キュパンッ
 黒い筒。サイレンサーが装着された拳銃から小さな破裂音が漏れる。それと同時の男
の腹部に小さな黒い穴が穿たれる。
「なっ・・・」
 キュパンキュパン
さらに2回。男の身体が揺れ、胸部に2箇所黒い点が生まれる。
(・・・死ぬ・・・んですね。神よ・・・やはり貴方は・・・)
 霞む視界。その先に醜く歪んだ微笑を顔に張り付けた男を捉える。
 キュパンッ
閃光。そして頭を揺さぶる小さな衝撃。男の意識はそこで途絶えた。


            〜another mind〜

 ピチョンッ・・・
水音。永遠の闇。
 ピチョンッ・・・
(うっ・・・・・・・・・)
 非常にゆっくりと意識が覚醒していく。
 ピチョンッ・・・
(私は・・・いったい・・・)
 少しずつ目を開く。闇に慣れた瞳が光りをとり込み瞳孔がギリギリと音を立てる。
(バス・・・ルーム?)
 タイル張りの床にプラスティック製の桶。彼が最後に見た光景とはあまりにかけ
離れた場所。
 ピチョンッ・・・
数度瞬きをして視界を取り戻すと首を水音のする方向へ向けてみる。
(これは・・・・・・)
 どうやら自分は浴槽に寄りかかっていたらしい。浴槽一杯に張られた湯の中に左腕
を浸していた。だが、そんな事よりも―――。
(これは・・・血・・・?)
 浴槽に張られた湯は真っ赤に染まっていた。浴槽から左腕を出して観察する。痛み
はない。そして痛みよりも重大な事に気が付く。
(女性の腕・・・)
 そこにあったのは28年間慣れ親しんだ自分の腕ではなく、白く細い女性の腕だった。
そのまま身体へと目線を移す。その身体はバスルームという場所にも関わらず女物の
スーツに包まれていた。
 右側へと目線を移す。ストッキングに包まれた矢張り自分の物ではない足。そして
右腕の近くには剃刀が落ちていた。


(ふむ、何となく理解はしました・・・が)
 自分は男で撃たれて絶命したはず。なのに今の状況はいったい何なのか?いくら考
えてみたところでその疑問に答えを出す事はできなかった。
(ともかく状況確認が先ですね)
 彼は長時間無理な体勢で強張った身体をゆっくりと起こしバスルームを出る。脱衣所
で彼は初めて今の自分の姿をはっきりと見た。
(完全に女性のようですね)
 鏡に映った自分の姿。アップにまとめられた髪、整った顔立ち、スーツの上からでも
分る胸の膨らみとくびれたウエスト。自分の記憶とはかけ離れた美しい女性の姿がそこ
にはあった。
「ふむ・・・」
 気が付いてから初めて聞く自分の声。それも矢張り女性のものだった。
「いったい何がどうなっているのでしょうか・・・」
 目を細め答えの出ないであろう疑問に質問をぶつける。
「・・・考えていても仕方ありませんね。外に出てみますか」
 鏡の中の見なれぬ自分に語りかけると脱衣所のドアを開く。どうやら独り暮しの女性
だったようだ。小さなキッチンに装飾の少ない綺麗な部屋。クツも全て同じサイズに一
人分の食器。少なくとも同棲相手などは居なかったようだ。
「これはこの方の財布でしょうか」
 部屋に転がっていたハンドバックの中から財布を取り出すと免許証を見つけた。


「『月形理緒(つきがたりお)』・・・さんですか」
 免許証を手にクッションに座ると壁に掛けられたカレンダーを見る。ハンドバックに
入っていた携帯電話で確認してみると自分が意識を失ってから数時間しか経っていない
事に気が付いた。
「今年で24歳になる女性の方のようですね」
 免許証の生年月日で今の自分の歳を確認すると財布の中からもう一つ、身分証となる
手がかりを見付ける。会社のIDカードのようだった。
「アークライン・・・大手のソフト開発会社のOLさんですか」
 免許証とIDカードをテーブルに置くと少し良心が咎めたがさらにバックの中身を調
べてみる。
「薬のケース・・・でしょうか」
 バックの中から手の平サイズのプラスティックケースを取り出す。開けてみると小分
けにされた中に幾つもの錠剤やカプセルが入っていた。
(几帳面な方だったようですね。薬が綺麗に分けられてラベルまで張ってありますね。
鎮痛剤にビタミン剤・・・これは)
 薬の中に一つ、他の物とは明らかに異質な物がある事に気が付く。
(ピル・・・ですか。普通の女性が持つには少々特殊な物のような気はしますが・・・)
 ケースの蓋を閉じるとバックに戻す。その他には化粧品や小物など、あまり今の自分
の役に立ちそうな物は見つけられなかった。
(はてさて・・・どうしたものですかねえ)
「あの〜」
(今までの事が夢なのか、はたまた今が夢の中なのか・・・)
「あの〜・・・すみませんですの〜」
「ああ、申し訳ありません。考え事をしていまして―――」
 場にそぐわない間延びした声に彼が振り向くとベットの上に一人の少女がぷかぷかと
文字通り浮かんでいた。
「・・・えっと、君・・・・・・は?」
「天使のルナちゃんですの」
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