「本日付で、この3−A及び3−BはTS法の定めるところにより、国の管理下に置かれま
す」

朝のHRが始まった直後、担任に続いて入ってきたびしっとしたスーツ姿の男は教壇に立
ち、はっきりとそう宣言した。まだ30にも届いてもなさそうな年齢と温和そうな顔立ち
と、その台詞は、ひどくちぐはぐだった。
「現在、我が国は超がつくほどの少子化傾向にあり、人口が減少に転じて久しいのはご
存知の通りです。それにより定められたTS法により、この学校この学年にシステムの適
用が国により認められました。
 各15人のクラスですので、一人ずつ性転換していただきます」
 いつからか日本は人口の減少に歯止めがかからなくなっていた。出生率は落ち込み、
20年ほど前に国が立てた予測よりも遥かに速いスピードで人口は減っていた。そこそこ
のレベルにあるはずのこの学校(男子校)だって空き教室がいくつもある状況で、しか
し雇用の問題もあってクラス数を無理やり増やすことで対応している有様だ。
対象に選ばれた学校で生徒を選び性転換させ、生徒同士で子供を作らせて少子化から脱
却するシステム──それがTS法。倫理などという言葉を口にできないほど切羽詰った末
の苦肉の法律。
教壇の上に、場に不釣合いな黒い箱が置かれる。
「窓側の列からクジを引いて、弾いたらまた席に戻ってくれ」
担任の言葉に従って、ぞろぞろと列を作る。
 誰もが「まさか自分が当たらないだろう」と思っているはずだ。確率は15分の1もあ
る。
 俺だってそう思っていた。
 ──当たりを引いてしまうまでは。
「では、当たった人は前にでてきて下さい」
 言われるまま、席を立つ。視線が集中する。
 教壇の前に立たされる。そこから見渡したクラスメイトは、皆一様に安堵の表情を浮
かべ、憐れみの混じった視線が見て取れた。もし俺が逆の立場だったらまったく同じこ
とをしただろう。
 スーツ姿の男が何か説明しているのも、俺の耳には届かなかった。ただ、目の前の光
景を見て、俺が女になって戻ってきたら今度はどんな顔をするだろうか、と考えていた。




 校門の前には高そうな黒塗りの車が止まっていた。
 俺の隣には例のスーツの男と、隣のクラスで当たりクジに恵まれてしまった松田(仮
)。松田(仮)は不安げにあたりをキョロキョロしきりに見回し、顔色はどんどん青く
させていた。
 車に乗り込むときもしり込みをし、助手席にいたごつい別のスーツの男に強制的に押
し込まれた。

 2時間ほどかけて移動し、その間、松田(仮)は震えてばかりいた。どこに連れて行
かれるかわからない不安からだろう。かくいう俺も不安を感じていたが、着いた先が国
立ではあるが普通の総合病院だったので、少しだけほっとした。車は裏手に回りこみ、
入り口の前でピタリと止まる。
 病院の中もいたって普通だった。入ってすぐのところにあるエレベーターに乗るよう
指示される。3人が乗ったことを確認すると、行き先の階を押さないまま扉を閉める。
そしてポケットからカードを取り出し、いくつか操作した。
ガタンとエレベータが動き出す。下に向かっていた。表示にはB1Fとしかないのに、明
らかにそれ以上の深さに潜っている。また松田(仮)が震えていた。どこに連れて行か
れるかわからない不安が再燃したようだ。扉が開いても動けず、また他人の手を借りて
行かなければならなかった。
 通された部屋は診察室で、いろいろと検査をされた。身長、体重といった基本なこと
から視力、聴力、レントゲン、血液検査にいたるまで。
「君たち二人は健康状態に問題がないことが立証された。よって、TS法にのっとり性転
換を執行する」
 ついにこのときがやってきた。一体どうやって性転換するというんだろう。外見的な
ものならともかく、子供を産めるようになんてのは…。
「この薬を飲んで下さい。飲むとすぐ眠くなると思いますが、問題ありません。そして
次に目が覚めたときには、すべての“処置”が終わっているはずです」
 俺と松田(仮)に透明なピルケースと水の入ったコップが手渡される。ケースを開け
ると、青色のカプセルが3錠入っていた。どんな手段で性転換すると思ったら、案外あっ
けない。しかし、カプセルを取り出したところで、動けなくなった。
しかし、飲まないわけにはいかない。国の意向には逆らえない。人口減少につれて進ん
だ国会のカオスによって、TS法とほぼ同時期に提出された治安維持法は可決、国民の監
視役となる治安維持警察が新たに設置された。だからどこに逃げようとも必ず捕まる。
 意を決して、3錠を一気に水で飲み込む。隣にいた松田(仮)も俺の行動を見て覚悟
を決めたようだった。
「ご苦労様です。では、ごゆっくりお休み下さい」
 まだ正午になったばかりだ。眠くなんかならないと思っていたが、すぐにまぶたが重
くなった。

