麦わら帽子が空を舞う。
そして、目の前の景色が物の見事に反転した。
崖の淵から、空中へ放り出された格好で一人の女の子のポニーテールが揺れ動く。
両足の下に普段ある大地の感触は、無い。
人はこういう時にしか、当り前にある物の有り難味を感じないの。
そして、彼女は今、それを痛感していた。
嗚呼、地に足がつくというのは、何と素晴らしい事なのだ、と。
「じゃなくて、うわ、わぁあーーーー！！！」
とまぁ、感慨に耽る余裕などは何処にも無いのだが、残念ながら彼女の現状。
たった今、目前に見えていた物がスピードを上げて、上へ進む。
もとい、彼女自身が下へ落ちていく。
何で…何でこんな事に…！こんな事になるぐらいなら、もっと素直になれば良かったんだ！
右手にある綺麗に包装された包み。それをぐっと握りしめた。
先程まで自分がいた崖の先っぽはどんどん遠ざかっていく。
その時、彼女ことイエロー・デ・トキワグローブは『死』を意識した。
時に夏真っ盛り8月8日の事である。
月光�犇眇Л�
事の発端は、8月7日のタマムシシティから始まる。
あるショップの前に麦わら帽子を持った女の子がいた。
金色のポニーテールを不安げに揺らしながら、店の前を右往左往していたのは当然ながらイエローである。
「はぁ〜、明日は8月8日、レッドさんの誕生日か〜」
独り言を言いながらも、やはりウロウロ。
彼女の背後にはタマムシティに訪れるために他ならぬレッドから借りたプテと、何故か付き添いのピカ。最も、ピカは楽しそうにイエローの手持ちであるチュチュとじゃれ合っているから、それが理由なのであろうが。
「どうしようかな」
イエローは悩んでいた。
店のウインドウには、最近発売されたばかりのグローブがある。値は随分と張るのだが、この日のために無駄遣いを避け、貯金してきた今のイエローの財布ならば、十分に出せる額だ。
他にも色々と候補に挙げていたいた物があったのだが、このグローブを見た瞬間、レッドが着けている姿が脳裏に鮮やかに浮かんだ。
プレゼントするならば、これだ！と直感が告げているのもイエローにははっきりと分かっていた。
では、何を悩んでいるのか。
それは、このグローブのようになかなかの高級品を贈れば、逆にかえってレッドに気を遣わせてしまうかもしれないという心配だ。
普通の人が聞けば、何をそんなと思うかもしれないが、レッド絡みになれば良く悪くも冷静に判断出来なくなるのがイエローなのだ。
特にレッドに自分が女であるとバレた後は、その傾向が顕著に表れている。
｢ここはやはり、レッドさんの親友のグリーンさんに相談でも…｣
軽く冗談のつもりで口にした。
だが、冗談にはならないのが物語の面白いところなのだろう。
｢俺がどうした｣
イエローの背後より突然の声。声の主特有の冷淡な口調がイエローの驚きをより掻き立てた。
｢うわあああ！グ、グ、グリーンさんっ！？｣
｢何をそんなに驚いている。俺の名を口にしたのはお前だろう｣
そうは言うが、まさか本当に現れるとは思わずに言ったのだから、驚くのは当然とも言える。
その程度の事を分からないグリーンでは無い事ぐらいイエローにも分かる。だから、彼がからかい半分でそう言ったのだろうと察した。
が、グリーンのいつもの抑揚の無い声を聞いていると真面目にそう言ったのでは無いかとすら思えてしまうところがいささか怖い。
｢え…とグリーンさんは何でここに？｣
気を取りなおして、当然の疑問をグリーンにぶつけてみる。
｢見覚えのあるプテラが見えたから、あいつがいるのかと思っただけだ｣
言った後に一呼吸置いた。イエローにはその瞬間、僅かばかり彼の表情が和らいだように見えた。
｢いたのはレッドではなく、お前だったがな｣
｢す、すいません｣
イエローに背を向けると、プテを撫で始めた。プレもグリーンの事は当然知っているので、別段嫌がろうともしない。
｢で、偶然にも俺の名が出ていたが、何か用でもあるのか？｣
プテの方を向いたまま、今度はグリーンが問うた。
