(´・ω・`)「ウィルス・・・」 - 002
夢の狭間で 〜(2)〜
「はあーい! こんにちわー、ブルーちゃんどぇー・・・・・・」
トビラのむこうの物陰から、チャイムもおさずに入ってきた不法侵入者を見つめる瞳が二つ。
それと目があうと、それは興味深げにブルーをのぞきこんでいたが、しばらくするとその視線の糸を自ら断ち切った。
ブルーは無言でろうかを歩き、ドアを開けっ放しのレッドの部屋に入室する。
「あー・・・、なんだかわかったわ」
「ブルー」
部屋のすみを陣取って、トランプタワー三段目を完成させようとしていたレッドとグリーンはブルーを出迎える。
ブルーは二人の隣に―――トランプタワーを囲むように座った。
レッドとグリーンは真剣な表情でトランプタワーへと向きなおった。
グリーンの震える指先がタワーを完成させようと二枚のカードを頂上に導く。
トランプタワー―――ほんの少しのミスが崩壊へとつながる、ギリギリの緊張感が楽しめる、究極の現実逃避である。
土台がもろければつみかさなる重みに耐えきれず自己崩壊を起こし、上部が不細工ならば、はっきり言ってみすぼらしい。
まさに人生のようなはかなさ、まさにガラス細工の塔!
「それで、どうしてイエローはあんな事になってるの?」
「? どうしてもなにも、イエローがああなったのはブルーが原因だろ?」
「どうにかしろ」
「失礼なっ」
ブルーの右手がトランプタワーを振り払った。
―――ガラス細工の塔は粉々にくずれおちた。
グリーンは二枚のトランプを手に持ったまま、レッドはそれを見守る形で、それぞれ凍りつく。
「お、おまえ・・・!」
「なんてことを・・・!」
「ちょっと、怒ってるのは私なんだから! ・・・本気で怒らないでよ。わかったわよ、ごめんなさいってば」
いろいろ言いた気な二人をおさえこんで、ブルーはレッドの鼻先に指先を突きつけた。
「それはそうと、私は今回にかぎって何もしてないわ! 今回のこと、犯人はレッド、あなたよ!」
「おれっ!?」
レッドは心底驚いて自分を指さす。
ブルーはしたり顔でうなずくと、腕を組んだ。
「ほらー、あなたこの頃イエローにかまってあげなかったじゃない」
「かまって!?」
「そうよう」
「そういえばな」
「グリーンまで!?」
レッドは二人の意見に押されてたじろいた。
ついさいきん、二週間ほど前まで、レッドは自分の家どころかカントー地方にすらいなかった。
ジョウト地方で発生した「踊るカビゴン大量発生事件」の原因調査および事件解決を依頼され、ゴールドの家に居候していたからである
(本当は一週間もすれば事件は解決したのだが、ゴールドの母親はミーハーでレッドを気に入り、なかなか返してくれなかったのだった)。
そして帰ってきたのは昨日。
イエローにかまうどころか、きちんとあうことすら困難だったのは言うまでもない。
「かまってあげなかったから、イエローは野生に還っちゃったなよ!」
「ええっ!?」
レッドは弱りきって空をあおいだ。
・・・おれのせいなのか?
レッドは、この世の理では説明できない不可思議な物事は存在すると信じている。
目に見えないことでも信じるのだから、目に見える物は何よりも本物だ。
だからといって、じっさい目の前にあってしまった事とはいえ、いくらなんでもありえなさそうな現象を、ふと信じそうになってしまう
レッドは―――ちょっとダメな子だった。
しかし、信じきってはダメだ、と自分をふるいたたせる。
今にもくずれおちそうな常識の柱にしがみつき、レッドは反論を試みた。
「いや、まてまて。かまわなかったからって人間がネコもどきになるわけじゃないじゃないか。ははは、おかしいだろ」
「ふっ、あまいわね」
レッドの意見をいっしゅうし、ブルーは指先をたて宣言した。
「ポケモンが進化するこの御時世、人間が進化しないっていわれはないのよ!
言い逃れは聞かないわ! どれだけ言い訳を述べようと、つまりはあなたのせいよ!!!」
レッドは一呼吸間をとって、グリーンのほうへ向きなおった。
すがるようにグリーンを見つめる。
「・・・グリーン」
「おれが思うに」
グリーンはあさっての方向を向きポツリとつぶやく。
「イエローのあの状態は進化じゃなくて退化だと思うぞ」
「あ、そういえばそうね。えへっ、ブルーちゃん大失敗!」
「フッ、バカだな」
「あー、バカじゃないですわよーだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
レッドはしゃがみこんで頭をかかえた。
ふいに、二人だけの世界に突入しだした知人を見るに見かねた―――わけではなく、つまりはつまり、
この非現実現象を自分のせいとして認識しなくてはいけないという、なんとも頭の痛い話になってしまったからである。
助けを求め、思わずつかんだ藁は、実のところ鉛だった。
レッドは誰に言うわけでもなく、つぶやく。
「おれ、どうしたら」
「あら、簡単よ」
本人に言ったわけではないのだが、めざとく聞きつけたブルーは両手を打ち合わせて微笑んだ。
「つまり、かまってあげたらいいのよ」
両手を離していくと同時に、その茎の長い植物は姿をあらわしていった。
はたから見ると、両手から植物がはえていくように見える。
奇怪な現象と抜群の笑顔が融合した、絶妙微妙なコラボレーション・マジック。
そしてブルーからレッドへ、ネコジャラシが手渡された。
「どうやってだした」
「ノーコメント」
「よーし! これをつかえばいいんだな!?」
やけくそ気味にレッドは叫んだ。
もう彼女が元どおりになるなら、非現実とか常識とか不可思議とか、もうどうでもいい!!
