2-724 センヨウS

センヨウS 【1/3】


「では今回の部活をはじめますっ」
 最後にスタッカートがついている元気な発言は、俺の顎の右下あたりから聞こえた。
「まず人の膝の上から退いて下さい。部長」
 広い家庭科室には椅子がたっぷりあるのに、なぜ敢えてのチョイスがここなんだ。
しかし俺のささやかな申し出は、一ミリも変わらない笑顔でキレイに無視される。そして
夏実は太股に乗せていたポッ/キーをタバコのように咥えた。
 暦のうえでは秋といえ、まだまだ残暑が厳しい。そんな中プレッツェル部分ではない
ところをはさんだから、中指と人差し指に筋状にチョコレートがついてしまっていた。
「じゅんた副部長だまってくださーい。今日は、ふぅー……文化祭に向けての確認でーす」
 いったい何を吸い込んだつもりなのか、『ふぅー』のところで煙を吐く真似をする。心持ち
顔をあげて、目を伏せ気味にする芸のこみようだ。これが様式美というやつ、なわけない。
漫画好きなためか、夏実は昔からちょっと演技がかった動作をする。
 けど白のブラウスにゆるくつけた深緑のリボン、紺地に緑のチェックのプリーツスカート
といった制服じゃかっこがつかないのに何で気付かないんだ。まぁ、足を組んだりしなかった
だけましか。あれ骨がぐりってなって痛いことがあるもんな。
「確認って……家庭科部、だっけ? としてお好みシュークリーム作りだろ?」
 前身の部は部員不足のため廃部。だから来週に迫った文化祭では、作ることに特化した
新しい部と活動内容をアピールする。狙いはもちろん部員ゲット。食べるだけじゃ太るが、
作り方がわかるならまた話は別だろうと考えてのこと。
 俺らの学校はどんな内容でもいいかわりに部活動が強制だ。今年を含めた高校生活
三年間を、苦労なく過ごすにはなんとしても部を成立させたい。
「それがー、せーとかいちょーがパンフの名前変えるのめんどーだからだめってさー。
だから、甘いもの作ろう部ってことで略は前のまんまでよろしく!」
 チョコレートがついたままの手で敬礼される。まぁ名前なんてどうでもいいんだけど。
「でね、文化祭当日からその後の心構えを確認しておこーと」
 ポリポリポリポリ。
 小鳥が餌を啄ばむように夏実は次々お菓子を消費していく。
「うん、食べるか話すかどっちかにしようか」
「ごめん! じゅんたも食べたいよねっ? はいっ……んんー」
 口に咥えたものの端をこちらに向けてくる。ちげぇよ。とツッコミを入れるべきだが、
ちょっと可愛いくてできなかった。ってか、動いているから刺さりそうで困る。
 しかも極細。細いより太いほうがいい……ではなく。
 目に刺さったら痛いよな、これは。