 こうして、俺の男としての人生はたった17年で終わった。

***



 目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。部屋は白一色で統一され、病室みた
いだ。
 ──病室?
 こんなところにいる理由を考えて、すべてを思い出した。
「そうか俺、あの法律で……」
 スーツの男は目が覚めたらすべての処置は終わっていると言った。
 ベッドから起き上がり、まず目に飛び込んできたのは胸だった。もちのように膨れ、
付け根あたりに重力に引っ張られる感覚があった。下も触ってみたが、案の定ペニスを
発見することはできなかった。
あたりを見回すと、ベッドの脇にあるテーブルの上に手鏡を発見した。おそらく、これ
で確認しろということだろう。
「…………」
そんなに大きくない鏡に映った俺は、俺じゃなかった。傍目からでも美がつくほどのか
わいい少女になっている。目が大きいのが特徴だ。肩で揃えられた髪がよく似合ってい
た。
「これが、俺……」
 声まで高いものに変わっていた。
これから俺はこの姿で、生きていくことになる。
最初に選ばれたときから諦めて「仕方ない」と思っていたが、そう簡単に割り切れるも
のじゃないと痛感する。これからいよいよ子供を産まなければならない。子供を作るに
は、セックスをしなければならない。男として生きてきた俺が男とできるだろうか?
 ふと、手鏡のあった机の上に紙が置いてあるのが目に付いた。
「なんだこれ?」
 それは履歴書のようだった。
──身長160cm、体重48kg、B85(C)、W59、H86。
とあるが誰の…………まさか。
「それは君のプロフィールですよ」
 音もなく開いた扉の向こうにいたのは、昨日のスーツの男だった。
「それがこれからの君の人生の基盤です。じっくり読んで自分を把握してください」
 見れば苗字はそのままだったが、名前が女のそれに変わっていた。それくらいは予想
していた。この顔に似つかわしい名前だ。その他、家族構成も同じ。選ばれたからには
親だって何も言えない。それどころか多額の支援金が支払われているはずだ。
「それはそうと、そろそろ学校の時間なので、着替えてください。着替えはここに一式
揃ってます。着方がわからなければナースコールで看護師を呼べば手伝ってくれます。
──それでは、また後ほど」
 出て行ったことを確認して、着替える。これから必須になる下着類のつけかたは呼ん
だ看護師に懇切丁寧に教えてもらった。5回くらい繰り返して、たどたどしいながらも
独りでできるようになった。ちなみに制服はどこかの高校の女子用だった。

 来たときと同じように裏口には同じ車が止まっていた。
待つこと数分、松田(仮)がやっと来た。松田(仮)もまた面影もないくらいにかわい
く変身していて、恐ろしいほど制服が似合っていた。顔色が真っ青だったことを除けば。