レッドはイエローの前にネコジャラシを突きつけた。
どーん。
シャッと速度に強弱をつけながら横にネコジャラシを振ると、イエローの肩がぴくり、と動いた。
目はネコジャラシに吸いつき、いつでも飛びかかれるように体制を低くする。
「・・・いーな、これ」
「そうね・・・」
可愛らしさのあまり現状を忘れて和む二人。
もちろん、彼らの背後であきれたようにため息をついた彼は無視だ。
はてさて、日は暮れていく。
******
太陽が西の空にしずみ、東の空に満月がうかぶころ、レッドの家は白乳の光を照らしてそこにあった。
外から差しこまれていた光は、今では逆に外に光をはなつようになっている。
家の中からはかすかな談笑がこだまし、夜の闇をはねかえす優しい空気がそこに満ちあふれていた。
不幸の渦中の人にとって、その幸せそうな人たちは、実にまぶしいものであっただろう。
そして、幸せな人たちは不幸な人をさらに笑顔で突き放す。
「それじゃあ私達、遅くなってきたし帰るわね」
「ええ!? ちょっとまてよ、グリーン、ブルー!! イエローはどうするんだよ!?」
「勝手にしろ」
「ひでえ!」
―――幸せたちは帰宅した。
残された不幸は困った様子でネコを見下ろす。
ここ数時間の成果はあり、見つめても逃げ出したりはしなくなってはいたが、人間に戻る兆候はまだ見うけられなかった。
こっそりとため息をつき、夕飯の準備をするため台所へとむかった。
一人暮らしを始めてはや幾年、独り身のたまものでだいたいの料理はこなせるレッドである。
しかし時々カップラーメンなど、不健康食にこりだす時期があり、―――今でも台所のいっかくには季節限定、
地域限定のカップラーメンが山のようにつまれている―――栄養バランスはそこまで良いとはいえなかった。
冷蔵庫の中身から適当にみつくろった野菜と肉をいためる。
目分量で調味料を入れたわりには、香りたつおいしそうなチャーハンが出来上がった。
自分とイエローの分を平皿によそい、二人分をテーブルに置こうとして、そこではたと気付いた。
イエローである。
彼女は両手両足を使いゆかを歩く。
レッドは考える、―――そんな彼女に、はたしてスプーンはもてるだろうか、と。
眼下を見下ろすと、夕餉の匂いにつられてやってきたイエローが、見られていることに気付いてついとレッドを見返した。
自然と目がそらせない状態となり、・・・それでも先に目線をそらしたのはレッドだった。
無理だと、悟ったのだ。
弱りきって頭をかき、しばらく考える。
床に皿を置いて犬食いさせるという案は、それはちょっと人権問題に引っかかりそうだ、ということで即行で却下した。
しばらく考え込んで、レッドは名案が思いついたとばかりに顔を輝かせる。
イエローの分の平皿とスプーンを片手ずつに持ってイエローの目前に腰をおろした。
何のつもりだ、イエローは遠巻きながらも好奇心旺盛な目でレッドを見守る。
レッドはスプーンでチャーハンをすくうと、それをイエローにさしだした。
「ほらー、ご飯だぞー」
ぎこちない笑顔とスプーンの先のチャーハンを交互に見つめて、
イエローはやっと、コノヒトがエサをくれる人だと認識したらしく、ゆっくりと近寄ってきた。
パクリとスプーンに口を運んだ彼女を見て、レッドはホッとした。
ふたたびスプーンでチャーハンをすくいながら、ふとレッドは彼女の唇を見た。
―――彼女の唇からのぞいた、とがった八重歯を。
・・・・・・不用意に近づいていたら、かまれてたんだろうなぁ。
レッドはドキドキしながら彼女の口にチャーハンをはこぶ。
そして、女の子と二人っきりのわりには、色気なんてかけらもない夕食は終わりを告げた。
******
「やっと寝たよ」
おなかいっぱいになったら眠くなったらしく、イエローはソファの上で丸くなって眠ってしまっていた。
あと数十分したら明日になってしまうこの時間、レッドは眠気をかみ殺しながらイエローに近づいた。
もちろん、彼のベットを彼女に提供しようと考えたからである。
レッドはイエローを起こさないようにそっと抱き上げた。
―――かるい。
彼女をベットに横たえながら、レッドは考える。
―――こいつ、何キロだ?
肉つきも良くないし、やわらかいし、――――。
レッドはあわてて、そこで思考を停止させた。
鼻の頭をかきながら、てれかくしにこう結論づける。
―――こいつ、もうちょっと太るべきだ。
本人が聞いていたら激怒したのは言うまでもない。
しかし彼女は夢の中。
電気を消せば夜のとばりが降りてくる。
彼女の規則正しい寝息と、時々のうなるような寝言に耳をすませながら、レッドは目を閉じた。
―――何でこうなったんだ、か・・・・・・。
レッドは深い眠りのそこに落ちながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。