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武者震之助大河ドラマレビューその2

※このページは、『武将ジャパンの武者震之助データ』( https://seesaawiki.jp/w/amamasa/d/%c9%f0%be%ad%a5%... )から、歴史ライター・ドラマレビュアー武者震之助(=小檜山青)氏が歴史ポータルサイト『武将ジャパン』及び小檜山氏自身のnoteで執筆した大河ドラマレビューのうち、『どうする家康』以降のレビュー及び大河ドラマ関連記事の魚拓について分離独立させ、若干のコメント等を追記したものです。
なお、必要に応じて小檜山(武者)氏以外の執筆者の記事も若干数を収載しています。

※『鎌倉殿の13人』以前の武者(小檜山)氏の大河ドラマレビュー等の魚拓は『武者震之助大河ドラマレビュー』( https://seesaawiki.jp/w/amamasa/d/%c9%f0%bc%d4%bf%... )に収載しています。

※このページでは武者(小檜山)氏の執筆記事の魚拓を採取していますが、これは同氏が掲載後の記事にサイレント修正を加えたり、同氏に批判的なコメントを削除することに対応するため、記録として魚拓を保存しているものです。魚拓を悪用して武者(小檜山)氏の著作権を侵害することのなきよう、十分にご注意ください。

※コメント文中で「(part19・221)」と表記しているのは、その内容が5ちゃんねる『武者震之助スレッド』のpart19のレス番221であることを示します。

※コメントのうち「→(tweet)」「→(note)」「→(Blog)」と記されているものは、X(旧Twitter)やnote、ブログで多くの方が呟いておられるのをページ管理人が採取させていただいたものです。ただし、文体の調整などページ管理人の責任で手を加えさせていただいたこともあります。

※各魚拓URL等の取扱いについては、次の点にご留意ください。
(1) 完全な魚拓URLをそのまま5ちゃんねるに貼り付けますと、警告が出たり書込み不能になることがあります。十分にご注意ください。
(2) (1)の問題点に対応するため、予め魚拓URLを不完全なカタチで記載していることがあります。
  魚拓が「archive」の場合は「//」の後の半角スペースに「a」を挿入してください。
  魚拓が「megalodon」の場合は、一つ目の「//」の後の半角スペースに「m」を、二つ目の「//」の後の半角スペースに「b」を挿入してください。
(3)魚拓が「archive」の場合は魚拓採取時刻・記事執筆時刻がUTC表示になります。
(4) 〔 〕はそのドラマの回数(話数)、小檜山(武者)氏の記事が複数ページに亘る場合には( )はページ数を示します。


【目次】
 【魚拓一覧その0ー1(光る君へ魚拓)】(作業中)
 【魚拓一覧その7(どうする家康魚拓)】(全ページ魚拓採取済。注釈・コメントにつき整備中)


【魚拓一覧その0ー1(光る君へ魚拓)】(作業中)
●【光る君へレビュー参考記事】「2024年大河ドラマ直前予想『光る君へ』は一体何が見どころなのか?」(2024/01/29)
 → 魚拓の日付は2024/01/29となっているが、この記事のURLは「https://bushoojapan.com/taiga/hikarukimi/2024/01/0...」であり、記事タイトルどおり放送直前にアップされたものと思われる。日付の変更は武者氏お得意のサイレント修正によるものか?
 (1)https://archive.md/PgGI8 (2)https://archive.md/7e725
 → 1ページ目は武者氏らしい『八重の桜』称賛と『花燃ゆ』『青天を衝け』等嫌いな作品への罵倒に満ちており、『光る君へ』への言及はほとんどない。
◎【第1回】(2024/01/08)
 → 魚拓の日付は2024/01/29だが、URLにより変更した。そもそもコメント欄には01/08付けのコメントがある。
 (1)https://archive.md/CNAri (2)https://archive.md/Gcw4D (3)https://archive.md/AwfF5 (4)https://archive.md/RljEO (5)https://archive.md/XJLwB
◎【第2回】(2024/01/15)
 → 魚拓の日付は2024/01/29だが、URLにより変更した。
 (1)https://archive.md/698LQ (2)https://archive.md/VwCnu (3)https://archive.md/RbI3Z (4)https://archive.md/ScCBA (5)https://archive.md/0Y7y7
◎【第3回】(2024/01/22)
 → 魚拓の日付は2024/01/29だが、URLにより変更した。
 (1)https://archive.md/zOCft (2)https://archive.md/drKFP (3)https://archive.md/2yadO (4)https://archive.md/eOyF7 (5)https://archive.md/Y0oeZ
◎【第4回】(2024/01/30)
 (1)https://archive.md/3WJHc (2)https://archive.md/C8gtw (3)https://archive.md/TY5Vl (4)https://archive.md/rIwh5 (5)https://archive.md/9wiLd
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「まんが『大河ブギウギ 光る君へ編 第1話』みちかねは何日関白だい?」(2024/01/31)(by 漫画:アニィたかはし・文:五十嵐利休)
 魚拓:https://archive.md/oMmu3
 → 魚拓の日付は2024/01/31となっているが、この記事のURLは「https://bushoojapan.com/comic/hikaruboogie/2024/01...」であり、01/17頃にアップされたものと思われる。なお、次の引用も参照のこと。
 【急遽、新連載のスタート!弊サイトで戦国ブギウギや日本史ブギウギを手掛けていたアニィたかはしの新作『大河ブギウギ 光る君へ編』が本日から始まります。2話が終わってから――と、中途半端なタイミングでサーセン。】
 → 武者(小檜山)氏が実質的に君臨するようになった『武将ジャパン』だが、新規コンテンツの不足は否めず、旧知の五十嵐・たかはし両氏の助力を仰ぐことになったものと思われる。ちなみに今回は1ページのみだが、文末直前に【今後、増ページして取り組んでまいります!】とある。
 【よろしければ「史実の藤原道兼はどうだった?」という記事もご覧なってってくださーい。】
 → 文末の言葉だが、このような記事は『武将ジャパン』には存在せず、リンクを踏むと武者氏(小檜山名義)の「ちやはをぶっ刺した藤原道兼〜史実ではどんな人物?光る君へ玉置玲央」(2024/01/22)という記事に至る。『光る君へ』第3回(01/21)の後にアップされた記事だが、この辺りに武者(小檜山)氏と五十嵐・たかはし両氏との連携の悪さが見て取れる。
◎【第5回】(2024/02/05)
 (1)https://archive.md/pORsF (2)https://archive.md/YeGPy (3)https://archive.md/yJQdP (4)https://archive.md/xPE0L (5)https://archive.md/vvcII
 → 今回は記事アップ直後に魚拓採取したのでコメント欄も堪能したい方は5ページ目の魚拓を参照してください。
◎【第6回】(2024/02/12)
 (1)https://archive.md/pWXom (2)https://archive.md/uf5eL (3)https://archive.md/n8AYe (4)https://archive.md/apKyu (5)https://archive.md/ImBAi
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「『光る君へ』全7回分の視聴率速報&推移!過去8年分の大河と比較あり」(2024/02/19・17:35魚拓採取)
 https://archive.is/v8V6U
 【平均世帯視聴率が10.9%となり、前回放送の11.0%から0.1%減少しました。】
 → 下の一覧表では第7回視聴率は10.7%となっている。
 【激しい競技「打球」が披露されるなど…】
 → こういう文字遣いもあるのかもしれないが、「打毬」と書いてほしいところだった。
◎【第7回】(2024/02/19)
(1)https://archive.md/aJYRh (2)https://archive.md/Ukmhr (3)https://archive.md/rHwDD (4)https://archive.md/cV1dc (5)https://archive.md/rYueT ( https://archive.md/JirMK )
 → 魚拓採取後にコメントがあったので、5ページ目を再魚拓。
◎【第8回】(2024/02/26)
 (1)https://archive.md/LmVJb (2)https://archive.md/eHVQe (3)https://archive.md/du1yO (4)https://archive.md/1yL56 (5)https://archive.md/uszla
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「紫式部と藤原公任の関係性も匂わせる『光る君へ』漢詩の会に潜む伏線」(2024/03/03)
 (1)https://archive.md/rAmFo (2)https://archive.md/ZFHuP (3)https://archive.md/heHpT (4)https://archive.md/XZOSk
 → URLは「https://bushoojapan.com/jphistory/kodai/2024/02/29...」なので元々は02/29の掲載だったと考えられる。
   しかし次のコメントがあった。
  【自閑 2024/03/01 12:32
   大変楽しく拝読しました。
   藤原行成:李白「月下独酌」は間違い。
   公成:白居易 獨酌憶微之
   獨酌花前酔憶君
   与君春別又逢春
   惆張銀盃来処重
   不曽盛酒勸間人
    と存じます。
   をしへて! 根本知さん 〜漢詩シーンを彩る男性貴族の書 - 大河ドラマ「光る君へ」の写真で確認しました。源氏物語等でしか知らず、実際は見た事も無い、豐明五節舞や五葉の松に掛かれる藤、詩会、打毬等わくわくしてみておりますので、これからも解説を御願いします。】
   これに対し、編集部名義で返信があった。
  【BUSHOO!JAPAN 2024/03/03 07:40
   >自閑様
   ご指摘ありがとうございます。「本当にありがとうございます。思い込みで間違っていました。修正しました」(著者)とのことで、感謝しております。
今後もご愛顧よろしくお願いします!】
   残念ながら上記の魚拓は修正後のものである。
◎【第9回】(2024/03/04)
 (1)https://archive.md/tI6ny (2)https://archive.md/P4ct6 (3)https://archive.md/a3UvB (4)https://archive.md/KdFOP (5)https://archive.md/5EAIj ( https://archive.md/xOSR5 )
 → 4ページ目は冒頭の一行が「こちらは3ページ目になります。」と間違えている。
 → 魚拓採取後にコメントがあったので、5ページ目を再魚拓。
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「『光る君へ』直秀はなぜ検非違使に殺されたのか?遺体は無事に埋葬されたのか?」(2024/03/06)( by 小檜山青 )
 (1)https://archive.md/XSZin (2)https://archive.md/sgEp7 (3)https://archive.md/gC71L (4)https://archive.md/W5wpQ
◎【第10回】(2024/03/11)
 (1)https://archive.md/Ev3Oe (2)https://archive.md/hpgif (3)https://archive.md/WOZFD (4)https://archive.md/82cJB (5)https://archive.md/SbnhM
◎【第11回】(2024/03/18)
 (1)https://archive.md/XnWxB (2)https://archive.md/2JJoH (3)https://archive.md/YHy9y (4)https://archive.md/jox6H (5)https://archive.md/9eTA1 ( https://archive.md/mtNzB )
 → 5ページ目は冒頭が「こちらは4ページ目になります。」となっている。
 → 魚拓採取後にコメントの追加があったので、5ページ目を再魚拓。
◎【第12回】(2024/03/25)
 (1)https://archive.is/kLuTP (2)https://archive.is/v4wKJ (3)https://archive.is/TTuJX (4)https://archive.is/27czt (5)https://archive.is/Qq1aq
 → megalodonにも魚拓あり。
◎【第13回】(2024/04/01)
 (1)https://archive.md/4bwRG (2)https://archive.md/a1bBs (3)https://archive.md/tbDFe (4)https://archive.md/ep8eN (5)https://archive.md/0HhO3
◎【第14回】(2024/04/08)
 (1)https://archive.md/iYbiI (2)https://archive.md/UdgDk (3)https://archive.md/xQo3G (4)https://archive.md/ZHxh3 (5)https://archive.md/zTXBY
◎【第15回】(2024/04/16)
 (1)https://archive.md/Puh2v (2)https://archive.md/Fb9Jc (3)https://archive.md/LTkFl (4)https://archive.md/l5KZg (5)https://archive.md/zt6Ry
◎【第16回】(2024/04/23)
 (1)https://archive.md/KlVQt (2)https://archive.md/r9IjB (3)https://archive.md/TgUBD (4)https://archive.md/maHQH
 → 今回は4ページのみです。
 【東庵や駒の民を救う思想も理解されず、「バカw」だの「ファンタジーw」だの罵倒されていました。】(4ページ目)
 → 「民を救う思想」自体を罵倒する声などあったか?あったとしてもSNS上に数個確認されるくらいだっただろう。
◎【第17回】(2024/04/30)
 (1)https://archive.md/4USmw (2)https://archive.md/3cU2c (3)https://archive.md/6BRFx (4)https://archive.md/46ejL (5)https://archive.md/MQ8Dh
 → 魚拓のうちではコメント欄の最終版は4ページ目のものです。
 【あらかじめ「ボーイズクラブ」に適応するかどうかで、褒めるか貶すか決めておく。そうやって風を吹かせることでドラマ評価も決するようにする。そんなことをしても本質には何の影響もないどころか、むしろ悪化するばかりかと思います。今年はそんな風を呼ぶ動きまで絶って欲しいところです。大河ドラマが時代遅れの象徴と化してゆく様は全く嬉しくないのです。】(5ページ目)
 →(tweet)ボーイズクラブをシスターフッドやポリコレやフェミニズムに置き換えたら、まんま武者震之助さんがレビューでしていることですね。
◎【第18回】(2024/05/06)
 (1)https://archive.md/csgc0 (2)https://archive.md/cAJ0D (3)https://archive.md/t1f74 (4)https://archive.md/GYo8n (5)https://archive.md/LIxMG
 → 魚拓のうちではコメント欄の最終版は4ページ目のものです。
 【新札アピール大河の『青天を衝け』は、海外の大河ファンから「こんな露骨なプロパガンダを作っていいのか?」と心配された題材でした。労働運動を敵視して潰す渋沢を大河で礼賛するのはどうか?というワケです。】(5ページ目)
 【真実かどうかはさておき、この記事[※]は前提がおかしい。『光る君へ』は視聴率が低迷していて、そこに嵐の二宮さんを起用することで起死回生を狙うという、実在も定かではないNHK関係者の声が出ています。今年の視聴率低迷は題材からしてNHKは覚悟の上でしょう。】(5ページ目)
   [※]2024/05/02付けNEWSポストセブン『【全文公開】二宮和也、『光る君へ』で「大河ドラマ初出演」の内幕 NHKに告げた「嵐だけは辞めない」』
 →(tweet)自分は誰かも判らない「海外の大河ファン」を持ち出して『青天を衝け』を叩きながら『光る君』への批判は「実在も定かではない関係者の声は怪しい」と否定してのける。そして、何よりも驚くべきなのは、これが「同一人物による同一記事の同一ページ」の文章ということである。
◎【第19回】(2024/05/13)
 (1)https://archive.md/dy9J8 (2)https://archive.md/wip/1CUhq (3)https://archive.md/BFtih (4)https://archive.md/8zFjo (5)https://archive.md/FZYD7
 → 魚拓のうちではコメント欄の最終版は5ページ目のものです。
 【そのまま二人(帝と中宮)は奥の部屋へ消えてゆきます。どこへ行くのだろうか……とまひろが不思議がっていると、清少納言が真剣な顔つきで「帝と中宮は重いご使命を背負っている」と答える。これは『枕草子』にも書き留められたことであり、かつ道隆と伊周の言動を踏まえると重々しく見えてきます。定子に対する厳しい姿勢だった、父と兄の言葉――それを、険しい顔で聞いていた清少納言。中宮様は決して愛されていなかったわけではないと永遠に残すため筆を執り、このことを記したようにも思えてきます。清少納言の忠義は篤い。】(3ページ目)
 →(tweet)気に入らない大河ドラマならいつものポリコレマウントで、女を子供を産む道具扱いとして非難するのを、今回はアッサリ劇中の台詞を載せるだけでスルーする。武者氏のポリコレジェンダーが単なるお気持ちだと改めて認識しました………。
 【為時の家に、朝廷からの使者が来ました。従五位に出世したと告げられ、一家はみな驚いています。これは国司任命かと興奮するまひろ。10年も放置されて突然どうしたことかと困惑する為時。・・(中略)・・しかし、為時には内裏に上がるための赤い束帯がありませんでした。位があがることなど考えてもいなかったので、用意していなかったのです。慌てて宣孝に借りてくると言い、まひろが出かける支度をします。】(4ページ目)
 →(tweet)いつもなら衣装のカラーとか褒めるのに、なぜ為時が赤い衣冠束帯を求めたかの説明が省略されていて、結局漢籍的なマウントが取れないとすぐ省略してしまう。
   ちなみに『大辞林第三版』の【位袍】(いほう)の項によると
   【位階によって定められている色の袍(ほう)。時代によって異なり,律令制では一位深紫,二位・三位浅紫,四位深緋,五位浅緋,六位深緑,七位浅緑,八位深縹(ふかはなだ),初位(そい)浅縹,無位黄。平安後期以後は,四位以上の黒,五位の緋,六位以下の縹だけとなった。官人の身分・位階の差を着衣で区別できるようにしたもの。位衣(くらいぎぬ)】とある。
   なお、綺陽装束研究所(主宰:八條忠基)というWebページの「色彩と色目」「袍の色彩」には、具体的な色彩を挙げつつ位袍の歴史的変遷について述べられている( https://archive.md/lOMeh )。
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「『光る君へ』で注目の“宋“と平安貴族はどんな関係?劇中ではなぜ唐と呼ばれる?」(2024/05/17)( by 小檜山青 )
 (1)https://archive.md/k0Tgz (2)https://archive.md/hfGCG (3)https://archive.md/aFd04
 → 3ページ目は冒頭の一行が「こちらは2ページ目になります。」と間違えている。
 【かつては中国ではなく、長いこと【唐(から)】と呼ばれ、その後、【支那(しな)】という呼び方も加わりました。】(1ページ目)
 【江戸時代前半、中国大陸では【明清交替】という王朝の入れ替わりがありました。漢族の王朝である明が滅び、満洲族の清が成立したのです。
そこで華夷秩序に含まれる日本や朝鮮といった国はこんな疑念を覚えた。
   漢であればまだしも、なぜ、満洲族に従わねばならないのか――
  そんな状況の中で、中国大陸から敬意を抜いた呼称として生まれたのが【支那】です。フラットどころか、劣位とするニュアンスが含まれ、現在では差別用語とみなされますので、使用は控えるべきでしょう。】(1ページ目)
 → 「支那」はサンスクリット語で現在の中国を指す「チーナ」を音写漢訳した際に登場した言葉であり、唐の永淳2(弘道1。683)年の『方広大荘厳経』でも確認できる。日本でも空海『性霊集』(9世紀前半)や『今昔物語集』巻六(12世紀前半)にも見られる。
 【 ・宋版印刷
  清少納言は『枕草子』に、紙をもらったことをうれしそうに、誇らしげに記しております。当時の平安貴族にとって、書籍は筆写するものであり、まずは紙の入手が簡単ではなかったのです。それが宋で発明された印刷により、情報革命が起きた。この貴重な印刷物は、藤原道長が所蔵していたものが伝わっております。】(2ページ目)
 → 印刷技術が既に唐代に開発されていたことはよく知られている。「宋で発明された」というのは武者氏の間違い。
◎【第20回】(2024/05/20)
 (1)https://archive.md/rUaDA (2)https://archive.md/FBfAe (3)https://archive.md/EG4na (4)https://archive.md/MqUj0 (5)https://archive.md/Qri53
●【『光る君へ』レビュー参考記事】「『光る君へ』宋の周明(松下洸平)とは何者?紫式部の知力を強化する存在となる?」(2024/05/27)( by 小檜山青 )
 (1)https://archive.md/4tETk (2)https://archive.md/GJDLx
 【(小見出し)「宋の言葉」を学べる絶好の機会
  周明は、まひろに「宋の言葉」を教えるようです。『光る君へ』の第9回放送では、まひろの父である為時が、自作の漢詩を中国語読みする場面がありました。発音としては到底通じそうにない、限界を感じさせるものですが、もしもまひろがネイティブから中国語を習えるとすれば、素晴らしいポテンシャルが生まれます。】(2ページ目)
 → ページ管理人自身には特に拘りはないが、ドラマ内で語られる宋の言葉が現代中国語(北京語)であることについては1ページ目で【日本語にしても中国語にしても、実際の発音は時代によって異なり、1200年前に「ヂョウ・ミン」と発音したかどうかは別の話ですが】とのみ小檜山氏は触れている。『光る君へ』の時代は1200年前ではないのだが。そしてそのミス以上に中国語音が大きく変化していることを安易に扱う小檜山氏の傍若無人ぶり。
   なお周のピンインは“Zhou”(第一声)であり、“z”で始まることから日本語の濁音と考える人が多いが不適切である。「周 中国語 読み方」で検索すれば容易に音声を把握できる。一応NHKの字幕放送でも「ヂョウ・ミン」と表記されているが日頃から中国ドラマや中国人の友人の存在に言及する小檜山氏がこれで納得しているのか、疑念の残るところである。
 【日本人が【漢詩】を詠む際は、印を踏まねばなりません。】(2ページ目)
 → もちろん「韻を踏む」の誤りであるが、常に上から目線で記事を書くならこのようなミスは避けてほしい。なお当時の日本の漢詩についてページ管理人は無知だが、押韻のほか平仄についても発音が関係する旨、武者氏に言及に言及してほしかった。
◎【第21回】(2024/05/28)
 (1)https://archive.md/RFlev (2)https://archive.md/w3i8N (3)https://archive.md/3NfTb (4)https://archive.md/6sgAb (5)https://archive.md/Q5i02
 【混乱した様子で、唐玄宗と立場が重なってきているようにも思えてきます。最愛の楊貴妃が、乱れた政治の原因だと処断を迫られ、玄宗はそれに応じてしまった。誰が最愛の相手を殺すのか? 】
 →(note)一条帝が中宮定子について、「事の重大さもわきまえずいきなり髪を下ろし朕の政に異を唱えた」と怒ったのは、玄宗皇帝の寵妃・楊貴妃の様に皇帝の寵愛を受け、政務を疎かにさせ国を乱す様な事をしているからではない。
   身内の不祥事が原因とはいえ、中宮が事実上の俗世との別離である落飾を許可無くし帝に一切会わぬ覚悟をした事以上に、定子が仏門に入る事は宮中の神事(公務)を司る妃がいなくなった事を意味した。色恋や情の問題だけでなく、政権の公務執行上の問題となり一大事であり、建前上すぐに次の后をとなってしまうのだ。
   武者氏は白居易の『長恨歌』を引用しているが、玄宗の場合は楊貴妃に惚れ込み国政を疎かにしたため節度使・安禄山が謀反を起こし、唐の兵士により楊氏一族は滅ぼされ、楊貴妃自身の処刑を要求したため楊貴妃は皇帝から死を賜る。
一条帝の場合は国政に積極的に関与し、刑罰や検非違使の捜査の指示をなさっています。
また、帝に謀反人として罰せられるのは定子さまの兄弟である伊周卿・隆家卿です。
定子さまは伊周卿の失脚に際し、自ら落飾し俗世を捨ててしまい、帝は公務が滞りかねない勝手をした定子さまも政に異を唱えた者として同罪と仰っていたのです。
しかし、まだ定子さまに情のある帝は思い悩まれているのです。


