて父親が入ってきた。
何も考えずに目を合わせたら、父親の方が先に目をそらした。
窓の外を眺めるようにして、そして目をつぶる。
「カーテンぐらい閉めてからやれ。覗かれるぞ」
アッ！
短く驚いて手近なものを上から羽織って。
そしてあわてて背中で窓に近づいてカーテンを閉めた。
「すまなかった。今度は先にノックする」
たわわに実ったおっぱいをブランブランとさせているのは･････
男にすれば福眼だよな。ニヤニヤするよな。確かに。
その事実に気が付いて、あわてて胸を隠すようにしたのだが。
「母さんな。本当は女の子が欲しかったんだよ。だけど一人っ子のお前は男だった」
「今も男のつもりだけど」
「俺から見てもお前はもう女だ。誰が見たって女だ。好むと好まざるとに関わらず････な」
「････んな事言ったって」
頭の中で言葉に成らない複雑な感情が渦を巻いて。
物事を上手く整理できないまま無言の時が流れた。
「今のまま、中途半端にしていたら男に戻るときに困るかもしれない」
父親の目が真剣なのを感じ取って、何かを言いかけた言葉を飲み込んだ。
「いい加減に毎日を過ごせば周りもいい加減な対応になる。なし崩しに自分を捨てる事になるぞ」
ジッと見つめていた父親が何か言いにくそうな事を言おうとしてるのが分かった。
それが何であるかもすぐに分かった。自分でもなんとなく分かっていた。
ただ、それ以上の言葉が父親の口を突いて出た。
「お前を力尽くで押し倒して体中嘗め回して辱めて、そしてお前は望まぬ妊娠をするかもしれない」
妊娠････
その言葉に背骨が痺れるような衝撃を受けた。
強姦される恐怖や手篭めにされる屈辱ではなく。
「生理が来るようになった女だ。いつだってその危険がある」
言葉も無く頷くしか出来なかった。
その通りだ。
「お前を軽い女だ尻軽なふしだらな女だと見れば、手を出す男は現れるだろう。その時お前はどうする」
詰問の言葉から逃げるようにクルッと背を向けて。
そしてカタカタと小刻みに震えた。
「女がなぜ身なりをキチンとするのか考えろ。男に気を許さないのか考えろ。お前のためだ」
突き刺さるような言葉を背骨で聞いて。
そのまま震え続けている時に部屋のドアが閉まる音を聞いた。
緊張から解き放たれて部屋の中でペタリと座り込んでしまう。
逃げ場の無い衆人環視の恐怖を、ふと思い出した。
�� 60日目
事故にあったあの日から、早くも4ヶ月の月日が過ぎ去った日。
通っていた学校から学年主任と担任の教師が自宅へやってきた。
進路指導と教頭も付いてきた。総勢4名の陣容が少々怖かった。
家の居間に通され、両親が先に話し始めた。
その声を2階で聞きながら、下へ降りるタイミングを計っていたのだけど･････
「じゃぁ今日のところはこれで。後日色々と用意してきますので」
聞き覚えのある声が玄関から聞こえ、そしてドアの閉まる音。
降りるタイミングを逸して、どうしたものかとベッドの上で膝を抱えていた。
車のエンジンを掛ける音が響き、ピッと短いクラクションと共に車が出て行く。
コンコン
「入るわよ」
母親の声と同時にドアが開いた。
「あなたの物を先生わざわざもって来てくれたわよ」
一抱えもある大荷物の包みを解くと、中には女物の学校道具が揃っていた。
一番大きな箱を開けると、中にはブレザーになった女子の制服。
スカートとセットになった制服の下は男の着るＹシャツとは裁断の違うブラウスが入っている。
「ほら、早く着てみなさい」
「でっ でも」
「そろそろ諦めなさい。意地張ってても疲れるだけって奴よ」
「････････そんな事言っても」
母親が取り出した制服を部屋に並べて眺める。
クラスメートの女子達が着ていた物がここにある。
一瞬。情事の最中の部屋の片隅と言う言葉が脳裏に浮かんで、すぐにかき消した。
