マクロスFのキャラクター、早乙女アルトとランカ・リーのカップルに萌えた人たちのための二次創作投稿所です。

長電話



『それでねアルト君』
『へぇ』

人工的によって作られた夜。
擬似的な昼間を終えてとっぷりと暮れた『新マクロス級超長距離移民船団マクロス・フロンティア』は今、ありふれた深夜を迎えていた。
ここまで遅い時間帯になってから出歩く者はそう多くない。
夜の仕事でもしていない限り、たいていの一般人は寝る時間と言って差し支えない。
だが、そんな時間でも起きている者達が皆無なわけではない。

『あ、もうこんな時間。ごめんねアルト君、S.M.Sの訓練で疲れているのに遅くまで電話に付き合わせて』
『いや、いいさ。結構面白かったよ。こんなに人と話が弾んだのは久しぶりだ』

その内の一人、いや二人が、今電話で話し合っている男女だった。
時刻は既に真夜中の二時を回った所で、十一時くらいから電話していたのだから、およそ三時間は話していた計算になる。
話の内容は、細かく思い出すことは難しい程他愛も無いものばかりだったが、それが時を忘れるほど楽しかった。

『そうなの?そういえばアルト君ってそんなに長話するように見えないもんね』
『別に話すのが嫌いなわけじゃないんだが、どうしてか人と話す時は自然と短くなっちまうからな。けど今日は気付いたら長話になってて楽しかったよ。サンキュ、ランカ』
『そ、そんな!!こっちこそ遅い時間に話を聞いてくれてありがとうだよ』
『ぷっ、ふはははは……!!』
『あ、また笑った……私変な事言ったかな?』
『いや、お前は素直に人のお礼の言葉を受け取れない奴だと思ってな』
『そ、そんなこと……』
『あるさ、っとそろそろ本当にやばいな。お互い明日……ってかもう今日か。今日もいろいろあるだろうしもう寝ようぜ』
『あ、うん……』
『じゃあなランカ。その……また良かったら電話しようぜ、お前は結構話上手なのか、聞いてて飽きないしな────プツッ────…………』
「えっ……?」

こちらが返事をする前に切れた電話、その動物そのものを模した生態素材製の携帯端末、“オオサンショウウオ君”を見つめて目を丸くする翡翠色の髪の少女、ランカ・リー。

「で、でかるちゃぁぁぁ……!!」

ランカはまた電話したいという相手の少年、早乙女アルトの言葉に衝撃を受けた。
自分もそう思っていたが、まさか向こうもそう思っていて、さらには次を仄めかす言葉まで言ってくれるとは思わなかった。
この内心を彼に吐露すれば、またさっきのようなからかいじみた笑みを零して「人の好意を素直に受け取れない奴」と笑い飛ばされるのだろう。

「うう、やっぱりイジワルだよぉアルト君……」

それが嫌なワケではないし、そんな“イジワル”な部分も嫌いではないが、また彼と長く話が出来る機会があると思うと胸が高鳴ってこんな夜更け、いや朝方だというのにしばらくは眠れそうになかった。
“オオサンショウウオ君”を握りしめ、枕に顔を埋めながら、ランカは“次の機会”に思いを馳せて頬を染める。

次はどんなお話をしよう?

また彼と話せる日。
その日が来るのを逸る気持ちを抑えながらギュッと目を閉じた。

『あはははは、もうアルト君ったら』
『いや、しかしだな』

いつの間にか、恒例になりつつある互いの夜中の電話。
二人で長く話す機会は、こんな時間でも無いとそう多くない。
学校も違う二人は、昼間とて暇ではない。
一方は学生の合間に所属する民間軍事プロバイダーの訓練、もう一方も放課後に中華料屋でアルバイトをしているのだ。
自然、お互い電話が出来るのは遅い時間帯となっていた。
今日もその例に漏れず、もはや四時間近く電話が続いていた。
それでも話は尽きず、今日も時間故に名残惜しくも電話を切る、というここ数日と同じ流れになった。
唯一ここ最近変わってきたのは、

『また明日ね』
『ああ、また明日な』

また今度、などという曖昧な“次”の約束から、“明日”へとなってきたことだろうか。


「ああ、今日もお話終わっちゃったぁ、アルト君と話していると時間が経つのって速いなぁ」

ランカは心底残念そうにその翡翠色の髪をしょんぼりとさせた。
ゼントラーディのクォーターである彼女は、感情や意志によって髪を僅かに動かせる体質だった。
彼女はよくこうやって感情任せに髪を動す。
さながら、それは彼女の髪型も相まって犬の耳のようだった。

「まぁいっか!!明日……ってかもう今日か。今晩また話せるんだから!!」

ランカは気を取り直し、今晩を楽しみに眠りにつく。
この時、彼女は気付いていなかった。
彼と電話をし続けるのに、立ちはだかる壁が近づいていることを。
翌日、学校を終えたランカは、娘娘のバイトが休みなのもあって今日は早く帰ってきていた。