>下品な趣味をぺらぺらしゃべらないで、と呆れるまひろ。
>宣孝は「下品な趣味を抱かぬ者はいない」と開き直ります。
宣孝公の「中宮様のお顔を存じ上げぬがあれだけ帝のお心を惹きつけられるのじゃ。すこぶる良いおなごなのであろう。女を捨てるにはもったいないのう」という軽口を受けて、まひろさんは「おやめください。下品な興味でぺらぺらと…」と窘めています。
その後、宣孝公は「下品な興味を抱かぬ者なぞ、この世にはおらぬと思うがな」と言います。
『趣味』ではなく『興味』です。
あと『抱かぬ者はいない』ではいかにも断定的に見えます。宣孝公は『この世にはおらぬと思う』と自分の考え

  • 清少納言は中宮の側に戻る?
>髪をおろした定子のもとに、清少納言が来たと報告されます。
二条第の簀子縁では、落飾した定子さまが袈裟を纏っています。
ききょうさんが来訪しますが、定子さまは「追い返せ」と命じます。
しかしききょうさんは「帰りませぬ。あの時里に下がったのは間違いでございました」と言い、再びお側に仕える許可を求めました。
しかし定子さまは「ならぬ。私は生きながらに死んだ身である」と拒否します。
それでもききょうさんは「私は覚悟を決めて参りました。命ある限り私は中宮さまのお側をを離れません。御命とあれば私も髪を下ろします」と言います。
定子さまは「ならぬ、下がれ」と言いました。
しかしその場に倒れてしまい、ききょうさんは定子さまを抱きしめます。

画像
『光る君へ』より
画像
『光る君へ』より
何見氏は白居易の『長恨歌』の下記部分を引用し、寵愛を受けた女性が倒れ従者に支えられる姿の艶かしさを言いたかったのでしょうが、定子さまの様子と比較するなら、下記部分の解説を具体的にして下さい。
この詩の引用部分の前後は『温泉水滑洗凝脂 侍児扶起嬌無力 始是新承恩沢時(温泉の水は滑らかに玉の肌を洗った。侍女が助け起こせば、艶かしく、力無い様子。まさにこの日、はじめて楊貴妃は天子(玄宗皇帝)の恩寵を賜ったのだ。)』となります。
定子さまの場合は、関白だった父はすでに亡く兄弟たちも不祥事で配流になり後ろ楯を無くし、自身は全てを捨てる様に落飾し隠棲しています。
最も信任のおけるききょうさんの側に仕えたい旨を断った矢先に倒れてしまった(この後おそらくききょうさんが定子さまご懐妊を察している)という場面で、皇帝の寵愛を賜り関係を持った後の艶かしい姿の楊貴妃とは全く状況が違います。


◎【第22回】(2024/06/03)
 (1)https://archive.md/i59ze (2)https://archive.md/oG8yu (3)https://archive.md/qCdi9 (4)https://archive.md/sQ9m3 (5)https://archive.md/qPDYd
 → 魚拓のうちではコメント欄の最終版は4ページ目のものです。

 【周明が日本語を話し出した瞬間、「豹変」という言葉を思い出しました。今は悪い意味で使われることが多いものの、本来の『詩経』ではこうなります。
   君子は豹変す。 小人は面を革む。
   君子はヒョウの毛皮が抜け替わるように態度を入れ替える。小人はその場を取り繕うだけ。
  周明だけでなく、大河も豹変したと思えます。昨年からここまで変わるとは!】(5ページ目)
 → 「君子豹変小人革面」の出典は『廣漢和辞典』(上558)によれば『易経』「革」とあり、次のサイトでも同様( https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/koto... )。なお本田済『易経』(朝日文庫版)(下150)にこの語を確認できた。武者氏は『詩経』を出典というが、おそらく誤りであろう。


◎【第23回】(2024/06/)
 (1)あああ (2)あああ (3)あああ (4)あああ (5)あああ

◎【第24回】(2024/06/)
 (1)あああ (2)あああ (3)あああ (4)あああ (5)あああ

◎【第25回】(2024/06/)
 (1)あああ (2)あああ (3)あああ (4)あああ (5)あああ

◎【第26回】(2024/07/)
 (1)あああ (2)あああ (3)あああ (4)あああ (5)あああ


2024/02/10付『ZAKZAK』に「NHK大河『光る君へ』巻き返しへ高まる倏┐貍讚瓩悗隆待 脚本の大石静氏が掲げた猜唇損代のセックス&バイオレンス瓠(1)https://archive.md/NQKdT (2)https://archive.md/8iw2S)という記事が掲載されたのだが。


【魚拓一覧その7どうする家康魚拓)】(全ページ魚拓採取済。注釈・コメントにつき整備中)

●【『どうする家康』レビュー参考記事】「2023年大河ドラマ直前予想『どうする家康』はどうなる?消せない懸念」(by 武者震之助)(2023/01/08)
 (1)https://archive.is/Y5pBX (2)https://archive.md/w8rhD
 【本当は大河のことなどどうでもよかった海外ドラマファン層もやってきた。GoT視聴者のような見方が染み付いてしまった視聴層がいる。前者は“not foe me(私好みじゃない)”、2022年が例外だったな……と判断し、序盤で去ることでしょう。】(2ページ目)
 → わざわざ『ゲーム・オブ・スローンズ』を引合いに出す意味も分からないが、いくらキーボードで「e」と「r」が隣接しているとはいえ「not for me」のスペルミスは情けない。書き上げた原稿をちょっとは見直そうよ!
◎【第01回】(2023/01/09)
 (1)https://archive.md/M63af (2)https://archive.md/NZsUd (3)https://archive.md/WLXRK (4)https://archive.md/UO7DZ
◎【第02回】(2023/01/16)
 (1)https://archive.md/d9kkF (2)https://archive.md/kQvgO (3)https://archive.md/VlEE5 (4)https://archive.md/sIO1h
◎【第03回】(2023/01/24)
 (1)https://archive.md/j3nV8 (2)https://archive.md/VBck6 (3)https://archive.md/6zJEy (4)https://archive.md/H7x3w
◎【第04回】(2023/01/30)
 (1)https://archive.md/t61cZ (2)https://archive.md/Ocx1q (3)https://archive.md/uEWpv (4)https://archive.md/8y2q7
◎【第05回】(2023/02/07)
 (1)https://archive.md/tYSXd (2)https://archive.md/z2Qhy (3)https://archive.md/olMW0 (4)https://archive.md/7Wana
◎【第06回】(2023/02/13)
 (1)https://archive.md/P2PhK (2)https://archive.md/dhTYU (3)https://archive.md/So6Uo (4)https://archive.md/JRN41
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「家康は中国で大人気!ならば大河『どうする家康』の評価はどうだ?」(by 武者震之助)(2023/02/16)
 (1)https://archive.md/UF57K (2)https://archive.md/jpfj2 (3)https://archive.md/fqgte
 → 3ページ目の冒頭が「こちらは2ページ目になります」となっている。
 【中国語圏で日本のドラマがどう評価されるか?その声を拾うには豆辮(doban)が欠かせません。視聴者数だけでなく、レビューの点数が評価の参考となります。
  では、どんな評価なのか?というとあまり点数が高くありません……。まだ4回しか放送されていない段階でも、大河ドラマとしては相当低く、レビューのコメントを見てもどうにも荒れています。
    脚本こそどうする?
    ギャグ漫画版家康と考えれば面白い!
    魔改造した感じか……。
  困惑コメントが並ぶばかりか、別のSNSでは、こんなハッシュタグが中国へ輸入されていました。
    #怎■反省家康
    #怎樣反省家康
  中国でのタイトル簡体字では『怎■■家康』、繁体字では『怎麼■家康』となり、そこに日本で猛威を振るう「反省会」を組み合わせたものです。】(2ページ目)
 → 中国での評判に言及するのもよいが、平均点数や過去の大河との比較など客観的指標には武者氏は触れていない。
 → ページ管理人の語感では「中国へ輸入」ではなく「中国に輸入」「中国へ輸出」なのだが。