 24時間ぶりの教室とクラスメイト。
 教壇の前に立ち、クラスメイトを見回す。誰もが驚いていたが、そのうしろに男の欲
望が見え隠れしていた。こんなかわいい子とセックスできる、それだけでTS法に感謝し
てもいいと思っていることだろう。クラスメイトにとってはそれだけでも、俺たちには
もう一段階上がある──妊娠しなければならない。
 ここに来る少し前、校門の前での会話を思い出す。

「これは絶対になくしてはいけないものです。また、使い切ったら速やかに連絡して下
さい」
 渡されたのは銀色のピルケース。中には赤いカプセルがぎっしり詰まっていた。
「それは排卵誘発剤です。飲むと排卵が起こり、受精及び着床の準備が整います。つま
り、毎日生理が来るのと同じ状態になるわけです。飲むタイミングですが、性行為の10
分ほど前を目安にして下さい。当然ですが、これを飲まないでする性行為には何の意味
もありません。
 それから──その薬は強力な催淫剤にもなっています。初めてでも痛みどころか通常
の何倍もの快感を得られます」

スカートのポケットの中にある固い感触を確かめるように、ぎゅっと握り締める。子供
を産むためだけの器になってしまった自分。これからどうなってしまうのだろう。
「絶対に守らなければならない事項があります」
 俺が考え事をしている間に、スーツの男は朗々と読み上げる。何度も繰り返している
のか、よどみなく。

 一、生徒は母体提供者の同意なく性行為をしてはならない。
 一、生徒は母体提供者の要望があれば可能である限りそれに応えなければならない。

 一、母体提供者はいかなる要望をも通すことができるが、子を為すことを第一義とし
    なければならない。




 男子校であるため女子用の設備なんてものは存在しない。それでいて国は男子と女子の
境目を厳しく隔てた。原則授業はすべて一緒だが、体育は2人の“女子”のために男女に
分かれさせられ、トイレも更衣室も教職員用を使うよう厳命が下った。それが、俺らを女
子として扱うことで女子としての自覚を持たせようとするプログラムの一環だということ
は薄々感づいていた。

 あの日から、俺とその周りの世界は一変した。
「どうせ全員とヤることになるんだろ? だったらさっさと終わらせてしまおうぜ」
 クラスメイトの口からは“お誘い”の言葉がよく聞かれるようになっていた。目の前に
いる狩られるだけの獲物がいて、相手が許せばすぐにありつくことができる。欲望の盛ん
なこの年代の若者をTS法施行の対象に選んだのは、間違いではないようだった。欲情した
熱っぽい視線が四六時中突き刺さる。いつ俺から声がかかるか、期待を込めて。
「今はまだ」と俺が断ると、誰もがおとなしく引き下がった。法を破ってまで事に及ぶ危
険を冒さなくてもいつかできる、それが抑止力となっている。
 だが、クラスメイトの言うとおりだ。早かれ遅かれ全員の子を産まなければならない。
そこに俺の意思なんてものが介在することはない。
俺には母体提供者としての価値しかないのだから。
***

 1週間も過ぎる頃には、学校中の男子の挙動がおかしくなってきた。
「いつになったらヤらせてくれるんだよ!」
「もったいぶるんじゃねえ!」
ピリピリしているし、イライラもしている。溜まったフラストレーションが怒りとなっ
て俺にぶつけられる。“おあずけ”されて1週間。来るべき日に向けてオナニーもやめて、
色んな意味でいよいよ限界のようだった。
そして口々に発せられる罵倒の後には決まってこんなセリフが続いた。

──どうせお前はヤるしかないんだからよ!

