主と雪とだいたい皆。
夏祭りにて、取り残された男三人。
「負けじゃね？」と花村が肩を落としている。
だが。
「花村君、諦めたらそこで試合終了ですよ」
うん、安○先生は良いことを言った。
夏祭りはまだ終わってない。
つーか、このままクマにだけ良い思いさせられるか。
「完二」
「なんスか」
心底帰りたそうな顔をしているが、無視。
「お前さ、あの中に混ざってなくてもいいから、りせの近くにいろ」
「な、なんでっスか」
ちょっと顔が赤い。
本当にどんだけピュアなんだよコイツは。
「いくら人がいつもより少ないっていっても、りせが『りせちー』だってバレたら騒ぎになるだろ。お前がいれば、そうそう声掛けてくるやつもいないだろうし」
「……はあ、まあ、先輩が言うなら」
素直で宜しい。
行ってこい、ポチ。
完二がクマたちを追いかけていくのを見送った。
「で、俺とお前はどーすんの？」
ややグッタリした顔の花村が聞いてきた。
「俺には俺のやることがある。お前はお前でガンバレ」
ぽん、と肩を叩いて俺は作戦を開始すべく動き出した。
後ろから「ちょ、お前、マジで！？」とか聞こえた気がするが、まあこれだけ賑やかなんだし。
空耳だ。
流石に水道は見つからないので、手水舎からちょっと水を頂いて、ハンカチを濡らした。
そのまま来た道を戻ると、少し先に目立つ集団を見つけた。
本当に、完二を置いといて良かった。
でなければ、今頃変なのにつかまっていてもおかしくない。
あ、花村もいる。うん、お前はやれる子だと信じてた。
「天城、これ」
すっ、と自然に近付いて、さっきの濡れたハンカチを差し出す。
「え？」
「さっき、浴衣汚れたって言ってただろ？」
「あ、うん。ありがとう…」
受け取ったものの、汚れたのが袖の部分なせいで、自分ではうまく拭けない。
分かってたけど、今気が付いたフリ。
「ん、貸して」
ハンカチを返してもらって、代わりに拭いてあげようとするが、浴衣の色の濃さと辺りの薄暗さのせいで、汚れている場所がいまいち分からない。
まあ、そうだろうと思ってたけど。
「悪い、ちょっと明るいとこまで移動するから」
「う、うん」
「里中ー、ちょっと天城借りる」
「え？」
返事を待たずに天城を引っ張っていく。
ぽかん、と口を開けた花村と目が合って、我ながら心底意地の悪い笑みを返してやった。
「すごい、綺麗になった」
おおー、なんて言いながら、天城は街灯に袖をかざしてまじまじと見ていた。
「完全に汚れが落ちたわけじゃないから、後でちゃんと洗った方が確実だと思う」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに笑った。
よし、クマ。今日のお前の行動は水に流してやろう。
俺が寛容さを上昇させた時、「ふふっ」と小さく笑う声がした。
「ん、何？」
「ご、ごめん。でも、男の子がこんな染み抜きとか出来ちゃうの、すごいなって思って」
「ああ、なるほど」
完二ほどじゃないだろうけど、たしかに意外性はあるかもしれない。
「菜々子がさ、結構行儀良く食べるんだけど、たまにやっぱ食べこぼしとかしちゃって。この前、べったりソース付いたフライをポロッと」
「落としちゃったんだ？」
「うん、スカートに。で、それがお気に入りのやつで、泣きそうになってさ」
「ああ、うん。気持ち分かる」
「どうにかしなきゃって、携帯で必死に染み抜きとか、汚れ落とす色々方法調べた」
「そっか、それでなんだ」
「綺麗になった時はもうすっげホッとしたって」
「八神君て、ホント妹思いだよね」
「俺、一人っ子で兄弟欲しかったから。つい可愛がるっつーか、可愛がり過ぎるんだよな」
「いいなぁ、私も菜々子ちゃんみたいな妹欲しいな」
「あー、うん。俺が言うのは変かもしれないけど、可愛いよ菜々子は」
「あはは、ホントに菜々子ちゃんが可愛いんだね」
「そりゃもう。兄バカとかシスコンとか言われても全然気にならないくらい」
「そうなんだ…………なんか、羨ましいな」
「ん？」
「あ、あの、妹！が、いて、羨ましいなって……」