◎【第07回】(2023/02/21)
 (1)https://archive.md/Us00x (2)https://archive.md/tbzrM (3)https://archive.md/GSEoq (4)https://archive.md/rvGPh
◎【第08回】(2023/02/28)
 (1)https://archive.md/0tMWx (2)https://archive.md/MKWwN (3)https://archive.md/fXsQd (4)https://archive.md/wljWX
◎【第09回】(2023/03/10)
 (1)https://archive.md/pgs41 (2)https://archive.md/JOYex (3)https://archive.md/bYPxg (4)https://archive.md/8ZkiO
 → 放送日は03/05、URLは「https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/03/06/17...」であるが、記事の日付は03/10である。
◎【第10回】(2023/03/13)
 (1)https://archive.md/3yAAh (2)https://archive.md/E6oZf (3)https://archive.md/hGSoU (4)https://archive.md/bgE31
◎【第11回】(2023/03/20)
 (1)https://archive.md/I69i9 (2)https://archive.md/qUVMh (3)https://archive.md/p0Kzd (4)https://archive.md/SaBRW
◎【第12回】(2023/03/29)
 (1)https://archive.md/RYWFY (2)https://archive.md/Uvtzl (3)https://archive.md/cYEHt (4)https://archive.md/lK9E0
 → 放送日は03/26、URLは「https://bushoojapan.com/taiga/ieyasu/2023/03/27/17...」であるが、記事の日付は03/29である。
◎【第13回】(2023/04/03)
 (1)https://archive.md/NHAiF (2)https://archive.md/gT6B5 (3)https://archive.md/QmAZF (4)https://archive.md/xqrw
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「どうする家康に登場した「歩き巫女」当時の宗教観からズレてません?」(by 小檜山青)(2023/04/17)
 (1)https://archive.md/objLH (2)https://archive.md/gIrp7 (3)https://archive.md/9fy4x
【なんだかんだで、中世は巫女の存在が本気で信じられていました。しかし中世から近世へ向かうころとなると、迷信だとして信じない者も出てきます。】(1ページ目)
 → 近世の方が中世よりも相対的に迷信から解放される人間は多かったかもしれないが、ここまで言い切るなら具体的根拠を示してほしい。武者氏のお好きな『真田丸』では鉄火起請が登場していたのだが。
 【千代が緋袴をつけて神社にいたら、絵的に馴染みますよね。しかし、あのように現代の寺社仏閣で見かけるような巫女は、明治以降の職種であり、年末年始の高校生バイトだとしても何ら不思議はありません。】(2ページ目)
 → 明治維新前の寺社では神仏習合も多く、神仏分離後の現代でも四国札所など寺院の麓に神社(逆に麓が寺院の場合も)があったりすることが多い。また現代の寺院で望月千代のような装束を見ることはほとんどない。ちなみに小檜山氏も3ページ目で【仏教寺院で巫女舞があるのは、境内内に神社もあるといった場合になります。】と述べている。
   ただし、このドラマでは「弥陀一仏」「神祗不拝」を掲げる真宗寺院に一定以上の権威をもつと思われる巫女がおり、その点は確かに不自然である。
 【そこで浮かんでくるのが「日本人は宗教に寛容」という誤解です。確かに日本では、クリスマスやハロウィンを受け入れ、楽しむ姿はそう思えるかもしれません。しかし、現実には限られた話でしょう。キリスト教由来は受け入れる一方、イスラム教のハラル食や礼拝についてはどうか。】(3ページ目)
 → いや、自力でハラル食を用意して自宅で食べている人がいたとして、ほとんどの日本人はケチをつけないと思うぞ。問題は給食をハラル食にしろとか、ハラル食の飲食店が少ないとか「食事の提供」という側面であって、それは「宗教的寛容性」の範疇だけでは解決できない問題を含んでいる。
◎【第14回】(2023/04/18)
 (1)https://archive.md/9L4lO (2)https://archive.md/RSzTi (3)https://archive.md/dtJ3v (4)https://archive.md/x2fc1
◎【第15回】(2023/04/25)
 (1)https://archive.md/d8I8p (2)https://archive.md/dxgZH (3)https://archive.md/9u6Ky (4)https://archive.md/8AVxu
◎【第16回】(2023/05/01)
 (1)https://archive.md/wUYSK (2)https://archive.md/hQKnX (3)https://archive.md/YUAUK (4)https://archive.md/VoAo1 (5)https://archive.md/qnHFt
◎【第17回】(2023/05/08)
 (1)https://archive.md/ZC6VQ (2)https://archive.md/YIVIM (3)https://archive.md/WL5u1 (4)https://archive.md/t9fRd
 【大村益次郎の代表的な功績といえば、長州征討と戊辰戦争での勝利でしょう。兵部省創成期のトップでもあります。『花神』というタイトルからして、花粉を撒く花咲か爺さんのように、日本中に戦を広げたことを指しています。】(4ページ目)
 → 少なくとも原作者司馬遼太郎は「明治維新の基を造りながら満開を見ずして去っていった者」(ページ管理人要約)という意味で「花神」の語を使用している。
◎【第18回】(2023/05/15)
 (1)https://archive.md/l1fJC (2)https://archive.md/S5G1s (3)https://archive.md/QP7Jl (4)https://archive.md/4PVKl
◎【第19回】(2023/05/22)
 (1)https://archive.md/cylLW (2)https://archive.md/xx3Nr (3)https://archive.md/NDbPP (4)https://archive.md/Yu0OK (5)https://archive.md/ZF9C4
◎【第20回】(2023/05/30)
 (1)https://archive.md/irkZ1 (2)https://archive.md/Os7ha (3)https://archive.md/CPASO (4)https://archive.md/2iF1r (5)https://archive.md/yksiA
◎【第21回】(2023/06/06)
 (1)https://archive.md/b6p4q (2)https://archive.md/pNu04 (3)https://archive.md/Pzjd3 (4)https://archive.md/TSq4s (5)https://archive.md/BGdxA
◎【第22回】(2023/06/13)
 (1)https://archive.md/WMXHE (2)https://archive.md/K9rji (3)https://archive.md/jgxBP (4)https://archive.md/VQ01u (5)https://archive.md/KduC8
◎【第23回】(2023/06/19)
 (1)https://archive.md/OEnrD (2)https://archive.md/BYb2A (3)https://archive.md/bqGqa (4)https://archive.md/1St3c (5)https://archive.md/10XQP
◎【第24回】(2023/06/26)
 (1)https://archive.md/bvYPs (2)https://archive.md/jfOMi (3)https://archive.md/Z0WeJ (4)https://archive.md/g8JhO (5)https://archive.md/gex4K
◎【第25回】(2023/07/04)
 (1)https://archive.md/Eu4tO (2)https://archive.md/SuSuO (3)https://archive.md/OTU7E (4)https://archive.md/JdDI6 (5)https://archive.is/oj8ls
◎【第26回】(2023/07/10)
 (1)https://archive.md/OHbyi (2)https://archive.md/qYVTB (3)https://archive.md/yILQr (4)https://archive.is/fau1c (5)https://archive.md/yZJrH
◎【第27回】(2023/07/18)
 (1)https://archive.md/J19fc (2)https://archive.md/Vla56 (3)https://archive.md/wSZu4 (4)https://archive.md/qsMab (5)https://archive.md/1HRuN
◎【第28回】(2023/07/25)
 (1)https://archive.md/DWoHW (2)https://archive.md/QTxIf (3)https://archive.md/DUDeQ (4)https://archive.md/hQuJy (5)https://archive.md/DrETL
◎【第29回】(2023/08/01)
 (1)https://archive.md/7GQdS (2)https://archive.md/y4Z7a (3)https://archive.md/aCOv8 (4)https://archive.md/4cBbf (5)https://archive.md/Dmmut
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「『どうする家康』お市はウロウロすな!大河ヒロインの瞬間移動問題」(by 小檜山青)(2023/08/06)
(1)https://archive.md/7Mvsc (2)https://archive.md/ltAoQ (3)https://archive.md/CJRfy
 【(『江』について)特に本能寺の変からの一連の光景は異様そのものです。
  ・まだ幼い江が本能寺にいた
  ・伊賀越えにもついてきた
  一体なんのこっちゃ?と思われるかもしれません。歴史上の重要なイベントに、幼女が割り込むとは、いくらフィクションでもあり得ない。】(1ページ目)
 → 伊賀越えはともかく、信長が最後に見た江は幻影だ。
◎【第30回】(2023/08/07)
 (1)https://archive.md/ermwE (2)https://archive.md/3e20h (3)https://archive.md/UqMzE (4)https://archive.md/vFRUg (5)https://archive.md/ocZyG
 【前回の放送では【伊賀越え】で命からがら三河へ戻る印象が強かったのに、明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった!ですって……。】(1ページ目)
 →(note)秀吉は天正10年時点で羽柴姓。
 【ナレーターは「新たなる覇者が求められておりました」と語る。って、ここは王者ではなくて?今川義元に教えられた「覇道」と「王道」はどうなったのでしょう。】(1ページ目)
 → これより先、武者氏は「王者」の語を用いなかったことを非難していくのであるが、まず登場人物の台詞ではなくナレーションであること、次に本能寺の変の直後に「新たなる王者」と言ってしまえば、信長が王者になってしまうことの2点を押さえておくべきである。
 【「覇道」とは、力で治めること。「王道」とは、徳と仁、思いやりで治めること。本作においては、そんな教えを義元から家康に伝えられたことが放送され、以下の記事でも注目されていますが、
  ◆【どうする家康】徳川四天王子孫とプロデューサーがドラマを語る シンポジウム記録(→link)(https://archive.md/wip/WlOUv)
  そんな昔のことは忘れたよ、ってことでしょうか。
  朱子学と陽明学の区別もついていないようだし、『麒麟がくる』と比較することもおこがましい本作ですが・・(中略)・・覇者もいないし王者もいない。では何がいるのか?孫権の水軍を目撃した曹操にでも、例えを聞いてみましょう。
  「子を持つなら、孫権がいい。劉表の子供なんて、豚と犬みたいな連中だからな」(『十八史略』「赤壁之戦」)
  って、すみません……これは流石に言い過ぎですね。曹操は口が悪いから。覇者も王者もいない、せいぜいが「匹夫」ばかりだ。あたりでしょうか。】(1ページ目)
 → 「覇者」という言葉が出てくるわけではないが、金谷治は『孟子』「公孫丑」の「以力仮仁者覇、覇必有大国。以徳行仁者王、王不待大。」の部分について、「覇というのは、諸侯の旗頭のことで、周の王権が弱くなった春秋時代では、この覇者によって、世界の秩序が維持されていた。孟子の時代すなわち戦国時代の諸侯たちにとっては、諸侯はこの覇者になることが一つの目標であったが、孟子は覇者のつまらなさを説いて、真の王者になることが必要だと力説したのである。」(『孟子』朝日文庫版上125頁)と述べている。
   また、吉川幸次郎は『論語』「子路」の「如有王者、必世而後仁」の「王者」を解説して「『論語』ではここのみに見えるが、ややのちの、『孟子』以後の文献では、完全な道徳者たる君主、したがって、世界全体の君主たるべき資格をもつ君主、という概念となり、『覇者』の概念と対立する。」(『論語』朝日文庫版中127頁)と述べている。
   『廣漢和辞典』(下616頁)は「,呂燭しら。諸侯の長。また、武力によって天下を治める者をいう。∈任睥呂龍い者。制覇した者。スポーツなどの優勝者。」と説明し、出典として上述の『孟子』「公孫丑」のほか、『荀子』「王制」の「王者富民、覇者富士」を挙げる。
   以上を総合するに、『孟子』以降の儒教での観念を説明する場合は別にして、先学たちも、単純な語義としては、「王者」の対義語としての「覇者」だけではなく、より一般的な「力強い者」「支配している者」という意味での「覇者」の用法を認めているように思われる。
   余談ながら、慶應義塾大学の応援歌『若き血』の末尾は「陸の王者慶應」であり、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』は「覇者早稲田」で終わる。早稲田の作詞者が慶應を意識したとも言われるが、さりとて慶應が徳と仁で治める大学で早稲田が力で治める大学だというのは不当であろう。
 →(note)本能寺の変で信長が討たれ天下人(京や畿内周辺地域を治める人)はいなくなり、次の天下人になろうと宣言した光秀も山崎の戦いで敗れ首を討たれた。