『最初はためらいや恐怖もあるでしょう。しかし、そのための薬です』
 スーツの男の言葉を思い出し、ポケットの中のケースを握り締める。一歩踏み出せばあ
とはなし崩しになるのは目に見えた。この一歩を踏み出すのに必要なのは勇気だろうか、
それとも諦めだろうか。




 昼休み、屋上に続く階段の踊り場で、俺は独り昼食のパンをかじっていた。屋上はカギ
がかかっているので誰も来る理由がないし、階段の下からもここに俺がいるとは見えない。
俺を見れば誘ってくる生徒。せめて昼休みくらいは自由になりたかった。
「おー? こんなところでなにしてんだぁ?」
 嫌な奴に会ってしまった。2年ながら有名人──暴君という意味で。190近い身長にがっ
しりとした体格。こうして至近距離で見ると山のようだ。
 その横を通り抜け、どこか別の場所に行こうとして、腕を捕まれた。
「おいおい、なにシカトしてんだよ。あぁー、俺傷ついちゃった。慰めてくれるよな?」
 俺はその言葉を額面通りに受け取らなかった。TS法は対象となったクラスにしか適用さ
れない。それに厳守すべき三項目はこいつも知っているはずだ。だからそれを冒すとは思
わなかった。
それから一瞬の出来事だった。正面から押され壁に背中を押し付けられ、空いていたも
う片方の手も掴まれ、頭の上で一つにまとめられる。それを片手で押さえつけられた。
「みんなガマンしてるんだけどよ、もう限界でよ、だから俺が代表してヤってやるよ」
 法を破ってしまうほど意思が弱いのか、法を破るほどに本能が強いのか。目は血走り、
荒い呼吸が顔面をくすぐる。
縛めを振りほどくには体格に差がありすぎた。身じろぐのが精一杯という有様だ。
 暴君が制服の襟首に手をかける。「やめろ!」叫ぶと、「うるせぇ!」平手で殴られた。
たったそれだけのことで二の句が継げなくなった。暴君が手に力を込め、真下に振り下
ろす。布が裂ける音とともにあっさり制服が中央から割れた。
「こっちもついでだ」スカートの中に手を伸ばし、次の瞬間にはショーツは引きちぎられ
ていた。そのショーツの残骸を口の中に突っ込まれる。口いっぱいの布の感触。
現れたブラジャーの上から乳房を大きな手がまさぐる。気持ちいいなどと感じるわけが
ない。あるのは嫌悪──と恐怖。慣れた手つきでブラジャーをはずされ、今度はじかに触
られる。体温を感じて嫌悪感が増す。
 胸に飽きたのか、指が無防備にさらされた割れ目をなぞりあげる。俺は内股になってそ
の侵攻をとどめようとするが、所詮は無駄な足掻きだった。やすやすとこじ開けられ、手
を差し込まれる。
「しっかり濡れてきたぜ? 感じてんだな」
 触れられたときから、俺の中から熱い何かが分泌されていた。だがそれは感じているか
らじゃない。本人の意思とは関係なしに“準備”を始める女の生理現象だ。
 湿った音がだんだんと大きくなる。
「じゃぁそろそろ……挿入れるぜ?」
 ファスナーを下げ、現れた勃起したペニスは異形ともいえる巨大なものだった。これが
俺に挿入れられる。悪い冗談だ。夢でもここまでの悪夢はない。




