そこは男子生徒の間では冗談で”サンクチュアリ”と呼ばれていた場所だ。正式名は女子更衣室。
たとえ教師であっても男性は手前の廊下のに引いてある線以上先に入る事は禁じられており、
それを破れば覗いた覗かないにかかわらず、よくて停学、悪いと退学と言われていた。
瑞稀が向う先は紛れも無いその線の向こう側である。令が普通の人生を送っていたならば、
おそらく一生踏みこむ事適わなかった場所。それはまさしく”聖域”だ。
しかし令は瑞稀に連れられ、あっさりとそのラインを跨いでしまった。
「三木原さんどうしたの? 顔、赤いよ?」
緊張し動悸が早まる令に瑞稀は不思議そうに声を掛ける。なんでもないと言って手を振るも、
男としての令の心には禁忌を破ってしまったような背徳感があった。
しかし令の悲劇(喜劇?)はようやく始まったばかり。瑞稀がその先の廊下を曲がり扉を開ける。
むろんここは令にとって未知の領域だったわけだが、向っていた先がわかっていた以上、答えは一つである。
「……………!!!!!」
令の呼吸が停止した。思考回路が一気にパンクする。心臓が爆発しそうなぐらいの勢いで跳ねる。
目の前に広がるのは、クラスメイトの女子が着替える”女の園”。
今までそういう事にはあまり免疫の無かった令には、あまりに刺激が強すぎる光景だった。
その場に倒れこみかねないほどの精神的衝撃をなんとか寸での所で押さえこむ。
もし令にこの2日間の性的体験がなければ、この場で気絶していたかもしれない。
そういう意味ではこの危機に対する免疫を作ったのは姉でありセネアであるとも言えるのだが……
−考えてみたら、あの二人のせいでこの状況があるんじゃないか……!−
一瞬感謝しかけ、それが正反対の評価である事にすぐ気づく。何か騙された気分だった。
「三木原さん、こっちこっち!」
瑞稀に呼ばれ、令はようやく我に返る。奥のロッカーの前で手招きしている瑞希に気が付くと、
令はなるべく他の生徒を見ないように瑞稀の元まで歩いていった。
令の男友達がもしこの事実を知ったとしたら、おそらく”なんてもったいない事を!”と
令を茶化しただろう。しかし根が真面目な令には、そんな精神的余裕など一切なかった。
「大丈夫? さっきから様子が変だけど……」


瑞稀が心配そうに令を覗きこむ。が、すでに着替え始めている瑞稀を令はまともに見る事ができない。
「あ………もしかして三木原さんって?」
突然の疑惑の声、まさかと驚き顔を上げると瑞稀は怪訝そうな顔で令を見ていた。
もしかして? それは疑惑の提示だ。嫌な予感脳裏を掠め、令の顔がみるみる青くなる。
−そんな! どうしてこんな時に!?−
タイミングとしては最悪だった。さらにマズイのは、その絶望の表情が問いを肯定してしまった事だ。
が、瑞稀はその顔を見るや、突然口に手を当ててクスクスと笑い出した。
「……?」
「大丈夫よ、うちのクラスだって何人も泳げない子はいるから。そういう子はビート板使っていいんだし。」
「あ……あの……」
思わず声を出し、令はようやくそれが自身の早とちりであったと気がつく。
−な、なんだ…そういう事か。”令”だってバレたわけじゃないんだ……−
令は最悪の事態が杞憂に終わった事に安堵する。まだカナズチだと思われた方が百倍都合が良かった。
さらに実は令は本当に泳げないわけで……ある意味逆に有りがたい指摘であったとも言える。
「それに三木原さんならきっとすぐ上手く泳げるようになるわよ。心配ないわ。」
「そんな……私、瑞稀さんみたいに子供の頃から水泳やってたわけじゃないし……」
「何言ってるの。泳ぎなんて一度コツを掴めばすぐよ。私だって泳げるけど上手いわけじゃないわ。
あ、ごめんね。今水着出すから。」
瑞稀は自分のロッカーを開け、中に持ってきたバスタオルやスポーツドリンクを入れ始める。
泳ぎの事はともかく、大きな問題が発生しなかった事に令はようやく心が落ち着いた。そしてそんな
瑞稀の姿を後ろから見ていたが……鞄から水着を出そうとして、ふと瑞稀の動きが止まった。
「……瑞稀さん?」
「……え? あ、何でもない。その、ちょっとね。」
何故か瑞稀は慌てて取り繕い、自身の水着を鞄から出すとそのままロッカーを探し始めた。
多分ロッカーに最初から入れてあったのだろう。もう一着、胸に瑞稀の名前が入った水着が出てくる。
「あ、あのね、新品の予備忘れちゃったみたいなの。こっち、私のお古なんだけど……ダメかな?」


「え?………えぇ!?」
つまり瑞稀が慌てたのはそういう事か?−要は令に瑞稀の水着を着ろと……。
令の心の男の部分が急に刺激を受ける。それはある意味、より危険で魅惑的な提案だ。
これまで令は女らしい行動に男の心で抑制を掛けてきた。しかし今回は、
男としての心の中ですら”女の子の水着を着たいなんで変態だ!”という意識と、
”瑞稀の水着なら……”という意識が壮絶な戦いを繰り広げてしまう。
多分瑞稀は令を”他人の使った水着を使う事を躊躇っている”と思ってるだろう。
しかし令の葛藤は、瑞稀の思案より遥か別な次元での問題であった。
「瑞稀! あと彼方達だけよ。もうすぐ先生も来るから急いで!」
クラスメイトの一人が声をかけ、プールへの入り口の方に消えて行く。気が付くと更衣室に居るのは
令と瑞稀の二人だけだった。時計を見ると確かに授業開始まで後5分とない。
「あぁ! ごめん、今日だけはこれで勘弁してね! 急がなきゃ…」
時間が令への選択権を否定した。瑞稀は令にその水着を押し付けると、
すごい勢いで制服を脱ぎ始めた。しかし令は瑞稀の使用済みを着るという現実と、
目の前でどんどん肌を晒してゆく瑞稀の姿に思わず硬直してしまう。
何も恥らう事なくパンティまで脱ぎ捨て、水着を手に取る。
が、そこで令はある事に気が付いた。今瑞稀が着ようとしている水着のサイズである。
−でもその水着って、あまりにサイズが小さいように見えるんだけど……−
が、その疑問もすぐに氷解する。瑞稀がその肩紐を引き上げると、
スクール水着は素晴らしい伸縮性を示した。これを着る事のない男には多分一生知り得ない知識。
さらにその水着が肌に吸い付くように体のラインをなぞる光景は、この上なくエロチックだった。
そのまま手を通して肩紐を添えた時、瑞稀は真っ赤になって固まっている”麗”に気が付いた。
「ちょっと三木原さん、なにやってるの!」
瑞稀に声を掛けられて令はようやく我に返る。あわてて服を脱ごうとするも、
なにしろ着付けは全て姉の行った服だ。勝手もわからず最初のリボンを外すのにすら手間取ってしまう。
それに瑞稀が目の前にいる状況で脱ぐという男の葛藤が混じり、手は一向に進まない。



「……あぁもう! まどろっこしい!!」
そんな”麗”に腹を立てたのか、瑞稀は突然令の制服に手をかける。リボンを外されたかと思うと、
一気に上着、そしてスカートを半ば力技で剥ぎ取られた。
「うあああぁぁ! ちょ、ちょっと杉島さん!!」
「黙ってて!!」
思わず体を引こうとする令に、瑞稀は怒鳴ってそれを御する。女性に服を剥ぎ取られるという
信じられない光景に、令の心は戸惑いと興奮で半ばパニック状態になった。
そのまま一気にブラにパンティまで脱がされると、水着を足に通すように言われる。
言われるがまま足を上げて、片足づつ両足を水着に通した瞬間、瑞稀は水着を一気に引き上げた。
「ひゃあああうぅッ!!」
突然の女の刺激。その原因は一気に股間まで引き上げられた水着だった。
−な、なああっ! ちょ、ちょっとこれはぁ……!!−
妙だった。その水着は瑞稀の着たものより明らかに伸縮性が低い。瑞稀が水着を引き上げると、
信じられないぐらい股間に布地が食い込んでゆく。まるで拘束具を無理矢理着せられているような感覚だ。
「み、杉島さ……ちょっとこ…れ……」
声を出す令を無視し、瑞稀は肩紐を手に通す。そのまま胸を包んで肩に紐を掛けた瞬間、
水着がさらに令の股間を責め立てた。ズンッという衝撃が体に走る。
絶対に変だ。こんなものを着けてまともに水泳などできるはずがない。
しかし、そうは思うが令の口は刺激のせいで思ったように声が出せなかった。
「さ、行くわよ! 急がなきゃ…」
質問をする暇もなく瑞稀は令の手を取ってプールの入り口に駆け出す。引きずられるように走り出した令だったが…
「…!!!!」
歩を進める度に水着が股間に食いこみ秘部を責めたてる。胸の布地が乳首を擦り圧迫する。
止めようにも瑞稀に引きずられそれも適わない。
−な、なんでこんな……だめだっ! 止めて!!−
令は声を殺して必死に耐えた。しかし突然の不条理な快楽に心はもう崩壊寸前だ。


もう限界だと思った瞬間、瑞稀の動きがようやく止まった。
「杉島さん、三木原さん、遅いですよ!」
なんとか理性を立て直して顔を上げると、いつのまにか令はプール横で整列している女子一団の中にいた。
普段縁のない女子の体育教師が瑞稀と”麗”の遅れに怒っていた。
「すいません。ちょっと色々ありまして……」
「まあ三木原さんもまだ不慣れでしょうし、今回はいいでしょう。じゃ、すぐに準備体操を始めて下さい。
いつもの通り二人一組で。始め!」
普段は優等生の瑞稀と”転校したばかり”の令が相手なので先生はさしてそれを気にする事なく、
いつも通りの授業を始めた。近くにいる生徒同士が互いに協力し合い柔軟体操を始める。
もちろん令の相手は自然と隣りにいる瑞稀になった。
「じゃ、始めましょう。まず三木原さんが座ってね。」
見ると周りの生徒は足を伸ばして床に座り、パートナーに背中を押してもらって前に体を伸ばす柔軟運動を始めていた。
まだ呼吸の収まらない令だったが、再び先生に注目されると面倒なので、素直に従い座る。
足を前に伸ばし、体をゆっくりと傾ける。
「あ……」
令はその時、自身の体が男の時とは比べ物にならないぐらい柔軟になっている事に気が付いた。
普段なら関節が痛くなり始めるポイントまで体を曲げても、まったく苦痛がないのだ。
これなら床に顔が付く直前まで曲げられるのでは? などと考えながらゆっくりと体を曲げていった時、
突然それはやってきた。
「あぅッ!」
体を曲げた事で布地が再び股間に食い込む。そして胸の布が肩の方に引っ張られて乳首を刺激する。
これ以上体を曲げると、その刺激に耐えられないかもしれない。令の動きはそこで止まったが……
「じゃあ三木原さん、押すわね。」
「……!!」
まるでその衝撃に動きを止めたタイミングを見計らったかのように静奈が令の背中を押した。
布がどんどん食いこんでゆく。秘部がどんどん圧迫されてゆく。


