紗希たちが怪獣島と化した多々良島から戻って数週間が経った。
 
 事件らしい事件もしばらく報告がなく、特捜隊員は訓練と各自の鍛錬へと取り組む日々が続いていた。
 それは真と紗希も例外ではなく、新人である真そして特別訓練生なる肩書のついた紗希は毎日隊員としての技術訓練に明け暮れていた。

「鈴村真、これよりパトロールへと向かいます」
「柚本紗希、同じくパトロールへと向かいます」
 今日も2人はパトロールを兼ねた飛行訓練の為、Δビートルで出撃するところであった。
 2人はそう言って、隊長である隼人そして副隊長である亜希に敬礼をすると2人は格納庫へと向かった。

「柚本も随分としっかりとしてきたな」
 そう2人の背中を見送って呟いたのは影丸だった。
「えぇ、そうね。最初は右も左もわからないような感じの女の子だったのに今やすっかりチームにもなじんできたわね」
 
「鈴村も後輩を持ってから、随分と成長した気がするしな」
「えぇ、真君の方も紗希ちゃんとコンビを組んでからしっかりとしてきたような気もするし、案外良いコンビなのかもしれないわね」

「そういえば副隊長、柚本隊員の件で通知書が届いていたようですが……」
 そう言って涼花は影丸に封筒に入った書類を手渡すと、影丸はその中身を一瞥して再び封筒の中にしまい込んだ。
「柚本が戻ってきたらお祝いしてやらんとな。みんなもこのことはくれぐれも内密に頼むぞ」
「了解!!」
 その隼人の一言で何かを察したのか、そう言った一同の顔に笑顔がほころんでいた。

 一方、格納庫へと向かった2人は、そこで1人の見習い女整備士と出会っていた。
「よぉ!鈴村」
 「げっ……、日向」

「真、知り合いなの……?」
「あぁ……、俺と同期で整備部に入った……」

「キミが柚本紗希さんだね。鈴村や梶さん、山木さん達からはよく話を聞いてるよ。よろしく、オレは日向陽子ってんだ」
 そう言って二人の元へと近づいてきた小柄なショートヘアの見習い整備士は油で汚れた手袋を外し、ツナギのポケットへと突っ込むと、紗希へ手を差し出した。
「えぇ、よろしく」

「オレはここで整備士……といってもまだまだ見習いなんだけどさ。いつもうちのビートルが世話になってるな」
「まぁ……、ありがとうございます!」
 そう言ってぺこりと頭を下げた紗希に思わず陽子はきょとんとなった。
「いや、そんなにしなくても……にしても、鈴村ぁ。 機体はもうちょっと乱暴に扱えよなぁ……」

 そう威勢のいい調子で陽子はぐっと真に迫ってきた。
「Δビートルの機体だって繊細なんだぞ……、隣の彼女さんみたいに……」
「……!///」

そう耳元で囁きかけられ、思わず真は顔を赤らめた。
「どうしたの、真?」
「へへっ、なんでもねぇよ。ちょっとこの若葉マークにエンジニアの立場から上手い操縦方法をアドバイスしてやっただけさ」
「若葉マークって、お前も整備部の新人だろ陽子……」

「そうそう、なんでもない……。日向。お前も仕事中だろ、整備部のオヤジさんに怒られるぞ……」
 そう真が行ったところで整備部の奥の方から、はやく戻って来いと日向を呼びつける声が響いてきた。
「へーい、じゃあ2人で仲良く楽しんで来いよなぁ。くれぐれも墜落させんなよー」
「う、うるさい……」
 そう言って日向は2人の前から去っていった。

(はぁ……、整備部にいるとどうしても男っぽくなっちゃうなぁ…… 鈴村隊員、くれぐれも安全飛行で、墜落させないでくださいよ)

「やれやれ……日向の奴……、それじゃあ行くぞ、紗希」
「えぇ」
 そう言うと2人はビートルΔの操縦席へと乗り込んだ。
 シートベルトをきつく締め、各部分の機器やスイッチのチェックをさせると、真はエンジンを動かし、ゆっくりと機体を地下の格納庫から地上へと運ぶビートル用のエレベーターへと動かした。