 床に座らされ、股を開かされる。両手は後ろ手で暴君のネクタイに縛られていた。これか
らを止める手段を俺はもう持ってない。
 ぎちぎちと冗談のようなめり込む音がした。
「んんんーーーーーーーーーーッ!!」
夢といえば、この女になってしまってからの人生は覚めない夢でも見ている心地だった。
何かの拍子で夢から覚めれば、いつも通りの生活に戻れる。そんな儚い希望も持っていた。
そんな希望は今、この瞬間、消滅した。目の前にあるのはただ、現実。それから、気が
狂わんばかりの痛み。
 ──薬!
 激しい痛みで現実を思い知り、助けを呼ぶことよりも先に思い出したのは、銀色のケー
スに入った赤い薬のことだった。
──初めてでも痛みを感じるどころか、何倍もの快感を得ることができます。
もうこんな痛みに耐えられない。早く楽になりたい。痛みが思考を狂わす。
「んん〜〜! んんんんんん!!!」
 詰め物が邪魔で伝えられない。
「おおっと、忘れてた。お前処女だっけな。まだ全部挿入れてないってのにすげぇ締め付
けだぜ。お前のそんなのを見てると──処女の悲鳴ってのを聞いてみたくなった」
 背筋が凍るような壮絶な顔だった。相手を痛めつけることに快感を見つけるタイプの人
間の笑み。
「待ってくれ! 全部、挿入れる前にッ、薬──薬をあ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー
ーーーーッ!!!」
 俺の言葉を歯牙にもかけず、暴君は最奥までペニスを押し入れた。俺の奥で何かが破れ
た。
「病み付きになりそうだ。女一人に一回きりってのがもったいねぇな」
 膣口まで引き抜かれ、奥まで突く。
 膣口まで引き抜かれ、奥まで突く。
「あ゛ッ、やめろぉッ! あ゛ッ、やめてくれぇ!」
 恥も外聞も捨てて涙ながらに懇願する。痛い。灼けるような痛みが下腹部に蓄積される。
快感なんてひとかけらも感じない。俺の悲鳴を聞くと、暴君は好きな音楽でも聴いている
ように愉悦に顔を歪めた。
今の俺にできることといえば、早く終わってくれとただ祈るだけだ。
大きなモーションで、時にはゆっくりと、俺の中を確かめるように、遊ぶように、なぶ
るように、グラインドする。
「あッ、あッ、あッ」
 一突きごとに出したくもない声が出た。嬌声でもなんでもなく、苦しみの呻き声。それ
を暴君は感じているのと勘違いし、
 ぐちゅっ、ぐちゅっ。
 ピッチがあがる。身体の防衛のために多量に分泌された愛液が挿入と抽出をスムーズに
させる。その生理現象も俺のためじゃなく、レイプする暴君のためにやっているようにし
か思えなかった。




「そろそろ出すぞ。しっかり受け止めて、俺のガキを産んでくれよ?」
 やっと終わる。もう何時間もこうやって犯されているように感じる。だが、それももう
終わる。俺の膣内に射精してくれれば終わってくれる。膣内に出されるという未知への不
安もおぞましさもなく、安らぎに似た感情がわきあがる。
「ああ、あーーーーーーーッ!!!」
一際強く、奥深くまでペニスが突き刺さり、熱いものが俺の中に放出された。ペニスが
震え、精液が俺の中を叩く。何度も何度も。ペニスが抜かれると、中におさまりきらなかった
精液があふれ出てきた。
暴君が満足げな表情で俺を覗き込む。俺とは目線が合わない。俺は何も見ているようで
見ていない。映像として床を見ているが、何も考えてない。
「よかったらまたいつでも相手してやるよ。──あ、そうだ。記念に1枚撮っておくわ」
 短いシャッター音。
「どうだ、これがお前だぜ?」
 携帯の画面に映し出されていたのは、両腕をだらりと力なく床に投げ出し、ボロボロに
破られた制服とあらわになった乳房、めくれあがったスカートの下で股を広げたまま精液
を溢れさせる秘部をさらし、片頬を赤く腫らし、虚ろで生気のない目からは涙を流す、無
残な姿の少女。
 それを見ても何も思わない。これは俺じゃないからだ。
 あふれ出る白濁の液体と、床に散った赤い血痕。その中心に自分がいても実感がわかな
い。これは俺じゃない。
 ──じゃあ、ここにいるのは誰だ?

 わからない。
***

 踊り場から誰もいなくなって次の授業を報せるチャイムが鳴っても、俺は動かなかった。
そのままの格好で。

 やがて誰かが来た。続いて俺の周りに何人もやってきて、大騒ぎしていた。
「────」
 誰かが俺に何かを言う。だが俺の耳には届かない。布みたいなものを被せられ、持ち上
げられる。そこで、俺の意識は途絶えた。
***




