「ぅあ・・・だ、めぇ・・・!」
艶のある嬌声が響いていた。妖しい雰囲気と香りが、そこ一帯を包んでいる。
いたのは、一組の男女。両者とも全裸で、その行為に没頭していた。
───セックス。
「あくっ、だめ、だめぇっ!はぅっ!」
女の方──青い髪を靡かせながら悶えている少女は、何度も拒絶の声を上げている。
しかし、その声は男にとってはただの媚薬にしかならない。声を聞く度に、荒々しい腰の動きは
より一層ダイナミックな抽送へと変わっていく。
「あ、ぃ、ああーっ!」
男が肉棒を突き入れる度、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と、既に愛液が濡れ滴るっている秘部か
ら音が聞こえてくる。さらに、下腹部に感じる圧迫感。
そして・・・圧倒的な快感。
「ゃ、ふぁはっ、だ、めぇ・・・ぁふ、あはぁっ!」
所謂正常位と言われる形で繋がっている二人。少女の方には未知の感覚が下腹からこみ上げて来る。
気持ち、いい。
たった今純血を破られたばかりだというのに・・・感じてしまっている。それまでの──『男の時』とは
到底比較できないくらい、『女』としての快感は少女──浅人を支配していた。
「あふっ、あうっ・・・んあぁっ!」
胸を鷲掴みされた。形の良い双丘が、ぐにぐにと形を変える。元に戻ろうとする弾力が、男にさらなる
興奮を与え、動きをさらに乱暴にさせる。
そんな動きでも、敏感になった神経は『快楽』として伝えられる。貪るように、浅人の膣が妖しく蠢く。
(もっと・・・もっとちょうだい・・・!)
「あう、あふぁ!い、イク、イっちゃうぅぅっ!」
手を男の首に伸ばし、絡ませる。抱きついて体を密着させ、余す事なく快感を享受する。
「イく、イク、イ・・・〜〜〜ッ!!」
目と口を大きく開けて、ビクビクと体を震わせて背筋をのけ反らす。
浅人の視界に最後に残ったのは、男の顔。『それ』は───




「・・・・・・な」
ベッドの上で上体を起こし、呆然とする浅人。びっしょりと汗をかき、息は荒い。
「・・・何ちゅう夢を見てるんだ俺は・・・」
頭を抱えその場でうずくまる。その頭には長い髪の感触・・・まだ自分が女である事を証明している。
欲求不満か、はたまた昨日の沢田とのキスか、それとも昨晩の自慰が原因か、わからない。
でも、あんな悪趣味な夢・・・『男の自分』に貫かれる夢など、何故見たのだろうか?

「・・・はぁ」
今朝方の夢を思い出して、鬱に入る浅人。今は遅刻しての登校中。病院に行っていたのだ。
鞄は、普通の登校鞄。野球部は、昨日の一件で、正式な処罰が下るまで停止処分を受けた。
『精神的に問題はありませんし、原因はよくわかりません。今度、精密検査をやってみましょう』
それが、医者が下した第一審であった。母親は何だか浮かない顔をしていた。
(そりゃそうか・・・原因が掴めない謎の病だもんな。お母さんが心配するのも無理はない)
なるべく考えないようにしていたが、この状況で考えるな、という方が難しかろう。
自分の母に多大な心配をかけている事に、浅人の胸が締め付けられた、まさにその瞬間であった。
「よう、浅人ちゃん」
突如、浅人の行く道を阻むように人影が現れた。野球部の狂気の根源。
「・・・沢田」
咄嗟に身構える浅人。脊髄反射の速さ。
そこにいたのは、髪を茶色に染めた、私服姿の岸田であった。風貌は、まさに今時の若いヤツ。
「そんなにビビんなよ。何も取って喰おうって・・・」
「用件は何だ?っていうか、何でお前そんな格好でここにいるんだ?」
浅人の反応に、ニヤリ、と片頬を上げて笑う岸田。生理的に、嫌悪感を感じさせる。
「ちょいと停学くらってね。用件は・・・大した事じゃない」
パチン、と岸田が指を鳴らす。それを合図に、岸田の後ろと浅人の背後から、ゾロゾロと現れる人影。
「約束を守ってもらおうってだけだ」
終始笑みを浮かべている岸田。浅人はちらりと背後に視線を遣り、また正面を向く。


「野球部総勢23人。お前と沢田、種倉を除く20人に、オナニーを見せてくれるんだろ?浅人ちゃん」
そこにいたのは、制服と私服が混ざっているが、紛れもなく野球部員であった。
それらに対し、浅人は・・・あくまで気丈な態度をとる。
「・・・へっ、たかが女一人に野郎20人ってか。おめでてーな」
そう言いながら、周りを伺う。左右は塀、前後を囲まれ、逃げる術は無い。
「わりーけど、今はお前らに構ってる程暇じゃねーんだ。また改めて・・・」
と、浅人が言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。

 ガッ!

「がっ!?」
浅人の首筋に、強烈な激痛。前のめりになった浅人の頭を、前に出た岸田が掴む。
 ゴッ
「うぐっ・・・」
鳩尾への膝蹴り。それを確認したと同時に、浅人の意識がぷっつりと途切れた。
「ククッ・・・楽しませて、くれるよなぁ?」
岸田のその狂気に歪んだ笑みを見て、背筋に寒気が走った人間が、この場にいただろうか。
・・・一人、だけ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・



「・・・う・・・」
意識がハッキリしない。思考が回らない。考える事を体が拒絶する。
「お目覚めかい?浅人ちゃん」
その声ですら、最初は誰の声だか理解できなかった。自分の中で改めて反芻して、ようやく浅人の
意識が表層まで持ち上げられた。
「て、てめ・・・っ!?」
そこで初めて、浅人は自分が置かれた状況を確認することになる。腕が後ろにいったまま前に戻らない。
手足首に、窮屈な感覚。両者共に動かす事が出来ない。
岸田の体が横から生えている──これは勘違いだ。自分の頬に感じる冷ややかな感触が、自分が
寝かされているのだ、と浅人に諭させた。
「な、何・・・?」
周りを見回す。しかし、電気が点いていない為満足な情報は得られない。かろうじて、倉庫かどうか
と予測できるくらいである。
続いて、自分を確認する。服は着ている。だが、妙に股ぐらが寒い。スースーする、とも言い換えられる。
「どうだ、状況は理解できたか?」
椅子に座りながら、岸田が言葉をかけた。浅人は寝転がった状態から睨みつける。
「てめ、誘拐じゃねーか!こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
「お前が黙っていれば問題ないさ」
露にされた激情を、岸田はさらりと受け流す。余裕と侮辱が混じっている岸田に、浅人の言葉は届かない。
「ふざけんな!ここを出たら、真っ先に警察に通報してやる」
「・・・ま、その話は後にしよう」
岸田が唐突に立ち上がった。そして、浅人の方に近寄ってくる。


