:: 片雨
とても長く暗い雨の日だった。
雲が立ち込める空は灰色で、周りの景色ですら霞んでいた。
連日続くこの雨は、一向に止まない。雨のせいで外を歩く人の気配はない。
「…何してんの、あんた」
帝都の公園のベンチにポツンと一人、場に不釣り合いな青年が座り込んでいる。
雨に打たれた髪は水滴を含み、俯いた彼の表情は窺えない。
「エステルとフレンが、」
ポツリと吐かれる言葉を聞きながら、差していた傘に彼を半分いれた。
それでも彼の身体の半分は、未だ雨に打たれている。
「来週、式を挙げるそうだ」
周りを支配する雨音が、やけに耳障りで仕方ない。
「うん、知ってる」
挙式の招待状が、今朝届いた。
彼等に一番近いユーリなら、もっと早くから知っていたのだろう。
「…そっか」
短くそう言ったきり、彼は言葉をつぐんだ。
「………んで、…………よ…」
呟くようなあたしの声は、雨音に簡単に消されてしまう。
「なんで、エステル取り返しにいかないのよ？！」
声を上げるあたしに驚いたのか、ユーリが顔を上げる。
その茫然とした表情に苛立ちを覚えた。
あんたなら、もっと早くに、こうなる前に、なんとか出来たでしょ？
「…相手が、フレンだから」
そういうと彼はベンチの背にもたれる。雨を遮る傘を断るように。
雨空を見上げながら彼は続けた。
「何処の誰かもわかんねー奴なら、良かったのにな」
相手がフレンじゃ、仕方ねぇ。
そう言うとまた彼は言葉を止める。
「じゃああんたは、フレンのために全部諦めるの？地位も手柄も、エステルも」
そこまで言うと、流石に彼の神経を逆撫でたらしい。
ベンチから立ち上がり、あたしの両肩に手をかけて、行き場のない怒りが込められる。
真っ直ぐに見据えられた視線が突き刺さる。けれどどこか頼りなくて。
差していた傘が手をすり抜けて足下に転がる。直接身体を打つ雨が冷たい。
「リタに何がわかんだよ…？」
わかるわよ。ずっと見てたもの。旅をしてる間、ずっと。
エステルとユーリが一緒にいることが、あたしの幸せだった。
だからあたしの想いを封印しようと思えたのに。
なのにどうして…
「あんただって、何もわかってないじゃない」
肩から伝わる力が痛い。けれどそれよりも、ユーリの顔を見ていることのほうが辛かった。
「…仕方ねぇんだよ。あいつが決めたことだ」
そんなの、ただの言い訳じゃない。…あたしと同じ言い訳。
「ずっと好きだったのに、何でそんな簡単に諦められるのよ？」
それはあたし自身への問いかけも込めて。
「好きだから、相手が思ってることが一番よくわかんだよ。誰を好きかとか、どうしたいのかとか」
…そんなの、あたしだってよくわかってる。だからこそ、相手の幸せを望むのだ。
「あいつは日だまりで、オレは影で。絶対相容れないもんだから」
だから、仕方ない。
そう呟くと、ユーリはまたベンチへと腰を下ろした。
諦めの言葉なんか聞きたくなかった。
エステルよりもあたしの方が、ずっとあんたのことが好きなのに。
なのにどうしたってエステルには敵わない。そうやって、あたしも諦めたのだから。
「旅してたときは、一緒にいられるだけで良かったのにな」
最初は、そうだった。例え叶わない想いでも、傍にいられるだけで良かった。
だけどどんどん、
「あいつを知る度、」
笑顔を見る度、
「弱さを見せる度、」
どんどん深みにはまって、
「気付いたら後戻りが出来ないほど、好きになってた」
そしてその段階になって、相手の気持ちを、現実を知ってしまうのだ。
…どうして、あたしじゃないんだろう。
「何でオレじゃないんだって、」
そう思う度に空しさだけが込み上げる。
「バカだよな、オレ」
苦笑する姿が痛々しい。
まるで自分の気持ちを鏡に写したような、そんな姿を見せつけられているようで。
「……バカね」
大馬鹿。最初から敵わなかったあたしとは違う。その気になれば、手を伸ばせば、届いたのに。
ユーリの隣に腰かける。
既に雨に打たれた身体では、濡れたベンチの不快感も差ほどではない。
傘を拾うのも今さらだった。
「…悪い、ちょっとだけ肩かしてくんねぇか」
あたしが了承する前に、抱き寄せられた。背中に回された手が、少し震えている。
肩に埋められた頭は、あたしよりずっと幼く感じた。
「………ホント、バカ」
望めば手に入るものを、どうしてこいつは自分から手放すのだろう。
まるでそうすることでしか愛情を表現できないみたいに。
『ユーリは、私のことをそういう対象だとは思ってないです。それがとても辛い時期もありました』
『でも今はフレンが一番大切なんです。二人には内緒にしてくださいね、リタ』
招待状が届いてすぐ、エステルを訪ねた。そこで聞いた言葉を思い出す。
もしあたしがこのことをユーリに告げたら、今の状況は変わるだろうか？
……きっと変わらない。彼はまた苦笑して、バカだと呟くだけだ。
今の状態の彼に、追い討ちをかける結果になるのだろう。
そしてあたしの想いも。伝わらないし、伝えない。
たとえこの先ずっとこの想いが届くことがなくても。
いつだって、貴方が好きだから。
―――――--- だから、言わない。
とても長く暗い雨の日だった。