「み……瑞稀さ……も、もうやめ……あうッ!」
背中を押し付けるように瑞稀が令に体重をかけてくる。もし意識が正常な令ならば、
背中に感じる瑞稀の胸の感覚に歓喜したかもしれない。しかし今は、意識がどんど別の何かに支配されつつある。
そんな令に瑞希は、ゆっくりと耳元に顔を近づけて呟いた。
「どうしたのかな麗ちゃん? もしかして、エッチな気分になってる?」
「!!!」
その言葉に令は全てを理解する。間違いない、瑞稀は確信犯でこの水着を令に着せたのだ。
何故そんな事をするのか令には理解できない。しかしそれは明らかに今の令の状況を楽しんでいる言葉だ。
「だめだよ〜、授業中なのにそんな気分になるなんて。」
悪戯っぽく瑞稀は呟く。背中からしっかりと体重をかけられているので押し返す事もできず、
令は息絶え絶えに秘部の圧迫感に耐え続けた。動けば余計に刺激が増すだけなので、身震いすらできない。
しばらくして笛が鳴り、ようやく令は瑞稀から解放された。
足元がおぼつかない令に対し瑞稀は、何事もなかったかのように手を引いて令を立たせる。
遠くで先生が何か言っているようだったが、今の令はとても耳に声が入る状態ではなかった。
先生の話が終わると、皆が行動を始める。どうやら順番に泳ぐ事になったようだと令が理解した時、
その頭にこつんと何かが当たった。見ると瑞稀が横でビート板を持って令を見ている。
「はい三木原さん。苦手でもこれがあれば25mぐらいは大丈夫よね?」
「あ……うん…。」
瑞稀が差し出したビート板を令は素直に受け取る。確かにこれがあれば令も別段問題なく25メートルを
泳ぐ事が出来る。カナズチである事は問題ないなと令が思った時、瑞稀が再び令の耳元で呟いた。
「次が本番だよ、麗ちゃん……」
微かに読み取れる、悪戯心の混じった笑み。一瞬考え、令は唐突に事の重大さに気がつく。
柔軟体操レベルでああなのだ。水の中でバタ足を使って泳いだりしたら……?
慌てて瑞稀の方を振り向くが、彼女はすでに上級者レーンに並んでおり令はいつのまにか自身がすでに
泳げないものの列に立っていた事に気が付いた。
考え、そして瑞稀の方に歩きだそうとした時……まるでそれを拒むかのように令の順番がやってきた。


「三木原さん、ほら早く!」
令の後ろに並ぶクラスメイトがせかす。追い詰められてしまった令は一瞬の迷う。
−なんとか耐え切って……その後でこっそり問いただそう−
とりあえず最初の1回だけはと結局覚悟を決め、令はプールに飛び込んだ。
ざぶんという水の音。飛び込んだ惰性で行ける所までビード板を掴んだ状態で進んで行く。
が……当然5メートルもこないうちにその勢いは止まってしまう。この先は足を動かすしかない。
ゆっくりと足を動かすと……予想通りそれは令の秘部に襲いかかってきた。
「…んんっ!……ふあっ、ん、んんん……んぅッ!」
必死に声を押さえ、なんとか足をバタつかせて前に進む。しかしそのたびに水着は令を容赦なく責めたてた。
動くたびに性感を刺激するそれに、令の意識は思わず股間にバイブを入れられパンティを脱げなくされてしまう
成人漫画のシチュエーションのそれを思い出す。しかし今その対象になっているのは自分自身なのだ。
喘ぎを押さえて口を閉じているため、まともな呼吸すらおぼつかない。
とはいえ足を止めると体が沈み込むため、その動きを止めることも出来なかった。
じわりと秘部から何かがにじみ出る感覚がある。胸がどうしようもないぐらい張り詰めているのがわかる。
そしてどんどんその快楽を増幅してゆく体に、令の意識は一瞬の油断を許してしまった。
「…ん、ん……んああああぁッ!! ゴボッ…!!!!」
耐え切れず口が開き嬌声が漏れた瞬間、令の口に大量の水が流れ込んできた。
水はいきなり器官に入りこみ、パニックになった令はそのままプールに沈み込む。
足掻いて必死に水面に上がろうとするが、体が上手く動かない。手が虚しく水を掻き、意識がどんどん遠のく。
…溺れる……このままじゃ……死…んで…。
静かに視界が暗くなる。闇が静かに意識を包み込んでゆく。
消え…る……………?
その意識が尽きる直前、令は必至の顔で令に手を差し出す瑞稀の姿が見えた気がした。


深い闇が広がる世界に光が差し、令の意識は自然とその光に包み込まれる。
眼前の光景が闇から光、そしてその光が収まるにつれ少しずつ形あるものが現れた。
見覚えのある天井、そして窓から入る夕日。微かに聞える街の喧騒。
令はようやく自身がベットの上で寝ている状態である事を理解する。
「気が……ついた?」
声がする。力入らぬ体で何とか首だけを横に向けると、そこには不安げに令を覗きこむ瑞稀の姿があった。
「杉島さん……?」
令の発した声に彼女は安堵の笑みを浮かべる。見るとその瞳には微かに涙を溜めていた。
令はゆっくりと体を起こして、静かにあたりを見まわす。
そこは学校の保健室だった。過去に一度貧血でお世話になったので見覚えがある。
自分が今ここに寝かされていた状況と、意識が無くなる前の状況……双方を思い返し、
令はようやく自身が今いる理由を把握した。
「つまり……溺れて意識を失っていたんだよね。」
「うん、そう…だけど……その……」
瑞稀は何かを言いよどむように顔を歪める。その瞳に溜めていた涙がつっと頬を伝った。
そしてその感情を爆発させるように、頭を下げて声を高く張り上げた。
「…ごめんなさい!! ちょっと悪戯のつもりだけだったのに、あんな事に……私、私……」
俯き、涙を流して嗚咽する瑞稀。それは事が意図的に行われたという懺悔、
あの奇妙にサイズの小さい水着を令に着せたのは、やはりわざとだったのだ。
しかし目の前で泣き、謝罪する瑞稀を見てしまうと令はとてもその事を責める気にはなれなかった。
結局瑞稀が落ち付くのを待ってから令は着替えを済ませ、二人揃って保健室を後にする。
外はもう日が傾きかけようがという時刻になっていた。
「三木原さん……その……」
「えっと…何?」
「私の家に寄っていかない? その……謝罪の意味も含めて、なんだけど。」


罰が悪そうな顔で瑞稀は令の顔を見ている。その瞳は何故か、令に懇願しているように見えた。
「その……いいの?」
思わず令は今の自分の状況を忘れて聞き返してしまう。なにしろ相手はあの瑞稀だ。
その家に招待されるなど男の時なら浮かれて舞い上がってしまっただろう。
無論その後は嫉妬に狂ったクラスメイトにボコボコにされるのだろうが……。
しかし今は女の友人同士である。やましい事など何もないし、そんな心配も皆無だった。
令が了承すると、瑞稀は嬉しそうに頷いて歩き出した。

「あ、ついでだから飲み物でも買っていこうか。」
彼女の家まであと少しという所にあるコンビニの前で、瑞稀は財布を覗きながら呟いた。
「三木原さん、買ってすぐ行くから先に歩いててちょうだい。すぐ済ませるから。」
「あ、お金私も出そうか?」
「いいってば、謝罪だって言ったでしょ? すぐ行くから歩いてて!」
令の提案を断り、瑞稀の姿はコンビニの自動ドアの向こうに消えて行った。
仕方なく令は言われた通りに歩きはじめる。彼女の家は近くなのは当然迷う事もない。
そもそも瑞稀の家はここからそれほど距離が離れているわけではないのを令は知っていた。
というのも昔一度だけ出向いた事があったからだ。
まだ令が二年生だった頃、風邪を引いた彼女の家に宿題のプリントを届けた事があった。
当時はただクラス委員だったが故にその役回りが来ただけの事だったのに、
彼女の家に行ったという点だけで随分とクラスの男子に羨ましがられたものだ。
さすがにボコボコにはされなかったが……。
通りを少しばかり歩き、10メートル程先の交差点を左に曲がるとすぐに彼女の家が見えてきた。
正直、もう一度ここを訪れる事などありえないと令は思っていた。
−これで男のままだったら、最高だったんだけどな……−
それはほんの僅かの歯車の違い。それ故に悔しいのに、それ故に訪れた幸運。
嬉しいのか悲しいのか、令の心境は自分でも理解できないほど複雑だった。


自分で意識した事は無かったが、今考えれば令は多分昔から瑞稀に思う部分もあったのだろう。
しかし傍から見ても自分と彼女は似合わない……そんな劣等感あったから、そして彼女が自分を
見てくれるなど有り得ないから、おそらくそれを選択肢としてすら考えなかっただけである。
後ろから瑞稀の声が聞え、令はもうそれを考えるのを止めた。
暗い顔を見せたくなかったから。これは有り得ない状況が生んだ幸運なのだから。
振り向くと、彼女がジュースをかかえて走ってくるのが見えた。
「ごめんね遅くなって。あ、ここが私の家よ。入って入って!」
瑞稀に手を引かれて令は玄関につれられる。そしてそのまま彼女の部屋まで案内された。

その部屋は主の性格をそのまま現したかのように、きちんと整理整頓がなされた綺麗な部屋だった。
いささか堅苦しくも思えたが、窓辺のヌイグルミなんかがきちんと部屋の主が女性である事を語っている。
−多分……クラスの男子で彼女の部屋に入ったのって僕が始めてじゃないか?−
漠然と令の心に奇妙な優越感のようなものが浮かぶ。
しかしそれは、女の体というイレギュラーの産物であって正当な手段で得た権利ではなかった。
二人は床のクッションの上に向かい合うように座る。先ほどのジュースを手渡され、
令が栓を開けて口を付けた。が……ふと、瑞稀がこちらをじっと見ている事に気が付いた。
「瑞稀さん?」
「あ……あ、なんでもないよ! ちょっとね……」
何か水着の時と同じような反応。こうして見ると多分に彼女は嘘をつくのが下手なようだ。
さすがに2度目は……と思い令が問いただそうとすると、先に瑞稀の方から口を開いた。
「その……ちょっと話しがあってさ。いい?」
何故か瑞稀はどこか照れているような仕草で令を見ていた。
居心地が悪いようにジュースの缶を手でもてあそぶ。とは言え令にも”麗”にも断る理由もない。
「いいけど、何?」
「あ、あのね……三木原さん、その……三木原さんは従兄弟の令君の事は……どこまで知ってる?」
「……へ?」