 それから数日、俺は学校を休んだ。ずっとベッドの中で震えていた。何故か涙も出た。
 5日目くらいにようやく起き上がれるようになって、のろのろと制服を着込む。
 数日振りの学校は、俺が入ることで水を打ったように静かになった。どう変わってしま
ったのかは“お誘い”がなくなったことと、2年の教室から暴君の姿が消えたことで悟った。
 この学校の生徒は性欲よりも自分の身の安全を取ったのだ。

 時折、思い出したように下腹部が痛んだ。あれから1週間近く経って、全快してないわ
けがない。だからこれは肉体的な痛みじゃない。
 屋上への階段を上る。踊り場。あの事件の跡形はなくなっていた。しかし、また下腹部
がズキンと痛んだ。事件自体“なかったこと”になっているが、本当にあったことをなか
ったことなんかにはできない。
 下腹部の痛みが酷くなる。場所が記憶を呼び起こしている。
 ここで記憶に刻み付けられたのは、挿入れられた感触と初めての痛み。
 その記憶が蘇る。
 ここでレイプされていたのは、紛れもなく俺だ。
 枯れたはずの涙が目から零れ落ちた。

 俺は、自分が女であることをどうしようもなく自覚していた。



                                  つづく





 俺は、松田と約束をした。

「あのさ、協力……しない? あ、いやならいいんだけど」
 初めて体育で更衣室を使ったときのこと。二人きりになったことで、いつも以上に饒
舌だった。
「協力?」
「あの、僕たち女の子になったじゃない。環境とかが変わっていろいろ大変だと思う
んだ。だから……助け合えないかな、って」
 気の弱い松田が誰かに提案することなんて聞いたことがない。よく見ると膝が大笑
いしていた。今、松田は極度に緊張している。並大抵の勇気じゃないことがわかる。
ここでNOと答えてしまえば、以降話をすることもなくなるだろう。
 考える。
「そうだな。お互い何も知らなさ過ぎる」
 女になってしまって、それだけで済む話じゃない。俺は女の生活について何も知
らない。知る必要があるが、情報源がない。そんな打算が働いた。
 YESの答えにぱあっと眩しいくらいに松田の顔が輝いた。これだけで男を落とせそ
うな極上の笑顔。去年俺は松田と同じクラスだったが、ここまで明るかった姿を見た
記憶がない。
 俺は松田にとって仲間だと思える人間なのだ。同じ境遇という理由で、俺に完全に
心を開いている。ただし、自身の意思で開いたわけじゃない。第三者の手によって開
かされた──その結果の代償ある笑顔。
「じゃあ、これから、よろしく!」
「ああ」
 握手を交わす。松田の手は汗ばんでいたが、柔らかく暖かかった。……多分俺の手
も相手にそう伝わっているはずだ。松田は顔を赤らめていた。抱きついてやろうかと
も思ったが、やめておいた。

 こうして俺と松田は約束した──お互い、助け合う、と。
****




 今日は朝から隣のクラスの様子がおかしかった。ざわついている。あの事件以降
学校は静かなものだったが、今日はなにかが違う。
 あの事件から俺は松田に会ってない。俺が避けているわけじゃない。今のところ俺
から相談するようなことも用事もなく、会いに行く理由も口実もなかったからだ。
何かあれば言ってくるのは松田のほうからだと俺は確信していた。
 “お誘い”もなく、軽口も雑談も少なくなり、自然と俺はクラスから浮いていた。
あれからこんな調子だ。何か隅で内緒話をしているようだが、俺のことを噂している
に違いなかった。

 昼休みになって、途端に隣のクラスからざわつきが消えた。
 嫌な予感がした。直感的なもので、何か根拠があるわけじゃない。だが、嫌な予感
がする。
 昼食のパンも喉を通らず、ペットボトルのお茶も水以上がしなかった。
 いてもたってもいられなくなり、俺は教室を飛び出す。何かあてがあったわけじゃ
ない。この胸にわだかまった“何か”を晴らすには原因を突き止めて解明するしかな
い、それだけを考えて。