ベットの上でギシギシと事に及んでいる男女の脇で、出番を待っている衣服。
「なに赤くなってるの？」
「え？」
「どっち側を想像したのよ」
言葉に詰まって母親をじっと見る。
どこかで意図的に無視していたのではなく、全く今まで考慮してなかった事。
母親もまた女なんだと言う事に気付かされて、そして、一気に恥ずかしさが溢れた。
「想像するのは健全な証拠よ！ほら！早く早く」
下着姿になって制服の袖を通して。
胸元にリボンを巻けば、誰が見たって女子高生の出来上がりだ。
妙に胸元がきつい気もするのだけど、そんなものだと割り切った。
でも、ここ何日かですら確実に膨らんでいるおっぱいが早晩きつくなるだろうなぁ･････
自分の胸元を見ながらあれこれ思案していると、母親が唐突に手を伸ばしてきた。
「あなたの胸は大きいわよねぇ これ位あったら自慢になるわね」
「････でも。重い」
「重い位でちょうど良いのよ。女の子を楽しみなさい！」
笑いながらそんな事を言う母親が唐突にスカートの裾をブワッとめくった。
一瞬視界が無くなって、そして太腿までが風に晒される感触を感じる。
「なっ！なにすんだよ！」
あわてて一歩下がって手から逃れたのだけど、母親はゲラゲラと楽しそうに笑っている。
「あははは！ ははは！ あなあた！ あなたそれじゃ！ ワハハハハ！！」
指まで指して笑っている母親に少しだけ腹が立ってきた。
ムッとした表情を浮かべたのに気が付いたのか････
「そういう時ね。女の子はまずスカートの裾を押さえるものよ。仕草にも気をつけなさい」
笑いながら言葉を搾り出した母親は、そのまま笑いながら部屋を出て行った。
部屋の中にポツンと一人残されてふと我に返って鏡の前に立った。
ちょっとボサボサな髪の毛がみっともない感じに見える。
女子生徒の姿だけど、髪の毛も素顔のままの顔も、どこかちょっとおかしかった。
深い溜息をつきながらベッドに座って、視線が自分の膝へ行ったときに気が付く。
自然に膝をそろえて両足がくっつく様に座っている。
「そうか。こうしないとスカートの中が覗かれるもんな････」
ぼそっと独り言を呟いて、学校に通っていた日々を思い出す。
クラスメートの女たちは普段どんな感じだったっけか。
何気なく椅子から立ち上がるときは、スカートの裾を気にしてこう････
自分の身体を動かしながら、同じ様に動いてみる。
座る時は逆にこうやって空気が入らないように･････
裾を膝裏へ折りたたんで、でもストンとは座らずにふんわりと。
あぁ、なるほど･････
あれこれ考えながら一つ一つ再確認するように普段の生活を再現してみる。
男と女って随分違うんだと言うことを改めてかみ締めていた。
�� 62日目
一度全部抜けた髪の毛が、それなりに見られるように伸びてきた。
まだ年頃の女たちのように長く伸ばすほどの丈は無いのだけど。
でも、坊主頭だった少年が不精に伸ばしてるようなボサボサ頭よりは多少マシ。
女っぽい振る舞いも少しは意識するようにしてるのだけど、やはり中々難しい。
ただ、それをするかしないかはこっち側の問題であって････
「本当に佐藤なのか？いやぁビックリした！」
色々と書類を持ってきた学年主任とクラスの担任は驚いていた。
考えてみれば、男だった頃しか知らない人間に今の姿を見せるのは初めてだ。
「でも仕草は男だな」
担任の言葉に少し動揺した。
男っぽい女路線も考えたけど、でも、それもなんか変だ。
「まぁ、あれだ。男も女も同じ年頃の人間が集まる環境へ行けば自然と染まるだろう」
「そうだね。その通りだ。ついつい勢いで道を踏み外さんように気をつけろよ」
教師は遠慮なくそんな言葉を吐いていく。
不慮の事故に医療上のミスで望まぬまま女になってしまったのだが。
