マクロスFのキャラクター、早乙女アルトとランカ・リーのカップルに萌えた人たちのための二次創作投稿所です。

「悪い夢を見ても君がいるなら大丈夫」 byまる







全身で風の声を聞く。風に問いかけその答えを心で受け止めれば
風の流れが見えた
小難しい航空力学や計算式は頭の中から追い出して
今、この瞬間。ほんの刹那の拍子を逃さずに
己の感覚の信じるままにこの身全てを委ねたら


この惑星をめぐる大気と一つになれる。



アルトは空を飛んでいた。
幼少の頃から何度も何度も頭の中で思い描き
何度も何度も夢に見た空だ。

――どこまでも高く果てしなく広がる青い空。それはとても素敵なものだったのよ
   有人。あなたにもいつか本物の空を見せてあげたい。

母の手から飛ばされた紙飛行機。これもすぐに落ちてしまうわね、と母の呟きが、どこまでも飛んでいくのだろうと信じこんでいた幼いアルトの心に刻み込まれた。
本物の空とはどういうものだろう。僕にはこれが本物の空に思えるのに。
そう尋ねると母は少し悲しそうな顔をして笑った。

それ以来本物の空のことを考え続けていた。
母から聞かされた時は唯の疑問と好奇心に過ぎなかった本物の空への憧れは
やがて強い願望に変わり、絶対に叶えてやるという決意になった。

そうしてアルトは今本物の空を飛んでいる。
多くの犠牲を払い、数多の誤解やすれ違いによる悲劇を生み出し、それでも諦めなかった人類は―バジュラとその架け橋となってくれたランカ達のお陰で―念願の、本物の陸と海と空があるこの惑星に住めることになった。

――俺も俺の夢、全てを捨てても掴み取りたかった本物の空への想いが叶えられた

『本当にそうですか?』

急に声が聞こえた。ほんの少しの声や仕草で全ての場を支配してしまう、己より父の技能を受け継いだ兄弟子の声が。

『あなたはただ演じているだけなのではないですか』
『いやだいやだと駄々をこねる反抗期の子供の役を』
『空に憧れるただの高校生の役を』
『あなたは逃げているだけなのではないですか』
『空を飛ぶという憧れを利用して』
『あなたのいるべき場所から』


『…逃げているだけなのでしょう?』


違う!そう言いたかった。だが口は少しも動いてくれなかった。喉も音を発してくれなかった。
さっきまでの心地よい気分はとうに消え失せ、全身は暖かい血液の代わりに氷水が流れているかのように温度を失う。
言葉で否定することが叶わないなら、せめて耳を塞いでしまいたかった。


『アルト、お前また逃げてくるのか?』

この声は…ミシェル。

『家から。親父さんから!』

ミシェルの言葉が心を深く抉る。
――もうやめてくれ。俺は逃げてなんかいない。
『本当に?』

今度は少女の声が響いた。

『本当に?アルトくん』
『本当に…逃げてないの?』

――ランカッ…

いつもなら安らぎを感じる筈の愛しい恋人の声は、鋭い刃となってアルトの心を切り裂いた。


『アルトくん逃げてるだけじゃないの?』
―違う
    …俺の唇よ動いてくれ
『嫌なことから』
――逃げてない
    ……俺の喉よ声を発してくれ
『空に、逃げてるだけだよね?』
―――にげて、ない
    ………それが叶わないなら
『飛んでいる間だけは忘れていられるんでしょ?』
――――………ちがう、ちがうんだ。
    …………せめて耳を塞ぐことを許してくれ
『罪悪感』
―――――ざいあく、かん…?
    ……………全身の血の気が引いていく
『バジュラを殺すために、わたしに無理やり歌わせたこととか、』
――――――っ
    ………………頭の中でガンガン音が鳴り響く
『誰も殺してない、何の罪もないバジュラの子を憎しみだけで殺そうとしたこととか、』
――――――ランカ…っ
    …………………目の前が真っ暗になる
『………わたしを、』
―――――――やめてくれ、それ以上言わないでくれ
    ……………………暗闇に吸い込まれていく心地がした



『 こ ろ そ う と し た こ と か ら ! 』





「うわぁぁぁぁっ!!!!」
ベッドの上でアルトは飛び起きた。心臓は壊れそうな程の速さで鼓動を刻む。
己を包む暗闇が先程の悪夢を思い出させ、アルトは恐慌状態に陥った。