「それより、約束は守ってくれるんだよな?」
下種、という言葉がまったく似合う岸田の笑顔に、浅人は背筋に寒気を感じた。
ここにきて初めて、岸田という男の狂気に気付いたのか、或いは。
「だ、誰がやるか!あんな一方的なもの、約束でも何でもない!」
「だが、同意したのはお前だぜ?」
暗い、岸田の後ろから嘲笑の気配。部員もいるのか。
「全部で三点。よって、俺らは三回お前のオナニーを見る権利があるって訳だが」
三回・・・?浅人の中でその言葉が回り巡る。
三回とは何が定義だ?三回イくことか?好きな時に見せる、を三回繰り返すのか?
もし後者だとすると・・・だとすると・・・。
「この回数は、言わば日にちにも置き換えられる、と思う次第だ。お前がオナニーしてる場を見れば
一回ってことになるんだからな」
浅人の嫌な予感は的中してしまった。つまり、こいつ等がこの場を出ない限り、延々と『一回目』で
ある訳だ。
(馬鹿な、そんな事有り得ない)
頭の中で否定して・・すぐに諦める。今の岸田の目を見ればわかる。平気でそんな事をするだろう。
(逃げ道は・・・ないのか)
表情が曇る。だが、決して涙は流すまいと浅人は心に決めた。泣けば泣く程、奴等の思う壺だ、と。
だが、兎にも角にもこの場を切り抜けなければいけないのは何よりも揺ぎ無い事実であった。
「・・・わかった、やってやるよ。やるから、この縄を解いてくれ」
浅人のその決心を、岸田は嘲笑うかのようにこう言った。
「今の浅人ちゃんじゃ〜面白くないなぁ。もっと女の子らしくなくっちゃなぁ?」
「な・・・え、ちょい待てっ!」
突然浅人の左右から人が現れた。浅人を壁際まで運び、色々と作業を始める。
「おい、お前ら、止めろっつってんだろが!な、やめ・・」
浅人の抑止も聞かず、浅人は壁に押さえつけられた。同時に、足を一時的に解放されたかと思うと、
無理矢理Mの字に開かされた。


「なぁっ・・!」
浅人の股間に、冷ややかな感触。これではっきりした。自分は、ショーツを脱がされている。
さらにその状態で、両足首を手頃な長さの鉄パイプに縛りつけた。これで浅人は足を閉じることが
出来ない。
 ドクン
心臓が爆ぜた。こんな下種野郎達に、好きなようにされている。その怒りが、沸点を超えて爆発する。
「ふざっけんじゃねえ!!」
それまで準備していた男達が、その鬼気とした叫びに驚き立ち竦んだ。怒りに染まった浅人の睨みを
受けて、そのまま逃げるように引っ込んでいく。
「てめえら、上等だぜ・・・ここまでしたんだ、覚悟は出来てんだろうな!?」
力いっぱい咆える。ギシギシ、と手首を結ぶ縄が軋む。当然縄が食い込んで痛みは走るが、それよりも
力を出せることに意味があった。
「覚悟?お前を犯す覚悟かなぁ?」
近くに寄ってきた岸田が、突然浅人の秘裂にその人差し指を突っ込んだ。
「ひぎぃ・・っ!?」
まだ準備などできているわけもなく、無理矢理挿入された浅人の秘部は、突然の異物に拒絶反応を示す。
「い、痛・・・だぁっ!」
口から漏れるのは悲鳴ばかり。だが、岸田の目的はそれであった。
「さて、強情になれるのはいつまでかなぁ?くっくっく・・・」
浅人の秘部から指を引っ込ませ、後ろに下がっていく岸田。
(クソがっ・・ぶっ殺してやる・・!)
浅人は息を整えながら、上目遣いに岸田達を睨みつけた。



だが・・・状況は一変する。
放置されること十数分。異変は始まった。
「んっ・・・はぁ・・・」
熱い。躰が熱い。
躰の奥底から何かが湧き上がってくる感じ。何故かわからないが、顔が火照っていく感じ。
「・・・っ」
頬が赤くなっているのを察し、浅人は顔を伏せた。きっと表情を見せることすら危ない。
「・・・ん?」
だが、一瞬遅かった。その気配を察し、岸田が動く。
「どうしたのかなぁ、浅人ちゃん?顔が赤いみたいだけど」
「う、五月蝿いっ」
顔を伏せたまま声を荒げる浅人。だがしかし、最早それすらも精一杯であった。
「ひょっとして・・・俺等に見られて、感じちゃったのかなぁ?」
その言葉に、浅人の頭に怒りが昇って──
 ドクンッ
「・・・あ・・?」
──消えた。代わりに、下半身に熱い衝動。
「ありゃあ、否定しないんだねぇ・・・ほら」
唐突に、岸田が浅人の口元に人差し指を向けた。それを見た浅人は、反撃の衝動に駆られる。
(調子に・・乗んじゃねぇ・・・その指・・・噛み千切ってやる!)
一瞬、牙を向く浅人の凶暴性。しかし、浅人は気付いていなかった。
自分の体に、もうそんな勇気などなくなっていることに。
「・・んっ・・」
噛み千切る筈だった指を、浅人は咥えた。そして、愛しげな表情を浮かべて舌を這わせた。


びちゃぴちゃと、浅人の唾液が指につく。
(え・・・何やってんだ、俺・・?)
頭がボーッとして思考が回らない浅人。何故こんなことをしたのか、自分でも理解できない。
「くくっ、感度良好。ほら」
咥えさせている反対の手の指で、浅人の秘裂をなぞる。
「ひゃうっ!」
それがあまりにも刺激的だったのか、舐めるのを止めて嬌声を上げる。
「ただなぞってるだけなんだが・・・随分な反応だなぁ?」
「あ、あ・・っ」
岸田がそこをなぞる度、全身を包む快感の波。おかしいくらい、今の浅人は感じやすくなっていた。
(な、何で・・・っ)
困惑する浅人の中で、妙な『違和感』が生まれ始める。
嫌がっている自分と、悦んでいる自分。
この感覚は、前にも味わった事があった。遠くない最近、そう──
「そろそろ、昨晩の自慰みたいによがってくれるかなぁ?」
「・・・!?あっ、くぁっ!」
岸田、貴様が何故それを知っている。
浅人に生まれた疑問は、指を再び腟内に挿入されたことによってかき消された。先程とは違い、
下半身から疼きと熱さが走ってくる。
「あふっ、あくっ、やめ・・・っ!」
挿入された指を鉤状に曲げて、襞を捲り愛液を掻き出すようにして出し入れする。その度に、浅人の
腟はひくつき指を放すまいと強く締め付ける。
それに準じて、浅人が感じる快感が段々と大きくなってくる。
(何で・・っ・・嫌、だ・・・)
拒絶する『男』の浅人。
「あふっ・・もっと・・・もっと、してっ・・・!」
快感に飲まれ、悶え喘ぎ悦ぶ『女』の浅人。
二つの異なる感じ方・・・一つの肉体に二つの心があるようなものである。浅人が感じた違和感の
正体は、正にそれだったのである。