しかし、世の中はいちいち説明を聞いてくれはしないし、そんな事を考える間もない。
「世の中はお前のことを女だと見てる。それに合わせて生きないと世の中色々窮屈になるぞ」
「まぁ、なんと言うか。女優とでも言うか。女の自分を演じてるとでも思って10年過ごそう」
「さすがですね主任。いいと思うよ俺も。演じてるだけだ。10年たったら男に戻ればいい」
見事に演じきって10年後？
ちょっと長いなぁ･････
「まぁとりあえず通学の手続きだけはしておこう。人に見られるのが辛いならそれも仕方が無い」
「だけど、引きこもりになるのも癪だろ？なに。あーだーこーだ言われるのは1週間も無いさ」
と、まるで他人事だ。でもそれも仕方が無いし、むしろ言ってることは正論だ。
近所のコンビニだってまだ出かけられないんだから、いっそショック療法でいきなり学校も良いだろう。
いきなりこの姿で学校行ったら、最初はみんな引くだろうなぁ･････
「週明けからにするか月明けにするかは好きな方を選べば良い。遅れていた分の授業は各教師に補習を行ってもらう」
「うちのクラスは揃いも揃ってヤバい線が揃ってるからな。その連中と一緒に補習をうけて追いつこう」
「じゃぁあとは担任に任せるから。まぁなんだろうね。逆の発想で普通の人じゃ出来ない体験だから楽しめ」
「そうだそうだ。その通りだ。女子更衣室とか入っても全く文句言われないからな」
学年主任と担任が揃って大笑いする。
いや、あんまり笑い事じゃないんだけど、でも、このテンションの高さは逆に癒される。
「じゃぁ、週明けから･････」
「そうか。分かった。まずは職員室へ顔を出せ。いいな」
「はい」
教師の出した書類にあれこれ筆記して判子を入れて、そして改めて見返してから父親が書類を差し出した。
性別変更手続きなんて書類があるのを始めて知った。
近年あちこちで話題になっている性同一性障害による性別変更の手続きだそうだ。
理由欄に書き込まれた医療ミスの文字がやけに目に付く。
もうこれで10年付き合わなければいけないのだと、そう改めて気が付いて。
なんとも複雑な気持ちで書類を長めていた。
その夜。
意を決して近所のコンビニに行くことにした。
あまり人通りの無い住宅街の中の道を歩いて、往復で約500m
割と灯りは点いてる道だから襲われる心配は無いと思う。
母親が買い揃えてくれた女物の服を着て、玄関から一歩踏み出す。
女装じゃなくて、女が女物の服を着ているだけ。
だから誰が見てもおかしな部分は無いはず。
だけど、どこかやたらに興奮してる自分に気が付いた。
なんと言うか。変装している背徳感のような物を感じていた。
パーカーのフードをかぶって上着の前のボタンを全部留めて。
中身がなんだか見えないようにして歩く。
見知らぬ人とすれ違ったけど、まったくこっちを気にしてる風ではなかった。
信号に立っていると、車を運転してる人がチラッと見て、それ以上のアクションがなかった。
自転車のベルを鳴らして通り過ぎるおばさん。コンビニ前でタバコに火をつけているおじさん。
まったくこっちを気にしてない。
コンビニの扉を押し開けて中へ入る。
『いらっしゃいませ』
相変わらずやる気の無いバイトの声。
こっちをチラリとも見ないで、ただ声だけ出している。
適当に飲み物とかファッション誌などを買って、女っぽい部分をアピールしてるつもりなんだけど････
だれも自分に気を向けてくれない状況に改めて気が付いた。
男の時には全く気にしてなかった部分なんだけど。
お金を払って店を出るとき、バイトの男の子と一瞬目が合った。
ただ、すぐに視線を逸らして自分の仕事へ戻っていった。
だけど、こっちはそれどころじゃなかった。
初めて出会ってしまった。
クラスメートに。
割れんばかりに心臓が早鐘を打って、今にも張り裂けそうだった。