   織田領である旧武田領の甲斐・信濃は国衆や武田遺臣による一揆、隣接する上杉・北条の侵攻を受け、『王道』を説いた今川義元の治世は遠く、大名としての今川家も今やない。
   今川の王道とて、それが届く範囲は今川家の領内(駿河・遠江・三河)であり、今川仮名目録など法度が整備されていたからこその治安である。「覇者も王者もいない、せいぜいが『匹夫』ばかりだ。」と言う前に本能寺の変直後の状況を確認しましょう。
 → 仮に家康が『孟子』以降の「王」と「覇」の儒教概念に拘りがあったとしても、ここでは彼の台詞ではなくナレーションである。現代日本の一般的な用語法に依拠してもよいのではないか?
 【朱子学と陽明学の区別もついていないようだし(以下略)】(1ページ目)
 → 具体例を挙げよ。
 【それにしても秀吉の衣装がひどい。清洲会議は歴史上の名場面であり、絵画の題材にもなっています。こんなもしゃもしゃ頭に妙ちくりんな衣装で三法師を抱えられても、まったく説得力がありません。三法師を抱える秀吉をフィクションで描くなら、お手本があるでしょ。
  月岡芳年『魁題百撰相』「羽柴太閣豊臣秀吉公」でも、「紫野大徳寺焼香之図」でも、いくらでも参照できたはず。それを知らないか、あえて無視して個性を出そうとしたのか。奇をてらってばかりで時代劇特有の面白みを消してしまう制作陣には、やはり頭を抱えるしかありません。】(1ページ目)
 →(note)月岡芳年は1868(慶応4年/明治元年)に『魁題百撰相』を手掛けるが、当時は錦絵に戊辰戦争を取り上げることが禁じられていたため、出来事やかかわった人物を戦国時代の武将などに仮託することで規制から免れたという時代背景がある。
   『羽柴太閣豊臣秀吉公』は戊辰戦争において明治天皇(三法師に見立てられている)を擁した薩長率いる官軍を秀吉になぞらえ東征した事を描いたもの、『紫野大徳寺焼香之図』は『絵本太閤記』より京の大徳寺での信長の葬儀で焼香の順番をめぐる議論で織田の遺臣達が争う場面を描いたもの。
   この二作では秀吉が殿上人(公卿を除く四位・五位の中で特に許された者、および六位の蔵人)の証である黒い束帯を着用しているが、実際には『清須会議』の時点で秀吉公は『筑前守』であり無冠、つまり浮世絵の装束はお手本にできない。
 【なんでこの子らは、母親が徳川家康に輿入れしたかったなんて話を知っているのか。お市がペラペラ話していたとか?・・(中略)・・この浅井三姉妹は、物語の展開を説明セリフで語っている。いわば大人の考えた駒です。「私たちのお父様が徳川様だったかもしれないのに」。よく子どもにこんな最低の台詞を言わせられますね。浅井長政に対しても失礼極まりない。人をなんだと思っているのでしょうか】(1ページ目)
 →(note)幼い浅井三姉妹が折に触れて母・お市さまの昔語りを聞きたがって何が悪い?・・(中略)・・父浅井長政の面影を良く知る長女の茶々は妹(初)台詞に同調せず否定している。
 →(Blog)初のセリフ「私たちのお父様が徳川様だったかもしれないのに」
 ○「もしかしたら私たちの父上は、徳川殿だったのかもしれないのですね」(ページ管理人注・noteでも同じ指摘あり。ドラマでは客観的事実を述べているようにも聞こえるが、武者氏の引用だと、家康の子供であることを初が希望しているように思える。武者氏的な印象操作の典型例)。
 【重要でありながら月代を剃らない人物がいます。長谷川博己さんが演じた光秀と、風間俊介さんが演じた徳川家康です。光秀は金柑頭ともいうし、本来剃っていてもよいはず。家康にしてもそう。しかし、私は役者を最も美しく見せるための工夫だと思いました。あの二人は月代を剃らない方が似合う。反対に染谷将太さんが頭のシルエットが綺麗なので、月代が似合います。
  『どうする家康』は、全員まとめて月代になりました。結果、明らかに似合っていない人がいて、見ているだけで悲しくなってきます。結髪も役者の頭の形や輪郭を考えずにまとめて処理しているのでしょうね。これは女性もそうで、明らかに似合っていない、不自然なヘアメークが毎回出てきて辛い。
  月代にも当然オシャレな剃り方が各人ありましたが、そういう工夫はない。】(1ページ目)
 →(note)月代を剃っていなければ「もしゃもしゃ頭に妙ちくりんな衣装で説得力がない」、剃れば「似合っていない」「個人差に対してなんら配慮がされていない」、しかも貴女の大好きな『麒麟』では「役者を最も美しく見せるための工夫」と屁理屈を付けてOK。どうしてほしいのですか?
 →(Blog)月代を剃った中で誰がどう似合わないのか、言ってもらえますか。
 【井伊直政の甲冑にも慣れません。何をどうすれば、ここまで赤備えを台無しにできるのか。工事現場にある警告標識をなんとなく連想します。こんな殺虫剤スプレーじみた井伊直政に、武田の兵を預けるなんてあんまりでは……。】(1ページ目)
 →(note)井伊直政が付けている赤と黒の縞模様の甲冑は『おんな城主直虎』で小野万福が付けていたもの、武田の旧臣を家康さまから預けられたのは対北条戦の陣中でのこと。
 【「松山ケンイチさんの本多正信はよい」という意見もあります。言わんとするところはわかります。この作品は演出も脚本も中身がないので、役者の解釈力に頼っています。経験が薄い子役を見ると一目瞭然で、一方で松山ケンイチさんがよく見えるのは当然でしょう。
  ただし、こういうことはやめて欲しいと切実に願っています。確たる脚本や演出があって演技をするというのは、栄養を補給しつつ走るようなものだと思います。だからこそ遠くまで走れるし、パフォーマンスも発揮できる。それができないからと自分の解釈力に過剰に頼りすぎると、ハンガーノックを起こさないか不安になってきます。疲れるだろうし、すり減ってしまうのではないかと。】(2ページ目)
 →(note)松山氏が『演技解釈が過剰で疲れていて、浮いているほど食い合わせが悪い』と言われているような論拠は?論拠がなければただの貴女の質の悪い中傷に近い意見ですが。提灯記事に見えるかもしれませんが本多正信さん視聴者からは喝采の声浴びていたそうです。
   「<どうする家康>松山ケンイチ“本多正信”が待望の再登場 「なかなかの主になられた」の一言に宿った説得力」(2023/08/02WEBザテレビジョン(特に3ページ目))((1)https://archive.md/hJBTi・(2)https://archive.md/EvURP・(3)https://archive.md/WilrX)
 → あたかも松山氏の演技は子役に比べればマシと言っているようにも思える。
 →(Blog)子役に対しても随分失礼な言い方だ。
 【彼(松山氏)が実力のある役者だということはよくわかる。しかし、あの「本多正信」に見えるかどうか?というとそうでもない。もっともこれは彼だけでもなく、岡田准一さんやムロツヨシさんにもあてはまります。】(2ページ目)
 →(Blog)本多正信も作品によって描かれ方が違うと思うが。岡田さんの信長しかり、ムロさんの秀吉しかり。武者氏個人のイメージに合致しないからとて、簡単に「○○に見えない」と断じていいのか?
 【秀吉の強さがまったく見えてきません。大軍を稼働させるために必要で重要な兵站も、外交も、行軍速度も、鮮やかな攻め方も何も描かれていない。兵站に才知を見せていた石田三成を活躍させる伏線すらない。】(2ページ目)
 →(note)本作品は家康とその家臣が本題なのだから、脚本・演出が「神君伊賀越え」をメインに据えて、「中国大返し」と「山崎の合戦」など他陣営は何をしていたかということが脇になるのは仕方のない事だと思う。「中国大返し」が見たいのなら『軍師官兵衛』をご覧ください。
 →(note)石田三成は秀吉が中国攻めの大将になる頃は小姓としての従軍、側近として次第に台頭していくのは賤ケ岳の戦での偵察と先駈衆としての功名による(『一柳家記』)。
 【『江』や『花燃ゆ』は主人公が戦略に疎くても仕方ない。慶長出羽合戦をすっ飛ばした『天地人』、西南戦争のオチがBL破局じみていた『西郷どん』といい勝負……って、その位置で満足なんでしょうか。】(2ページ目)
 →(Blog)個人的には『花燃ゆ』の功山寺の決起と大田絵堂の戦いは割とよかったと思う。『天地人』も最上軍の襲撃はわずかながらあった。『西郷』の西南戦争は、西郷が自決せずに銃弾を受けるという描写になっていたが、BL的なものはあったか?大久保が、降伏すれば西郷は助けると電信で伝えたことか?
 【そもそも、なぜ北条をいまさら出すのか。】(2ページ目)
 →(note)徳川家と直接関わる出来事が出てきたので満を持して北条家が出てきたのではないのか?これから北条家に関わる事件がたくさん出てくるので今更ではない。
 【まぁ、本作に兵法を望むなんて贅沢すぎますよね。お市が本当の総大将ってだけで、もう勘弁です。「名目上の総大将は、実は私なの!」なんて誰かが言い出したら、錯乱したという名目で斬り捨ててしまいましょう。殺すことに気が引けるならば、投獄でもOKです。】(2ページ目)
 → 普通のドラマ鑑賞眼があれば、金ヶ崎以降の混乱を生き抜いてきたが、遂にこの北ノ庄にて死を決意したという、お市のお気持ち表明だと分かると思う。
 →(note)大鼠といい、お市といい、自分の嫌いな女がしゃしゃり出ると「容姿や性格で貶めてもいい、殴りつけても構わない、なんなら殺しても構わない」という非常に悪趣味で他人に配慮の無い物言いだ。
 →(Blog)綿布が送られて来た時にも大久保忠世が「お市が総大将だ」と言っているが、これは彼女自身の台詞ではない。
 【幼少期のお市回想シーンが意味不明です。なぜ彼女は甲冑を着て水に飛び込んだのか?入水して命を断とうとしたとか?甲冑は重い。甲冑姿で水に飛び込んだら助かりません。それを子どもが助けるなんてできないでしょうよ。つくづくこのドラマは子どもに見せてはいけない。ああいう場合は大人の助けを呼ぶしかありません!
  水難事故防止のキャンペーンとして、“サンダルバイバイ”があります。サンダルや浮き輪を流してしまい、親に怒られると思った子どもが追いかけて事故に遭う。それを防ごうという取り組みです。】(3ページ目)
 →(Blog)「意味不明」って、このシーン第4回の「清須でどうする!」で出て来る。あの時竹千代が鎧をつけたまま泳ぐ訓練をさせられていたけどうまく行かない、情けないと思った彼女は、自分も腹巻を着けて飛び込んだけど溺れてしまい、竹千代に助けられていた。そしてこの時竹千代は「こっそり水練をなさりたい時は自分を呼ぶように、お市様のことはお助けします」と言い、それが賤ケ岳の戦いにまでつながっているわけだ。
 →(note)第4回で、おなごながら兄たちに混じって「男のように武働きがしたい」「織田家の一員であることに誇りを持ち、自分なりに家や兄に尽くしたい」とお市は思い、真似をして甲冑の胴を付け川に飛び込むが浮上できず溺れ、竹千代に助けられるという場面があった。
 →(note)幼少期の竹千代(家康)は信長のしごきで近習ともども甲冑を重りにして川に潜る訓練をしている(『信長公記』では信長は3月から9月までは川を泳いだため、水練の達者となったとある)。
 →(note)実際に甲冑付けて浮くか否か。『愚管抄』には入水のために壇ノ浦に飛び込んだ平宗盛の様子を「宗盛ハ水練ヲスル者ニテ、ウキアガリウキアガリシテ、イカント思フ心ツキニケリ(宗盛は水泳が上手なため、浮き上がり浮き上がりする中に、生きたいと思うようになった)」と記録している。・・(中略)・・また日本泳法には「甲冑泳ぎ」という岩倉流、神伝流、小堀流などで行なわれている応用泳法の一種があるそうだ。
 → 唐突に水難事故に関する児童への悪影響を語り出す武者氏だが、現代で甲冑を付けて川に入る子供がいるとは思えない(そもそも甲冑を用意できる家庭がどれほどあるだろうか)。
 【秀吉であれば聚楽第や大坂城。家康なら江戸城。きっと豪華なんだろうな!と思いたいところですが、その豪華さはオープンテラスから眺める景色で表現するんですよね。】(3ページ目)
→(note)城主の執務室、生活の場、公的な儀式の場、天皇行幸のための御殿が本丸御殿にある事を知らないんだろうか?
 【どの城も似たような家具やらレイアウトだったりして、なんなら燃えたはずの安土城と似ていたりする。それがSDGsに配慮したエコロジー大河ドラマの真骨頂です。】(4ページ目)
 →(note)時代や立地条件や縄張りで違いが出る城が全部安土城と似ているとはあまりにも歴史系レビュアーとして勉強不足では?
   ・清須城、北ノ庄城、大坂城、駿府館、躑躅ケ埼館・・・平城
   ・岡崎城、浜松城、曳馬城・・・平山城
   ・安土城、岐阜城、小牧山城、犬山城、要害山城、小谷城、長篠城・・・山城
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「秀吉が人たらしというのは本当か?史実や逸話の考察で浮かぶ意外な姿」(by 武者震之助)(2023/08/09)
(1)https://archive.md/3QkpV (2)https://archive.md/v8Fwh (3)https://archive.md/7GtVf
 【右肩上がりの新時代にしたいという思惑。朝鮮出兵こそアジア進出を先んじていたと導きたい意識。こうした新時代に向けた思想と、もともとあった人気が合致し、華やかな人物像として持て囃されていったのです。事業で成功した人物が「今太閤」と呼ばれるのも一つの表れでしょう。】(2ページ目)
 → 最終的には失敗に終わった朝鮮出兵にどれほどの先例性があったのか?
 → 「今太閤」とは上流階級出身ではない者が社会的地位を得ることであって、単なる事業成功者のことではない。
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「『どうする家康』こんな後半戦は絶対イヤだ!36の悪寒をリストアップ」(by 武者震之助)(2023/08/13)
(1)https://archive.md/trx6s (2)https://archive.md/kkyBt (3)https://archive.md/xqbpp (4)https://archive.md/0AWfJ (5)https://archive.md/xWk8P (6)https://archive.md/zZTG7
 → レビュー以外では小檜山名義が多いが武者名義の記事。
 【平均視聴率がまさかの二桁を割るかどうか。焦点はその当たりかもしれません。】(1ページ目)
 → 残り放送回を平均8%台前半で推移するわけはない。
 【幕末ワースト大河が『花燃ゆ』ならば、戦国ワーストとしてその名を残していくでしょう。『天地人』『江〜姫たちの戦国〜』『花燃ゆ』『西郷どん』。
  この四天王の一角に喰い込むばかりか、筆頭になりそうな勢いなんですね。私としては『西郷どん』に替わる枠と考えています。「『西郷どん』はまだ、役者の演技はよいところがあったもんね」。コメントとしては、こんなところですね。
  ワースト大河四天王に喰い込む確率:★★★★★】(1ページ目)
 → 本作を秀作と評価する人は少ないだろうが、ワースト四天王とかは主観の問題。レビュアーがなすべきことではない。
 【本業が役者ではない方をキャスティングするのはその解決法でもありますが、もう一つの手法としては「人情枠」があります。私の造語でスミマセン。要は制作陣とお付き合いのある俳優で、過去にプロデューサーやスタッフと関わりがあった方がその対象。あるいは既に家族が出演されているなど、情に訴える出演依頼ですね。プロデューサーが同じ大河ドラマ『平清盛』あるいは朝ドラ『なつぞら』からの出演者あたりも考えられます。個人的に、淀の方の大本命は「広瀬すず」さんと予想しています。】
 → この記事のタイトルに鑑みれば、小檜山氏は広瀬すず氏が嫌いなのか?
 【(小見出し・来年はオーディション経由の役者が増える)
  これは願望。もう事務所都合でのキャスティングはやめましょう!
  オーディションによる配役確率:★★★☆☆】(6ページ目)
 →(note)久松源三郎役の長尾謙杜さんや五徳姫の久保史緒里さんはオーディション選出、失礼すぎる。