だが、そんなことは最早どうでもよかった。
と、岸田がそれまで愛撫していた指を抜いた。捲れた秘裂からトロリと蜜が垂れる。
「・・あ・・・?」
突然なくなってしまった刺激に、腟口が物欲しげにヒクヒクとひくつく。
「このままやってやってもいいんだが・・・それじゃ俺が約束破りに荷担してしまうからなぁ」
浅人の愛液で濡れた左手をペロリ・・・と舐めながら、岸田は呟いた。それとほぼ同時に、部員の
一人が動いた。その手に納められた物は暗い照明の元、鈍く輝いている。
虚ろな瞳をその男に向ける浅人。その妖しげな表情に、襲いかかりそうな衝動を抑えながら、男は
手元にあるナイフで、浅人の手に縛られた縄を切る。
「・・・あ・・」
開放された両手を眼前に持ってくる。手首に縛られてできた赤い痣がある。
男が引くのを確認してから、岸田が笑った。いつもの、あの歪んだ嘲笑。
「さぁ、見せてくれよ。浅人ちゃんのオナニーショーを!」
両手を広げ高々と叫ぶ岸田。それが、開宴の合図となるのか。
「・・・・・」
まるで操られたように、浅人の左手がゆっくりと、ゆっくりと・・・自分の秘裂へと向かっていく。
一度触れれば、自分の熱が冷めるまで貪り続けるだろう。
(駄目だっ!)
それを止めた のは、『男』浅人の他有り得なかった。
 ガシッ
伸びた左手の手首を、右手が掴み強制的に動きを止める。上体を前屈みに倒し、その掴んだ手を凝視
しながら浅人は歯を食いしばる。
(止めろ・・・止めろ、止めろ・・・止めろ、止めろ、止めろ
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろっ・・・!!)


食いしばっていた筈の口からガチガチと音が鳴る。目は見開かれ、その横を汗が流れる。
冷や汗か、脂汗か、或いは。
何より凄まじいのは、その手に込められた力であった。
左手からギシ、ミシ・・・と軋んだ音が聞こえる。その力から、左手の手首より先に血の気がなく、
土気色に変わってしまっていて、圧迫から開放されようと痙攣を起こしている。
もしかしたら、男の時よりも遥かに強い力かもしれない・・・否、確実に、そうだ。
(ふん・・・男の浅人が邪魔をしてるか)
先程までの楽しげな雰囲気が一変、侮辱・侮蔑の感情を剥き出しにして岸田が浅人を睨みつける。
(まあいい・・・ここまでくれば時間の問題だ・・・だが、気に入らん)
岸田はスッと浅人の前に立つと、おもむろに浅人の秘部に足の爪先を立てた。
「ひぎぃっ!」
背筋に稲妻が疾ったかのような刺激に、浅人は上体を起こし仰け反り悲鳴を上げた。訳もわからぬまま
焦らされた躰に、それは強烈すぎたのかもしれない。
「ほらほら、とっとと堕ちちまえよ!男の浅人なんか要らねぇんだよ!」
爪先を捻り、浅人の秘部にグリグリと押し付ける。
「あぅ、あ、ああーっ!」
背筋を仰け反らせ、痛みやら快感やらわからない感覚に浅人が絶叫する。
(止めろ・・・!これ以上、俺を壊さないでくれ・・・!)
『男』浅人の必死な訴えは、岸田の前では無意味そのものであった。
「無駄な足掻きは止した方がいいぜぇ?無駄に怪我したくなかったらなぁぁあ」
沢田は吐き捨てるように呟いた後、足を離して再び距離をおく。
突然の強烈な責めに、浅人の思考が完全に麻痺してしまった。その瞬間、『彼』は『彼女』に主導権
を渡してしまったのだ。
「ひぁっ!んんあぁぁ!」




左手の指で触れただけ。そう、触れただけであった。
浅人が自身の濡れそぼった秘部に触れただけで、全身に駈け巡る甘美な快感。
(な、なんで・・・?)
昨晩一人でした時も、その前より遥かに気持ちよかった。だが、今のはまるで段違いだ。
「や、あ・・・!」
体を仰け反らせながら、しかし手は秘部から離れる事はなく、その筋に沿ってゆっくりと撫でている。
この「ゆっくりと」というと部分が男浅人の些細な抵抗なのだが、しかしそれは女浅人にとっては
極めて邪魔であった。
『早ク欲シイ・・・モット気持チヨクナリタイ』
(嫌だ・・・止めろ、止まれっ・・・)
二つの意思が真っ向から対立し、反発している結果がこれであった。
そんな様子を見て、岸田の苛々が増していく。
(ちっ・・・糞野郎が、とっとと堕ちちまえば早いのによ)
岸田が本当に望んでいるのは、淫らな浅人を見ることではなかった。
「男浅人を葬る」事こそが、真の目的なのである。
そして、それも最早時間の問題だった。
至極中途半端な力加減で続けられていた浅人の自身への愛撫は、躰にとってはただの焦らし。次第に
体が快楽を求め、意思に逆らい始める。
 くちゅ
「んはっ・・・!」
指が秘部の真ん中で止まった。上下の動きから、前後の動きに変えようとしているのだ。
「はあ、ああぁ・・・!」
目を見開き、口を半開きにして涎を垂らしながら、沈んでいく指を待ち構える浅人。
(駄目だっ、だめ・・・)