 学校中を巡って、そこだけが残った。その場所には近づきたくなかった。記憶を呼
び起こしたくなかった。“事件”のことは。
「ん? お前も加わりにきてくれたのか?」
 踊り場に上がった俺の姿を見つけた男が野卑た言葉を投げかけてくる。そんなこと
より心を驚かせたのは──
「んッ、あッ、どうして、あん、ここに…」
 全裸で犯されている松田の姿だった。
「なんで、こんなことを──」
 しているのかわからない。
「だって、君がここでレイプされたって聞いて……でも、ぼくは何もできなくて……。
だったら……だったら、ぼくも、この場所で、初めてを終わらそうって……。約束……
守れなかったから……。」
 ──約束。
 あの約束は、お互いに助け合う。俺自身そんな大それたことはできないと思っていた。
これまで何をしたかといえば一緒に下着を買いに行ったくらいだ。俺にしてみれば
その程度の“助け”だった。しかし、松田はこともあろうにレイプ事件すら約束の範囲内
におさめてしまった。その罪悪感からこうして同じ場所で性行為している。俺の許し
を得るために。




 隅に脱ぎ捨てられた制服の上に、銀色のピルケースと、赤いカプセルが散らばっていた。
「……使ったのか、あれを」
「うんっ、これ、すごいよ……。さっき初めて入れられたときも、全然痛くなくて……
それどころか、すごく、気持ちいいの。おま○こだけじゃなくて、おっぱいもだよ」
 紅潮し汗ばんだ肌。熱い息を吐き、まるで女のように喘いでいる。
 松田は“要請”してしまったのだ。俺になんの相談もなく。朝からざわついていた
のはそのせいだと思い至る。宣言したのだろう、誰か自分とセックスしてくれと。
「ほんとう、は……、薬なんか使わなくて、しようと、思ったんだけどね……。先っぽ
を入れられただけで、痛さで、どうにか、なりそう……だったから。これでも……
許して、くれる?」
 途切れ途切れの告白と謝罪。あの事件のことで俺から松田に何か言う必要はないと
思っていた。レイプは誰の予想にもなかったことだ。だから俺にも松田にも責任は問え
ない。しかし、松田は責任を感じてしまった。松田は俺が来るのを待っていたのだ。
そして俺が誤解をといてくれると思っていた。
 結果的に俺は会わなかった。松田は会わなかったことを自分が約束を守れず裏切っ
てしまったせいだと勝手に思い込んでしまった。
 この学校という狭い世界の中で、一人しかいない母体提供者という仲間を裏切り、
独りになってしまったら──
 松田にとってそれは耐え難いことだったんだろう。だから“こんなこと”になって
いる。
 ポケットから銀色のピルケースを取り出す。開ける。
 約束も仲間も形だけだと思っていた。だが、俺の行動はそれを否定した。俺にとっ
ても松田は唯一無二の仲間だったのだ。
 赤いカプセルを取り出す。飲み込む。
 だから、償いをしなければならない。俺には誤解をとかなかった非がある。
 階段の下にたむろしていたうちからクラスメイトというだけの基準で一人選ぶ。
「お願い、俺──私とセックスして」
 選ばれたそいつは信じられないものでも見たような顔をして呆けていた。
 これでいい。言葉遣いも変え、今は松田の目の前で同じように女として喘いでいれ
ばいい。俺にできることといえばそれくらいだ。
 制服を脱いで下着姿になる。薬が効いてきたのか、何もしないうちからブラジャー
の下で乳首はピンと立ち、ショーツは秘部を中心に湿っていた。身体が、頭が熱っぽい。
「好きにして、いいから」
 男のケモノを解放させる。
 男は胸にむしゃぶりついてきた。勢いが俺にたたらを踏ませる。ブラジャーの上か
らでもお構いなしに乳首を吸われ、もう片方は鷲掴みにされた。痛みを感じるはずの
行為を、俺の身体は快感と判断した。
 ブラジャーが取り外され、じかに攻められる。愛撫とはいえない激しさ。掴まれ、
揉まれ、押し潰され──ありとあらゆる形に乳房が姿を変える。乳首とその周りは
特に敏感だった。付近の神経に電流でも流されているように痺れた。痺れの余波は
秘部まで至り、触らなくてもショーツが濡れていることがわかる。
 やがて男の指が秘部に到達する。




