6-863 虫歯

「イヤイヤしないでよく聞くんだ。良いな? お前は虫歯だ。今すぐ治療しろ」
「嘘だっ!」
「だってそんなに歯がズキズキするんだろ? いつまでも氷嚢当ててないで、行って来なさい」
「痛いのは嫌なの」
「今だって充分痛い思いしているでしょ。ちょっと口に詰め物して、唾を吸い取りながら、麻酔でチクッとして痺れている間に終わる。嫌なら目を瞑ってろ」
「リアル過ぎ! 絶対行かない。私は高らかに宣言する、そんな拷問は受けない!」
「見てるこっちが痛々しい。構ってもらえる内に、行くの」
「や〜だ」
「虫歯治すまで、キスはお預けだからね」
「や〜だ! うう…」
「本当に子どもだな。お前の為に言ってんだよ。ほら、じゃあ一緒に行ってやるから」
「…でも、痛いんだよね?」
「思ったほど痛くない。初めての時と一緒」
「本当? 絶対? 嘘じゃないよね?」
「真面目な話すると、口開けっ放しになる方が割と辛かったりするくらい。でも、慢性的な痛みに比べたら全然良い」
「……」
「近くの歯医者さんに予約してあげるから、良い?」
「…うう」

「手を握ってて」
「今は良いけど、治療中は無理。そわそわしないで、心を落ち着かせて」
「名前呼ばれるのが怖い」
「よしよし」
「……」
「……」
「――楠原様、どうぞ」
「え、あ…はい」
「行ってらっしゃい。頑張れよ」
「やっぱり…うう…」
「あーもう、こんなことしたくないんだけど、ほら…抱き締めてやるから」
「――ありがと。頑張る」
「どうぞ、こちらへ」
「……はあ、バカップルも良いところだわ」

(怖いよ…この椅子に横になるの? 尖った道具がいっぱいある…私、これを突っ込まれちゃうの?)
(椅子が上がるよ…いや、見ないで…指なんて、入れないでっ…!)
(うぐ…え、や…打つの? やだっ、嫌っ…やめて…あ、ぁ――!)
(痛い…怖い…でも、何だか…痺れてきた。これが、薬の…あっ…何だか私、変……)
(口の中に、たくさん入ってくる…唾が吸われちゃう…う、ぅんっ…)
(ああっ…凄い、激しいっ…いやっ、壊れちゃうよ…削れて…中に、染みてくるっ…!)
(もう、ダメ…感覚が…変なのっ…私…)

「お帰り」
「……うああ〜」
「あー可哀想に、よく頑張ったね。偉い偉い」
「嘘吐き! 痛かったし怖かったし今も変だし! バカ! ぐすっ…」
「口ではそう言いつつそんなにしがみ付くな。大袈裟だろ」
「……終わったら、いっぱいして? 絶対、してくれなきゃ許さないから」
「分かった。ほら、待合でこんなことしてるといい迷惑だから、離れなさい」
「嫌っ」
「やれやれ…」

「治った途端にケロっとして、お前もつくづく子どもだな」
「べーっだ」
「ま、痛くなくなったなら良かった。でも、心配かけさせんな。お前はお前だけのものじゃないの」
「……それって、惚れてるってこと?」
「でなきゃここまでしない。じゃ、買い物にでも行こう。お祝いに何か買ってやるよ」
「…ありがと」

おしまい
2009年10月28日(水) 21:27:15 Modified by amae_girl




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