最後の抵抗は、もう躰への強制力はもっていなかった。
 つぷっ
「ふああっ!」
中指が第二間接まで挿し込まれた。それだけで、背筋を折れんばかりに伸ばし、背筋が微かに痙攣する。
その指から与えられる快感を余すことなく貪ろうと、膣が締まり襞が蠢く。
「あふっ、やあっ!」
口からは否定の声。しかし、明らかに艶のある喘ぎ声になっている。
そして、それを証明するかのように、浅人は入れた指を動かし始める。
「ん・・・ふっ、くあっ!」
激しく抜いたり挿したり。挿し入れたままかき回すようにしたり。襞の一枚々々を捲り、擦るように。
どんな動きをしても、浅人の躰には快感を与える。否、躰が快感を与えるように指を支配しているのだ。
(ど、どうして、こんなに・・・)
気持ちいいのか、と意識せずにはいられなくなっていた。そしてその瞬間に、目の前にいる男の言葉が甦る。
『ひょっとして・・・俺等に見られて、感じちゃったのかなぁ?』
 きゅんっ
「ひぁっ!」
突然、下半身に強い疼き。それまで以上に行為を求める欲が増す。
(見られてる・・・それだけで、感じてる?変態か・・・俺、は・・・)
それを自分の中で認識した瞬間、疼きは凄まじい速度で浅人の心にまで侵食していく。
段々と浅人の思考に靄がかかっていく。気持ちいい、というその事実だけがはっきりと浮んできた。
昨晩と同じ様に、気がつけば指は二本に増えていた。秘裂を割り、淫らな液体がぐちゅと音を立てる。


「ふあ、あ、あ、ひぃ」
目は既に焦点が合ってない。屋上を見つめている瞳から、雫が滴り落ちる。悦びの涙か。
(気持ち・・・いい)
『ソウ。コレハ気持チノイイコト』
(気持ちいいことは・・・罪じゃない)
『ソウ。何ニモ変エガタイ真実』
(俺・・・このままでいいのかな・・・?)
『イイノ。コノママ・・・堕チテ』
浅人の中で、何かが、崩れた。
「あ、あああぁ、あぅん!」
途端に全身を更なる快楽が包む。背筋を走り、躰が震え、腕が痙攣し、足を限界まで開く。
余っていた右手は、その豊かな胸を揉んで、否、握り潰していた。痛覚でさえ、浅人の躰は、脳は、
快感として享受する。乳首は既にシャツの上からでもはっきりと、勃っていることがわかる。
「・・・ふ、ふふ」
歪んだ笑い声。その場にいる誰もが、気付く事の出来なくなった狂気の象徴。
「ふふひ、ふひひゃはあひふひひぁひゃはひひゃひゃひゃ!!」
背を仰け反らせ、とても愉快そうに・・・岸田は笑っていた。
まるで、地獄の使者のように。
「そうだ、俺はお前のその姿がみたかったんだよ・・・前田浅人ぉぉぉ」
厭な笑みは消えることなく、膝をついて浅人の顔を覗き込む岸田。
「俺はなぁ、浅人ぉ。お前みたいな男は大っっ嫌いなんだよぉぉ。でもなぁ、今のお前みたいな
気の強い女は大好物なんだよぉ。そうして淫らにヨガってる浅人ちゃんを見るのもなぁぁ」
「あふ、ひゃう!ひん!」
岸田は手を出さない。しかし、浅人の自慰は止まらない。最早、浅人の岸田は見えていないのだろうか。


「ほぉぉら、変態浅人ちゃん?自分で言ってごらん?自分は変態です、ってなぁぁぁ」
空いている左胸の、屹立した乳首をぎゅっと摘んでみせる。
「ひぃぃぃっ!!わ、私はぁ・・んぅ、皆に見・・られて・・・感じてる・・・変態、ですっ・・・
ふあああっ!」
少し前の浅人では考えられないようなことも簡単に口走る。それでも、躰の中を言い知れぬ快感が走る。
今、浅人の中で重要なのは如何に気持ちよくなるか、それだけであった。
「ふひ、あひゃひふひあひゃふひゃはははぁぁ!!」
地獄の使者が、笑う。嘲笑う。
「ひぎっ、あ。あああぁぁぁぁ!!!」
全てを吹き飛ばすように、浅人が絶頂へと昇っていく。
その光景に見惚れていた部員達が、部員の一人がいなくなっていることなど、気付く筈もなかった。

さて、皆さんは覚えているだろうか。
浅人と野球部の『勝負』の時、沢田、種倉、舞浜の他に、もう一人『裏切り者』がいた事を。
エラーを強制されていた筈の一年で、たった一人、真面目にプレーをした、一年の二塁手の事を。
「はぁ、はぁ──」
その一年は走っていた。たった一人、悪魔の雄叫びで目を覚まして。
(何で、何でこんな事に・・・!)
青年は泣いていた。自分は野球がしたくてこの学校に入り、この数ヶ月間頑張ってきた。
なのに、あの有り様はなんだろう。先輩だけでなく、同学年の仲間でさえも前田先輩を虐めること
しか考えていないなんて。
間違っている、でも、何かされるのは嫌だ・・・青年の心は臆病で、とても人間的であった。
体力には自信があった。中学の時は高校を目に入れて陸上部だった。高校に入って野球部で鍛えられ、
その足腰は尋常な程鍛えられている。


そんな足で必死に走り、昇降口で靴を脱ぐ間も惜しみ、一気に目的の場所へ。
扉を開き、開口一番、彼は教師達に叫んだ。
「前田先輩がレイプされてます!・・・助けて!!」

「あ、あふ、あ・・・」
手が、止まらない。さっきから二回イった。それでもまだ、気持ちよくなりたいと手を動かす。
だが、それではもう足りない事を、浅人の躰は脳に訴える。
「あぅ・・・もっと・・気持ちよくなりたい・・・」
呆けた表情で、浅人は岸田の顔を見た。いや、岸田だけではない。それを通り越して、部員達へも。
「ひひ・・・いいぜ、こうなる事を待ってたのさぁ・・・おい、お前ら!」
岸田の一声で、グッと輪が縮まる。浅人を取り囲むように、部員達が並ぶ。
「存分に犯してやれ。たっぷりとセーエキ掛けてやりな。──ただし、処女は俺が貰う」
下品な笑みを浮べ、更に輪が縮まる。それを確認せずに、岸田はGパンのチャックを下ろし、その
岸田自身を取り出す。それは、既に天に向かって反り返っていて、赤黒いグロテスクなものと化して
いた。平均より太く、長い。
「ひひっひ・・・イクぜ、浅人ちゃぁぁぁん・・・」
「あ、ああ・・・」
恐怖は、なかった。足を拘束していた棒は既に取られている。自ら秘部を開き、足を開き、それの
受け入れを心待ちにしている。
岸田の肉棒が膣口につく。そして───
 ずぷぷっ、ぶちっ
「っっ!!あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!」
ミシミシと背骨が軋む音が聞こえる程背筋を仰け反り、浅人はそれの侵入をあっさりと受け入れた。
容赦無く一気に奥まで貫かれた結果。処女膜の千切れる音がはっきりと浅人に聞こえる。
「い、痛ぁっ!やぁ、だ、あぐっ!」


愛液で濡れきっていた膣も、流石に初めての男性を受け入れるとなると離しは別らしい。頭をぶんぶんと
振って痛がり、身を捩る浅人。長い髪が岸田の頬に当たるが、そんな事全く気にする様子はない。
「直に気持ちよくなるぜ・・・我慢しろぉ・・・お前の膣、凄ぇ締め付けてくるぜぇ・・」
狂ったように腰を打ち付ける岸田。肉と肉がぶつかり合う音と、卑猥な水音がそこを支配する。
妖しげな気配と空気が漂い、一人、また一人と理性を失っていく。岸田の狂気か、浅人の淫乱か。
「やめ、抜い、て・・・あふっ、きひぃっ!」
手はしっかりと岸田の腕を掴み、突かれるままに腰を振る浅人。口では痛みを訴えているが、既に
その秘部は岸田の肉棒をしっかりと咥え込み、貪るように襞を蠢かす。まるで、そこだけが別の生物のように。
声も、すぐに喘ぎ声と変わっていく。
「そんな事言ってる割には、凄ぇ締め付けじゃねぇか。もう素直にヨガっていいんだぜぇ?」
「あうっ、んあっ!だめ、イク、また、イクっ・・・!」
限界点だった。神経が焼き焦げるような感覚。意識が遠のき、現実味が消えていく。
「俺ももう限界だ・・・中に出す、ぜっ!?」
辛うじて聞こえてきた言葉は、浅人の脳では上手く変換されなかった。
「はぁぅ!あ、イ、クっっ・・・・!!」
 ビクン!
 どくん、どくん、どくっ、びくっ・・・
「あ・・・は・・・」
意識が、途切れる。躰の中に熱き印を刻み込まれながら、絶頂と同時に。
最後の最後、ブラックアウトしゆくし視界に、一筋の光を見ながら。




うっすらと目を開く。眩い光が射し込んできて、殆ど開けなかったが。
「・・・っ」
頭が痛い。ガンガンと内側から叩かれているような感じ。それに加え、気怠い感覚が全身を覆っていた。
ただ、何か暖かいものに包まれていることはわかる。
(怠い・・・)
やる気がおきないのに、何かをする事もないだろう。再び目を閉じて、まどろみの中にその身を置く──
「先輩?・・・前田先輩!?」
それを遮ったのは、少女の声だった。突然鼓膜を響かせた音に、浅人は再び目を開く。そこに
映ったもの・・・それは、よく見知った顔三つであった。意識が曖昧なため、まだ認識はできていない。
「浅人、気がついたか」
安心したような声が聞こえる。浅人は辛うじて声の方に顔を向けることができた。
「前田先輩、大丈夫ですか?」
三人目の声が掛けられた時に、靄の掛かっていた浅人の思考が、ある程度晴れた。
「・・・ああ」
そこにいた沢田、種倉、舞浜をやっとの事で認識して、それだけで安心したのか浅人は再び目を閉じる。
怠さが取れたわけではない。頭痛も引いていない。だからこその行動だった。
「私、先生と看護婦さん連れてきますね!」
舞浜は勢いよく立ち上がると、とても嬉しそうにはしゃいで退室していった。
(相変わらず元気な子だな・・・)
音と声だけだが、その様子は浅人の中ではっきりと思い浮かべられていた。
右手を額にずらし、視界を開けさせる。真っ先に飛び込んできたのは真っ白な天井と、赤い光だった。
「ここは・・・」
「病院だよ」
沢田の言葉にああ、と相槌を打った。成程、どうりで薬品の匂いがすると思った。


少し無理をして、浅人は上体を起こした。そこで初めて自分がベッドに寝ていたことに気付く。
完全に起こし切った後に、軽い眩暈がして頭を押さえる。それ程までに消耗し切っているのか。
「だ、大丈夫ですか?」
種倉の不安そうな声。それもそうだ、今の浅人の顔は真っ青で、唇も紫色に近い。酷く弱々しく見える
その姿は、種倉でもなくても心配する。
「ん、平気」
片方の手を挙げて返事を返す浅人。些細な動作ではよろけない。意識がはっきりしてきたようだ。
浅人は窓に視線をやった。自分の後ろにもあるが気にならなかった。窓から見える風景は、沈み行く
夕日によって赤く彩られている。相当時間が過ぎていたようだ。
「私、どのくらい寝てた?」
「えっと、俺らが来た時は既に寝てたから、少なくとも二時か・・・え?」
沢田が言葉を止めた。目を見開いて、驚きの表情。種倉も同じ。その顔で、じっと浅人の顔を見つめている。
当の本人は、何で二人がそんな顔をするのか全く理解できていない。
「・・・何?」
「お前・・・今、何て言った?」
「え、だから、わた・・・」
ハッとして、浅人は自分の唇に触れた。信じられない。それが自然と口から漏れたことに。
『私』。今確かに、浅人は一人称を『私』と定めたのだ。
 ドクン
瞬間、浅人の中で急速に記憶が復元されていく。
 ドクン
自分の前で群れる男達。
 ド ク ン
自分の秘部を貫いている岸田。
  ド  ク  ン
そして・・・狂ったようにヨガっていた自分。
「っ!!」
突然、浅人は自分の両肩を抱いて俯いた。全身が震え、冷や汗が流れる。
それは恐怖か。絶望か。憎悪か。悲哀か。狂気か。歓喜か。渇望か。


「あ、浅人!?」
突然のことに、沢田と種倉が慌て始める。どうしていいかわからず右往左往してしまう。

医者が来たのは、その直後だった。
その後、沢田他二人は強制退室。浅人は医師の軽い診断を受けて、後一日は安静にしていろという
判断を下された。
その晩、浅人は夢を見た。
男達が、自分を輪姦する夢。あろうことか、沢田や種倉までもが混ざっている、厭な夢。
悲鳴を上げた。絶叫に近かった。それが現実であれば、喉は張り裂け、赤き血飛沫が舞っていただろう。
しかし、所詮は夢の中。浅人の願いは聞き入れられる事はなかった。
次々と犯されていく。それを、自分が何と淫らに受けていることか。腰を振り、涎を垂らし。
夢だと気付いても、浅人はそこから抜け出せることができなかった。感覚が麻痺し、思考が働かない。
理性なんぞ無駄なものとして排除されていた。
悲鳴を上げた。悲鳴を上げた。悲鳴を───



翌々日、浅人は退院した。両親に迎えに来てもらい、自宅まで連れて行ってもらう。
──一言も口を開かず、浅人は自分の部屋に閉じこもった。
食事も摂らず、水も補給せず、風呂にもトイレにも出てこない。
両親は酷く心配した。いや、これで心配せずに親と言えようか。
我が息子‐今は娘だが‐が受けた屈辱も辛苦も、代わってやれることなど出来ない。声を掛けても
返事一つ返さない浅人に、心が刻まれそうな感覚。

沢田が家に訪れたのは、その翌日の夜のことだった。
学校は現在、生徒同士のレイプという前代未聞な大事件によって一時休校となっている。
「浅人・・・引きこもっちゃって」
悲痛そうな母親の声に、沢田は顔を顰めた。心の傷は相当深い。・・・いや、深いなんてもんじゃない。


「すいません、浅人に会わせてもらえますか?」
「私からもお願いできるかしら。あの子、私達じゃ聞いてくれないの」
小さく頷くと、沢田は「お邪魔します」と言って家に上がった。
浅人の部屋に向かっている時に、母親がぽつりと漏らした言葉を、沢田は聞き逃さなかった。
「どうしてこんな事になっちゃったのかしら・・・」

「浅人、入るぞ」
鍵は掛かっていなかった。ドアノブを回し、扉を開く。中は真っ暗。
電気は点けなかった。浅人はきっと自分の顔を見られたくないだろう、と思ったからだ。
中に入って扉を閉める。まるで人の気配がしない。目を凝らし視線を配ると、ベッドの上に黒い塊。
「浅人」
声を掛ける、返事は無い。ベッドに向かって歩みを進める。部屋の中はそれなりに知っている。
「浅人」
再び声を掛ける。やはり無反応。ふう、と溜息を漏らし、ベッドの傍らに立つ。
「退院おめでと。これ、土産だ」
にこやかな表情をつくり、手に持っていたビニール袋を持ち上げて見せた。中身はコンビニで買った
肉まんだ。
だが、反応はなかった。
目が慣れてきて、沢田は浅人の全貌をようやく見れた。膝を抱えて座り俯きがちな顔、視線は何処か
一点をただじっと見つめているだけ。髪は結わえられてない。
「これ、ここに置いとくぞ」
机の上に袋ごと置いてから、沢田は再びベッドの傍らに移動し、膝をついた。
「どうした、元気ないな?」
浅人の顔を覗き込む。表情は、無。
「・・・ま、当然だよな」
沢田は床に座り、ベッドに凭れ掛かった。浅人には背を向ける形になる。
「・・・塞ぎこむよな、そりゃあ。誰だってそうだよな」
沢田も、視線を落として呟いた。どう話し掛けていいかわからない。
浅人がどんな目にあったか、沢田はそうした本人から直接聞き出していた。お礼に鉄拳をプレゼントして。


酷く心が痛む。ただ聞いただけの自分がこれ程ならば、浅人本人のダメージは計り知れない、と沢田は
思った。男が女になり、なって三日目にレイプ、だ。想像できる方が凄い。
「・・・それで、いつまでそうしてるつもりだ?」
比較的、優しく話し掛ける。内心、怒るという感情がなきにしもあらずではあったが、それは傷心で
掻き消されていた。
「先生にも、両親にも、俺にも心配掛けてな。お前らしくないぞ」
「・・・怖いよ」
沢田のその優しさか、それともその言葉に意味があったのか。浅人の心に感情が注がれ始めた。
「誰かが怖いんじゃない・・・自分が怖いんだ・・・もう、元には戻れない・・・引き返せない・・・」
浅人の言葉に感情は篭められていない。ただの言葉の羅列。まるで機械のよう。
沢田は目を閉じて聞いていた。その文字の羅列から、全てを汲み取るように。
「『俺』っていう存在が消えて・・・『私』っていう自分が自分を占める・・・よくわかるんだ。
『俺』がどんどん消えていくのが・・・」
浅人は膝で組んでいた手を胸の前で組んだ。体が震えている。視線は前髪で見えない。
「じゃあ・・・『俺』はどうなる?完全に消えてしまうの?それとも、心の檻に閉じ込められて、
見えるけど手出しができないようになるの?」
言葉は完全に『女』の浅人であった。そのことに本人は気付いているかどうか。
「それに・・・『私』も怖い。生まれてたった数日で、どうしていいかわからない内に、ああして
女として弄ばれた・・・それが、『私』をそれだけの存在にしてしまう・・・」
つまり、快楽だけに溺れる女になってしまうのではないか、ということだ。
『女』浅人と『男』浅人、二つの意識は浅人の中では別々なものとして捉えられていた。男は自分、
女は他人。この体に、女が占められていく感覚に、浅人は恐怖しているのだ。
気がつけば、浅人の双眸からは大粒の涙が零れていた。ひとつ。またひとつ。
「怖いよ・・・こわい・・・こんなことなら・・・『私』なんていらない・・・『俺』なんていなく
ていい・・・もう・・・生きていたくないよ・・・」
今の一言は、沢田にとって喋ってはいけない一言だった。


「浅人」
沢田は振り向き、ベッドでむせび泣く浅人の両肩に触れた。ビクッと体を竦ませるが、抵抗はしない。
「浅人、浅人」
また名前を呼んだ。浅人の顔を上げようとしている・・・のではない。呼んでいるのだ、浅人を。
「浅人・・・浅人!」
最後に大きく浅人を呼びかける。その言葉で、浅人の瞳に多少感情が戻る。沢田からは確認できないが。
「・・・普段ならこの場でお前を殴り飛ばしているところだ」
沢田は、憤怒の表情を露にしていた。言葉にもその片鱗が伺え、浅人は更に身を縮ませた。
「生きれるやつが、生きていたくないっていうのは、それは死んでいく人に申し訳ない言葉だ」
沢田には母親がいない。沢田が子供の頃、癌で死んだ。父親の腕一本で育てられたのだ。命の大切さ
を嫌という程知っているのだ。
「お前はお前だ。前田浅人、お前以外の誰がそこにいる?負けるんじゃない。お前の強さはそんなもんじゃない」
誰よりも、そう、浅人本人よりも、沢田は浅人の強さを信じた。どんな時でも明るく笑い飛ばした
前の浅人を思い浮かべて、必死に呼びかけていた。
だが同時に、人間の弱さも知っていた。
「挫ける時もある。倒れる時もある。そん時は、俺が支えてやる。だから・・・」
手を肩から浅人の頬に当て、浅人の顔を持ち上げた。やはり、抵抗はない。
そこにあったのは・・・涙に濡れた宝石と、美しい少女。
「生きていたくない・・・死にたいなんて、言うな」
沢田の真摯な表情を見て、浅人はぷっつりと糸が切れたように泣き出した。沢田の胸に飛び込んで、
大声を上げて。
絶望の淵に立たされてもそこにいる。沢田の存在は、壊れかけた崩れかけた浅人にとって、唯一すがれる
ものだったのだ。これより先、どうなるかはわからない、が。
そんな浅人を、沢田は黙って抱き締めた。今はこいつの支えとなって、こいつが男に戻った時は、また
切磋琢磨できる仲として、多分一生こいつと一緒なんだろうな・・・と、心に刻みながら。


───そうして、少しの時が流れて。
あらかた泣き終えた浅人は、ゆっくりと沢田から離れた。その表情は、笑顔。
「・・・ありがとな。助けてもらった」
穏やかなその声は、しっかり元に戻っていた。まだ鼻声ではあるが。
沢田はその言葉に首を横に振る。そして、笑って返す。
「いいって事だ。気にすんなよ」
ふと、沢田は浅人の瞳を見た。涙に濡れたその瞳に、沢田はドクンと心臓を高鳴らした。
(この前と・・・同じだ)
客観的に見ているが、実際は体に抑制を掛けていた。可愛い。キスしたい。奪い・・・たくはない。
「・・・どうした?」
余程思いつめた顔をしているのか、浅人は不思議そうに沢田の顔を覗き込んだ。だが、それがまずかったりする。
「浅人・・・キス、してもいいか?」
「・・・へ?あ、ん」
気付いた時には、浅人と岸田の距離はゼロになっていた。どうやら沢田は我慢が効かない人間らしい。
だが今回は、浅人は跳ね返さなかった。目を閉じて、触れるだけのキスに応えている。
ふっ・・・と離れ、暫し見つ合う二人。先に口を開いたのは、浅人だった。
「・・・やっぱり、女として?」
それは、浅人が抱える最も大きな不安だった。やはり、女としての自分にキスしたのか、と。
「・・・馬鹿だな」
沢田は微笑んだ。内心、自分も浅人と同じ疑問を抱いていた。女だからキスする。その事実は確かに
ある。だが、それ以上に沢田を占めていたもの。こんなクサイ台詞言うキャラじゃないんだけど・・・
と思いながら、
「親友として、だ」
再び唇を重ねた。今度は浅人も求めていた。同時に、どちらからとも言わず抱き締めあう。
沢田の舌が入ってくるのを感じ、浅人はそれに応え自分の舌を絡ませる。ぬるり、とした感触。
「あ・・・ふ・・・」
岸田達の時とは違い、そういう事をするのに嫌悪感はなかった。勿論、『男』としての抵抗はある。
それは多分抜けることはないだろう。男に戻った時に女になりきってたらそれはそれで恐い。


だが、今の浅人は『男』として嬉しいと思う気持ちと、『女』として気持ちいいと思う気持ちが混ざり
合い、微妙ながら絶妙なバランスで成り立っていた。心が温まる、そんな感じ。
「んん・・・む・・・」
今度のは長かった。舌を絡ませ、沢田の舌が浅人の口内を弄る。口内を犯される感じだが、やはり
浅人は悪い気がしなかった。むしろ、もっとして欲しいという願望が強くなっていく。
熱い吐息と、微かだが二人には確かに聞こえる水音だけが、その空間を満たしていた。
「ん・・はぁ・・・」
唇を離すことなく、沢田は浅人をベッドに横たわらせる。そうしてから唇を離す。
結わえられていない髪は乱雑に散り広がる。そんなことなど構わず、浅人は上にある沢田の顔を見た。
「・・・綺麗だな・・・」
察して、沢田がぽつりと呟いた。浅人の緊張した心と体を解そうとしたのだ。
浅人はその言葉に赤面して応えた。男としては「綺麗」と言われても何ともないが、自分の体を褒め
られるのは嬉しい。
沢田は静かに浅人の服に手を掛け、脱がそうとした。
「だ、駄目っ」
しかし、すぐに浅人により防がれる。上着のボタンに掛けられた沢田の手を両手で押さえる。
恐いから、というのも確かにあることはあったが、それは根底の理由ではない。
「駄目か?」
手を止め、浅人の顔を覗き込む。浅人に不安を与えてしまったのかどうか心配したのだ。
キスしていいか、と聞いただけで、しかも答えを聞いていない。こんな行為にまで及んでいいものか
どうか。しかし、沢田には我慢できなかった。柔な男である。
「あ、と・・・その・・・」
真剣な表情で見られ、浅人は反射的に出してしまった手をゆっくりと離した。代わりにシーツを軽く握る。
「・・・いいのか?」
沢田の確認に、浅人は頬を赤く染めて頷いた。
(やっぱり・・・される時は女だな、俺)
自分の行動で深く自覚した。だが、もう不安はない。いや、別の不安はまだ消えてないが。
浅人の頷きを合図に、沢田はゆっくりと上着のボタンを外し始めた。


そして、そこで初めて、浅人が何で拒絶したかがわかった。
「・・・お前な」
沢田の半分呆れた声。浅人は黙って俯くしかなかった。
浅人は下着を付けていなかったのだ。だから咄嗟に脱がすのを止めてしまった。
沢田は半分呆れ、しかしもう半分は感嘆であった。開かれていたカーテンから、丁度晴れて見えた
月の光が差し込まれ、浅人の体を淡く照らす。白い肌が闇の中ぼうっと浮かんでいるような感じ。
「・・・綺麗だ」
再び賛美の言葉を掛けて、沢田は乳房の先端にキスをする。
「んっ・・・!」
ピクン、と軽く痙攣し、浅人は目をぎゅっと閉じた。突然の刺激に反応してしまった。
「・・・あ!」
だが、突然我に返ったかのように上体を起こそうとする。沢田は丁度胸を弄ろうとした時だったので、
多少驚いてしまう。
「風呂、入ってないから汚いぞ」
慌てて体を起こそうとする浅人を、沢田は苦笑しながら優しく押し返す。
「大丈夫だよ」
上からおぶさるように口づけを交わす。そして、それを首筋へ。
「は、んっ」
ぞくぞく・・・と背筋を何かが走る感覚。沢田が首筋を舐めている。
それに遅れるかたちで、沢田の手がふくよかな胸に当てられた。そして、下から持ち上げ、優しく
包むように揉み始める。
「はぁ・・・はんっ・・・」
目を閉じて、艶やかな吐息を漏らす浅人。暖かいのと、気持ちいいのと。
自分でした時とはまた違う感覚。他人に触れられてると意識するだけでも、何処か気持ちよさを感じる。
「はぅ・・・ぁ・・・は、ひぃん!」
体を捩る。沢田が既に勃っていた乳首を摘んだのだ。
「は、あくっ、んあっ!」
切ない喘ぎ声を上げて、浅人は仰け反った。痺れるような感覚は、我を忘れそうになる程だった。
(な、何で、こんなっ?)