突然上目遣いに瑞稀が質問を投げかけてきた。不安と期待……そんな顔だ。
しかし来るなり突然”令”の事についての問いである。その意図が読み取れない。
「どこまでって……その、どういう事?」
「あのね……その、あの、例えば好きな料理とか、好みの音楽とか……」
段々声が小さくなってゆき、微かに令から目を逸らす。その顔が少し赤くなる。
「あと、その………好きな……人とか。」
「……!!」
その態度、その言葉に令の心臓が爆発した。令も別段朴念仁という訳ではない。
まだ多少の不確定要素はあれど、その意図する意味は多分間違いなかった。
しかし令はそれを素直に信じられなかった。なにしろあの杉島瑞稀が……である。
勉学は人並み、運動神経も良い方でもなく、ルックスだって悪くはないが男として格好いいとは言えず、
そんな自分をなどと、到底思えなかったからだ。しかし瑞稀の態度は……
「み、瑞稀さん? それって……その……」
「うん……ずっとね、好きだったの……。」
衝撃の告白だった。信じられないという言葉が頭の中で右往左往する。動悸が一気に高まる。
そして思わず”僕も……”という言葉が口に出かけ、令は慌ててその言葉を飲み込んだ。
なんという幸運と不幸の交差。そう、今の令は”麗”であって彼女の言う令ではないのである。
令としての思考を強引に押しこみ、令は麗としての存在を演じ続けるしかなかった。
「そう……なんだ。でも、どうして?」
「令君ね、すごく……そばにいるだけで暖かいんだ…。」
頬が染まったその顔で自身の事を言われ、令はどきりとする。なにか夢の中にいるような気分だった。
「優しいしね。他の男子と違って令君は私の事も特別扱いしないでくれるのが嬉しいの。
おべっか使ったり、変に距離を置いたり、私に対してそういう態度取る人も多いんだ。」
彼女の言う事はなんとなく令にも理解できた。確かに彼女は優秀すぎる部分がある。
成績優秀、クラスのまとめ役、そんな存在の裏で逆に対等の者がいない孤独があったのかもしれない。
「でもね、令君は真っ直ぐ私と向き合ってくれるんだ。すぐに惹かれた……告白したかった。
でも私、案外そういう事に度胸が無かったんだ。」


令にはもう瑞稀の言葉が半分も耳に入らなかった。必死に動悸を悟られないように我慢し、
落ち付くためにジュースに口を付ける。そしてそのまま瑞稀の方を見た。
「皮肉だよね。令君が女の子になってから、ようやく言えるなんて。」
いきなりむせた。寸出のところで吐き出すのを抑える。
笑顔で語りかけてきた相手がいきなり喉元にナイフを突き刺してきた。そんな衝撃だった。
「な……な! すす杉島さん、どど、どうしてわかったの!!?」
「……やっぱり令君なの? 体まで全部女の子だったけど、やっぱり令君なの!?」
が、慌てた令の言葉に反応した瑞稀の態度は驚きと半信半疑の視線。
その時になって令は自身の迂闊さにようやく気がついた。最後の言葉は核心ではなく誘導尋問だったのだ。
しかも慌てた言葉で自身からそれを証明してしまった。それをとぼけてしまえば、
話は多分終っていたはずなのに……令の心に絶望が広がる。
「その……あの……でも、でもどうして!? なんで僕だって……」
見ると事を引っ掛けた瑞稀自身、信じられないという目で令を見ていた。
しかしそれを問いかける以上、半ば覚悟はできていたのだろう。静かに顔が落ち付きを取り戻す。
「更衣室で着替えた時の事、覚えてる?」
「更衣室でって……あの水着の事?」
「あれについては本当に私の悪戯、それについては弁明はしないわ。やろうと思った動機の一つがその疑惑だった
という事は確かだけど……そうじゃなくて、その時言った言葉よ。」
言葉? 問われて思い返すが、あの時の令は半ば回りの光景の刺激を視界に入れない事に必死で、
正直どのような会話を交わしたか覚えてはいなかった。
「私に……子供の頃から水泳をやってたって言ったわよね。転校早々にそれを知ってる事自体も変だけど、
そもそもその話、クラスじゃ私令君以外にした事ないのよ。」
「……!!」
「でもそれだけじゃ”麗さん”が”令君”に聞いたという可能性もあったけど……さっきジュース買った時に
先に行ってもらったでしょう? 私の家を知らないはずの麗さんは迷う事なく大通りの交差点を家の方に曲がったわ。」
「……!!!」


「そしてさっきジュースを開ける時、プルタブを中指で開けてたわよね。それって令君のクセだもの。」
次々と上がる”迂闊な行動”。しかも当の令には、指摘されるまでまるで意識していなかった事ばかりだ。
つくづく自分の間抜けさを呪いたくなる。しかし瑞稀がそこまで令の事を見ていたなどいう事自体が予想外の事で、
正直これはどうしようもなかったのかもしれないと思う。
しかし事態はいよいよ最悪の状態になった。身内でないクラスメイトにまで事がバレてしまったのである。
ましてや今日令は女の子として更衣室に入るなど、ある種弁明の余地もない行動まで取っているのだ。
「令君……どうしてこんな事に?」
彼女の目が真っ直ぐ令を見据える。令はそれが自身を責めているように見えた。心が一気に絞めつけられる。
謝罪や言い訳を待っているのか、それとも令に怒鳴り散らしたいのか、瑞稀の意図は理解できない。
しかし令は今までの人生においてこれほど空気が重い沈黙を味わった事がなかった。
絶望と悲壮に心が塗り潰され、令の心が悲しさで錯乱する。もう逃げるしかなかった。
「ご、ごめん!!」
思わず出そうになった涙を堪えて謝罪の言葉とともに立ち上がり、
そのまま部屋から駆け出そうとするが……その手を瑞稀に掴まれた。
「待って!! 行っちゃ駄目!!」
叫ぶ彼女を無理矢理振り切ろうと力を込める令、しかしその声に微かな悲しみを感じた時、
令はゆっくりと彼女の方を振り返った。
「……いいよ、話したくない事なら話さなくていいから!! だから……!!」
両手で令の腕にすがり付き、瑞稀は令を引きとめる。その目は令を責めてはいなかった。
まるで捨てられた子犬のような目。自分を捨てないでという懇願の目だった。
「お願い待って……ずるいよ令君。私、まだ令君の気持ち、聞いてない……」
言われて令は、先ほど告白された事実を思い出す。そうなのだ……彼女は麗が令と知っていて、
その上で言葉を口にしていたのだ。指摘され、改めてその事に気が付いた令だった。しかし……
「だって、僕は今女の子なんだ……。杉島さんを好きになる資格なんて……」
「そんなの知らない! 令君の、令君の気持ちは……どうなの?」


言葉を遮られ、問われる。とりあえず身体の問題を否定された状態。当然だが令の答えは一つしかなかった。
しかし突然心臓が高鳴る。それを令が口にしようとした瞬間、体にすごいプレッシャーがかかった。
告白とはかくも神経が磨り減るものかと令は焦る。しかしそれに負けるわけにはいかない。
「……き。」
「え………?」
「僕も…………好きだ。」
搾り出すようになんとか出した令の言葉に、瑞稀の頬に一筋の涙が落ちる。
そしてそのまま、全身で令を抱きしめた。突然の抱擁に驚いた令だったが、ゆっくりとその肩を抱きとめる。
「令…くん……」
瑞稀がゆっくりとその目を閉じた。なんの合図であるかは言うまでもない。
令はゆっくりとその唇を彼女の唇に重ねた。



しばらく互いに唇を重ねた後、令は瑞稀を優しくベットに寝かせた。
そのまま首筋に顔を埋め、顔から肩口にキスの雨を降らせる。
「令く…ん……あぁ……はあぁぁ……」
少しずづ声が荒くなる瑞稀に合わせるように、優しく制服の上から胸を揉む。
男としての本能から、どうしようもなく興奮している心の裏で、
令の理性はなぜか信じられないぐらい冷静だった。
多分それは経験のせいだと令は自嘲する。しかしそれと明らかに違うのは、
今回は令が仕掛ける側だという事だ。心が男として歓喜しているのだ。
令はひさしぶりに自身が女である事を忘れた。
服の上から瑞稀の胸を揉み上げ、彼女が嬌声を発する度に心が踊る。
「杉島さん、気持ちいい?」
高ぶった気持ちで、思わず意地悪な質問をしてしまう。
が、瑞稀はそんな令の言葉に抗議の視線を投げかけた。
「名前で……」
「え?」
「瑞稀って呼んでって言ったじゃない……そんな他人行儀なの、やだ……」
ゆっくりと体を起こし、瑞稀が令を見つめる。
目がそう呼んでと訴えていた。改めて求められるとやはり照れるが、
令もそんな彼女の気持ちがわからないほど無粋ではない。いささか照れながら口を開く。
「瑞稀……さん。」
「うん!」
令の一言に瑞稀は嬉しそうに頷くと、今度は彼女が令を抱きしめ顔を埋める。
「あうぅっ……あ、み、瑞稀さ……はあっ!」
まるで報復とばかりに瑞稀は先ほど令がやったのと同じ事を自身に仕掛けてきた。
不器用ながら優しい愛撫、それはまさに愛する者への行為だ。


しかし令は今回まだ心に大きく男の部分を残している。故に頭には男としての欲望があった。
一方的にされるわけにはいかない、逆に令の側から責めたいと。
ちょっと強引に瑞稀の体を横に倒し、そのまま制服のリボンに手を添えた。
それはこの服を脱がすのに最初に手を掛ける場所。無論瑞稀もその意味がすぐに理解できた。
「うん……いいよ。」
頷き、目を逸らして照れる。令は暴走しようとする”男”を必死に抑え、優しくリボンを外す。
悲しい事に彼女の制服を脱がせにかかるのに、令は何の躊躇もいらなかった。
自分のされた事をトレースするだけ。それは自分が女として得た事。
女になったが故に男として無様な姿を晒さないで済んだという事が令には強烈な皮肉に思えた。
が……ボタンを外したインナーシャツから彼女の胸が現れた時、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
吸い寄せられるように顔を近づけ、そのまま手と口で胸を刺激する。
「ああああン! 令君、そんな激しく……あうッ!」
柔らかい感覚が手に伝わる。考えてみたら令はこういう風に女の人の胸を触るは初めてだ。
刺激するたびに瑞稀が甘い声を上げる。その声がまた令の動きを加速させる。
そして胸を責めたまま、右手を静かに瑞稀のスカートの中に入れた。
ショーツに触れた途端に彼女の体がびくんと跳ねたが、抵抗はされなかった。
そのままなぞるように指をショーツの内側に入れ、その先が静かに彼女の最も神聖な場所に触れる。
「やあぁッ、ああああぁ!!」 
瑞稀の声が途端に大きくなった。そしてそれが令の心に更なる興奮を与える。
令は抱く側の快楽というものを初めて知った。セネアや姉の行為の意味が少しだけ理解できた気がする。
瑞稀をもっと鳴かせたくてたまらなかった。感じれるだけ感じ、よがり狂って欲しかった。
しかし令はそのための技術を知らない。抱かれた事はあっても抱いた経験が無いのだ。
だが令の経験は現実的に限りなくイレギュラーなもの。その経験は”女として悦ばされた”ものだ。
つまり裏を返せば……令は初めて女の体になった事を少しだけ感謝したい気持ちになった。
「瑞稀さん……悦ばせてあげる。」
「え?……れ、令君?」


令の意外な言葉とその顔に、瑞稀は驚きの声を上げた。
令はその時、本来男であったとは思えないほど妖艶な笑みを浮かべていたのである。
それは令本人にも無意識なもの。多分に心は責める立場の者だったのだろうが、
肉体が自身の経験を”同じ立場の相手に与える”と理解していたからなのだろう。
そして秘部と胸に添えられていた指が、ゆっくりとその動きを再現し始めた。
「な……! ああああぁ―――ッ!!」
左手で胸を下から包むように揉み上げ、舌でその頂点の頂をねじるように舐める。
同時に右手は親指で肉芽を、そして残りの指で秘部をピアノの旋律の奏でるようにすり上げる。
それはセネアが令の肢体に快楽を与えるために行ったもの。
令の体にセネアが刻み込んだ、女の快楽を引き出すための肉体の記憶だった。
「令……君やめっ……やぁッ! ふあああぁあぁああ―――ッ!!」
瑞稀は明らかに快楽を抑え切れていない。快楽のせいで体が言う事をきいていないようだ。
初めて心が本来の立場で行為を行える事に令はこれ以上ない喜びを感じた。
−すごい……今僕は瑞稀さんを鳴かせている!−
どんどん声が高くなる瑞稀の前に、令の心はいよいよ暴走寸前まで来ている。
そう、もう行き着くしかなかった。体は無意識にそれを実行しようと動く。
左手で乱暴にパンツを下げた。後はそれを彼女に……!