「すごい、濡れてる……」
 言われなくてもわかっている。
「脱がして……」
 早くそこに触れてほしくて、わざと煽るようなことを言った。足を持ち上げられ、
見せつけられるようにショーツを脱がされる。半透明の液体がショーツとの間に橋を
かけた。
 男のペニスは何もしないうちから限界に近かった。先走りで先端はぬめり、少しの
衝撃で射精してしまいそうなほど勃起していた。
 俺は自分から股を開く。俺も我慢できない。挿入れられたくてうずうずしている。
秘部はひくひくしている。挿入れられなければきっと発狂してしまう。
「はやく、来て──ん、は、ああああああああ!!!」
 だから、挿入れられたとき、それだけでイってしまった。それによる締め付けで男
のほうもイったようだった。熱い液体が俺の中に注ぎ込まれている。
「ご、ごめん! あんまり気持ちよくて我慢できなかった……」
 それは俺も同じだ。気まずそうにペニスを引き抜こうとする男の腰を両足で挟み、
逃げられなくする。
「お願い、もっと欲しいの……」
 勢いの失せた男のペニスが俺の膣内で硬さと大きさを取り戻すのがはっきり伝わっ
てきた。さっきよりも強く腰を打ち付けられる。一突きごとに軽くイく。快感が奔流
となって俺の身体を蹂躙する。
 自分の中に別のものが入り込む感覚。中にあるだけで気持ちいい。さっきイったば
かりだというのに、もう次を求めている。快感に果てがない。
「いいッ、いいよぉ! もっと激しく、あふッ、突いてぇ!」
 果てがないから、少しでも果てに近づこうとする。矛盾を抱えながら女のように
喘いで。ケモノのように貪って。
「だめ、またッ、イっちゃう──やああああああああ!!」
 俺がイって、二度目の射精があっても、俺は逃さなかった。まだ足りない。
『イイッ! おま○こイイ! もっと深くぅ!』
 隣にもう一匹ケモノがいた。その声が俺をも高める。さっき感じたばかりの頂点が
今は底辺になっていた。あふれんばかりの精液を身に受けて、まだ続きを求める。
 後ろから抱きかかえられるように挿入れられる。ペニスが奥深くまで突き刺さり、
俺は快感に悲鳴をあげる。男の荒い息が首筋をくすぐる。それさえ身体を熱くする。
俺の二つの乳房を支えにして男が下から突き上げる。繋がっているところから
ぐちゅぐちゅ音がする。
 挿入と抽出。単純な繰り返しが、俺からセックス以外のことを考えられなくしてし
まう。このままずっと繋がっていたい。このまま快感に身を委ねていたい。
「んはぁッ! あッ、あッ、あッ、あん 胸、もっと、いじってぇ……!」
 俺の要望に男は応えてくれる。デタラメに揉みしだく。ピストン運動のピッチが上
がる。直後の3度目の射精。
「ふあああああああああああ!!!」
 イって真っ白になった視界の先で、ほぼ同時にイっていた松田の姿を見たような気
がした。



***

「本当に無茶するな。俺に相談なく勝手に始めるとか」
「ごめん。でも、あのときはああするしかないって思ってたから……」
 第一回目の“要請”直後の更衣室。精液、汗、愛液にまみれた俺たちはシャワーを
浴び、身支度を整えていた。
「本当のことを言うとね、来てくれたとき、すごく嬉しかった。……心細かったから」
 うつむきながら微笑む。
「じゃあ改めて約束しようか。もうこんなことがないようにな」
「うん!」
 本当の約束を結ぶ。

 ──あらゆる意味で、お互いがお互いを助け合う、と。
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