早足に家へと帰って、自分の部屋へ飛び込んだ。
体の震えがまた止まらなくなった。
どうしよう････
どうしよう････
どうしよう････
見られた！
なにか悪い事でもしているかのような、そんな感覚だった。
�� 66日目
週が明けた月曜日の朝。
女子制服に身を包んで学校へ向かった。
両親が一緒に学校へ行って、一緒に職員室へ入った。
全教職員に面通しをして今後の対応について説明があった。
女子生徒として通学すること。その為の便宜を図ること。
そして、年頃の子供達ゆえに起きる様々な軋轢について。
見て見ぬふりは絶対にするな！と、教頭から強く指示が出された。
職員室の対応は実にあっけなかった。
正直、もっと色々弄られるかと思っていたのだが。
だけど、本当の試練は教室に入ってからだった。
教師の制止を一切聞かず、クラスメートが輪になって取り囲んだ。
「お！おい！本当に佐藤か？」「嘘だろ？マジで？」「言われてみると顔は一緒だな。女顔だけど」
「この前俺のバイト先に来たの佐藤だったのか」「あぁ、アレか。スゲー美人が夜来たって奴」
男子生徒側の反応は予想通りだった。でも、問題は女子側のほうだった。
クラスの中でもキモキャラ路線だったから。と言うか、そういう扱いされてきたから････
････そうなんだ。要するに嫌われ者だった訳で。
「うそ！」「うわぁ〜 髪サラサラ！」「つか、おっぱいデカ！」
「寸法測った？かなり大きいでしょ」「ねぇ！手！手！手！凄い手がキレイ！」
「って言うか男のときより足長いでしょ」「しかも細いしラインキレイだし」
「この寒いのに生足で来るとか見せ付けないでよねぇ」
口々に遠慮の無い言葉が浴びせかけられる。
その言葉の裏側にある無言の侮蔑。
佐藤のくせに････
痛いほどそれが伝わってきている。
「ご････ ごめん････ なさぃ････」
いつも教室の片隅で小さくなっていて、図書室で本を読んでるのが好きだったのに。
人と話をするのが苦手で、相手の目を見て話を出来ない自分。
それが今、驚くほどの数のクラスメートに囲まれて、問い詰められるようにしている。
「な！なぁ！佐藤！おっぱい揉んで良い？」
「いいだろ？なぁ？減るもんじゃないし」
「つか、中身は男なんだろ？いいじゃんか」
「男子サイテー！どっか行け！」
「そうだ！あっち行け！」
「もう佐藤はこっち側！」
制服の袖を引っ張られて女子サイドへ連れ込まれて、そこから質問攻勢にあった。
教師がどんなに声を張り上げても聞く耳持たずだった。
そのまま碌に授業にならない一日を過ごして放課後。
この時点でクラスの女子サイドにも派閥があるのに気がついた。
男子サイドとは違う薄暗さと言うか冷たい壁の存在。
男子生徒の頃からそうだった様に、キモキャラの自分をまぁ許容してくれるグループと。
そして生理的に受け付けられない徹底的に嫌われるグループに分かれていた。
ただ、それ自体は男子生徒側にもあった事実であるからして、それほど問題にしなくても良い様に思えた。
それよりもさし当たって切実な問題になっているのは････
「転校生の歓迎会しよう！」
「そうだ！しようしよう！」
この勝手に盛り上がっている女子側をどうするかだ。
「帰って何か予定あるの？」
「検査があるとか安静にしなさいとか」
「無いでしょ？」「無いよね？」
「有っても無いって言うよね」
女子のテンションの高さに圧倒された。
「って言うか？」
「名前どうしたの？」
「まだ光男のまま？」
うっ うん･････
ちょっとオドオドしながら頷くと、ウワァ〜とでも言うようなどよめきが起きた。
「ちょっとそれダサくない？」
「よねぇ〜」「どうする？」
「ひかりでいいじゃん！ひかりで！」
「決まった！ひかり！遊び行くよ！」
