(´・ω・`)「ウィルス・・・」 - 003



夢の狭間で 〜(3)〜




「そうだよなぁ。犯人はお前以外に考えられないよなぁ」

レッドはオルトの襟元をつかみあげながら怒気を抑えた口調で言う。
オルトはそんなレッドの剣幕に意をかいした様子もなく、爽やかな笑みをうかべた。


「えー? どうしてこんなかっこうだって? HAHAHA、気にするな! 僕って色白じゃないか? やっぱり黒い服が似合うと」
「きいてない」

うすら笑いをうかべていたオルトは急に真顔になって、レッドに指先を突きつけた。



「だいたいねぇ、ブルー君も言っていたが、事の原因は君じゃないか!」

指紋すらみとめる事ができる距離に指先をつき付けられて、レッドは頭に疑問符をうかべながら、たどたどしく口を開いた。




「げ、原因って、おれの願いごとのこと?」











********











そう、それはオルトが願いかなえようと宣言した、あの時までさかのぼる。



「ええっ、ね、願い!?」

オルトの申し出に、レッドは数歩あとずさり―――は、できなかった。
彼は今、椅子に座っているのだ。
それでも気持ち的には数十歩あとずさりをしてオルトの笑みを見つめる。

これは、なにか、とても奇妙な事になってきた、とあせる気持ちで思う。


「ほら、魔法のランプの話って知ってる?」

オルトが左手をかざすと、その手にはいつのまにか赤光のランプがにぎられていた。
どうにも使い古されて垢じみているかんのある古いランプだ。

オルトがそのランプをこすると、ランプの口からもくもくと視認できる煙がわきおこり人型をかたどる。
筋肉質な男性の上半身がランプの口から糸をひいて出てきていた。


「彼が自らをランプから出してくれた者に三つの願いをかなえさせるように、
僕は僕を夢見たものにたった一つの願いごとをかなえさせるってわけだよ。わかりやすいだろ」

何が得意なのか、自慢げにオルトは語る。



「と、いうわけで、願いごとをギブミー」

レッドは深く考えているようで、腕を組んでじっとしていた。
オルトはだまって彼が口を開くのを待つ。

やがて秒針がまるまる一周するほどの時間が過ぎ去った後、レッドは両手を打ち合わせた。


「あっ、だから『夢の魔神』なんだ!」
「って、願い事考えてたわけじゃないんかい!」

オルトは手首のスナップをきかせて手の甲をレッドにたたき込んだ。
ぞくに裏手ツッコミパンチという、対人戦用の妙技である。







「・・・おれ、ここまできちんとツッコまれたの初めてだ」
「ああ、ああ。ぼくもここまできちんとツッコミ役にまわったのは初めてだよ。
ツッコミは僕の相方の専売特許だっての。
ったく、なんなんだ、今回のキャクは。どうにかしてこの話を長引かせようとするイブリーズの意志を感じるぞ」


オルトはふかぶかとため息をつくと、気を取り直して、とつぶやいてレッドの顔を見上げた。

「ほら、願い事いえっての」
「えー・・・願い事っていわれても、とくに無いしなぁ」
「いーから言え」
「んー・・・」


ふたたび、オルトはため息をつくと渋面を作って、頭痛に耐えるように眉間に人差し指と中指を置いた。




時々いるのだ、こうゆう人間は。
彼らは自らの夢をかなえるためには自分の力を用いて行うしかない事を知っている。
だから、他人の力を借りる事はあっても、任せっきりにすることはない。
そういう考えすらない。

そんな人間がいる事を悪い事とは言わない。
しかし、その夢をかなえる自分たちにとって、それはちょっと厄介なのだ。



「ったく、しまいにゃ泣くぞ」

オルトが本当に涙まじりにそうつぶやいた時、ふいにレッドが口を開いた。

「あ、そうだ。イエローだ」
「えっ、なに何? イエローって女の子!? お兄さん、恋のお話大好きだよ!」


ついさっきまでの意気消沈はどこへやら、急に元気になったオルトはレッドの顔ににじり寄った。
はな息あらく問いかける。


「女の子だよね!? ・・・そうかそうか! って事はなに? 彼女!?」
「ちがう。イエローは仲間だよ、仲間」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇー?」
「・・・なんだよ、そのすっごい間は?」
「べぇつぅにぃ?」


レッドはうんざりした。

誰か女の子と一緒に歩けば恋人だと勘違いされ、一緒に話していると彼女だとはやしたてられる。
なぜだ。
はっきりいって、わずらわしい。



にやにやといやらしい笑みをうかべるオルトは無視を押し通すことに決めて、レッドはオルトに願い事を告げた。









「おれのかわりに、イエローの願い事をかなえてやってくれよ」

















*******
















「『あいつ、けっこう幸薄そうだし』って君が笑顔で言ったときは、僕のテンションは三段階はさがったね」
「はぁ・・・」

適当に生返事を返しておいてレッドは頭をかいた。

今回のこと、誰も彼もがおれのせいだという。
ということは、身に覚えはないとはいえ、やはり自分のせいなのだろう。
・・・いや、でも、身に覚えがないのに、自分のせいだと考えるのは、なにかおかしくないか?
というか、おかしい。
おかしいぞ!
おれは今、誰かにおとしいれられようとしているのでは!?