雲が立ち込める空は灰色で、周りの景色ですら霞んでいた。
連日続くこの雨は、一向に止まない。雨のせいで外を歩く人の気配はない。
「…何してんの、あんた」
帝都の公園のベンチにポツンと一人、場に不釣り合いな青年が座り込んでいる。
雨に打たれた髪は水滴を含み、俯いた彼の表情は窺えない。
「エステルとフレンが、」
ポツリと吐かれる言葉を聞きながら、差していた傘に彼を半分いれた。
それでも彼の身体の半分は、未だ雨に打たれている。
「来週、式を挙げるそうだ」
周りを支配する雨音が、やけに耳障りで仕方ない。
「うん、知ってる」
挙式の招待状が、今朝届いた。
彼等に一番近いユーリなら、もっと早くから知っていたのだろう。
「…そっか」
短くそう言ったきり、彼は言葉をつぐんだ。
「………んで、…………よ…」
呟くようなあたしの声は、雨音に簡単に消されてしまう。
「なんで、エステル取り返しにいかないのよ？！」
声を上げるあたしに驚いたのか、ユーリが顔を上げる。
その茫然とした表情に苛立ちを覚えた。
あんたなら、もっと早くに、こうなる前に、なんとか出来たでしょ？
「…相手が、フレンだから」
そういうと彼はベンチの背にもたれる。雨を遮る傘を断るように。
雨空を見上げながら彼は続けた。
「何処の誰かもわかんねー奴なら、良かったのにな」
相手がフレンじゃ、仕方ねぇ。
そう言うとまた彼は言葉を止める。
「じゃああんたは、フレンのために全部諦めるの？地位も手柄も、エステルも」
そこまで言うと、流石に彼の神経を逆撫でたらしい。
ベンチから立ち上がり、あたしの両肩に手をかけて、行き場のない怒りが込められる。
真っ直ぐに見据えられた視線が突き刺さる。けれどどこか頼りなくて。
差していた傘が手をすり抜けて足下に転がる。直接身体を打つ雨が冷たい。
「リタに何がわかんだよ…？」
わかるわよ。ずっと見てたもの。旅をしてる間、ずっと。
エステルとユーリが一緒にいることが、あたしの幸せだった。
だからあたしの想いを封印しようと思えたのに。
なのにどうして…
「あんただって、何もわかってないじゃない」
肩から伝わる力が痛い。けれどそれよりも、ユーリの顔を見ていることのほうが辛かった。
「…仕方ねぇんだよ。あいつが決めたことだ」
そんなの、ただの言い訳じゃない。…あたしと同じ言い訳。
「ずっと好きだったのに、何でそんな簡単に諦められるのよ？」
それはあたし自身への問いかけも込めて。
「好きだから、相手が思ってることが一番よくわかんだよ。誰を好きかとか、どうしたいのかとか」
…そんなの、あたしだってよくわかってる。だからこそ、相手の幸せを望むのだ。
「あいつは日だまりで、オレは影で。絶対相容れないもんだから」
だから、仕方ない。
そう呟くと、ユーリはまたベンチへと腰を下ろした。
諦めの言葉なんか聞きたくなかった。
エステルよりもあたしの方が、ずっとあんたのことが好きなのに。
なのにどうしたってエステルには敵わない。そうやって、あたしも諦めたのだから。
「旅してたときは、一緒にいられるだけで良かったのにな」
最初は、そうだった。例え叶わない想いでも、傍にいられるだけで良かった。
だけどどんどん、
「あいつを知る度、」
笑顔を見る度、
「弱さを見せる度、」
どんどん深みにはまって、
「気付いたら後戻りが出来ないほど、好きになってた」
そしてその段階になって、相手の気持ちを、現実を知ってしまうのだ。
…どうして、あたしじゃないんだろう。
「何でオレじゃないんだって、」
そう思う度に空しさだけが込み上げる。
「バカだよな、オレ」
苦笑する姿が痛々しい。
まるで自分の気持ちを鏡に写したような、そんな姿を見せつけられているようで。
「……バカね」
大馬鹿。最初から敵わなかったあたしとは違う。その気になれば、手を伸ばせば、届いたのに。
ユーリの隣に腰かける。
既に雨に打たれた身体では、濡れたベンチの不快感も差ほどではない。
傘を拾うのも今さらだった。
「…悪い、ちょっとだけ肩かしてくんねぇか」
あたしが了承する前に、抱き寄せられた。背中に回された手が、少し震えている。
肩に埋められた頭は、あたしよりずっと幼く感じた。
「………ホント、バカ」
望めば手に入るものを、どうしてこいつは自分から手放すのだろう。
まるでそうすることでしか愛情を表現できないみたいに。
『ユーリは、私のことをそういう対象だとは思ってないです。それがとても辛い時期もありました』
『でも今はフレンが一番大切なんです。二人には内緒にしてくださいね、リタ』
招待状が届いてすぐ、エステルを訪ねた。そこで聞いた言葉を思い出す。
もしあたしがこのことをユーリに告げたら、今の状況は変わるだろうか？
……きっと変わらない。彼はまた苦笑して、バカだと呟くだけだ。
今の状態の彼に、追い討ちをかける結果になるのだろう。
そしてあたしの想いも。伝わらないし、伝えない。
たとえこの先ずっとこの想いが届くことがなくても。
いつだって、貴方が好きだから。
―――――--- だから、言わない。
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