「ああ、うん……」
天城の頬が少し赤い。
ああ、ほら、そういう顔するから。
期待するだろ、俺としては。
「……」
「……」
会話が途切れる。
天城はちょっとそわそわして、通り過ぎる人たちを見ていた。
何となく、里中たちが通らないか見ているような気がする。
時々携帯をチェックしたりして、俺の方を見ないようにしてる……と、思う。
これは、動いた方がいいかもしれない。
「さて、天城、何食べたい？」
「え？皆のところに――」
「戻るけど、別にわざわざ連絡取り合って合流することないだろ。そんなに広い会場じゃないし、すぐどっかで会うって」
「そう、かな」
「そうそう」
まあ、この辺りは賭け。
あっさり見つかるか、会わないままか。こっちが向こうを見つけるのが先かもしれない。
５人もの目をかいくぐるのは難しいだろうから、今日のところは二人で話せただけで良しとしておこう。
……俺も完二のことを笑えなくなってきた。
行こうか、と天城を促して、そこそこの盛り上がりな会場へと戻る。
天城の手を取ろうかどうか、さんざん迷っているうちに「あ、先輩発見！」というりせの声で、永遠に機会を失った。
中学生か、俺は。
女子の輪の中へ戻っていく天城を見ながら、盛大にため息をついた。
女子と手繋ぐのってこんな難しいことだっけか。
何かおかしくないか、俺？そもそも二人で夏祭り行こうかとか言えないってとこからおかしい。
あー、まあ、自分から誘ったこと無かったような気がするけど。
それにしても、この純情ぶりは無いだろ。無い、絶対無い。
がしがしと頭を掻いた時、どしん、とぶつかられた。そのままがっちり肩を組まれる。
「お〜ま〜え〜なぁぁぁぁ」
「よ、花村君。楽しんでいるかね？」
「『楽しんでいるかね？』じゃねーよ！ちゃっかり天城と消えやがって！」
「消えてないって。戻ってきただろ」
「そりゃ俺らが見つけたからだろ！」
「そうだっけ？」
「３分と経ってねーこと忘れたフリすんな！」
ぜぇはぁ、と荒い息をしている。
ツッコミ役は大変だね。
「俺なんか…サイフ係ってことでようやくついてきていいって……」
「あー、それはご愁傷様」
がっくりと肩を落とした花村を慰めてやった。
花村はだいぶ軽くなったであろうサイフを大事そうに抱きしめている。
里中と、クマと、りせと、三人に奢って一人だけ奢らないなんてことは花村には出来ないんだろうから、完二もか。
あー、そりゃサイフ抱きしめたくもなる。
一斉攻撃を喰らったサイフはもう瀕死状態なんだろう。
ぽんぽんと背中を叩いてやると、花村は「うっうっ」と泣く仕草をした。
「頼りのお前は天城と消えてるし、完二は金持ってねーしで、俺このままサイフが逝っちまうと思ったんだからな！」
「悪かった、悪かったって。今度何か奢る」
「ゼッテーだかんな！」
分かってる、と言うとようやく花村はサイフを仕舞った。
よし、次にテレビの中探索行ったら、花村の体力回復は全部特製コロッケにしてやろう。俺って優しい。
「で、だな」
再びがっちり肩を組まれた。
今度はひそひそ声で話し始める。
「天城と何かあったか？」
「あー、無い」
「無いのかよ！」
「花村ー、次これ食べたいー」
「おっまえ、まだ食うのか！」
里中からお呼びの掛かった花村が、ぎゃあぎゃあ言い合いしながらも仕舞ったばかりのサイフを出しているのを見ていた。
ふと視線を動かすと、里中の近くにいた天城とバッチリ目が合う。
途端に逸らされた。
それだけなら精神ダメージ食らってるところだが、天城の耳が赤いのを見つけた。
……暑いから、じゃないよな？
などと思ってしまうのは、期待のし過ぎだろうか。
当然、確認なんか出来るはずもなく。
おとなしく俺はにぎやかな集団に混ざった。
結局、クマやらりせやらに引っ張りまわされて、この後まともに天城とは話せなかった。
その割に、家に戻った後も気分が高揚していて。
中学生かよ、とまた思って、また盛大なため息をついた。
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