ぴちゃり。

そんな音がした。予想だにしない、理解できない音。しかしそれは今の令の現実。
令は唐突に夢から醒めた。先ほどまでの興奮が嘘のように引いていく。
静かに彼女を責めていた手が止まる。我慢しようとしても、勝手に口から嗚咽が漏れた。
「令…君?」
自身を責めていた快楽の嵐が唐突に止まり、瑞稀は令を見上げる。
令は自分のスカートに手を入れたまま止まっていた。そしてその目には、微かな涙が浮かんでいる。


令は瑞稀を抱こうとした。そう、自身の肉棒で彼女を貫こうとしたのだ。
しかし令の体には今、令の望むものは無かった。手は虚しく、興奮で濡れた秘部に触れただけ。
僕は彼女を愛せない−そんな絶望のような心が令を支配する。
「やっぱり……ダメなんだ。僕はもう……」
涙が頬を伝った。ここまでの行為を助けてきた令の体は、最後の最後で一番残酷な現実を用意していたのだ。
そのまま静かに涙する令を見て、瑞稀もようやく令の心境を理解した。
静かに体を起こし、令の頬に手を添える。だが令の悲しみは簡単に消えるものではない。
しかし……
「一つに……なりたい?」
ぽつりと出る瑞稀の言葉に、令は意味もわからず顔を上げる。
慰めかと思ったが、今の瑞稀の照れているような顔にはそんな意図は見られない。
そんな心の疑問符が顔にも出てしまったのだろう。瑞稀は軽く笑うとベットから立ち上がった。
そのままクローゼットの前まで歩いて行き、その下に付いた引き出しを開ける。
何枚かのカラフルなスポーツタオルを取り出し、その一番奥から何かを取り出す。
しかしそれも白い地味なタオルだったが……彼女はそれを手に取ると令に差し出した。
意味もわからず受け取る令。だが手に取るとすぐ中に何かが包まれている事がわかった。
「……これは? 開けていいの?」
令の疑問に瑞稀は顔を赤くするだけで答えない。その顔は何故か自分を責めているようにも見える。
結局令は彼女が自らこれを差し出したのだからと、答えを聞く事なくタオルを開き始めた。
そして最後の折り目を開いた瞬間、令は予想もしなかったものの登場に絶句する。
「また使う事が来るなんて、無いと思ってたけど……」
彼女の呟きも、令の耳にはほとんど入らなかった。それ彼女の部屋にあってはならぬもの。
杉島瑞稀というキャラクターには明らかに噛み合わないもの。
それは青い透明なプラスチックで出来た双頭のディルドーだった。
「瑞稀さんって……レズとか自慰狂いとか、そういう趣味が?」
「無いってば!! そんなのは絶っっっっっっ対無いわ!」


半分は令に怒り、半分は自身に言い聞かせるように瑞稀はそれを否定する。
もう顔まで真っ赤で恥かしがっている瑞稀の姿が可笑しくて、
令はいつのまにやら先ほどまでの陰鬱な気持ちまが吹き飛んでしまった。
が、そうなると俄然興味が沸いてくる。当然の疑問が口に出た。
「じゃあどうしてこんな物が?」
「お願い……それだけは聞かないで……」
その真っ赤な顔のまま、事の解答だけは却下する。見た感じ深刻な事情というよりは
思い返すと恥かしいという部類の経緯のようだ。
多分これ以上強引に聞いても瑞稀の性格からすると、おそらく答えてはくれないだろう。
それでも聞いてみたい気はするが……
「理由はもういいでしょ……それより令君、その……したい?」
赤い顔で上目使いに瑞稀が聞いてくる。当然答えは一つしかない。
「……したい。」
令は言葉とともに、瑞稀の体を再びベットに押し倒した。


先ほどまでの時間が巻き戻されたかのように、令の前にはベットに横たわる瑞稀の姿があった。
違う事と言えば、令の手に瑞稀と一つになるための道具があるという事。
しかしそれを使う為には、当然自身も同じように貫かれる必要がある。
今更こういう物が自分の中に入る事を拒否するわけじゃないが、令の心にはやはり不安があった。
多分それが顔にも出たのだろう。瑞稀は無言で令を抱き寄せるとそっと唇を重ねた。
「令君、不安なんだね。じゃあ、私にも手伝わせて。」
令の言葉を待つ事なく瑞稀はそのままごろりと転がり、姿勢を入れ替えた。
今度は瑞稀が令を見下ろす立場になる。
「手伝うって……何?」
「こういう事。」
瑞稀はゆっくりと令に持たれかかり、そのまま左手で制服の上から胸を、そして右手を令のスカートの中に入れる。
「女の子はね、体だけとか心だけとかじゃダメなの。今の令君、心は準備できてるけど、
体の準備ができてないから……だから、手伝ってあげる。」
「はうっ……ああぁ、瑞…稀さ……はあぁぁ…」
緩やかに瑞稀の手が律動を開始する。しかしそれは相手を思いやるような優しい動きだった。
気持ちは完全に高ぶっていた令は、その快楽を素直に受けとめ始めた。
令は目を閉じて視角からの情報を封印する。それは自己の”男”を意識するため、
想像の中だけでも自身が男として愛撫を受け、高まっている事にするためだった。
とはいえ……男と女の快楽は違う。それがある種の言い訳だという事は令にもわかっていた。
さらには瑞稀が自身に与えてくる刺激に対し、令はある意味失礼な認識すらして自己嫌悪する。
−慣れてないのは当然だよな……−
当たり前なのだが、瑞稀の愛撫はセネアや姉の静奈のそれと比較すると、恐ろしく不器用である。
ストレートに言ってしまえば下手糞なのだ。多分その比較対象の両者に徹底的に責められた令の方が、
ある意味女性を責める知識には長けているのではないかとさえ思ってしまう。
とはいえ瑞稀にその罪はない。そもそも女を抱く事に長けた”女”という存在自体が変なのだ。

しかしそのぐらいの刺激であっても令の体を熱くし、呼吸を荒くするのには十分だった。
多分このまま続けられてしまえば何時かの間に絶頂に達してしまうだろう。
しかしこの行為の目的はそれではない。次の行為のために、肉体に覚悟を与えられれば良いのだ。
令は静かに瑞稀の手を掴み、頷いてもういいという意思を伝える。
この時は逆に瑞稀が慣れていないのが良かったと令は思う。これで相手がセネアなんかだったとしたら、
令はとっくに喘ぐ以外の行為を取れないほど快楽に狂わされていただろうから。
令はゆっくりと体を起こして膝で立つ姿勢になると、ベットの脇に転がるディルドーを手に取った。
瑞稀の方を見ると、彼女はこくりと頷く。あとはもう令次第だ。
令は自身のスカートに手を入れショーツを引き下げると、それをゆっくりとスカートの中へ導く。
そしてそれが秘部の入り口に当たる感覚。すでにその入り口は愛液で溢れており、
体が自分以外のものを受け入れる姿勢は完全に整っていた。
だが……それでも自分で自分を貫くといのは、今まで感じた事がない類の恐怖がある。
ある意味スカートがそれを隠していたのは幸いだったのかもしれない。視覚的な不安が無からだ。
そして”瑞稀を抱きたい”という男の欲求が、令に最後の覚悟を決めさせた。
ゆっくりと手に力を込める。思った以上にキツい。
「ふぁッ……あぅッ!」
他人の手で入れられるならここまで苦しくはなかっただろう。しかし令はこれを何としても
自身の手で挿入する必要があった。人にされては、自身が女として挿入された事になってしまう。
令は自分の手で”男になる”必要があったのだ。
そして令は時間がかかるとより迷いが増し困難になる事を漠然と理解していた。
負けて女に戻るのは嫌だった。瑞稀を抱くため、令は力を振り絞ってそれを自身の奥深くに突き込んだ。
「ひゃふッ……ああああぁぁぁ――――ッ!!!」
その瞬間、全身を女の悦びが駆け巡った。男になって女を感じるという皮肉な矛盾。
そのまま瑞稀の上に四つん這いになるように両手を彼女の顔近くにつき、荒い呼吸を整える。
これだけで絶頂に達してしまいそうな感覚。しかしまだこれはスタートラインに立ったにすぎないのだ。

瑞稀に見えるように令はゆっくりと自分のスカートを上げる。
白い足の付け根であるその秘部に、青いディルドーがしっかりと挿入されていた。
愛液がつうっとディルドーを伝い先端から落ちる。
しかし令にはそれがまるで男根から流れ出た我慢汁のように思え、
その幻覚が自身の体がようやく男に戻ったかのような満足感を生み出す。
そしてその視線をゆっくりと瑞稀の顔に移と、うっすらと笑みを浮かべた目で瑞稀は呟いた。
「いいよ……令君、来て……」
その言葉に令は無言で頷き、瑞稀の秘部に自身に挿入されたディルドーを当てようとする。
しかしディルドーはかなり反ったラインを持っているとはいえ、秘部から下に突き出るような形だ。
男のように上から覆い被さるようなスタイルで挿入するのは無理だった。
令は結局瑞稀の片足を持ち上げ、互いの股が交差するような姿勢を取る。
自身の白い両足の間に見える、スカートに隠れるように突き出されたディルドーがこの上なくエロチックだった。
瑞稀の膝を抱えるように腰を引き寄せ、ディルドーの先端を瑞稀の秘部に当てる。
「ん……ふぅ…」
その刺激に瑞稀が微かに喘ぐ。後は腰を深く突き入れるだけだった。
−瑞稀さんと、一つになれる……!−
夢にも思わなかった至福、歓喜が令の心に沸き上がる。
本来の形とは随分違ってしまったが、実質これが令にとっての”男の”初体験。
そう、これから行われるのは童貞を捨てる行為なのだ。
令は自分を落ち付かせるようにゆっくりと深呼吸した後……その腰を一気に突き入れた!
「「あああああぁぁぁぁ―――――ッ!!!」」
刹那、二つの雌の歓喜の声が部屋に響き渡る。
一方は勢いよく挿入されたそれで、そしてもう一方はその挿入する抵抗で
自身のより奥深くに突き入れられてしまった感覚にその嬌声を発する事を肉体に許してしまった。
しかし瑞稀の絶叫に令の意識は若干の理性を取り戻す。
−乱暴すぎたかも。それに……もしかしたら…?−
令は快楽に震える体をなんとか支えながら、頭を起こし自身の足の付け根を見た。