「よし。紗希、出撃するぞ!」
「えぇ!」

 傍らの信号が発信準備完了の青になったのを見て、機体を上昇させる。
 数分もすると、2人の眼下には広い平野や山々が広がり出すと、ようやく自動操縦へと移行すると2人の緊張もやや解れた。

「にしても、随分とあの娘と仲が良いのね」
「別に、ただ隊員養成校の第一期メンバー同士ってだけさ。単なる同級生」
「そっか……」
(なんだ、そうだったのか……、でもなんでちょっと不安な気持ちになったんだろう……)
「どうかしたのか?紗希?」
 そう言って真が紗希の方を見ると、思わず紗希は顔を横に振った。
「……うぅん、何でもない」

 そしてもこの日も特に何か目立ったようなこともなく、2人は訓練飛行を兼ねたパトロールを終え、基地へと帰投した。
「鈴村、帰投しました」
「同じく柚本、帰投しましたっ!」

「柚本、任務ご苦労だった」
 そう言うと影丸は先ほど涼花から受け取った封筒の中身を紗希へと手渡した。
「これは……」
 紗希に手渡されたそれは特捜隊員としての正式な任命書とライセンスカードなど一式であった。
「柚本紗希、君を正式に特捜隊隊員に任命する!」
「ええ!でも、まだあたし……」
「君の活躍には目覚ましいものがある。これは俺と亜希が上に提案したところ決まったことだ」
「それにこの話、実は隊のみんなにはいっていたんだけど。みんなも異論はなかったわ。もちろん真君も」
「あ……ありがとうございます!……って真も……?」
「ちょっと、副隊長なにもばらさなくたって……!」

「それともう一つ……」
 そう言って亜希が手渡したもう一つの書類は紗希の地球人としての戸籍申請が正規に認められたことを示す書類であった。
「それは……」
「ほら、紗希ちゃんって最初にここに来た時に幼い時に家族を亡くして身寄りが誰だったかすらわからないって言っていたじゃない。だから、これはその為よ」

「よかったな!おめでとう!」
「おめでとうございます、柚本隊員」
「紗希ちゃん、よかったわね」

「それで柚本、それに関してもう一つあるんだが……いいか」
「はい……?」
「正式入隊が承認されたという事で、これまでは特別な計らいということで鈴村の部屋に置いていたが、今後は他の一般隊員と同じということになる」

「つまり、柚本には女子寮に移ってもらうことになる」
(そっか……確かにそうよね)
 紗希は真の方をちらっと見る。
「ちょっと来なさい」
 それを見て、亜希は真に耳打ちすると廊下へと連れ出した。


「鈴村君、このままでいいのかしら?」
「えぇっ?」
「せっかくあんな可愛い娘と同じ部屋なのにこのまま離れ離れになるなんてもったい無いわよ〜」
「でも、男子寮に同居し続けるのは…、それに1人部屋だから2人で住むにはやっぱりちょっと狭いですし」

「だったら、いい方法があるわよ」
 そう亜希に言われ、えっと驚いた顔を真は見せた。
「うちの隊員寮、男女の独身寮と家族向けの寮があるのはもちろん知ってるわよね」
 今、真と紗希が暮らしている男性用の独身寮。将来的な隊員の増員などにも対応すべく部屋ごとが一つ一つカプセル状になった男女別に分けられたタワーマンションのその隣に立つ、一回り大きなカプセルの集合住宅。それが地球共同防衛条約機構極東基地の家族用マンションとなっていた。
「つまり」
「……っ……!?」
 思わず真は顔を赤らめた。
「け、結婚なんて、そんな…まだそんな関係じゃ…」
「あら、別に結婚までしなくても良いのよ」
「え?」
「あの寮って、隊員同士なら同棲関係にあるカップルでも移れるのよ。まぁ、隊長・副隊長クラスの承認が必要なんだけど」
「まさか……」