◎【第31回】(2023/08/15)
 (1)https://archive.md/Oju9R (2)https://archive.md/L3VRK (3)https://archive.md/ldHaY (4)https://archive.md/zXq8j (5)https://archive.md/Xlcfy
 【「白兎……白兎……」と秀吉が妙な表情で呟いている。すごく意味ありげで、いかにも「重要なセリフを吐いてますよ」というアピール感が凄まじい。しかも、あまりにスカした表情で語るため、見ているこちらが本気で恥ずかしくなってきます。共感性羞恥で自分を殴りたくなるほどだ。だって、あの恥ずかしいニックネームを、信長は秀吉の前でも言っていたということですよね?】(1ページ目)
 →(note)信長が「白兎」と気に入っていた家康だからこそ、秀吉は懸念として何度もあだ名を呟き浮かない顔をしていたのだと思うが。
 【マザーセナを教祖として崇めているようでいながら、性的なことは別。旭姫がその対象となるかどうか不明ですが、カルトとしての生々しさだけはリアリティのあるドラマです。】(1ページ目)
 →(note)瀬名を弔い「正室を置かない」と思っていた家康だが、政治的政略は別物で待ってはくれない。秀吉にとってはそんな個人の思いは関係ない。徳川を脅威と思うからこそ調略しようとするも上手くいかず戦になったので、後に妹を政略結婚させようとしたのである。
 【髭ヅラ秀長の説明セリフもしんどい。どうしたってビッグモーターのCMイメージが先行してしまい、興が削がれます。】(1ページ目)
 →(note)ビッグモーターの不正発覚後、秀長役の佐藤隆太氏の所属事務所は事務所側から契約解除を申し出、7月20日付けでビッグモーターとの契約解除を発表している(ケイファクトリー公式Webサイト)。「CM出演の芸能人が企業スキャンダルで、損害賠償を求める事はできるのか?」「相手方企業の状況をきちんと精査する責任が事務所側にもあるのでは?」という争点はあるが、罪のないタレント・俳優さん個人に連座を求めるのはお門違いだと思う(参考:https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2307/2...
 → 小檜山氏が秀長を見てビッグモーターを思い浮かべたことは主観の問題として、歴史ポータルサイトのドラマレビューでそれに触れる必要はあるのか?
 【マザーセナを教祖として崇めているようでいながら、性的なことは別。旭姫がその対象となるかどうか不明ですが、カルトとしての生々しさだけはリアリティのあるドラマです。】(1ページ目)
 → 『まんぷく』レビューで「教団」「信者」等の言葉を連発して以来、小檜山氏は宗教に準えてドラマを語ることが多いが、安易に「カルト」と評することはやめるべきだ。
 【『麒麟がくる』の場合、高位の人物に会うとなれば結構な手間暇がかかることがわかりました。駒や東庵は名のある人物とホイホイ会えたではないか、という反論は別の話。彼らは特殊技能持ちだからこそのルートがありました。・・(中略)・・人気のラーメン屋じゃないんだから、全くリアリティを感じさせず、セキュリティもザル。】(1ページ目)
 → 東庵はドラマ開始時には落ちぶれていたが、かつては正親町天皇も診察を受けていた。駒は、たまたま鍼治療の患者だった芳仁から教わった「芳仁丸」がリアリティーを欠くほどの万能薬だった、たまたま覚慶(足利義昭)に出会ったことなどから高位の人々と交わることとなった、それらがご都合主義と批判されていた。
 →(Blog)では、斎藤道三の家来である無位無官の光秀が、将軍義輝と差しで会えたのはなぜだと考える?またこの時の秀吉は、正式にはまだ天下人ではなく(ナレでも天下人への階段を駆け上がっておりましたとあり)、柴田勝家に勝利して、織田家の家臣ナンバーワンの位置を確立したと言うべき。
 【このドラマは差別への意識が薄いことも欠点。秀吉と秀長、死を目前とした明智光秀がお国言葉になります。大河でお国言葉を使うことそのものが悪いのではありません。貶める手段として用いることが問題です。今時この認識なのかと驚きました。この描写だと、お国言葉を使う人間を貶めているニュアンスがあると思われかねない。実際、昭和のテレビでは平然とそうした使われ方がありました。】(1ページ目)
 → お国言葉が貶める手段として用いられているのか、吟味する必要がある。
 →(note)尾張民の私から言うと、貴女に対して「くそだわけ」と言いたくなるような不快感と怒りを感じる。
   光秀の罵倒はともかく羽柴兄弟の尾張弁は尾張中村から立身を願って出てきた庶民出身の人物の日常会話で、現代でも尾張弁は日常で使われる。貴女の言い方だと「お国言葉(尾張弁・美濃弁)を使う人間は下劣だ」と言っているように思われて非常に差別的に感じる。愛知県民や岐阜県民の前で面と向かって「お国言葉は下劣で差別的ですね」と言うのですか?
 →(Blog)『真田丸』の寧(北政所)でも、なか(大政所)でも尾張言葉を使っていたが、あれも差別なのか?
 【秀吉の下劣さが止まらない。品位が何もない。役者の問題ではなく、脚本はじめ作り手が権威や身分秩序を理解できていないせいでしょう。】(1ページ目)
 →(note)羽柴兄弟は尾張中村出身の庶民から身一つで出世してきた人物、権威や身分の前に武家階級で基礎教養となるものを恒常的に身に付けられず必用なものを独学で身に付けるような身分だったと思われる。・・(中略)・・有職故実、武芸や趣味教養を身に付けた人物たちと庶民上がりの「羽柴筑前守」のスキルを比較すること自体ができないし、だからこそ秀吉公自体が出自コンプレックスから高貴な身分の血筋を望んだんだが。
 【秀吉が書状を書く場面。今回も筆の持ち方がおかしい。そもそも秀吉は出世したのだから祐筆を使えばよいのでは?さすがに大河スタッフが祐筆を知らないとはあり得ないでしょうが、こうした描写があるから、どうしても出世した感じが出てこない。】(1ページ目)
 →(Blog)秀吉は花押を書いているように見えるが、それでも祐筆を使うのか。文章でなく花押のみなら、多少斜めにしていてもよいのでは?
 →(note)偽造防止のためにある花押だけは本人しか捺す事ができないから秀吉自ら筆を取ってもおかしくないのでは?
 【切れ者であるから見出したはずの明智光秀も愚かでしかなかった。】(2ページ目)
 →(Blog)信長が主人公ではないため、光秀の切れ者の描写は限られるし、武者氏が望む光秀像が、必ずしも他の大河で描かれるとも言えない。武者氏の場合、好きな大河の人物を理想像と決め込むため、他作品の描写の面白さを理解できていないのではないか?
 【BBC版の関ヶ原『ウォリアーズ』では、信康を死なせたことを思い出す家康が展開の説得力になっていました。関ヶ原に遅参したから腹を切りたいと語る我が子・秀忠を、温情で許す家康。そういう厳しい時代は終わったと宣言し、それが泰平の世の幕開けにも思えたものです。BBCがそういう描写をしているのに、NHKはマザーセナの教義による泰平の世にするとは……。】(2ページ目)
 →(Blog)BBCはBBC、大河は大河なのに、BBCの描き方が正しいと思い込む武者氏。しかも「展開の説得力」ってそれを言うなら「説得力ある展開」でしょ!
 →(Blog)本作品で「関ヶ原に遅参したから腹を切りたいと語る我が子・秀忠を、温情で許す家康」といった描き方をしていたら、それはそれで叩くのだろう?
 →(note)まだ関ヶ原の戦いは先の話、秀忠(長丸)はまだ幼い。
 【井伊直政は幼く、腕も細く、所作も筋力が感じられず、・・(中略)・・そもそも包帯を巻いて「稽古をつけたあとです」という説明は何事でしょうか。汗もろくにかかず、着物もきれいで、擦りむいたような傷がポツポツとあるだけ。打撃による内出血の跡はなし。これのどこが?
  本多忠勝も「細い!」と思ってしまいました。・・(中略)・・これで本多忠勝と言われても、全く納得できません。槍も重たそうに見えないし、見せ方の工夫が足りません。】(2ページ目)
 →(note)嫌いな作品に出てくる人物は容姿・衣裳・作法・言動全てが気に入らないと言いたいのだろうが、俳優さんの演技ではなく容姿や体つきまで叩くのはルッキズム、外見にもとづく偏見です。
 →(note)直政は城の台所で自分で手当てをしていたのだから稽古の後汗を拭いたり着替えたりしていたのだと思うが。
 →(Blog)画像を見る限り、直政の頬や腕に赤みがあり、内出血と思われる。
 →(Blog)画像を見る限り、ノースリーブで日焼けしたようには見えないが。照明のせいではないか?
 →(note)忠勝の腕の動きからして三角筋前部と大胸筋の境界線による影ではないか?
 →(note)忠勝の持つ天下三槍の一つである「蜻蛉切」は大笹穂槍の穂先(本体)のみで498g、そこに長さ二丈(約6m)の柄がついていたと言われ、ドラマ作中では柄の長さも俳優が振りやすいよう通常の槍の長さ3m強だと思われる。同じく三名槍である日本号の拵も含めた総重量は2.8圓覆里秤驩拈擇眛韻犬茲Δ塀杜未世隼廚錣譴襦
 【字体も、戦国時代にしては新しすぎる気がします。ああいうかっちりした楷書で書くものでしょうか。】(2ページ目)
 →(note)14世紀半ば作と見られる『南贍部洲大日本国正統図(広島県立歴史博物館)』、弘治3年(1557年)に書かれた『南贍部洲大日本国正統図(伝香寺旧蔵、現唐招提寺所蔵)』など、楷書に近いかっちりした字体だと思われる例はある。
 →(Blog)『麒麟』第38回には何かフォントを使って作ったのかと思えるほどきちんとした楷書で書かれた地図が登場している。
 【『らんまん』のこういう小道具ははちゃんとしているのですが。
  ◆万太郎が植物標本を包む「新聞紙」にも驚きのこだわりが…朝ドラ『らんまん』の知られざる「演出の世界」(→link:文春オンライン・https://archive.md/aXMxM
  だからといってデジタルにすれば良いというものでもなく、相変わらず地図は虫がはっているようで不気味です。】(2ページ目)
 →(Blog)『らんまん』では読む「新聞」ではなく標本を包む「新聞紙」として使われる小道具とはいえ、当時の新聞の再現なら朝ドラ全般に言えることである。
 【あまり兵法に興味がない人がやりがちなミスですが、できる軍師や智将ほど、せいぜい二手先ぐらいしか見通しません。実際の相手がどう反応するか。そのときの天候はどうなっているか。予測不能な要素がありすぎて、先の見通しとは非常に難しいものです。】(2ページ目)
 → 将棋や囲碁でも相手の応手を確定的に見通すことなど将棋の藤井聡太氏でも不可能。それでは藤井氏は三手先までしか「読んで」いないのか?軍師も同様、先のことを断定的に予想し、その予想が外れた場合に全く対応できないのでは困るが、しかし先のことを考えていないわけではない。『風林火山』の山本勘助は予想を外したではないか。
 【本多正信だけでなく、家康もわけのわからない先読みをペラペラしゃべっているので、大の大人が揃って何バカなこと言ってんだ?と悲しくなってきます。】(2ページ目)
 →(note)「わけのわからない先読みをペラペラ」の内容を提示されたい。池田・森の両将が羽柴方に寝返り「犬山城」を落としたため、次の標的は「楽田城」。
ここを落とされれば信雄の本陣である「清須城」と目と鼻の先である「小牧山城」に向かうのは必至ということ。
 →(Blog)家康と家臣の間だけで共有していますよね?これも武者氏は以前も書いてた、その時も内輪だけで情報を共有していたはずだが。
 【「乱世をおさめたいから秀吉に勝負を挑む!」いったい何を言っているのか?『麒麟がくる』では、明智光秀の内政のやり方に感銘を受けた徳川家康が、意見を聞きに行く場面がありました。民の安定を成し遂げてこそ、乱世が終わる。そういう丁寧な描写です。】(3ページ目)
 →(note)これから羽柴軍相手に戦を挑もうとしているのだが。急な敵への寝返りにも狼狽えず将を叱咤し指示を出す殿とそれに対して的確な人員配置と自分の仕事を分かった家臣団がいるからこそ酒井は「いい死に場所」と心得て、「必ずや勝てると信じているからそのうえで天下をお取りなされ」と励まし家康は酒井に(徳川が勝つために)「生きて帰ってこい!」と伝えたのだが。
 → 乱世を放置したまま民の安定を図っても、他国からの侵攻の可能性を考えれば、束の間の安定に過ぎないように思う。なぜ武者氏は単純な二者択一論法を好むのだろう。
 【暗殺なら、宴会に呼び出すとか。『鎌倉殿の13人』では、一条忠頼を呼び出して坂東武者が取り囲み、きっちり始末していましたね。あるいは入浴中や就寝中とか。もっと人を殺す手段を真面目に考えてくださいよ。】(3ページ目)
 →(note)『名刀幻想辞典』「岡田切」の項には次のようにある(https://archive.md/d0G49)
   【織田内府信雄、家老岡田助三郎秀吉へ内通の嫌疑があって、誅殺を加えようと土方勘兵衛を対手と定め、岡田を招き鉄砲を出して見せ、岡田少しさし俯く処を土方引組たれば岡田脇差を七寸八寸抜きたる時、信雄佩刀を抜て土方離せゝと呼ぶ、土方手早く短刀にて岡田を一刀刺して突放した処を、信雄透さず斬殺したと云う】
 【今週もド近眼設定はまるっと無視!マザーセナの後継者である彼女は、目の術後も良好なようですね。今後はレーシックお愛という名前で呼びましょう。】(3ページ目)
 →(note)今回は我が子二人の手習いを見るうち夕暮れになり親子ともども眠ってしまったところに家康が訪れる場面で、格段に遠方を見やるような場面ではなかった。
 →(Blog)家康は至近距離におり、近眼でも十分見えると思うが。
 【秀吉は月代。家康はちょび髭。そういうメイクでごまかしていますが、人間的な変貌が全く無いから、わけがわかりません。】(3ページ目)
 → 俳優の演技については個人の主観の問題だが、ページ管理人は秀吉については天下人への変貌途上である様子を、家康は泣き虫だった過去を離れて大大名としての風格を、それなりに示せていると思う。
 【日本を二分する――こういうセリフで小手先だけのスケール感を出したいのでしょうが、かえって逆効果でしょうよ。九州や奥羽がまだ残っているのに、気が早すぎるのでは?しかもサブタイトルが、往年の名画を安直に真似た「史上最大の決戦!」です。だとしたら、関ヶ原の戦いや大坂の陣はどういう扱いとなるのでしょう?】(3ページ目)
 →(Blog)この場合の戦いとは、信長や秀吉に臣従した地域と、信雄や家康の領国の戦いを意味しており、まだ九州、四国や奥羽(東北)はその版図に組み入れられていなかった。
 →(note)室町〜戦国時代での「天下」は天皇や朝廷を擁する武家政権が管轄する京や畿内周辺地域の事を指す。・・(中略)・・他東国・西国はまだ遠方で天下のうちに入っていないものと思われる(実際東国・西国の大名が臣従するのは統一されるのは小牧長久手の戦以後)。
   また頼山陽の『日本外史』では「公(神君家康)の天下を取る、大坂に在らずして関ケ原にあり、関ヶ原に在らずして、小牧にあり」と天下人に押し上げた戦いである事を述べている。
 【このドラマは、本当におにぎりを握る女が好きだな!・・(中略)・・『花燃ゆ』のリベンジでもしたいのか。誰かの趣味なのか。】(4ページ目)
 → 戦国大河におにぎりは定番でしょう。
 【『らんまん』を見ていて気づきました。書状を手に取り、さっと振ることで広げる。そんな時代劇お馴染みの所作ができています。そして気づきました。『どうする家康』では、そんな綺麗な所作を見たことがないことを。
  そのことに気づくと、どうにも小道具の扱いもおかしくて気になって仕方ありません。思い出したように家康の薬作りが出てきました。趣味というわりに薬研の使い方も雑。説得力がまるでありません。・・(中略)・・
  太鼓の打ち方がおかしい。軍勢ごとにルールがあって、もっときっちり打つもの。やる気がないのか、そうした調子は一切感じられず、ポコポコ打つせいで迫力にも欠けている。発声も声が裏返るので、本当に稚拙です。大河ドラマをパロディにしたコントの類にしか見えません。】(4ページ目)
 →(note)三方ヶ原での大敗直後、酒井忠次が太鼓を打ち鳴らし敵を撤退させた「酒井の太鼓」の逸話はあるが(ドラマ内描写なし)、本格的に徳川軍の主力を甲州流軍学に合わせて編成するのは小牧・長久手の戦以後のこと。
 →(note)「どうやって書状を広げればいいのか」「薬研の使い方はどうすればいいのか?」「徳川家の正確な太鼓の打ち方はどのようなものか?」など、具体的に正解を提示していないため、ただの因縁つけ・いちゃもんにしか思えない。
  武者氏が具体的に所作指導や芸能指導をYouTubeなどで正式な方法で実践してこれが正解だとNHKに意見してみてはいかがでしょうか?
 →(Blog)具体的にどのようなシーンなのか、はっきり書いて貰えないでしょうか。武者氏の文章は具体性を欠いていることがあまりにも多い。また、以前の筆の扱いについてははっきりと書いていたが、あのシーンもそうおかしなものではなく、家康はちゃんと筆を立てて書いていたし、お市自害を聞いた時は、筆を落としたのではなく放り出したように見えたので、あの所作でも問題ないと思う。
 【超絶技巧記事が出ました。
  ◆『『どうする家康』“キャラ変更”に落胆の声「『麒麟』の感動を返して〜!」。ムロツヨシ/佐々木蔵之介が同じ秀吉役だが』(→link:by 木俣冬・『女子SPA!』@2023/08/12・https://archive.md/TTvKU)
  何が超絶技巧か?
  ・ノベライズ担当者だけに、シナリオそのものではなく「キャラ変更」に落ち着けようとする
  ・今さら『麒麟がくる』の長谷川博己さんらに目配せし、胸キュンアピールを欠かさない
  ・実在の人物を「キャラ」扱いし、学説なり、思想なり、歴史的な解釈の余地をここでは全く語らない
  ・ファンが多い役者は配慮し、決してファンダムを刺激しないようにする巧みさ
  ・井伊直政は若い美形が演じているだけで、結構タイプは違うと思うけれども。これだとイケメンが演じていたら良いと思えるような……でもお互いのファンへの気配りがバッチリ!
  とまあ、掲載媒体カラーにバッチリあわせているんですね。別媒体ではしっかり本作を絶賛していますから、これぞできるプロの仕事だと思います。こんな記事は心の底からどうでもいい。だからなんなんですかね。】(4ページ目)
 →(tweet)引用記事を読んでみたところ、真田昌幸、明智光秀、豊臣秀吉など登場人物が各大河ドラマではどのように描かれ、どのような評価を視聴者から受けていたかが書かれている。・・(中略)・・武者氏、「こんな記事は心の底からどうでもいい。だからなんなんですかね。」と冷めたふりをして人の評価がどのようなものか都合が悪いものはリサーチしないから偏るのでは?あと中傷は批評ではありません。
 →(Blog)つまるところ、同じ系列のメディアでも訴求対象によって書き方を変えているわけで、「プロの仕事だと思います」などと書くより、武者氏自身がきちんと「プロの仕事」をやるべきかと思う。
 → 武者氏は引用記事を「提灯」と評価しているのだが、彼女自身の文章並びに引用させていただいた(note)及び(Blog)の記述から分かるように、特に『どう家』に特化して持ち上げる記事ではない。凡そこのドラマに関わるものは全て提灯記事だというのなら、武者氏のレビューこそ「お化け提灯」だといえよう。
 【結果がわかったように振る舞う歴史ものは、基礎すらできていないとみなされて、全く評価されません。
  ◆【どうする家康】家康へ復讐の野望に燃える「淀殿」爆誕へ(→link:『Lmaga.jp』@2023/08/12・https://archive.md/wgT3m)
  こんなニュースなんて、タイトルの時点でもうむちゃくちゃ。茶々が「淀」と呼ばれるのは、彼女が懐妊して淀城が産所となったから。つまり「淀殿」は妊娠しなければ爆誕も何もあったものじゃない。】(5ページ目)
 → 記事タイトルは鉤括弧付きの「淀殿」、本文中には小見出しに1回、その他に2回しか淀殿の表記はなく、しかもうち1回は「のちに家康の強敵・淀殿となる茶々」という表現。これに対し「茶々」は小見出しと写真キャプションを含め11回登場。引用記事執筆者も「この時点では茶々」と認識していたことは明らか。武者さん、批判するなら確認作業を怠らないように。
 →(Blog)武者さん、貴女も第30回レビュー(1ページ目)で「明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった!」と書いてますよ。
 【慈愛の国を築きたい、教祖マザーセナ!女総大将・お市!やたらとデカいビジョンを掲げるものの、男に頼らないと死ぬ。破滅する。田鶴や阿月も自己実現と引き換えに死ぬ。ワンパターンのミソジニーを繰り返しますよね。茶々も「天下とる!」と言いながら死ぬんでしょう?女が高望みしたら死ぬんだ! 破滅するんだ! お姫様の自己実現なんて知らねーし。そう見られても仕方ないような描写の連続。医学部を目指す女子受験生への脅しに使えそうなドラマですよね。】(5ページ目)
 → 武者氏が挙げている女性のうち、あえて「高望み」した者というなら瀬名(あくまでもドラマ設定上)くらいか?他は押し寄せる運命に懸命に抗った上での「死」ではないだろうか?
 → 未だに東京医大の不当入試を持ち出してくるが、女性医師も数多実在するし、医学研究者だって珍しくないのに、何を言ってるんだか。
 【女はおとなしくしているほうが本質的に賢いとでも言いたいのか。この作品は、自分の足で立ち上がった女性の膝を背後から蹴り、脚をへし折り、頭蓋骨に岩を叩きつけて潰すような暴力性に満ちています。男性を必要としない自立した女性など、地獄に堕ちて当然だと思っているかのよう。『麒麟がくる』で医師として自立したヒロイン駒のことを未だに許せないと書き込み続けている人にとって、本作は理想そのものでしょう。】(5ページ目)
 →(note)「理想の世の中」を夫や友と語り合い罪を受け入れて亡くなった瀬名を「マザーセナ」と蔑み、忍びである女大鼠さんや千代、元々身分が低く自分のやりたいことができなくとも主のために健脚を生かして危機を知らせた阿月、癖毛という時代的にコンプレックスになりかねない容姿の旭姫を論い侮辱し、主家筋の女性として指揮を執るお市や夫亡き後の城を守って戦い討ち死にしたお田鶴、幼くとも両親の思いを受けて「恨みを果たして天下を獲る」と決めどうすればいいか考えた末覇者の庇護下に入る事を決めた茶々さまを叩いたうえ、「冷蔵庫の女」「殺すことに気が引けるならば、投獄でもOK」「歳をとって“賞味期限”が切れた女なんて邪魔なだけだから、殺してでも入れ替えていくのがいいに決まっているんですよ」と言うくらいですしね。
   「自分の足で立ち上がった女性の膝を背後から蹴り、脚をへし折り、頭蓋骨に岩を叩きつけて潰すような暴力性』を持っているのは貴女なのでしょうね。」
 【私のように批判を厭わない人物を侮蔑することで、マウントによる愉悦の感情すら湧いてくる可能性もある。これまで、そういう社会構造が作られてきたし、そこに乗るとスカッとするんですね。】(5ページ目)
 →(note)貴女の場合は「批判を厭わない人物」なのではなく、碌に作品の内容を精査せず、検索すれば出てくるような登場人物の人生や歴史背景・文化財や衣装などを調べようとせず、製作にかかわる俳優スタッフの話すらまともに取り合わず教養マウントや間違った知識を吹聴するから指摘されるのです。
その指摘も「自分への侮蔑」「マウント」「スカッとする社会構造」と他責するから、まともなレビューにならないのですが。スタッフや視聴者に反省を促す前に「隗より始めよ」で自身を顧みてはいかがでしょうか?