思わず息を呑む。間違いなく瑞稀と一つになっていた。しかし……
令の動きがそのまま止まったままなので、瑞希は静かに視線を移す。
そして自身に心配そうな顔を向ける令を見て、瑞稀は令が何を気にかけていたのかを理解した。
「ごめん……私、初めてじゃない……」
瑞稀は令の知りたかった事をそのまま口にする。もし初めてなら乱暴すぎたのではないかと、
その言葉に令は安堵するが……同時に限りなく残念だと思う自分がいる事に気が付いた。
−もう姉さんの事、全然笑えないじゃないか……−
令はあの時の情事を思い出し、心の中で思わず苦笑した。
そういう事の価値なんて人それぞれだろうが、確かに悔しいという気分はある。
が、それだけが行為の意味じゃないと令は開き直った。
「謝る必要なんてないよ。僕は瑞稀さんと一つになれたんだから。それに……」
「それに?」
「それに経験があるっていう事は、最初から感じれるっていう事だよね。」
令は両手で瑞稀の抱え上げた足を抱きつくように掴んだ。そして静かに腰を浮かせる。
「だから遠慮なしに……行くよ!」
そのまま令は勢いよく挿入を開始した。それと同時に頭の中でペニスを突き刺しているのをイメージする。
とにかく今回は、男の感覚で抱きたかった。男としてセックスを楽しみたかった。
「あぅっ…ああぁ、や、あああああっ、ああああぁッ!」
瑞稀の声に自身の心が興奮する。股間からの快楽が、漠然とペニスのイメージと重なる。
このまま行ける! と令は確信した。そして男の心で性交が出来るという判断から、
令は初めてセックスにおいて心の制御弁を外してしまったのである。
だがそれが間違いだった。いや、例えそれがなくともいつかはこうなったのかもしれない。
しかし無意識に行ったそれで、その目論見は予想よりも遥かに早く崩れ始める。
まるで爆発するような勢いで令の快楽が全身を駆け巡った。

令が今まで体験した情事では、肉体が溺れようと心が快楽に流される直前まで必死に抵抗していた。
それゆえに快楽が最後の瞬間まで本当に受け入れられていなかったとも言える。
しかし今回は肉体と同時に心でも快楽を認めてしまった。心までもが快楽を招き入れた。
そうなった時の女の体は……令は限界を見たと思っていた女の快楽がまだまだ底であったことを知る。
「やああああああぁぁッ!! と、止まらない! こんなっ……すごいいぃぃ!!」
「きゃふぅ!! 令く……ひゃうん!…そ、んなに激しくああああぁッ!」
すごい勢いで肉体が快楽を求めて暴走し始めた。ディルドーが執拗に瑞稀を責めるが、
それは逆に自分を責めているのと同じ事である。いくら動きを緩めようとしても、
一度その歓喜を体が知り、それが巡り始めるともう止まらない。
何時かの間に令は貫く側の快楽から、貫かれる側の快楽に酔っていた。
だがすでに男だ女だと考えるだけの余裕は令に残っていない。あるのは快楽を求める本能だけだ。
「瑞稀さ…ああああぅ!! ダメ……腰が止まらないッ! はああああぁぁ!!」
「いいよ…もっと乱暴にして!! 私も……気持ちよく…ふあ、ああああああぁん!!」
互いの腰がベットの上で激しくリズムを描き、ぴちゃぴちゃと愛液が飛び散る。
そしてその白い肌に滲んだ汗が夕日の光でオレンジ色に輝き、互いの姿をよりエロティックに見せた。
肉体が心に快楽を与え、その心が増幅させた快楽をまた肉体に与える。
無限の快楽輪廻に捕らえられたかのような性交。しかしついにその終わりが近づく。
「もう…ダメ、瑞稀さんもう……僕もうだ…あン!ああああああッ!」
「わ、私もッ! イこう、一緒に……ひゃうッ! 一緒にイこう!!」
互いが互いの限界を悟り、二人は最後のスパートに入った。
相手を責めるほど自分も責められ、自分が感じるほど相手も感じる。
そんな絶妙な快楽の饗宴は、最後の瞬間まで崩れなかった。
限界の瞬間、二人は同時に腰を相手に突き入れる! 刹那、光が頭の中で爆発した。
「「あああああああぁぁぁぁぁ――――――ッ!!!!」」
理解を超えた快楽の爆発に、令の意識は静かに白い光の中へ沈んでいった。

音が聞えた。聞きなれた音楽だった。
「令君、電話鳴ってるよ?」
朦朧とした意識の中、令は自分が体を揺すられているのを漠然と感じる。
視界が次第にはっきりしてくる中、瑞稀が自分の体を揺すって令を起こそうとしているのだという事を
理解するのに少しばかりの時間を要した。そしてようやく自身の状況を理解する。
その音は令の携帯電話の着信音だ。そして今現在まで令は寝ていた。
多分絶頂に達した後、そのまま気を失ってしまったのだろう。
視界に入る蛍光燈の光がいささか眩しいと思いながらもゆっくりと体を起こすと、
瑞稀が令に自身の携帯を手渡す。令はそのままボタンを押して耳に当てた。
「もしもし……」
「令!? こんな時間まで帰ってこないなんてどうしたのよ!」
突然の叱りの声。静奈だった。
親と別々に暮すようになってから久しく受けていない類の言葉にいささか面くらいながらも、
令は電話の主と話を続ける。
「あぁ……ごめん、ちょっと友達の家に寄ってたんだ。それよりなんで姉さんがそんな事心配するのさ?
もう大学の方の家に帰ったんじゃなかったの?」
「あなたがそんな状態で帰れるわけないでしょう? 暫くはこっちに帰る事にしたの。
なのに令ったらこんな時間まで帰ってこないんだもの。」
「こんな時間?」
令はその言葉に思わず部屋を見まわす。瑞稀がそれに気付いて、令が探しているものを指さした。
無論それは時計だが……針はもう11時に近づこうかというところを指していた。
部屋のカーテンはすでに閉じられていたが、外は多分闇だろう。随分と長い時間寝ていた事になる。
「ご、ごめん……こんな時間だとは思わなくて……」
「まあ令が無事ならいいわ。迎えに行ってあげるから、場所を教えなさい。」
「いいよそんな。今更子供じゃないんだし、近所だから歩いて帰れるからさ。」
そんな令の言葉に、電話の向こうから露骨に呆れたと言わんばかりの溜息が聞えた。

「姉さん、何それ?」
「あのねぇ、いい年の女の子がこんな時間に一人で出歩く事に、
素直にはいそうですかって言えるわけないでしょう? 少しは自覚なさい!」
「いい年って……」
と、反論しかけて令はその後に続く言葉にようやく気が付く。
ゆっくりと視線を下げ……自分の今の姿を見た時、その事実を思い出した。
「それでも令だっていいかげんその年だから本当はそこまで縛る気もなかったけど、
最近はまた物騒な事件があったばかりでしょう? いいから何処にいるか教えなさい。」
「……わかったよ。」
結局令は観念した。確かに今の自分の状況からするに姉の言い分の方が分がある。
それに静奈が令を心配している事は事実なので、無碍に断る理由もない。
住所を伝え、近くに来たらまた電話をするという事で静奈の電話は切れた。
「姉さんが迎えに来るって。」
電話の内容を瑞稀に簡潔に伝え、令は足をベットの上から下ろす。
制服を着たまま体を重ね、さらにそのまま寝てしまったから少々服にシワが出ていた。
「令君の……お姉さん?」
「うん、そうだけど……何かまずい? 親とか何とか?」
「ううん、そういう事じゃないけど。うちの親って二人とも帰るの日が回ってからだし……」
「……?」
いささか瑞稀の態度に違和感を感じながらも、令はとりあえず自分の鞄を手に取り、
軽く制服を叩いて煩雑な身支度を整える。
「とりあえず近所だから、すぐ来ると思う。玄関で待ってなきゃ。」
「あ、令君ちょっと待って!」
令はそのまま部屋を出ようとするが、瑞稀の声に止められる。
見ると瑞稀は顔を真っ赤にして上目使いに令を見ていた。何かがありそうな展開……などと、
令の心は思わずそれを勘ぐる。とはいえ告白は夕刻された身だ。想像がつかない。

「その……あのね? そのままじゃちょっとマズいかなーって……」
「な、何で?」
赤い顔で瑞稀はゆっくり言葉を探るように出す。しかし令にはその言葉の意味が理解できなかった。
が……ゆっくりと瑞稀が持ち上げたソレを見て全てを理解する。
「……はいてないよ、コレ……」
それは静奈が令に履かせた、シルクのショーツだった。



結局あの後10分ほどして、静奈の車は瑞稀の家の前にやってきた。
あまり女性の乗るようなタイプではない真っ赤なスポーツカーだ。
「おまたせ、令。」
静奈は車を降りて令を呼んだ。令がそれに礼を言おうとして、その視線が自分に向いてない事に気が付く。
そのまま首を静奈の視線の方向に向けると、隣にいた瑞稀が目に入った。
「お久しぶりね、杉島さん。令のお友達ってあなたの事だったのね」
「あ……あの、お久しぶりです三木原先輩……」
なにか脅えているような、照れているような微妙な瑞稀の顔色。
令は漠然と、何かとてつもない不安が頭をよぎった。少なくともこの二人は初対面ではないのだ。
同じ学校に通っていた以上、面識がある事自体は不自然ではないのだが……
「これも縁かしらね……ま、いいわ。令、乗りなさい。」
静奈に促され、令はいさささ車高が低くて座り辛いその車の助手席のドアを開け腰を下ろした。
そのまま静奈も運転席に収まったので、令はスイッチを押して窓を開ける。
「じゃあ瑞稀さん、また明日学校で」
「うん。じゃあ令君も先輩も気をつけて……」
瑞稀は小さく手を振って微笑む。そのまま発進……かと思われたが、静奈がひょいと顔を出した。
「杉島さん、昔みたいに”お姉さま”って呼んでかまわないのよ?……じゃあね」
「……!!」
顔を真っ赤にして俯く瑞稀に静奈はいたずらっぽく微笑むと、そのまま車を発進させた。
表通りを走るその車の車内に響く音は暫くエンジンの音と周囲の雑踏だけ。
その沈黙を最初に破ったのは令の方だった。
「姉さん、まさか瑞稀さんにも手を……」
その声は露骨に呆れたという色をを含んでいた。そのままジト目で静奈を見る令だったが、
当の本人はいたって涼しげな顔でハンドルを握っている。
令の知る限り瑞稀が令の家に泊まりに来た事はない。そんな事があれば覚えていないはずがないからだ。
つまり、家に来た人達は氷山の一角だという事。

そして当の本人はそのまま黙殺するのかと思われたが、焦らすように遅らせて口を開いた。
「あの子って、見た目タチっぽく見えるけど実は完全にネコなのよね。
苛めると可愛い声であんあん鳴くのよ。そのくせずーっとウブなままだったわ」
静奈は清ました顔のまま、過激な答えを平然と口にした。
まあ予想通りの答えだったので、令には露骨な溜息で返す以外の反撃手段がない。
なんで瑞稀が双頭ディルドーなんかを持っていたのかも合点がいった。
つまりそういう事だったのだ。知らなかったのは令だけという事……。
「でも……令にそれを言われるのは心外ね。令だってやっちゃったくせに」
「な、な!! なんでそんな事!!」
「誤魔化しても無駄よ。そんなのすぐにわかっちゃうんだから」
明らかに確信を持った笑みに令は反論を諦めた。この手の経験で姉に勝てるわけがない。
結局や藪蛇だったようだ。なにしろ帰り際の言葉で予想はほぼ確定だったのだから。
と……そんな思惑を余所に静奈が言葉を続ける。
「令はようするに男の子として、瑞稀が好きだったわけ?」
突然の指摘に令はまるで心臓にナイフでも刺さったかのようにドキリとする。
それは確かに男の令にとっては紛れもない事実だった。
男の令はその気持ちにすら気がついていなかったが、確かにそうだったと言える。
しかし……今心臓を突き刺した感情の裏に、奇妙な違和感が張り付いている事に気が付いた。
−男の子として……? 男……だったら?−
何かえもいわれぬ表現できない感情がそこにあった。
瑞稀が好きなのはまぎれもない事実なのだ。しかし何かがそこに引っかかる。
先ほど令は彼女と擬似的とはいえ肌を重ねた。性的な関係として結ばれたのだ。
本来ならば今日は興奮と喜びで寝られないほど感情が高ぶっているのではなかろうか?
しかしどこかにそんな令を冷めた目で見る自分がいる。
何かがわからない。しかしそれを”ちょっとした悪戯”程度にしか見ていない自分がいる。
しかし令にはこの感情が理解できなかった。いくら記憶を探っても答えは出てこない。