「えっ……、まだしてなかったの?」
 意外といった顔をする亜希。
「なら、早く告っちゃいなさい!」

「言ってくれたら、隼人もあたしもすぐに取り図るわよ」
 そう言うと真の肩をポンと叩き、一足先にブリーフィングルームへ亜希は戻っていった。

「やれやれ、亜希。お前鈴村に何か吹き込んでいただろ……」
 真よりも先に戻ってきた亜希にそう影丸は言った。
「あら、私はただ若人の背中を押してあげてただけよ」
 そんなやりとりを紗希はキョトンとして、眺めていたところに真が戻ってきた。
「副隊長と何を話していたの……」
「なんでもないよ」


 そんなやりとりがあった日の夜。

 真が部屋へと戻ると先に戻っていた紗希が引っ越しの荷造りをせっせと行っていた。
 元々、この部屋に転がり込むことになった時は着の身着のままのような格好であったため、もともと私物の量は少ないのかそこそこのサイズの箱と衣類をまとめたと思しきスーツケースが部屋の真ん中あたりにドンと置かれていた。

「もう終わったのか」
「えぇ、短い間だったけどお世話になったわね」
「良いよそんな挨拶、どうせ同じ隊なんだし」

「うぅん、だって男部屋に女がいていろいろ迷惑かけたでしょ…だから」
「そんなこと無い!」
「えっ?」
「ぇ…、えっとつまり…」
 意を決して真が切り出した。
「この4カ月近い間、紗希と一緒の部屋にいたの楽しかったから…俺…いや僕はこれからも紗希と一緒に過ごしたい。ダメか?」
「それって…つまり…」
 驚いたような表情を見せる紗希。
「やっぱりダメか…?」

 その言葉にうぅんと横に首を振ったのは紗希だった。
「ありがと……、これからもよろしくね。真」
「紗希……」
 そう言うと真は紗希をぎゅっと抱き寄せ、そして互いに口付けあった。
「んっ……」「んんっ……」

 こうして正式にカップルとなった2人が隊長そして副隊長宛に提出した家族寮への転居願が、正式にすんなりと受理されると早速2人は家族寮へと引っ越すことになったのであった。


「真に同棲を進めさせたのはお前だろ、亜希」
「あら、何の事かしら?」
 参謀会議に特捜隊として出席するため乗り合わせた2人っきりのエレベーターの中でそう亜希に切り出したのは隼人だった。
「とぼけなくても良い、お前との付き合いだ」
「あら、あたしはあの若いお二人さんの背中を押してあげただけよ」

「それに」
「それに?」

「あの2人、なかなかいいコンビになってると思わない? 公私両方でお互いフォリーし合っていて、周りの空気も明るくしてくれているし」

「真君も紗希ちゃんも、この計画には必要なメンバーですもの。 今後とも特捜隊員として奮闘してもらなきゃ」
 そう言う亜希が抱えている書類。
 それは、今から隼人と亜希が参謀会議の場において議題として提案している予定である防衛部隊、そして特捜隊の再編と増員についての計画案であった
 その計画案のタイトルには「チームLADY(仮)」と記されていた。

 2人が参謀会議に出席しているのと時を同じくして、真と紗希の方は独身寮から家族寮への引っ越しを進めていた。
 独身寮と家族寮のマンションは同じ敷地内で隣り合っており、また元々真の一人部屋ということもあって家財道具と言えるものは少なかったが、これまで居候していた紗希が正式に防衛隊員となったことも機にそれに合わせて物を増やしたということもあってその手伝いのために山木とその後輩が手伝いに来てくれることになっていた。
 2人の手伝いもあって買いだしの時間を含めても、昼過ぎには一通り引っ越しはひと段落していた。

