背が高くなりたいと思っていた。
 クラスでもっとも身長の小さい彼にとって、背丈はコンプレックスの源だった。な
にしろ、女子の誰よりも低い。百四十センチに届かないのだ。
 そんなことだから、朝起きたときに妙にベッドが小さく感じたのも無理もない。
「え?」
 いつもとは違う寝間着。まるで女の子のようなピンク色のかわいらしいパジャマ。
 飛び起きようとして、ベッドから転げ落ちそうになる。
「わわっ!」
 胸がぷるんと震える、なんともいえない奇妙な感じが伝わってきた。
「むっ、胸っ!」
 鏡を見ると、そこには……。
「誰だ、って、僕か……!」
 髪の毛がぼさぼさの、可愛いが、縦に伸び過ぎた感のある背の高い少女の姿が、そ
こに映っていた。

 ***

 部屋のレイアウトは、一晩でがらりと変わっていたが、壁に埋めこむ形のクローゼッ
トは共通だった。
 ベットから降りて壁に近寄り、ゆっくりと引出を開けると、カラフルな布地が目に
飛び込んできた。
 幸いなことにスポーツタイプのブラが多かったので、なんとかブラジャーを着ける
ことができた。肩紐付きのブラは女の子初心者の彼にはまだ敷居が高いようだ。何と
なく見ては行けないような気がして目をつぶったままブラを着けたのだが、ふるふる
と震える感覚は何というか、実におぞましいものだった。
「この身長って、でかすぎ……」
 どう考えても百八十センチはありそうだ。クローゼットの中にあったブルマやサポー
ター、背番号付きのユニフォームから考えると、どうやら自分はバレーボール部に所
属しているらしい。


 高校一年で百八十センチ越え。将来が期待……いや、思いやられる。
 次に困ったのはパンツだった。ショーツでもランジェリーでもいいが、とにかく下
着のことだ。女の子らしく、きっちりと畳んできれいに敷き詰められた引出しのパン
ツを見て、彼――瀬尾純(せのお・じゅん)は目眩を起しそうになった。
「もう、いやだ」
 女になったことだけでも頭が痛いのに、下着にまで悩まなければならないとは。
「純〜! そろそろ朝練のじかんでしょ!」
 階下から姉の声がする。身長のことでいつも彼をからかう、嫌味な姉だった。
「うー……きょ、今日は休み!」
「一年が勝手に休んでいいのかしら?」
「い、いいんだよっ! お姉は黙ってろよ!」
「んまー、なんか今日はいつにも増して御機嫌斜めね」
 と言うと、どかどかと足音も高く階段を駆け上がって来た。
「ほら、ぐずぐずしてないでさっさと着替える!」
「うわあっ! お姉、俺の部屋に入ってくるなよ」
「俺だなんて女の子らしくない! パンツなんかそのまんまでいいから、制服に着替
えて! ほら」
 無理矢理パジャマの下を剥がされ、持っていかれてしまう。ちなみに、着ているパ
ンツは白とピンクのストライプだった。
 制服を放り投げて渡され、早く降りてこないとくすぐるわよと釘を刺してから姉は
軽やかに階段を駆け降りていった。
「うう……み、見られた……」
 肉体的には女同士であるものの、純がくらった心のダメージは大きかった。

 ***

 高校は、家から歩いて二十分ほどの距離にあった。


 純と同じ中学校から通っている生徒も多く、本当はもう少し遠くの私立高校に行き
たかったのだが、家庭の事情もあってかなわなかったのだ。
「純にゃん、おはにゃーっ!」
 ぼてぼてと重い足取りで学校へ歩く純の背後から、突然誰かが飛びついてきた。持っ
ていたカバンを落してのけぞってしまう。
「おわっ、だれ、誰っ!?」
「にゃー。吹雪を忘れるとは純にゃんも冷たくなったにゃー」
 吹雪と聞いて思い出した。
 高峰吹雪(たかみね・ふぶき)。剣道部の次期エース候補という、同じ中学から通っ
ている子だった。名前は知っていたが、一度も話たことがないので何をどうすればい
いのか、さっぱりわからない。
「お、おはよう」
「うん。おはにゃあ」
 といいつつ、背後から純の胸を揉みしだく。
「うひゃああっ!」
「おおっ。今日の純にゃんは敏感にゃ?」
「いい加減にしておきなさい」
 また違う声が背後から聞こえてきた。 たぶん、学級委員長の大塚真仁(おおつか・
まさみ)だ。通称、大魔人。怒らせると怖いのだ。
「ほら、純さんも困っているじゃないの」
「困ってないよね? 喜んでるよね?」
 純は黙ってぶるぶると首を振った。
 見下ろすという角度から人を見るのは初めてだ。
 まるで景色が違って見える。吹雪の身長は百五十センチ程度。頭一つ以上違うとい
うことに気がついて、純は驚いた。
「む! 純にゃん、今あたしがちびっ子だと思ったわね?」
「おっ、思ってない。ないっ!」