そうこう考えるうちに、令はそもそも自分がいったい何に悩んだのかもわからなくなってしまった。
そんな思考の堂々巡りに悩む令を見て、静奈が不思議そうに声をかける。
「どうしたの? 何か悩み事?」
「いや……そういう訳じゃないんだけど。よくわからない……」
「ふぅん……」
結局静奈の問いは令の曖昧な対応で消されてしまった。
静奈自身もそこまで深く問い詰めようという気もなかったのだろう。
それに令自身も答えどころか問いも頭の中でごちゃごちゃになり、答える事はできなかった。
そのまま会話はそこで中断してしまい、再び沈黙が訪れた。
が、しばし間を置いてから静奈があの笑みを浮かべた。
「ま、いいわ。悩みなんて忘れさせてあげるから、今晩は覚悟なさい」
言葉とともに静奈は車を加速させる。令が何かを言ったようだったが、
その声はエンジン音とともに闇の中にかき消された。

窓から朝の日差しが差し込み、雀の鳴き声が聞える。そして目覚ましの音……
朝だった。正直恐ろしく気だるい朝。
その理由は至って単純……睡眠時間がほとんど取れなかったせいだ。
結局令は昨晩帰宅後、すぐ静奈の手でベットに押し倒された。
そしてそのまま明け方まで静奈に責められ、鳴かされ、イかされ続けたのだ。
令はなんとか気力を振り絞って起きると、ふらつく足取りで階段を降りる。
居間に入ると、すでに静奈が朝食の準備を済ませて待っていた。
「おはよう令、夕べはよく眠れた?」
「……姉さん本気で言ってる?」
見たところ静奈は寝不足などまるで感じられない、すっきりとした顔をしていた。
あの後寝たにしても、この差はいったい何なのか……令は不公平感を感じずにはいられない。

絶倫……という単語を頭に浮かべながら令は席につき、朝食を取り始めた。
すると静奈はそのまま椅子の横に置いてあった鞄を持って立ち上がる
「あれ? 姉さん今日は早いんだね。学校は午後からなじゃなかった?」
「学校はね。今日はちょっと今後を考えて色々……ね」
「今後……色々?」
何気ない問いだったのだが、何故かその言葉に静奈の顔が僅かに曇る。
それはほんの僅かな変化だったが、ずっと顔を合わせていた姉弟(妹)故に
令はそれを見逃さなかった。
「姉さん?」
「何でもないわ。令はそんな事心配しなくていいの……それより!」
突然びしっと顔の前に指を指される。
「昨日も言ったけど、最近物騒なのよ。近所で令ぐらいの年頃の女の子ばかりが
襲われてるのは知ってるでしょう? だから昨日みたいな時間になるんだったら、
きちんと私に連絡しなさい。いいわね!?」
静奈は睨むように令を見ている。単純に話をすり替えようとしているのは令にもわかったが、
こういう部分でわかっていても令はそれを押し返せない。
結局”うん”と素直に頷くしか選択肢はなかった。
「OK、じゃあ私は行ってくるから令も急ぎなさい。あ、下着はちゃんと用意しといてあげたから、
それをちゃんと着て行きなさいよ? 女の子なんだから身だしなみもきちんと……」
「わかったから!……ほら、姉さんも急ぐんでしょ? いいからもう行きなよ」
そのままだとお説教モードに入りそうだったので、令は静奈を無理やり居間から追い出した。
元々世話好きな所があった姉だが、令が女の子になってからはさらに熱心な気がする。
まあそれは姉の嗜好を考えれば至極当然な訳で……とはいえ男の令に冷たいわけでもなかったのだが。
漠然とそんな事を考えながら、令はあまりいつもと変わらない朝の準備を始めた。

結局登校自体はいつもとなんら変わる事はなかった。無論自分の姿以外だが……。
違ったのは下駄箱の上履きを女物に取り換えてから校舎に入った事ぐらいである。
それでも教室に入った時は、いつもの男子の話の輪に入っていくわけにもいかないという
男であった頃の行動への未練のような引っ掛かりがあったが、代わりに瑞稀がすぐに令を女子の輪
の中に紹介してしまったので転校生の孤独感のようなものはまるでなかった。
そしてHRが始まり、そのまま1時間目の授業が始まる頃には、
令の心にあったいつもと違う日常という違和感はほとんど消えていた。

「じゃあ私部活だから、また明日ね。」
瑞稀が手を振って教室を出て行く。クラスの人間も次々と教室を後にしてる。
結局令の心配を余所に、拍子抜けするぐらいあっさりと一日が終了してしまった。
帰りのホームルームまでで、いつもと違ったのは朝の他には昼食を瑞稀の親友一同と一緒に取った
ぐらいのものだ。今日は体育もなく、授業の最中には身体的な違和感も気にならなかったから
実質女になった影響はほとんど無かったと言ってもいい。
令はほっと息をはくと鞄を持って席を立った。が……廊下を歩いて玄関に向う最中、
何故自分がそんな溜息をついたのかを漠然と考え始めた。
何かを期待していたわけではないし、極度の不安があった訳でもない。
しかし令は心のどこかで”女になってもこんなものか?”と思っていた。
自身の性格からしても騒がれるのはもちろん嫌だったが、多分何かが変わるんじゃないかという
期待があったのだと思う。無論その何かというものに明確なビジョンはない。
しかし自分のとてつもない変化に対して周りが何の反応も示さないという事に、
どこか物足りなさがあったのではないだろうか。
大きな台風が来ると言われて待っていたら、小雨が降って終わり……そんな感じかもしれない。
と、そこまで考えて令は苦笑する。これではまるで騒ぎが起きて欲しいと言わんばかりの考えだからだ。
何も起こらないのが一番じゃないか−と自身の中で考えをまとめる。

今日は理想的に事が済んだのだから何も憂う事はない。家に帰ればお終いである。
そう、お終いだったはずなのだが……運命は絶えず令の心理を裏切るように設定されていたのかもしれない。
令が下駄箱のドアを開けた時、その望んでいたかもわからない”何か”が忽然と姿を現わした。
「……?」
靴の他に見慣れぬものが入っているの気が付く。それは白い封筒だった。
なんでこんなものが?−と令は何気にそれを引っ張り出そうとして、手が触れる瞬間動きを止めた。
−こ、これって……まさか!?−
正直令には縁がなかったもの故に、それが意味する事を理解するのに時間を要した。
しかしこれは悪戯でなければ、それ以外の存在である事は考えられない。
令の鼓動が突然早くなる。顔がみるみる赤くなるのが自身でもわかった。
辺りを見まわし、周りに自分を気にしている生徒がいない事を確認すると令は素早く封筒を鞄の中に入れる。
そしてそのまま急いで上履きを履き替え、外に出ると校門に向わず校舎横の中庭に向った。
放課後はあまり人が寄り付かない校舎中庭まで急ぎ足で来ると、
令はそのまま人があまり寄りつかない建物の影に寄りかかって足を止める。
動悸が早いのは、決して慌てたからだけではないだろう。
令はなるべく気持ちを落ち付けるように努めながら、ゆっくりと鞄の中のそれを取り出した。


間違いない−令はある種の確信を持って封に指をかけ中の手紙を取り出そうとして……動きを止めた。
何故それを忘れていたのか? そう、令はその時になってようやく重大な事に気が付いた。
自分は今”麗”なのである。つまりこれは女性宛てに向けられたものである事は間違いない。
つまり相手は……
そこまで考えて思わず令は手紙を投げ捨てようとしたが、寸でのところで思いとどまった。
何かそうしてはいけない気がしたからだ。せめて中身を読んでからという引っ掛かりがある。
それが罪悪感か、それとも興味本意からかはわからない。
しかし令は再び封筒を手元に戻すと、中の手紙を取りだしてそれを開いた。
小さく丁寧な文字で書かれた文面が目に入る。内容はもちろん予想通りラブレターだ。
頭からゆっくりと文字を追っていく。幾度も文章を考え直したのか、
少々言葉がでこぼこしてる不器用な文。しかしそれは真面目で真剣な思いが見て取れるような、
そんな好感のもてるものだった。自分が”麗”の一つ後輩であるという事、昼に中庭で瑞稀達と
食事をしているところを見ての実質一目惚れだったという事、今日の放課後に校舎体育館の
裏で学校が閉まるまで待っているというもの。そして最後には名前が書いてあった。
2−D 比良坂 和真 ……予想通り男だった。
が、どこかでその名前に聞き覚えのあるような気もするが、どうも思い出せない。
令は軽く溜息をついて空を見上げる。日はかすかに夕暮れに近づいていた。
「さて、どうしようか……」
当然の事だが、令は今の自分が仮の存在であり自分は男だと思っている。
そうである以上、男からの告白など嬉しくもなければ受け入れる気もあるわけがない。
受け入れる気があるはずがないのだが……
何故だろうか? 不思議な事に令はその考えの一方で、この比良坂和真という人間に会ってみたいと
思っている感情がある事に気がついた。それがどうしてなのかはわからず、
令はとりあえず自分の気持ちを頭の中で整理してみる事にする。
−もちろん会いに行くのと受け入れるのはまた別だ。
ただ、これだけ真剣な思いをただ無視するというのは失礼だという気がするけど−

「せめて直接会って、しっかり断らなくちゃって事かな……」
とりあえず自分の頭が出した結論に納得すると、令は手紙を鞄に入れ、
そのまま校門とは逆の方向−校舎の一番奥の体育館の方角−に歩き出した。

「あ……せ、先輩!」
体育館裏の用具倉庫の入り口の前にいた彼”比良坂和真”は、令に気がつくとぱっと顔を明るくする。
令はその顔を見てようやく和真の事を思い出した。
過去に何度か学校の催しの手伝いをした時に、何故か令とよく組まされて一緒に仕事をした後輩だった。
和真は眼鏡をかけたそれなりに美形の男で、生徒会長やってますなんて言われたら誰でも納得するような、
そんなタイプだ。逆に令は背が低くて童顔だったので、もし令は和真と一緒に並んで歩いたら、
知らない人間ならどちらが先輩後輩なのかを多分取り違えるだろう。
故に令は初めある種のコンプレックスがあったのだが、和真自身が非常に人当りの良い性格をしていた事もあり
そんな考えはすぐに消えてしまっていた。
しかしそんな彼が女である自分に告白とは−令は何か複雑な心境だった。
「えっと……あなたが比良坂君?」
「は、はい! そうです。2−Dの比良坂和真と言います!」
一応初対面のフリをしながら声をかけると、和真は顔を真っ赤にして答えた。
緊張がこっちにまで伝わってきそうなぐらい表に出ている。正直令にはそれが妙に可笑しかった。
だからだろうか、令は逆にリラックスして和真を見る事ができた。
とりあえずは”麗”を演じて、最後には先程考えた通りの言い訳で断れば良い。
とはいえ、もうガチガチになっている和真を待っていては話が進みそうにないので、
令の側から言葉を切り出す事にする。
「手紙、読んだわ。ところで比良坂君は、私の事をどこまで知ってるの?」
「先輩の……事ですか? えっと……」
真っ赤な顔でしどろもどろになりながら、和真は必死に思考している。
緊張はしているが恐ろしく真剣なのが令にもわかった。それも何故か微笑ましい。

