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ハイヒールネックレス
唯一の菊治から冬香へのプレゼント。ホワイトメタル製。ホワイトメタルとは錫やアンチモンを主成分とした合金で、白っぽく艶がなく、柔らかい金属である。メタルフィギュアやガレージキットの材料として使用されるもので、いわゆる貴金属ではない。推定価格数千円。冬香はこのネックレスを大変気に入っていたらしく、菊治と逢うときにはいつも「ぶらさげて」いた。なお、一般的にこの形のアクセサリーは「ネックレス」ではなく「ペンダント」と呼ばれる。蛇足ではあるが、妙齢の女性に対してここまで相手を馬鹿にするようなプレゼントを渡せる菊治は、ある意味賞賛に値すると言えよう。なお、このハイヒールの「ネックレス」は菊治によると「欧米では幸せを呼ぶとされている」そうだが、その後の冬香の無様な死に方を見るに、なんの効用もないことが判る。
首絞めセックス
夫との性生活に不満を抱えていたと思われる冬香(口癖は私、貴方と・・して初めて)が愛好したプレイ。懇願した冬香の気持ちに答えようと、菊治が「ならば殺してやる」と一気に絞めつけたため、冬香は命を落とす。冬香の死に中々気付かない菊治は引き続き冬香の膣口に陰茎を挿入する、「今までも死ぬことはなかった」とつぶやくなど、短絡的かつ感受性が鈍い性格の一端を披露。
『虚無と熱情』
菊治が15年ぶりに書き上げた小説。当初は「考えに考えた末」三角関係の果てにすべての女に去られる話を書くはずだったが、完成したのは菊治と冬香を模したと思われる無意(むい)と満子(みつこ)の出会いと別れの話になっていた。原稿用紙400枚の「長編」小説。推定されるテーマは射精時の虚無感。完成後原稿のコピーを渡された冬香は、入江家の子供部屋のベッドの下に隠して少しずつ読む。菊治はその「巧みさ」に舌を巻く。その後菊治に原稿を返したという記述がないので、ベッドの下に置きっぱなしの可能性もある。
白いスリップ
唯一、菊治が認める下着。これ以外の下着を身に付けていると「何もつけてはいけないと言ったろう」と菊治は立腹する。
エクスタシーは文化
性的興奮の頂点であるオルガスムを、作者は「エクスタシー」と言う広範囲な語義を持つ言葉に置き換えて頻用し、セックスで女をオルガスムに導くことが出来るかどうかで「知った人=性のエリート」と「未だ知らぬ人=生殖行為のみ行う劣等生」にわかれる、としている。オルガスムに導くためには、男の「優しさ、根気、テクニック」と、女の「溺れこみ」が必要で、この部分を「文化」としているのだろう。ただ、この考察は些か飛躍があり、異論も予想される。作品では、菊治とのセックスによって初めて快感を得たという冬香の証言を挿入しながら、知った人というのは勿論菊治、知らぬ人は3人も冬香との子供をもうけた冬香の夫に代表される社会的エリート、と位置付けていると思われる。
浴衣
菊治が萌える。冬香はハイヒールネックレスを浴衣の襟元に覗かせ、帯で腰の辺りをきつく縛りウエストを強調した年甲斐のない半端な着付けで菊治の好評及び周囲の失笑を博す。
おわら風の盆
富山県八尾町の祭り。9月上旬に行われる。ここの独特の踊りを思わせる冬香の所作(踊るときの外陰部)に、菊治は惹かれる。菊治と冬香が訪れる約束をしていたが、うっかり8月上旬に冬香を殺してしまったため、約束は果たせなかった。もっとも、菊治は冬香の踊りに期待していたようだが未婚の若い男女しか踊れないものであるらしい。
菊治のマンション
二人の主な逢瀬(セックス)場所。場所は東京の千駄ヶ谷付近で家賃は月10万円と激安。間取りは当初設定と場面設定で大きくずれることが多く、1LDKのはずなのに書斎と寝室があったり、突然ドアが現れたり、盛大に伸びたり縮んだりする異次元空間。管理人居住。週2回は家政婦が来て雑事をこなす。菊治の収入、貯金額から推定するに、この設定も多少異次元なものといわざるを得ない。
小田急線新宿駅のホーム
小田急デパートと一体の屋内施設で、かつ、終着駅のため電車は通過しないにも拘わらず、何故か外からの風が吹き込む異次元空間(箱根一泊旅行時の出来事)。