「あーあ早く夜にならないかなぁっと」

ソファーの上に勢いよく座って取り出したオオサンショウウオ君を弄る。
ここ最近では休み時間を利用してちょこちょこと早乙女アルトとメールで連絡を取っていた。
その履歴を見直して、口端が緩む。

「えへへぇ、なんだか恋人みたい」

ごろんとソファーの上にうつ伏せになって、膝を折り曲げた足を交互にパタパタ振りながらアルトからのメールを見直し、その時の会話を思い出しては顔を綻ばせる。
と、ソファー近くのテーブルの上に乗っているソレにランカは気付いた。

「あ、オオサンショウウオ君の明細届いてたんだぁ、後で支払いに行ってこなくちゃ。どれどれ……って、え!?」

明細を見てびっくり仰天。
ランカは何度も目を擦り、間違いじゃないか、勘違いしていないか確認した。
しかし、どうやら“それ”は間違いでは無いらしい。
頭を抱え込むランカ。

「で、でかるちゃぁぁぁ!?電話使い過ぎたぁ!!」

それは予想外に高い、電話料金の請求だったのである。

アルトは悩んでいた。

「しまった、調子に乗って電話し過ぎた……」

女性のようにしなやかな長い髪をしている彼が手に持っているのは、携帯端末の利用明細だった。
ここ最近夜はずっと電話しっぱなしだった。
普段から携帯も必要以上に使わないアルトは、今までこんなに利用料金が膨らんだことは無かった。
当然、そこまでの予算は計算していない。

「まずいな、S.M.Sの給料が出るのはまだ先だし、実家には死んでも頼みたくない……となると」

真っ先に思いつくのは節約。
だが普段からアルトは節約を心がけてる。
もとより家がそういった事には厳しかったのと、一人暮らしで培った経験が彼をそうさせていた。
これ以上の節約は望めない。
ならば、

「バイトでもするか」

元よりの解決方法。
元金を増やす事にする。
しかし、日頃学校にS.M.Sにと多忙な身としては、体が空くのはこの夜しかない。
その夜も最近では、

「っと、来たか」

携帯がブルブルと震える。
【着信:ランカ】
予想通りの着信画面。

『もしもし?』
『あ、アルト君?今大丈夫?』
『ああ、大丈夫だ。そろそろ来る頃だろうと思ってた』
『う、うん……』
『……どうした?元気無いな、何かあったのか?』
『そいうわけじゃ無いんだけど……』
『……?』
『えっとね?その、ちょっとしばらく電話が出来なくなりそうで』
『何かあったのか?』
『う、ううん、たいしたことじゃないの、ただちょっとね。だから今日はそれだけ言っておきたくて』
『そうか、わかったよ。というか丁度良かった。俺もしばらく電話できそうになくってな』
『え?そうなの?どうかしたの?』
『ああ、いやえっと……そうだ、俺S.M.S一年目だろ?いろいろやらなきゃならない新人研修が急に立て込みはじめてさ』
『そうなんだ……忙しいんだねアルト君……』
『ああいや!!でもメールとかなら見れるしな、そうだな、一ヶ月くらいしたら落ち着く予定だから』
『そうなの?私もだいたい一ヶ月くらいで落ち着きそうなの』
『じゃあ一ヶ月くらいはこの電話もお預けだな』
『うん、そうだね……』
『おいおい、永遠の別れとかじゃないんだからそんな声出すなよ、それに絶対電話しちゃダメなわけじゃないんだから』
『そうだね、そうだよね!!うん、そうだよ!!私もたまに、ちょっととかなら大丈夫!!』
『おし、じゃあ今日は早いけどここまでにしとくか、またな、ランカ』
『うん、またね。お休みなさいアルト君────プツッ────…………』
「……ふぅ」

久しぶりの“明日”じゃない約束。
それがなんだか、ちょっと寂しかった。

大型百貨店のフロアの一角。
そこでアルトは売り子をやっていた。
夜2時間ほど使ってもらえることとなったバイト先である。
このフロアは大きく四つに分かれていて、大きな棚で区分されている。
およそ真四角な部屋を十字に四分割、といったところだろうか。

「いらっしゃいませー」

やることはそんなに難しくない。
接客、応対、レジ打ち。
どれも少しやればある程度は慣れた。
厄介な客でも現れない限り、この仕事は波乱など起きない仕事……のはずだった。