｢実は…、レッドさんの事で相談じたい事があって。親友のグリーンさんなら、と思ってたんですが｣
彼女のある言葉にグリーンは反応した。再びくるりとイエローに向き直ったのだ。
「俺とレッドは確かにライバルだが、親友などになった覚えはない」
グリーンには珍しく、言葉と表情に感情が滲み出ている。平たく言えば、ムキになっていると言ったところか。
「え、あ、はい」
そして、グリーンの反応はイエローにとっては予想外だった。
だが、そこは流石マイペースなイエローである。このグリーンの反応が予想外と言う時点で随分とズレているのだが、更に彼の言葉に対して思いつきの一言と言う爆弾を放り投げた。
「でも、『親友』と書いて、ライバルと読むとか？」
「読まん！」
気楽に笑うイエローを相手するグリーンの心中察するに余りある、とだけ書いておこう。
「なるほど。話はわかった」
いくらか冷静さを取り戻したグリーンはイエローの悩んでいた理由を聞き終えていた。
最も、途中からあまりにも馬鹿馬鹿しくあり、軽く頭をかかえていたのだが。
「くだらん悩みだ」
それでも、彼らしく一言で切ってすてる。ところが、相手がイエローというのがまずかった。
「えぇ、何でですか！？」
真剣にその顔に困惑の色を浮かべ、あたふたと聞いてくるのだ。
あのバカが、わざわざそんな事を気にする訳がない。
と、グリーンは確信しているのだが、一応恋する女の子に向かってそう言うのはあまりにも無神経すぎるかとわずかに逡巡する。
そして、グリーンの導き出した答えは。
「そんな事をここでウジウジと考えても仕方ないだろう。後悔したくなければ、行動する事だな」
再びイエローに背を向けると、今度はそのまま歩きだす。
束の間、グリーンの言葉を受けて立ち尽くしていたのだろうか？
少し距離をおいたところで彼女の声が聞こえてきた。
「グリーンさん！ありがとうございます！」
軽く右手を上げ、応える。その姿を背後から見れば、悩める後輩にさらっとアドバイスを与え、去っていくカッコいい先輩に見えるだろう。
だが、現実と言うものは残酷だ。
正面に回って彼の表情を見れば、そうは見えない。
難しい顔で溜息一つ。グリーンの難しい顔と言うのはよく見かけるが、彼の溜息というのは珍しい。
そりゃあ、グリーンだって人間だ。溜息の一つや二つはもちろん出る事もあるだろうが、人前では決して見せないのが、彼である。
しかし、その彼が思わず溜息を吐いてしまうというのは、やはり相手がイエロー、だからなのかもしれない。
…俺は何をやっているんだ。
余計な事だ。わざわざあんな事を言うのは全く自分らしくない。
それが、己で良く分かっているが故の自問自答であった。
見た目クールに、けれども内心、自分の姿に葛藤。そんなグリーンに近づく影。
「見たわよ〜」
背後よりの声。イエローに次いで、今度はグリーンの驚く番だ。
驚く番…のはずだが…。
「何の用だ、ブルー」
驚く素振りを欠片も見せずに、声の方を向こうともしないまま不機嫌な声でぼそりと呟くように答える。
だが、昔のグリーンなら口すら開かずに歩き去ろうとしただろう事は想像に難くない。
そこは彼も大人になったのだ。多分。
「こんな美人が突然現れたんだからちょっとは驚いてくれても良いんじゃない？」
「盗み聞きしておいて、良く言う」
舌打ちをしながらグリーンが言った。どうやら、その通りだったようだ。
「やっぱり気付いてたのね、さっすがグリーン」
が、特に悪びれる様子もなくブルーはその顔にどこか嬉しそうな表情を浮かべながら話を続ける。
「それにしても、あのトキワジム、ジムリーダーさんがあんな風に恋する少女の相談に乗るなんて、どういう風の吹きまわしかしら？」
明らかにからかいの言葉。しかし、あの程度で「相談に乗る」や「アドバイスを言った」とからかわれる彼の生活とは一体…。
「うるさい。俺は相談に乗ったつもりなどない」
それだけ言い残し、スタスタと去っていこうとするグリーン。
「ストップ、ちょっと待ってグリーン」
