1-556 那月懐かれ 小ネタ

 これは、中学のときのとある一幕である――

「那月、ゲームしないか?」
「……しない」
 堅悟は那月と一緒に遊べるものをと、誕生日にゲームを買った。ソフトは
その頃に人気のあった格闘ゲームで、簡単なボタン操作で技が出せ、コンボも
繋げやすく爽快感が高いと評判であった。
 それならさすがの那月もとっつきやすいだろうとそれを選び、買ってもらった
次の日、意気揚々と那月の家へゲーム機本体とソフトを持っていって誘った。が、
結果は上のような返答であった。
 さすがの堅悟も肩透かしを喰らった。台所の方から那月の母である妃月(ひづき)
のくすくすと笑う声が聞こえた気がした。きっと今は、那月と瓜二つな顔でにこにこ
しながらお昼の準備をしていることだろう。
 那月はリビングでくつろいでいた。クッションを抱え、深く身を沈めるように
ソファに丸くなって座っている。堅悟に顔を向けず返答した那月の視線の先には、
二頭身の動物をモチーフにしたキャラが動き回るアニメが映っており、真剣な眼差しで
観賞している。
 学生の休日としては実に不健康である。今からゲームをしようとしている時点で
不健康ぶりはどっこいどっこいであるが。とにかく那月を誘えない限り堅悟としては
ゲームを買った意味が無い。さて、どうやって喰い付かせようかと模索し、一つの
アイデアを閃いた。
「じゃあこうしよう。そのゲームで那月が勝ったら、今日の引っ付きタイムは延長しよう」
 那月の耳がぴくっと動いた気がした。抱えたクッションを裏表を持ち替えたり、
こちらをちらちらと見始める。
 掛かった。堅悟は更に畳み掛ける。
「そうだなぁ……。それじゃあ那月が一勝するごとに一分延長でどうだ? 全部で十回勝負、
お前が全勝すれば十分延長だ。どうだ、やらないか?」
「やる」
 即答だった。いつの間にか堅悟の腕の中にあったゲーム機を引っ手繰っており、
テレビに接続しようと四苦八苦していた。
 ――そんなにいいのかねぇ……。
 本当に那月は抱擁されるのが好きだなぁと、堅悟は呆れ半分照れ半分でビデオデッキに
ケーブルを接続しようとする那月へと歩く。
「堅悟、映らない」
「当たり前だ馬鹿。これはこっちに繋げてだな――」
 こうして那月と一緒に肩を寄せ合い圧し合いしながらゲームを繋げていった。妃月の
鈴の転がるような堪え笑いが聞こえた気がした。

 ――しかし、その後。
 ゲームを始めると、お互いゲーム初体験ということでぎこちない動きでどっこい
どっこいな結果になると思ったが、本々の才能か、はたまた欲に駆られてからか、
那月は鬼のような強さで全勝した。最後の勝負なんて開始直後、先手で打ち上げた
那月のキャラがその後エリアルコンボで繋げ、堅悟に為す術などなく逆に清々しく
なるほどのパーフェクトKOを収めた。
 堅悟は唖然としたが、約束は約束なのでその日の抱擁タイムは十分延長となった。
 余談だがその日のお昼、堅悟は那月の家でご一緒した。その時に妃月が、
「ゲームで無理なら現実で那月に寝技かければ?」
 とそっと耳打ちし、堅悟は口に含んでいたご飯を盛大に噴き出した。
 妃月は色々とぶっ飛んでいた。そこらへんが那月の母親だと堅悟は深く納得している。
 だが話はこれで終わらず、その後も那月は味を占めてかゲームをしようと逆に誘い始めた。
もちろん最初に堅悟が提示したルール付きで。堅悟もリベンジも込めて挑戦したが、一度と
して勝つことはなかった。むしろどんどん那月は強くなっていった。試しに他のジャンルの
ゲームでも勝負してみたが結果は同じであった。
 そんなわけで、一勝で一分延長のルール付きでゲームすることが禁止になるのに時間が
掛からなかったのは言うまでもない。それ以来、時々遊ぶときにしかゲームは引っ張り
出されなくなった。

 ――この出来事がきっかけで数年後、那月が隣町にある大型ゲームセンターで、
あらゆるレコードのトップに君臨する謎のゲーマー『NATSUKI』となることは、
このとき誰も知らない。

「……いい加減機嫌直せ」
「むぅ〜」
「はあ、どうしたらその口は引っ込むのかねぇ」
「じゃあ……お風呂、一緒に入る」
「……お前なぁ、中学生になったんだから一緒に入るのはさすがに」
「むぅ〜〜っ」
「わぁかった分かった! ……今日限りだぞ?」
「やったっ」
「全く……」
「堅悟、大好きっ」
「……ああ、俺も好きだよ」

 ――その頃から二人の関係が少しずつ変わり始めることも、誰も知らない。
2008年07月20日(日) 12:54:10 Modified by amae_girl




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