「ほらほら、部活動の練習時間が迫っているんじゃありませんか?」
「にゃっ! それを早く言うにゃ! 純にゃん、走るにゃっ!」
「う、うん」
 吹雪にカバンを手渡され、一足先に走り出した吹雪の後を追いかける。
 そして思った。
 スカートって、すごく走りにくい……と。

 ***

 バレーボール部で何をすればいいかドキドキものだったが、新入部員がすることは
道具の設置とボール拾い、あとは後片付けだ。
 堂々と着替える先輩達に背を向けて、背中を丸めるようにしながら着替えた。
 とにかく、恥ずかしかった。下着姿を見られるより、見る方が恥ずかしかったのだ。
 ボール拾いとはいっても、かなり体は動かさなければならない。思った以上に体が
動くが、同時に胸や太腿が気になって足が時々止まってしまう。そのたびに、先輩に
注意されて顔を赤くする。
 後片付けの時も声をかけられたが、なにしろ名前がわからない。あいまいにうなず
いたりあいづちをうって、適当にごまかしておいた。
「純ちゃん、シャワー浴びてく?」
「え? 俺、あの、私はいいから。着替え持ってきてないし」
「ふーん。背中流してあげようと思ったのに」
「いっ!? いい、いいよ、そんなの!」
 顔を真っ赤にして両手を伸ばし、手をぶるぶると振った。
「純ちゃんって恥ずかしがり屋なのね」
 などと先輩に言われたが、その表情からは悪意を感じることができない。
 なんとも不思議な気分だった。
「あなたには期待をしてるんだからね。将来のエースさん!」


「県大会も狙えそうな逸材だものねー」
 などと名前の知らない先輩が下着姿で寄ってくる。甘酸っぱい体臭が純の鼻を襲う。
「失礼しますっ!」
 純は制服とスポーツバッグ、そして教科書などが入ったカバンを抱えると、目をつ
ぶるようにしてダッシュで更衣室を出た。
「……純にゃん、ストリップでもするつもり?」
 慌てていたので下着姿だった純を困ったような目で見つめていたのは、朝練帰りの
吹雪「たち」だった。

 ***

(うう、見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた……)

 その日一日中、純は下着姿を剣道部員達(男を含む)に見られたことを頭の中で反復・
増幅して延々とリピートし続けていた。
 気がつくと、放課後になっている。
 授業などろくに頭に入っていなかったが、今日も部活動があるのはわかっている。
参加すべきかどうか悩んでいると、
「純ちゃん」
「あ、先輩……」
 男子バレー部のキャプテンが教室に入ってきた。名前はちょっと思い出せないが、
高い身長と今風の甘い顔立ちもあって、かなりの人気者であるということくらいはお
ぼえている。
 体の奥、お腹の下の方がじゅわっと熱くなった。
 あれ? と思う間もなく、純は近寄ってきた先輩に抱きしめられた。
「今日も待っててくれたんだね」
「え?」