制服姿のままワーッと拉致されるように連れて行かれた繁華街。
財布の中が一気に寂しくなるほどあれこれ買い物をした。
病院から支払われた当面の支度金が潤沢にあるから、まぁ心配は無いのだけど。
「ひーちゃん！あたしアイスクリーム食べたい！」
「あたしも！」
寒空でも平気でアイスを食ってる女子軍団。
いつかこいつらに全部食い尽くされるなと、そう思い始めていた。
�� 72日目
『彼』にとって嵐のような1週間が過ぎた。連日連夜、それこそ24時間ひっきりなしに携帯が鳴った。
女子の生活って面倒くさい。彼はそう痛感していた。
ただ、女性特有の悩みや困った現象と言うのが存在するのも事実であって。
「ひかり、どうしたの？顔色悪いよ？」
「････うん。朝から気持ち悪くて････辛い」
女子グループの一つにすっかり溶け込んだ様になっていたのだけど、でも、それは上辺だけ。
『中身』まで理解してくれるように。言い換えれば、中身『まで』信用してくれるように。
すっかり『コッチ側』なんだと、そう、周りの女子生徒が理解して信用してくれるには程遠い状況････
「もしかして、生理？」
「････たぶん」
「ホントに！？」
「･････まだ2回目だけど」
教室の片隅の、自分の席で小さくなって苦しんでいた所に居た数人の女子生徒が話の出所だった。
女の噂話は光よりも早く拡散する。そしてそれは深く静かに広がって拡散していく。
あっと言う間にクラス中の女たちの共通認識として定着して、同時に、やっと『仲間入り』と言う実感が湧く。
「つらい？」「つらいよね」「この飴なめてると少し楽だよ」
「ありがとう。でも、軽くするより慣れた方が良いって言われてて」
「だよねぇ」「年に何回かあるよね」「死にたい位の時」「あるある」
「ごめん。今更だけど酷く不機嫌な時の理由がよくわかった。確かにこれは辛いね」
「でしょ？」「男にゃわかんないのよ」「もう誰とも口も利きたくない時とか」「あるね」
「ほんとごめん。そう言うの全然理解してなかった。････って言うか、うﾞんんんんんんんｎ･･････」
「大丈夫？」「顔色真っ青だよ」「慣れてないからね」「なかなか慣れないけどね」
なんとか午前中の授業を乗り切ったものの、まったくと言って良いほどお昼ご飯が喉を通らなかった。
グレープフルーツのジュースをなんとか飲んで、サンドイッチの中身の野菜を多少つまんで。
もうそれ以上は無理でカバンにしまって、そしてフラリと席を立って風に当たれるところへ。
寒空の冷えた空気に当たると多少よくなるかと思ったのだけど、微妙に逆効果気味だった。
消去法的に選んだ選択肢は････保健室。
運動部の盛んな高校の保健室は昼休みや放課後になると野戦病院並になる事がある。
その関係で、常に人が居てけが人やら何やらの初期治療にあたる保健室は大きく広く、そして賑やかだ。
それとは別に病気等で具合の悪い生徒向けの小さな保健補助室も用意されていて、通称第二保健室と呼ばれている。
こっちはいつも静かで人の出入りも無く、やや薄暗い事もあって寝不足の生徒が昼寝に使う位なのだが････
「あれ？ひかりは？」
「もう無理って言って、たぶん保健室」
佐藤の存在が無いのに気が付いたクラスメート。
だけど、割と仲のいいグループじゃない方から予想外の反応が出る。
「えﾞ？どっち行った？」
「多分第２じゃない？あっちは静かだし」
どちらかと言えばクラスの女子生徒の中でも、割と斜に構えた方のグループが顔を見合わせている。
ヒソヒソと真剣に話をしてるのだけど････
「････あﾞ！今日はなべちゃん来てないんだ！」「そう！だから！」
「だめ！だめ！だめ！この時間行っちゃだめ！佐藤が危ない！」
何人かが教室を飛び出していった。
「嶋田と佐野と前田を誰か呼んで来て！第二へ！ 先生抜きで！」