◎【第32回】(2023/08/21)
 (1)https://archive.md/qc9XC (2)https://archive.md/i20Go (3)https://archive.md/W7lYJ (4)https://archive.md/2apLt (5)https://archive.md/cqMBG
 ((1)再魚拓)https://archive.md/7Dg4g ((4)再魚拓https://archive.md/1t1kD) → 再魚拓採取の理由については下記【絨毯を巡って】を参照。
 【天正12年(1584年)3月――家康と秀吉の天下を巡る決戦の火蓋が切り落とされた。そんな字幕が流れ、歌いながら土木工事する人足の姿が映ります。】(1ページ目)
 →(note)「決戦の火蓋が切り落とされた」は「幕が切って落とされた」との混同で誤用。「火蓋を切る」という行動は火縄銃の火蓋を開き点火の準備をする事で転じて「物事が始まる」という意味。火蓋を切って落としては銃は使い物にならない。
──【絨毯を巡って】──
【直後に登場する秀吉の陣羽織も、質感が絨毯のよう。『真田丸』の秀吉も、派手で凄まじいセンスの衣装でしたが、それが似合っていたし納得できた。】(1ページ目)
 → 絨毯について公式HP(https://archive.md/Y4cAl)
 →(Blog)「絨毯のよう」ではなく、「絨毯」なのですねこれは。京都国立博物館の鳥獣文様陣羽織のページ:https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/sen...
 →(tweet)だーかーらー、実際に絨毯なんだよ!当時の舶来品で超高級品なんだよ!秀吉の成り上がり成金趣味と実際の財力と権力の凄さを素人の視聴者にも一目で分からせるための演出なんだよ!
 【秀吉の陣羽織が、どうしてもカーペットのように見えてしまう。実は以前も似たようなことがありました。
  『花燃ゆ』で、ヒロインの美和が鹿鳴館舞踏会にあわせて仕立てたドレスが、カーテンに見えたのです。あのときは『八重の桜』で大山捨松が着用したドレスを着回した、津田梅子の方がよいとしみじみと思いました。・・(中略)・・大河の衣装において、絨毯だのカーテンだの、連想したくありません。まっとうな衣装デザイナーはいないのか……。】(4ページ目)
 → 4ページ目の記述だが便宜上ここに記載する。
 →(note)秀吉公の陣羽織は京都国立博物館所蔵で高台寺に伝わった重要文化財・『鳥獣文様陣羽織』をモチーフにし、衣装デザイン柘植氏曰く『底知れない恐ろしさが漂う色使い』という事でペルシャ絨毯の技法を使った陣羽織、鳥獣文様陣羽織も元はペルシャのカシャーン地方で製織された伝統的な文様を用いた絨毯の生地ですので、時代考証的にも問題ない。
 →(Blog)美和が着用していたのは、かつて仕えていた銀姫のおさがりであり、美和自身がオーダーしたわけではない。あの手のドレスは、その人の体型に合わせて仕立てないとなかなかフィットしないと思うが、特に直したようでもないのに、美和にドレスがぴったりしていた。寧ろ不思議なのはその点だった。なお津田梅子にしても、『八重の桜』のドレスを着ているからいいと褒めているのではないか、そのような気もしてくる。
 【※謝罪と追記
  大変失礼しました。秀吉には絨毯を陣羽織にしていたものがあり、制作側の正解です。私の不勉強ゆえのあやまちであり、以下に参考リンクがございます。
  ◆鳥獣文様陣羽織(→link)
  実物はドラマほど「モロに絨毯です」とは見えず、着用時期にも疑問は残りますが、私のミスはミスです。大変申し訳ありません。
  謹んでお詫びを申し上げると共に、今後も勉強を重ねていきたいと思います。失礼しました。】(再魚拓4ページ目)
 → 上に記載したtweet、note、Blogのほか多数のツッコミがあったためか、武者氏にしては珍しく謝罪して追記した。追記時期はX上に2023/08/28・14:26の読者の報告投稿があることからそれ以前と考えられるが、訂正に時間がかかりすぎのように思える。
   なお、再魚拓4ページ目ではこのように謝罪しているが、同様の記述のあった1ページ目には何の追記もない(再魚拓1ページ目参照)。
 →(tweet)「実物はドラマほど『モロに絨毯です』とは見えず・・・」なんてことを書いてるのがそもそも非を認めたくない気持ちの表れだなと・・・
 →(note)追記で上記の事柄について謝罪しているが、「実物はドラマほど『モロに絨毯です』とは見えず』というが、リンク先の京都国立博物館の説明に「もともとこの織物はペルシャのカシャーン地方で製織された絨毯であったと考えられる」とある。経年しているんだから450年前の重文と現代での仕立てたばかりの生地が違うのは仕方ないのでは?
──【絨毯を巡って:終了】──
 【その思いも井伊直政で台無しになります。彼は顎が細く、色が白い、そして全体的に細い。・・(中略)・・しかし今回はどうしたって線の細さが目につく。江戸時代後期以降の白米を食べている印象顔に見えてしまいます。適材適所にできなかったのでしょうか。】(1ページ目)
 →(note)井伊直政は赤鬼のイメージがあるが、『徳川実記』によれば「容顔美麗にして、心優にやさしければ」と評される美男
 →(Blog)「江戸時代後期以降の白米を食べている印象顔」て何ですか?
 【こんなところで怒鳴って、誰に聞かせるつもりなのでしょう?徳川勢が愚かで品性下劣にも見えてくる。あまりにくだらない場面です。】(1ページ目)
 →(Blog)だからここで皆があれこれ言うのを、榊原康政が書き取っているわけ。だから別に戦国時代にこだわらず『三国志』だって参考にしてもよい。
 【曹操が袁紹と対決したとき、袁紹のプロパガンダ担当者である陳琳が曹操を罵倒する文書を書いています。・・(中略)・・これが名文で『文選』に収録されています。・・(中略)・・そして袁紹を倒して陳琳を捕縛すると、目の前まで陳琳を連れてきました。・・(中略)・・すると曹操は、「きみ、煽りの才能あるよ。これからは俺のために俺の敵を煽ろうぜ!」と許して陳琳を採用。無事、曹操配下を代表する文人となった――というものです。
  「ドラマだからフィクションで当然」というならば、なぜこうした過去の名シーンを参考にしてアレンジしたりしないのか。】(1ページ目)
 →(note)ドラマの榊原康政の檄文は、江戸時代に成立した新井白石の『藩翰譜』によるもの。小牧・長久手の戦の折、家康公の文書の代筆を請け負うほどの能筆家で知られた康政は、秀吉による織田家の乗っ取りを非難する檄文を書き、これに激怒した秀吉は『榊原康政の首を獲った者には10万石を与える』という触れを出した(その後和解し従五位下・式部大輔の位を賜る)という逸話を基に構成されたエピソードです。逸話を紹介するなら『文選』の陳琳だけでなく、モチーフになった康政の逸話を紹介しないのですか?
 →(Blog)十万石の檄文をご存知ないのですか?『藩翰譜』に出て来ますよ。なのにここで漢籍云々。結局ここでも「自分が描いてほしい大河」なのですね。しかも史料にあるのに無視しているし。
 【秀吉に「人の悪口を書いて面白がっている奴は、自分の人生を特別だと思っているんだ!」なんて言わせてますが、これはどういう意図なのでしょう。暗に、『どうする家康』を批判する者たちに向けて発せられているんですかね。あるいは、秀吉のその言葉を肯定的に捉えるのだとすれば「だから徳川軍はダメなんだよな」となってしまいます。急にどうしたのでしょう。】(1ページ目)
 →(note)自分(武者氏)はどれだけ他人をサンドバッグにしてもいいが、悪口を言われても反論するな、黙って叩かれろとは?
 →(Blog)秀吉の台詞は正確には「所詮人の悪口書いて面白がっとるようなやつは、己の品性こそが下品なんだと白状してるようなもんだわ」だ。
 → 秀吉のこの台詞、SNS上でも、武者震之助と名指しはしないものの彼女に対する言葉ではないかと、若干の盛り上りをみせた。
 【以前から、脚本ではなくアドリブが目立っている本作、公式ガイドブックの「第32回あらすじ」では、秀吉の台詞が「家康はひざまずく」といった趣旨の一文しか記されていません。編集者が公式ガイドブックを確認したところ、このシーンでは榊原康政による「野人の子」という言葉に注目されていたそうです。】(1ページ目)
 → 武者氏は別のところでも公式ガイドブックを持っていないと告白している。
 →(Blog)後編ガイドブックの151ページには「…家康は、この卑しき野人の子にひざまずくんだわ」とあるが、武者氏の文章では意味が通りにくい。しかしその前に、秀吉がこの康政の立札を見て激怒する様子が、きちんと文章で書かれている。
 →(note)ガイドブックの内容だけが台本だと思っているのか?あれには「あらすじ」と言う通り、台本の概要しか掲載されていない。その「あらすじ」には「そこには榊原康政の署名があり、秀吉は野人の子だの、信長の恩を忘れた者だのと、ひたすら罵詈雑言が書き連ねてある。激怒した秀吉が我を忘れ、下手を打つかもしれぬという魂胆であろう。」とある。
 →(Blog)武者さん、大河について書いて報酬を貰っているのなら、公式ガイドブックくらい揃えませんか?
 【なんとなく偉そうな正信。なぜ、ここまで大きな態度でいられるのか。軍師的ポジションならば、まずは天候の話をするのが自然な流れでは?風が強ければ火を使うとか。雨が降るならば水害を利用するとか。そういう見通しが一切なく、未来を知っているからこその結論(中入り)をドヤ顔で出してくる。】(1ページ目)
 → ファンタジーならともかく、数万単位の軍勢が対峙する戦場で都合よく大風・大雨が生じ、かつ現代の気象庁のレベルでそれを的確に予想できるのか?
 →(note)城下や城への火攻めは、単に火を放てば成功するわけではなく、燃え広がりやすく且つ気付かれにくいところに着火する必要があり、内応者を事前に敵陣へ潜入させておくなど下準備が必要。双方共に最前線に砦を築いて対峙し、手が出せず膠着状態に陥る中、見通しのいいだだっ広い平地に火を付けるのは意味があるか?水害を利用した水攻めって楽田城から小牧山城までの間に川はないが。正信が地図の上の石を落とし「ここを攻めますかな」と言ったのはそこが弱い場所で攻め口(岡崎城)になるからだ。
 【そうした武将の登場機会があれば、月岡芳年『魁題百撰相』でも参考にしていただきたい。あれは芳年が上野戦争を目撃した結果の絵ですので、人間のリアルな狂気が伺えて実によいものです。NHKの夜8時ではきついかもしれませんが、血しぶきだけは好きな本作ですので今さらではありませんか。】(2ページ目)
 →(Blog)月岡芳年も頻繁に出してくるが、なぜ戦国の武将を描くのに、同時代人でもない、幕末から明治にかけての浮世絵作家の作品を参考にする必要があるのか不思議だ。
 →(Blog)血しぶきがそこまで出て来ますか?
 【井伊直政と本多正信をバディにしたいというのはわかった。ただ、描き方がひどく稚拙に見えます。『麒麟がくる』の明智光秀と細川藤孝とか。『鎌倉殿の13人』の畠山重忠と和田義盛とか。複雑で物悲しい人物同士の繋がりが、本作では全く描けていません。今まで二人の関係性が全く描かれてなかったものだから、どうしようもない回想を入れて間を持たせただけのように見えます。】(2ページ目)
 → まず本作は本当に直政と正信を相棒関係にしようとしているのか?前提を誤れば後の議論も無駄になるぞ!
 →(Blog)光秀と藤孝、重忠と義盛のような結びつきは、そもそもこの2人にはない。かつて家康を殺そうとしたことがある、しかし正信は追放で許され、直政も家臣として取り立てられている。そういう自分たちをなぜ殿は許し、信じるのか、戦無き世を作るのはそういうお方だと直政が言う、このシーンで一番強調されるべきはこの部分だと思うが、武者氏はなぜかその点については何も書かない。
 【直政の顔の汚し方も、正信の握り飯の食べ方も、とにかくわざとらしくてリアリティがない。】(2ページ目)
 →(note)小牧山城の空堀は兵の背丈よりもはるかに高く、壁を掘れば頭から砂埃を体中にかぶるのではないか。
 →(Blog)ああいう作業では顔は泥まみれになるだろうし、正信の握り飯の食べ方も、どこかわざとらしいのか具体的に述べてほしい。
 【井伊直政はあまりに細い。腕の細さは困惑するばかりで、それでも彼を登用したいなら、見た目とは違って戦場ではとにかく非情だという一面にスポットを当てるべきではありませんか?ハッキリ言ってしまえば、力仕事は別の武将に任せるべきだったでしょう。
  『鎌倉殿の13人』の八田知家は、土木工事担当キャラクターでした。あの丸太のような腕と分厚い胸板なら、圧倒的な説得力があった。】(2ページ目)
 →(Blog)八田知家の場合は正に土木専門、今回は家臣たちが、人夫たちに交じって土木作業に駆り出されているわけで、意味するものが違うと思う。
 【なにかすごい図面があるらしい。いや、だから、どうすごいのか?それを説明するのがドラマではありませんか?このドラマは戦場での説得力が圧倒的に欠けていて、ため息をつくしかありません。昭和平成の中高生が「おめーって、マジすげーよ」「ベンチ入りするなんてヤバい」と言い合っている程度の描写しかできない。】(2ページ目)
 →(note)凄い図面とは小牧山城の張り巡らせた二重の土塁と空堀の図面。家康が「秀吉に気づかれずに中入り勢を叩けばよい」「そのためには向こうから丸見えになってはいけないので掘を作り替えるように」と家康は仕様変更を命じている。なので図面の縄張りの一部の仕様変更を康政治はしたのです。説明しているのに聞いていないだけですね。
 →(Blog)康政にしてみれば、戦場で忠勝にかなわないから「おつむを鍛えた」わけで、それがこの図面を生み出したと思われますし、また家康が、秀吉に気づかれずに中入り勢を叩けばよいと言って、部分的に手直しを施しており、そう言った意味での「見事な図面」なのでしょう。
 【「出て欲しくないリスト」にいた羽柴秀次が、ついに出てきていまいました。今後おそらく、彼の立ち位置を満足に説明せず、妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう。そうなれば駒姫の描写は避けられず、頭の痛いところです。】(2ページ目)
 →(note)秀吉が天下も獲っていない、関白にも豊臣にもなっていないのに秀次がでてきただけで最上家が描かれるかもしれない懸念を自分で妄想してブチ切れて不満をぶちまけるのはどうか?秀次事件が取捨選択で必要事項なら描かれるだろう。
 →(Blog)武者さんが「出て欲しくないリスト」に入れていようがいまいが、スタッフが必要と判断すれば登場するはず。「妻妾惨殺だけはねっとりと描くのでしょう」というのもスタッフや豊臣秀次という歴史上の人物にも失礼かと思う。
 【そもそも、この時点では「羽柴秀次」ではなく、まだ信吉のはず。】(2ページ目)
 →(Blog)武者さん、貴女も第30回レビュー(1ページ目)で「明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった!」と書いてますよ。
 【駒は、光秀の父に救われた結果、医学を身につけ、多くの人を救う医者になりました。たったひとつの少女の命を救うことで、助かる人がたくさんいる。人間の命をひとつひとつ大事にするという彼女の心は、作品の根幹にあるテーマの象徴だったと思います。そこを読み取れず、小馬鹿にしてヘラヘラ笑っているのだとしたら、どういう感受性なのでしょう。
  赤い羽根募金活動や署名運動を小馬鹿にしていた中高生時代の気分が抜けないようで。善意をおちょくって小馬鹿にする結果が、今年のレーシックお愛そのものでしょう。戦争で人が死ぬのに女子マネ感覚でラリラリしている。軽薄そのもののヒロインに思えてきます。これなら生真面目だったぶんだけ『花燃ゆ』の文の方がマシでしょう。】(2ページ目)
 →(Blog)岡崎城のシーンのどの部分が、「近眼設定でない」と言い切れるのか?具体的記述がまるで抜け落ちている。
 →(note)後衛で味方の戦勝を祈願しながら糧食の握り飯を握り手配をし、敵襲に備え城を守り、於大・瀬名がしてきたように奥向きの差配をし鼓舞する、戦国時代の戦時として重要な事を「女子マネ感覚でラリラリ」「軽薄そのもののヒロイン」。戦国時代の女性の在り方軽視、女性蔑視にもほどがある。
 【あの不気味なメイクをさせる意味がわかりませんし、言及すらされてこなかった直政の母を出すというのもなんだか違和感があります。】(3ページ目)
 →(note)室町時代中期の礼法を記す『大上臈御名之事』によると、お歯黒は9歳、15,6歳から眉を作る様になったそうです。白粉を塗り、赤い紅を唇に挿し、歯にお歯黒を付け、眉は自毛を抜き眉を高い位置に描くようになりました。緑の唇は紅を下唇に濃く重ね塗り、緑色の光沢を出す『笹色紅』でしょうか。いわゆる能面の小面ですね。お市の方の肖像画の様なイメージでもありますが。
 【直政の父で、彼女の夫・井伊直親を失ったあと再婚していますので、役名も「井伊ひよ」で良いのですかね。井伊家再興を願う女性であれば、むしろ井伊直虎があの場にいた方がよかったのでは?】(3ページ目)
 →(note)『井伊家伝記』によると、天正2年(1574年)に虎松(のちの直政)が龍潭寺を父・直親の法要のため訪れた際、祐椿尼、直虎、ひよ、龍潭寺の南渓瑞聞和尚の合議で虎松の徳川への仕官が成った。ひよはその時に徳川家臣・松下清景公に再嫁している。
 【わざとらしくバイオリンを響かせるのはやめましょう。興をそがれます。劇を盛り上げるのではなく、自分の世界観を押し付けようとしてくるようで、どうにも耐え難い。】(3ページ目)
 →(Blog)ではどういうBGMならいいのか?この3行で1つの小見出しというのも、何だかわびしくないか?
 【ガンプラのメタリックカラーを混ぜたようにテカテカした笠。直政陣羽織の紐の違和感。これが「シン・大河」の赤備えなんでしょうか?井伊の赤備えに対し、これほどヘイトが溜まったのは、幕末以来でしょう。】(3ページ目)
 →(Blog)照明の有無なども影響しているとは思うが、彦根城博物館所蔵の朱漆塗仏二枚胴具足の画像と比較しても、ぱっと見、ドラマの色彩とそう違っているようには見えないが。
 【戦場で本多忠勝が、「かすり傷ひとつ負ったことがない!!!」って、自らドヤ顔でなんやねん。子供のマンガでも見せられているようで、本当にこの作品はリアリティを感じさせてくれないな!実際にどこで誰がそんなことを言ったのか。問題はそこではなく、戦場で、のんきにそんな台詞を吐いている間に矢玉が飛んできたらどうするんだ。
  この忠勝は、衣装合わせもおかしいのか、兜のサイズすら合っていないように見えます。鎧を身につけているにせよ、それが軽いとわかる動きをするのはどうしたものか。・・(中略)・・
  それにしても、蜻蛉切にトンボが止まっても切れず、普通に飛んでいく場面は、一体何がしたかったのでしょう。蜻蛉切は、止まったトンボが切れるほどの切れ味だからこその名前。「実際には切れるはずないよね!」って?だとしたら、戦国ファンのロマンを小馬鹿にしているようで、いたたまれない気持ちになってしまいます。】(4ページ目)
 → 以前にも外見上、負傷したように見える忠勝が「傷など受けていない」と言い張るシーンがあったが、この作品では逸話や一応史実として伝わっている事柄を踏まえた上で、本当はこうだったんじゃないかと新視点を提示するというスタイルを度々採用しているように思える。築山殿事件にしてもそのバリエーションと考えることもできる。
   これらは大河ドラマでは特に珍しいことでもなく、『真田丸』の北条の汁掛け飯等の例はある。
 → ページ管理人には忠勝の兜が大きいようには思えないが、負傷経験の有無とともに自分を大きく見せようとするのが忠勝のキャラ設定だとすれば、サイズが合っていないことも演出の一環なのかもしれない。
 →(note)「穂先に触れた蜻蛉が2つに切れてしまった」という逸話を持つ忠勝の槍ではあるが、ドラマ内で止まった蜻蛉が切れず飛び立ったことに対し、ネットでは次のような解釈もあった。人によっても場面解釈がこれだけ違うのに「戦国ファンのロマンを小馬鹿にしている」とさも総意のように吹聴するのはいかがなものか?
    ・浄土宗の熱心な信徒であり、討ち取った敵兵を供養する意味を込めて金色の大い数珠を鎧の上から掛けていた事から、斬るべき者を斬り、無辜の命を奪わない忠勝の意思を汲むからこその蜻蛉も止まれる蜻蛉切
    ・蜻蛉切の穂先に止まった蜻蛉が真っ二つ〜やらの伝説を伝説として描くのではなく、現実こんなもんでしょ?的に描いている
    ・真っ直ぐ前へ進むことから勝ち虫とされる縁起物が戦の前に真っ二つになるのは験が悪くなるので切れなかった
    ・一見斬れてないのでは?と思ったけど、もしかして蜻蛉自身も己が斬れたか分からないうちに飛んで行って、ふとした瞬間スパンと真っ二つ
 【負けた後の秀吉も全くなってない。悔しがる以外にすることはいくらでもあるでしょうよ。】(4ページ目)
 →(note)池田・森両人の戦ぶりは描かれず戦死報告だったが、これを聞いた秀吉は悔しがるというよりも「言う事聞かん奴がおらんくなった。ありがてえこった」と死を待っていたような口ぶりで、「儂の策ではねえ」とつぶやき続ける。そして中入りは「勝入が無理強いした」と吹聴しろと秀長や加藤清正や福島正則に命じる。作中では池田恒興が「この池田勝入がいるから織田家臣がついてきている」と信長公の乳兄弟で織田家主力重臣であることを主張し、秀吉がそれを窘めるシーンがあった。
   秀吉にしてみれば、成功すればそれでよし、失敗しても恒興の名声が失墜すればそれもよし、という考えで裁可した「中入り」だったというのが本作品のスタンスなのだろう。
   なお、森長可にも長久手での戦死に、これを聞いた敵味方全員が安堵したという逸話があるほど恐れられていたそうだ。
 【このドラマは戦後処理が全くありません。まず、大量に発生した死体を早急に埋葬だけでもする必要がある。疫病が発生しかねません。戦果を確認した上で、信賞必罰をあきらかにした論功行賞も必須。戦死した一族の後継者を決めるとか。遺族の補償とか。ともかくやることが山積みのはすなのに、このドラマでははしゃいでラリラリすることしか頭にない。】(4ページ目)
 →(note)戦国時代の戦いでの戦死者の遺体は大体手柄首を獲られた状態で戦場に残されれ、領民や落ち武者狩りなどが乱捕りを行う。売れば価値がある鎧・武器に加え、衣料・ふんどしに至るまで丸裸に剝いでいったそうだ。これには「田畑を荒らしたことに対する損失補償」の意味も含まれていたようだ。丸裸になった遺体は動物などが喰う場合もあれば地元の僧侶が穴を掘って塚を作りご供養する場合もあっただろう。
   しかしドラマは45分のうちに多方面から戦の成り行きを描かなければならないので戦後処理や論功行賞、戦死者一族の後継者決定などは取捨選択されるのではないか。そういう補足をブログでやるのが歴史系レビュアーでは?
 →(tweet)全ての合戦回で戦後処理描写を毎回やっている大河ドラマなんかねーよ。そこに文句をつけるんなら、全ての大河ドラマを否定することになるけど、それでもやります?
 【義元に学び、信長に鍛えられ、信玄の兵法を習得する――前半はそういう流れだったとドラマ内で歴史修正が行われました。いつ、そんな学びや鍛錬があったでしょう?
  側室オーディションをして、蒸し風呂で侍女に迫られ、ついにはマザーセナの妄想にラリラリトリップしていたではありませんか。
  戦場では「いやじゃーいやじゃー」とピエピエ泣き叫ぶ。何をもってして学びといい、鍛えられていたのか。】(4ページ目)
 →(note)義元からは「民に見放された時こそ我らは死ぬ」など王道の政を守る将の在り方を学び、それができなくなった三河一揆の時無理な取り立てで一向宗門徒の反発をくらい家臣も離れ一揆の鎮圧に苦労した。武者氏自身も第30回レビューで「今川義元に教えられた『覇道』と『王道』はどうなったのでしょう。」と述べていたではないか?
   信長は「俺の白兎」と唯一心を許せる友認定し(勝手にだが)、幼い竹千代が一人で生き抜ける強さを身に付けさせようとしていた。そして反発や築山殿事件などの確執はあるものの清須同盟以来の同盟者・傘下の外様として徳川は存在した。・・(中略)・・信玄・勝頼からは、駿河侵攻や調略での岡崎切り崩しや三方ヶ原の戦での大敗北を経て孫子などの兵法の運用や戦い方を学び、また武田の遺臣は赤備えとして井伊直政の軍に生かされている。どこが歴史修正でしょうか?
 → 正室を慈しみ、侍女とイチャコラしたならば、義元・信長・信玄から何も学んでいなかったことになるのか?ロジックが分からない。