 何がなんだかさっぱりわからないが、先輩の腕が制服の裾から上に入ってきてブラ
の上から胸を揉み始めると、パニックは極限まで達した。
「だめ、先輩……誰かに見られたら……」
「この時間は、誰も来ないよ」
「でも……」
 理性は否定しているのに、体はいうことを聞いてくれない。すっかり力を失った体
は、先輩の愛撫を受け入れている。甘い声が漏れだし、彼のなすがままに服を剥かれ
てしまう。やがて純は、ころんと床に転がされてよつんばいにさせられる。
「あう、う……」
 太腿に何か熱いものがたれるのがわかった。そして背後から、ゆっくりと大きな物
が侵入してくる。
「あ、ああっ! くる、きちゃうっ!」
 体の中に異物を突っこまれるおぞましい感触が、純の胸に酸っぱい物を込み上げさ
せた。たまらず床に吐いてしまう。
「うえっ、ええっ……」
「大丈夫かい、純ちゃん! 無理矢理すぎたかな。ちょっと待って」
 何かを探す音がして、全裸の純に大きなタオルがふわりとかけられた。
「ちょっと待って。すぐに掃除するから。純ちゃんは服、着れる?」
 まだ吐き気はしたが、なんとかなりそうだ。こくりとうなずく。
 先輩の方を見ると、学生服ではなくユニフォームに着替えた彼が、掃除道具入れか
らバケツと雑巾を取り出しているのが見えた。
「ごめん、純ちゃん」
「……」
 純は黙って首を振った。
 ショックだったのはいきなりセックスを求められたというだけではなく、この体が
既に処女ではなく、それどころか何度も彼を受け入れていたらしいということだった。
 また吐き気がこみあげてくる。


 先輩が床を拭いているそばまで顔を近づけ、また吐いた。
「今日はもう、帰った方がいいね」
「でも……」
「俺から虹村(にじむら)さんに言っておくから。彼女なら、俺と君のことも知ってい
るから」
 虹村とは、女子バレー部のキャプテンだ。まさか彼女までこのことを知っていると
は。これもショックだった。
 結局、先輩(名前はまだ知らない)に校門まで見送ってもらい、純は早々に家路に就
いた。

 ***

「ショックだ……」
 まだ状況がよく把握できないが、自分が女になってしまったというのは間違いない。
あらためて今入っているお風呂の中で、股間にあるはずのものがなく、あるべきもの
がちゃんとあるのを確認したばかりだ。
 生の女性器を見たのは初めてで、その生々しさに純はショックを受けた。それから、
毛の薄さにも驚いた。どうやらこの体は無毛体質に近いようで、産毛のような薄い陰
毛がちょっと生えている他はつるつるだった。
 しかし興奮はできなかった。
 興奮するよりも、気持ち悪さの方が強かった。
 それに、今日の教室でのできごとだ。思い出すだけでまた吐き気がしてきそうだっ
たので、湯船のお湯を手ですくって顔に掛け、嫌な思い出を追い払う。
 純は童貞だった。だからこの、「女の純」も処女なんだろうとなんとなく思いこん
でいた。だが、実際にはそうではなかった。いつ、どのような形で初体験をしたのか
はわからないが、この事実も純にショックを与えていた。


 それでも、身長は高いが、かなり可愛いといえる顔は本当に自分なのかちょっと疑
いたくなるほど魅力的だった。四肢には適度な筋肉が乗っていて、力を入れると力こ
ぶができるほどだ。なるほど。これなら今朝、吹雪を軽々と追い抜いて学校まで一息
に駆け抜けることができたのも納得だ。
 それよりも謎なのは、どうしてこんなことになってしまったのか、だ。
 小説などで書かれている異世界の肉体への転位とか、そんなのだろうか。だとした
ら、 この体の元の持ち主である「女の純」の精神はどうなったのだろう。 やはり、
「男の純」の所に行ったのだろうか。
 考えても正解にたどり着くはずもない。熱目の湯に長いこと浸かっていたために、
頭がぼうっとしてきたので風呂から上がり、恐る恐る体を拭いて、小さなパンツをは
く。どうしてこんな小さな布切れなのか、理解できない。
 リビングを横切って自分の部屋へ行こうとすると、玄関のチャイムが鳴った。
「純ちゃん、ちょっと出てくれる?」
 夕食を作っている母親が顔を出して言った。
「はぁい」
 バスタオルを肩に掛けて、ジャージ姿のまま玄関へと向かう。他にも部屋着はたく
さんあったのだが、どれも着るには抵抗があり過ぎたので、悩み抜いた末に選んだの
がこれだった。
 ととっと廊下を駆け抜け、玄関の扉を開けた。
「こんばんわ。調子はどうかしら?」
 そこにいたのは三年生の、虹村キャプテンだった。