四谷荒木町のバー
菊治の行きつけの店。耳年増なママとセックス時のエクスタシーについて議論することが多い。菊治のややもすれば見当違いと思われる見解についても、ママは大抵同意する。これが一般的に言われる「営業トーク」であることに気付かない菊治は、お世辞をまともに受け取り良い気分になるようである。作者の習性上、妙にリアルな描写がある場合は実体験に基づく事が多い。そういう点から考えると、この恐ろしいバーもどうやら実在するようだ…
不倫純愛
作者が主人公菊治を通していう、愛の最も純粋な形。結婚生活は打算の産物であり、不倫の間柄こそリスクを伴って尚且つお互いの心身を深く愛し合うという点で純愛と言うらしい。無論作者が愛の流刑地ではその典型的な例として主人公二人を描こうと意図していることは間違いない。しかしながら、作中ではセックスの快楽を知った女が一方的に愛人に隷属する様のみ描かれ、両性の心が交流している所までは描かれておらず、作者の言わんとしていることを一見して理解するのは難しい。作者の言う愛とは互いの人格などを排除し男女の性器を合体させるセックス行為そのものである、と見方を転換することで全体の理解が容易となる。因みに古来より不倫カップルが「我々のは他と違って純愛だ!」と主張するのは世の常である。
逢瀬時の冬香の行動
セックスに伴ってシャワーを浴びるなど、体を清浄にする記述がほとんどない。特に冬香は、コンドームなしの膣内中だしセックスで、また体のあちこちを舐めまわしあっている状態であるにもかかわらず、セックス後はすぐ下着を着け、髪を整える程度で「手早く」身支度を整えている。怪しげなニオイが漂う体のまま、混雑する駅や電車内など人ごみに揉まれて菊治のマンションと自宅間を往来するのは「躾の行き届いた」主婦としては想像を絶する行動である。また時間はほとんどセックスに充てられ、来てすぐ自ら下着を脱いでセックスし、セックス後は水一杯飲むことなくまさに仕事が終わったかのように身支度を整えた後はさっさと菊治のマンションを去ることも「古風な」彼女の特徴である。また、ベッドに入るときは足元から屈んで入る、中腰で浴衣を羽織り、そのままバスルームに消える、などずいぶん器用で不気味な行動が見られる。
セックス時の冬香の絶叫
「つらぬかれてるう」「殺してぇ」「いくわよう」など、特殊なものが多い。
ボイスレコーダー
冬香の誕生日に二人で箱根に宿泊した際に初出。また、冬香が死ぬことになる神宮外苑花火大会見物後のセックス時にも再び使用している。録音内容は、セックス時の冬香の絶叫。いずれも冬香に黙ってセックス前に枕の下に忍ばせている。菊治はこれを使用し頻繁に自慰を行うため、逮捕後も頻りにレコーダーを所持したがる記述がある。また、このレコーダーの録音内容には、首絞めセックス時にに冬香が必ず言う「殺してぇ」が含まれていることから、冬香が死を望んでいたという重要な証拠物件にもなる可能性がある。しかしながら、挿絵から推定されるレコーダーの性能から、作中に書かれているような音声を再現することは困難で、また、冬香の絶叫も作中で変遷(例:「いくわよう」から「ごめんなさい」)しており、このレコーダーが使用されている場面でのリアリティを醸成できるものかどうかは不明である。
「・・・」
菊治に絞殺された冬香が裸の亡骸を横たえながら菊治に答えるさま。菊治は死んでしまってものが言えなくなった冬香が菊治の行動を無言で肯定したかのように都合のよい解釈をする際に使っている。また「・・・」のセリフ(?)と共に冬香が微笑んだり、微かに頷いたりするのも特徴的である。
チョキが直角
菊治が好んでした体位。仰々しく挑むのではなく優しさのあるものらしいが、詳細は不明。一度挿絵に登場した「チョキが直角」は指を交差させた図であった。
ブランディでワカメ酒