センヨウS 【2/3】


「こらっ。顔の周りで長いものを振り回すんじゃねぇよ! 普通に渡すかせめて手で……」
「わかった! 次は小/枝にする!」
「あぁ、確かに長くねぇなってあほぅ。夏実サーン、ニホンゴワカリマスカー?」
 その方がすぐちゅーできるしね、と明々後日なことを言っている夏実の小さな頭を、
片手で左右に揺らしてやる。
「うー……やめっ、だって右手は自分用で、……左はしがみつく用だから、むーりー」
「今その右手で口にあったの持ったろ」
「ちっちゃいこと気にしちゃだめだとおもうー」
 やや乱れた髪を気にしながら、端が欠けたポッ/キーを振る。
「ケーキ職人には繊細さが必要不可欠なんだ」
 そういえば、文化祭の部活紹介につけられた「ケーキ屋のテクニックを伝授」という
触れこみはなんとかならないのか。確かに俺はケーキ屋の息子で、職人を目指している。
休日なんかは店の商品も作っているから間違いではない。
 けど、お年頃の男子高校生としては微妙な心境だ。
「ケチッ。いーじゃん、ポ/ッキーゲームぐらい。つっ……つきあってるんだから」
 うっわ。クリティカル。こんだけ自分からひっついておいて、そこを照れちゃうのかよ。
先日まで幼馴染だったし、照れくさいのはわかるんだけど。
 不意打ちは卑怯だ。
「でも学校だしな」
 俺の言葉に夏実は唇をくちばしみたいに尖らせる。そして、わざわざ手の中のお菓子を
くわえて、両手の自由を確保してから全力で頬をつねりにきた。
「い! いへぇほ! なひゅみ、いへぇ! ぷはっ。だから、いてぇっての」
 顔がじんじんする。爪を立てられなかっただけ喜ぶべきなのか。涙に視界を揺らしながら、
無理矢理ひきはがした右手にはチョコレートの痕が。なんとなくベロリとなめとってみると、
「いひゃぁあっ」と悲鳴があがった。お、いい反応。
 左手も離れて痛みともおさらばだし、おもしろかったし満足するとしよう。
「こーゆーとこ心配なんだよ。なんてゆーか天然タラシ? とにかく。まず注意その一!」
 ぶつぶつ失礼なことを言いながら、あまり長くない人差し指を反るぐらいの勢いで立てる。
そして俺を見上げた。なのにどことなく視線が合わない。
「ほら、復唱!」
 じっと俺の口元を睨んでくる。繰り返すまでは諦めてくれそうにない。どこの運動部だよ、
と思うけど面倒なので大人しく言うことを聞くことにする。

センヨウS 【3/3】


「そのいちー」
「うわぁ、だるそー。まぁいいや、その一! これから先、お店に出るまではじゅんた作の
お菓子は私専用!」
「俺作のお菓子は夏実専用。……ってそれじゃあ見本とか配ったりできねぇし」
 文化祭の企画を根本から否定するような発言だ。
「それはっ、習うより慣れろ! 盗め。ってことで……そんな目で見ないでよぅ。文化祭の
ときのシューはじゅんた作でも、中にクリーム詰めるのは他の人だから、だいじょーぶ」
「それでいいのかねぇ……」
 一応、実家の名前を出して教えるならちゃんと責任を持ちたい。なおも食い下がると、
今度は夏実がむくれた。
「じゃあ、私が他の人のお菓子食べちゃうからっ! じゅんたよりもその人のお菓子を
好きになっちゃうかもなんだからー!」
「ありえないと思うけど、却下。俺が夏実専用パティシエなら、夏実は俺専用だから」
 十数年の情報量に裏付けられた、好みを知り尽くした俺の作ったケーキ以上に
夏実を幸せにできるものは存在しないはずだ。
 きっぱりと言い放つと夏実はもじもじと、でもすごく嬉しそうに頬を赤くした。
「……ならっ、えっと……、専用どーしの、約束ってゆーか、その、ちゅぅしませんかっ?」
 普段は押せ押せなのに、妙なところで戸惑うあたりが胸にぐっとくる。同時にこれも、
夏実の遠回しな策略だったのかと気づいた。さっきからチラチラと口元を見られていたし。
もうそろそろ乗せられてやるか。
「それは契約? それすれば夏実は納得するのか?」
 期待にキラキラと小鳥のようなまん丸の瞳を輝かせて、何度も頷く。
「はいはい、しょうがねぇなぁ」
 軽いキスを一つ。
 どちらのかわからないけど唇に残ったチョコレートの香りが鼻孔をくすぐる。甘いなあ。
俺の思考を読んだみたいに、夏実が首に腕を回してきた。
「もう一回、して?」
 今度は深く。香りに夢中になって繰り返すと「だぁいすき」と僅かな間に囁きをくれた。
「あ、チョコついてる……おかえしっ」
 つねられた時に付いたのか、その言葉を追って俺の左の頬を夏実の舌が掠めた。
 専用ってなかなかいい響きだと思う。俺専用の最高の甘いもの。
「えへへっ、だいっすきだよー」
 お互いの額を合わせて、目線を絡める。
 どちらともなく確認するみたいに俺らは再び唇を重ねた。


END
2008年10月04日(土) 21:34:22 Modified by bureizuraz




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