6-820 列車

部活帰りのこと。
 僕は高校を下校し、駅で来たばかりの列車に乗った。
 もう日は暮れているけど、途中で大きな駅があるとどうしても込む。快速なら尚更だ。
 そんな所を挟んだ凡そ三十分の距離を列車で、毎日行き来している。
 中は左右に二席ずつ。どこも一人か二人座っていたが、唯一つ空き席があった。

 僕は助かったと滑り込むと、重い荷物を上に置いて座る。
 ドアが閉まる。小さく揺れ、車外の景色がゆっくりと走り出す。
 軽く仮眠でもしたくなるほど、快適な温度だ。だけど僕は寝覚めが悪いので、ここでは寝ない。
 なのでぼんやりと外を眺めていると、前車両から誰かが入って来た。
 ゆっくりと辺りを見渡して、何処でも良いから座りたかったのだろうか。僕の隣に。

 軽く触れる肩。白いブラウスと、緑のチェックのプリーツスカート――同じ高校の女子だ。
 僕は何か恥ずかしくて、ちらりと顔を見てすぐ視線を外に戻した。
 何度か列車で見かける子だった。普段同じ駅で降りるようだから、割と近いのだろうか。
 身長は僕並、ってことで結構高い。長い髪を後ろで短く一本にまとめ、整っていて感じが良い。
 そして、可愛い。そんな子が隣に座ってくれば、落ち着かなくもなる。

 心穏やかでないまま数分――すると、車両の揺れに合わせて、小さく寝息が漏れてきた。
「……」
 恐る恐る見ると、彼女の体が無防備な呼吸を始めていた。
 電車がカーブに差し掛かる。彼女の頭が、ゆっくりと倒れてくる。
 ――僕の肩に。

 良い香りがした。気持ちが安らぐようで、どこか掻き乱しもするような矛盾した感覚。
 心臓が、激しく鼓動する。顔に触れる髪が、さらさらでくすぐったいくらいだ。
 声をかけるべきか、起こすべきか――葛藤が始まる。
 感情が渦巻いて、落ち着きたくても落ち着けない。変な汗が出てくるんじゃないかと思うほど。
 面識がないだけで、どうしてこんなにどきどきするのだろう。

 彼女は静かに眠っている。よほど疲れているのか、起きる気配がない。
 眠りが浅ければ、他人にもたれかかっていることを意識して、止めるはずなんだけど。
 やがて、そのリズムに同化するように、僕の呼吸も変わってきた。
 くっついていると、うつるのだろうか。妙な感覚に、自分でも戸惑う。
 でも、分かってきたことがある。何だか、嬉しい。

 固まったまま何分か経った。遠からず、もうすぐ下車だ。
 名残惜しいなんて言う前に、この状況をどうにかしないといけない。
 手で彼女に触れると考えると、また心臓が高鳴る。だけど、起きるまで乗り過ごしじゃ家に帰れない。
 僕は深呼吸をして、ゆっくりと体を捻る。彼女を肩から落とさないようバランスを保ちながら。
 そしてもう一方の腕を、彼女の襟元から肩へと伸ばし、体と頭をそっと立て直そうとする。

「…!」
 ぴくん――と体が反応した。まさか、起きた?
 僕は情けなくもまた固まってしまった。こんな体勢じゃ、何て思われるか分からないのに。
 彼女は小さく唸ると、目を覚ましはしなかった…が、触れ合っていない方の手を、不意に伸ばしてきた。
「――!!」

 心臓が飛び出るかと思った。彼女の手が、自分を支えるようにして僕の胸に触れたのだ。
 何か、吹っ切れたような気がした。柔らかな感触が、僕の中から”面識のない人”という柵を取り去る。
 彼女は起きずにまた、寝息を立てる。僕はその体勢のまま、ぎりぎりまで待つことにした。
 心地良かった。起きてこんなこと話したら気持ち悪がられるかもしれないけど、確かに。
 ずっとこの体勢でいられたら――なんて、思ってしまうくらいに。

 彼女の手をそっと元に戻し、体と頭もしっかり立て直す。そっと肩を叩き、駄目なので揺する。
「ん……」
 体が僅かに震え、彼女は目を覚ます。仕草が動物的で可愛らしい。
「あっ…?」
 目と目が合う。


 タイミングよく列車は駅に到着し、彼女は慌てて立ち上がる。
「ごめんなさいっ!」
 そう言って頭を下げ、駆けて行く姿。僕もまた荷物を取り、急いで下りる。
 駅のホーム。涼しかった車内から、蒸し暑い現実へと引き戻された。
 彼女に対しても、多分そう。もう、話すことはないかもしれない。

 改札を通り、外に出た。
「…!」
 彼女がいた。目が合うと反応し、真っ直ぐ僕の方へ歩いて来る。
 誰を待っているでもない、僕を待っていた。あれで終わっていても良かったはずなのに。
 目の前に立つ彼女は、言葉を探して口を開きかねていた。

『あの』
 同時に声が出て、拍子抜ける。彼女もまた同様なのか、表情が柔らかく崩れる。
「ふふ……えと、家――何処?」
「…あ、あっちの方」
「結構近いんだ」

 冷たいジュースはお近づきの印。肩を貸してくれたお礼に――ということだったけど、逆に僕が彼女の分も。
 そして一緒に帰ることになった。家が近いから、ということだけど、よく考えたら奇妙な縁だ。
 彼女はやっぱり眠くてたまらなかったらしい。意識せず僕の隣に座り、そして……。
「寝心地の良い肩だね」
 そんな冗談が嬉しい。彼女はもう、他人じゃない。


おしまい
甘さ控えめでした。こんな青春を送ってみたかった
2009年10月28日(水) 21:23:43 Modified by amae_girl




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