意味が分からずも、誰かがクラスでも大柄な3人の男子生徒を呼びに行って第二へと走っていった。
尋常じゃない空気で駆けつけた男子生徒も一緒になって保健室へ飛び込んだ、その先。
「佐藤････君････大丈夫だった？」
「大丈夫だったみたいだけど。今は完全にダウンしてる」
「････でコッチは？」
床に転がって脂汗を浮かべて丸まっている隣のクラスの男子生徒。
自分の股間を押さえて真っ青になっているのだが････
「ひかり････やるじゃん」
「うん。どうも一番良い角度だったらしい」
「よくわかってる筈よねぇ」
「うん。間違いなく」
カーテン一枚で仕切られたベッドの上。
ついさっきまで生理で苦しんでいたはずの佐藤が寝込んでいた。
「ひかり 大丈夫？」
静かに腰を下ろしたベッドが極僅かに振動している。
いや、それは振動ではなく、震えなのだと同時に気が付く。
「････怖かった」
両目一杯に涙をためてベッドの上で震えている。
「クラスのなべちゃん。あそこの彼と出来てんだけど、放課後は会えないからここでね」
「････そうなんだ」
「彼も悪気は無かったと思うんだけど」
「････リア充なんか死ねば良いのに くそ！」
「女の子はそういう言葉使っちゃ駄目ですよぉ〜 男の子に嫌われますよぉ〜」
わざと明るく振舞って空気を換えようとしているクラスメートの優しさに気が付いたものの････
強姦一歩前だった恐怖は並大抵で払拭できるものではなく。
またそれは、大勢の男に囲まれて袋叩きにされるイジメとは違う意味での精神的な苦痛だった。
「こうやって見ると佐藤って可愛いよな」
「可愛いって言うか美人系だと思う」
「実は俺、どストライクだわ」
遠めに見ていたクラスメートの男子3人がボソボソと喋るのを、蹲ったままの男子生徒が聞いていた。
�亜�76日目
「今日は顔色少しよくなったね」
「うん。だいぶ楽になった。昨日はやばかったけど」
「でも2日目が一番辛いよねぇ」
油断しまくりの女子トークを普通にしながらの登校時間。
生足を見せ付けていたのは初日だけで、二日目からは黒のタイツを履いていた。
これはちょっと････と思っていたのだけど、周りの女子を見れば大体これを履いている。
むしろ生足の方が目立つのに気が付いて、なるべく周囲とあわせる努力をしている日々。
「あ〜 ひかり良いなぁ もう終わりだもん 私はこれから下り坂でブルー」
「そうか。周期があるんだから････ そうなるんだね」
「2週間経ったら立場入れ替わるからね」
女三人寄ればかしましいと言うそうだけど･････
女子トークってとどまる事を知らないのだと学んだ筈なのだが。
最近はこれが楽しいと感じている自分に気がつき始めている。
要するに、誰とも話が盛り上がらないタイプだった人間が、急に人の輪に入った時の高揚感なのだろうけど。
でも、決してそれだけじゃない部分を感じ取っていた。
「ひーちゃんおはよー！」
「あ、おはよう！」
「パッと見じゃもう普通の女子高生だね」
「そうかなぁ」
「そうだよ！」「時々人格が男子に戻るよね」
「え？あ、いや。今もそのつもりなんだけど････」
「普通の男の子は生理ないから」「そうそう。無いから」
「でも男は男で困った事があって」
「え？なになに？」「あれでしょ？夢精で勝手に出ちゃうっての」
「････うん」
気の置けない友達との会話。
それを遠くから見ている数人の男子生徒たち。
「あいつを原田のグループに入れられないかな」
「難しいな。原田も佐藤を相当嫌ってたからな」
「佐藤相手なら相当出しそうな奴がいそうだけどな」
「つか、俺がしたいわ。マジで。普通に姦りてぇもん」
「だよなぁ」
悪意の混じった男の視線が三つ。『彼』の足元から頭のてっぺんまで舐めるように見ている。
