伊福部昭の年表と作品のデータベース。暫時更新中。編集は不可能としているので、データの誤りなどありましたらコメントでご一報ください。

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編成:ピッコロ2、フルート2、オーボエ2、変ホ管クラリネット2、変ロ管クラリネット3、アルト・サックス2、テナー・サックス2、バリトン・サックス1、トランペット2、コルネット2、ビューグル(コントラルト・サクソルン)2、アルト・サクソルン3、バリトン・サクソルン2、バス・サクソルン(小バス)2、テューバ2、中太鼓(テナー・ドラム)、大太鼓。(伊福部昭公式HPのフランス語を通常使われる用語に直した)

作曲年:1943年2月

初演:1944年4月8日、服部逸郎指揮、東京放送吹奏楽団(放送初演)。

備考:焼失したと考えられていたが、1995年発売のCD「伊福部昭の芸術」(キングレコード)シリーズ製作のさい、キングレコードの人間がNHKでに楽譜を発見した。(小林、1998、pp209-210)
2001年5月19日、札幌同人吹奏楽団フィリスタズによって蘇演される

「1944年 吉志舞〔古典風軍楽〕(吹奏楽曲)」(伊福部、p173)
「1944「吉志舞(きしまい)」(古典風舞曲) 仏式36人編成/1944.4.29 N響(放送)/海軍の依頼による/焼失」(相良、p282)
(1943年)「4月8日、海軍委嘱の「古典風軍楽「吉志舞」が初演」(豊田)
「[1942年12月15日に挙式された勲の葬儀の後]東京から帰った伊福部に、軍から作曲の依頼があった。翌一九四三(昭和十八)年の一月三十一日までに行進曲を、という急な要請である。
『吉志舞』が完成したのは、締切を大幅に過ぎた二月二十二日だった。(中略)初演は一年後の一九四四(昭和十九)年四月二九日である。日本交響楽団の演奏が、NHKから放送された。あるいは、軍楽隊としては式典などで、すでに演奏済みだったのかもしれない」(木部、1997、p358)
「第2次大戦さなかの1943年2月に完成し、同年4月8日、服部逸郎(*またの名をレイモンド服部)指揮の東京放送吹奏楽団によるJOAKからの放送がおそらく初演で(中略)以後戦争中には、同年の天長節(*昭和天皇の誕生日であった4月29日)をはじめ、節目節目に、たびたびラジオ等で演奏された」(片山、CD「伊福部昭 吹奏楽作品集」ブックレット、p3)
1942年、軍から行進曲の作曲依頼があった。締め切りは翌43年1月末まで。完成したのは2月22日で、初演は4月8日に服部逸郎(レイモンド服部)指揮の東京放送吹奏楽団によるJOAKの放送とされるが、その後天長節などの節目にたびたびラジオで放送されている。伊福部の記憶によれば、1945年8月30日のマッカーサーを出迎えたときにも本作が演奏されたと言われるが、事実確認はされていない。(福田滋、CD「ホルスト:組曲第1番(原典版)」山本訓久指揮、東京ウィンド・シンフォニカ、ブックレット)

初演年月日については上記のように諸説あるが、ここでは片山の4月8日初演、4月29日に再演説を取った。

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伊福部昭の年表と作品のデータベース。暫時更新中。
当初「二次文献による伊福部昭wiki」と題して二次文献の調査を進めておりましたが、二次文献がほぼ網羅できましたので、現在一次文献を基にデータを更新しています。