 ***

「こんな時間にごめんなさいね」
「いえ……」
 女の子を自分の部屋に上げたのは初めてだった。今は自分も同じ女なのだからかま
わないはずなのだが、純の心臓はどきどきしていた。


 キャプテン――虹村ゆかりもまた身長が高い。純よりやや高いだろうか。既に大学
などからいくつものスカウトの声がかかっている。もし、男である純が知っている通
りであればの話だが。
 親が持っ てきてくれた紅茶と、先輩が持ってきてくれたシュークリーム(成長期に
は、 ご飯の前の甘いものは当たり前と押し切られた)が目の前の小さなテーブルに並
べられている。
 ゆかりはミルクティーを半分ほど飲んで、カップを手にしたまま言った。
「純ちゃん……いえ、純君と言うべきかしら」
「え?」
 彼女の言葉に純の心臓が跳ね上がった。
「やっぱりあなたも、女の子になっちゃった口なのね」
「……も?」
「ええ」
 先輩はにこりと笑って言った。
「私も、元々は男だったのよ」
「ひえ……あ、すみません」
 大きな背を丸めるようにして謝る。
「ほら、男の子ならもっと堂々としてなさい。あ、今は女の子か。どちらにしても、
その体でびくびくしているのはみっともないわよ」
 先輩の話によれば、どうやら自分達は平行世界に精神を飛ばされたとかそのような
ものらしい。
「私とあなたが同じ世界から来たかどうかはわからないけれど、同じ境遇の人には何
人か会っているわよ。あなたもね」
「え? そんな人いるんですか」
 指折り数えてみたが、両手の指で足りてしまうくらい知っている名前が少ないのが
悲しい。
「えっとね、あなたの彼氏よ。司郎君はね、元・女の子」


「うぶっ……!」
 純は口に含んだ紅茶を吹き出した。鼻からも紅茶が垂れ、咳き込んでしまう。慌て
てティッシュペーパーを引き寄せ、散った紅茶と鼻を拭く。
「女の子としての経験はなかったみたいだけど、男の子の快感にはまっちゃったみた
いね。新入部員の純ちゃんを口説き落として、もう毎日のようにエッチなんかしちゃっ
て」
「毎日、ですか」
「毎日よぉ。日曜日なんか、一日中ベッドでしてたみたい。四月のうちに手をつけちゃ
うんだから、司郎君も手が早いわよね」
 三つめのシュークリームを一口で口の中に放り込んだ。食べるというより、呑みこ
むと言う方がふさわしいような食べ方だ。
「ほら、残り食べちゃいなさい。でないと成長しないわよ」
「もうこれ以上伸びなくていいです」
 男だった時とは正反対の望みを口にしたことに気づいて、純は内心を悟られまいと
シュークリームに手を伸ばした。
「あの……先輩は、男としてその……経験、あったんですか?」
 その問いに対して、ゆかりはにっこりと笑って言った。
「それはね、乙女の秘密なのよ」

 ***

 日曜日のデートの帰り道に引きずり込まれたのは、こともあろうにラブホテルだっ
た。顔立ちこそ少し幼くはあるが、化粧をすればなんとか二十歳以上に見える。司郎
先輩(名字は栗本だった)は、そのままで十分大人に見えた。
 年上に見えるのがなんか嬉しくもあり、嫌でもあり、なんか複雑な気持ちだ。
「恥ずかしがる純ちゃんは可愛いよ……純粋な女の子の純ちゃんより、ずっと恥じら
いがあっていい」


