(´・ω・`)「ウィルス・・・」 - するがディテクティヴ 後編

――さて、話は飛んで数日後。
僕と神原は新たに八九寺をパーティに加え、再びミスタードーナツに来ていた。
前回神原が相談してきた、公立清風中学における幽霊騒動。
とりあえず解決を見た――というその件について、僕に顛末を説明してもらうためである。
まあ、まずどう「解決」したのか非常に不安だったし。
無論、八九寺の貞操も心配だったし。
ほら、神原という危険人物に可愛い小学生を紹介してしまった僕としてはいろいろ思うところもあるわけで。
「フレンチクルーラーは美味しいですねえ。ここのところサイズが小さくなったような気がするのが残念ですが」
そんな僕の心配をよそに、八九寺はドーナツをもりもり食っていた。
ごく普通に、平然とドーナツを食べる浮遊霊。
それは幽霊としてどうなのだろう……
「私はポン・デ・黒糖が好きだな。黒砂糖は健康にも良いと聞くし」
神原はその横で負けじと凄まじい勢いでドーナツを消費していた。
「悪いが、ドーナツ自体があまり健康には良くないと思うぞ」
「ふむ、しかし相殺ぐらいはしてくれるのではないか?」
いや、それもどうなんだろう。
少なくとも、一人で何個もばくばく食べてる限り、マイナスのほうが大きいのではないかという気がする。
まあ、僕だってそんなこと気にせずに食べてるわけだが。
それはともかく――公立清風中学である。
戦場ヶ原、神原、そして羽川の通っていた中学校。
さぞ真面目な学校だったのだろうと思いきや。
「いたって普通の学校でしたが」
「うむ。我々の頃もハーレムを築いて問題無い程度に普通だったが、さほど校風が変わった様には見えなかったな」
「ちょっと待て!」
我々ってなんだ!
「いやだなあ先輩。私の口から言わせるつもりなのか?無論、私としても微に入り細に入り描写しろと言われればそれも又やぶさかではないが――」
「描写はいらねえ!事実だけを説明しろ!」
「戦場ヶ原先輩も私もタチ気質だ。ただし私は先輩に対してはネコになるが」
「聞いてねえー!」
むしろそこまでは聞きたくなかったよ!
「……念のため聞くが、あくまで気質なんだな、そうなんだな?」
「戦場ヶ原先輩の性癖については、残念ながら確言するわけにはいかないが――私個人について言えば、ある程度まではタチネコ双方の気質を持つと言って良いかもしれず、両方とも実践している可能性も敢えて否定しない、とだけ言っておこう」
「全然気質段階に留まってるかどうか確実じゃねえ!むしろ不安になった!」
実践とか頼むから言わないでくれ。
どうしたって妄想してしまうじゃないか!
「しかしだな阿良々木先輩。これは女子の後輩と交渉するにおいてはとても役立つスキルなのだ」
「交渉って言うな……」
この文脈ではそんな何気ない単語すらいやらしく聞こえる……
「でもでも、神原さんはそれはもう素晴らしい探偵ぶりだったのですよー?実は関係者に百合のカップルがいたものですから、神原さんのスキルは花火に対する放水機並みの威力があったのです」
「――なんですと?」
百合のカップルが話に関わっていたなんて今始めて聞いたぞ僕は?
「相方が男、とは一度も言っていないと思ったが」
……確かに言ってなかったな、うん。
「役立つ女。百合探偵・神原駿河。うむ、良い響きだ」
「そして私が幽霊探偵・八九寺です。百合と幽霊、語呂もばっちりじゃないですか。素晴らしいですね」
「ああ……お前たちが素晴らしい連想力の持ち主だという事はよくわかった」
とりあえずそんな探偵は世界に必要ないと思う。
それはさておき。
「ああ、事件の顛末だな――登場人物をここで先にあげておこう。阿良々木先輩もその方が整理しやすいだろう」
ふむ、何か本当に探偵っぽいぞ神原。
で――今回の事件における登場人物、だそうだ。
まず、メールを神原に送った依頼人――中学三年、青木さん。
一年前、百合カップルを体育倉庫で発見した体育教師――白井先生。
百合カップルの片割れ――中学三年、黒崎さん。
同じく片割れで、転校後自殺したと伝えられる先輩――現在生きていれば高校一年、赤星さん。
この四人だという。名前は一応仮名らしい。
……無理に仮名にしなくても良かったのでは、とも思うが。
「……他の連中は、お話から除外していいってこと?」
「そうだな。とりあえずは無視してもらってかまわない」
「ふーん……で、神原と八九寺は、体育倉庫の中は見たのか?」
「中には誰もいませんでしたよ?」
「八九寺、そのネタはすでに風化しているぞ」
「はい?何のことですか?わたしがえりんぎさんにそんな浅はかなネタを振るとでも?」
「その返しが雄弁にネタ師であると認めているわけだが――それを措いてもきのこと間違えられるのはなかなかの屈辱だな……」
いや、ネタのことは別にどうでもいいのだが。
「私も、あの神社のような妙な雰囲気は感じなかった」
「ええ――少なくとも自縛霊やそれに類する方は、体育倉庫には居ませんでした。浮遊霊だとすると、いつもは別の場所にいるのかもしれませんが――そういう方は大抵、未練とか恨みとかは薄れてしまっているものなんですけどねえ」
ふむふむ。そんなものか。
「もしその赤星さんが本当に幽霊になっていたのなら――昔の恋人が見たくてふらふらと来ただけなのかもしれないと、その時のわたしは思ったものです」
「うむ、私も最初はそんなものかな、と思った。だが――何かがひっかかってな」
「何かってなんだよ」
「ふむ――では、ここで問題だ阿良々木先輩。私が疑問に思った部分と、その理由を挙げてみてくれ」
「いきなり問題編かよ!」
ここで推理小説のフォーマットを挿入してくるとは……侮り難し神原駿河!
「ここで名探偵よろしくずばり真相を当ててくれたら、私の先輩に対する尊敬も溢れんばかりにいや増そうというもの。是非期待に応えてほしいものだ」
お前の尊敬は有り難いが既に溢れ気味のような気がするぞ、神原。
まあ、どうせならその口でぜひひたぎさんにも僕のことを褒め称えて欲しいものだが。
「……とは言え、別に僕はホームズでも明智でも金田一でもコナン君でもないし」
ましてや忍野メメでもない――そんな僕が、怪異の謎解きなんて。
ん――怪異?
……待てよ?
「――その、死んだ女生徒の話は、そもそも誰から聞いたんだっけか」
「メールをくれた青木さんだが」
「――彼女は、誰からその話を聞いたんだ?」
「ふむ……それはどういう意味だ?先輩」
あえて答えず、僕は続ける。
「――後、その女生徒が死んだと言う話が、実際の所、いつごろから出てきたのか。最初に聞いたのは誰なのか。最初に幽霊らしき物を見たのは誰なのか」
「その時期が知りたい、と先輩は言うのか?それが重要なことだと?」
「ああ。もし神原たちもそれに気付いたのなら――ひっかけてみれば、犯人はボロを出しただろう。実際、そうだったんじゃないのか?」
「ふむ……最初に聞いた人はわからない。ただ、青木さんの教室では青木さんが初めてだったそうだ」
「じゃあ、最初に見た人は?」
「――黒崎さん、だな」
「成程ね……じゃあ、犯人は■■■■だな」
「――当たりだ、先輩。さすがだな。私は気付くまで丸一日かかった」
「ですねえ。わたしは全く気付きませんでした。不思議なものです」
うんうん。そうだろう八九寺。
お前のことだから僕には全く不思議ではないが。
「――で?」
「八九寺ちゃんに、一芝居打ってもらった」
「ふふっ、推理は苦手ですがお芝居は得意なのですよー?」
――以下、再現モードに移る。


――神原駿河と八九寺真宵は、依頼者である青木さんも含めた関係者三名を、放課後の体育倉庫に呼び出した。
「もうほっといてくれないか。こんな馬鹿げた茶番に僕は――」
「先生、でもみんなが幽霊を見たって言ってるんですし――悪戯だとしても、誰がやったか突き止める必要があると思います」
「もうやめてよね……私たちのことはほっといてよ……」
ふむ――と神原は三者三様の反応を観察する。
やはり――間違いないかな。
「皆さん――謎は全て解けました」
「「「――え?」」」
「神原――それは本当なのか?」これは白井先生。
「ふっ――この世には、不思議な事など何も無いのですよ――皆さん」
「先輩――私は、幽霊が居るのかどうかを――」青木さん。
「……ちょっと、本気ですか、神原先輩?こんな馬鹿げた――」黒崎さん。
その時。倉庫内に、薄ら寒い声が響いた。
 
 ――先生。

「――な」
 
 先生。せんせい。
 裏切り者。
 私を裏切った、酷い人。
 そして――先生を奪った、裏切り者。

「――ひ――あ、赤星?」
「あ……あなたなの?」

 だけど――恨んではいないのよ。
 ただ一言――謝ってくれれば、それで良かったのに。

「な――どうして?こんな……」
「そんなことが――あるはずが無いです!こんなことが……」

 何故、そう言い切れるの?
 そう――何故?
 それは、あなたが。
 騙り者だから――

「いやあああああっ!やめて!私は先輩のために――」
「……はい、ストップ」
「……え?」
「――貴方が犯人ですね――青木さん」


――はい、再現モード終了。
「……とりあえず決め台詞のパクリは止めたほうがいいと思うぞ神原」
「む、次があれば検討しよう。ともあれまず聞こうか――何故、阿良々木先輩は彼女が怪しいと?」
「幽霊が、何故二人を告発した白井教師ではなく黒崎さんの前に現れたのかがまず疑問だった」
引き裂かれた事を恨んで幽霊になったのなら、教師の前にまず現れたはず。
そこが出発点。では、何故――と考えたとき。
百合カップル、というのはあくまで後で聞いた話――そして僕たちにとっては、青木さんから聞いた話でしかない、ということに気付いた。
では――もし当時付き合っていたのが、赤星さんと黒崎さんでは無かった、としたら?
「カップルが違っていたとすれば――」
「そう。実際に付き合っていたのは、教師と生徒だった」
百合と言う噂は、教師と彼女の交際を隠すカモフラージュだった。
恐らく、白井先生と赤星さんの密会に、赤星さんを慕っていた黒崎さんが協力していた――そんな所だろう。
転校理由が百合がばれたから、というのは表向きの理由で――白井先生を守るために、赤星さんと黒崎さんがあえて罪を被ったのかもしれない。この辺の真相はわからない。
事件と関係なく、赤星さんは転校の必要があったのかもしれない。
「――調べた所、赤星さんは確かに転校先で死亡している。しかし、それは自殺じゃない。病死だった」
しかし――黒崎さんは、赤星さんが転校したあと、裏切った。
遠距離で揺らいだ関係につけ込んだのか――あるいは教師が折れたのか。
あるいは赤星さんが病気から自ら身を引いたのか。
本当のところはわからない。
僕たちの前には結果があるだけだ。
だが、それが青木さんには――許せなかった。
遠くに行った赤星さんを――死んでしまった彼女をもはや忘れようとしている二人が、許せなかった。
彼女を忘れて平然と付き合っている二人が――許せなかった。
「――そういうことだったらしい」
だから、幽霊をでっちあげて。自ら幽霊のふりをして黒崎さんを脅した。
――忘れるな、思い出せ。
「……お墓参りでもしてくれれば、それで良かったんです。でも、幽霊を見せてからも二人は言い争いばかりで――そんな気配もなかった」
青木さんは泣きながらそう告白した。
だから神原を呼ぶことで話を大きくして、二人の関係が他の生徒にも結果的に知れ渡ればいい――そう思ったのだという。
基本的に善人で面倒見のよい神原なら、自分を頼ってきた部活動の後輩を疑うはずがない、と言う読みもあったのかもしれない。
「実際、途中まで私は欠片も疑っていなかったしな――他の生徒に聞いたら、噂の伝わり方が妙だったのでそこで初めて不思議に思ったのだ。私は自分の未熟さを思い知った気分だぞ、阿良々木先輩」
「……いいんじゃねえの?人を信じられないよりは、さ」
「……ふ、先輩はそうやっていつも私を励ましてくれるのだな。解っているぞ、それが慰めるための方便に過ぎないということは――しかし、その気持ちには全身全霊で感謝する」
いや、方便って思ってても言うな。
感謝も全身全霊をもってするほどじゃないだろう。
しかし、羽川といいこいつといい……僕の話の組み立てはそんなに解体しやすいのだろうか。
「まあ、黒崎さんからは百合の匂いがしなかったので、遅かれ早かれ真相にはたどり着いていたろうが」
「それは今日聞いた中で最低の台詞だ!」
匂いってなんだよ匂いって。
しかも、だとすると百合スキルは直接は解決に役立ってないじゃん!
「前半の八九寺の言葉はミスリードだったのか……」
「ミスリードってなんですか?アスリートの親戚ですか」
前言撤回。八九寺にそんな狡猾な叙述トリックは無理だな。
「いやいやいや――しかし今回はお腹が空く任務でした」
いや、そもそもお前肉体労働はほとんどやってないだろうと。
幽霊役を買って出たのは当然ながら八九寺である。
ただし、普通の人には見えないし声も聞こえない幽霊だからして、出来ることは限られていた。
「わたしにあれほど演技の才能があるとは予想外だったのです」
「テープに吹き込んだ神原の声を流すために、再生ボタンを押すだけの作業だと今聞いたような気がするが」
それに演技力が必要だとしたら確かに予想外な才能だな。
「――だがなあ、阿良々木先輩。一つ不思議なことがあるのだ」
「なにが?」
「実はな――」
「……後で見たら、スピーカーの音量が最低になってた?」
「ああ。だから――私の声は、あの時ひょっとしたら流れていないんじゃないか、と思うのだ」
駄目じゃん八九寺の才能。
しかし声は、確かに八九寺のいた方向からはっきり聞こえたのだと言う。
「振り返ってみると、私の録音した内容と若干違っていたような気もしてな――」
「――八九寺、なんか一緒になって喋ったか?」
「いえ?私はボタンを押すことと時間を計ることに熱中していましたので」
「……ちなみにその声は、何て喋ってたんだ?」
「うむ。一番最後、青木さんが泣き出してから――」

――ありがとう。

という声が聞こえた――そんな気がしたのだと言う。
「その時は真宵ちゃんのアドリブか、はたまた先輩が密かに学校に潜入したのかと。粋なことをする、と思って聴き流したのだが――」
「わたし、アドリブは得意ではないのですが」
「いや、それは嘘だろう八九寺……とは言え、僕が夢遊病で無い限り、後者も有り得ないな」
そんな記憶はどこにもないし、そもそも僕は清風中学の場所すら正確には知らない。
「……ですよねえ」
「そうだろうなあ」
「…………」
「まあ、いいんじゃね?」
「そうだな、よしとしよう」
「結果往来歩行者天国ですね!」
往来の意味を間違えた上に無理やり繋げるな。
――天国ね。
本当にあるかどうかは知らないけど。
――まあ、結果としてはそう悪くはない締めだった、ということなのだろう。

……オチというか、今回の後日談。
結局、白井教師と黒崎さんは別れたという。
あれから、二人とも高熱で倒れて生死の境をさまよったというのだ。
同時に倒れたことから既に怪しまれていた関係が学園で噂となり――結局、白井教師が学園を去ることで関係も終了となったらしい。一年伸びたとはいえ、教師にとっての結末は変わらなかったわけだ。
黒崎さんにとっては――かえって良かった、のかもしれない。
「遠距離になれば、また自分のような存在に白井教師がなびくかもしれない――そういう恐怖に襲われたのかもしれないな」
「ならば、すっぱり終わりにしようというわけですか。打算的なんですねえ」
「現実的、なのかもな」
そこに幽霊の出る幕は、無い。
またいつものミスタードーナツに向かいつつ、三人でそんな話をしていた。
「良く男性より女性のほうが現実的だというが――やはりそうなのかもな」
青木さんは――普通の受験生として勉強に励んでいるそうだ。
何を思い立ったのか、この高校に入学するつもりだという。
神原のファンなのは、事実だったらしい。
色々と道を誤ってるような気がしなくもないが。
「彼女と私は入れ替わりだがな。あくまで本人次第だが――バスケ部に入って跡を継いでくれるなら嬉しく思う」
そういう神原がとても嬉しそうだったので――まあ、いいんじゃないか、と僕は思う。
――僕の携帯にメールが入った。
着信音は某ホラー映画の主題歌だ。
……本人には内緒だけど。
勿論この場合、本人とは戦場ヶ原のことで。
ミスタードーナツで会う約束をする。
「――OKだとさ、今から来るって」
「ふむ……では私たちは外したほうが良いか?」
「なんで?一緒に行こうぜ」
「む――嬉しい言葉だが、しかしいいのか?久々の水入らずだろう」
「お前が遠慮する柄か――八九寺はどうだ?あいつがまだ怖いか?」
「戦場ヶ原さんですか。そうですね……今のあの方にわたしが見えるかどうかわかりませんが――」
「向こうが見えないなら、お前が恐れる必要もないだろ」
「それは確かにそうなのですが」
「大丈夫だ。先輩はたとえ見えないからといって君を嫌うような人ではないぞ」
「……以前会ったときには、子供が大嫌いだと明言していたけどな」
「罠ですかっ!差し出された椅子に剣山が置いてあるかの如き虐めですかっ!?」
剣山って――八九寺、お前いつの生まれだよ。
まあそれはさておき……むしろこれは、戦場ヶ原に対しての罠だろう。
これは前回デートをすっぽかされた返礼のようなものだ。
戦場ヶ原にも八九寺の扱いに慣れてもらっていい頃ではないだろうか。
多少は戸惑ってもらおうじゃないか、ひたぎさん。
まあ、どうせあいつのことだ。
何事も無いかのようにさらっと流して、あとでちくちく僕を虐めるんだろうけど――あれ?
……それはどうなんだ僕としては。
「それはいいことですね」
「うむ――いい考えだ、悪くない」
……僕に良いことは何も無いような気がしてきたけど。
まあ――いいか。

春はゆっくりと過ぎ去っていって。
僕たちは、日常を生きる。
全て世は――事も無し。