◎【第33回】(2023/08/28)
 (1)https://archive.md/CsZq4 (2)https://archive.md/bCKKi (3)https://archive.md/WfNa9 (4)https://archive.md/E6eEY (5)https://archive.md/sRf7U
 【わざとらしいピアノが流れ、コテコテの顔芸を見せる豊臣秀吉。】(1ページ目)
 →(note)織田信雄と講和した時点でまだ秀吉は羽柴姓。
 【佐藤隆太さんは爽やかな口調が似合うし、笑顔も素敵です。豊臣秀長本人も名将として名高い。なのになぜ、こうも胡散臭いのか。秀長がキビキビと説明するたび、こう思ってしまいます。
  「この爽やかな笑顔でビッグモーターを勧めて……」
  あのテレビCMの件で佐藤さんをどうこう非難する気は皆無ですが、どうしたって頭から離すことはできない。
   ◆ ビッグモーターのCM解約、一人芝居の演出家がセクハラで提訴され… 災難続きの佐藤隆太(→link。デイリー新潮(2023/08/10):(1)https://archive.md/MNrjW (2)https://archive.md/IJvBH)
  思えばハズレ大河に当たってしまうのも難儀なことです。『江〜姫たちの戦国〜』や『花燃ゆ』の主演俳優は、大事なキャリアに負の影響を与えてしまったようにしか見えない。連鎖的に様々なことが起き、今や特級呪物と化してしまった本作。むしろ大河ドラマ自体が「どうする!」と突きつけられているようにしか見えません。】(1ページ目)
 →(note)CM起用されていたというだけで佐藤さんには罪がないのに、現在は企業の不祥事や事件が発覚したため所属事務所主導で契約解除になって無関係になっているものを「特級呪物」と称し、ゴシップ記事のリンクを貼りいつまでも犯罪者のように言い立てる貴女は名誉棄損で訴えられてもおかしくないでしょうね。
 →(Blog)この書き方だと、佐藤さんがまるで詐欺の片棒を担いでいるように見えてしまう。「あのCMの件で佐藤さんを非難する気は皆無」などとあるが、実際のところあの件を利用してこの大河を叩きたい、それに尽きるのではないか。
 → 武者氏がリンクを貼る『デイリー新潮』の記事は08/10付け、今回のレビューは08/28付けである。いくらなんでもしつこすぎないか?
 【先週、秀吉の陣羽織がまるで絨毯だと書きました。その後、秀吉には実際に絨毯を加工した陣羽織があったことを思い出し、以下に加筆させていただきました。
  ・・(中略。第32回へのリンク)・・
  加筆部分を未読の方には誤解を与えてしまい、大変申し訳ありません。
  昔私が見たときの記憶では、「確かに絨毯ではあるのだろうけど、そうは見えないオシャレな加工とデザインだなぁ」というもので、・・(中略)・・なんでもペルシャで製造された絹織物で、獅子が獲物に襲いかかるという文様が美麗で猛々しい。そのまま再現されても話題になったことでしょう。秀吉ならではのセンスと納得できるデザインですね。】(1ページ目)
 → 詳細については〔◎【第32回〕を参照されたい。武者氏が間違いを訂正し、翌週のレビューでも言及するのは珍しいことである。
 【今回の石川数正。岡崎に戻って、玄関で妻の鍋がお茶を差し出すシーンがありました。疲れたらまず水分を補給する――現代人の感覚で言えば、何らおかしくない行動ですが、歴史的に見れば不正解となる。この時代、家に帰ったらまず足を洗います。妻が桶を持って待っていって、夫の足を洗ってあげるとか、夫が自ら洗うとか、いずれにせよまず足を洗う。】(1ページ目)
 →(note)さも敵の首を獲ったように「ブッブー!不正解でーす!」とマナー警察を気取っているが、玄関の土間で足を洗う為に湯を使う事と水を所望する事の順番など些末では?画像を見ると上り框に座る数正は草鞋を脱いでおり、傍らには水桶が置いてあるのだが。
 →(Blog)OPのすぐ後のシーン、数正は足を洗って拭っているところなのだが。その後に下女(妻の鍋ではない)が(この当時だから茶でなく白湯か水)を差し出す。誰が見ても、あれは足を洗ったわかるシーンだが、武者氏は何を観ていたのか?ドラマ本編を観るのがそんなにしんどいですか?
 【ジャラジャラと出てくる金の塊に、思わず息を呑んでしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、ここもディテールが甘いのではないでしょうか。天正8年(1580年)、秀吉は信長から但馬を所領として与えられました。秀吉にとっては大きなご褒美。というのも、ここには生野銀山があり、当時は銀の価値が爆発的に上がっていたのです。
  大航海時代によって新大陸の銀が世界へ流れたのをキッカケに、日本へも朝鮮から採掘技術が伝わり、銀山開発が本格化しました。銀は、当時世界最大の帝国であった明へ流れます。そして、その銀と引き換えに、明から様々なものを入手できる。
  当時の合戦には欠かせない火薬の材料もあり、銀を豊富に持っているということは、強さの証でもありました。しかし、このドラマでは頑なに金を出し続ける。人物や場所に応じて、金と銀を使い分けても良さそうなものなのに、なぜか金だけ。つくづく視聴者の想像力を刺激してくれないドラマです。】(2ページ目)
 → Wikipediaの【銀】の項には以下のようにあるが、「当時は銀の価値が爆発的に上がっていた」とする武者氏の論拠はどこにあるのか?もちろん「通貨」として流通する貴金属を多く保有することに意味があることには同意するが、ここでは「金との比較」という文脈で武者氏が語っていることに留意されたい。
──【Wikipediaより引用開始】──
    16世紀を通じて金の産額には大して変化がなかったのに対し、銀は16世紀中頃よりポトシ鉱山や石見銀山を中心に著しく増大したため銀価格が暴落した。例えば日本および中国においては16世紀前半まで金銀比価は1:5-6前後であったが、17世紀以降は日本では1:10-13程度まで銀安となった。16世紀中頃の銀の増産の背景には、上記の新鉱脈の発見に加え、アマルガム法や灰吹法といった新しい精錬技術の導入があった。銀価値の暴落によりヨーロッパの物価は2-3倍のインフレーションに陥った(価格革命)。
──【引用終了】──
 【今週は石川数正が主役の回でしたが、彼が画面に映るたびに『なんか美味しいものでも食べそう……』だと考えてしまう自分がいます。全然、ドラマに入り込めない。同様の思いを味わっているのは、私だけでもないでしょう。数正のグルメは、ビッグモーターの呪いに次ぐ現象かもしれません。劇中で、これみよがしに響いてくるBGMは、なんなんですかね。まるで喫茶店のようで、ますます「今回はコメダでなんか美味い新作でも食べて」と思ってしまう。ドラマの見どころがあまりに少ないせいでしょう。松重豊さんのグルメに注目する記事は他のメディアでもございます。
   ◆低迷「どうする家康」の救世主は松重豊の「孤独のグルメ」化?「家康ツアーズ」で“食べる姿”熱望の声(→link)(「低迷『どうする家康』の救世主は松重豊の『孤独のグルメ』化?『家康ツアーズ」』で“食べる姿”熱望の声」(日刊ゲンダイDEGITAL@2023/08/27・(1)https://archive.md/msvdN (2)https://archive.md/ATv6M (3) ・レビュー内で武者氏が言及している内容は2ページ目)】(2ページ目)
 →(note)「同様の思いを味わっているのは、私だけでもない」と勝手に他人の気持ちを代弁して妄想に浸ってお気持ちを主張し、グルメやら呪いやらと俳優さんを侮辱し続けるのはやめましょう。今度は喫茶店への誹謗中傷でしょうか?
 【果物を食い散らかす所作が描かれましたが、そこで比較したくなるのが『真田丸』の昌幸。『真田丸』における昌幸の印象的な所作といえば、胡桃を手にしてカチカチと手のひらでぶつけていたことでしょう。ああいう用途の胡桃のことを中国では「文玩核桃」と呼び、日本でも売っていることがあります。胡桃カチカチは『真田太平記』でも同じ動作をしており、そのオマージュとされましたが、私は同時に「昌幸先天性のクセを表した」のだと感じました。・・(中略)・・
  本作の昌幸は、胡桃を手にするのではなく、果物を食べていました。今に限ったことではなく、このドラマは食べ方の所作が汚く見えます。しかもこの昌幸は、秀長という目上の相手がいる前で種を吐き出すんですね。いくら大物俳優が演じていようが、こんなことをさせたらダメでしょう。「車を買うならビッグモーターか。こいつの言うとおりかもしれねぇ!」とでも騙されてしまいそうだ。】(2ページ目)
 →(note)『真田太平記』の胡桃は食べる用途ではない。食用の胡桃の旬は9月〜10月。真田を羽柴方に引き入れるために秀長が上田を訪れた7月にはまだ実が熟していない。『どうする家康』では信州の地の物であるスモモを食べることに意味があるのだが。 
 →(note)秀長は兄・秀吉の立場を利用し沼田問題に介入し徳川を叩こうとし、表裏比興と謳われる昌幸公はもめることで「甘い実(真田への利=沼田)」を得ようとする利害関係で繋がった関係でまだ従属ではない。お互い対等で有利な条件で交渉しているところにどちらが目上など関係ないのでは?・・(中略)・・スモモの種は秀長公の方に向けて吐き出したわけではない。「食べたものを吐き出す』とは?
貴女はスモモの種も吐き出さずに食べるのですか?バラ科植物の種子には毒性があるので食べられないが。
 →(Blog)ではスモモのきれいな食べ方とはどのようなものか、書いていただけますか。戦陣にいるわけだから、スモモなどは手づかみだろう。あと昌幸は種を吐く時は、秀長の方を向いてはいない。
 → ビッグモーターをどこまで引っ張るつもりか?
 【インテリアの趣味が最悪です。あの布きれは何なんでしょうか。】(2ページ目)
 →(note)昌幸と秀長の密談現場を見る限り、破れた障子(木枠も壊れている)と外の光が差し込む火灯窓、昌幸の背後に一段高くなった場所と欄干があるのでおそらく廃寺になった手入れのされていない寺だと思う。
 →(Blog)ここは戦陣、恐らく負傷した時に包帯代わりにしたり、木の先に巻き付け、燃料をしみこませて松明として使うのではないか?あとわらじの補強にも使われたようだ。包帯に関しては、武者氏が褒めていた『直虎』の医事考証の方のこういうコラムもあります(『かんかん!-看護師のためのwebマガジン』「第1回 戦国時代の駆血法と包帯」(http://igs-kankan.com/article/2018/04/001101/))
 【戦国時代の女性は思った以上に権力や発言権があった。とはいえ、秀吉の横からねねが出てきて説明セリフを吐くのはやりすぎでしょう。】(3ページ目)
 →(note)「ねね」ではなく漢字表記で「寧々」。・・(中略)・・夫の代弁として相手の機嫌を取りサポートする交渉役の一人として何がやりすぎか。因みに秀吉関白任官の頃の寧々さまは「従三位」に叙せられ北政所の称号を許されている。朝廷との交渉役や人質として大坂に来た諸大名の妻子の監視など大きな発言力と高い政治力を持っていた。
 →(tweet)『麒麟』の駒は将軍とタメで話してもいいけど、寧々は秀吉に横槍を入れてはいけないのか。普通は逆だと思うが。
 【石川数正の説得場面はくだらなかった。秀吉の顔芸。秀長はビッグモーターの宣伝。ねねはどこか目がうつろ。】(3ページ目)
 →(note)秀長公の話のどこにビッグモーターの宣伝が入っていたか提示されたい。
 【廊下の照明はわざとらしい置き方。このころは慶長伏見地震の前夜であり、前震があっても不思議はない。あんな不安定な蝋燭が倒れたら火災になりかねない。】(3ページ目)
 →(note)秀吉の関白任官は天正13(1585)年、慶長伏見地震は文禄5(1596)年7月13日に発生。取り上げるなら天正13(1586)年11月29日に発生した天正地震だろう。2日前の11月27日に地震の記録があり、11月29日に美濃・尾張・伊勢を震源域としたM8.2の巨大地震が発生した。
◎【第34回】(2023/09/04)
 (1)https://archive.md/TILsy (2)https://archive.md/Y4yjE (3)https://archive.md/d61ll (4)https://archive.md/DSPyk (5)https://archive.md/FNUiZ
 【三河岡崎城では、井伊直政がキンキン声で怒っています。腹の底から声を出す発生法を、誰か指導しないのでしょうか。これは家康もそうで、ボソボソ低い声で喋ればいいというものではないでしょう。・・(中略)・・特にセリフが長い家康と秀吉の滑舌が悪く、中身を正確に把握しようと思えば字幕が必須です。】(1ページ目)
 →(note)キンキン声やボソボソ口調とはどのセリフを指しているか誰にでもわかる様に具体的に書かなければ分からない。「正確に把握しようと思えば字幕が必須」だというなら最初から字幕付きで見ればよいだけの事です。
 【いかにもわざとらしいクセの強い声と演技の本多正信。常に皮肉っぽい調子ですと、いざという時に効果が薄れてしまいませんか。これでは正信の賢さより、イキリ厨二病に見えてしまい辛い。本当にあんな人物が家康の知恵袋になり得たとは思えません。扇子で直政を指す仕草もかなり挑発的です。】(1ページ目)
 →(note)軍務・外交担当である石川数正が羽柴方に付いたという現実は、徳川の情報や陣容が筒抜けになったという事でもあり、正信は「これでも戦えるのか、数正が先鋒かも知れませんぞ」と今後あり得るリスクを想定し、陣容変更を提案。秀吉公が臣従したばかりの数正の忠誠を確かめるために先鋒を任せる可能性もある。
   主戦派が多くまだ徹底抗戦を考えていた家康は陣立てを武田流軍学に改め、武田の旧臣を多く抱え扱いに慣れた直政が担当になった。直政を扇子で指したのは「この際武田の軍法を倣っては?」と提案、武田旧臣を抱えた直政が適任と話しているからと思われる。。
   本作品での正信は「胡散臭く、無責任な進言をするイカサマ野郎。常識にとらわれない発想の持ち主で悪知恵が働く」とキャラ設定にある(https://archive.md/a7Xf4)。皮肉屋で胡散臭い言動が多くとも徳川家の存亡がかかった局面で誰も見通していない「数正出奔のリスク」という現実を見ていたと思うが。
 【えびすくいおじさんの目が虚です。得意技を封じられると調子が落ちてしまうのですかね?】(1ページ目)
 →(note)数正出奔の後の家臣一同を集めた徳川家の今後の方針を決める評定の場、えびすくい踊りを踊るような場面かどうか考えてみましょう。仮に大事な会議のプレゼンの場で「あれ〜?部長いつもの宴会芸は踊らないんですか〜ぁ??」と煽るようなものです。
 【視力抜群、レーシックお愛がゆるかわ仏様を持ち込みます。】(1ページ目)
 → ここでもわざわざ「レーシック」等という必要がどこにある?
 【数正が作ったというもので、その出来栄えが……小道具スタッフもあまり気合が入っていないのでしょうか。『麒麟がくる』の平蜘蛛や『鎌倉殿の13人』の仏像と落差が惨たらしい。しかしフィギュア作り……もとい木彫りの像が好きなドラマじゃのう!他にアイテムを思いつかないんでしょうか。】(1ページ目)
 →(note)石川家にあった阿弥陀如来像はもともと数正が手彫りしたものだが、専門の仏師ではない素人が手慰みに彫ったものであり、『鎌倉』に出てきたような仏師たちが依頼を受けて仕上げた塑像の仏像や当代一の仏師の作になる木像と違い、仕上がりが荒くても仕方ないと思う。
   小道具としても一向宗門徒であった(浄土宗に改宗)数正が信仰のために彫ったものとしてそれが重要なアイテムだからこそ作ったものだと思う。貴女はプロの彫刻家と同じクオリティで彫像が作れるのですか?
 【天正13年(1586年)11月29日に発生した天正大地震。ナマズがヌメヌメして地震を示すアニメがいささか無神経ではありませんか。・・(中略)・・江戸時代のナマズ絵は確かにユニークです。そういう絵へのオマージュを感じさせない絵柄が辛い。】(1ページ目)
 →(note)鯰が大地震を起こすという俗説は広く民衆の間に流布しており、鹿島神宮の御祭神である鹿島明神(建御雷神)が要石を用いて大鯰を鎮めるという言い伝えもあった。
 【なにより大地震は日本人にとって切っても切れない悲劇の歴史のはずなのに、そのショックよりも注目されるのがあの変な仏像とか、まるでリアリティが感じられないのです。天正大地震はマグニチュード8.0前後と推定される凄まじいほどの揺れです。しかも直下型地震。
   ◆岐阜県:天正地震(→link)(引用者注・岐阜県HPの【天正地震(天正13年)】の項(https://www.pref.gifu.lg.jp/page/5977.html))
  濃尾地震と並ぶ過去最大規模の大地震なのに、注目すべきは数正フィギュアの話とは……。こうした描き方から浮かび上がってくることがあります。本作が大事にしているのは、家康と半径数メートルの出来事。今回は数正がテーマにされているのであり、民なんてどうでもいい。本当に家康の良さを見せるのであれば、被災者に炊き出しを提案するとかできたはずです。『麒麟がくる』の足利義昭は、貧民救済が実現できるなら将軍になってもよいと考えていた。それを忘れ、戦をした己を恥じて、駒の前で己の首を絞めていました。『どうする家康』には、人を救うための葛藤がまるでない。だからこそ、偽善的なドラマに見えるのです。】(1ページ目)
 →(note)天正13年11月29日亥の刻(午後10時ごろ)に発生した天正地震。
美濃では大垣城の全壊焼失。飛騨では帰雲城が帰雲山の山体崩壊で埋没し城主内ケ島一族が領民300人と共に巻き込まれ滅亡。京では三十三間堂の仏像が倒れるなどした。近江では長浜城が全壊し、山内一豊公の子女与禰姫が侍女などと共に圧死。越中では木舟城が倒壊、前田利家公の末弟・秀継公夫妻など多数が圧死。・・(中略)・・ところで徳川家はと言うと。
三河・岡崎城にいた松平家忠の日記・『家忠日記』によれば、地震は亥刻(22時頃)に発生し、翌日丑刻(2時頃)にも大規模な余震が発生し、翌月23日まで続いたとあります。
三河では岡崎城が大破し、城普請の責任者であったらしい家忠公は地震で破損した岡崎城の修理に携わっています。
被害甚大な羽柴方に対し、岡崎城と城下には被害があるものの浜松城は特に被害も無く徳川家は本城が丸々残りました。
被害が特にないのになぜ浜松で炊き出しをしなければならないのですか?
まだ羽柴家に臣従したわけでもないのに被害が大きい地域に行けるわけもなく、倒壊など被害が出た領地にはそれぞれ領主がいるので家康さまが出張るのは内政干渉になりますが?
於愛さんが侍女たちと壊れた城内などの片づけをしていたのは岡崎城です。
家康さまに『燃やしてしまえ』と言われながらも於愛さんができなかった石川さんの阿弥陀様が床に倒れていました。
仏像のそばにあった古い桐箱から花びらのようなものがこぼれている事に於愛さんは気づきましたが、領内の見回りに行く途中の家康さまが於愛さんが隠すものを見咎めます。
於愛さんは仏様をないがしろにしてはいけないと阿弥陀様を浜松に持ち帰る事を伝えます。
一方羽柴家では。
天正地震の影響で畿内周辺では大きな被害が出ていました。
徳川との戦に備え兵站を確保していた大垣城が全壊焼失しており、他の城も無事ではありませんでした。
『戦どころではない、民を救うのが先』と寧々さまが諭し、秀吉公は「つくづく運のええ男、家康っちゅうんは」と無表情で呟くのでした。
 【・瓦礫だらけの道を走る金栗四三。危険です!
  ・自警団らしき人物が金栗を尋問する場面はアリバイのようにある。しかし、そのあと金栗が「被災者は一致団結していた!」と自警団による虐殺などないようなセリフを断言する
  ・被災者の望みはオリンピック開催という、強引なこじつけがみられた。】(1ページ目)
 →(note)震災直後の四三は嘉納と建築途中の神宮外苑競技場におり、そのまま街を歩いて浅草で増野や清の安否確認をしたが、夜自警団に襲われる場面では革靴である。