菊治が冬香に試したセックス技の一つ。ワカメ酒とは女性の陰毛をワカメにみたて、陰部に注いだ酒を吸い取る技である。菊治によれば「全ての男が一度は夢見る美酒」。使用した酒はアルコール度数の高い(40度〜)ブランデー。(註:度数の高いアルコールは外陰部の粘膜を確実に傷つけて強い痛みを伴うため、素人は真似しないほうが良い。)酒に弱いと自称する冬香は「いい・・・」と余裕たっぷりで医学的事実と異なる言動をしている。なお、作者は元医師であることにも着目したい。また、ブランディの表記は一般的なもの(ブランデー)とは異なる点も特異である。
「勝ち犬の勝ち犬」
菊治の殺し文句。誕生日の箱根への不倫旅行の際、宿泊した竜宮殿のディナーで、菊治が冬香に対して「君は勝ち犬の勝ち犬さ」といって若者文化にも好奇心旺盛なできる男を演出するが、残念ながら死語に近い。意味は「結婚して、子供がいて、しかも彼氏がいる」。しかし「勝ち犬」たる冬香は情交中に絞殺、とその言葉と相反する末路になってしまった。言葉は酒井順子の「負け犬の遠吠え」から発想されたもの。酒井は引用を喜ぶコメントをFRaU誌上に発表している。
「性のエリート」
菊治の自画自賛。『虚無と熱情』の原稿を渡すとき、菊治は冬香から親しい友人がなく孤立している身の上を聞かされる。菊治も同様に親しい友人がなく孤立したままセックスにのめりこむだけの日々を送っている。孤立している存在である状態を、孤高もしくは至高の存在、とすり替えることで、「自分たちこそまさしく性のエリートである」と自惚れる。なお、「性のエリート」は、失楽園でも登場している。作者が気に入って使いまわしていると思われる。
国選弁護人
裁判所が弁護人を選任する制度。費用は原則として国が負担する(憲法37条第3項、刑事訴訟法第36条)。 しかし国選弁護人がつくのは起訴後被告人になった段階からであり、逮捕後の取調中、被疑者の段階でつくことはない。にもかかわらず逮捕後の取調べの段階の菊治に北岡弁護士がついたのは単なる知識不足なのかそれとも、当番弁護士制度(被疑者が希望すれば初回に限り無料で24時間以内に弁護士が駆けつける弁護士会のボランティアによるシステム)と取り違えた考証ミスなのか不明だが、どちらにせよ小説世界 のリアリティをそいでしまったといえよう。
死体検案調書
前作「失楽園」のラストは心中した二人の死体検案調書をそのまま掲載する形であったが、今回は刑事が尋問の過程で菊治の精神的動揺からの自白を引き出すため冬香の司法解剖の所見を読み上げる形で使われている。「失楽園」の場合は元東京都監察医務院長の上野正彦氏に設定を話して作成してもらったと上野氏が著書で述べているが今回もそうであろうか。上野氏は「失楽園」について「私が書いたら【あー、えがった】の1行で終わるセックスシーンを延々と書いておられる」と感想を述べているが、今回はどう評されるか見物である。もしかしたら「愛の流刑地」のラストを飾るのはひとり湖からあがった菊治の死体検案調書であろうか?
なのか
菊治の発言および地の文で多用される文末表現。連載開始当初は伏線を暗示する表現、もしくは物語の語りが透明な三人称ではないことを示すための表現と思われたが、伏線が一切存在しないことが明らかになるにつれ、単に作者の自己中心的、自己完結的な性格を示す表現との解釈が現時点では一般的。用例:「待受にピースサインで笑う三人の子供が映っているが、冬香の子供達なのか」「黒くて大きいのは黒鯛で、その横は眼張なのか。さらに甘鯛があり、ホウボウがいて、青みを帯びて輝いているのは鯖で、手前のやや小振りなのは鯵なのか」
お臀(おしり)
冬香と初めて出合ったときから、菊治が注目していたところ。まあるい。
花蕊
女性器の隠喩。一般的には「かずい」と読むが、本作品においては「かしん」とルビを振られる。
花水木
菊治の好きな花。あれほど念入りに約束したのに何故かすっ飛ばした花見のあと、自宅の窓から葉桜を見ながら「桜より花水木のほうが好きだ」と思う。花水木ときいて「白くて、優しくて・・・」そして「樹液の多い」様から冬香を思い出し、次の逢瀬の際に本人にもそう伝え、「そんな・・・」と絶句させる。
快くなる
性的快感を得ること。本作品では「よくなる」と読む。
2005年10月12日(水) 23:08:36 Modified by ainorukeichi