投下します。
鬼畜なのはまだ書けない状態なので、短編を一つ仕上げました。
エッチは殆んど無し。
ハッピーでも無し。
軽く流して見ていただければ幸いかと。

伊藤光【15】
父・母
久美【16】
拓哉【16】

―――――――――――――――――――――――――
◇◆乙女のワルツ◆◇◆

伊藤光は男の子だった。
全国的に流行りだしたウイルス性疾患のおかげで、中2の時性が転換。
体の作りと脳内バランスまで女の子に変わり、当初は悩んだが、結局諦めいつしか慣れていった。
女の子として高校に入学し、女子高生として通学する日々が続く。
それ程レアなケースではなく、クラスの中にも性転換した生徒も居り、女から男に変わった子も居る。
偏見や差別も無く、逆に気遣いに溢れていた。
新米女子や新米男子にレクチャーし、無理無く溶け込んでいく。
何故性転換してしまうのかと言うこの病事態の存在理由は分からなかったが、混乱は少なかった。
光も男子に告白された事は有ったが、そこはやはり積極的にお付き合いする気にはなれないで居る。
残る男の子の心がそれを邪魔していたのは事実だ。
でも別に焦りは無い。
いつしか自分も変わっていくだろう・・・
そう思っていた。

そんなある日、一人の転校生が来た。
背が高く、太陽の様な明さを感じる。
清潔感溢れる転校生。
名前は城拓哉。
ぺこりと挨拶する拓哉を見て、光は女の子になって初めてドキリとした。
瞬時に胸の高鳴りを感じ、その自分の気持ちの変化に少し戸惑う。
隣の席に座る友人、花咲美香が光に耳打ちした。
「中々かっこいいね」
「うん・・・凄くかっこいい」
頬が朱に染まる分かりやすい反応。
「光、もしかしてもしかする?」
美香が指先でつつく。
「あ、えっと・・・」
「ふむふむ、光ちゃんも漸く男の子から女の子になってきたんだ」
真っ赤になって俯く光を、美香がからかう。
男の子にドキリとするなんて想像だにしなかった。
心の変化を感じる。
チリチリと痛む胸。
そして事も有ろうに席は光の後ろになった。
背後の拓哉の存在が気になって仕方がない。
何故だか皆目見当が付かなかったが、その拓哉の空気が気持ち良いのだ。
胸が痛い。
それは、光の女の子としての初恋だった。
声なんてかけれない。
話すなんて絶対無理。
逢ってすぐそこまで思う自分が可笑しかった。
休憩時間、美香が光の耳元で囁く。
「ねえ光、反応が分かりやすすぎよ」
「僕、どうしたのかな」
美香が優しく微笑む。
「好きになったの?」
「え?好きに?・・・そう、なのかな・・・」
認めざるを得なかった


拓哉は持ち前の嫌味の無い明るさで、すぐクラスに溶け込んでいった。
光はそんな拓哉を気が付くと目で追っている。
無性に気になる。
でも話の仲間にはとても入る勇気が無かった。

美香が肘で突く。
「ねえ話してみたら?」
「む、無理だよぉ」
ぼっと赤くなる光に美香はため息をつく。
元々おとなしい男の子だった光は、女の子になってわをかけて控えめになった。
そんな控えめな美少女が気になる男子は実は多かったのだが、光はそれには全く気付かない。
三つ編みに結った髪にくりんと丸い目、小鼻が通り桜色の唇に細く長い脚。
充に分に魅力的な美少女なのだが、本人はそれにも気付いていない。
「光可愛いのになぁ」
「そ、そ、そんなこと無いよぉ、僕なんて」
控えめも過ぎれば罪だと思う美香だった。