「いや、違うだろ」

律儀に自分にツッコミをいれておく。


思い返せば、彼は身に覚えがないのに、自分のせいだとされる出来事をなんども味わってきていた。
今回も、その一つだろうか、とレッドは考える。
―――よくよく考えれば、それはぜんぶ女の子関係のトラブルだった。
まず間違いなく、彼にも原因があるのは言うまでもない。
ただし、本人は気付いていなかった。
それどころか、わずらわしいとか思っていた。
罪づくりな男だ。


そんなこんなで、レッドの長考は続く。

そうだよ、イエローがネコもどきになったのは、
おれがオルトにイエローのかわりに願い事を聞いてもらうように頼んだからだ―――と思って間違いないハズ。
そして、イエローがネコもどきなるきっかけは、おれがイエローをかまわなかったからで―――。
・・・かまわなかったからネコもどきになるって、わけわかんないじゃないか。
かまって欲しいなら、かまって欲しいっていうはずだよな。




・・・・・・そうかっ。




そういえば、いつか陽だまりにいるニャースをきもちよさそうだって言ってたっけ!

「・・・イエローは自分がネコになりたいって願」
「アホか」


セリフを瞬殺されて、レッドはそれをした主を見つめる。
オルトはふかぶかとため息をついて、眉間を人差し指と中指でおさえた。
どうやらくせらしい。

「あのな、お前がどういう経過をたどってそういう結論に至ったかぼくはわからないがなぁ。すこし言わせてもらおうか。
彼女はネコもどきになることなんて願ってない。
あの姿になったのは彼女の願いの結果に過ぎないんだよ!
よくよく考えてみろよ? 考えろよ? 考えたな? わかったか!」
「いや、まったく」
「あほー!!」



彼はそうすごい見幕で叫んだ。
その見幕に押されて、レッドは二、三歩後退する。
少々たどたどしい口調で、レッドはオルトに尋ねた。

「じゃ、じゃあ、イエローはいったい、どんな願い事をしたんだよ」


オルトは顔を動かさず、目だけでレッドを見た。
ちょうど横にらみされているような姿勢をとられ、失言したのだろうかとレッドは懸念する。
にやり、と―――。
オルトの口端が持ち上がった。
それを見た瞬間、レッドは―――・・・・・・。
































「いや、言えないし」
「・・・・・・はっ?」
「ほら、客の願い事いっちまったらプロとして失格じゃん?」
「・・・・・・」
「じゃん?」
「・・・・・・」

ついさっきまでの気迫がうそのようなその身の返し方に、レッドはうっすらと怒りを覚えた。
そんな彼の姿を面白げにながめ、オルトはうすら笑いをうかべたまま小さく息をはいた。





「ったく、お前らは」

















**********
















「もう、どうでもいいや。とにかく願い事をギブミー」
「ね、願い事ですか? そんな事を急にいわれても」

目前で慌てふためく少女にオルトは笑いかけた。

『女性には 皆平等に 愛を蒔け』をジン生の俳句にしたためているこの青年は、男とは雲泥の差で女に優しい。
目前の少女は小麦色の髪を左右にゆらして困ったような表情をその顔にうかべていた。




少女の名はイエロー。

どことなく幼いかんを強く残している少女である。
身長もその年頃の平均身長に比べてやや低く、女らしい体の曲線もまだまだ未発達―――十を過ぎたころから女っぽくなる
この地方の少女の中では珍しいタイプだ。
しかし、顔立ちはまあまあだし、小動物系の可愛らしさ、というのだろうか、そういう良さがある。
希望的観測をのべれば、五年後にまた会いましょう、といったところ。



―――以上、オルトのイエローへの第一印象での評価だ。

オルトがすすめたバラの刺しゅうと、同じくバラの細工が入った豪奢な椅子を、
思案の末、丁寧に辞退したイエローはふいに両手を打ち合わせた。

「ああ、そうだ! レッドさんに私の代わりに・・・・・!」
「・・・イエローちゃん、ぼくの話きちんと聞いてた?」

眉間に人差し指と中指を当てて頭痛に耐える青年に、イエローはあわててあやまった。

「で、でも、願い事といわれても・・・」
「・・・何かないかな? 何でもいいんだよ。
こんなふうになりたい、なったらいいなぁ、そんなことでいいんだ。
永遠に続く命。使いきれない大金。時をとらえる術ですら、君が望めば手にはいる。