「そんなこと、言わないでください……」
 たっぷりと手や口で愛撫され、身体中が蕩けきってから挿入された。吐き気がまた
こみあげてきたが、前ほどひどくはない。
「せ、先輩って元女の子だったんですって?」
「ああ、ゆかりちゃんから聞いたのか。うん、そうだよ。僕は小学校四年生の時だっ
たな。いろいろと苦労したけど」
 ゆっくりと腰を動かし始められると、びりびりとした痺れに似た感覚が体の奥で弾
け始める。
「……んっ」
 股間が温かい。喉の奥に何か詰まったようで、息苦しい。それでも、男だった時に
していたオナニーとは全く別の快感がわきあがってくるのがわかった。
 ゆっくりと出し入れされているだけで、気持ちがいい。
 でも、どうして男に身を任せているのか、自分でもよくわからない。もともと意思
は弱い方だし状況に流されやすいとは自覚していたが、自分でもこれはないだろうと
思う。
「他のこと考えてるだろ」
「……はい」
 答えるが早いか、キスをされた。また吐き気がこみあげてくる。その様子を見て
「体は女の子だけど、心は男か。やれやれ、やっかいだな」
「だったら、もうやめてください」
 しかし司郎は上に乗っかったまま、退こうとしない。
「でも純ちゃんのここは、きゅうきゅうと締めつけて離さないみたいだけど」
「んふっ」
 体を密着されて腰を揺すられるだけで、奥できゅんっと甘い痺れが走る。
「だいぶ奥も良くなってきたみたいだね」
「よくないです」
 開かれている足を司郎の下に回して閉じようとするが、彼が股の間に割って入って
いるので、うまくいかない。かえってその動きが、純を気持ち良くさせてしまう。


 結局、二時間もの間すっかりと疲れきってしまうまで、純は司郎にもてあそばれて
しまった。体の方はすっかり快感を得ることに慣れているためか、抵抗する気力さえ
奪われてしまったのがなんとも悔しい。
 シャワーを交代に浴びて(一緒に入ろうと言われたが、断固拒否した)、服を着る。
時間はまだ一時間以上残っている。まだする気まんまんな彼とちょっと距離を置いて、
椅子に座る。
「俺……というか、女の子の純じゃなくてもこういうことするんですね」
「ん? 純ちゃんは女の子だろ」
「心は男です。それに先輩が好きになったのは女の子の純でしょう? そこに入りこ
んできたよそ者を、変だとか、出て行けとか思わないんですか」
 コップに注いだコーラをがぶ飲みし、彼に注がれた唾液の余韻を洗い流す。
「んー。あまり変わらないよ。そりゃあ、ちょっと雰囲気とかは変わったけど、純ちゃ
んは純ちゃんだ。思い出はまた作っていけばいいし」
「……おかしいですよ。先輩も、虹村キャプテンも」
「そうかな。君も家族とはちゃんとやっていけただろ。それと同じだよ。君は純ちゃ
んで間違いない」
「純ちゃんって呼ばないでくれます?」
「じゃあ、純君」
「……瀬尾でお願いします」
 司郎は肩をすくめた。
「了解。では瀬尾君。君は家族から怪しまれなかっただろう?」
「ええ、まあ」
「もっとも身近な家族でさえ気がつかないくらいだ。出会ってからまだ半年ほどの俺
に違いがわかるとおもうかい?」
「それはそうですけれど……」
「まあ、いい。これから虹村君のところに行くんだろう?」
「何で知っているんですか」


「彼女から連絡を受けてね。ちゃんとその時間までには送り届けてくれって念を押さ
れているんだ。虹村君は怒らせると怖いからね」
 そう言って司郎は純の手を取って立ち上がらせた。
 ラブホテルを出る時の気まずさはかなりのものだったが、虹村先輩の家に連れてい
かれて、
「お揃いの匂いなんかさせちゃって。もう」
 なんて言われたから、純は顔を真っ赤にするしかなかった。
 その後、彼女から何度か受けている女の子講座の中で、司郎にさせられてことを根
掘り葉掘り聞かれ、男が言ったら間違いなくセクハラという言葉を何十回と無く聞か
されて、純は家に帰ると精根尽き果て、そのまま眠ってしまった。

 ***

「はあ……」
「何を溜め息ついてるのよ」
 教室で一緒に弁当を食べながら、吹雪が言う。
 季節はすっかり冬モード。
 県大会では1年生でレギュラーに抜擢され、ベスト8進出に貢献。クラスの注目も
集めている。
 クラスの女の子の名前は全員おぼえたし、一緒に弁当を食べる仲間にもこと欠かな
い。以前と比べれば泣きたくなるほど友人には恵まれている。
 男子からも声はかかるが、やはり栗本先輩の存在は大きいようで、つきあってくれ
などと言う人がいないのは精神的にも助かる。
 コンプレックスの元だった身長は、逆にまた微妙にコンプレックスを刺激するのは
困りものだが。
「身長が伸びるのがそんなにイヤ?」
「うー。そんなことないけど」

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