日増しに拓哉への思いは募っていく。
しかし話し掛けて無視されるのが怖かった。
話し掛けれない日が続いたある朝の事・・・。
一つ早い電車に乗った光は心底後悔した。
『うわ、満員!』
華奢な体が潰されそうだが、鞄を離さない様に掴んでいるのに精一杯。
『あ、足踏まれたぁ』
三つ編みの片方が人混みに挟まって引っ張られる。
『痛痛、髪痛いぃ』
満員で倒れないで済むのが幸いなだけ。
『・・・!!!』
それ故に満員ならではの不幸も有る。
誰かが尻を触っていた。
『満員だからかな』
いや、確実に丸い尻を撫でている。
『嘘!痴漢?』
産まれて初めての痴漢体験に、声も出せずに光は俯くしか出来ない。
スカートがたくし上げられ、躊躇無くパンティの中に滑り込んでくる。
『だ、誰か・・・』
怖くて恥ずかしくて、涙が出そうだった。
あと少しで、誰にもまだ触られた事が無い場所に手が来てしまう。
『どうしよ、どうしよ』
指先が触れてきた。
『ひっ!やだぁ!』
しかし誰かが光と卑劣な痴漢の間に割り込んだ。
『え?』
助かったと思ったが、後ろを振り替える事が出来ない程混んでいる。
後ろの誰かは鞄で光をガードしていた。
電車が止まり、もみくちゃにされながらも何とかホームに転がり出る。
『はぁ、明日から絶対いつもの時間にしよ』
「大丈夫?災難だったね」
この声!
助けてくれたのは、誰有ろう拓哉だった。



「じ、城君!」
痴漢されている所を見られた恥ずかしさと、助けてくれた嬉しさ安心さがない交ぜになる。
光はつい泣いてしまった。
「あ、伊藤さん!」
「ご、ごめんなさい」
指の腹で涙を拭い、光は頭をひょこんと下げる。
「でも、助けを求めなきゃ駄目だよ?」
「・・・分かった」
「いつもこの時間?」
「う、うん、そうだよ」
光はつい嘘を付いてしまっていた。
「そうだったんだ、同じ電車って誰も居ないって思ってたよ」
拓哉は優しげな微笑みで頭を掻いている。
「城君、助けてくれてありがとう」
「良いって良いって!明日からも守ってあげるよ」
「え?良い、の?」
「クラスメートだろ?しかし卑劣だよな!あんな奴って俺大嫌いだよ!」
一緒に肩を並べて歩き始める。
次の日から無理して一つ早い電車に乗り始めた。
信じられない思い。
一緒に通学してる。
一緒に歩いてる。
横に彼が居る。
守ってくれている。
心臓の鼓動が爆発しそうになった。
光は確信した・・・彼が好きなんだと。
だから、凄く嬉しい反面辛さが増してくる。
心が鷲掴みにされ、思いは募るばかり。
でも、自分は元男の子。
控えめプラス引け目で、告白など出来なかった。
絶対元男の子なんて嫌がられるに決まってる。
変な所で思い込みが頑固な光だった。
好きを通り過ぎて、愛し始めている。
辛くて辛くて・・・。
心が痛くて・・・。
いっそふられた方がましだとも思った。
「好き」
この一言が言えない。
いつも言えぬまま。
クラブ活動で帰りが遅くなった日、真上の月を見ると自然と涙が零れた。
堤防の白い花を摘んで、馬鹿馬鹿しいお祈りをしてみた事もある。
【思いが届きます様に】
自分でも呆れるくらい、恋する乙女になっていた。
『辛い・・・苦しい・・・痛いよぉ』
美香はそんな光の辛さが分かりすぎる程分かった。
「光、泣く程辛いなら言いなさいよ!」
「美香、ありがとう・・・でも僕言えない・・・」
無理して言わせる事も出来ず、美香はただ光の肩を優しく抱くだけだった。
こんなに心が痛いとは思わなかった。
ただ言えば良いだけ。
それが出来ないのがもどかしい。
告白する勇気は、光にとってエベレストより高い頂きだった