「先輩が交流学生として三木原”令”先輩の代わりとして北海道から来ている事、
そしてその三木原”令”先輩の従姉妹だという事……ぐらいです」
「そっか、そこまで知ってるんだ。」
正直、少ないながらもよく調べたものだと令は思った。昼休みからなら午後の授業2時間分ぐらいしか
情報収集の余裕がない。表向きの”麗”の事情としてはほぼパーフェクトだろう。
が、それゆえに話が早い。説明の必要が無いからだ。
「それで……その、先輩……俺は、その……」
和真はなんとか言葉を続けようと努力するも、なかなか思うようにいかなかった。
まあその先に言う言葉はすでに手紙で知っているので、実際には聞くまでもないのだが……
とりあえず令は面倒になる前に目の前に指を突き出して、言葉を遮った。
「知っての通り私は交流学生なの。だからここにいるのは短期間だけ。
残念だけど遠距離恋愛する気はないわ。ごめんね」
あらかじめ決めておいた言い訳をそのまま口にする。いささか性急な気もするが、
長引かせる意味もない。しかし令がその言葉を言った途端、
和真はもうこれ以上ないぐらい残念そうに肩を落した。
あまりの落胆ぶりに、正直令にもかなりの罪悪感があった。なにかいけない事をした気分だ。
が、和真はあまり時間をあけずに顔をあげた。
「そ、そうですよね。すいません先輩、俺、先輩の事情も考えずに……」
顔は笑っていた。しかし、その顔は必死に強がって作った笑顔だ。
「でも、俺自身が嫌われたわけじゃないからいいです。とりあえず、話聞いてもらえただででも
すごく嬉しかったですし……」
口では強がってはいるが、当然ながらショックだったのだろう。
が、そんな心を見せまいと和真は必死に笑顔で令をまっすぐ見つめていた。
そのせいだろうか、令は自身の動悸がかすかに早まるのを感じた。
真剣な和真の視線から目が反らせない。心にちくちくと針が刺さるような感覚があった。
−僕は……何をしているんだ?−

令は和真の真剣な思いをただ投げ捨てる事だけを考えてここに来た。
しかし今の令にはそれがあまりに酷い行為に思えた。あきらかに心を冒涜する行為だからだ。
自分がそんな真剣な思いを、適当な考えだけで断られたらどんなに悲しいか。
しかし和真はそんな令に何の不平や文句もなく、その上でまだ誠意を通そうとしている。
なにか令は自分があまりに卑しい存在に思えてきた。
「じゃあ、失礼します先輩。来てくれてありがとうございました。」
和真はその痛々しい笑顔で会釈した後、ゆっくりと令の横を通りすぎて行く
その時……何故か令は無意識に和真の腕を掴んだ。
「……せ、先輩?」
驚く和真の方に令はゆっくりと向き直る。
何故か令の頭の中は真っ白だった。ただ、動悸が妙に高い事だけが意識できた。
「遠距離恋愛、する気はないけど……」
言葉が自然に口から出る。それが意識的な行為なのか、本能的行動なのかは令自身にもわからない。
「今だけなら……いいよ」

令はそのまま和真の手を引いて体育館の裏口から入れる用具倉庫に入った。
ただですら放課後は人のいない体育館裏の、さらに建物の中なので誰かに見られる心配がないからだ。
体育用マットや跳び箱などが整然と並べられている部屋の真ん中で立ち止まると、令は和真の方を振り返った。
「せ、先輩……その、あの……」
和真はすごい顔で緊張していた。令には何故かその顔がすごく可愛く、愛しく思えた。
−相手が男なのに?−
一瞬そんな考えが頭に浮かぶが、何故かすぐに霧散する。
今はただ、和真の思いを少しでいいから満足させてあげたい。そんな気分だった。
「緊張しちゃって。そんなにかたくならなくてもいいわよ?」
もう完全に”麗”になりきって和真を軽くからかう。そのまま人差し指を和真の唇にあてた。

「ひょっとして、ここもまだ未経験かな?」
そのまま指を自分の唇にあて、かるく舐める。見せつけるような間接キス。
半分兆発のつもりだったのだが、何故か令の方の気分まで高まってくる。
そのまま半歩、令は和真の方に足を進めた。
「じゃ、始める?」
緊張で固まる和真を見上げ、令はとりあえずどうしようかと考えるが……突然和真の両手が令を抱きしめた。
「きゃ! ちょ、ちょっ……むうぅッ!」
そしてそのまま強引に唇を塞がれる。思わず令は手で和真を振り払おうとしたが、
体格も違う男の和真を振り払えるはずもない。
そんな強引な和真の行動に、何故か頭に先ほどの和真の真剣な眼差しがクロスして浮かぶ。
どう言う訳か、そのイメージが頭に広がるにつれ令は体に力が入らなくなっていた。
不思議な事に男にキスされているという嫌悪感も、そのイメージが打ち消してしまうような感じだ。
男とか女ではなく、真剣な思いを受けとめている……そんな感覚だった。
ぼんやりと令は体が熱くなっていくのを感じる。これは女の心が高まっている証拠だ。
そのまま身を委ねてもよかったが……令はちょっと反抗したい気分だった。
必要以上に豊富な性的経験をここ数日で得ているためか、面白い事に令は最後の一線において冷静でいられた。
それに比べ和真はおそらくキスすら経験のない童貞である。
経験の多い自分がそのまま成すがままにされるのはいささか不本意……そんな感情すらあった。
ヘタクソなキス……反抗は簡単だ。相手に経験させる立場に回ればよいだけの事。
令は強く唇を合わせるだけの和真のキスに、そのまま舌を入れた。
「……!?」
突然のことに和真は驚く。しかし令はそんな和真の反応を楽しむように舌を舌にからませた。
令はからませるように舌を動かす。和真はそんな令に不器用なりに必死についてくる。
その反応がまた可愛くて、令はまた濃厚なキスを続ける。
随分と長い時間のキスを経て、二人はようやく互いの唇を離した。

和真はどこか夢見ごこちに令を見ている。今の出来事がまだ信じられないといった様子だ。
そんな和真を思わずからかいたくなって、令はすねたような顔で和真を見上げた。
「もう……初めてなら、もうちょっとロマンチックに優しくキスしてくれてもいいんじゃない?」
「あ、あの……す、すいません! お、俺その……思わず夢中で……」
「ふふふ……冗談だってば。でもここから先は、優しくしてね」
慌てた和真が令の言葉にぱっと顔を明るくする。その一喜一憂が令は可愛くてしょうがなかった。
−しかし……もう完全にセリフが女の子だよな……−
その一方で、頭の中で漠然と男の心が今の令自身の言葉に呆れる。そして相手が男なのにと嘆く。
だが今日の令はそれ以上に女である自分を楽しんでいた。相手が和真のような人間なら、
一時的に女を演じるのも悪くない……男の心にそんな言い訳をしてみた。
だが、多分今の令にはその心が納得しようがしまいが関係なかった。
何故か行為に嫌悪感や恐怖を感じない。今の状況を否定する要素がないのだ。
−じゃあ……心も女に?−
と、その言葉が頭に浮かんだ時、令は思わず顔を振ってそれを振り払った。
それは最後の一線、それだけは妥協してはならない部分。今の自分は仮の自分であって、
今こうしているのは真剣な思いへのせめてもの贖罪なのだ。
令は必死に自身に言い聞かせる。しかし……何故否定するの? と頭に別な考えが過ぎる。
なぜかはわからない。しかし令の心には今奇妙な分裂があったように思えた。
「あの、先輩?」
唐突に聞えた和真の声。それで令はようやく我に返った。和真が不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、あぁ……ごめん。ちょっと、激しかったから。」
その一言で和真は真っ赤になって顔を下に向ける。あまりにウブな和真に思わず笑いそうになって、
令はさっきの奇妙な感情をとりあえず忘れることができた。
今は、和真にいい思いをさせてあげよう−そう思い直すと令は、
後ろに腰の高さあたりまで積み上げてあった体育用マットの上に腰掛けた。

丁度スカートの中が見えるか見えないかの挑発的な高さ。
そして多分、行為をするにも都合のいい場所だ。
「じゃ、続きしようか」
令の言葉に和真は真っ赤な顔で頷く。両肩を掴まれると、令はそのままマットの上に押し倒された。


和真の手が令の制服のリボンをほどき、インナーのボタンを一つずつ外していく。
少しずつ制服がはだけて肌が露わになるにつれて、令は自身の動悸が信じられないほど高まってるのを感じた。
とくん、とくんと、そんな鼓動の音が和真にも聞えるんじゃないかというぐらいの激しさだ。
多分、初めて”男”に抱かれるから緊張して……令の心にそんな当たり前な理由が浮かぶ。
しかしその動悸は何かが違った。
緊張や不安ではない……何故ならプレッシャーがまるで感じられないからだ。
とはいえ身体的にまだ高まっているというわけでもないから、運動的要因でもない。
つまり、抱かれる事に対してそれら以外の感情が令の動悸を高めている事になる。
そうなると後考えられるのは精神の高揚。
これから行われるであろう行為に体が歓喜しているという事だ。
だが性的な快楽ならば既に何度となく経験している。
僅かばかりだが、女の体から引出される快楽というものにも少しは慣れたような気がした。
となると今の令が期待しているのは、これまでにない条件がある故なのだ。つまり……
−僕は男に抱かれる事に期待してる? まさかそんな!?−
その答えを導き出してしまった途端、令の心に陰りが落ちそうになった。が……
「あうぅッ!!」
しかしその思考は突然中断される。
いつのまにか和真は令のブラをたくし上げ、その胸を揉み始めたからだ。
「先輩の胸、綺麗です……。すごい……こんなに吸いつくようにふっくらした感触なんて……」
「ああぁ……そ、そんないきなり激し……はうううぅぅッ!」
男の、和真の少々荒っぽい肌の手で加えられる刺激はまたこれまでとは違うものだった。
いささか乱暴だが、力強くて荒々しい責め。そのまま上着も脱がされ令の胸が露わになる。
その不器用さとあいまって、今までとは違う新鮮な快楽が令の体に流れてきていた。
その指が胸全体を揉みあげるようにしながら、人差し指が乳首をこねるように刺激してくる。
その動きに促され胸から熱が体中に広がるような、そんな感覚だった。