ブルーはそのグリーンの前方に周りこみ、行く手を阻んだ。
彼女の顔には笑顔。それも満面の。
グリーンは嫌な予感に襲われた。彼女がこういう顔をする時は碌な事が無いと言うのは経験上、良く分かっているつもりだ。
「イエローをちゃんと応援してあげなきゃ」
背中を汗が、一筋伝う。
「そんなに面白い話じゃない。やめておけ」
彼としては必死に逃げを打つ。とりあえず、係り合うのは避けるべきだ。そう思った。
頭の中で警鐘の音が聞こえる気すらする。
「何言ってるの」
実に明るい声で笑う。
思わずグリーンは、その悪魔の笑みに対して「逃げられない」と悟る。
「私達でこれから面白くするのよ」
それは、彼女にとっての会心の一言だった。
次の日、8月8日、マサラタウンのレッドはトキワの森にいた。
この時期でも、ある程度森の奥では、欝蒼とした木々が夏の強烈な太陽光を遮り、涼しくもある。
風も、夏とは思えないほど爽やかだ。
「グリーンの奴、森の様子が変だって言っていたけど、別に何も変わった所はないけどな」
レッドは朝から森の中の様子を見て歩きまわった。
かつての森の異変の事もあるので、気になったが、別段おかしなポケモンがいるという事も無い。
気配も至って普通。この森特有ののんびりとした心地の良い感覚だ。
そして、彼の視界には森の中でも一際大きな巨木の姿が見えてきていた。
もともと彼は本日、特に何か用事がある訳ではなかった。
昨日の夜に掛かってきた一本の電話のために、今日この場所にいるのだ。
その電話の相手はグリーン。
「はい、もしもし」
「レッドか。夜遅くに電話してすまない」
「別に良いよ。ところで、グリーンからわざわざ電話してくるなんて珍しいな。どうしたんだ？」
「あ、あぁ。それはだな…」
彼にしてはどうにお歯切れの悪い返事。
「…明日、トキワの森へいってくれないか？」
「トキワの森？別に構わないけど、何で？」
レッドの疑問も最もだ。グリーンは肝心のトキワの森へと行く「理由」を言っていない。
「あー、そうだな。最近ちょっと森の様子がおかしいという話を聞いてな」
鋭い者が聞けば、彼の物言いが普段のそれと明らかに違うという事に気が付いただろう。
しかし、そこはやはり、おいう流石レッドである。
「森の様子…か」
「本来ならトキワのジムリーダーである俺の役目なんだが。明日はちょっと忙しいんだ」
森の様子を調べるのは別に明日じゃなくても出来るだろう、という考えには辿り着かないレッド。
「オッケー。じゃ、明日、ちょっと行って様子を見ておくよ」
はぁ。やはり自分の誕生日にも気付いていない、か。
心の中で、そんなレッドに呆れながらも、もう一つブルーに言われていた事を思い出す。
「あ、出来るだけ朝早くから頼む」
「朝早く？」
「えー、それは…聞いた話によると朝早い方が様子がおかしいらしい」
我ながら何と頭の悪い言い訳なんだ、とガックリするグリーンを尻目にそれに対するレッドの返事は軽快だった。
「へぇ〜。分かった、明日は出来るだけ早く行ってみるよ」
朝早くの本当の理由はブルー曰く。
「レッドの事だからどうせ自分の誕生日なんて忘れちゃってるでしょうけど、あれでなかなかの人気者だから誰かが祝っちゃったらバレるでしょう？」
さらに一言。
「本人は何も知らない方が楽しいのよ」
もちろん、「誰が」は「ブルーが」と言う事だろう。
一方、同じく8月8日。レッドがトキワの森の奥に至る数時間前。
早朝のイエロー家。
玄関前に怪しい人影があった。
「フフ、ブルーでーす。グリーンの方は上手くやったみたいだし、私も頑張らなきゃ」
何を頑張るのか、そもそもこの行動は「頑張る」という言葉の定義に当てはまるのかどうか突っ込む人物は彼女の周りには誰もいなかった。
「メタちゃん、お願い」
彼女のポケモン、メタちゃんことメタモン。
お得意の変身でみるみるうちにイエロー家の玄関の鍵穴に合わせた形の鍵へと姿を変えてゆく。
「オーキド博士、ごめんなさい。でも、これは可愛い後輩の恋を手助けするためだから、許してね」