   一旦熊本に帰り物資を背負い東京の街を走る四三たちは皆金栗足袋。これは播磨屋(のちのハリマヤシューズ)のヒット商品であり、ストックホルム五輪や第一次世界大戦で瓦礫になったアントワープ五輪や日本全国を回った際にも履いていた。
   大正時代まだ一般的な履物は足袋に草履や地下足袋や下駄履きが多いと思うが。嫌いな作品ではきちんと該当部分がきちんと描かれていても『アリバイ作り!』ですね。
   作中では国名は出て来なかったが「井戸に毒を入れた」など流言飛語が飛び交い(物語の筋が前後するが四三を助けた村田大作により言及されている。)、各地で自警団が作られ、四三さんもご多分に漏れず、熊本弁を咎めた自警団に囲まれてしまい教え子の親である村田氏に助けられた。
   震災初日からデマが流れ、外国人だけではなく方言を話す日本人も犠牲になったとのエピソードを踏まえたものだと思うが、どこがアリバイでしょうか?
   熊本に帰った四三は新聞が流言や陰謀論を書き立てているのを知る。新聞記事そのまま広がったものだが、それでも信じられない四三は「少なくとも俺が東京で見たとは、地震に屈せず助け合うて生きる人たちん姿ばい!」と叫ぶ。
   四三のこの言葉は、自分を襲った自警団ではなく、仮設住宅のために競技場を提供する嘉納や資料を探す体協の人たち、必死に妻のシマを探す増野や温かい言葉で励ます清や震災直後から元気に炊き出しを始める小梅の様な庶民の姿を思い浮かべてのものだと思うが。
   嘉納は復興のために今こそ明るい目標をと「パリで開催される第8回オリンピック大会に選手を派遣。全国陸上競技大会を開催し、これを予選とする」と提案する。嘉納は1909年(明治42年)国際オリンピック委員会(IOC)委員になっているので、こんな時だからこそオリンピック開催をと思うのも自然な流れだと思う。これには反対意見もあったが、野口源三郎がスポーツマンである我々にできる事は「スポーツによる復興」しかないと賛成。
 【・過激な政治思想の持ち主が渋沢栄一の命を狙っているというセリフがある。これは悪質な嘘。むしろ社会主義者が混乱に乗じて殺害された(亀戸事件等)
  ・そもそも渋沢栄一は、関東大震災を天罰だと大々的に主張した「天譴論」の提唱者代表。そんな人間と震災を絡めて歴史修正的な描写とは!】(1ページ目)
 → 武者氏は何について「悪質な嘘」といっているのだろうか?過激思想家の資産家襲撃という事柄を基準とするならば、おそらく嘘だろう。しかし「過激思想家が資産家を襲撃しようとしているというデマが流れた」という史実を基準にするならば、『青天を衝け』というドラマが嘘をついているとはいえない。
 →(note)渋沢は兜町の渋沢事務所で書斎で執務中に被災。事務所の壁は崩れ落ち、建物は大きく傾く中職員達と共に避難を始める。幸い、飛鳥山の渋沢邸は無事で、米を手配し渋沢邸を拠点に炊き出しを斡旋。その頃「資産家焼き討ち」の流言飛語が飛び交っていたため、子どもたちは深谷への避難を勧める。渋沢は「私のような老人は、こういう時に働いてこそ、生きている申し訳が立つのだ!」と家族を叱咤し、引き続き災害復興に力を入れた。という逸話を基に脚本が書かれただけだと思うのだが。
   流言が流れたのは渋沢さんのせいではないし、亀戸事件の様な社会主義者が流言飛語が飛び交う混乱の中で警察や軍部や自警団に惨殺された事件まで一緒くたに資産家のせいにしたらいけないのでは?
   9月4日には渋沢のもとに内務大臣・後藤新平氏の使者が訪問、協調会副会長として、罹災者の救護・救援活動への協力を依頼されている。9月9日には渋沢を座長として東京商業会議所に約40名の実業家が集まり、民間有志、貴族院・衆議院議員の有志による大震災善後会が結成され震災復興に尽力しているのだが。
   「関東大震災を天罰だ」と言ったので震災に見舞われたことも震災復興に関わった事も描くなと言うか?そちらの方が修正どころか歴史改変だと思うが。
 【(小見出し)どうする山守親分夫妻のトラウマ
  人物や背景の動きなどで物語の進行を描けない本作は、それをセリフで補います。いわゆる説明セリフがやたらと多く、特に最近感じるのは寧々です。彼女のセリフはそればかり。
  もはや考えることすら嫌になるのですが、その理由のひとつが『仁義なき戦い』の山守夫妻を思い出してしまうことです。山守夫妻とは?
  どうしようもなくケチで狡賢い夫婦であり、劇中では若い者たちを何人も死に追いやる。暴力的な振る舞いではなく、汚いアイデアで次々に人を罠にはめていく。親分である夫だけでなく、横にいる夫人がこれまた性格の悪い女性で、それだけ視聴者を気分悪くさせるのも、同時に、名演技だからとも言えまして。
  不思議なことに、山守夫妻には愛嬌もあった。『鎌倉殿の13人』では、坂東彌十郎さんが愛嬌と憎々しさを同時に出していて、山守親分の悪さと良さのような、非常に見どころがありました。それが今年は、山守夫妻の嫌なところだけを凝縮したものを見せられている気分なのです。まぁ説明セリフについては、寧々一人だけでもなく、秀吉も信雄もそうでした。考えてみれば正信も……って、全員だいたい説明セリフですね。】(2ページ目)
 →(note)『仁義なき戦い』を見た事ない人にとっては何を言っているか分からないと思う。ほとんど蛇足。どこが説明セリフになっているのか具体的に書かなければ読み手に伝わらない。寧々も秀吉も信雄も正信も実際に相手に考えを伝えなきゃいけなかったり、評定をしていたり、交渉の場にいるのに『人物や背景の動きなどで物語の進行を描け』とは?
 →(tweet)未だにビッグモーターネタで大河ドラマを批判しているのを見ると、如何に本人がリベラルのフェミニストを自称していようが、実際は犯罪行為に手を染めてなくとも、ただ関わりがあるだけで断罪されねばならないという因循な穢れ思想に基づく連帯責任論者であることがよく判る。
◎【第35回】(2023/09/19)
 (1)https://archive.md/BqbIj (2)https://archive.md/tdnqo (3)https://archive.md/jFa3q (4)https://archive.md/PGXkz 
(5)https://archive.md/gN9CB
◎【第36回】(2023/09/25)
 (1)https://archive.md/WvIdC (2)https://archive.md/sFYio (3)https://archive.md/fG3OZ (4)https://archive.md/3r5hV (5)https://archive.md/fu25a
◎【第37回】(2023/10/03)
 (1)https://archive.md/yFFEB (2)https://archive.md/bZ40B (3)https://archive.md/HI8do (4)https://archive.md/HoDFW (5)https://archive.md/pkTWH
 → 5ページ目の終わり近くに、10月より放送の朝ドラ『ブギウギ』への言及(悪口)があるが、これは『武者震之助朝ドラレビューその2』の【魚拓一覧その12(「ブギウギ」魚拓)】の「◎〔01〕」の欄に記載した。
◎【第38回】(2023/10/10)
 (1)https://archive.md/kbQaq (2)https://archive.md/MubgM (3)https://archive.md/cZVp6 (4)https://archive.md/Iqfyx (5)https://archive.md/AED8B
 【〔声聞情に過ぐるは 君子これを恥ず。『孟子』
   やらせレビューとか、「泣ける」連呼提灯記事量産とか。まともな神経の持ち主なら恥ずかしくてやれんだろ。〕
  このドラマにまつわることは、何もかもが恥ずかしくなります。例えば今週も旺盛な提灯ニュース。
   ◆【どうする家康】家康と家臣の絆に視聴者涙「殿と家臣団にマジほれた」「泣ける」(→link)
  「マジほれた」とか「泣ける」とか、どこまで陳腐なのか。】(4ページ目)
 → 武者氏は「ほれた」や「泣ける」等の情緒的な言葉を連ねているが、自ら引用している『孟子』の意味を理解しているのだろうか?
   金谷治は当該部分の書き下しの「情」の部分に「まこと」とルビを施し、「評判だけがよくて実の伴わないもの、君子の恥ずるところだ」と訳している(『孟子・下』(朝日文庫)52頁)。諸橋轍次も同様に「まこと」のルビで「過分の名声や評判が自分の実力実情以上になることを、君子はむしろ恥とする」と訳す(『中国古典名言事典』)。
   しかし武者氏は、『孟子』の「情」を「感情」や「心情」の意味で把握、すなわち冷静に論評すべきドラマ関連記事に感情的要素が過剰に持ち込まれ、「提灯記事」と化していると主張しているように思える。また、金谷も諸橋も評判・名声それ自体は存在しているものとしているのに対し、武者氏の「提灯記事量産」という表現ならば捏造された評判ということになり、この点でも『孟子』の原意とは異なってくる。
   そうだとすれば、武者氏は原典への正確な理解を欠いたまま、いつものように漢籍マウントを取りに来ているだけということになろう。
◎【第39回】(2023/10/16)
 (1)https://archive.md/Pes06 (2)https://archive.md/OLuF1 (3)https://archive.md/IMuc7 (4)https://archive.md/aBQYo
 → 今回は4ページである。
●【『どうする家康』レビュー参考記事】「文春砲で告発された『どうする家康』松本潤さんの横暴は本当か?徹底検証」(by 武者震之助)(2023/10/18)」(by 武者震之助)(2023/01/08)
 (1)https://archive.md/nD1nC (2)https://archive.md/GfKyJ (3)https://archive.md/fpvRX (4)https://archive.md/jfFnh (5)https://archive.md/HeSDe
   本レビューのコメント欄には、次のように武者氏の見解(文春の報道)を疑問視する声が寄せられている。
   ○匿名 2023/10/18 04:49
    私はジャニーズも松本潤も好きではないし擁護する気は毛頭ないが、それでも文春の記事の信憑性が薄いような感じがしてます。物事を悪くとればそういう解釈もできるよねってことを積み重ねてるだけのように思えるんで。
    それにそもそもそんな権力が松本潤にあります?いくらジャニーズだとしてもそこまで好き勝手やってたとか疑問を持たざるを得ない。そもそも時代劇を知らない脚本家とほぼ時代劇をやってない役者が主役となって大河をやること自体がおかしいのであって、当然ドラマ内におかしな点がたくさん出てくるわけでベテランの役者さんがこぞって台詞を変えてやってるなら時代劇を知らない主演もやって構わないだろうってなるのは当たり前だし意見を言ってもいいんだとなっても不思議ではない。 
    どうも松本潤とジャニーズを叩くことによってドラマ失敗の責任を押しつけようとしてるように思えてしょうがないんですがね。記事が全くのガセということはないだろうし松本潤にも主役としてある程度の責任があることは確かだけど、本当にこんなダメな大河を作ったその元凶は他にあるわけでしょ。そこを忘れてはいけないと思う。
   ○囮縋り 2023/10/18 23:30
    嵐の頃からコンサートの演出に関して松潤のこだわりはすごい(誉め言葉を装った偏屈人という意味と捉えている)と聞いていたので、いろいろ意見(文句?)を言いそうだとは思うが、それに不本意に屈しているようでは屈するのが悪い。それに他の匿名さんもおっしゃっている通り、ベテラン俳優も多い中、そこまでの権力が彼にあるのかというとかなり怪しいと思う。
   ○ディーノ 2023/10/19 22:22
    文春砲はこれまで「いだてん」「平清盛」など低視聴率の大河ドラマのバッシング記事を書いてきた。今回は宿敵旧ジャニーズ大河、特に力が入っている。松本潤のネガティブ面をこれでもかと寄せ集めて一般読者に「松本潤って相当悪いヤツなんだな」と思わせていることに成功している。これもすべてドラマが酷評されているのが原因である。
    ただ松本潤が本来大河ドラマの主演を務めるほどの演技力も人間力もなく、彼の人間性の未熟さが現場の反感を買っている・・・という図式は事実だと思う。それは脚本にも言えることで制約が多い時代劇を執筆するには不向きな作家ということを証明した。それと時代考証についてだが、ジェームス三木氏のころに比べて考証の先生方がないがしろにされているので「史実と違う」と彼らに抗議するのはお問違いと思う。
    旧ジャニーズ事務所のごり押しとジャニーズにへつらうNHKが産み落とした不幸なドラマが今回のドラマ。主演俳優は成功すれば全て自分の手柄になるが、失敗すれば全責任を背負う宿命。松本潤が非難されるのはある意味仕方がない。
◎【第40回】(2023/10/23)
 (1)https://archive.md/18yJV (2)https://archive.md/3KUqe (3)https://archive.md/2GtWr (4)https://archive.md/CSUgm (5)https://archive.md/Mplae
 【阿茶局にしても、なぜか一人だけ立膝。】(1ページ目)
 →(tweet)え?当時の女性のスタンダードな座り方として『麒麟がくる』から大河ドラマでも取り入れられ始めたポーズですよ?『麒麟がくる』の立膝はいいけど『どうする家康』の立膝はダメなんですか?
 →(複数tweetより取意)画像確認してみたら歩き巫女時代の千代もすぐ動けるよう立膝している。さらに探せば結構あるもんですねw長篠の時の瀬名&亀姫。阿茶局に共通しているのは、みなすぐに立ち上がって行動できるよう控えている時か(阿茶局の場合全て臨戦態勢だが)。
◎【第41回】(2023/10/30)
 (1)https://archive.md/EpuPP (2)https://archive.md/aJ0bk (3)https://archive.md/MAxEE (4)https://archive.md/m5G2V (5)https://archive.md/xXv1Q
◎【第42回】(2023/11/06)
 (1)https://archive.md/oZMO7 (2)https://archive.md/dmgqL (3)https://archive.md/81m7g (4)https://archive.md/eFS2I (5)https://archive.md/m9EVT
◎【第43回】(2023/11/14)
 (1)https://archive.md/Xl5fO (2)https://archive.md/jHbmm (3)https://archive.md/Eoajv (4)https://archive.md/9F0Ej (5)https://archive.md/XiyjC
◎【第44回】(2023/11/20)
 (1)https://archive.md/6l4l3 (2)https://archive.md/k5Ojo (3)https://archive.md/OqOqr (4)https://archive.md/JNb2A (5)https://archive.md/RYeRp
◎【第45回】(2023/11/27)
 (1)https://archive.md/bX97y (2)https://archive.md/PBixU (3)https://archive.md/lVNTp (4)https://archive.md/c7xsM (5)https://archive.md/WHUSW
◎【第46回】(2023/12/04)
 (1)https://archive.md/fgffF (2)https://archive.md/DGFnB (3)https://archive.md/hc8W4 (4)https://archive.md/xigZs (5)https://archive.md/0uNiS
 【秀頼が千姫との愛を強調したいのか、何なのか、よくわからない。どうしてこのドラマは夫妻の寝室での語り合いばかりで歴史が動くのでしょう。昭和のオフィスラブものでもオマージュしているんですか?出張先でも不倫。同じ会社でも不倫。それを繰り返すうちに出世できる話ですね。】
 →(tweet)千姫が他の家臣に聞かれることのないようにと、寝所で夫の秀頼に「本当に戦いたいのですか?」と本心を尋ねただけのシーンを……不倫モノのオフィスラブ!?ちょ、頭の中、エロしかないの?
 →(tweet)正室が認めれば複数人の妻を持てる時代で且つ正妻である千姫との閨の語らいを「不倫」「オフィスラブ」とは?と・・・『それを繰り返すうちに出世できる話』って秀頼公は五摂家と同じ公家扱いで右大臣、豊臣家の当主ですが?ってなりました。
 →(tweet)そもそも、今作で夫婦の寝所のシーンて、それほど沢山ありましたかね?むしろ「独眼竜政宗」あたりの時代の作品の方が閨の場面とか多かったし、割と際どいシーンもあったりしますよね。
 →(tweet)あのシーン、秀頼も千姫も四六時中おっかない母親(義母)や圧の強い家臣たちに囲まれていて、夫婦の寝所でしかお互いの本音を話せないし出せない、という繊細で切ない描写だと素人にも分かるのに、何処をどう見ればオフィス不倫とかいう発想に繋がるんだ?昭和のおっさん脳はお前だ。
 →(tweet)秀頼公も『正しい事』として天下を豊臣に取り戻す使命を母や家臣に教え込まれていて戦は避けられないけど千姫は安心させてあげたい優しさがあるし、『豊臣秀頼』の名から逃れられない辛さも吐露しているのにどこが不倫?夫婦の関わりを性的目線でしか見られないって酷いね。
◎【第47回】(2023/12/12)
 (1)https://archive.md/wip/Dajg1 (2)https://archive.md/rwMSF (3)https://archive.md/XRiea (4)https://archive.md/XZL1N (5)https://archive.md/TXBME
◎【第48回】(2023/12/18)
 (1)https://archive.md/a7J87 (2)https://archive.md/8zrME (3)https://archive.md/XFRkD (4)https://archive.md/2IU7n (5)https://archive.md/cGyTe (6)https://archive.md/UbCh0
◎【感想レビュー総論・前編1〜25話 悪夢の一年間を総括】(2023/12/30)
 (1)https://archive.md/pDaO0 (2)https://archive.md/IQhTt (3)https://archive.md/rn0iW (4)https://archive.md/n5LZ8 (5)https://archive.md/OiM46
◎【感想レビュー総論・後編26〜48話 悪夢の一年間を総括】(2023/12/31)
 (1)https://archive.md/LytYO (2)https://archive.md/CKdyb (3)https://archive.md/T0iBZ (4)https://archive.md/CQJ5O (5)https://archive.md/TXP3b

【他メディアの参考記事】
◎松本潤主演「どうする家康」過去2番目の低視聴率も「NHKプラス」は大河歴代最高視聴数獲得12/18(月) 15:25配信日刊スポーツ
  https://archive.md/o0D2G
◎最終視聴率
  https://archive.md/63ySc
2024年06月06日(木) 15:48:56 Modified by ID:Me0L7W/6GQ




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