「ひゃうッ!」
唐突に別な感覚が胸に加えられ令は悲鳴を上げてしまう。和真が令の胸に吸い付いたのだ。
吸われるような感覚の後、舌が荒々しく乳首を責め上げる。
いや、責められているという感覚とも少し違った。
和真は今、まるで令の全てを味わおうと言わんばかりの激しさで舌を這わせている。
和真は令に与えているのではない。令を求めているのだ。
当然その行為事態が令の体に快楽を刻み込んではいるのだが、それは結果論でしかない。
それは明らかに今まで令が体験したそれとは違う、雄の性行為だった。
「あふッ…はっ、あああああぁぁッ!! ひゃあッ!」
技術も経験も未熟な相手のはずなのに、令は声を出さずにいられない。
まるで求められる事に体が反応するかのように喉から嬌声が漏れる。
令はこれまで女の肉体で快楽を得る時、こんな感じで少しづつ心がぼやけていくのをすでに体験していた。
しかしこれは何かが違う気がする。快楽以外の何かが令の意識に影響を与えている感覚がある。
それが何かはわからないが、その何かが確かに令への支配力を強めているのだ。
それゆえにか、声を抑えようとしても肉体がそれを拒否するかのように喘ぎ悶えさせられた。
「先輩、胸が敏感なんですね。すごくいやらしい声を上げてますよ。」
「やあっ、そ、そんな事は……はうんッ! あああぁぁっ!!」
反論しようにも声を出す事もままならず、もう令は息も続かない状態だった。
そんな延々と続くのではないかとすら思えた和真の愛撫は、
令がこのままでは胸だけでイッてしまいかねないと思い始めた頃にようやく止まった。
「あの……その、下……いいですか?」
そんな事をいちいち聞かなくても……そう思って和真を見上げる令だったが、
その手はすでに令のスカートにかかっていた。結局のところその問いは
彼に残った微かな理性が令への問いかけという行為で自身の暴走を誤魔化しているというだけにすぎず、
内実和真は令の答えを選択肢として待っているわけではないのだ。
そして令にも、それを断ったり抵抗する理由もなかった。

和真の手でスカートが下ろされ、今度はその手がショーツにかかる。
令は脱がせやすいようにと自身の腰を浮かせると、和真は震える手でゆっくりと令のショーツを下ろし始めた。
「あ……あふぅ……」
するりとした感覚に令はそれに甘い息を吐く。人に脱がされるというのは自分で脱ぐのとはまったく異なる感覚だ。
見ると足をなぞるように下ろされたショーツと秘部の間に愛液が糸を張っていた。
そしてそのショーツ自体もすでに愛液でしっとりと濡れている。
和真はショーツを足の先から抜くとそのまま腰を屈め、令の股に割り込むように頭を下ろす。
まだハイソックスを履いたままの令の足を肩でかかえるように手で固定すると、
無言で秘部に舌を這わせてきた。
「はううッ!! ひゃっ……あああぅッ!」
令は思わず反射的に足を閉じようとしてしまうが、和真の手ががっちりと足を掴んでおりそれを許さない。
いくら相手が素人であっても、こうなってしまっては令はもう快楽を享受するしかないのだ。
少しはおさまったと思っていた悦びのカーブが再び昇りのラインを描き始める。
再び体が火照り始め、また声が上がるのを抑えられなくなっていく。
このままでは女の快楽に体が言う事をきいてくれなくなるのは時間の問題だろう。
そのままイッてしまうのも悪くはないが……令は微かな考えと迷いの後、
震える手で和真の頭を半ば無理矢理秘部から遠ざけた。
「え? あ、あの……先輩!?」
「ダメ……これ以上は駄目」
「な……!! そ、そんな! ここまで来てそんな事……」
令の突然の言葉に和真は青い顔で情けない声を上げた。まあ男なら当然だろう。
令だってこんな状況で相手にそんな事を言われたら同じような反応をしかねない。
とはいえ予想外に狼狽している和真を見ると、令はちょっと意地悪の度が過ぎたかと思った。
あえて勘違いするような言い回しをしただけで、令に和真を拒絶する気はないのだ。
ただ今回はどちらかといえばリードする立場で居たかったが故の、ほんの僅か茶目っ気。
とはいえこのままじゃ泣き出しかねないような雰囲気なので、すぐに言い直す事にする。

「これ以上は……その、我慢できないから。だから……ね?」
「あ……」
令の言葉に和真の顔が一瞬迷いを思わせた後、一気に明るくなる。
そのみるみる生気が戻るような様が、まるで映画の映像を見ているようで可笑しい。
「それに比良坂君も、もう我慢できないんじゃない?」
令が軽く視線を落とし、その股間を目で示したのに和真も気が付いたのだろう。
和真は自身のそこに目を下ろすと、もう和真自身がズボンの上からでもわかるほど自己主張していた。
「そう……ですね。じゃあ……」
言うが早いか、和真はそのままベルトを外しズボン、トランクスと一気に降ろす。
その下からは和真のペニスがまるで自身の存在を誇示するかのように上を向いた状態で姿を現した。
「あぁ……」
思わず令は無意識に感嘆の息を漏らす。
僅か数日前までは自身も持っていたはずの男性自身……しかし、令にはそれが随分と懐かしい存在に感じられたからだ。
とはいえそれはあくまで和真のもの。まして令は今まったく別の立場でそれを見ている。
求めていたものを他人が持っている……令は奇妙な寂しさのようなものを心に感じた。
しかし……そんな感傷など塵ほどのものと言わんばかりに、何か別の意識が令の中で爆発的に脹らんでいる。
先程から感じる正体のわからない令の中の意識。それが明らかに猛威を振るいつつあった。
そして”それ”が求めているものは、令自身もすでに理解している。
「先輩、じゃあ……いきますよ?」
和真のペニスが令の秘部にピタリとあてがわれる。その目が令の最後の許しを請うていた。
ほんの一瞬の間、令はその意識を覚醒させて思考する。
これはある意味最後の一線。この先に待っているのは今までの悪戯のような性行為とは違うのだ。
それは”男に抱かれる”という現実。
令の意識が完全に男であるとするならば、本来は絶対に拒否している行為だろう。
しかし……何故だかわらないが、心ですらその答えを否定している。

否、その答えを出そうとしている心を、先程のもう一つの感情が書き換えているのだ。
その要求は至極単純なもの……そう、”抱かれたい”と。
それを意識した令は、半ば無意識に頷いた。最後の一線を自身の意思で跨いでしまった。
微かな間を置いて秘部の入り口に圧迫感を感じる。
そしてそれを令が意識した途端、和真のペニスが一気に令の膣(なか)に突き込まれた。
「かはッ……あああああああぁぁぁぁ―――ッ!!」
挿入した途端、令の絶叫が用具室に響く。
何度経験しても男の意識では決して慣れる事が適わない快楽。それは今回も例外ではなかった。
挿入された途端、体が発火したように熱くなる。理性が一気に蝕まれる。
「せ、先輩の膣……すごくキツいです……。それにいやらしく動いていて……」
和真は恍惚の顔で令を見下ろしていた。
「……動きますよ」
「やあっ! ちょっとまっ……はああああぁッ!!」
挿入で一気に高められた快楽が収まる間もなく和真が律動を開始し、令は休む間もなく悦びの階段を昇らされ始める。
突き上げられるたびに体全体に快楽が流れ、大声で喘ぐ。しかし今回はそれだけではなかった。
「なっ……なんかコレ、ちがっ……あああぁ!! あそこが……脈うって……ひゃうん!!」
その感覚はディルドーとは明らかに異なっていた。無論、無機物のディルドーとペニスは違って当たり前なのだが、
それだけでは説明つかないぐらい、令の体は急速に高められていく。
「先輩の膣すごく暖かくて……それにきゅうきゅうって絞めつけてきます。ヌルヌルして、
すごくいやらしい動きで、全部搾り取られそうな感じで……」
「そ、そんな事な……やああッ! 比良坂君のが熱い! 熱いよぉ!!」
まるで膣の中で炎を焚かれたかのような熱を令は感じていた。それは冷たいディルドーでは決して味わえない感覚。
そう、今令の膣の中では快楽という炎がペニスという松明で燃やされているのだ。
それでもなお、令の体の快楽は収まる事なく高まり続けていた。
−こ、これが……男のモノを受け入れる感覚……−

ペニスを挿入される事がこうも体を火照らせるとは予想にもしなかった。
令の体は今までのようなまがいモノでない”それ”が挿入された事をあきらかに理解した反応をしている。
膣が歓喜でこれまでにないほどうねり、それに連動するように鋭い快楽が体を貫く。
そして何より、心の制御が利かなくなっていくのだ。
体が求めているのは快楽だけではない。その快楽を与える存在を……ペニスを求めていた。
さらに追従するように、心までもがペニス……和真を求める。
いくら令の中の男の心がそれを止めようとしても無駄だった。もう心ですら言う事を聞かないのだ。
男の心では制御出来ないそれ……そして令はようやく先程から引っ掛かっていた、
自分の中にあったもう一つの意思のような存在の正体に気がついた。
それは女の……いや、”雌の本能”だ。
「ふああああぁぁ!! 突き上げてる……比良坂君のが突き上げてくるうぅぅ!!」
「先輩の膣、熱くて……腰が、腰が止まりません!」
「いいっ! いいから突き上げて! 私も……私も止まらないいぃぃ!!」
心の中の男の令が反応するよりも早く、女の令が言葉を返してしまっていた。
すでに体も心も、”女の令”の持ち物なのだ。いくら男の令がそれに抵抗しようと、もはやその権利はない。
いや、すでに令の心はそんな事も意識できないぐらいの快楽に翻弄されていた。
男を受け入れる事によって、より力を増してしまった女の令が男の心を圧迫し、押し潰している。
「先輩、俺……俺もう限界です!」
「わ、私もダメ……あああああぁぁッ!! 私もイっちゃ……あああぁあ!!」
互いにその限界が近づいてきた。和真の腰が凄い勢いで令に打ち付けられる。
どんどんペースアップする和真の責めに、令は狂ったように髪を振り乱して絶叫した。
あとは一気に頂点に上り詰めるだけ。もう歯止めは利かない。
「俺もう……先輩!!!」
「私もイくから……比良坂君もイって! もう……もうダメェ!! 」
令がいよいよ腰を反らせ限界に達しようかという瞬間、和真は素早く令の膣からペニスを引き抜いた。

「くっ!!」
「やああッ、ああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!!!!」
絶頂を迎え令は悦びの声を上げ体を震わせる。それと同時に胸や腹に和真の精が降りそそぐ。
雄の白濁した液体に自身の体を汚されるのを令の瞳は満足げに見つめていた。

「先輩、その……ありがとうございました」
事が終わり互いに服を着た後、和真は唐突に礼を言ってきた。
その言葉には色々な意味があるのだろうが、令にはいささかムズ痒かった。
「お礼言われるような事じゃないよ。それに……結局私は比良坂君をふった事になるんだし」
「その事はもういいです。ただ、先輩が俺を嫌いなんじゃなくて、気持ちは理解してもらえて……それだけで十分です」
真っ赤な顔で鼻の頭をかきながら、和真は令から視線を逸らす。
内心は当然残念なんだろう。しかしそれを令に悟られまいとする気遣いは聞かずともよくわかる。
また少し胸が痛くなった。しかし理性の戻った令に、これ以上の事は無理だ。
「それじゃあ俺、もう行きます。今日は本当にありがとうございました」
「うん……じゃあね」
最後に笑顔で頭を下げ、和真は用具室から出ていった。それを見送り、和真の姿が扉の向こうに消えるのを見ながら、
令は漠然と心にある妙な満足感と微かな寂しさを感じていた。
今現在、令の心はほぼ男に戻ったようだが、まだどこかに違和感があった。
一度火がついた女の本能というものは、なかなか落ち付かないようもののようだ。
とはいえこのままここでずっと感傷に浸っているわけにもいかない。
そう思った令は足元に倒れた鞄を手に取って立ち上がると、外への扉を開く。
途端に目に入ったのは街灯の明かりと星空……外はもうすっかり日が暮れていた。
「やば……また姉さんに怒られちゃうな……」
用具室の明かりを消して扉を閉めると、令は慌てて校門の方へ駆け出した。
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