かつて、盗みを働くために不法侵入をした事もある彼女は、オーキド博士との出会いで改心し、それ以来はそういう事をするのは止めた。
だが、彼女の中でそれは悪事のための侵入は止めたという事である。
よって、これは問題無しと認識していう。
ガチャリ。
そーっとイエロー家に入っていくブルー。
もちろん、この家の構造は知っている。
迷う事無くイエローの寝室へ。
部屋の主はまだ眠りこけている。イエローの事も良く理解しているブルーにとって全く予想通りの展開だ。
イエローの寝顔を確認する。
何とまぁ幸せそうな寝顔か。その可愛らしさはさながら眠れる金色の天使。
ブルーが安直な感想を心の中で呟いていると、机の上でモンスターボールに入ったままガタガタと騒ぐ彼女のポケモンに気付く。
「シー！良い？これはあなた達のご主人様のためなんだから、騒がないで」
イエローと一番付き合いの長いラッちゃんを筆頭に互いにボール内部から目を合わす彼女のポケモン達。そして、少しの困り顔。
しぶしぶと言った感じで騒ぐのを止めた。
「そうそう。それで良いのよ、あとは私に任せておきなさい」
不安だ。きっと今イエローが自分のポケモン達の気持ちを読み取るならば、そう読み取るに違いない。
だが、彼女は現在、夢の世界。それは叶わぬ事である。
「さぁて、ちゃっちゃっとやっちゃいますか」
ニヤリ。やはり、不敵な笑みであった。
森の奥深く。主だと言わんばかりの巨木。力強く、威圧的でさえあるその姿。
木漏れ日。この場所にはあまり相応しく思えない優しい光が舞い降りる。
まるで、『トキワの森』その物に抱かれるように巨木の根元に一人の少女が眠っていた。
レッドはその光景に瞬間、心を奪われた。
眠っている少女が誰なのかはすぐに分かった。
我に返ったレッドは思わず苦笑いを漏らす。
それは彼にとって、何を意味するのか。
気付けば、随分と近くまで来ている。
もう一度だけ、束の間先ほどのように見つめてみる。
そして、彼女は眠れる森の美少女から、いつもの彼女へと歩みを進めた。
「…ん。レッドさん…」
「よっ。何で、こんなとこで寝てたんだ、イエロー？」
至極当然の疑問を口にするレッド。確かに普通に考えればあり得ない事だ。
当のイエローは未だに眠気の抜けない頭で自分の置かれた状況を把握しようとする。
「何でって…ココは私の家…」
ではない。
「え゛」
周りを見渡して自然と思考が止まるイエロー。いや、止まったように見えて、その実フル回転だ。
必死に考える。この状況は何なのだ、と。
「ここはトキワの森？レッドさんが目の前に…」
ブツブツ呟きながら考えてみるが、答えが出る訳ではない。
「私、何でここにいるんでしょう？」
「はは、何だそりゃ」
困惑する後輩の頭をぽんぽんと撫でるように優しく叩くレッド。
「ははは…」
そして、イエローは自分の右手にある物に気付いた。
「！？」
それを咄嗟に隠す。無論、レッドに見つからないためだ。
これが何故ここにあるのか、全く心当たりは無い。
まぁ、自分が何故ここにいるのかさえ分からないのだから当然と言えば、当然だが。
そう。それはレッドへのプレゼント。悩んだ末に買ったグローブだった。
ど、どうなってるんだ。
悩みに悩むイエロー。そして、この状況を作り上げた張本人はしっかりと物陰から見ていた。
「良い感じじゃない。私の頑張りのおかげね。ねぇ、グリーン」
「…あぁ、そうだな」
一人で満足気にニヤニヤと二人をを眺めるブルー。
連れ回されるグリーンは、敢えて彼女の言葉を否定しようとも思わなかった。
余計な事を言うとうるさいからな。
心の中で、今日何度目かの溜息。
そうして、ここまではブルーの計画通りに進んでいたのだ。
が、イエローはレッドと話をしているだけでなかなか本題を切り出せない。
だらだらと時間が過ぎていくだけだ。
「ああ、もう何やってんのよ！さっさと渡しちゃわないと、面白くないのに」
それが本音だろう。