・・・人の心をね、操る事もできるよ」



その言葉に含まれた真意を感じ、イエローはハッと顔をあげた。
オルトのおだやかな視線をとらえ、その奥にあるものを一瞬かいま見た気がした。

「オルトさん、いい人ですね」

イエローはニコリと微笑む。

「あのランプの魔人のように、私があなたの自由を願ったら、あなたは幸せになれますか?」

オルトは一瞬言葉を失い、その口にいやらしい笑みをうかべた。

「ぼくがいい人? 笑えるね。イイヒトが君の思い人をあやつるように助言すると思うのかい?」
「何よりも他人の幸せを望んでいる人が、悪い人だとは私は思えません」

たいしてイエローは断定的な口調でそう返した。


オルトはふたたび口をつぐみ、やがて愉快そうに口を開いた。

「けっさくだ」
「あなたが私にそう助言したのは、私がそういう願い事を必ずしないと知っていたからでしょう?」

オルトはハハッと口をあけて、たいそう楽しそうに笑った。
イエローの姿を見、その背後の姿を見つめた。

「君はどこか僕の相方に似てるね。まったく逆の性格だけど、心根のほうでどこか似ているところがある。
ハハハ、久しぶりに彼女に会った気がしたよ」


イエローに重なるようにしている彼女は、しかしイエローとは全くの異形の漆黒の髪を腰までたらしていた。
同じく漆黒の瞳に見つめられて思わずたじろいだオルトは、それが実はイエローの瞳である事を知った。

イエローは首をかしげてオルトの顔をのぞきこんでいた。

「それで、自由になりますか?」
「―――いいや。ぼくの自由になる条件って、人数制なんだよねー。いやになっちゃうっつうの!!」


肩を落とすイエローに手をかけ、オルトはその肩を思いっきりゆさぶった。

「うわわわわわわ!?」
「もうっ、きみものすごーーい良い子ちゃんだから今回はとくべつに見かえりを求めないでいてあげよう! さあ、いえいえ!!」


イエローは目を回していたので話を聞いていなかった。
ただ、ぼんやりとした頭の中、脅迫じみた言葉に導かれるように、ポツリと本音が口をすべる。

「・・・一日だけ・・・・・・」
「ん?」


「『こんなふうになったら』って話でですよ。このごろレッドさんと会っていないから・・・」
















*******














「『・・・たった、たった一日だけ・・・・・・・』」



オルトがつぶやいた声に反応して、レッドは顔をあげた。
ブルータイプのこの男は、どうやたら一言ギャフンといわせられるか考えていたのである。
そして見た。

オルトの体が登場の時よろしくにライトと白煙につつまれているその姿を。


「それでは、願い事も無事かなえ終わったわけだし、ぼくはそろそろ撤収さ! ああ、愛しのメタ! はやく君に会いたい!!」
「こ、こらっ、ちょっと待てよ!」


レッドはオルトをひきとめようと近づく。
しかしレッドの体は『まるで夢の中のように』走っても走ってもいっこうに前に進まなかった。

レッドはやけくそ気味に叫ぶ。

「おれは一度お前にギャフンと言わせないと気がすまないんだぞ!」
「ギャフン」
「わあー!! 言ったなぁ!?」
「言ったさ!」





オルトは笑いながらレッドに手をふった。
その手がうっすらと白く透明に輝いていく。

「君も、あの子も、なかなか子気味好い子だったよ」


そうとだけ言い終えると、音を立ててオルトの背中から翼がはえた。
息を飲んだレッドだったが、その翼が実はパラグライダーの翼だと知って、ちょっと落胆した。






「それじゃあ、風と共に去りぬ!!」

あたり一面を白光が支配した。



















*******


















目に強烈な光を感じ、レッドは目覚めた。

どうやら朝日らしく、カーテンからもれた光がちょうどレッドの目のところに当たっていたらしかった。



「んー・・・。なんだか、変な夢を見たような・・・」

前髪をかきあげて低くうなり、レッドはベットから身を起こす。


桜が散りさって幾日過ぎたこの時節。
とうの昔に身をひそめた、つきさすような朝の寒さは、やがてくる夏の到来を予言していた。

レッドは目線をあげる。
そこで、目があった。



驚愕の表情をうかべたイエローが、レッドのベットから上半身をおきあがらせた姿勢で、まばたきもせずに彼を見下ろしている。
二人は二の句も告げず、互いに見詰め合っていた。


しばしの沈黙の後、ポッポの鳴き声に触発されるように、レッドは、自分でも間抜けな声を出した。




「お、おはよう」
「おはよう、ございます」




ふたたび訪れそうになった静寂にたえきれず、イエローは早口で口を開く。

「どうしてぼくここにいるんですか?」
「・・・もしかして、覚えてない?」
「はい?」


ためしにネコジャラシを手に持って左右にふってみた。
イエローは反応してじゃれつくどころか、わけのわからないというようにけげんな表情をうかべてレッドを見守っていた。

彼はきまり悪そうにネコジャラシを壁に投げすて立ち上がる。



「ま、朝ごはんでも作りながら説明するよ」
「あ、手伝います」



二人のはずむ会話と楽しげな笑い声がトビラの奥へと消えていった。








そんな二人を見送った後、音もなく、大気をふるわす風がそっと窓を開けた。


やわらかい、夏の香りがまざりはじめた風が部屋の中をわたり、夢の残り香をのせていくようにそっとカーテンをゆらした。