6-797 お嬢様

 きぃ。
「ねーねー執事」
「おや、こんな時間に…何ですかお嬢様」
「あのね、お月様が欲しいの」
 しーん。
「えと、私の身長では、手が届きませんね」
「冗談だよ、からかってみただけ」
「早く寝ましょうね」
 むっ。
「だって眠れないの」
「夜更かしは怖いお化けが出ますよ」
「子どもだと思って馬鹿にして〜。ね、一緒に寝よーよ」
 …。
「旦那様に怒られます」
「何で? 執事が添い寝も出来ないなんて、存在価値ないじゃん」
「さらっと酷いこと言いますねお嬢様」
 とたとたとた、ぺたり。
「執事のお膝〜。ねー何やってるの?」
「日記を書いています」
「読んで良い?」
 ×。
「えー何で?」
「日記はプライベートなものですから、人には見せたくないと思うのが普通です」
「執事、私に隠し事してるの?」
 ぱたん。
「こほん。ではお嬢様、少しだけ遊んであげますから、終わったらすぐにお休み下さい?」
「はーい。じゃ、これしよ?」
「ゲームソフトですか…えと、何々?」
 恋愛アドベンチャー”放課後のラボラトリ”。
「お嬢様…正直にお答え下さい、これは誰の入れ知恵ですか?」
「えへ、執事がこれやっているところ、見たいな」
「見せません」
 むうっ。
「えー良いじゃんけち」
「お嬢様にも悪影響になりますから、これは預かっておきます」
「そんな趣味だって言い触らしちゃおっかな」
 ……。
「それでもお嬢様の為です。構いません」
「隠れて一人でするの?」
「興味ないですね」
 ゆさゆさ。
「ねぇ、一緒にしよーってば。きっと面白いよ? めくるめく愛と欲望の物語を、一緒に攻略しよーよ」
「そういう言葉を何処で覚えてくるんですか。いけませんってお嬢様」
「それに執事がさ、どういう女の子に興味を持っていて、どういう口説き方するのかとか、気になるんだもん」
 しれー…。
「第一、仮想の恋愛なんて面白いとは思えませんね」
「そーいうのを食わず嫌い、って言うんだよ? パパもよく言うけど」
「…私は、お嬢様以外に浮気はしません」
 どきっ。
「お分かりになられましたら、さあ、トランプか何かでも?」
「……」
「お嬢様?」
 とたとたとた、ばふっ。
「えへへ…嬉しい」
「そこは私のベッドです。眠られるのでしたら、お部屋にお戻り下さい」
「じゃーねじゃーね…仮想じゃなくて私と…」
 ずきずき。
「はぁ…お部屋までお連れしますから、大人しく寝ましょう」
「添い寝してくれる?」
「ですからダメです。お嬢様だってもう――」

 ぴきっ。
「執事ぃ〜!」
「何でしょうかお嬢様」
「……ダメなの?」
 ダメなの? ダメなの? ダメなの?(ループ)
「…お嬢様、隣に座っても?」
「うんっ」
「……私は執事です。お嬢様は賢いので、分かって頂けると思っています。今はまだ無理でも、いつか――」
 ぎゅうっ。
「お嬢様?」
「分からないもん」
「お嬢様……」
 よしよし。
「――では、一つ約束をしましょう。私から、お嬢様に…一方的に忘れて頂いても何ら構いません」
「約束?」
「お嬢様がもう少し大人になった時、まだ私を思うなら仰って下さい。私は執事をやめます」
 !?
「…そんなの嫌だ!」
「そして一人の男として、お嬢様に思いを伝えましょう。今はまだ…執事として、お嬢様をお慕いするのみです」
「…執事…」
 …………。
「さあお嬢様、そろそろお休みになって頂かないと」
「…執事として…」
「?」
 がばっ。
「執事としてでも良いから、今はっきり言って!」
「…お嬢様のことは、大好きです。本当なら、このまま……いえ、失礼しました」
「……!」
 ぽろぽろ。
「申し訳ありません、お嬢様…」
「……っ」
「…胸を、どうぞ」

 はっ。
「――ここは?」
「お嬢様のベッドです」
「執事…ね、ちょっと手を貸して」
 ――ちゅっ。
「!? お、お嬢様っ!」
「……ありがと、執事」
「は? …はあ」
 ばさ。
「ねーねー執事」
「何ですかお嬢様」
「私も執事のこと、大好き」
 かあっ。
「動揺してる〜、えへへ」
「お嬢様…今夜だけですからね」
「うんっ。じゃーね、ついでに添い寝して?」
 ×××。
「えー良いじゃんけち」
「旦那様に大目玉を食らいます」
「でも、女を泣かせた責任は取らないとダメだよ?」
 ………………。
「本当に、どこでそんな言葉を…」
「えへ、冗談だよ。でも、眠るまでは傍にいてね」
「…分かりました、お嬢様」


おしまい
2009年10月28日(水) 21:14:03 Modified by amae_girl




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