いつも美香が傍に居てくれた。
彼女の思いにも応えたかったが、やはり出来ない。
親しくなったとは言え、無為に三ヶ月が過ぎようとした金曜の朝のHR。
担任が残念そうにそれを皆に告げた。
「残念だが、城君はお父さんの都合で、○○県に引っ越しする事になった」
目の前が暗くなった。
机にしがみついていなければきっと倒れそう。
拓哉が別れを告げていた気がして・・・。
美香が肩を揺すっていた気がして・・・。
ショックで泣くことも出来ない。
気が付くと、美香を初め親しい女友達が心配そうに光を囲んでいた。
美香が目に涙を溜めて光に告げる。
「言わなくちゃ!思いを伝えなくちゃだめよ!」
「良いんだ・・・どっちにしても僕、辛くなる」
心が戻ってくると同時に涙が零れてきた。
「光、本当に良いの?」
「皆ごめん、ありがとう」
ぽたぽたと机に水滴が落ちていく。
友人達は声を出さずに泣いている光を、見えない様にガードするしか出来なかった。
帰宅前、光に美香が声をかける。
「光に伝えるだけ伝えるわね・・・明日朝10時の電車よ?」
美香がどうやら拓哉に尋ねたらしい。
その日の授業は地獄の責め苦だった。
友人達の気遣いが余計に光を苦しめる。
泣けない!
泣いて彼を心配させたくない。
帰宅時、付いてこようとする友人達を丁寧に断り、光は一人で帰った。
両親は変調に気付いたが、光は何も言わず部屋に閉じこもる。
告白しなければ後悔するかもしれないが、今更言っても遅いと思った。
美香からメールが来た。
【光?大丈夫?いつでも味方だからね】
友人の暖かさが今は有り難くも辛い。
【僕は大丈夫・・・とも言えないけど、ありがとう】
明日行ってしまう。
行くか、行かざるべきか朝まで悩んだ。
顔が見たい。
最後に話したい。
もし見つけてくれたら、何か言ってくれるかも。
時計を見たら九時。
光は思わず家を飛び出していた。
駅が見え、足を踏み入れたが体が震える。
彼が居る筈のホームで左右を見渡した。
居た!一際輝く彼。
一歩足が踏み出せない。
近くに行って別れを言いたいが、行けない。
そして遂に彼が乗る電車がホームに入ってきた。
扉が開く。
今行かなきゃ!


足を踏み出そうとした時、それを見てしまった。
開いた扉から、すらりとした同じ年の少女が拓哉に飛び付き、頬にキスをしたのを・・・。
足が止まり、両手で顔を覆う。
今、光の愛が悲しみの中に終わってしまった。
電車が動きだす。
鉄柱の陰から拓哉をそっと見送る。
一瞬、目が合い拓哉が目を丸くした気がしたが、もうどうでも良い。
終わったのだ。
暫く立ち上がれず、座り込む。
『来なきゃ良かった』
駅から出ると美香が待っていて、黙って光を優しく抱き締めた。
「行っちゃった・・・」
「何も言わないで!」
泣きたいけど泣けない。
心配する美香に謝辞し、光は家に帰ると、尋常じゃない様子だった元息子の帰りを両親が待っていた。
耐えていた気持ちが爆発し、両親に抱きつき光は泣きに泣いた。
嗚咽混じりで話し、全てを語る。
いつしか光は泣き疲れ、父親に抱かれて寝入ってしまった。
父の今日介が光の肩を抱き、母の歩が優しく頭を撫でる。
「光ちゃんがこんなに泣くなんて・・・」
「仕方ねえよ、親は黙って見守るしか出来ねえ」
ハンカチで歩が光の涙を拭いている。
「女の子になって初めての恋は辛いものになったね」
「辛いだけの初恋、か」
今日介が三つ編みの頭を抱き寄せる。
「昔そんな歌が流行ったよね」
「そういや有ったな」
歩が光を起こさない様に静かに歌いだす。
「好きと言えば良いのに、いつも言えぬままに・・・・・・辛いだけの初恋、乙女のワルツ」
今日介が泣きそうな歩の頭をぽんぽんと叩く。

「光ちゃん行ってらっしゃい・・・はいお弁当」
「光、今夜は焼き肉に行くぜ!早く帰って来い」
「うん、行ってきます」

小雨が振ってきた。
『でも切ないよ・・・』
空を見上げて、涙を雨で誤魔化してみる。

光は一つ大人になった

===END===

管理人/副管理人のみ編集できます