「さて……、これで全部ってとこだな」
「ありがとうございます山木隊員、それに的場隊員も」
「良いって事よ、山木先輩とその後輩の頼みとあればお安い御用よ」
 そう気前よく話す170近い背丈の女性隊員。的場真弓(まとば・まゆみ)は山木の後輩にあたる防衛隊員で今は主に怪獣出現時に出動する応援部隊に属していた。
「にしても、あなたが噂の柚本紗希ちゃんってわけか」
「噂?」
「アタイらの部隊内でももちきりよ、防衛過程すっ飛ばして正式入隊が決まったスーパーガール、ウルトラレディがいるって?」
「ウルトラレディ!?」
 その言葉を聞いて思わず紗希はドキッとした。
「あら、知らなかったのかしら? にしても、そんなすごい隊員がいるからどんな娘かと思ったわよ」
(あぁ……そうよね。正体知ってるのかとおもってちょっとびっくりしちゃたわ)
「テスト結果も見たけどなかなかすごいわね……、まぁ射撃についてはアタイの方がまだまだ上の様だけどね」
「的場の射撃の腕は防衛隊の中でもトップクラスだからな。 柚本も射撃の事なら的場に教えてもらうといいぞ」
「以後よろしくな、鈴村そして柚本」
「はい!」「えぇ!」

 そして、荷物を一通り運び入れ2人の家族寮の部屋での生活が幕を開けたその日の夜。

「ふう……、何はともあれこれで引っ越し完了だな」
「えぇ、お疲れ。真」

「それで……告白されてから気になっていたんだけど……」
「んっ……?」
「真はわたしのどこが具体的に好きなの?」

「えっ……?」
「だって……、一緒にいたいっては言われていたけど具体的にどこがってことまでは聞けてなかったし……」
「そ、それは……」
 真の素振りに対し紗希はぐっと顔をのぞき込むような素振りを見せた。
「えー……、まさか無いってことはないよね……?」

「そ、そんな訳ないだろ……、それはそうだな……」

「紗希は優しいし、明るいしその上度胸もあって……なんだかまるで……」
「まるで?」
「まるで……シャインみたいだなって……」
「えっ……」

「ほらシャインもいっつも強くって、それであの美しさで……思えば俺って最初の時からずっとシャインには助けてもらってばかりで、あのベムラーの事件の時実はあの蒼い球に襲われそうになっていたのをシャインに庇ってもらったりもしたし、よくよく考えたらあの時からシャインにずっと惹かれていたような気がするんだ」
 真の脳裏にはあの時のことが思い出されていた。

「そんな、シャインに紗希もどこか似てる気がするんだ。であった頃もちょうど同じだったからかもしれないけど」

 そう真に言われると思わずほんのりと顔を赤らめ、照れた素振りを見せる紗希。
 そんな照れを隠すように紗希は思わず真に抱き着いた。
「んっ……!紗希……」
「もう、真ったら……」
 パワーコントロールも忘れ、紗希は思いっきり真を抱きしめる。
「ぐっ……、さ…‥紗希くるし……」
「ご、ごめん……真……」
 そう言われ、先ははっとなって思わず腕を解き真を解放した。
「い、いや良いんだけど……紗希」
「ん?」
「なんでもないよ」
(にしても、ほんとに紗希ってたまに凄い力を発揮するよな……なんでだろ……)

 そんなことを真は考えた時であった。突然背中にぞくっとした感覚が走った。
「今度はどうしたの?」
「いや、なんかどっかから殺意と言うかなんか見られているような気がして……」
「どこか……?」
 不思議な顔で紗希は辺りを見回した。
「いや、たぶん気のせいだと思うんだけど……」
(本当に気のせいだよな…‥?)
 そう思いながら真は天井を仰いだのであった。

 その頃、防衛隊のレーダーに感知されることなく密かに地球へと向かう一機の宇宙船があった。
「ふふふ、シャイン見つけたぞ……」
 その船というよりも居住区画や研究施設の区画などが組み合わされた宇宙ステーションといったほうが近いフォルムの中央部にあるコントロールルームで鎮座する、この船のたった一人の、そして主である一人の蒼い肌をした女宇宙人の姿があった。
 彼女の見つめるモニターに映し出されていたのはシャインの活躍が映し出されていた地球のニュース番組、ワイドショーの映像であった。
 「これまでの活動報告範囲からすると、あいつはこの辺に潜んでいるということだな」
 そういうと彼女の指先はその青い惑星の弓状の大小の列島を指さしたのであった。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます