今夜君と見る月は・・・
「お母さんこれかってよお!」
レッドはフッと自然に声がしたほうへと目をやる。
小さな町の本屋のいっかく。
母と女の子の親子がそこにいた。
女の子が両手に抱えるように持っている本。
レッドは遠目に見ながらもその本の表紙に見覚えがあった。
あれは・・・・・・なんだっけかな?
******
レッドはぼんやりと黒い影となった天井を眺めていた。
みょうに目がさめている。
いつもはだいたい夜になってベッドに入れば眠れてしまうのに。
今日は眠れない。
なんだか妙な気分だった。
「・・・・・・?」
窓の外で光が走った。
ベットから身をおこしてその正体を確かめる。
それは蛍だった。
たった一匹の蛍が窓枠にとまり淡い光をはなっている。
レッドはしばし思案した。
この蛍は近くを流れている川から迷いこんできたのだろう。
たしか、蛍の発生地となっていたはずだから。
レッドは外出着に着替えると両手で蛍を包み込んだ。
川まで連れて行ってやろう。
どうせ眠れないのだから。
******
静かに水の音が流れていた。
レッドはそのかわらの端に腰を下ろし両手の重ねた手をほどいた。
手の上で蛍は動かず、ただ光り、そして影へと戻る。
レッドは近くの草に蛍を移さず、このまま飛び立つのを待つことにした。
ふと目線をあげる。
今日は満月だった。
ほぼ真上にあたるところに金の光がやわらかく輝いている。
・・・・・・かぐや姫だ。
今の今まで忘れていた事を急に思い出した。
あの少女の持っていた本の題。
まるで満月に導かれるように思い出された。
レッドはぼんやりと魅せられたようにその満月を見つめた。
すべての人から愛され、しかし月に帰っていってしまった女性。
レッドはそんな自分がたまらなくおかしくなった。
なに考えてるんだろ、オレ。
おもわず苦笑いしていると、手の中で何かの存在が動いた。
目をむけると手の中にいたはずの蛍はいなかった。
目のはしで探してみるも、このような蛍がたくさんいる中であの一匹の蛍を見つけられるはずがなかった。
まあいいや。
レッドが立ち上がろうとした、そのときだった。
規則正しく流れる川の音とは違う、水のはねる音が聞こえたのだ。
魚がはねたのだろうかと思ったが、違う。
なぜか直感的にレッドは悟った。
人為的なものだ。
レッドはたちあがり、身をのりだす。
ほどなくせず、その正体は分かった。
金の髪を腰までおろし、てごろな石にこしかけて。
白い無知のワンピースは月の光を浴びて明暗はっきりと輝き。
その少女はまるで音楽を聞き入るかのように裸足の足で水をすくっていた。
「イエロー・・・・・・!?」
イエローはしばらく水と戯れていたが、人の視線を感じ目線をあげた。
その顔が驚きと、そして笑顔へと変わる。
「レッドさん」
ぼうぜんとしびれたように動かないレッドの元へ、イエローは水をジャブジャブはねさせながら近寄る。
「レッドさん?」
しかし反応がないレッドを不思議に思ってイエローは首をかしげるようにしてその顔をのぞきこんだ。
「イエロー・・・・」
それ以上言葉が続かない、でてこない。
イエローは今度こそ本当に首をかしげたが、気をとりなおしたかのように笑顔で言った。
「レッドさん、こんなところでなにしてるんですか?」
「あ、蛍が・・・・さ」
ぼそぼそと、レッドはそれだけを口にした。
イエローの見方について少し変えなければいけないと思った。
イエローはいつもポニーテールだし、動きやすいズボンを着用しているから実年齢よりかなり幼くみえていた。
ていねいな口調のわりに活発に動く彼女に対して、
少女というより少年、妹というより弟にちかい感情をもっていたのは、まあ、いなめないと思う。
でも・・・・・・。
ああ、そうだ。
女の子だ。
おもわず片手で顔をおおった。
「?? レッドさん、もしかして気分が悪かったんですか? レッドさん?」
心配そうなイエローの声が耳にとどく。
大丈夫、と苦笑いしながら手をふって、レッドはイエローに、なんとか、笑いかけた。
「イエローは何でこんなところにいるんだ?」
「あっ、・・・・・・僕はなんだか眠れなくて」
蛍を見ながら散歩してたんです。
二人のまわりで飛びかう蛍たちをイエローはあおぎみる。
そういえば、よくよく見るとイエローの髪に細い木の枝が何本かまざりあってるし、
純白かと思えたワンピースもところどころ茶色の土がこびりついている。
どうやらけっこうアドベンチャーをしながらこんな所までやってきたようだ。
「それに今夜は月が綺麗ですし」
イエローが見上げる先には月がある。
こうこうと輝きつづける月は優しい。
その月の光にてらしだされている彼女は、とてもこの世のものとは思えなかった。
「・・・・・・どこにもいったりしないよな・・・・・・?」
なぜだかわからないけれど、気がつけばこんな言葉を口にしていた。
ふれてしまえば幻のように消えてしまいそうな、そんな存在のはかなさを感じてしまったから。
今までに感じたこともないような思い。
自分でもバカらしい質問だとはおもうけれど。
「? ボクはどこかに行く予定は今の所ないですけど・・・・・・」
彼女は言い終えて、ふといたずらを思いついた子供のように笑っていった。
「いいえ。僕は月に帰らなくてはいけないんです。今夜は、満月ですから」
イエローは近くの岩にとびのりレッドを見下ろす。
「なんて・・・っっわぁ!?」
コケのはえた岩に足をすべらせてしまう。
頭からまっさかさまに落ちる。
レッドはとっさに手をのばしイエローの手をつかまえた。
しかしいきおいにはさからえず、2人して騒々しい音を立てながら川の中にダイブしてしまった。
2人は髪から水をしたたらせながらぼうぜんと顔を見合う。
「プッ」
「ハハッ」
どちらからともなく二人して笑いあった。
なにがおかしかったのかわからないけれど。
はりつめた糸が切れたように、ただ笑い続けた。
「イエロー」
「はい?」
レッドは手を、川におちた時からにぎりしめている手をもっと強くにぎりしめていた。
「月になんかオレが行かせやしない」
イエローの手を両手で包みこんでささやく。
「ぜったい行かせなんかしない」
ずっと一緒にいよう。
そうはいえない。
気恥ずかしくて。
自分にそういいきれるだけの決意は、多分まだないから。
いつもと様子のちがうレッドにイエローは首をかしげながら、ほほを朱にそめながらささやいた。
「よろしく、おねがいします」
月の光は明るい。
幻想的な蛍の光と静かに流れる水の音に二人はつつまれて。
「きれいですね・・・・・・」
「そうだな・・・・・・」
2人はおたがいに顔を見つめて微笑みあった。