「アルトくん?!」
全身を冷たい汗が流れ、全力で酸素を取り込もうとする肺が大げさな呼吸音を暗闇に響かせる。
「………っ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、アルトくん」
夢の中で聞いた己を責める鋭い刃のような声音ではなく、心の底から己を心配するいつもの愛しい少女の繰り返し囁いてくれる声と、彼女の柔らかで暖かな手が背中を撫でてくれるおかげでアルトはどうにか落ち着くことができた。
「…ぁ…らん、か…?」
「そうだよ、ランカだよ」
掠れた声で呟くとほっとした様子のランカの声が返ってきた。
背中に感じる温もりだけでは足りなくて、アルトは縋りつくようにランカの全身を両腕で抱え込んだ。
ランカは少し驚いたが、アルトの全身を包み込み熱を与えるために背中に手を回す。ランカはアルトが自分の鼓動の音で少しでも落ち着くかもしれないと思い、心臓のある場所でアルトの頭を抱きかかえた。
「だいじょうぶ、もう怖いことは何もないよ。わたしが守ってあげるから、ね」
子守唄のように何度も繰り返す。もう心配ないから、大丈夫だからと。
母が子をあやすような声音で。


どのぐらい時間がたったのか分からない。ランカの胸の中でアルトが何かを呟いた。
「どうしたの、アルトくん」
「………ゆめ…」
「怖い夢見たの?」
「…そら…空をとんでたんだ」
「うん」
「そしたら…みんながでてきて……」
「うん」
ランカはみんなとは誰だろうと思ったが、黙ってアルトの話を促す。
「お前は逃げてるって、言うんだ。俺が、空に。」
「うん」
「嫌なことから逃げてるって。家とか親父とか……」
「うん」
「俺は違うって言いたかった。でも声がでないんだ」
「うん」
「俺は逃げてないって言いたかった。でもみんなが言うから…分からなくなってきて。段々」
「うん」
「必死に違うって思い続けた。…でもランカが出てきて」
「わたし?」
「ランカも、ランカも俺が逃げてるって。
 罪悪感から目をそらしたいだけだって…!
 おれ、おれ…ランカに………!」
「そうなんだ…」
最後の方は嗚咽交じりでよく聞き取れなかったが、ランカはアルトが落ち着くよう背中を撫で続けた。


大分落ち着いただろうか。嗚咽が聞こえなくなったのでランカはアルトに話しかける。
「ねえ、アルトくん。わたしね、逃げることってそんなに悪いことじゃないと思うの」
「……。」
アルトは顔を少しだけ上げて微笑みながら話すランカの顔を見た。
「小学校に入ってすぐの頃だったかな。今はもう大丈夫だけど、昔はよく例の発作起こしてて。
 授業中とか廊下を歩いてるときとかご飯食べてるときとかにね、
 急に頭の中が理由の分からない怖い気持ちでぐちゃぐちゃになって、
 パニック起こして泣き出しちゃうことがよくあったの。
 もちろん友達はできなかったし、学校ですごく浮いちゃってて…あの時はつらかったなぁ」
ランカは何でもないようなことのように話しているが、アルトは出会ってすぐのランカの発作を思い出していた。発作自体つらいものだろうに、その所為で人に避けられる。ランカは言わなかったが、いじめられたりもしたのかもしれない。自分自身ではどうにもならない、どうしようもないことで。
その頃のランカを想像して、アルトはやるせない気持ちになった。
「それでもね、すっごく嫌だったけど我慢して毎日学校に行ってたの。ただでさえ発作のせいで心配かけてるから、これ以上お兄ちゃんに心配かけたくなかった。でもね、ある朝いつものように学校に行こうとしたら、急に気持ちが悪くなっちゃって。朝ごはん全部戻しちゃって。
 お兄ちゃんすごく心配して慌ててわたしをカナリア先生の所に連れて行ってくれたんだけど、特に悪いところは見つからなくてその日はおうちに帰ったの。でも次の日もおんなじ。それから3日続けて同じことがあったから、カナリア先生がストレス性じゃないかって。心がつらいのに、無理するから体がSOSだしてるって言うの」
少し遠い目をしながらランカは話す。
「おうちに帰ってお兄ちゃんに聞かれたの。『学校つらいのか』って。最初はそんなことないって言い張ってたんだけど、お兄ちゃんの迫力に負けて」

「しぶしぶ頷いたらお兄ちゃん、『なら学校行かなくてよし!』って言うの。わたしそんなこと言われると思ってなくて、ぽかーんってしてたら更に続けて、」
そこでランカは咳払いをし、低い声をつくってオズマの声真似をした。