不意に背筋をゾクッと悪寒が駆け抜ける。一瞬ブルッと震えて辺りを見回すのだけど。
「ひーちゃんどしたの？」
「え？あ、いや････ 誰かに見られてる気がして」
「良いよねぇ〜 それ。 美人の特権！」
「え？」
「自覚無いだろうけど ひかりは美人系だよ？」
「そうかなぁ････」
「それよりそれより！」「そうそう」「やっぱり出る時って気持ち良いもの？」
「････大体 そっ そうだと思う････よ」
女って案外大胆だな････
胸のうちでそう呟いて、彼は友人の妄想に耽る様を眺めていた。
その日の午後。
やっぱり思うように身体が動かない辛さを抱えて、彼は第二保健室へとやって来た。
午後の授業は体育だったのだけど、生理が重いからパスと言う女子の特権で授業を抜け出した。
誰もいない静まり返った第二保健室。無人の室内をあちこち観察して、改めて気が付く事実。
左右に３床ずつ６床用意されているベッドのうち、右列は横幅の大きなものだ。
男女二人が乗っかって事に及んでも問題無さそうな丈夫さを感じさせる作り。
何気なく手を突っ込んだ枕の下には･････未開封のコンドームが一つ。
うわぁぁぁぁ･････
顔を真っ赤にしてあわてて元の場所に隠してカーテンで仕切られた所を出て。
反対側の細いベッドの方へ入って横になる支度を始めた時だった。
― 今日は貸切だぜ きっと
― どうかな？
― まだ授業中だし誰もいねーよ
― そうだね
― おもっきりやろうぜ
ガチャ････
油断していた所へ誰かが入って来るのが分かって。
彼はあわてて一番奥のカーテン仕切りのベッドコーナーへ逃げ込んだ。
グッと息を殺して気配も殺して。空気になるように意識を集中させていた。
― 早く脱げよ！
― 急がないの！
― ほれ 今日の分
― まいどあり♪ じゃぁ ほら
― おぉ〜 ご開帳〜♪
― あぁぁん！ もう！ いきなりそれっ！ あぁぁ！
え？と思うより早く。聞き覚えのある女の声と聞き覚えの無い男の声が部屋の中に漂い始めた。
ペチャリ・クチュクチュ・グチュッ！グチョッ！ 淫猥な水音が部屋に漏れる。
― はぁはぁ････
― やっぱお前の中は最高だわ
― ねぇ それかして 付けてあげる♪
― 口で？
― ばか････
― お！おぉ！おぉぉぉ！！！
カーテン越しに見える陰が動いて上に行ったり下に行ったりしながら重なっている。
― なぁ バックで良い？
― うん････ 入れて
グッとこらえて嬌声を漏らさぬようにして。
およそ15分足らずの男女の逢引セックス。
― あﾞぁ！ 行く！出る！
― はぁぁぁぁ･････ あぁぁぁぁあ！
一瞬の静寂。荒い息遣いだけが聞こえてくる。そして、チュッチュと聞こえる唇の音。
― あ〜 沢山出たね♪
― すっきりしたよ
― キレイにしてあげる
再びピチャクチャと音がして、それと同時に生臭いあの臭い。
― 片付けていくから先に帰ってて
― あぁ分かったありがとう
服を着る衣擦れの音。最後にもう一度、チュッと音がして。
そして部屋を誰かが出て行った。
部屋の隅の水道から水を出す音が聞こえ、一つ息をついて何かを洗う音。
あちこちきれいに片付けたようで、最後に部屋の隅の窓を開けに向かったとき。
彼の存在に女子生徒が気が付いたようだ。
ただ、双方とも相手が誰だか分かっていない･････
「うるさくしてごめんね♪」
窓を開ける音がしたあと、女子生徒の足音が第二を出て行く。
暗黙の了解で存在するここの使い方の一つを、彼は初めて垣間見たのだった。
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今日はここまで。
そろそろ前編終わります。
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