「キャア!!きれーい!!」
「………………」

アルトは歌舞伎役者を昔やっていたのもあって、よく“本物の女の子みたい”と言われてきた。
それはアルトにとって甚だ不満な事で、今も通りすがりの女性が綺麗綺麗と言っているのをぶすっとした顔で聞いていた。
とはいえ、アルトのその容姿は客を引き寄せるのには十分だった。
元役者というのもあるのだろう。
自然と人を引き寄せる力があるのか、お客はどんどんと増えていった。
だからこそ、アルトも不満顔ではあれどそれを口にはしない。
働いているという意識からと、そのおかげで雇ってくれたこのテナントが儲けているという実感から、今できるのは表情をやや不満にすることくらいだったのだ。
だが、波乱はそれでは終わらなかった。

「?」

段々と客が減っていく。
どうやら、棚を挟んで向こう、正面のテナントに客が雪崩れ込んでいるらしい。

「すっげー可愛い女の子が売り子やってるんだって!!」

道行く客が興奮したように連れを連れて行く。
人が減って“女みたいで綺麗”という奴がいなくなったのは良いが、このままだとこの店が営業不振になる可能性がある。
ここは甚だ不本意ではあるが、営業スマイルが必要だろうか?

「ひゃあああああ!!」

ランカはスカートの裾を出来るだけ下へと引っぱる。
そうでもしないと下着が見えてしまいそうなのだ。
娘娘だけのバイトで足りないと判断したランカは上手いこと大型百貨店フロアの一角にあるテナントに雇ってもらえた。
夜二時間程度の接客アルバイトである。
このフロアは大きく四つに分かれていて、大きな棚で区分されている。
およそ真四角な部屋を十字に四分割、といったところだろうか。

「い、いらっしゃいませぇ!!」

やることはそんなに難しくない。
接客、応対、レジ打ち。
どれも少しやればある程度は慣れた。
が、どうもお客が棚を挟んで向こうの店にばかり流れているようで、こちらの今日の売上は思わしくない。
そこで店長たっての希望で制服をワンサイズ小さくし、お色気作戦を敢行するになった。
ランカは当初、さほど気にしていなかったが、いざそれで出てみると予想以上に好奇の目にさらされて急に恥ずかしくなり、スカートの丈まで気になり始めた。
もっともその“恥ずかしそうな仕草”を含めて目を奪われた客達は、彼女の店に押し寄せていく。

「あ、ありがとうございますぅ!!」

お礼を述べて手渡す。
いくら電話代の為とはいえ、働くというのは大変だとランカは改めて実感した。
次の日、ランカはマスコットキャラの“オオサンショウウオ君”の着ぐるみを着て簡単なショーに出ることになった。
この着ぐるみショーは定期的に行われていて、このフロアにある四つの店からそれぞれ一人ずつ出ることになっていた。
ランカがオオサンショウウオに着替えて控え室に行くと、他の三人も既に着ぐるみに着替えて控え室にいた。
カバ牛、ヒュドラ、マクロスを模したもの、とみんな着ている物に統一制はなく、バラバラだった。
控え室では席が決まっているらしく、自分の店の名前が書かれた席にみんな座っていた。

(あ、マクロス……)

どうやらウチの店の正面……昨日熾烈な売り上げ争いをした相手店の着ぐるみはマクロスのようだ。
話によると昨日は“綺麗な人”が売り子をやって随分と客を獲得したらしいが、その人が今日は着ぐるみを着ているのだろうか。
やや不機嫌そうなオーラを放っているマクロスの着ぐるみの人に、内心でクスリと笑いながら自分の席を確認してランカも座る。
チラリ、とマクロスの着ぐるみを着た人がこちらを見たが、すぐにぷいっと視線を逸らした。

(?……なんだかアルト君みたい。でもアルト君は今頃新人研修だろうし、そんなワケないよね)

一瞬沸き起こった自分の考えに首を振り、ランカは目の前の仕事に集中することにした。


マクロスの着ぐるみが、そっとオオサンショウウオを見ていた。

「昨日はビックリしたな」

アルトは用意された控え室で昨日見た着ぐるみを思い出していた。
まさかのオオサンショウウオ。
ランカの携帯と同じものが出て来て、しかも挙動がランカっぽいので、まさか中に居るのはランカだったりして、などとつい考えてしまったほどだ。
冷静に考えれば携帯のオオサンショウウオだって一つのブランド、メーカーから発売されているキャラの一つなのだから、着ぐるみになっていてもおかしくない。
……まぁそこまで人気のあるものだというのには少々驚いたが。

「しかし……店長、嫌がらせかコレ?」

更衣室にてアルトが長々と昨日の事を思い出していたのにはワケがある。
それは端的に言って現実逃避という奴だった。
目の前に用意されたお姫様用のドレス。
可愛いからいいでしょ?と店長に着るよう言われたそれは今夜四つのテナントが合同でやる演劇のようなものの衣装だった。
普段喧嘩のように客を取り合う店達だが、月1回は競争意識を薄れさせ、仲良く営業しようということから、お互い協力した何かをやる事になっているらしい。
今回は客に見せる演劇で、アルトの店には配役として姫が与えられた。
全くもって冗談ではない。
自分はもう役者などやりたくないし、まして女役などごめんである。
だが、何事も先立つものは必要であり、今回これをやれば給料を弾むと言われ、アルトもしぶしぶ受け入れることとなった。