思わず突っ込みを入れそうになるグリーンだが、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
代わりにおそらく思い違いをしているであろうブルーに言う。
「あのな。イエローがそんな簡単にプレゼントを渡せる奴だと思うか？」
「あんたねぇ。だから、こんな二人っきりの場面を作ってやったんじゃない」
そうやって果てのない不毛な言い争いを始める二人。
それが不幸な結果を招く事になるとは知らずに。
「えーい、うるさいグリーン！だいたいアンタは…」
ブルーが言い争いの中で近くの木に感情のまま手を叩きつけた時だった。
ただの木を叩いたつもり。
ブウン。
聞こえた音。何かの羽音。
「ブ、ブルー、お前…」
瞬時に自分のモンスターボールを取り出そうとするグリーンだが、それすら遅かった。
「え…」
グリーンの目に見えて変わった表情に背後を振り返る。
「あ…」
彼女は言葉にならない呟きと大量の冷や汗を自覚した。
「うわぁぁ――−！！」
追ってくるから逃げる。お約束と言えばそれまでだが、その正体は森には付き物のポケモン。
スピアーの大群。
おそらくブルーの叩いた木の裏側には巣でもあったのだろう。
グリーン、ブルー共に本来なら野生のスピアー程度、軽く撃退出来るのだが今回は事情が違う。
夏と言うのはただでさえ虫の多い時期。その上に巣を直接、刺激したのだ。
大量の殺気立ったスピアーが突然目の前に現れれば、流石の二人でもそう簡単にはいかない。
「おい、ちょっと待て…」
隠れていた茂みを飛び出し必死に逃げるブルーに引きずられる格好のグリーン。
「ん？何だ、悲鳴？」
ふと誰かの悲鳴のような物を聞きとめたレッドが見た先には。
「グリーンさんとブルーさん？」
同じくイエローも二人を見た。
二人が見える。と言う事は当然、その背後の物を見えると言う事に他ならない。
「っ！スピアーの大群か」
「どいて、どいて、どいてー！」
勘違いでも無く、何故かその数はどんどん増えている。
「お、おいブルー」
そして、彼のライバルと同じように巻き込まれ、一緒に逃げる羽目になるレッド。
「一体、こんな所で、何をしていたら、こんな状況に、なるんだ！？」
走りながらブルーに問う。
「そりゃあ…色々よ」
言い訳にすらなっていない。それを聞き、大きな溜息のグリーン。
何だか溜息をする彼の様がずいぶんと板に付いてきたような気がするのはきっと気のせいでは無いだろう。
「とりあえず、こいつらを何とかしないとな」
ちらりと後ろを振り返って、レッドはある事に気付いた。
先程まで自分の後ろを、更には今も走っているはずの少女の姿が、無い。
「あれ…イエローは？」
この状況で、どうあっても三人の頭には良い予感がしないのであった。
「はぁ、はぁ、はぁぁ…」
彼女の息は既に上がっている。足下もおぼつか無くなり始めている。
「何で、私、こんな事に…」
呟いて、背後を見やる。
撃退しようにも、十分な反撃態勢すら取れない。それでなくても、イエローの場合はマサラ三人組とはトレーナーとしての腕が違うのだ。
だから、逃げる。とりあえず、逃げる。イエローは必死だ。
例え、疲労で足がもつれようとも。例え、周りの状況がイマイチ把握出来ていなくても。
どのくらい走っただろうか。
走るスピードも随分と落ちてきてはいるが、気付けば追ってくるスピアーの数も大分減っている。
もう少し頑張れば…。
跳ね上がる心臓を、歯を食いしばり抑えつける彼女の視界の先、木々の茂る先に光が見えた。
森から抜ける。森さえ抜ければ振り切れる。
彼女は思った。そして、最後の力を振り絞り一気に走り出る。
目の前がぱっと開けていた。
上も横も、真下も。
「…え」
飛び出した彼女の周りにはとりあえず、何も無い。
生い茂る気も、足首に絡みつく草も、いや地面すら。
崖から走ってそのまま飛び出した。読んで字の如く、だ。
麦わら帽子が宙を舞い、こうして冒頭の状況へと繋がった。
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