半ば困惑している浅人。自身で弄った時よりも凄い快感が包んでいる。
首筋を舐めていた舌は、鎖骨、乳房と下り、再び乳首へと辿り着く。それと同時に、余った手を
ズボンの下に入れて、すすっと太股を撫でる。下着が引っ掛かる感触はなかった。
「あんっ、はぅっ・・・んあっ!」
さらに一際大きな嬌声。太股を撫でていた手が、股間に伸びてきたからだ。
 くちゅっ
手に付いた感触と、浅人の喘ぎ声で危うくかき消されそうになった水音が、沢田の記憶を呼び起こす。
「・・・濡れてる」
その言葉に、浅人の顔が茹で蛸の如く真っ赤に染まる。同時に、滴っていると告げられた秘部から、
さらに熱い体液が流れ始めた。
(言われて・・・感じてる。言葉責めされてる・・・)
ドクンドクンと、高鳴る心臓は止まる事を知らない。相手が沢田だからだろうか、とも考える。
だが、そんな思考を吹き飛ばすように。
 つぷっ
「はひっ!!」
沢田の指が、浅人の秘裂を裂いて膣に入っていく。目を見開いて体を仰け反らす浅人。
「んあ、あくっ、あぅん!」
ぬぷぬぷと、沢田の中指が出し入れされる。ただの前後運動。それが、浅人にとって素晴らしい快楽を
与えていた。
そんな風によがっている浅人を見て、沢田は内心ホッとしていた。手馴れたように見える手付きだが、
勿論彼はこんな経験したことないし、童貞である。
暫く三点責めを楽しんでいた沢田だったが、暫くして口と手を乳房から離し、そっとズボンを脱がす。
「あ・・・」
小さく呟いた浅人の言葉は、沢田に届いただろうか。
やがて、浅人は一糸纏わぬ姿になった。何故か、下の下着すら身につけていなかった。
「・・・せめて下くらい着けてろよ」
沢田の呟きに、浅人は真っ赤な顔を更に赤くさせた。触れば熱かろう。


おもむろに、沢田がベルトを外した。チャックを下ろし、トランクスを下ろし、飛び出したものは。
「きゃっ」
思わず浅人が可愛らしい声を上げる程のものであった。天に向かって屹立する怒張。
両手を広げて顔を覆う浅人だったが、指の隙間からバッチリそれを見ている。
「準備は・・・いいか?」
浅人の股を軽く開かせ、その間に体を擦り込ませる沢田。そして、一物を浅人の秘部に重ねる。
瞬間、浅人の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。一瞬、目の前の男の顔が変化しそうになる。
それを、頭を振って掻き消す。今、自分が重なろうとしているのは、愛しい男だ。
「んっ・・・いい、よ・・・」
最後は故意に女言葉にしてみせた。無理してる訳ではないし、自然と口から出たものだが、恐くはなかった。
 ぬぷっ・・・ずずっ
「んあ・・・あーーっ!」
浅人が口から放った言葉は、誰が聞いても間違いようのない嬌声だった。
体を仰け反らし、手は沢田の肩を掴み。浅人は全身を貫く快感に身悶えしていた。
「く・・・あさ、と・・・凄っ・・・」
歯を食いしばって、沢田は腰を動かした。浅人の膣内はとてもきつく、沢田のものを絞りとらんと、
妖しく蠢いて離さない。
「ああっ・・・ふああっ!ふあぁぁっ!あくっ、だめ、だめぇ!」
駄目、と言いながら髪を振り乱して喘ぐ浅人。駄目なのは、快感に負けそうな自分の体であろう。
豊満、とは言えないが確かに大きい胸が心地よい程よく揺れる。
「お前のなか・・・凄、締まって・・・俺、すぐに・・・」
浅人の体を弄っているだけで限界まで張り詰めた沢田の肉棒は、既にはちきれんばかりの硬度をもっていた。
何かテクニックを知っている筈もなく、ただ腰を激しく動かし快感を得る浅人と岸田。それだけで、
言いようのない感覚に包まれる。そして、かなり早いが二人とも既に限界であった。
「あ、イク、い、ク・・・出し、て・・・なかに、なかに出してぇぇぇっ!!」
その浅人の叫び声が、限界点突破の合図となった。きゅうっと、沢田のものがより締め付けられる。
「あ、さと・・・っ!」
 ドクンッ、ドクドクッ・・・
「あ、ぁ熱っ・・・!」


沢田の精液が、浅人の中に放たれる。それを全て飲みつくさんと、浅人の膣がぎゅうぎゅうと締める。
浅人を浄化するように、白濁した生命の印は浅人の中に出し尽くされた。
「あ、ぁ・・・」
どさり、と浅人の上に覆い被さる沢田。それを抱き締める浅人。
二人は今、互いの絆を深く深く確かめた。

そして、季節は巡り、夏───
「・・・九回裏、ワンアウト一三塁。一打出れば同点、一発出れば逆転サヨナラ」
スコアブックを叩き、少女は呟いた。そして、次の打者はその一発が期待できる打者だと、少女は知っていた。
『四番、サード・沢田君』
ウグイス嬢のアナウンスが響く。それに応えるように、一人のバッターが打席に向かう。
「・・・沢田先輩・・・」
少女の隣にいる、制服を着た生徒が小さく呟く。その呟きに、少女は不安の色を感じた。
「大丈夫だよ」
視線はグラウンドに向けたまま、少女は言い切った。
「沢田は打つ・・・って言うか、打たなきゃ殺す」
少女はニッと制服の女子生徒に微笑みかけた。その笑顔は、人を安心させる表情。

そして───

 かきぃぃぃん・・・

少女──浅人の呟きは実現した。
「これでベストエイトか・・・凄えな、ウチの野球部は」
冷静にスコアブックに逆転サヨナラ勝ちを記して、閉じた。視線を上げれば、グラウンドで袋叩きに
合っている沢田・・・が見えない。
「やれやれ・・・この後は甲子園常連と戦うのに、呑気なこった・・・」
浅人は笑っていた。とても嬉しそうに、とても楽しそうに。
彼等の夏は、まだ終わらない。


<了>
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