2-621 「I Just Called To Say I Love You」3

付き合い始めて1ヶ月。
私―高木真秀と、隼人くん―仲澤隼人の仲はずいぶん進展した。
すでに何回かデートも重ね、手だって平気で繋げるようになってる。キスはまだだけどね。
隼人くんの手って、大きくて、あったかくて、安心するんだ。えへへ。
      • ま、まあそれはともかく。最近の私にはちょっとした悩みがあるのです。
それはずばり、彼が私のことを名前で呼んでくれないこと!
私は最初から名前で呼んでるのに、隼人くんだけ呼んでくれないなんてずるいと思わない?
そのことを言ってみたら、
「いや、恥ずかしいから」
って。私のことを夢に見たりしてる癖に、そんなことで恥ずかしがるってどうなの?男の子の気持ちはよく分かんないなあ。
まあ、これも私たちのペース、ってやつなのかも。とりあえずそう思って自分を納得させた。

週末。
隼人くんとのデート。これで通算8回目くらいかな?
いつもの駅前で待ちあわせ。私、この時間が一番好きかもしれない。
隼人くんを待ちながら、その日のデートについてあれこれ空想を巡らす。そうして隼人くんの顔を見ると、すごく幸せを感じるの。
今日はちょっと遅刻気味みたい。今日こそ、名前で呼んでくれるといいな・・・
そんなことを考えてると、突然見知らぬ人に声をかけられた。

「あの、ちょっとお時間宜しいでしょうか?只今こういうアンケートをしておりまして・・・」
「は、はぁ」
やばい、変なのに捕まった。この手のって大体ロクなのじゃないのよね。
あ〜あ、せっかく、楽しい気分に浸ってたのに。始まってもいないデートの出鼻を挫かれるなんてもう最悪。
      • だんだん怒りが湧いてきた。
ちょっとお時間宜しいでしょうか、って何よ。私は今隼人くんのことを考えるのに忙しいの!そんな時間あるわけないでしょう?
どうやって名前を呼ばせようか、って全力で考えてたとこなの!
そんな感じで話なんかもう上の空で。
「えー、ではちょっとあちらのビルに来ていただけますかね。まあすぐ終わりますんで」
え!?
ちょ、ちょっとやばいって!どうしよう、逃げたほうがいいのかな?これ。
どうしたらいいか分からず、戸惑うことしかできない。やばい、誰か助けて!

「真秀っ!」
駅の方から声がした。
この瞬間、私がたぶん誰よりも、何よりも望んでいた声・・・
(隼人くん!)
「この人と待ち合わせしてたんで。すみませんが、お引き取り願えますか。」
うわ、なんかめちゃくちゃカッコ良すぎ。もう普段の10倍くらい。それに名前!名前!呼んでもらえた!きゃーーー!
そうして浮かれてるうちに、アンケートの男は多少悪態をつきながら無言で去って行った。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと、ねえカッコよかったよ?」
「え?、あ、いやこんなの当然の務めというか、彼女が危ない目に遭ってたらこうするのが当たり前というか」
少し慌て気味になる。ちょっと追い打ちをかけてみよ。
「ねえ、名前で呼んでくれたよね?」
「う!あれはその・・・勢いでというか、思わずというか」
「ん〜?じゃあ今日はその勢いで、1日中名前で呼んでみようか」
「え!それはちょっと」
「遅刻した上、可愛い彼女を危ない目にあわせたのは誰かな〜?」
「ごめんなさい、呼ばせていただきます」

こうして、名前で呼んでくれることになった。多少強引なのはこの際気にしない。
そして、実際に名前を呼ばれてみると・・・やばい。
真秀って呼ばれると、何も考えられないほど胸がキュンとして、ときめいて、ドキドキした。
その日のデートは、なんだか脳がとろけそうで、会話のたびにポーっと意識が飛んじゃうっていうか。
真秀、まほ、まほって・・・頭の中を私の名前がぐるぐる回り続ける。名前ってものがこんなに強力だなんて想像もしてなかった。
そんな感じだから、その日の私の行動は後で考えると信じられないないくらい大胆になっていた。

帰りのホーム。私と隼人くんの行き先はちょうど逆。
終始天にも昇るような幸福感に包まれたデートも、あっという間に終わりを告げる。
(今日は人生で一番幸せだったかも・・・ああ、隼人くん、隼人くん、隼人くうん・・・私、生きててよかったな・・・)
「真秀?」
(あ〜、またなまえ、よんでもらえたぁ・・・えへへ、しあわせぇ・・・)
「真秀ってば!」
「ふぇ?」
「大丈夫か?ほら、もう電車来るぞ?」
(あ〜そうか、もうデート終わりなんだぁ・・・え、終わり?)
「やだ!」
「な、何?いきなり。」
「ねえ、キスして」
「え、ここで!?」
「うん。あのね、私が電車に乗ったら、扉が閉まる寸前にキスしてほしいの・・・ドラマみたいに」
「い、いや、人前だしそれは流石にちょっと、っていうか今日の真秀、やっぱおかしいぞ絶対」
「隼人くんがおかしくしたんだよ?ねえ、ちゃんと責任とってよ。ね、お願い」
「あー・・・」
「隼人くうん・・・」
「う・・・」
「はやとぉ・・・」
「あーもう!一瞬だぞ一瞬!それでいいんだろ?」
「ホント!?ありがとう!隼人くん大好き!」
「抱きつくなって!ほ、ほら電車来たぞ」
間もなく、電車が滑り込む。私は乗り込み、他に乗ってくる人がいないのを確認すると・・・目をつむり、唇を向けた。

そして・・・その時がやって来た。
本当に一瞬だったけど、隼人くんの唇の感触。温かくて、とっても幸せだった。
やがて電車は走りだし、私は手を振る隼人くんをぼんやりと見送る。
時間がたつにつれ、意識もだんだん明るくなってくる。
それにしても。人生で最高の一日だったな。名前を呼んでくれたばかりでなく、人前でキスまで・・・キス?

「!?#$%’*+<>>*+?_<???!!!」

思わず声にならない叫びを上げた。
う、うそっ!?まさか私、キ、キス、そ、それもファーストキスを、ひ、人前でっ!?
ってことは、見られた!?他の人たちに、全部!?
「あ、あ・・・」
どうしよう、もう取り返しがつかない。顔が燃えるように赤くなる。
(きゃああああああああああああああっ!!!)
いてもたってもいられなくなり、一目散にその場を逃げ出して先頭車両まで駆け込んだ。
逃げ出す時、傍にいたおばさんの一言が心に突き刺さっていた。

「いいわねぇ・・・若いって」
2008年10月04日(土) 21:18:52 Modified by bureizuraz




スマートフォン版で見る

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。