「くそ、やってられっか」

この仕事が終わったらバイト代もらってさっさとここからはオサラバしよう、そうアルトは決意した。



***



「え〜!?私王子役ぅ!?」

今日もバイトに来たランカは、このフロアの景気付けイベントの演劇として店長に王子をやるように言われ、ぶんぶんと首を振った。
自分は女なのである。
男の役などできるわけが無い。
だがここで諦めればまたアルトとの電話が遠ざかってしまう。
それは嫌だった。
結局、バイト代を弾むと言われたのと、かつてアルトに言われた、

『無理なんて言ってるうちは絶対無理』

という言葉を思い出して、この際やってみようという着になった……のはつい五分前のこと。
台本にあるラストシーン。

「キ、キス〜〜!?」

なんとそれはキスシーンがラストに用意されていた。
店長曰く、“フリ”だけでもいいし、しても良いと思ったらしてもOKとアバウトな事を言われる。
早くもくじけそうなランカだった。

演劇は、買い物客のみならず、月1回のそれを楽しみに見に来る客も居て、以外にも多数の見物客に見舞われた。
アルトは不満顔で、嫌みったらしく女性用ドレスのまま大股で歩き舞台に立つ。
さっさと終わらせてさっさと辞めてさっさと帰る。
頭にはそれしかなかった。
だから、自分が舞台に立った後で言われる王子の台詞が嫌に遅い事に苛立った。

(何をのんびりしてるんだ、さっさと台詞を言え!!それとも忘れちまったのか!?)

キスシーンもどきまであるらしいこの劇だ、無理も無いと思いつつここでアルトは初めて王子役の相手を見て、絶句する。
相手もまたこちらを見てポカンとしていた。

「「なっ!?」」

相手はランカだった。

(って王子がランカってなんだそりゃ!?ランカは女だぞ!?いや、俺も男で姫をやらされてるが……)

なんというニアミス。
まさかランカもバイトか何かでここに来てたとは。
もしかしたらあのオオサンショウウオは本当にランカだったのかもしれない。

「とりあえずランカ、台詞」
「えっ!?アルト君なんで!?って、え!?」
「いいから台詞!!」

とにかく一刻もはやくこの劇を終わらせてしまおう、話はそれからだ。
ようやく我を取り戻したランカはぎこちなくも演技をし始め……って、そういやキスシーンあるんだっけ?
どうすりゃいいんだ?

深夜のグリフィスパーク。
最初にランカの歌を聞いたこの場所にバイトを終えた二人は来ていた。

「本当驚いたよアルト君」
「そりゃこっちの台詞だ」

顔を見合わせて、笑う。
聞けばお互い電話料金の為のバイトだったというのだからこれが笑わずにいられようか。

「最後、キスしなかったな」
「……アルト君は、私とキス、したかった?」

先ほどの劇、結局キスシーンはランカに丸投げしたアルトだったが、ランカはキスをしなかった。
意外、といえば聞こえは悪いが、なんとなくランカなら勢いでキスしてきそうな気がしていただけに、少し拍子抜けだった。

「あ〜〜!?その目は私なら勢いだけでキスすると思った顔してる!!失礼しちゃうな、もう!!」
「あ、いやそんなことは……」

たった今思っていた事を当てられ、少しアルトは戸惑う。

「……私だってね、キスくらい選ぶよ」
「……すまん」

急に、真面目になったランカにアルトは謝る。
いくら知らない中じゃないとはいえ、まだ恋人でもない仲なのだ。
軽々しくキスなど出来ないし、それが出来るほどランカも何も考えないあけっぴろげではないということだ。
そう思うと、ランカは意外にしっかりしているな、と安心するとともに自分はキスしても良い男では無かったか、とやや胸に穴が開く。
だが、

「だってさ、私王子なんだもん。お姫様役だったらその……しても良かったのに」
「は……?」
「私だって女の子だよ?お姫様より、王子様とキス、したいよ」

グリフィスパークの石碑に風が吹く。
二人を包みこむように吹く風は二人の背を押すようにお互いの距離を縮めた。

「……今俺は姫じゃないわけだが……王子役相手なら誰でも良かったか?」
「……イジワルだねアルト君、そんなことないよ。ちゃんとして欲しい、したい人とだけだよ」

また一歩、距離が縮まる。

「もうバイトは必要ないかもな」
「そう、だね」



影が重なって、距離がゼロになる。
さながら、それは王子と姫のようだった。

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