基本のテキストに相手の発言をカット・アンド・ペーストして貼りつけるだけ。
 単純な繰り返しが煽りには最適だと言うことを彼は知っている。
 相手がどんなに的確な指摘をしても無視。ひたすら自分のペースで、ほとんど同じ文章を貼りつけ
る。ほとんど同じ作業の繰り返し。画面の向こうにある怒り顔を想像するだけで、愉快になってくる。

 どんなに真剣に考えても、こちらの作業時間はわずか。相手にむだな時間を潰させるだけ、自分の
愉悦も高まる。
 目を細めて、画面をリロードする。
 また返事が返ってきた。
 定型の作業を繰り返して掲示板に貼りこむ。
 リロード。リロード。またリロード。
 十数回目のリロードで反応が返ってくる。かなり頭にきているらしく、それなりに長文の書きこみ
をしてきたが、全部に目を通す必要はない。定型の対応。定型の煽り文句。これを繰り返すだけで相
手はおもしろいように反応し、返事を叩きつけてくる。
 踊れ、踊れ。
 俺の指先の上で踊り狂え、莫迦共。
 定型文の上に相手の言葉を少し引用する、何百、何千回繰り返したかわからない作業を、また一つ
繰り返す作業に入る。
『画面を覗きこむ顔の色は白い』
 自分で打ちこんだ覚えのない文章がエディタに打ちこまれていた。マウスを操作して範囲選択、消
去。定型文を貼りこもうとしてキーボードに指を戻すと、今度は別の文章が並んでいた。


『閉じこもりがちな毎日にもかかわらず、肌は荒れていない。むしろ抜けるように白い色は、女性と
して羨ましいともいえるものだ』
 無言でキーボードから全選択し、削除。しかし。
『キーを叩く指さえも細く、艶めかしい。白魚のようなとは古い表現だが』
 ウィンドゥの右上にマウスカーソルを移動させ、乱暴に、何度もクリックする。
『――男の性器を何百と握っている指だというのに、汚れているという印象はない。マウスを睾丸を
いとおしむかのごとく、そっと包みこむ手は、夏だというのにひんやりとしている』
 終了できない。
 文章が続けて表示されている。
 カッ! と頭に血が上った。どんなに煽られようと、にたにた笑うだけの自分が、こんな悪戯で動
揺しているとは自分でも認めたくなかった。
「いたずら……か?」
 かすれた声が真夜中の室内に、いんいんと響く。
 エディタで文字が躍っている。
『女性化の呪いを知っているだろうか?』
 冷たいものが背中を伝う。
「そんなもの、あるわけない」
『自分が女にされてしまうなど、誰が考えるだろう。皮、性転換手術、魔法、超技術……どれも現実
味がない。だから、あるはずがない。そんなことなどないとわかっているから、フィクションとして
楽しめる』
 PCの電源スイッチを押した。だが、電源が落ちない。背面のスイッチを操作する。ハードディスク
にダメージがあるだろうということも頭から抜け落ちていた。
 消えない。PCは暗い部屋の中で、ディスプレイの輝度を増したかのようにして平然としている。電
源コードを壁のコンセントから根こそぎ、引っこ抜いた。それでも消えない。


「嘘だ」
 呼吸が荒い。長距離を走り終えたあとのようにぜいぜいと音を立てて、空気を貪る。
 腹が絞られるように痛い。
 手を当てると、ぽこり、とへこんだような感触がする。慌てて服をまくると、贅肉がついていたは
ずの腹は綺麗にへこみ、そればかりかウエストがくっきりと浮き出るほどになっている。
「痩せ……いや、そんな」
 幻覚だろうか。
 では、この腹を見下ろすにもじゃまな胸の膨らみはなんだ?
「おんな……」
「ひっ!」
 自分以外には誰もいないはずの室内に低い男の声が響く。「おんな」「おんな……」ゾンビ映画の
ワンシーンのように男たちの輪唱が室内を満たしてゆく。
「誰だ、こんなことをするのは。いたずらは、よせっ!」
 おびえきった女の声は、男たちの嗜虐心をそそる。
 誰もいない山の中。
 助けてくれるものなど、いるはずもない。
「助けてぇっ!」
 生暖かいものが股間を濡らし、夏草の生えた地面に伝い落ちてゆく。虫の鳴き声さえも、女を包囲
し、逃がさないようにしているかのようだった。
「たす……け……」
 それでも逃げようとする女の背後から、二人の男が襲いかかった。悲鳴を上げる余裕さえ与えられ
ず、前から、横からと幾人もの男たちに囲まれ、服を剥ぎ取られてしまう。
 夜だというのに、なぜかそこだけは――女を中心とした一部だけは、はっきりと見えている。
 ああ、それは幸運と言えるのだろうか。


 ろくに愛撫もされずに前とうしろの両方を犯され、口に恥垢や尿臭のきつい肉棒を突っこまれ、わ
けもわからずに蹂躙される。だが、周囲に数百人の欲情を抑えきれない野獣の目をした男たちが見え
ないだけでも、彼女にとってはしあわせなのかもしれない。
 取り囲む男たちのザーメンを、シャワーのように浴びせられる。粒さえ感じ取れそうな濃厚なそれ
を、十数本の腕が、女の肌に己の臭いを染みつかせようとするかのようになすりつけ、こねまわし続
ける。

 常夜灯さえも消えた部屋の中には――主を失ったPCの電源だけが、白く光っている。
 終わることなく陵辱され続ける女を描写したテキストエディタの画面だけが、たった一つだけ開か
れていた。

◆END

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