『いいか、ランカ。苦難に立ち向かおうとするその根性はすばらしい。だが、お前の体はその苦難に立ち向かえないと言っている。逃げることは悪いことじゃない。警告を無視して立ち向かっていては体がボロボロになってしまう。一時退却し形勢を立て直し、万全の状態で苦難に挑むべきだ!』

「まだ小さかったから言ってる言葉の意味はほとんど分からなかったけど、”逃げることは悪いことじゃない”っていう言葉だけは分かって、それだけでわたしは救われたの」
その時のことを思い出したのか、ランカはくすりと笑った。

オズマなら”逃げるな!”と言いそうなものだとアルトは思ったが、すぐにその考えを否定する。
SMSに入ったばかりの頃、ギリアムの死に何もできなかったことに対して責任を感じ、焦っていたアルトにオズマが掛けた言葉。
『勇敢な死には何も残らない。逃げるのはみっともないと思うかもしれないが、生きて帰りさえすれば、かならずチャンスがくる。屈辱を雪ぐ機会ができる。勇敢な死にはそれがない。上司として命ずる。みっともなく逃げて、必ず生きて帰って来い!』
心の奥底から伝わってくるオズマの熱い思い。その言葉が己の心の奥底に触れたとき、アルトは自分への焦り、不甲斐なさによる苛立ちが溶けて消えていく思いがしたのだった。

「それにね、お兄ちゃん言ってくれたの。
『お前は俺に心配をかけまいと我慢したんだろう。だが俺にとってはお前が我慢して体を壊す方が百倍もつらい。俺の仕事はお前を心配することだ。俺の仕事をとらないでくれ』
ってね。お父さんってこんな感じなのかなってその時思ったんだ」

”お父さん”
その言葉を聞いたとき、アルトは己の父親のことを思い出していた。芸のことしか頭に無い父。親子というよりはただの師弟関係で、父親らしい思い出は何も無い。父は自分のことを芸を継がせるための道具としか思っていないのではないかと幼少のころからアルトは思っていた。
だが、ランカの腕の中で母との時間を思い出す。病弱だった母の所に行くのはいつも厳しい稽古から逃げ出した時だった。そんなアルトを母はいつも穏やかな微笑みで迎えてくれた。本物の空の話も、紙飛行機の折り方もその時教えてもらった。母の膝に座り、めいっぱい甘えて、抱きしめてもらった。母との時間に邪魔が入ったことは、不思議となかった。
ふと考える。いくら家が広いとはいえ、子供が逃げる先などたかが知れている。まして母のところに逃げ込んでそのまま朝まで寝入りこんだこともある。父もアルトの逃げ場所を知っていたはずだ。
しかし、無理矢理稽古場に連れ戻されることはなかった。
アルトはずっと父のことを血も涙も無い、芸の鬼だと思っていた。思い込んでいた。
――本当はそうじゃなかったのか…?
母恋しと泣く子供を、人として、親として、不器用ながら見守っていてくれたのではないだろうか。
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
だがアルトは今まで父に対して抱いていたわだかまりが少しほぐれた気がした。


「……近いうちに、実家に帰ってみるか」
「あ、アルトくん元気になった?」
ランカの笑顔が目に入った。子供のように縋りついていた腕を外し、今度はアルトがランカを抱きしめる。
「ああ…ランカのおかげだよ。ありがとな」
「よかったぁ…」
カーテンから日の光がうっすら漏れている。いつのまにか夜明けの時間になっていたようだ。
ランカがアルトの腕から抜け出し、窓の方へ歩き出した。
カーテンを開けようとして、何かを思い出したのかアルトがいる場所に顔をむけた。
「あ、そうだ。アルトくん!」
「なんだ?」
「さっきアルトくんは、自分が空に逃げてるんじゃないかって言ってたけど絶対違うと思うよ?」
あの悪夢の中のランカに言われた言葉とは正反対の言葉に、アルトは戸惑った。
「…どうしてそう思うんだ?」
ランカはカーテンを開け、笑顔で言った。
まだ昇りきっていない太陽の、柔らかな光が部屋中に広がる。





「だって、空を飛んでるアルトくんって、空に焼きもち妬いちゃうぐらい幸せそうなんだもん!」





―窓の外にはプラム・ブルーの青空が果てしなく広がっていた。



ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
最後の台詞をランカに言わせたくてこの話を書き始めたのですが、
書いてる途中で思わぬ方向に脱線しまくって軌道修正するのが大変でした;
つながりとかおかしくないかな…

byまる

どなたでも編集できます